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健康でいれば、家族に何かあっても、自分が看病できる・・・・私はそう思っている。そう思うようになった。そんなとき、私が動ける人でいたいと。現実そうなったときに、向き合える人でいられるのかはまだ自信がない。その自信が欲しいために、自分の弱さと向き合うために、近年、ヘルパー二級取得をしたのだが。 私の父は、長年の飲酒がもとで、肝臓を患っている。私の結婚以前、一時入院したことがあった。なんだか現実感がなかった。いままで家にいたひとが、病院におり、帰って来れない。わたしには 初めての体験であった。ホントは哀しいだの寂しいだの、あるんだろうが、わたしには、そんな気持ちに蓋をして、母を元気づけよう、そればっかりだった。心の中は、がらんとして、蓋をした箱がぽつんと置かれていた。その箱は、感じる心を跳ね返す磁石のような箱のよう。退院するまで足繁く病院に二日と開けずにお見舞いに来て頂いて、おかゆだの、消化の良いおかずだの、持参して頂いて、母や私の分まで帰ってから食べてとお気遣い頂いた方々には、いまでも感謝の思いで一杯だ。なぜにそんなにお見舞いに来られるのか、不思議でならなかった。大変失礼だが、所詮他人事だからかなんて、ひねくれたときもあったが、その方々のお見舞いは、私たちが行けない日まで、顔を出してくださり、父とたわいのない話をしたり、ちょっとしたおかずを食事の時間に合わせて持参して頂いたりと、本当に足を向けては寝られない程であった。その方々はちなみに、料理店を営んでいる。 自分の父親が、投薬で元気だとはいえ、入院しているのだ。なのに娘の私は、お見舞いには自分では行かなかった。母と一緒の時なら行くという具合。病室には数分ほど顔をだし、後は母が病室から出てくるのを、ずっとずっと、廊下の待合いで待っていた。荷物を運んだり、食事の用意をしたり。飼い猫のチャミの世話をしたり、母の愚痴を聞いてあげたり。ソンなことしかできなかった。父と母は何を話したのだろうか。大部屋だから、大事な話はしてないと思う。世間話か。病院からかかる父の電話では、こみ入った話をしていたようだ。私はただ見守るしか出来なかった。なにができたのであろうか。 私の結婚前に、私の祖母が、大腿骨の付け根を骨折。一人っ子の母が、頑張って自宅介護をしていた。自宅を離れ、ショートステイを利用することも多く、母は天気に関係なく、足繁く通っていた。祖母は母に、甘える人ではない。来てくれ来てくれと、訴える人でもない。明治の、耐える女性そのもの。そんな祖母だから、母には、体に負担をかけてまで、根詰めないで、自宅には戻るんだし祖母も、わかってくれるよと、散々言っていた。母には、私の言葉は、立て板に 水 だった。通って、おむつだの洗濯だの、食事の介助だの、大変だけど、私でも出来ることだ。数えるほどだが、私も母の代りを頑張った。母の気持ち、根詰めちゃう母の気持ちが、私の心を占領した気がした。何も言わない祖母が、ぽそっと言った、その気持ちが、祖母を見るたびに私の心に訴えかけてくるときもあった。私、「おばあちゃん、隣の人とどうして話さないの?結構おもしろいよ。」祖母は、「・・・・・・・話すと、知り合いになってここから(自宅に)戻れなくなったら・・・・・嫌だから。」ハッとした。わたしは父の入院の時に、そんな風に心が占領されるのを避けていたのではないか。 根詰めている母を横目に、自宅には父がいる。自分で料理もしない父がいる。父の食事の用意が、母の時計代わりになっているようだった。私が母と一緒の時は、母の昼食は、遅い昼飯 兼、早い夕食で、外食したこともあった。外食しながら、母の気晴らしになればと、なるたけ私がごちそうした。そして、私は、父を恨んだ。母には祖母のことでは何も言わない。祖母が挨拶をすると、返答するのみ。祖母が元気なときも、私が小さいときから、父の祖母への態度は、一貫している。ワレ関せず。文句も言わない。子供心に、そういう点で父に不信感を持った自分がいる。結婚したいまなら、十分すぎるほど、父の気持ちをくむことが出来るが・・・。ただ祖母には関係なく、母がどんなに疲れていようと、用事があったにせよ、その当時の父には、まだ、自分の食事の時間がずれると機嫌が悪くなる。帰宅するなり、食事の用意に台所に駆け込む母。夕方の五時だぞ。まだ。なのに父は、「何処へ行ってたんだ、何してたんだ。」とぼそぼそ。あのね、おばあちゃんの所で、寄り道もしないでスーパーで、00買ってきただけよ!!と反撃する私。機嫌が悪い人というのは、やっかいだ。人の食欲の機嫌を損ねたばかりに、うちに帰ってまでも、より疲れてしまう母を私は、見たくない。父は反面教師だと思えばいいと、私のいまの旦那には、食事にはだいぶ助けられている。 つらい、苦しい、さびしい、希望、絶望。それが現実。父をそうやってやっかんで、憎むことで、私の心ではなく、父や、母のこころを、私は察したくなかったのではないか。私には受け止められなかった。もう少し母をいたわって欲しいとの、父への憎しみだけ。祖母が亡くなって、長男も六歳。いまは、食事の時間がずれようと、融通もすこしはキク父になっている。ドリフ同盟長男が一歳を過ぎ、よちよち歩きをするようになって車いすの祖母の所まで行くようになった。おっぱいを飲む姿をみて、祖母の様子がパッと元気になってから、長男は、おばあちゃんと私の架け橋のよう。おばあちゃんの喜怒哀楽に一役買っていた。おばあちゃんがおむつを替えても、さっぱりしたねと一緒に笑った。子供の語句も増えていって、もっともっと昔の話しようと私の心も、ほぐれてきた頃、祖母は独りで、夜明け頃、旅立った。前の昼間に母と顔を出し、連日通っていた母も、私もぽかぽか天気に、病室でうたたね。いつもはあと4時間ほどは長くいるのに、気分が良く、早めに切り上げて帰宅した。その日、結婚してから初めて、旦那に、お願いした。「実家に一緒に泊まっていこうよ。」翌日のワイシャツや、汗だくの旦那の下着の替えもなかったので、旦那の疲れも考慮して帰宅したが、私から、心に一点の迷いや曇りもなく、旦那にお願いしたのはこれが、最初で初めてのことではなかったか。自宅に戻り、夜明け前の電話に、母は、私は、なかなか捕まらないタクシーを恨んだ。夜中四時過ぎると、タクシー会社も、車が少なくなる。なかなか呼んでも来ない。・・・・・・もちろん、帰ってきてしまった私は、自分を責めて、着替えなんて買えば良かったと旦那のことまで心の中で、悪者扱い。結局、あさ、5時過ぎに、母は父とタクシーで十分のところに駆けつけた。まだ暖かかったそうです。祖母の顔を見てすぐに、聞こえた気がした。おまえの旦那のことを悪者にしてはいけないよと。前の晩、私が珍しく泊まっていこうと思ったのも、祖母が、私に、そんな晴れ晴れとした気持ちにしてくれたんだと思った。いくら祖母の世話が、たいへんだとはいえ、自分の実家にくるまで年中行っていることに、旦那だって気持ちの良いわけがない。正直言って、いつも私は心が晴れることはほとんど無かった。そんなふうに実家に通うことが、心の負い目となっていた。もちろん姑宅だって、訪問していたが。私が独身の時、平日休みになると、母と、祖母のところへ。自宅から近いはずなのに、電車やバス。仕事に通いながら、免許を取った。結婚して旦那に車があり、だいぶ助かったのだ。心に負い目、替えの下着がないからと帰った事で恨むなんてだんなからすりゃぁ、とんだことだと。おかどちがい。あの時の、はればれとした心持ちは、いま思うと、あれきりだ。祖母の最後のプレゼントだと思っている。そんな気持ちを持ち続けて、日々生活し、人を大事にして行けと、そう言いたかったのではないか。普段から、すがすがしい心でいるのってむずかしいですよね。みんな、ふつ~~の顔してても、内心いろいろある。気持ちの発散の出来るところがないなあ。
2004.01.24
