2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全26件 (26件中 1-26件目)
1
仲のよい寮の友達が引っ越しをしてしまいました。今度は私たち、文学部のキャンパスの近くらしい。うーん、寄り道ルートがもう一つできた、と、考えるべきなのか。彼女はマイヨットの人なので食生活というものは、我々、日本人に若干、似ていて、お米を食べます。なので、一緒にカレーでも作って、食べれたらいいな、なんて思います。とはいえ、私たち、友人Tや私の所に結構、遊びに来てたから、今ごろ、一人で寂しくないかしら、などと、心配している我々です。結構、彼女にフランス語、教えてもらったし。いろいろ深い話もしたし。日本の文化は楽しんでいたし。何だか全く見た目は違うのではあるが、同じ人格のような親近感がありました。あの恥ずかし笑いがなんとも言えない。 そして、私のフランス語の日記も引越しをすることにしました。日本のページを使っていたのですが、そこだと、ほとんど、訪問者は日本人なので何だか意味がないような気がして。そう、みなさん、わけのわからない足跡を残して去っていかれるのが少し寂しくて。なので、フランスのページに移りました。こちらもまた、短い間だった。日本語は楽天でこのまま続けますが。 今日はこれから授業です。昨日から、少しだらけた気持を掃き飛ばしつつ、勉強しています。思うように進まず、これが、また、ストレスなのですが。しかし、日本からの小包に励まされがんばろうかしら。 ええ、実はこないだ、小包が届いたのです。しかも、HOKKIDOと書かれた箱にて。中身は鮭とば、函館3.8牛乳ミルク飴、とうきびチョコレート、散らし寿司の素、お吸い物、北海道茶づけ、ゴーヤ甘納豆、餅、梅がゆ。うーん、日本と北海道のコラボレーション。日本と言ってしまうには、北海道が微妙にまざりあっている。後、今、確認したら、手紙も入っていました。おそらく、今、見なかったら、ずっと気づかなかった気がする。 小包って、実はここでは貴重品なのです。あらゆるものが懐かしいらしいのです。ある友人の小包にはうまい棒が入っていました。日本だと、たぶん、たった十円。けれど、その十円が海をこえてやってくる。我々がこのフランスの地に付いて以来、実に様々な日本のものが海を越えてやってきました。味噌汁を大量にもっている人もいます。私はちなみにあと少しのおしること葛湯、持ってますよ。えっへん。折り紙も持っていますが、実は相当な不器用です。フランス人に負けます、折り紙で。負けました。 昨日は友達の所に小包がきました。小包発表会、楽しかったですよ。わくわくしました。知らないものがでてきました。高級な小包でした。少し、実は他人の小包もねらっています。けれど、私の鮭とばもなかなか好奇心の的ですよ。私、北海道人なので、どうやら、それだけで、私の小包にはおいしい、というイメージがあるようなのです。確かに自分の小包は格別ですが、日本からの小包はどれもおいしそう。箱が食べ物みたいに見えてきますよ。 はじめは私、そんな小包を期待していなくて、指をくわえてましたけど、今は、私のところにもおいしい小包があるので、かなり満足です。
Nov 30, 2004
コメント(0)
ただいま、工作中。けれど、私ではなくて、友達Tがカードを製作中。私は不器用なのでただ、見守りつつ、見守ることにもあき始め、日記を書き始めてしまいました。 昨日は何をしたかと言うと、特には何も。夜にフランス人と日本人の暮らす愛の巣にみんなでおじゃまいたしました。とはいえ、この愛の巣は愛の巣というよりは、仕事場という感じなのです。そう、そこに住んでいる、お二人さんはひたすら本を読み、研究し、という感じでしょうか。 みなさんのお声を借りて、日本に送るテープを作成しました。もちろん、私のお声も、ささやかながら、いれさせていただきました。何度もレコーディングをしなおしました。それは日本の友達に送る誕生日のお祝いらしいのです。昨日もまた、ビールを飲みご機嫌でして。 とはいえ、すみません。実は今日は日記を書くにも調子がのらないらしいので、ここで閉店させていただきます。
