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今日の話題は、「南極と私」です。 そもそも、私が南極に2回も行った理由は、外国へ行って人や文化や日本のとの違いを知り、コミュニケーションがしたかったからです。 きっかけは、中学生の頃に短波ラジオで世界の国々の音楽や放送を聞いて刺激を受けたことにあります。言葉はわかりませんでしたが…。 そう言った気持ちでいたところ「南極にも行ける就職先があるぞ!」と恩賜に言われ、「のこのこ」と東京へ出て来たのがきっかけでした。 行くところは南極では無くても良かったような気もしますが、「南極」の2文字の言葉に引きつけられるものがリました。 1回目は、ただただ行きたいだけで行ったような気がします。2回目は、結婚後でしたのでそのリスクに見合うだけの仕事ができれば良いと思っておりました。■PEN□ 明日に続く…
Nov 30, 2006
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今日の話題は、「南極と時間」です。 南極について良く質問されることの一つに、以下のような各国の基地の時間をどう決めているかと言うことがあります。 以前、日記で質問されたQ&Aを紹介します。 Q:質問なんですが、南極の時間というのはどのようにして決められているのですか?経度によって異なっているのですか?それとも、どこかの地点を基準にして統一されているのですか?----- A:良く質問されるので本家のWEBサイトに書かなくてはと思っているのですが…。まだ書いていません。m(oo);m 基本的には、各国の基地は経度に合わせて生活しています。昭和基地は、グリニッジ標準時間(GMT)+3時間で暮らしています。では、南極点のアメリカ基地はどうしているかといいますと、GMT+12時間だそうです。参考WEBサイト:http://homepage2.nifty.com/osiete/s899.htm 南極点でも地軸が傾いていますから(1年の間にはお日様の沈む経度が変わります)生活のために決まった時間を定めないと人の生活リズムが狂ってしまいますよね!■PEN□
Nov 29, 2006
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今日の話題は、「南極とオキアミ」です。 南極の海は、非常に豊かな海だといわれています。その理由として海洋生物が豊富にあるためです。特にナンキョクオキアミは、膨大な量が生息するといわれています。 このオキアミを食べているのが、ペンギンや鯨たちです。また、オキアミを取って食べれば世界中の人類の食料が満たされるとまで言われています。 ところが1970年代から80%近くも減少したという解析結果を英国南極調査所やカナダ、南アフリカなどの共同研究チームが4日付の英科学誌ネイチャーに発表しました。 食物連鎖の中でもその膨大な量の変化がもたらす影響はとても大きいと思われます。原因は特定していませんが、おそらく、地球温暖化の影響で海水温が上昇し、そうなったのではないかと想像しているそうです。 鯨の話が出てくると敏感になるのは私だけでしょうか?鯨ベーコン食べてないな…。■PEN□
Nov 28, 2006
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今日の話題は、「南極と蜃気楼」です。 蜃気楼(しんきろう)と言うと砂漠を思い出す方が多いと思います。この蜃気楼は、空気の温度分布が層状になり、地上付近の温度の影響で地面近くとその少し上の層の温度分布が上と下で逆転し、その境界を光が曲がって通過し地上のものが上下さかさまに見える現象を言います。 ですから、砂漠のような地域でもおこりますし、寒い南極でもおこります。私達、南極観測隊員でも、最初は信じられない感じでした。南極では、ピラミッドではなく氷山がひっくり返しになります。氷山の高さが伸びたり縮んだりします。 蜃気楼のような自然現象は、南極ならでは見れることが他にもしばしばあります。空気、雪、氷、太陽、気温、風、気圧等々が私達の知らない色々な世界をかもし出してくれます。 今日のお話は、ちょっとロマンティックでしたね…。■PEN□
Nov 27, 2006
