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現在形の批評 #95(舞台)・悪い芝居『嘘ツキ、号泣』4月19日 ART COMPLEX 1928 ソワレ 後退する挑発この集団の作品は常に、舞台と観客とが馴れ合う演劇の悪しき非生産的微温関係に楔を打つドライな視線によって、「見る-見られる」だけの体の良い制度を揺さぶる挑発精神が根底に流れていた。物語の虚構を不意に突き破る、演劇することの確固たる思想を覚醒させる直截的な放言の投入がそれである。飽くなき客体化の意志に、他の集団とを決定的に峻別する地歩を築く核があったと言える。しかし、今作はすっかり上記の強みがトーンダウンしたため、ドラマ性を手にすることと引き換えに舞台空間は、彼らが唾棄してきた馴れ合いの親和的なものにすっかり堕してしまった。したがって、しっかり設えられた物語内容を忠実に進行する意味での破綻のなさをただ享受する我々は、透視図法よろしくどんどんと空間の深奥へと虚焦点が取り結ばれてゆくため、物理的以上に空間を狭く知覚してしまうのだ。果たしてそのことを、集団の成熟と言うべきなのだろうか。確かに、連続してこの集団に伴走してきて発見させられることは、俳優の目覚しい台頭であり、その点で言えば成熟しつつあると見ることができる。特に、集団きっての端麗な顔立ちの吉川莉早は、これまではそのフェティッシュさを生かした少女性を担うワンポイントな役所で華を感じさせていたのが、前々回公演『なんじ』で突如として主役に踊り出た。この時、ハリのある良く通る声で芯の強い気丈な人物を演じた彼女は、今作では顔に似合わないにもかかわらず、この集団の持ち味でもある下ネタとバカバカしいギャグすらさらりとこなしてみせる度胸をも身に付けていたのだ。持ち玉を相当数増やした彼女の急激な変貌振りは、容姿面でただ衆目の好奇を集めるだけの存在から、物語を背負うに足る貴重な財産への転身を伺わせて、確実に集団の底上げに寄与している。これまでの山崎彬による悪態をつく言動や芝居の流れをせき止める仕掛けが、自らの未熟さが故の苛立ちだったのだとすれば、役者の台頭に代表されるようにその必要がなくなったとすることも頷けなくはない。だが、それを以ってドラマ性へ傾斜して本来の持ち味を消滅させてしまうことに私は納得し難いものを感じるのだ。あまりのナイーブな内容の終始を指して私は収まりの良い物語だと述べたのであり、いつかどこかで観たような既視感ばかり抱かせられるものこそ彼らは忌避してきたはずだったからである。台頭著しい吉川が演じるのは、自動車を使った無差別殺人の犠牲者となった学生ミカである。ミカの友達で同じ美術部員のアカリ(西岡未央)との学生時代と、事件から6年後のアカリが働く喫茶店での出来事、2つの時間軸を往来しながら舞台は進行する。アカリの回想によって、不運にも事件に巻き込まれたミカのこと、現在時において居合わせた喫茶店の従業員や客が事件を起点として半ば必然的な巡り合わせにあることが発見されてくる。過去遡及が明るみにする事実、この場に集いし者がアカリ同様に親しい人を事件によって亡くした遺族であることであり、犯人が新人として働くウェイターであることに辿り着いた彼らは共謀して殺害し、目的通り復讐を果たす。登場人物各々が、他者を傷つけまいとする優しさでついた嘘が相手へうまく伝わらず、すれ違いを重ねた結果、悲劇のレールをひた走るという内容だ。被害者・加害者双方はもとより、誰しもがちょっとした嘘とそこから泥沼化するマイナスの思い込みが合致した末に起こる悲劇は、確かに我々の胸を打つ部分もあろう。おまけに、復讐することで悲劇から人は本当に救われるのかという倫理観を突きつける、小憎らしいオチすらこの舞台は用意して訴えてくる。それはラスト、犯人特定の決め手になった、画家志望のアカリが当時現場で目撃した記憶を基にした犯人の肖像画が間違いで、新犯人は別にいることを示す場面である。過去の出来事に拘束され続けた道程は、この日をもって新たな悲劇の過去を背負って生きねばならないという、嘘が齎す大きな代償を支払うことにしかならない。