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☆♪インフルエンザにかかった私。胃もたれはあるものの、以前のような生活のリズムに。そのしわ寄せで、日記は、2月に入って書き込みです。☆♪ さるぼぼ同盟1/9の日記で水いぼのこと、書きました。年長息子、昨年秋あたりから、ち~いさい2ブツブツ。正月明けに、たまたま風邪でかかったお医者様に指摘され、そのうちぶつぶつ左腕の内側に、小さいのが広がりつつあり、医者の診断では、もっと大きくなったらと、言われたのみ。それから20日前後経過しました。ブツブツは、一回り大きくなったとはいえ、全然まだ小さい。赤みだけが増えて、本人も時に、かゆがっている。暴れたりして汗がでるからかな。幼稚園のお友達と、プールに行くこともあり、お医者さんは、良いよと言ってくれるのだが、やはり休ませている。先が長いなぁと、20日前後待ってはみたものの、長男が、早速かきむしり始めた!!ちょっと血が出るかな・・・ああ、その掻いた爪で自分の体やお友達をさわってはいかんぞ!!!・・・・即、皮膚科へ。赤みを帯びているので、赤み取りに、リンデロン軟膏処方される。その間、四角い大きめの絆創膏でカバー。これが結構値が張るのよね。一週間後と言われたけれど、待ちきれず、5日後に診察に。前日に、治療用にと、四角いテープを頂いておいた。水いぼの上にそれぞれ細かく切って、チマチマと貼る。貼ってから、一時間ほどで診察においでとのこと。その透明テープ、ちいさく、チマチマいぼの上に貼るが貼る??ってよりも、置くって感じ。その上からセロハンテープで抑えたいくらい。失敗するかもと、2枚いただいておいて良かった。さあ、一時間経ったぞ。 お医者様の近くのマクドで、四歳次男と共に、年長息子をリラックスさせ、準備万端!!早速、白ーい堅い、診療ベットに横になった息子。裸で寒そ!!先生と看護婦さんがさりげなく、そしてシッカリと体を押さえ、治療!!!んんっ!!!んたぁ!こらえた声とは裏腹な、苦痛にゆがみ、泣きそうな長男の様子。私はすかさず、ご褒美作戦!!「頑張ったら、チュー!!してあげるよ。」・・・・息子は、黙って、・・・・首を横に振った・・・・。ああ、普段はあんなに、甘えてきたときもあったのに。私の心、ひさしぶりに、がっしゃ~~ん!!寒~~~い風が、ぴゅ~~っ!! そうよね、あなたはガチャポンで、欲しいオモチャがあるのね。ああ、200円に負けた、私のちゅー~~~~!ピンセットの先が、直径3センチもあるかな、丸い輪になってるので、ちいさいいぼを、ぐいぐいつぶしていました。先生に、思わず声をかけた。「あの、そうやってつぶすのは、顔のニキビを、指でつぶして、その、なかの油が、にょきっと出る感じですか?痛そうですが。」先生は私の質問を全面否定、「これはウイルスですから」・・・それはしっとるが・・息子の受けている痛みの感じ、それがどんなもんなのかってのが知りたいのですよ・・「痛そうですね。」とも言ってみたが、軽く「そんなもんよ。」あしらわれた。おいおい、こどもが予防注射でも、泣かない子だったのにすごい悶絶しているんだぞ。親の気持ちわからんか!! 息子は、つままれるとき、ちくちくして、痛いのだけれど、なにか、炭酸ジュースの炭酸が、いぼから出る感じと、言っていた。うん、わかりやすいんだかなぁ。ドリフ同盟 つまんだ後はだいぶ、赤く、痛そうでしたが、2日もすれば、おちついて、安心。飲み薬のヨクイニン錠剤を処方され、それも効いてるのかも。飲み薬一週間でだいぶきれいになってきましたよ。喘息予防の、テオドールとザジデンも飲んでる上に、薬薬したくないのですがね・・・・。あ、ガチャポンは、まだ。本人は痛みと共に、忘れたようです。その夜、たっぷりと、私が、ちゅ~~~~~!!息子は、悶絶しておりました。
2004.01.23
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☆日付は一月・・なのに書き込んでいるのは、2月です。↓★☆二月に入って、節分も過ぎたというのに、ようやく日記を書いています。おそるべしインフルエンザ。★★☆☆つくってあそぼ同盟 急に熱が上がって、自分でもこりゃすごい熱とわかるので体温計ははからなかったのです。 小さい頃に、何だったか予防接種の後に、副反応で、腕は腫れるわ、なんか苦しかったときの、大熱以来でしたね。発熱当日、重たい物を運んだり無理をしていたので、高熱時は余計辛かったのと、翌日すぐにインフルエンザ特効薬を飲んで、落ち着いた割には、その無理が体に残った感じです。カプセル飲んでその日と次の日は、養生し、体の痛みなどは軽減されました。そのうち今度は咳が、コンコン。あれれ、あとからくるのね。手洗いとマスク、子供らもマスク。もううつさないように懸命になった数日間でしたね。薬局で南天のど飴、他いろんなのど飴を試し試し!!これは好みもありますしね。龍角散ののど飴も買いたかったですが、ちょっとお値段がね。なんか効きそうだけれども、香りが苦手かもなぁと。その後は、体の何となくの痛み、だるさ。用はめんどくさがりになった状態ですね。テレビのチャンネルも、リモコン行方不明なら、足で替えちゃうってか!パシリになった、子供達には、申し訳なかった!!おとなの、ずる~い所だなと、思って、後々になって、子供達に、おかあさんはマズイね、ああいうことしてと、謝りました。ついでですが、この先、交友関係を築いていく中でお友達に、そういうことをしたり、されたりしないようにとそんな話まで発展しました。六歳長男は、この春小学校なので、結構真剣に、まあ、悪い見本が、目の前にいますし、話を聞いていました。とほほ。 2月に入ってからは、頭痛。それも時々で、軽いのですが、なんだか見えない風邪さんの妖精が、まったりと私を包んでいるようで・・・。ようやく体調が整ったと思ったのが、節分の時期ですね。ただ、まだ変なところは、今度は胃のあたり。軽く食べても、おなか一杯。まあ、これは胃が小さくなったのでしょう。食後しばらくすると、胃が持ち上げられるような、もたれたような感じとなるので、チョコレートや、油物は控えてます。いつまで続くかな・・・・。あ、体重は減ってないと思います・・・・・・。くそぉ、インフルエンザめ。
2004.01.22
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★☆☆☆インフルが落ち着いた★2月★ようやく書いております。↓↓☆インフルエンザなんて、かかる人がかかるんでしょ。そう思っておりました。予防接種も、子供第一、姑さんにも実家の両親にも勧めて。自分の事は全然。ちなみにインフルエンザ予防接種代は、就学前息子達一人3千円ほどか。 皆さんおいくらでした?今思えばそこで私があまり体調が良くなかったために予防接種を受けなかったのも、よくなかった!ケチった意識もあった。大人予防接種六千円ってとこもあったし。ここ数日、部屋の中も、やけに乾燥気味。加湿器も短時間で終わってしまう、ペットボトルの加湿器。お出かけして帰ってきても、うがいもシッカリしてなかったぁ!・・・その ツケ が回ってきたのね。 ココまで読んだ方、このおじさんのような気持ちでしょう。・・・そう、自業自得でしたの。あほたんが!!ですよね。せめて、反省の意味を込めて、こんな症状だったよと、何日かに分けて、書いて参ります。 <1>のどが乾燥。 <2>のどがイガイガ<3>のどヴ~ンとエヘン虫。<4>ちょっとコンコン咳↑↑↑これ、だいたい2,3日。風邪の方と接触の覚えがなくても、この時点であれよあれよと早かった。急にうがいやら、マスクやらツケ始めた時期です。子供達も予防のため、ずっとマスクを着用。寝るときも。園の送迎時、親子そろって三人マスク姿は、異様。みんな子供だけ。ちらほらね。後から聞いたが、三人とも風邪をひいたのかと、近寄らなかったらしい。あ、そうそう、立体マスク、良いですよね。使い捨てのジャバラになってるマスクも、アゴの下までグイ~ンと広げられて良かったです。★立体マスクってのは!ココクリックね。!お医者さんに4の時点で GO!イソジン、咳止め処方されました。子供達の分も薬を処方していただく。本当は、何ともなかったけれども、くしゃみだぁ、咳だとかこつけて・・。薬局では、早速使い捨てのマスクを。そこで、六歳長男が檸檬味のV1000かなんか黄色い包みの飴を、私に勧めてくれました。その気持ちが嬉しくて。そんな風にしてくれるだけで嬉しかった。・ここへ来て、雨模様の日々。洗濯機をフル回転。乾燥機めざし、近所のコインランドリーへと、旦那の車がある、限られた時間で、大量の濡れた洗濯物を運ぶ。・ゴミ出しのため、家の片づけ。まとめて出す。以上は、普段よりも4倍ほどのパワーを発揮して動きました。だって、咳がコンコン出始めている私が、まだ動けるうちにやらねばと。洗濯物も旦那に頼めないし。(なぜか腰をすごく痛がっているため。) 私は着替えを子供によくさせる方だと思います。小さい頃の影響かも。父が、風呂好きで、短い着用時間にもかかわらず、すぐにパジャマだ、汗かいただろ、ご飯時こぼしたかぁ、お散歩帰りだからなど、着替えが多かった。子供心に、「まだまだ着ていられるのに。」