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今日の話題は、「南極とクラック」です。 南極大陸には、沿岸付近に雪面(氷)がひび割れた場所「クラック」があります。このクラックはほぼ等高線に沿ってできています。クラックと平行に雪上車やスノーモービルを走らせますととても危険です。落っこちてしまいます。 このクラックは、南極大陸の内陸にはありません。沿岸部の末端に近いところに多く分布しています。通常は雪をかぶっていて見えません。こういったところでは人間も歩いていると落っこちてしまいますのでなるべく近づかないようにしています。 それでも、南極大陸に上陸し内陸へ行く時は、この危険なクラックのある地帯を通らなければなりません。よって、ルートを設定する場合、なるべくクラックが無いところを使います。こういった理由から、昭和基地から一番近い大陸へのアクセスポイントは、4~5km北東のとっつき岬と言う地点から上がっていきます。 南極大陸は、丸もちのような形をしていますので最初は、急傾斜になっています。その急なところにクラックは多いわけです。しかも、裸氷帯と呼ばれる青色の氷だけの場所があり、つるつるして滑りやすく、かつ、クラックがあります。 クラックは、正確に同じ方向を向いているわけでもありませんから、なるべく、クラックに対して90度方向から通るようにルートを設定しています。こうして、安全なところまで上がって内陸へ出発します。■PEN□
Nov 25, 2006
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今日の話題は、「南極と空気」です。 南極の空気は、気温が零度以下になるため水蒸気も氷り、とても乾燥しています。また、昭和基地の気圧は930ヘクトパスカル程度しかありません。 気圧が低いのは、地球が自転しているためその遠心力で赤道付近は大気の層がふくらんで厚くなり、極域では大気の層が引っ張られて薄くなってしまいます。 よって気圧は下がってしまいます。ブリザードの時は、低気圧が来るためさらに気圧は低下します。 昭和基地の生活には支障がありませんが南極大陸内陸部に行きますと標高が3800mともなりますと700ヘクトパスカル程度になります。 ここでは、少し作業をしただけで息が絶え絶えです。隊員の中には高山病に近い症状になる人もでてきます。■PEN□
Nov 21, 2006
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今日の話題は、「南極と順応性」です。 南極は寒い!と思っておられる方は多いと思いますし、南極観測隊として参加する初めての隊員もそう思って防寒具などを準備します。もちろん、-20度以下ともなるとかなり寒さは厳しく、燃料や食料、水が確保できないと死んでしまうほどの厳しさです。 しかし、昭和基地においては、建物は保温効果に優れ、燃料も十分に確保し、食事もおいしいものが毎日いただけます。ただ、一歩外に出ますと、その環境は、人類が越冬し始めたころと全く変わりません。基地の中にずっといるわけではありませんから、冬の寒い時期は、最低で-45度を体験します。 こうして、越冬を終わり南極の夏が来ますと気温は、0度ぐらいになります。この温度ですと人間は、寒さに順応していますのであまり寒さを感じなくなります。私などは、Tシャツ一枚で外に出るありさまです。 おそらく、皮膚の毛穴が寒さでふさがって、体内の熱をにがしにくくなったのではないかと思われます。これで、日本に帰りますと今度は暑くてしかたがありません。クーラーを持っていなかった隊員(20年前の昔の話です)は、初夏には早々にクーラーを買ってしまいます。P.S. 1年たったら普通の人に戻ります(笑)。■PEN□
Nov 18, 2006
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今日の話題は、「南極とプレハブ住宅」です。 南極で使用している建物は、プレハブ住宅やパネル工法の先駆けとなった技術を南極観測隊のために工夫し、作り上げた技術といっても過言ではありません。 南極の建物は、基本的に冷凍庫と同じです。外が寒いので中を暖めるのが南極用の建物であって、冷凍庫とまったく同じ構造なのです。すなわち、機密性と断熱性が良いこと、丈夫であることが条件となります。また、素人が作るので組み立てが簡単であることが要求されます。 そこで、住宅メーカーの協力によりこれらの条件に満たした建物(住宅)を開発したわけです。建物は、1畳より少し大きい程度のパネルを組み合わせて作る構造となりました。パネルは、この大きさにすると人力でも立ち上げられますし、船での輸送にも最適の大きさです。 つなぎ目は、くさびを打ち込むだけでつながり、機密も確保でき、そのつなぎ目にシリコンのコーキング剤(ゼリー状のパテのようなもの。固まるとゴム状になる。)を使い完全に密閉できブリザードの雪も入りません。 こうして作られた、観測隊初期の建物も最近まで使用されていました。南極で50年も耐えたことになります。こういった技術がわが国の建物に今でも使われているんですね。■PEN□