この結末は、確かにまとまりはあるが、被害者が打って変わって加害者になることでは何も解決しないという主題は良くできた「お芝居」でしかない。瀟洒な音楽と照明に、笑いを加味したパワフルさで人間の影を描き出すという類の作品は巷に溢れているではないか。そこには、これまでのように途中で等速直進運動よろしく、規定された物語を否定する場面がない。唯一、アカリの作品を店内掲示する際、決め手となる肖像画が掛けられる場所に刻まれた笑い声がそれに当たるが、それもこの肖像画が事件の決め手でないばかりか、報復行為は新たな報復しか生まないという登場人物に対する異化・教育的効果の意味であり、物語の岩盤は一切揺らぎはしない。役者の台頭と物語の重厚さが集団の成熟と捉えるならば、そのような「お芝居」へ舵を切ることがこの集団にとって本当に良いことなのだろうか。むろん、今作が「お芝居」として良く出来てるとは言っても、完成しているわけではないし、また、それを目指そうとも万人が賛成する全く破綻のない娯楽作品など創り得ない。だとすれば、各々が何を問題系として人間と社会を捉えているのかを真正面から見据え、そのことから引き出された核を鍛錬するしかない。悪い芝居にとってのその核は「お芝居」へ奉仕するためのものではないはずだと私は考える。この集団がこれまで図らずも描出し得たドライ感覚は決して先に忖度したような、巷に溢れる「お芝居」を形を変えて補強するだけでしかない、自身の未熟さを揶揄する小手先の言い訳・手法ではなかった。矛先は舞台芸術全般に巣食う馴れ合い主義・アマチュア主義が醸し出すたこ壷的状況への挑発であり、その地点に身を置いていることを痛感しているからこそ、自らをも相対化する批評眼が効いていた。この微温感覚を討つことに関しての手練手管を尽くすことにこそ、この集団が演劇で表現活動を続けることの自覚的な必然性が生まれるのだろうし、その成果を以って成熟如何が考察されるべきなのだ。過ぎ去った過去の時世の事柄はもはや変更することは不可能である為、当事者自身を拘束し続ける。しかし、そこから何を汲み取るかは各々の選択の自由に委ねられている。ナイーブな心情を重ねてさらなる号泣を招く物語としてのまとまりの良さを選択することは、この集団の過去の試みをさらに展開させることではなく、一歩も二歩も後退させるだけのように思う。願わくは、今作は彼らの罠であり、評価を安く見積もったことで次回我々は大きなしっぺ返しを喰らうことになる、という驚きを与えるべく、今回の失敗の過去を戦略的に包囲してほしいと挑発するばかりである。いずれにせよ、次回公演が良くも悪くもこの集団の分水嶺となるだろう。
Apr 24, 2009

現在形の批評 #94(舞台)・「精華演劇祭vol.12」 DIVE演劇祭―円型劇場への挑戦2月15日~4月12日 精華小劇場 「精華演劇祭vol.12 DIVE演劇祭」を思考する(その2)(その1) より。引用したキタモトの、「私たちは何を成すべきなのか。私たちに何ができるのか。問いかけたい。問いかけられたい。」の言葉は演劇人・観客双方に対話空間を現出させ、来るべき関西演劇の未来への試金石にするといった意気込みが感じられ至極全うであるのだが、目玉公演の『中島陸郎を演劇する』から十分その言葉が聞こえてこないのだ。鉄パイプを組み合わせてジャングルジムのようになった舞台装置に登り、あるいはまた取り囲んだ総勢41人の役者達。サイレンの灯りが転回し音が鳴り響いて騒然とする中、一人の人物がスピーカーを手に演説をぶる。内容は途切れ途切れにしか聞こえないが、演劇にかける思いや有無を言わさず劇場閉鎖を敢行する行政への批判が聞き取れる。そう、このシーンはまさに40年前の1969年、東大安田講堂をバリケード封鎖して占拠した当時の大学生が、自分達の場を何が何でも死守すべくアジり、大学当局と機動隊に抵抗した姿に重なる。俳優の中には涙を浮かべる者もいたが、そのファナティックな情景は観客との齟齬を大きくするばかりで、我々に直截届くものではなかった。