Nov 29, 2004
コメント(2)
昨日も朝はあまり、実は調子がよくなかった。今までのある友達とは、もう絶望的だ。ただ、彼女の言っていることがあきらかに、おかしいので、私は悲しいというより、他の感情を持ちえない。 芸術学校の友達とホストファミリーの家に行く。朝の待ち合わせ。何だか、救われる。後は、仲間の一人に私と問題の彼女の間にあったことを説明すると、彼女は私の傷の深さをわかってくれた。つらい。忘れなさい、と、言われる。けれど、つらい。階段で会って、挨拶をしてもシカトされるようになる。彼女にとって、私は今は友達の価値どころか、基準以上の人間としての価値もないようだ。 とりあえず、共通の友人には状況を説明しようと、思い、その友人を訪れる。その人は中国人のとても親切な人だ。幾分か冷静な判断ができるはずだ。けれど、奴がいる。私はもう少し、自分の感情を出してもよかったかもしれない。彼女が私の話を聞かず、勝手にシナリオを書き換えている時、彼女との喧嘩の後、彼女が私にこんなことをいう。「私は貴方のことを愛している。」「友達だ。」そういったことを含めて、私は冷静な判断ができる中国人の子と話がしたかった。しかし、しょうがないので、後にする。 さて、この日は映画と、後、夜は打ち上げで飲んだ。地ビールのおいしい店で、後、ピザがおいしかった。ちなみにもう一つ、付け加えると、働いているお兄さんもなかなかよかったですよ。うーん、視線が?店全体に活気があったし、もう、飲みたくて、少し酔いたくて、ゆっくりながら、おいしいビールは私の喉を通過していきました。ただ、辛い時に独特なのであるが、酔い方が陽気になる。悲しいと異様に笑ったり。ともかく、笑いました。 もしかしたら、アルジェリアの友人から電話が来ていたかもしれない。それでも、いいや。だいぶ遅くに家に帰りました。帰りに先輩の家でコーヒーをご馳走になった。いろいろ話をきいてもらえたし、良くも悪くも、フランスって深いなーなんて、思いました。
Nov 28, 2004
コメント(1)
終わりよければ全てよし、というシェークスピアの言葉を借りるならば、昨日はいい日だった。その終わりが良かったのだから。ある友達に会うために急いでバスに乗る。彼女は忙しそうだ。けれど、走りよってきて、窓に指でハートなんか描きながら、私たちを笑わせる。友人、Tはいいな、いいな、彼女いいな、の連続。彼女を生涯の友人にしようと、もくろみ中。とりあえず、夜にただのコンサートのあることをお伝え。 やってくるバスの中も帰るバスの中も私は疲労感が隠せない。本当に疲れた。今朝、何だか様子の変な友人の言っていたことがわかった。単語がわかった。ショッキングだった。彼女は確信を抱いて、私が何か知っているものだと、思っていた。そうして、今でも知っている、などと、思っているのかもしれない。そうして、私の知らないことで怒り続けている。理由を聞いたが、もしかしたら、彼女の作り話かもしれない。証拠がないのだ。私は多少、きれた。多少というよりも、かなり、どうしようもなくきれた。Tと教会を見たり、雑貨屋を見たが、それでも、まだ怒っている。Tはお菓子屋さんや花屋の前でよく立ち止まる。何か買おうか?なんて、相談しながら。花屋では相当、迷った。私たちが違う人間であること。彼女はバラが好きだ、と、言う。私はかすみそうが好きだ。私自体は全く、控えめではないのだが、何故か、カスミソウが好きなのだ。不思議と好きって、他の言葉で言えないものだ。花屋の犬が脱走してくる。小さなもこもこ犬で、ミリーという名前だ。花の名前は忘れたが、犬の名前は覚えている。 泣きすぎて疲れると、もう、泣いていなくても、涙がまだ巣くっているようだ。