Nov 17, 2006
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今日の話題は、「南極と健康」です。 南極ではヴィルスが活動していないので風邪をひかないと言うお話は以前にいたしました。 風邪はひかないのですが疲れが蓄積して風邪に似たような症状になったことがあります。脱力感があって熱ぽい感じになります。 特に夏に行った建設作業が終わってほっとしたときに、そう言った症状がでたと思います。 越冬に入りますと、3交代以外は比較的規則正しい生活になります。決まった食事時間、十分な睡眠、仕事のリズムができます。 しかし、太陽のでない冬は何となく憂鬱になりがちです。おそらく、太陽は、人間の生活リズムを作るのに不可欠なのでしょう。 南極の冬には、雪上車やスノーモビルもあまり使えません。基地内はほぼ歩きだけです。運動不足やいらいら防止には歩くのがよい様です。 日本でも同じですね…。■PEN□
Nov 16, 2006
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今日の話題は、「南極点」です。 南極点は、2つあります。1つは地理的で地球の自転軸にあたる地点を極点と言い、北極と南極に極点があります。 南極点は、南極大陸上にありますが最高峰ではありません。比較的平坦で大型の輸送機が降りられることから米国がアムンゼン=スコット南極点基地を持っています。 南極大陸上で最高峰となる地点は別にあり、それぞれドームA、ドームC、ドームFなどと名づけられています。 もう一方の南極点は、磁極の南磁極点です。これは、現在、南極大陸ではなく海の上にあります。また、北磁極点の位置とは対称の位置にはありません。 南磁極点の上で透明の球中に浮かべた方位磁石は、下を向くそうです。この磁極点の動きは早く毎年のように移動するそうです。赤道近くに来たら大変ですね…。■PEN□
Nov 15, 2006
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今日の話題は、「南極観測船」です。 本日、南極観測船「しらせ」が昭和基地に向け出航しました! 昨日の南極への往復の話題でもふれましたが、南極観測船(防衛庁では砕氷艦と呼ぶ)は、宗谷(海上保安庁)、ふじ(防衛庁)、しらせ(防衛庁)が運用してきました。現在は、しらせが現役です。 しらせは文部科学省が持っておりますが、海上自衛隊が運用しています。砕氷艦という名前で呼ばれるということは、他の海上自衛隊の護衛艦などの艦艇と同じ扱いです。平たく言うと軍艦のようなものです。1歩外洋へ出ると日本国の軍隊といっても良いでしょう。 太平洋からインド洋に抜けるときにインドネシア海軍が近づいてきてラッパを吹いて挨拶したり、時には、ライトでモールス符号をだしたり、ルールがあるようです。オーストラリアへ入港するとき等は、海士が甲板に整列して儀式を行います。軍艦扱いですから軍港と併用している港にしか基本的には入港できません。よって、緊急時以外は、一般の港に入港できません。 海上自衛隊の隊員は、下士官が上陸時は征服着用です。街中ではよく海士らを見かけることになります。買い物もお酒を飲むのも水兵さんです。観測隊員はお気楽なものでルールがありませんので短パンなどラフな格好で街中を歩けます。海士の征服もなかなかかっこいいですね!■PEN□
Nov 14, 2006
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今日の話題は、「南極と健康診断」です。 南極観測隊員として1年間越冬するには、健康診断に合格しなければなりません。越冬中にもし大きな手術をするような病気が発生しても対応できないのが現状だからです。ただし、現在は、症状によりますが盲腸程度は手術ができるそうです。 健康診断は、一般的な人間ドックの検診内容と変わらないのですが、これで大きな疾患があるかないかは判明するようです。また、歯科での虫歯のチェックと万が一の時の個人を識別するため歯形をとります。 この健康診断によって、毎年、数名の方が不合格になるケースがあります。たとえば目の網膜の検査で網膜はく離が見つかるような場合、検査で発見されたすぐその日にレーザで網膜を焼いて固定します。再発の恐れがあるため越冬はできなくなります。 心臓の疾患も多く発見されます。一見健康そうでも心電図から不整脈が発見されることは多く、越冬は不可となります。すなわち、心臓の場合、突然の疾患が襲う可能性があるため、昭和基地では対応が取れないからです。 越冬してから、医療担当隊員(お医者様)に次のような本音を聞きましたら、こう言っておりました。 私:もし、昭和基地で事故や病気で死にそうな患者がでたらどうするのですか? 医療担当:それには、2通り考えられる。1つ目は、どうがんばっても死んでしまうのが明らかな場合は、あきらめる。もう1つは、1週間の余地があるならば、アメリカかロシアに救援を頼み医療設備の整ったところに搬送する。 これが答えでした。■PEN□