それは、東大安田講堂事件の顛末が敗北でしかなかったからというような卑小な見方ではなく、本来ならその手法によって物語性を解除されるため、我々(演者-観客)にとって切実な言葉となるはずだが、自らの決意表明のみが強調されるため、言葉は彼らへ自己言及するだけの機能しか有しないのだ。観客不在で一方的に乱射される言葉はそれ故、現実的な切実さを纏うかに見えその実、虚構性をどんどん押し広げるもののついぞ突破する力をあらかじめ持ってはいないのだ。白々しく響く言葉で横溢する空間はしたがって、理想に酔狂する様ばかりを前景化する。同じような場面が劇団太陽族の作品にも出てくる。いくつかの巻物に分けてしたためられた中島氏による演劇や人間、世界に対する言葉を読み上げた後、そのまま最前列の観客へ恣意的に渡し、言葉で取り囲まれた状態を作る。そして、改めてそれらの言葉を俳優が今度は自分の言葉で咀嚼するのである。このシーンはささやかではあるが、ここには円形劇場を観客との共同討議の広場と捉え、対話を図ろうとする意志がはっきり表れている。演者と観客はこの時、同一平面状で対等な位相になる。中島陸郎が構想した円形劇場に夢想した理想的な時間はこういうものだったのではないか。氏が残した言葉をただありがたがるのではなく、自らの血肉にしなければならない。役者が我々に披露することは、丸裸の身体で行う痛みを伴うプレゼンテーションなのだ。その様を通して、場に居合わせた者も現在形で氏の言葉を自分の言葉へ変換する作業が促される。そのようにして形成され交流される討議の場は、演劇そのものの望ましい姿でもあり、それこそが中島氏へのの返礼になるのだ。加えて、氏の言葉を自らの思想と共に熟成し血肉化しようとすることは今後への挑戦も伺える。確かに、「前衛に傾斜したラインナップ」と中西が捉えるような3作ではある。だが、中島陸郎が前衛だったのは、実際の演劇活動時代だけではなく、プロデューサー時代の、劇場を獲得したり若い世代を押し出す企画力を発揮した時も含め一貫して前衛だったのではないか。前衛とは、共に考え・共に悩・み共に行動する「場」を生み出すために進んで身を投じ、不可視だったものを手繰り寄せ公共性を宿さんとする姿勢と精神のことなのだ。そのことを先鞭者と言い換えても良い。だから決して、プロデューサー面を揚言することで「前衛に傾斜」することから逃れる訳ではないし、またそうしなければならない理由などどこにもない。この演劇祭が玉虫色で危うかったのは、以上の理念がはっきり提示されたのは劇団太陽族のみで、共有が不十分であると思い知らされたからである。ただ、裏を返せば10年経ってようやく中島陸郎を見据える地点に我々はようやく辿り着いたのだとも言える。悠長に構える時間はそんなにはないだろうが、演劇の必要性を、こと財政難で困窮する地で広場として根付かせる困難はそれほど容易くないことを覚悟し、その上で尚、挑戦する端緒として今回の結果を私は積極的に受け止めたいとも思うのだ。
Apr 18, 2009

現在形の批評 #94(舞台)・「精華演劇祭vol.12」 DIVE演劇祭―円型劇場への挑戦2月15日~4月12日 精華小劇場 「精華演劇祭vol.12 DIVE演劇祭」を思考する(その1)「精華演劇祭vol.12 DIVE演劇祭」の全プログラムが終了した。今回は、DIVE(NPO法人 大阪現代舞台芸術協会)が主導した公演ラインナップが組まれた。テーマに「中島陸郎没後10年に捧ぐ」を据え、参加団体には中島氏が生前構想していた「円形劇場」での公演を課した。00年代前半の関西、こと大阪の演劇状況で今も記憶に新しいのは、相次ぐ劇場の廃館・新設による浮遊感覚にさらされたことである。ただ、この時の浮遊感覚とは、老舗劇場の廃館による関西演劇人の拠り所の喪失はもちろんだが、新設される劇場を再び文化土壌に定着させんがため心血を注がねばならぬという熱情も混在した妙な興奮状態であったわけで、今から思えば目の前に目指すべき方策があった分だけ幸福だったのではないだろうか。