私の知らないことに、「知らない」と言う。私のやっていないことに「やっていない」と言う。彼女がそのことで警察に行く、などと、言っている。はっきりいって、行く価値があるのかわからない。私の名前をあげて、彼女について書いてあるページがあったらしい。消えてしまったなどと、言う。私が知らないから、貴方が知っているはずなんて、へんな論理だ。私はもう体で反抗する。友達が入ってきて、その時、警察の話をしていたものだから、彼女が私のことを「警察が怖くて泣いている」などと、言う。後から、私は全てにはめられた気がしてくる。消えてしまったインタネットの抽象ページだとか、それで、彼女のことを誰かに悪く言ったことがあるか、ないとか、もう、内容がばかばかしいのでどうでもよくなってしまう。けれど、喧嘩の最後に彼女は「私は貴方のことを愛している」とか「貴方は私の友人だ」などと、言う。友人なら何故、はじめから一から説明してくれなかったの?などと、彼女を部屋から追い出して、もう顔も見たくないというほど、嫌悪感を覚える。私は全く、混乱して。急に単語がわかった途端。冗談のように2,3日前から言われていたことが、全く笑えないものであることがわかった。「あなたはスパイだ。」「貴方が私を監視しているのだ。」「一体、幾ら稼いだの?」と、これを2.3日前から言われていた。 私はぼろぼろだった。朝はそのことで、ずっと彼女とやりあう。もはや喧嘩だろう。justiceと発音する彼女の唇。論理なんか、どうでもいい。ただ、私にしてみれば、何も知らないのだ、何も言ってはいないのだ。それに、何を誰に言ってはいけない、というのだろう?もしかしたら、彼女は私が誰かにぐちったりするのさえ、禁止するのだろうか?他の日本人がインターネットに書き込みするわけはないし。 何日かの芸術的なお祭りがこの小さな街ではある。私は心待ちにした。夜になれば、ただでコンサートを楽しむことができる。心を洗いたい、と、私がいった。Super最高!と、私たちは口々にいった。素敵な夜だ。その後、映画もただだった為、我々は映画にも出かけた。チェコからその映画の監督がきていた。上演後の質問ももりあがった。私にはほとんどフランス語がわからなかったが。
Nov 27, 2004
コメント(0)
思えば、少し前から友達が変だったのであるが、フランス語がわからない為、気づかなかった。しかし、相手の様子からこれは変だと、いい加減気づいた。「誰かが私たちを監視している。」とか、「私は貴方の為に証言する。」とか。それから、態度が明らかに非難している、もしくは軽蔑しているかのようで、私の心臓はそれだけで壊れそうだった。お金のこととか、言い出すのだ。私が何をやったのだろう?そうして、公の場所からメールが来た、だなんて、一体、何だろう?私と彼女の一体、何に関わるのだろうか?そうして、彼女は「私に近づくな」と、言って、別の席に坐りなおしてしまう。誰かがって、一体、誰なんだ? 彼女のことだから、神経質なだけかもしれない、とも、思うが、けれど、それにしても、やり方が気に食わない。何日かの冗談を言うかのような口調。あまりにもしつこいので、からかっているのではないか、とも、思われた。けれど、よく聞くと、「貴方はおろかになった。」とか、「今は親切ではない。」とか、「お金のことについて考えるようになった。」などなど。ただでさえ、自己嫌悪が激しいのに、これでは、一体、どうなってしまうのだろう?状況がよく飲み込めないのに、更に、よくわからなくて、わからなくて、けれど、あきらかに非難のまなざし。何かけなされながら、けられているかのようだ。 もしかしたら、気にする必要がないのかもしれない。私の部屋でチャットができなくなったので、怒っているのかもしれない。もしくは、チャットをやめてくれ、と、なかなか言えず、仲間たちに相談したことで、傷つき、怒っているのかもしれない。けれど、それにしても、私は謝り、私たちは和解したはずだ。 わからない、ということが、余計、いらいらする。何人かに相談してみようか、と、思う。状況がわかれば、何とか、なるのかもしれないが、しばらくは、ただ、観察していよう。