Nov 13, 2006
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今日の話題は、「南極と自転車」です。 南極と自転車ってどうして関係があるのかと、思われることでしょう。オーストラリア、フリーマントル港に寄港して行動するには、自転車が便利と言う観測隊員がいます。 しかし、オーストラリアの検疫でタイヤに土が付いていると自転車を上陸させるわけにいきません。そこで、自転車のタイヤについた土は、乗船中にきれいに洗い流しておかなければなりません。 こうして。フリーマントル寄港中、自転車を使ってビーチや買い物に出かけるわけです。 もちろん、寄港地だけでなく南極でも使う目的で観測船に積み込んでいます。南極では、夏の間、雪がありませんので移動手段として自転車は有効に使えます。 坂道があり、舗装されていませんのでマウンテンバイクは都合がよいそうです。日本にいる人は、南極で自転車を使っているなんて想像しもしないでしょうね…。■PEN□
Nov 12, 2006
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今日の話題は、「南極と旅行(2)」です。 20年前は南極から日本へ帰るため、アフリカの東側にあるモルディブ諸島のモーリシャスという島のポートルイス港に寄港して、フランス経由で日本へ帰っておりました。 モーリシャスへ寄港し上陸したものの現地の通貨が無いため、タクシーを使ってカジノまで行き、モーリシャス・ルピーに両替をすることになりました。 ポートルイス港は、日本のまぐろ漁船等の寄港地でもあり時折日本人が上陸するそうで、このタクシーの運転手は片言の日本語を話しました。少し安心をさせたところで、往復のタクシー料金を交渉し出発しました。 しかし、タクシーはぼろぼろで危なさそうでした。出発した早々ガソリンが無いからスタンドによってガソリンを入れていいかと聞かれ、良いと言うとガソリン代をくれと言われてしましました。 カジノに着くと今度は、俺が両替してやるからお金をよこせと言い出してきました。そのままいなくなると困るので、自分達で両替に行きました。両替から帰ってくると今度は、最初に言ったタクシー代は片道分だから、倍くれと言い出しました。おかしと言い出すと、今度は英語も日本語もわからないふりをします。 ようやく、最初の往復の料金の1.5倍で交渉が成立して港まで戻ることになりました。後日、わかったことですが当時のモーリシャスの物価は日本の1/100程度しかなく、タクシーの運転手は、何日か遊んで暮らせる金額だったようです。 港から空港までタクシーを予約しておきましたらベンツが来て、しかも初日のタクシー料金より割安であったことから、前者のタクシー運転手が必死に交渉するはずだな~と感じました。■PEN□
Nov 11, 2006
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今日の話題は、「南極と旅行(1)」です。 南極までの経路は、南極観測船しらせにより東京港晴海ふ頭を11月中旬に出発し、オーストラリアのフリーマントル港(西海岸ペースの近く)に寄港して南極へと向かいます。現在、観測隊員は、観測船が東京港を出港した後、2週間後にシドニー経由でパースまで行き、観測船に乗船します。 昔は、東京港から観測隊員も出発していましたので、赤道を通過するさいは、赤道際と言うお祭りがありました。鬼の格好をした門番がいて神主や巫女が赤道の門を開きます。開いた後は、余興が大会がありました。オーストラリア入港1日前には、釣りを行ったりもしました。 オーストラリアの12月初旬の気候は良く、テニスやゴルフ、水泳には適した気候です。しかも格安。観測隊員も南極での越冬を前に文化圏を満喫して出発します。 オーストラリアを12月初旬に出発しますと、1週間後には、暴風圏(1年中たえず強い風が吹いている領域)に入ります。ただでさえ良くゆれる場所ですが、南極観測船には氷海航行をするためスタビライザーと呼ばれるローリング(横揺れ)防止のフィン(羽根)が船体から出ておらず、大変良くゆれます。しらせをおわん舟などと言う人もいます。 お風呂の水は無くなり、ウイスキーのビンは割れ荷物は散乱し、床と天井と壁がわからなくなるほどに揺れる時もあります。船酔いどころの騒ぎではありません。そういったときは寝てもいられません。 そうして、揺れること1週間、氷海に入ると今度は、4m以上の氷を割るためチャージング(船をバックさせ、前進して氷に乗り上げる、この時スクリューに氷が入り音がうるさい)が始まります。こうしてやっと、12月中下旬ごろ昭和基地に到着します。■PEN□