そう回想せざるを得ないのは、昨年府知事に就任した橋下行政によって再び劇場問題が浮上したからである。橋下行政は劇場のみならず、府や市が運営に関わる様々な公共文化施設(大阪府立青少年会館や大阪府立国際児童文学館等)の相次ぐ廃止決定という行政権力側の文化切り捨てを著しく進行させている。当演劇祭を主催する精華小劇場も管轄する市の意向で存続が危ぶまれている状況である。その一方で、自治体破綻が現実になった今、2007度末で4兆9930億円もの府債を抱える財政正常化は喫緊で取り組まねばならない事案であることは誰しもが痛感していることである。医療福祉にまで手を付けてそれを達成しようとする方法個々への批判があるにせよ、目指すべきゴールに住民の生活基盤の安定へ、という誰しもが共有可能な事項が掲げられている中では、たとえ演劇人がいくら芸術の意義を声高に叫んだとしても聞き入れ難くかき消されることは想像できる。私が演劇に関わるようになった時は既に中島陸郎(1930~1999)は故人であったが、もし現在生きていたとしたらこれら演劇と社会の問題にどう取り組むのだろうか、と思ってしまう。なぜなら氏は、「70年後半、阪急ファイブ・オレンジルームの創設」、プロデューサーとして「10年間にわたり多くの企画を手掛け、80年代演劇ブームとなった学生劇団中心の演劇祭<オレンジ演劇祭>の仕掛け人」となり、現在まで活動する様々な劇団・演劇人を排出したことに端を発し、その後も扇町ミュージアムスクエア、ウイングフィールドといった大阪の小劇場文化の中心となる民間劇場の立ち上げに参加して環境整備に尽力したからである。のみならず晩年は、「大阪市に働きかけ」て「公設民営稽古場(芸術創造館)創設プロジェクトに民間(専門)側の座長格として参画し、2000年1月運用開始の成果を得る」(以上『中島陸郎を演劇する』パンフレットより適宜抜粋)という、行政から場の獲得を引き出す運動に関わった経歴があるからだ。このような氏の業績と、昨今の大阪の演劇状況とを鑑みた場合、今演劇祭は時宜に適ったものだと言えよう。DIVE自身も、親会社の方針によって廃館となった近鉄劇場・小劇場、扇町ミュージアムスクエア廃館後に新設されたウルトラマーケット、精華小劇場の開館を実現させた経緯がある。今演劇祭参加団体の中で、直接中島陸郎に触れたのはDIVEプロデュース『中島陸郎を演劇する』(3月17~22日)、dracom『broiler's song』(4月3~5日)、劇団太陽族『足跡の中から明日を』(4月9~12日)の3団体である。それぞれの作品は比重の違いこそあれ、中島氏が書き継いだ戯曲や詩、評論をテクストにして構成演出し、オマージュを捧げる。戯曲『ブロイラーは飛んだ』を中心に、氏の劇世界を詩情豊かに表出しようとしたdracomの舞台空間に見られた、いくつか天井から吊り下げられた鳥肉と、その後、糸伝いにローションが垂れ落ちて鳥肉を経由して地面にボトボト溜まる光景は、アントワーヌが設立した自由劇場の伝説を想起させる。4人の劇作家(内藤裕敬・深津篤史・樋口美友喜・棚瀬美幸)の短編連作の間に氏の作品を朗読の形で差し込み、字義通り関西演劇界の総力を挙げて望んだDIVEプロデュース。劇団太陽族は、氏の辿った人生の軌跡を追いながら作・演出の岩崎正裕と思しき者が氏へ出せなかった手紙としてその想いを告白する。単純に3作品を比べて出来を云々するべきではないし、もちろん個々に中島氏への距離の取り方に差異はあるべきである。肝心なのは、中島陸郎という人物が果たした役割を今一度見据え、そしてその意志をどう受け取るか、そして後世の関西演劇界へ向けて自分達に何が出来るのかを整理することであろう。今この時、変節する状況だからこそ氏の足跡を把握し且つ、積極的に乗り越えてゆく必要が要請されているのだ。それは、「私たちは中島さんの残した<場>に立たせていただいていることを知らされ」、その上で「私たちは何を成すべきなのか。私たちに何ができるのか。問いかけたい。問いかけられたい。」(前掲パンフ キタモトマサヤ<演出者より>抜粋)というような言葉で表されるように、度々この演劇祭で見聞きす、。