Nov 26, 2004
コメント(2)
この頃、文章が書けないので、正直、言うと、悩んでいます。フランスに来てから、あまり、読んだり書いたりしていないせいかもしれません。何かが、鈍ってしまった、そんな感じです。ジョルジュ・ベルナノスの少女、ムーシェーットを思い出しました。昨日の帰り道は泣きたくて、一体、何が欠けているのだろうか?私の言葉を発するそれ以前に私の喉には見えない骨が刺さっている気がして、居心地が悪くて、どこかにぶつかってしまいたい、そんな衝動も疲れのせいで鈍くて。私はほんの少しまた、泣いてしまいました。今、あること、この違和感はあまりにも上手くは説明できない為に語学力のせいだろう、とも言われます。しかし、今、日本語を書いていても、それでも、私のしっくりこない感はぬぐいきれず。どうしたものやら。少し致命的かしら。 私の友人の一人は私にこう言いました。「ricecoccoaの場合は超える壁が高いと思うよ。」私の目からは見えない。焦れば焦るほど、そこを超えた景色はどういう風なのかと。私はおなかをすかせた動物のように、空を見上げては、雲を食べようとしたり、星を食べようとしたり。体の中を流れる感情はたくさんあるはずなのに、ただメランコリックと名づけて、逃げようとしている私がいる。 自分のやりたいことも、自分の表現も全て守りたい。しかし、全く振り向いてもらえないのも寂しすぎる。好きな人がいるならば、恐いけれど、一気に腕の中までむぐってしまいたい。 私の犬は小さくて、私の膝にのる。そのプライドを全く捨てないで私に甘えてくる。人間でいうならば、私より年上。何度も死にかけた、けれど、ぬいぐるみのような犬。 愛、という字は上手く書けない。何が好きかと、聞かれれば、即座に犬が好き、と、答えてしまう。神経がいらいらして、話をしたくない時にでも、犬の話ならば少しは持つ。 何度か荷物が着く。高いからいいというのに、きっと、お母さんは送ってしまうだろう。愛情は病気みたい。嫌だ、と、思ったり、けれど、そこに戻ったり。どんなに重たく感じても、私の場所が確実にあるなんて、とてつもなくまれなことだから。 元気がなくなると口が重たくなる。誰かに嫉妬すると、わざとその人を見なくなる。私の口調はとても優しい。痛みながら、嘘をつく。そんな自分が嫌いだ。 このページの向こうに私がいる。ストレスの原因はフランス語の日記かもしれない。そうして、日々の生活かもしれない。日常会話はできる。けれど、人を笑わせたり、面白がらせる、さりげなさが今はできない。そんな高度なことを望む私が間違えているのかもしれないけれど、常に何かを表現したいと思うことに、追いつけなくて、声にならなくても泣きたくて、それでも叫びたくて、壊したくて。せめて、体で、と、思って、たまに踊っている。ぶつかり方がわからない。けれど、ぶつかっていきたい。 物事は上手よりも力いっぱいが好きだ。欲望はほとんどない。私はあいまいすぎるけれど、ひしひしと、感じるのが好きだ。 今日はまだブルーからぬけきれてない。もしかしたら、一週間くらい続くかもしれない。けれど、まあ、大丈夫。そんな自信はある。 久し振りに英語も話してみた。偶然、席の近くにイギリス人の女の子がいたから。違う言語で、フランス語になれた舌は、感覚を上手くつかめないでいるけれど、いい気分転換になった。
Nov 25, 2004
コメント(1)