ただ、首を通したときの、太陽の名残、石けんの香りは一日嫌なことがあっても、今のアロマのように、癒しになっていたように思います。子供達も、なるたけそんな思い出が出来るとイイナと願ってます。(ただし、ここ一年の私は、忙しさにかまけて、汚れが目立たなければず~っとおなじズボンやセーターを着ています。旦那曰く、「なんか、香ばしいんだか、においが動くんですけど。」そのうち、それを通り越して、私が動く度に、「ヴッ!?」という何とも言えない反応をします。ああ。いつの間にココまで自分を許してしまったんだろ!)~さてさて、<5>から<12>一日の出来事です。~<5>朝寒気。まさかね。さあ昨夜続いてゴミ出しだ。<6>昼頃、発熱確認。38度以内。咳の方がきつかった。<7>洗濯全開!夕方まで続く。発熱してるが、体がポッポして、なんだかやせそぉ!動けます。夕飯の用意も頑張るぞ。<8>夜9時、頑張った洗濯物、車に運ぼうかな。なかなか重い腰があがらず。推定38度以上。<9>夜11時過ぎ。熱いしフウフウ息も荒いし。だるいよぉ。推定39度か。でも洗濯物根性で車に運ぶ。旦那はすでに布団の中。「俺が行こうか」を断る。→腰痛くて歩くのが大変そうでしょ。<10>レンタルビデオも返却。本も立ち読みしたかったがとんでもない。ガラスに映る姿は、志村けんのオッパイ垂れ垂れ、ボサボサのおばあちゃん!!洗濯物を根性でコインランドリーに。推定40度はいくのかな。<11>コインランドリー30分中、車内で寝る。この時点で、キツさ最高潮!<12>就寝。冷えピタ脇の下、足の裏、股の付け根、首、背中作戦。推定40度の峠を越している。旦那、起きていて、カップラーメンを作った。これはあくまで旦那本人のために本人が作ったもの。私も味見。ああこの塩分、なんだかいつもより美味しい。新たに、私の分も作ってもらう!とほほ。↑↑↑↑だいたい洗濯物が多すぎ。だってさ、雨模様なんだもん。発熱しても夜までは、結構動けたし、もし横になっていたとしても、ポッポと熱いのが、なんだか心地よかったと思う。やはり洗濯物運びや片づけで、踏ん張ったのがいけない。レンタルビデオ屋さんをでる頃は、パワーが20%ほどしか出ず、呼吸も荒かった。乾いた洗濯物を家まで運ぶ階段では、もうふらふらどころか意識がなくなるのではと思ったくらいだ。ただ、カップラーメンには、目がくらんだ!ああ、理性よ・・・。 朝から考えれば、夕方から急に熱が上がった。これは普段の風邪とは違うと明らかにわかった。ふくらはぎや背中の筋肉?すでに肉かもしれないが、変な痛みが出てきていた。咳もそんなにひどいわけでもなかったが、その咳で熱が引き起こされたのではと、甘く見てはいけない。吐き気はなく、食事も普段通りだったが、低温時から水分がやけに美味しかった。塩分も。二人目出産後、やけに尿漏れが気になるようになった。今回の咳で、チョイチョイ漏れるのには困った。咳は多くなかったものの、やはりからだがだるいというか、めんどくさがりのように動きたくなくなった中で、トイレに行く回数も減ったせいではないかな。菊の御門を、普段からキュッ~っと、しめるようにするといいらしいが。~~~20年前だとおもうけど、昔、三宅裕司さん、平日毎日夜ラジオ番組を持っていた中、コーナーがあって、菊の御門とお呼びになっていた。結構面白い投稿が多かったなぁ。知ってる方掲示板までどうぞ~~~参考まで。インフルエンザ Q&A
2004.01.21
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たまたまこちらの商品を目にしました。 池田満寿夫さん、題名のない音楽会(週末あった番組)や徹子の部屋などで、奥さま(バイオリニスト佐藤陽子さん)に対してとても愛情深いなという印象があった方。亡くなるときは、ちょうど奥さまが外出先から帰って、お帰りって、玄関で出迎えたときに、たおれるように亡くなったと、当時聞いたことがあります。スリッパに足を取られたと奥さまがおっしゃってました。介護して欲しい、でもされたくない。亡くなる前に、周囲の人に自分の思いを伝えたい。ここで葛藤。 互いに探求する物があり、各自がしっかりとしたものをもっておられ、二人互いに、相手を理解し、いたわっている。独身時、やはり芸術家はちがうなぁと思ってましたが、実際結婚してみて、職業は関係ないなと。自分が変わらなければ。どう変わるかというよりも、日々少しずつ出来ることから始めよう。目の前の家事にまだ振り回されている私。まだまだ変わろうなんて、領域にはないけれど。自分の事で精一杯。ただ、あのご夫妻は、私に強烈な印象を残している。当時、私は、佐藤陽子さん、奥さまは、ご主人と共に生きていると、ご自宅でのインタビューTVを観ていて感じた。確かに哀しいことだけれど、ご主人の遺した作品や、思い出がいかにすばらしかったことかを、おっしゃってました。そんな風にいられるのが、すごいなあと。お二人の、時の重ね方が、物語っているんだろうと、当時、ただ私は口を開けたまま観ていた。
2004.01.20
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今日は月曜日ですね。なんだか気持ちが静か。おだやかというかな。それは、この週末、家で朝、昼をきちんと食べ、ちょっと出掛けてお得な外食。(大人1200円ランチですが、パスタやらサラダやらデザートやら食べ放題でした。ここぞとばかりに!!)買物もリーズナブルで済みましたし。つくってあそぼ同盟こんな気分でした。それが続いているようです。 本屋も観たし、HARD OFFで中古楽器やソフト、BOOK OFFでお得な本を購入出来たし。・・・・将来の子供用にCD付きの英検5,4,3級問題集。・・・・図鑑。気象、天体について。・・こんとあき。これはNHK教育の朝、テレビ絵本という番組の中で放送、子供も私もいっぺんで好きになった本です。半額以下で手に入りました。(イラストの方の絵はがき集を購入していた。)やっぱり、図書券などで買わないときはそんなにすぐ手を出せるような物ではないです。ラヴユーフォーエヴァーちなみにこの本は結婚してすぐに三冊。成人した息子達にと。この本の中のように、ひっそりと迷惑掛けない、母でいられるかな。その次に買ってから評判がいいなと気づいた物があります。おふろだいすきですね。他に少しずつ買っているのは、絵がカラフルで私も思わず真似してみたくなる、バムとケロシリーズなんだかせき立てられるような「姑さんに電話しなくちゃ。」というのが、なかったのがこの週末、私の精神的に、ゆったりできたのが大きかった。実娘、義理の妹(私より年上)が顔を出すことになっていたからで、ご長男の中学受験でなかなか親宅に顔を出せなかった分、時間が出来たらしい。こういうとき、私たちが今度顔を出すと、いくぶん態度が違う。実娘が来たというので、姑の心の中がほぐれて、私に対しても、態度がやわらかい。別に意地悪されることはないのだが、私への頼み事や、会話の中で、やはり「こういう話はあなたにはココまでしか話しませんよ、引っ込んでなさい。」というのがひしひしと伝わる。あからさまに私に言ったことも何度もある。私はそのときは「なんでなんだかなぁ、嫁と言ってもそんなに蚊帳の外に置くことないんでないかいな。」と哀しくなったが、今となってはもう、慣れっことなった。「はいはい、話が深くなる前に引っ込んでまぁす!」と席を外すタイミングは、心得ている・・・かな。ドリフ同盟 以前の日記で私は、姑に対して、自分の心の壁があったとしても、反対に姑が私になにかイチモツあるなぁとしても、ついつい”あき竹城”や”柴田理恵”さんのように振る舞ってしまう。こみ入った話でもその調子で、デェ~~ン!!と居座って寝堀り羽堀り聴いているので、それが私の悪い点だとおもいます。 だから姑もそういうのをすぐ見抜いていて、私を追っ払うというか、きっぱりと、「向こうへ行ってて。」と言ったのではと、4年経ってそう思うようになった。今週は胃が締め付けられるようなことはなく、良かった。ちなみに今日も懲りずに、夕飯として、冒頭の食べ放題に行ってきました。(当分もう行かなくて済むだろう。) ちょっといがらっぽいと思っていた午前中。午後にはイガイガによる咳。南天のど飴をなめたよ。夜はついにイガイガと痰。咳が自然にでて、のどが絞られるよう!立体マスクだ!!これ、寝ているときも良いそうです。適度な保湿もありで。みなさんはこんなトキは、どんな市販の薬を?葛根湯ですか?パブロンですか?早いうちにあした医者にかかった方がいいですかね。結構お金かかるのよね。以前漬けた、カリンハチミツ、なめます。のどだけで済めばなぁ!!