Nov 10, 2006
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今日の話題は、「南極とコンピュータ」です。 南極観測で欠かせないものは沢山ありますが、観測装置の大半はコンピュータでデータを蓄積する方式をとっています。 よって、今は越冬隊員の数よりもコンピュータの数の方が多くなっています。パーソナルコンピュータ(PC)で制御したりデータを取得したりしていますし、ハードディスクが大きくなりデータの蓄積量は格段に増えました。 日本でも同じですが、20年前PCは、まだあまり復旧しておらず、観測器には汎用のコンピュータが使われていました。オペレーションシステムを紙テープないしは大型のフロッピーディスクでロードして、その後、観測用ソフトウェアーを動作させていました。静電気が多く不安定な時が多くありました。 今では、昭和基地もインターネットが接続されリアルタイムでデータが日本へ電送される時代になりました。その分、情報量が増え、南極での観測業務は忙しくなってしまいました。 情報量が多いと研究は進みますが、観測隊員にとってはデータが増えるのは考えようですね…。■PEN□
Nov 9, 2006
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今日の話題は、「南極の永久凍土」です。 南極の昭和基地は、オングル島と言う島の上にあります。島と言うことは地面が露出していて、風化した岩、すなわち、砂や土が溜まっています。 夏に風化した土は堆積し、そして、そこには雪が溜まります。昼間、土表面の雪はわずかながら溶けて水になり土に浸透します。 浸透した水は、夜には凍ってしまい凍土となります。こうした繰り返しが長年繰り返され、南極の気温が上昇しない限り地表面は永久凍土となります。 この永久凍土の上に建物を建設するには、これを鶴橋で砕いて穴を掘らなくてはなりません。永久凍土は越冬隊から見るとちょっと厄介者です。■PEN□
Nov 8, 2006
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今日の話題は、「南極と非常食」です。 南極昭和基地では、万が一メインベースが火事になり食料が消失してしまうことを想定して、少し離れた倉庫に非常食を装備しています。倉庫の中の非常食は、インスタントラーメン、乾パン、缶詰、インスタントコーヒー、ドライフルーツ、チョコレートなどの保存がきくものを置いています。 メインベースが消失する様なことがあっては一大事ですが、離れた建物にいてメインベースに戻れないことは時々ありました。そういった時のために、ダンボール1箱程度の非常食が装備されています。 滅多に使うことも無いので、時折、おやつ代わりに缶詰を食べてしまったりしています。ただでさえカロリーオーバーになっている観測隊員は、非常食を食べてしまうことによりさらに太ってしまいます。 最初の話に戻りますが、倉庫に保存されていた非常食も毎年のように賞味期限が切れます。そうしたときは廃棄をするのですが、貧乏性な私のような隊員はインスタントコーヒー等をもらって使っておりました。 しかし、その中で、誰もが手をつけない缶詰(会社名はあかせません)がありました。非常食でなくても、まったく手をつけないほどのお味でしたので、昭和基地の最後の食料になるまでその缶詰は食べなかったことでしょう…。■PEN□
Nov 7, 2006
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今日の話題は、「南極とオゾン層」です。 オゾンホールと言う言葉を聞いた方は多いと思います。南極や北極では人類にとって重要なオゾン層が時折なくなってしまいます。この原因は、クーラーや冷蔵庫などのフロンをそのまま大気に放出した影響でオゾン層が破壊されてしまったと言われています。 特に白人の皮膚がん発生率は高く、世界的に環境問題が盛り上がった1980年頃に昭和基地で越冬中の気象隊員によって、世界で初めてオゾン層に穴が開いている事が報告されました。 その後、衛星観測によりはっきりとした穴のように開いたオゾンホールができていることが示され、日本の南極観測隊のデータの信頼性が世界的に認められました。 このオゾンを計測するには、気球で直接観測する方法、太陽光や月光を測定して計測する方法があります。気象隊員は、昼夜寝ずに計測を行っています。■PEN□