しかし、その観点に即した実際の出来はどうだったかの私見を先取りすれば、玉虫色で危うかったのではないかというものであった。例えば、演劇コラムニスト中西理はブログで以下のように記している。この作品だけではなくて、この前に上演されたDIVEプロデュース「中島陸郎を演劇する」も含めてのことなのだが、中島陸郎氏に捧げるというオマージュの気持ちはわかるのだけれど、どうしても違和感のようなものを感じてしまった。というのは、見られなかったけれど作品のリーディングをはじめ、この岩崎作品でも作品の一部を引用していたが、その紹介のされ方が劇作家・演出家としての中島氏の業績に偏っていて、「本当に彼の業績を顕彰するとしたら、それはプロデューサーとしての仕事であって、作家としてのそれじゃないだろう」と思ってしまったからだ。『中西理の大阪日記』2009年4月11日「違和感のようなものを感じた」のは私も同じである。が、中西の抱いたものとは異なっている。中西の視点は、「劇作家・演出家」へのオマージュが過ぎていることにあるが、当演劇祭は、中島氏が何を関西の地へ齎し、自分たちは氏から何を吸収したのかを内省するほとんど初めての場であり、それを舞台上演という形で行おうとするからには、「劇作家・演出家」として中島氏の書き綴ったものをテクストにすること自体は演劇人として真摯な取り組みであろう。また、氏のプロデューサーとしての側面しか知らなかった者にとっては深く氏を理解する機会にもなるため、むしろ自然な流れではないだろうかと思うのだ。別段、この場合は劇場獲得運動といった環境整備ではないのだから、舞台創作なら氏と同じ土俵に立つべきだ。中西は、顕彰すべき「中島氏のプロデューサーとしての最大の功績で、今回の精華演劇祭が中島氏の「没後10年に捧ぐ」というのであればそういうところを顕彰するような企画にすべきではないかと思うのだが」と記す。私は参加しなかったが、中島氏にゆかりのある演劇人を呼んで、氏が生きた時代別に3度のシンポジウムを催したり、経歴や人柄をフォローする展示や前夜祭も用意周到に用意されている。そこでは、中西も触れるプロデューサーの側面はもちろんのこと、最初期に月光会という前衛集団を率いて実験的な舞台活動をしていたことも含め、中西が要請するオマージュを多面的に語る場が用意されている。繰り返すが、その上で、氏への理解や検証に留まらず、いかに中島陸郎という男を乗り越えるかという挑戦の意志がたとえ萌芽としてでもいい、あったのかどうかを問うべきであろう。私の関心はソフトパッケージ云々よりもその内実において、中島氏の手の内から飛翔しようとしたかどうかにあるのだ。玉虫色の危うさはこの文脈での問題である。そのことを、『中島陸郎を演劇する』のラストシーンと劇団太陽族の『足跡から明日を』のある場面に絞って見てみたい。(その2)へ続く
Apr 18, 2009
現在形の批評 #93(舞台)・「フェスティバルトーキョー」飴屋法水演出 『転校生』3月26日 東京芸術劇場 中ホール ソワレ 横溢する時間時間の流れは残酷だ。多忙にしている内は時間が物凄い勢いで通り過ぎるが故に、「時間との戦い」と形容するように、我々の行動は時間を捕まえようとすることと同義になる。反対に、暇な状態の時は「時間が余る」と言うように、身にべったりと滞留して重々しく纏わり付くように思う。一般的に前者は充溢した生を表し、何をするにしても時間の消費が目的となる後者の場合は、己の存在自体が卑小なものに感じられる。ただ、本来時間の流れは一定不変である。我々はその流れのなかの短い期間、平等に漂うものでしかないことは重々承知している。しかしながら、流れの知覚を意味のあるものとして捉えることを止められない。すなわち、より良い生き方・人生の歩みを志向せざるを得ない心情が、時間を何か意志を有した弾性するゴムのように我々を拘束する煩わしいものへ変換させるのだ。時間の長短の知覚は、我々自身の主観が作り上げた身勝手な規定に基づいたものでしかない。