2004.01.19
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今日は日曜日。ずっと旦那が腰を痛がっている。(医者かかる予定)休みに入る前からなので長いなぁ。歩き方もなんだかみていて可愛そう。そんなときは出掛けずにいればいいものを。 朝は、シマダ0のパッと作れる塩焼きそば。このために豚肉まで用意してある。キャベツならぬ白菜をいれ、ちょっと水気でるが、塩気がマイルドになり大成功!昼は、冷凍レトルトが冷凍庫に入らなかったため、すでに解凍しちゃってるさんま丼のもとと、なか卯の牛丼。(ヨシケイという料理宅配送料が無料なので時々買うが、本当は冷凍庫の中に入れば、おかずのない時の非常食となったもの。チョーうまかった。) これでごろごろしてりゃあいいものの、うちの旦那さんは、どこかにプラッと出掛けないと気が済まないタイプ。私は別に一日うちの中でも、近所のスーパーに行くぐらいで良し。子供達はもう出掛けるものとフンデ、着替えている。これからでると幕張のコストコ米スーパーは5時ぐらいに着く。それでも行ってみた。イチジョウマン 広くて3階フロアーのみですが、デンキモノ(カメラや電話PC)がすごく安い。うちの普通紙ファックス電話は、近所のケース電気や山田電気が安くする前、とっくのトーォに安かった。先月買った。電気屋さんで電話をみるたび、いまだ、フフフッとほくそ笑んでおりまする。子供の英語絵本。ボタンを押すと英語や面白い音が鳴ったり、数の数え方でも、色とりどりで面白い。仕掛け絵本も安い。ただ、英語だから親がついて説明してあげなきゃ。本屋さんでは1800円から3000円ぐらいのが、980円や1400円ほどで、これも迷う。種類はどかんとあるわけではないが、まあ、こんなもんでしょ。COLOR という仕掛け絵本で、つまみを引っ張ると森の中から動物が現れるものを購入。980円。これは大人も面白いし、色を教えるのに楽しい!鉛筆でお尻にいろんな動物やサッカーボールなど4,5センチの消しゴムがついている鉛筆30本。900円しなかったかな。使うときまでパッケージのまま飾っちゃう。 三階からグルッと大きなかごをがらがらさせて、一階の食料品へ。さっそくソーセージ一キロ近くを1000円ほどで。結構使う物です。試食販売で明治さんかな、高原のチーズとやら三角チーズを三パックかなもうまとめてあるのを。柔らかくて食べやすい。スライスチーズよりは良い。(バラでは売っていない。3,4コ束ねてある。)試食して美味しかったコーンスープ。紙パックだがこれも500ミリリットルを3パック束になっている。飲食店でも販売している、クラムチャウダー具だくさんの大きい缶詰、これも二缶束ねてあるのを。これは、かかせない。ジャガイモも沢山あり、いつもイートコーナーで飲んでいく。次の、二品は、買って良かったかもしれないが、あまりに大きいので、小分けにせねばと。 試食にはまってしまった旦那さん、パンに塗るハチミツとメープル味の一緒になったものを買う。直径20センチ高さ20センチほどででかい。これで当分パンに塗る、チョコは買わなくて済みそう。(子供がチョコをせがむときがある。)あとはナチョチーズといって、クラッカーに塗っても、グラタンのチーズ代わりにかけて焼いてもいいもの。チーズの風味の後味に、ぴりっとからし風にくるもの。これがでかい。直径25センチ高さは25センチほど。どうするよ。周りの人は、おむつだの、ベーグルや、パイ、ドーナツのまとめ買いや、洗剤、あとは庭が広いんでしょう、ガーデニング品もよく見かけます。アジア、ヨーロッパ、米国、皆さん実にスタイリッシュです。 店内で販売されている、クラムチャウダー具だくさんと、ホットドック(じぶんでオニオンだのピクルスだのザワークラフト、ソースをトッピングする)、お肉が中にギュッと入ったジューシーなパンで、ちとはやい夕飯。これは、一つ一つが安くて手のひらから余るほど大きいので、リーズナブル!! こんな感じでまたコストコ。 かえりがけ、新習志野駅の前に広がる店街に。名前がいつもわからんちん。駅の真ん前に広がってるからわかる人はわかるかな。くつやさんや歯医者さん、パソコン屋、ドトールかな、飲食店もありの所。ココの靴屋で、SALE!980円の子供用靴を。16.5,センチ17,18センチ。それぞれ選んでまとめ買い。洗ってはかせていても、かかとの減りがね。 そして100円ショップ。しばらく行かなかったけれど、お皿類、重宝してます。スープ皿ってのがあって、30センチほどの直径で真ん中が、20センチほどくぼんでる。うちはそれをお皿の受け皿として使っている。子供ってつい、ガタン!てスープ皿などを前のめりで飲んだりしたらこぼしたり、スプーンから落ちちゃってテーブルが汚れちゃう。この受け皿があれば中のお皿は固定されるし、テーブルに落ちるものもお皿で受けるので、マジで重宝。お皿の下に、又平たいお皿を置いたりして、ランチョンマットなんぞ、ひいて、一気におしゃれで美味しそうになってます!こんな感じでなだれ込むように帰り、さっさと寝てしまいました。
2004.01.18
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連休もバッタばたとすぎて、さあ普段通りの生活に!!・・・さ・・む・・い!・・空気が凍るような寒さ。 関東では雪が降るかもの予報でしたが、はずれて、小雨と強風でしたよ。燃えるゴミ出し、根性燃やして、出しに行く。ついでといっちゃあ、なんですが、旦那さんお見送り。あれ、ラブラブジャン! とお思いの方々、とんでもない。 私が何もしないでいるのは、出掛ける人にとっては、しゃくに障るので、私は寝ぼけ顔でも何でも、お茶入れたり、パン用意したりしているのです。「二度寝はしないよぉ。」「私も起きたよ、あなたも行ってらっしゃい。」という無言のメッセージなのです。自分でとれる物も朝だけは、私に言いつける。なんだか私も独身の時に母にしていたような気がします。ごめん、おかあさん。結婚して気がついたよ。朝バタバタした中で気持ちもバタバタしてたねぇ。 金曜の夜から土曜に、そして、日曜の夜から月曜に掛けてと、主人は別の所に、泊まりでいませんでした。仕事のつきあいで、毎年のことですが、日曜から月曜にかけてもいないとは、こりゃ子供にはつまんないかも。こういう連休の時は、必ずと言っていいほど姑宅には顔を出さねばっ!あれれ、結局行かず仕舞い、電話せず仕舞い。それよりもビックリは、一度もかかってこない!・・・携帯にも、だんなもわたしのにも着信無し。姑宅に電話が入って、もし留守電にメッセージや、留守電時に無言で入っても、自動的に私の携帯に、転送されるようになっています。非常ベルもあり、セコムと近所の方がまずすぐに駆けつけられます。ヨシケイ(宅配食品)も産直などのおかずを頼んだり、払いもあると、火曜日には、姑宅に顔を出すし。地域のヘルパーさんも毎日夕方、朝方どちらかに顔を出しているので、不在ならすぐに私に連絡くるし。その点は、私がかけずり回ったので、大丈夫です。逆に私の実家は父、母二人なので、そういうシステムは自費で高いので、まだ何も。そちらの方が心配です。ただいま夕方の17時過ぎ。どうでしょか、電話の一本でもしとかないといけないでしょかぁ。(相手は何とも思って無くても、だんなとのもめ事のアノ怖い顔のせいか、強迫観念のように、とりつかれている私。) 電話、なんで申し訳なさそうに掛けなきゃならないのか、自分でも不思議に思いながら、掛けてみました。~~~金土日曜日、主人は、千葉の海近くに会社の人たちと出かけたこと、日曜から月曜は、近くのビルで別の仕事があったこと。・・・(これはあくまで旦那の予定。)(あれ、私は?子供達は?)・・・・(あわわわ)旦那を車で途中まで送ったり駅まで迎えに行ってました。寒いし子供達もうちで風邪気味ひどくならないように養生してましたぁ。~~~~~・・・ああ、失礼なく、言い終えたぞぉ。ホッ。(→ほんとは日曜夕方から夜の12時近くは私の実家に六時間ほど。(姑宅にいても同様の、洗い物、おかずつくり、お掃除が待っていたが。)なんだか、学校や会社に遅れた時の言い訳みたい。・・・・・やだな。ま、これだけ私が話いつも掛けてれば、息子である主人より、ずっ~~~~~~といろいろサーチしてるし、電話の声で、何となく相手の気分の浮き沈みはわかるようになるもの。(・・・・・普通のやりとりから垣間見る、姑の気持ち。おそらく こうだったのではないか。→正解率85%かも。)→→→(姑心の中)「~どうせ実家にでも行ってたんでしょ。そんなにべらべら、言わなくたってわかるわよ。自宅に電話しても留守電だから、メッセージも入れずに切ったわよ。そんなにまでしてうちなんて無理に来なくても良いのよ。~」→私がいつの間にか必死で、行けなかった理由を話したからか。そういうところまだまだ青いなと、思う。結局、明日、結婚して車で30分ほどにいる、長女が午後にでも顔を出す話になっていた。(・・・・私、気が抜けたというか、安心したというか。)そのことを私に言う時、ニュアンスで私にはこう聞こえた。「~~何も頼んでないのに、しつこいあなたと違って、娘がようやく子供の受験で塾の送迎だの忙しい合間を縫って来てくれるから。別にあなたに毎週電話だの訪問だの、無理にそんなにきてもらわなくても、娘がきていろいろ話すことがあるから良いの。~~」 いつもの電話と違って、「へぇ~んだ。」って感じに聞こえた。 ずいぶん前のことだが、今回と似て、姑宅に子供達と顔を出そうにも出せないときがあったとき、わたしが同じように電話をしたことがあった。そのときの姑の反応は、私の気遣いに、今にもウルルン2来そうな勢い。(事実涙もろい。)前の日記にも書いたが風邪気味の姑宅に、電話の声で何となく私が察して、キンカンとかゼリーとか、おかずを持参した時は、もう少しで号泣の勢いだった。・・・・子供も風邪をよくひくので、姑さんまでひかれたらわたしはどうにも動けないから、先手を打ったまでのこと。(その日は子供の発熱。