Nov 6, 2006
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今日の話題は、「南極とスケート」です。 昭和基地は、東オングル島という島にあります。東オングル島の外に西オングル島と言う名前の島もあります。西オングル島の方が大きく、そこには池があります。歩いて30分から1時間ぐらいの地点です。 時折、池の水の調査をしたりしますので比較的よく行く場所の一つです。そこは、1年中氷が張っています。少し亀裂がありますが、平らな氷です。これを見てスケートをせずにいられないのが観測隊員です。 わざわざ、日曜日にスケート靴をもって出かけるのです。しかしながら、スポーツに植えていますから氷の質が悪かろうがお構いなし!時折、亀裂にスケートがはまって転倒したりと、ちょっぴりアクシデントがあります。 南極でスケートと言うのもおつな話でしょう!■PEN□
Nov 5, 2006
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今日の話題は、「南極とスキー」です。 南極では、スキーを使っていそうな感じがすると思いますが、実は普通はスキーをすることはできません。 かろうじて気象棟うらのスロープで50m程滑れるのですが、リフトがないのでスキーを脱いで足で登らなければなりません。 また、南極大陸の端にはスロープがあるのですがアイスバーンですのでスキーをするにはちょっと危険です。 スノーモービルに引っ張ってもらう方法もありますが危険ですのでこれは禁止になっています。そういった理由から南極は真っ白でいlかにもスキーができそうですが、ほとんどスキーをする人はいません。 日本での冬山での訓練の時のスキーは何だったんだろう?と感じずにはいられません。■PEN□
Nov 4, 2006
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今日の話題は、「南極と日本の基地」です。 南極には、日本の基地が4つあります。作られた順から基地の名前をあげますと、昭和基地、みずほ基地、あすか観測拠点、ドームふじ基地となります。 昭和基地は、約50年前に建設され、南極物語でも有名な日本のメインベースです。昭和基地のシンボル的存在となった逆ピラミッド型の管理棟が建設されています。 みずほ基地は、約30年前に建設され、氷・雪・気象などの観測拠点として約10年ほど活躍しました。今は無人となっています。また、下記のドームふじ基地までのルートポイントとして重要な役割を果たしています。 あすか観測拠点は、約20年前に建設され、地質調査や隕石の調査などの拠点として使用されました。ここだけは基地ではなく「拠点」という名前です。5年ほど越冬しましたが、現在は、無人です。 ドームふじ基地は、約10年前に建設され、約3500mの氷を鉛直に掘削して100万年前までの気候を解明するため使用されています。初期には越冬しましたが、現在は越冬はなく、夏の間のみ掘削を行っています。 南極観測も50周年を迎え、歴史的な南極での展開をはたしてきましたが、今後は新たな活動が期待されるところです。■PEN□
Nov 3, 2006
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今日の話題は、「南極の一日」です。 南極昭和基地の一日は、とても早く暮れます。お日様が出るのが遅くて、沈むのが早いわけではありません。観測隊員は、結構忙しい毎日を過ごしていますので、一日が早く感じます。 越冬中は、朝食が7時からです。観測者によって仕事の開始は違いますが8時から9時には始めて17時ごろ終わります。ですから、日本で働く人とほぼ変わりません。 オーロラ観測などで夜勤を行う観測隊員は、生活が昼夜逆になっています。また、気象観測隊員等は、24時間を3交代を行っているため、食事のとり方が少し違ってきます。しかし、18時の夕食時には人員点呼をかねて全員が食堂に集まります。 以前にも紹介しましたが、仕事の他に当直になると掃除と皿洗いがあります。そのほかに農協などの係りを持っていますので、カイワレ大根などのお世話をする人は、こうした仕事もあります。 夜、時間がある人は、オーロラの写真を撮ったり、お酒を飲んだり、ビデオを見たりと一息つく時間があります。終身時間は人それぞれですが、12時ごろになります。南極は、極夜(真っ暗な冬の時期)や白夜があり、生活が乱れそうな感じがしますが、時間できちんと生活をしています。こうして1日、1月、1年はあっという間に過ぎます。■PEN□
Nov 1, 2006
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