より早くを追求する乗り物の開発はこの身勝手な規定に合わせるべく、自由気ままに時間を操作しようとする分かり易い例だろう。すると、近代とは時間の掌握とも呼べるのではないかとすら思ってしまう。『転校生』は平田オリザの作・演出によって1994年に初演された。演劇界へカムバックした飴屋法水によって演出されたのが13年後の2007年12月、静岡県舞台芸術センターの製作「SPAC秋のシーズン」。私が観劇したのは、飴屋バージョンの東京再演として「フェスティバル/トーキョー」で上演されたものである。飴屋は近代的な劇場空間と付随する装置の機械性をフィルターにしてこの作品を捉えることで、一定不変に流れる時間を顕現させ溢れさせた。決して祝祭空間や虚構へと回収してしまう時間の忘却、一瞬の清涼剤へと堕すことは忌避する。会話劇を単純に設えることから導き出される物語の意味伝達からは遠ざかりながらも、作品に通低する人間存在を捉える核の抽出に傾斜している。それが我々の手ではどうにもならない時間の概念である。時間と共に在らざるを得ない者達の悩みを女子高生という若者のそれに代表させているように思われた。一定不変に流れ続ける時間を、無機的に運動を繰り返す機械のリズムへと変換させることで、とりあえず計量的に知覚させるのが時報である。開演前の客席には時報が流れている。リアルタイムの「その時」を刻んでいる。小劇場の舞台では開演が5分10分押しは当然であるが、私のちょっとした危惧をよそに19時の開演間際に音は高鳴り、19時の時報を告げる音と共に溶暗した。次に、舞台空間全面を覆っていた照明器具を付けたバトンが天井へ引き上げられてゆくと、階段状に組まれた平台と、そこに置かれた登場人物分の椅子が出現する。その後、背景に引き下げられたスクリーンに妊婦検診のエコー検査の様子が映し出され、赤ん坊の部位を医師が説明する音声が流れる。その間に、登場人物である女子高生達が舞台所狭しと走り回り、遊び、だべる無垢な様子が描かれる。スクリーン映像へに流された「転校生」の文字が「転生」から「生」へと段階変化する。以上がこの作品の導入部である。飴屋はこのプロローグにおいて、青年団の舞台で上演される日常風景の切り取りから隔して視座を拡大する演出を採る。平田の現代口語演劇や同時多発言語はそのまま周到している。しかし、舞台上には日常らしさを構成するという意味でのリアリズム性はない。平台と椅子、そしてスクリーンの映像の他は、あえて舞台機構の無機質で機械的な要素をむき出しにする。袖幕すら排された為、照明バトンを上げ下げする装置のモーターもむき出しで、巻き上げる音も否応なく強調されて聞こえる。そのため、広々とした舞台空間を、実際静岡県内でのオーディションで選ばれた女子高校生が屈託なく、嬉々として演じる。彼女達の演技は外枠と打って変わってそれこそ自然そのものである。同時多発言語による会話の重なりや聞き取れない箇所を含めて、現在の女子高生の典型的なモデルをある学校の教室から横滑りで借りてきたような雰囲気がある。所々、女子高生の生態を余す所なく披露する連続は、いささか単調に感じることもあり、退屈もする。だが、既に触れたようにその描写が目的ではない。無機的な機械性を孕む場所で、彼女達の生き生きとした振る舞いが成される対比こそが重要なのだ。それが先に記した視座の拡大の仕掛けなのである。プロローグの暗の世界を経た展開は、打って変わって意表を突く演出である。客電をも含めて照明が付き、黒子が椅子の位置を一通り置き直す。それまでと違い、終演の雰囲気のようなのっぺりとした明るさに私達はいささか戸惑う。すると、観客席後方から一人の女子高生がやって来て席に着くことをきっかけに舞台は再び動き出し、次々と後方から女子高生がやって来る。朝の登校風景だ。舞台の到退場はこのように、客席通路を使用し行われるため、舞台全体に照明が付くことが前提となっている。最後に登校するのは、朝起きたらこの学校へ来ることになっていたという理由を持った女性である(同世代の女子高生ではなく、飴屋バージョンでは中年女性になっている)。