旦那も寝ていたので抜け出したが帰るなり、怒鳴られた私。印籠のように姑宅にといったら、怒りの炎は小さくなった様子だが、これが私の実家だったら炎はどうだっただろ。)ドリフ同盟 なんで私が、こんなに恐縮して掛けなきゃ行けないのかな!ねぇ、長~さん。うちの実家の親も、自転車乗ってスポーツクラブに行って体力付けてるが、一皮むけば、実体は、膝や、足首にはぐるぐるサポーター巻いたりサプリ飲んだり、買物も重たいし、危ないので分けて行ったり。自宅の細々としたことが、やっぱ歳なのか、手が回らなくて私(又は兄)が行くまでそのままのことが増えている。そんなの、兄も私も、とうの昔にわかってるから、時々両親が疲れてない時間を見計らって、たまに顔を出す。もっとわがままいえばいいのに。孫の顔が見たいときも。天候や園の行事など気を遣って無理においでとは、いわない。代わりに、あげるものは宅急便で送るからねと。かたや近くの姑は、おかずがある、お菓子がある、ホイホイ私は取りに行く。取りに行くだけではいつも済まずに帰りが遅くなるのだが。将来私は嫁さんにいいかおをし続けること、できるのかな。それは、自分の保身のためか。自己満足か。息子は、嫁さんと一緒になって、どんな眼で私をみるのか。どんなに私の体が、老いていったとしても、婆さん扱いされたくないな。たまにはおんぶして欲しいかもな。・・・・166センチの私、縮んでも無理か。たまには嫁さん抜きで泊まりに来て欲しいな。・・・そっと頭やほっぺたなでたいな。朝ご飯だって、嘘でも良いから、嫁さんのよりやっぱりお母さんのみそ汁だなって。年金きつくても良い味噌とっておくかも。・・・・・・あ、マジで哀しくなってきました。 なんだかね、訪問が嫌なんじゃないのよね。べつにさ、旦那を姑さんにとられちゃうって、そんな気持ちは一度も、これっぽっちもない。赤ちゃんだった子供達との時間、まだ家族の結びつきが危ういときに、私なりにもっと主人と子供と充実した時間が、持ちたかっただけ。当時なんでこんなに心の中がぐらぐらしてるのかなって。知り合って半年も経たずに結婚だったから、なんか絆っていうか、そういう感じがつかめるような、もうすこし心の交流を深めたかったんだとおもう。そんななかあわただしくて、生活の中で色々あって、訪問するしない他喧嘩ばかりで、そんな気持ち、蓋をしてしまった。わたし、そういうこと考えるの避けてたのか、考えても全然、わからなかった。蓋を開けようともしなかった。こうやって広場で書いたり読んだりする機会があってこころがほぐれてきたのかも。重たい蓋が開いたようです。ちょっとほっぺが濡れました。なんでしょうね。砂がこぼれていくようです。
2004.01.13
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成人の日って感じは、あまりしない休日。2人ほどしか、晴れ着のおじょ~さん、見かけませんでした。ドリフ同盟もしかして、(←画像?) 土曜日曜月曜と休みなんだから,どーせさ、 今の若いカップルはいちゃいちゃしてんじゃないのぉ~! 金、土、日曜でおとまりだ、どっかデートだ。 そして、月曜の朝に支度があるので帰宅してまた会うんでしょ!そうふんだぁ・・・・ ・・・・荒れ気味ですが、毎年そう思います。ちゃらちゃらした、カップルらしき方には、ぼそぼそ小心者の私は独り言のように、ひがんでます。これ、だんなにはおおっぴらには、ほざけません。旦那に隠れて、してしまうことの一つですね。(テーマ)以前道行くカップルなどに、ちょっともごもごひがんでいたら、「おまえがひがんでも、お前の人生に色恋ざたは、そうそう派手にはいかねえぞ。」高校短大、女子ばっかりで、がちがちでして、社会人になって遅まきながら花開いたさぁ。うらやましいのうらがえしなのはわかっているけど。 今の子たちゃぁ、自由だねぇ。ただ、携帯だって便利すぎて。私が今独身だったら、嫌。どうしてかって??そりゃそうでしょ。ラブリーな時は相手の顔写真や二人の楽しい時を、写メールでやりとりできたり、「今どこぉ?」なんて甘ーいこと(実は束縛の始まり)「誰と飲んでるの?」(あやしんでるのかね。)ホイホイ返事、やりとりがあるでしょ~に。 それが、だんだん、負のほうに、どちらか片方が傾いて、だんだん、あれだけ便利だった携帯やメールも、哀しく見えてくるんでしょうね。ロンブーの、番組かな、片方の依頼で彼氏彼女の浮気を調べたり、試したり。観てる分には気楽だけど、現実、自分がそういう年代なら、誠意のある男の子を、必死で捜してるだろうな。なにか、信じれる何かを、相手の中に見つけるまで。続きー1/14 書き込みしてます。成人式で暴れたり、騒いだり。ソンなこと私の時はなかったな。ニュースで日本の一部の方が小さく報道されたかも。篠沢教授・・・クイズダービーで一番端で、不正解するかもしれない予想の倍率がすごくかけ離れていた人。はらたいらさんとは正反対のキャラクターでしたよ。以前出ていた方です。この方、番組が終わってからだいぶ経ってらっしゃる中、私の成人式の式典でいらっしゃいました。知らない人もいたのかも。案の定、話の中程から、ざわざわ。そのまま終了。ちょっと教授に悪いかなッてかんじ。こころなしか教授も気分を害されたような。結局同窓会のノリだったな。鴨川市はシーワールド、浦安市はディズニーランド。これもいいかもね。しばらくぶりの同級生といえどもそんなに会話が保つわけでもないしね。昔の給食で人気のあった物を、式典の後に食べる時間をもうけていた地域もあった様子。これはいいかも。思い出話に花が咲くもんね。成人式の時、わたし、晴れ着きてないの。スーツにアクセサリーでなんとかしたのね。もちろん彼氏もいなかったから、終わったら帰っただけ。彼氏、彼女がいた中での成人式迎えた人、どんなかんじだったんだろうな。私は母方の祖母と小さい頃から同居でしたので、時代劇は結構観てました。そのせいか、成人式でのカップルを観るとありゃりゃりゃ・・・・もしかしてぇ!!!時代劇で、見るからにいや~な部屋で、脂ぎったお代官様と清楚な町娘かなんかが、 「よいではないか」「あ~~れ~~」なんていって帯を引っ張られてぐるぐるまわっちゃうのかななんて。考えすぎか!!うらやましいのか!!おいおい!!これは成人式に限らず、お祭りや花火大会で、カップルをみかけると、ドーモその考えが頭から離れない。これも、まあ旦那には隠れて、考えちゃってる一つでもある。(あれ、ようやくテーマ)・・・・お若いカップルのこと、なんとか親や友達のしがらみを、きりぬけて、二人きりのじかんをつくったんだろうねぇ。甘い時間を過ごして、その後の着付けはどうするん。成人式の着付けなんてそんなに出来るかな。着替えをもって出たとしても、親には何処で着替えるっていったんだろう。(親はぴんと来てるんだろうが)そうだ、レンタルなら、お店に返すついでにそこで着替えるねなんて、可愛いことで切り抜けたつもりなのかな。親をだませるかってんだぁ。(どうしてそういう言い訳がすらすら出てくるんだ。わたし。)カラオケとか、同窓会になるからさぁ、っていって、みんなと適当にするからなんて、訳わかんないこといったのかね。親に。・・・・自分の息子に彼女が出来たら、相手の女の子に、うそをつかしてまで、(エスカレートしないように)つきあわせたく無いなぁ。しっかり承諾受けて、きっぱりとした態度で、堂々とつきあえるような男の子になって欲しい。・・・・・これも難題。そのころはもう息子離れの時も何度も乗り越えている、精神的にもう少し強くなってる母でいられるのかな。
2004.01.12
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テーマ投稿第2弾ポンチョ予想外良かったよ☆最初羽織ってたときは、「うぉう、毛布っぽいかな」と、寝る前ぐらいでしたが、だんだんポンチョの毛並みが落ち着いてくるっていうか、着慣れて、よくいえば、着こなしてくると!・・・「これ、何処で買ったの?かわいいねぇ。」色合いや、風合いもいいし、前についてる同色の革ひもの輪っかにボンボンを通しているところも可愛いらしい。いつもお世話になってる、新聞の集金のおばさまやヤ0トや、佐0宅急便の方々、ヤクル0、宅配ヨシケ0さんの配達の方にも、さわられて、尋ねられました。そういうこととなると、あながちお世辞かどうか、試してみたくナルのが、性分で、歩いて2分の行きつけのスーパーに。レジのおばさま、バイトの学生さんは、長ーい顔見知りなので、そんなにお世辞は言わない。・・・・・・近所のかいものでも、変じゃない。・・・・照れが、確信に変わりつつある。 →続きでぇす。1/13かいてます。このポンチョ、クリーニング出すしかないのかな。一応、買ってすぐだし、出すけれど、アクロンとか、自宅で洗濯できそうなのになぁ。毛布と同じようなアクリルだし。クリーニング出すのもちょっと気が引ける。自分が働いていればソンなこと無いのかもなぁ。ドリフ同盟
2004.01.10
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今は14時。行ってきました。いぼの大きさは2ミリほどのが20粒ほど、六歳長男の左手を曲げるひじの内側にあります。結局、いぼの大きさがまだ小さいので、そのままとのこと。もう少し大きくなると、つぶしやすくなるって。対処は、 掻いたりしたときに、爪についた水いぼウイルスのまま他の体の部位までかいて、広がらないように。 バンドエイドなどでカバーする。 今のうちならもう少し大きくなるか、このままつぶれて無くなっていくと思いますよ。 水いぼが小さい箇所にまとまっていたので、これ幸い。あと、軟膏クリームは、小さいのに2000円するし、これだけまだちいさいならいらないですとのこと。(そうかな、かきむしってたところに塗りたかったなぁ。)よく見ると最近、広がったというようないぼが少し、手首のところにありました。気になったので聞いたことですが、イボを掻いてしまってて園のお友達にうつるかと。すると、そうそううつらないが、自分の体の方が広がるとのこと。バンドエイド、手洗い、だけで済んで、ちょっと気が抜けました。これから先が・・・・何となく想像つくなぁ。下記のは、朝 書いた物です。 息子幼稚園久々の初登園。午前中に終わる日でも、早退です。お医者さんに参ります。診療結果、また書きますね。医者へ行くのは・・。 昨年秋より、六歳長男左の内ひじに、ちいさいブツブツがあった。ちょうど腕を曲げるところで、こすれて出来たんだろうと。プールも入ったことがあった。幼稚園の先生もあせもみたいだと、言っていた。年を越して、息子がだんだんとその箇所を掻くように。当然、傷つき、つぶれた形になる。風邪、ぜんそくで薬の量も多く、まさか薬による湿しんかと診せると、みずいぼとのこと。幸いなことに、園の友達に水いぼの子はおらず、うつったこともない様子。先生にもこの程度なら、他の園児には問題ないとのこと。ただ、治療は、そのいぼをいくら小さくても、ひとつずつつぶしていくので、痛み止めを飲み、我慢の連続だそうだ。
2004.01.09
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みなさんランドセルはもう購入しましたか?12/30日記にあるように、手に取ってみてもやっぱりどれが良いんだか訳わからなくなってしまいました。もう一月、用意しなきゃと本日中には購入します。 ぴかちゃん昨年からネットですが、気になっていたので、やはりここで。破損した場合の六年保証でも、世間一般に言われている物は意外と手間取るらしくて。こちらのは信頼できるかなと。ランドセル開発秘話他読んで、資料請求の時についてきたミニポシェットとミニランドセルを手に取り、確信しました。(他で買っても私はこちらのが気になるだろう) 自転車。私と六歳長男のですが、いまだ買わずに、唸っております。4歳次男が乗せられるようにはしたいですが、6歳長男がふくれるでしょう。後ろにも乗れるかごを付けても良いのですがねぇ。おいそれとはいかない引っかかりが。夕方のニュースで、前と後ろに子供を乗せたじてんしゃが転倒するところを、いろんな場面想定で紹介、倒れた子供が側頭部をどう打ち付けるかを、観たことがあります。自転車通学経験の私にはそんなにとはおもいますが、やはりね、子供は、荷物ではなく、動きますしね。徒歩片道20分走れば12,3分の幼稚園まで、ユックリ乗せて走るなら、歩かせた方が、足にいいしな。でもお迎えとかでついぎりぎりになるときは困るし。子供が乗りたいというのを、どのくらいセーブできるかにかかってるかも。あくまでおかあさんの!ってね。あとは盗難防止用に、鍵、どうしてるかなぁ。 皆さんは自転車乗ってる方、お子さん乗せてる方多いと思いますが、どんなところに注意していますか。自転車選びでのポイントも是非おしえていただけたら嬉しいです。
2004.01.08
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ホワイト餃子が、マスコミでもとりあげられてますね。お店本店と支店が千葉の野田市と柏市にあり、両方、足を伸ばせるので常連です。私はボリュームがあってスキですが、味がちょっと甘めなのでお店の人に、別の味タイプを嘆願したいですね。ニラを多く入れてとかニンニクもっととか。(他行け?!)冷凍で買っても、自宅で作ってもうちの焼き方は、料理の鉄人(以前フジテレビ)をみて、試しました。大まかですが。鍋を熱して油多めに、餃子並べて焦げ目付け、お湯を入れて(または水。どちらが良いのか研究中)蓋して蒸し、水が少なくなったら、また油を多めに足し、多めの水の水溶き片栗を均等に回し入れ、餃子の腹とつながったパリパリせんべいが出来るように、そしてそのせんべいと共に餃子の腹に良い焦げ目が付いて、余分な水気を飛ばす。このとき、水溶き片栗が均等に回って端だけでなくフライパンの中央のあたりも焼けてないとマズイ。こんな焼き方です。粉と水の配分は、火力にもよるのかな。 本日21時です。続きです。七草粥の日ですね。お粥どころか、ダシ茶漬けです。旦那が帰りが10時過ぎになるとのこと。子供達との夕飯急におおざっぱになりました。ただお茶漬けの素だけでなく、おだしをかけて。具は、鰺だけしかないですが、焼いた物をほぐして、あるものでパパッと。 ああ、七草、別の日ですね。く、り、こ、し。
2004.01.07
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「手洗い風呂場と、廊下の仕切になっているアコーディオンカーテン、直せないかなぁ。いつか来れるときに来てぇ。」姑からの電話。元旦、目に付いたのは、あと、灯油缶から給油する自動簡易ポンプが、変に持ったのか持ち手が折れてて新しいのを買ってくるとの約束だった。正月休み、電気屋さんでも、所によっては鍋とか、肩にはおるポンチョや、オモチャが入り口付近で安くなってるので、灯油ポンプを届けるついでに、主人がチャチャッと冒頭のカーテンも直してきた。夕飯時をすぎての電気屋さんからの帰りだったので、旦那さんだけで、姑宅に行ったが、帰りは、二日、三日の日に姑宅でユックリできなかった分の、おかずが主人の手にぶる下がっていた。旦那さんはなにも言わずにケロッとしていた様子。安堵しながらも、なんだか申し訳なくて、早速お礼の電話。 ~~私は、お祝いや、届け物など、どんなに親しい身内から頂いても、有り難うと言う気持ちは、はがきを書いたりしている方。まあ、実家相手では、はがきが届く前に私が、顔を出すのですが。私が親戚や友達に、贈り物やお裾分けをしたとき等、電話一本でのありがとうが、あんまり嬉しくないときもあるのです。あっという間に電話は終わるから。電話の後でも、はがきでいいんです。届くと、うれしいな。そのひと手間が、気持ちとなって伝わる気がして。でんわすりゃいいってもんじゃないよなぁ・・小心者で言えない私~~ さて冒頭の会話での「いつか来れるときに来てぇ」ですが、私がおととし半ばあたりから、すこしずつ、電話でも対面でも、姑さんに言っていたことを、ようやく配慮しての言葉かも。(どこか出掛けたい!という息子達の声に、おばあちゃん宅に来ているんだからいいじゃないの。今度パパとユックリ休みが取れたらね。と、なだめたり、私の両親が、体調を崩した時期が重なり、私が平日時間を見つけて様子を見に行けないこと、休日でも主人が車を使うことが多かったことを、何気なく(?)垣間見たからかも。)いつか・・・っていわれてもね。気持ちはなんだかオブラートに包まれてねじってあるように伝わる言い方。(平日は最低週2日は顔を出すようにしてるし、週末は月に2,3度、旦那さんと行くようにしているし。)以前はいつ来れるの?って言ってた。気持ちはすご~くストレートに伝わる言い方。あと、私が顔を出す努力、旦那が必ず行きたい意欲をみせていて、それでも顔を出せないときは、私の強迫観念?罪悪感から、正直な電話を欠かさずしていたからか。「この前の土日は伺えなくて、ごめんなさぁい。0000に行って遅くなって。(または)子供が風邪気味で発熱するかもしれないので(あとは)かぜをうつしてはなんなので。」毎週3日と空けずにでんわで、うんざりしたのかな。皆さんはどんなやりとりですか?
2004.01.06
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新年あけての月曜日、ちょうど長男の喘息予防薬が切れたので、夕方お医者に。この夕方というのは、受付時間終わり近く。早く行っても、しんどい患者さんの風邪などもらっちゃうしね。今日は息子達も軽い風邪で元気な方なので。(喘息予防薬?テオドールとザジデンミックスをなんとも2週間分) 次男4歳が、これまた待ってる間に、誰でも話し掛ける。相手の方は「うちの子も寝てるだけで気が紛れて良いですよ。」だと。・・・・・本心は、寝かせておきたかったに違いない!!!あぁりぃがぁ・とぅ!(堀内孝夫バリに)待合いのソファで横になってる子供達や親にちょうどおかあさんといっしょや、ミッフィーちゃん、英語であそぼなどをお気楽に、説明にかかるから。長男は喘息発作が出たときに、点滴したりして、しんどく待ってる立場もわきまえてるので静かですが、次男のうるささのために、販売機のいちごJパックを買い、わざわざ外でまつ羽目に。怪獣次男は、診察時も先生に文句は言うわ、「どうしてあ~んしなきゃいけないの!」と、あの萩本の欽ちゃんのノリで言い放す。そんななか、先生は、次男の左目を見て、抗生物質の処方。「これ、飲み薬もらってないの、え、3ヶ月もこんなに赤くはれたままなの。なあに、切っちゃわないんだねぇ。」と首を傾げながらの(これが不安を強くする)セリフ。風邪の黴菌も、ものもらいの黴菌にも効くとのこと。・・さすが小児病棟経験豊富な先生!有り難う。次男のものもらいは初秋気がつき医者に。切るにはあばれるのでじっくり目薬と。なかなかさせない中、1ヶ月後に再診。これまた目薬。他の医者行っても、同じ。もう5ヶ月経って、左目ものもらいはまだ。いくら膿はなく、眼の所に袋が残ってそこに分泌液がたまるって言ったって、なかなか治らず、困っていた中だった。 今日かかっている先生は、長男が夏休み前、園のお泊まり会つくばさんへ行く数日前に、急な喘息の発作で一番辛いときを知ってる先生でそれまでの、「とりあえずこれを処方」などという、なんだかたらい回し的な先生とは違ってました。最近知ったことですが、小児病棟で、高度な医療も経験されてるそう。病院のコラムにも詳しく子供の風邪だの書いていらっしゃっる。他の先生はものもらいですかと言うのみ。医者は選べると言うけど、出会うのは大変ですね。 ミスタードーナツでキッズセット、ついついおみやげに。(飲み物はその場で飲まないと持ち帰れん)みずぬりえ。ペンに水を浸して、ボードに書き、乾くと消えるもの。アルファベットもなぞれるようになっていて良かったですよ。買わなかったもう一種類のは、セサミのキャラクターがゼンマイでドーナツの船をこぐようになってる物です。おためしあれ!