劇中にも触れられるように、カフカ『変身』的不条理な状況を女子高生達はいとも容易く受け入れ、クラスメイトに迎えてしまう。彼女自身もなぜ学校へ来たのかの理由は分からないが、登校せねばならないと思ったことを受け入れているようだ。このような極端な事情でなくとも、我々はなんとなく受け入れざるを得ない物事に多々出くわす。その根源的なものが生に関することであろう。定められた年数、その決して長くない生を突如として与えられ、今という世界を生きていること自体の不思議さと、そう思いながらも引き受け生きていかざるを得ないという残酷さ。女性の受けた事態は、普段我々が忘却の彼方へと追いやり目を背けている答えの出ない問答を突きつけるようだ。だから女性は異分子として取り扱われない。その背景に万人等しく広がる宇宙的摂理の共有事項を顕にしただけだからだ。我々に不可分な時間の概念を空間内に充溢させる方策は、時報や劇導入時の照明の他にもある。昼休み、クラスメイト達は屋上で昼ご飯を食べるということで舞台から去る。たった一人残った生徒は携帯で電話する。その内にモーター音が鳴り、バトンが天井高く引き上げられてゆく。2階席の左右に別れて童謡を歌う屋上組の声を背に、残った女子高生がおもむろに平台の最上段から持つものを投げ捨て自身も飛び込む。直後に激しい音、その後長い静寂。バトンの引き上げによって、彼女をその場に留めたまま周りの風景だけが動いて屋上へ連れて行くかのような、彼女の心ここにあらずの浮遊感を与える。この一連のシーンは、突発的に飛び降りする理由なき自殺の不条理さを衝撃と共に伝え、その後の長い静寂の時間が我々に伝播させるそれでも時間は流れるという事実を感得させる。嬉々とした場面と突然の沈静の対比が示す時間の概念と、劇場機構を余計な装飾を廃して大きく使用する空間自体の圧力は、女子高生が放つ溌剌であるが故の無垢さと、匂い立つ肉感的なみずみずしい臭気を押し留め一変する残酷で如何ともしがたいものとして流れている。一定不変である時間を現実に切り貼りして直截的に手を下すことが不可能であるが為に、権力でさえある時間。それに翻弄される彼女達は無垢であるからこそひりついた痛みさえ与える。放課後のシーン。転校してきた女性は明日も学校へ来られるか心配する。対し、家庭の事情で転校してゆく生徒は将来への不安を口にする。「あなただったら大丈夫」と応答する女性。その後暗転から明けた舞台では、女性の席にその生徒が座っている。両者は同一人物、すなわち、若い頃の自分に心配いらないと励ましに来る生徒の将来の姿のように見える。転校生が中年女性に変更された理由が説得力を持つ場面である。続けての、ラストシーン。再び時報が響く中、壇上の一番上で生徒達が手を繋いで一列に並び、「せーの!」と飛び続ける。流れる時間の残酷さに追い立てられるしかない我々は、生の在り方を巡って答えの出ないあがきを強いられ日々苦しめられる。思春期の学生とはその入り口に片足を踏み入れた者達である。彼女達の後ろでは同時に出演者の生年月日が投影される。今公演では既に高校を卒業している者もいる。初演時から否応なく日が経っていることを感じさせる。時間の流れに逆らうように、手を取り反発しても、時間はそんなことを知りもしないで流れてゆく。この残酷さは恐ろしい。だが、この残酷さを時に自覚し、受け入れることから次なる一手を出すしかない。最後の彼女達の姿は、女子高生という記号としてではなく、自身の生身の肉体として、生ある限り拘束する時間とは不即不離な関係を強いられることを自覚した構えの表れとして私には映った。時間を操作することも掌握することもできないが、その地点からそれでも溌剌とする姿は、生のみずみずしさを立ち上げる。それはかすかな希望のようなものである。未来という時間軸への希望であり、今の自身とは異なった何かへの転生への希望であり、そういった非現実なものを信じ、可能にすることができるかもしれないという人間への希望である。
Apr 4, 2009
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