2004.01.05
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ーうちはこんな風です。左が圧倒的に優勢です。ー◎ 独団地 車で5分 姑 宅 > 車40分 両親宅 週に3,4度 姑宅 > 月に1度いければ 両親宅。 (2年前は2週に一度)◎私はお皿洗い物、食事の用意。姑さんの愚痴を聞く>実親私に気を遣って何も。(私負けじと愚痴を!)>(私からいろいろ提案して動く) ◎お正月は 元旦、もしくは2日は姑宅>2日か3日両親宅。・・・・夫の妹夫婦の都合に合わせて(?!)集まる。もちろん姑宅が優先。ちなみに驚いたのは、2003年お正月。2002年末ちょこっと顔を出したときに、お正月のお皿だの色々別室にすぐ使えるように用意して、さあ元旦、午前中早くに行ってかまぼこだの色々セッティングして昼まで待ってたら、悠長な声で小姑電話が。「うちの旦那が明日仕事休みだから、二日の日に行くね」・・・・むむむ。それならば子供達も早起きしてまでお手伝いした甲斐がないぞ。”長男の嫁”の思考にとらわれ、姑もそれが当然と思わせてしもたぁ!結局わたしだけであろうが虚しい元旦でした。二日の日は、しっかりと福袋を買いに、お参りも出掛け、昼すぎ小姑の待つ姑宅に到着。まあこんなこともあるのかと勉強になったお正月でした。★内心こう思っている ◎夫曰く 行くのが当然。独親だぞぉ!> 夫曰く妻の実家いける時にいけば ・俺の親の所、平日行ったからっていいってモンじゃない。俺の気持ちは、お前達と親の所に顔を出したいんだぁ!!◎妻曰く 園へ行く途中平日、昼間、ユックリ姑宅顔出してます。これで良いでしょう> ◎妻曰く 平日少しの時間で良いので実家を手伝いたいよね。電話だけ?車を置いてって。・・・旦那休みの休日はどこかへ子供を連れてって。なぜに週末たまにはどこかへ行楽いけないの?(2003入ってから比較的いける様に)・・・旦那のあなたより私の方が、姑さんのこと色々知ってて、うちの中も手がまわるのに、あなたこそ姑さんのことわかろうとすれば?!★現状は ◎夫が休みであると姑宅に週に一度。>妻の実家は 近くを通った時(夜朝関係なく)(2003入ってからは姑宅行く割には 近場にぶらぶら出掛けられるように)・・・休日妻の私が「姑宅に行きましょう」と言わずに、「今日は何処かへ行こうか?」と、姑宅を二の次にすると夫はものすごく不機嫌に。 (反対に私の実家の近くを通ると、夜の9時だろうが朝の9時だろうが関係なく何処も行く予定がないときに限って、「じゃあおまえの実家でも行くか?」訊いてくれるだけましなんでしょうが、妻の私にはついでって感じで、すごくいやです。)・・・・妻は、姑宅に行くのは、お昼時か、夕方に、子供達とにぎやかに出来て良いのではないかなあと思って、昼時なら12時近く、夕飯時なら6時頃伺おうかと考えているが姑宅に行く話を切り出すと、夫は、昼に行くなら、10時、夕飯食べるなら午後の3時近くに姑宅に行きたい。それを過ぎると、「行くには遅いんだよ!!」とキレル。機嫌が悪く話がどんどん妻にとって悪い方に向かっていく。◎夫が自分のうちに妻まで連れて行きたがる> 妻と子供が実家に行きたい ・・・妊娠中落ち着きたいときでも週末となれば、行っていた。そりゃ、妊娠は病気ではないので、自宅でも姑宅でも家事にはかわりはない。上にあるように伺う伺わないで、こちらはきちんと体調の理由を言っても夫は切れはじめ、喧嘩になる。そんなとき夫は先に姑宅に行っている。以前、私は怒鳴られなじられ、首根っこ捕まれ、精神的に動揺しているのに、夫だけプイと車で姑宅に。すぐに姑からわざわざ、夕飯食べにおいでの電話。妊娠中であったり、子供が小さく、寒、暑い時でもお構いなく、しつこーーーーいおいでおいでの電話攻撃。別に姑宅に行きたくないわけでない。(天候も赤ちゃんも状況お構いなくとは、妊娠、出産後の母親の母性本能としては、敏感にナルだけなんだと、6年経って今思う。)姑は私たちが喧嘩したのを察して、晩ご飯も一緒にという電話をする。暖かい気持ちで私を誘っていたのだろうが、私にとっては、怖いので姑宅で夫の気持ちを落ち着かせたいのです。今日はちょっと夫婦げんかで雲行きが良くないので、平日にはしっかりとお伺いしますと言っても何時間も私が行くまで電話がかかってきます。結局、私が折れて、とぼとぼしんどい中妊婦であれ、赤ちゃん連れであれ、天候お構いなく、やっとの事で姑宅行けば、夫と顔を合わせ、素直に謝らないと、夫はもっとヒートアップして私につかみかかる。姑に自分の息子の怒りの矛先が、私に向かっている、それはおままごとの喧嘩では無い、それをわかってもらうのに一年はかかりました。赤ちゃんだった息子もだんだん風邪をひくようになり、いくら近くの姑宅でも行き帰りで外の風に当たるようになって、また風邪のぶり返しや、ついには姑宅で吐いたり、発熱されればようやくのこと、姑も夫もなにがなんでも訪問というのはすこし減りました。=こんな感じなんですよ うちは姑宅まで、歩いて10分の近別居です。 子供の幼稚園送迎でバスを使わず徒歩で片道20分を頑張っているのは、子供達との語らいや、体力づくりのためでもありますが、まずは独居姑宅の近くを通りかかるというのも理由です。姑はトイレや風呂など自分のことは出来ますが、足が少しふらつくので、大事をとって買物等は生協宅配や地域のヘルパーさんでこまめに。毎日夕方いらして下さって、安心です。地域では決められている独り暮らし用の緊急ブザーがとりつけてあり、セコムさんや近所の方が駆けつけられるようにはなっています。私たちはそのため自然に遠くの旅行などは行ってません。行こうと思えばいけますが。日帰りや片道2時間ぐらいで帰れるところですね。(結婚当初はやはり遠くに行きたい気持ちと、もし何かあったらと言う気持ちの狭間で、結局行きませんでしたが、今はお金もかかるので、いけるときにいければという気持ちです。)嫁の私には意地悪をされたりはしないですが、ちょっとなぁと思うことはしばしばですね。ま、こればかりは女同士、お互い様でしょうね。嫁の私はやはり他人です。ただ姑は言いたいことや、言われて嫌なことは飲み込んでしまうときがあるので、私がわざとですが、あき竹城ばりに、ざっくばらんに振る舞って、話をするようにし、多少のことではへこたれませんのでというふうにしています。=====私の両親は車で40分ほどの所におり、まだまだ自分のことは出来ますが、やはり、膝が痛いだの、ちょっと転んだだの、買物の重たい物などは、自転車で分けて買っているようで、老いを感じています。娘の私にも気を遣ってあまり頼まないので、車のあるときは強引に連れ出して買い物行ったりしています。姑宅につけているセコムの緊急ブザー、本当は入ってもらいたいのですが、独り暮らしではないので地域サービスで安価では出来ません。安否を見守るポットなど検討しています。実家は車でちょっと行けるところですが、両親は私が行くにあたり、旦那に車を置いていってもらってということにまず気を遣って、次に子供達の生活のペースを乱し風邪や喘息にならないと気を遣って、なかなか「おいで」といわない。お菓子や食材など、私のうちまで送料までだして、宅急便で送ってくる。(これにはわたしも、近い距離でしなくて良いと言ってます。旦那は何にも思ってないようですが、私はこれには泣ける想いです。) 皆さんはどうしてますか?>記号も使って、教えて欲しいですね。夫婦二人、もしくは、子供と一緒の休日、純粋に楽しみたかったのに、すっかり姑宅に行くのかな、どうするのかなとびくびくする様になって、行ったら行ったで、嫌な顔が出来ずに、ついついあき竹城、もしくは柴田理恵なみに、ざっくばらんないい人に変身。何か理由付けて他に出掛けようと言おうものなら夫に嫌な顔され、喧嘩になって。結婚4,5年、心の傷になったように思います。嫌な想い、逆に良かったことなど教えてください!ではまた。
2004.01.04
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そういえば、2日神社でお参りした際、兄もいたこともあり(←2日の日記)ほんわかした気持ちでおみくじに挑戦。普段は素通りしてしまうのだが。母、兄、私、旦那。→小吉、だれか凶。そのなかで、唯一 大吉!!!をひいたのは、6歳長男。悪いのは木に結んでくるのかな。大吉はどうだろか。・・・・えええ!あんたぁ、だいきちかい!なんとも、こんなところで運がいいのも、いいのかどうだか。長男は、なぜだか運がいい。昨年夏休み前に、園でのお泊まり会数日前に、なぜか咳き込み喘息発作につながった。結局、当日は元気だったが気圧の差がある筑波山には、お医者様の許可が下りず仕舞。数日後、地域のお祭りに夜、出店で食べるものでも・・という不純な動機で、いやいや、遠足に行けなかった長男の気晴らしにと、連れて行った夜店の400円くじでなんと一等!店所狭しとに並んでる意外としっかり高価なオモチャの中でスキなの一つ持ってけ!!だと。ビットレーサーというモーター付きのミニカーが、コースの上をぐるぐる走る大箱を、いただけた!これこそエビでタイを釣る?というのでしょうか。こんなところでついているのも、半分喜ばしい。後半分は、やっぱり友達と一緒に筑波山のお泊まり会、行けたらいいなと。ま、暖かくなったら、家族で行きます。
2004.01.03
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ああ、朝一番から、姑宅かぁ。悪いが、旦那様、もう昼近いから、わらびもち一パックだけ、届けてね。私は、くるまでまってるわ。(旦那のみでそれも届けるのみ。私の実家に行く予定がなければ、こんなにすんなりとはいかなかった。)12/31、成田山に思い立って初詣に行った際にわらびきな粉もちを、2パック。一つは姑にと思ってたのに、元旦持っていくの、忘れてしもた。元旦は姑宅にくるまで3分。夕方自分のうちにコインランドリーをするのに何度も戻ってたのに。このおおぼけぇ・・。 それなら食べちゃえと思いますね?じつは元旦、旦那と子供達、姑宅で風呂入ってもらい、(うちには寝に帰ろう)だらだらと長居の夜11時!帰り際、お馬鹿な私は、つい口を滑らした!!!!!「おいしいわらびもち、昨夜成田山で買ったの、明日持ってきます。」・・・これは、姑の「あなた明日は一日中、ご実家なの?カステラ持ってって。」のセリフを遮るように突発的に、ついつい、口がすべったのだ。(姑の言いたいことはおそらく)・・自分の実家じゃぁ、一日中いるんでしょ、私(姑)の所には夕飯も食べにこられないわね。おかずもあるのに。ま、ユックリしてらっしゃい。・・・・と、まるで私が実家にいくのも正月、断らなければ行けないその、なんというか、その日の姑の口振りに、私が、勝手に、嫌味なように言葉を受け取ってしまって。そういえば年末言ってた!「お正月3が日、沢山おかずあるから、うちでお正月中、ご飯食べれるようにしてるからね。」「無駄なお金使わないで、正月中(!!)は来なさいね。」これはおそらく後日、理由付けて、主人か私に、冷凍してある、便利なおかずを、もたせるかな。主人はこれを良しととるだろうか。 車で40,50分、自分の実家に。窓から私の兄がニョキ!ドッキリ!どうしよ。・・・というのも、昨年夏かな、結婚も10数年なのに私たちにとって電撃離婚!(理由は黙ったまま)一度電話では声を聞いて、あとはメールで安否を確認したのみだったからだ。救いは兄には信頼出来る友達づきあいがあり、姪っ子たちも学校帰り、よく家に行ってるそうだ。最初は、夜独りで、布団もろくなのかけてないみたいだしご飯もどうなんだか、やっぱり、やもめは、体調崩すのではと、気が気でなかった。(両親が心配して見に行った。)何か冷凍物を宅急便で送ろうかと思ったが、離婚経験者の知り合いにきくと、それはかえって、×とのこと。元義姉、姪っ子達も、兄宅には時々顔を出す中、家の親や小姑である私の作った物が冷蔵庫に沢山あれば、「あ、この人はこれでだいじょうぶなのね」と別な意味で変なことになるのではないか。姪っ子達にちょっとした贈り物を送り、何かあったらいつでも相談に乗るとのメモを入れたが、なぁ~んにも、返事もない。それでお正月での対面。まだまだあそび盛りの息子達とよく、遊んでくれた。大きな声で笑ってる兄を、両親と私は、何年ぶりで診たような気がする。 母が急に、神社に行きたいといいだした。車で分乗して夕方お参り。息子達もすっかりおじちゃんになついて、手をつないでいる。近くのデパートで、豚角煮パオズを、兄におみやげに買う。母は、このお正月で、ようやく安心した様子。兄に男の子がいれば、また違ってたかもと、母。確かに、兄の気質には合うかもしれない。私にも女の子がいればどうなってるかな。いやいやそんなの、気にしない!生まれるときに何度も、産道で心拍停止をしてた赤ちゃん。力みながら、どうか私の命の代わりに無事に出てきて欲しいと、一生にないほど願ったんだもの。男の人は男の子、女の子、相性があるのかな。滞在は7時間ほどでしたが、思い出深い日となりました。
2004.01.02
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皆様、本年もどうぞよろしくお願いします。わたしのHP掲示板にも、早々と新年のご挨拶を有り難うございます。(あたたかくお言葉、頂きました。)喜びの気持ちを胸に、パソコンに向かうや否や、「おいぃ、なにしてんだ」との声が、夫や息子達からかかり、パソコンにも向かえず。なかなかごあいさつができずにおりました。主婦がパソコンいじるとそんなに気になるのかぁ!くだらんようじばかりいいつけてぇ!・・・・という年末年始です。本年もどうぞよろしくお願いいたします! 新年早々、お寝坊ぐずぐず、朝ご飯も昨夜買ったミスタードーナツの福袋2000円の中のドーナツ。部屋は新聞広告、脱いだ服で散々。あれまあ、思い描いた元旦の始まりではありませんでした。皆さんはいかがでしたか? さあ、お出かけだ!・・・・・あれれれ、なぜだか姑宅に。(まあうちの実家も元旦ぐらいはゆっくりしたいよねぇ。)いつもなら午前10時過ぎには伺って、かまぼこだの盛りつけするのですが、だらだら過ごしたのもあり、12時近くに訪問。珍しく旦那も不機嫌にならず。(不思議でしたぁ!)20分早くに小姑さんがもう来ており、かまぼこが、煮染めがすでにテーブルに。・・・ま、一応恐縮したセリフを吐いておき、自分はエプロンと洗い物でぬれないように袖カバーを装着。昨年暮れより6歳長男も洗い物やらお運びだの手伝いに喜びを見いだしているので、私が何も言わなくても「ぼくやる!」・・そりゃ、まだまだ慣れないわよ。ただ嫌な顔してないのが、初々しくていいのねぇ。(まるでお婿さんが来た気持ちになっちゃった。)今ぐらいしかそんな時期がないかもと、お膳の上にまな板置いて、錦糸卵や厚焼き卵を切らせてみる。食べ終わったときも洗い物をさせてみる。本人ノリノリだが、洗い残しを小姑に指摘され、へこんでいた。これもまたかわいい。親ばかですね。 小姑の旦那さんは、おしゃべりではないが、奥さん共々子供の教育話には耳が大きくなる人。うちの息子が私に何も言われずに、いろいろとお手伝いをしているのを、「おっ」って感じで観ていましたね。自分の子供とうちの長男は半年違いで、うちの方が学年が下なのに、そうしているので、気になった様子。ただ普通なら自分の息子にもさせるのでしょうが、見守るタイプなんでしょう、何もさせようとはしてませんでしたね。(私なら張り合っちゃうかも。) 私がこの日やったことは、黒豆を皿に盛り、洗い物をちょこっとしただけ。「ごめんなさいねぇ。」の私に小姑曰く「いつもぽん2おのぶさんが全部セッティングして後かたづけしてるし・・・たまには私が・・。」ほぼ全部ぱっぱとしていました。・・・・元旦から台風がくるのかと思いました。小姑夫婦の長男が中学を受験というので午後3時には帰るとのこと。訊けば塾の宿題プリントやら、まだまだ勉強。そう、人が遊んでるときに勉強しておけば、あとが楽だしね。観ていて思ったのは、親が勉強させる雰囲気を醸しだし、子供をその気にさせる、メリハリのある勉強時間のやりくりなのねと。まだうちは今度小学生と年中なので、そんなには焦っていませんが、いいお手本が観られたような気がしました。・・ははぁ~ん、そうか、手際よく片づけてたのは息子のお勉強のために早く切り上げて帰りたかったからなのね。帰った後気がつくなんて、私も世間に疎いワン。 小姑夫婦が帰った後は、後かたづけ。そんなに大変ではなく、今年は珍しくだらこんだらこんとテレビを観て、ぼーーーっと。ただ、年末に洗濯して置いたものを近所のコインランドリー乾燥機にブッコミに行くのに1時間ほど時間をとられました。(最近の機械はすぐ乾くのね!便利!)時間も6時近くになり、夕飯を姑宅で頂くことに。前夜炊いた飯を自宅からお釜ごと持参しました。(理想の元旦は、きちんとご飯とみそ汁の朝ご飯のはずでしたの。ああやはり理想は理想でしたぁ。)コインランドリーと自宅の往復をして、姑宅に戻ったときはすでに夫が、ぶりの照り焼きを焼いていました。ご飯も、息子が張り切って盛りつけ。・・・・私が席を外しても、文句も言われず、夕飯も煩わしくなく、なんだか私だけ大地震が襲うのではと思いました。ついでに子供達夫の風呂も、姑宅で入ってもらい、なんだかんだと時間も過ぎ、気づけば夜の11時。子供には遅すぎますが、たまには良いでしょう。こんな元旦でした。皆さんはいかがでしたか?
2004.01.01
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