今日の私の朝は素敵なお兄さんで始まった。事実は違うのだが、そういうことにしたい。心配していた銀行の書類も何とかなってしまったし、るんるん気分で友達と街の図書館に行きました。すると、いたのです。素敵な人が!!!素敵な微笑のピアスの方が。CDのカウンターに。その方が私を見つめていた、およそ三分間。しかし、よく考えてみると、フランスのテレビに出ている人に似ていた。 さて、昨日は、一言で言えば飲んでました。フランス人たちと。しかし、みなさん控えめなのでricecocoaとしては、少し、つまらなかった。ごめんなさい。こんなことを言って。しかし、体を張って楽しみたかった。本音をいってしまいたかった。語ってしまいたい。酒とともに深みにおぼれてしまいたい。もしかしたら、すこし頭痛がしていたのかもしれない。フランスにきて、自分に自信がなくなった、ということを、嫌というほど、経験する。私を取り巻く空気が何だか違う。私に向けられる視線が大分、違う。彼らの内面にうまく入り込めない。自分をさらけ出してもなかなか見てもらえない。私を見てほしいと、私の身体が言葉を発する。衝動性にひきさかれそう。酒が入って、ビール、ウオッカ、しかし、なかなか魔法が効いてこない。酔いが頭の中に回ってこない。心の奥深くまで降りてこない。私は沈んでしまいたい。優しさとはなんだろう?私にとって。寮の友達に会いたくなった。私を愛していて私の弱みを知っている。弱みを見せても、べつにかまわない。その人の前ではくつろいでいられるのだから。 早めに帰って、一人で踊った。疲れて、ベッドの上、転がり眠りについた。服は脱ぎ捨てたまま。いつもの夜景、窓からまばゆい。床に転がる、体が曲線を描くとき。しかし、まだ私の体は非常に硬い。ついつい日々の生活の中で、ほぐすのを忘れてしまう。 今日もまた、フランス語における表現の必要性を感じた。私がうまくぶつかっていけない。だから、人々がただ控えめに見えてくる。エネルギッシュにフランス語を話しても。どのくらいで追いつけるだろう? 私のよりよい友人は私にこういった。「もっと、俺に言葉でぶつかってこいよ。」言葉で。暴力ではなくて。 とはいえ、まだまだ、言葉よりも暴力の方が得意なだめな私です。
Nov 24, 2004
コメント(1)
今日の朝の始まり方は、なかなかいいかもしれない。ご無沙汰のロシアの友達からメールが届いた。どうして、私の友達はこんなにも返信が遅いのだろうと思いながら、一応、満足。 しかし、寝起きはよくない。毎朝、起きたくない、という一言で始まってしまう。規則正しい生活なんて送れない。寝たのは三時だ。とりつくろうかのような優しい彼の電話。しかし、長いこと、話していなかった。私はあまり、彼に言えないことがたくさんあって、涙が流れた。ちょっと、泣いてばかりだ。 とはいえ、今日も学校。そうして、今日の夜、友達が訪ねてくることになっている。昨日はその友達の通う芸術学校を見に行きました。絵や陶芸の製作の部屋があって、友達の仕事机も見せてもらったけれど、本当に建物全体が楽しかった。また、友人Tを連れて。反応がおもしろいので、私は彼女をからかうのが大好きだ。ともかく、我々はそこに居着いてしまいたいくらい、気に入った。言葉にしがたい。人間の雰囲気が非常に居心地いい。文学部のキャンパスとはまた違う。かといって、まあ、文学部のキャンパスも捨てたものではないが。 そうして、何故か、文学部のある授業に我々みんな、参加することになってしまった。講師のかわいいフランス人、直々、ご招待を受けた。授業の内容、あんまり、わからない。授業の聞いて、私の耳は思わず裏返って、リスニング力が落ちてしまう。 帰り道、また、明日のことなど話す。「寒い、寒い」と、Tはこの頃、よく言う。行きも帰りも「寒い。」ちなみに、Tの特徴をもうひとつ言うならば、笑い方が恐い。とはいえ、私の笑い方も恐い。私は気紛れにTの笑い方を楽しんだり、それとも、逃げたりする。 はじめはこのTともあまり会話をしなかった。元彼氏といちゃいちゃちていたから。 Tという存在は知っていた。クラスが同じだったし。 私はこの頃、何故、Tと行動を共にしているのかわからない。しかし、なかなかいいコンビらしい。ごく自然にそうなったのかもしれない。お互い、呑気そうなところがある。 彼女は昨日、非常に困っていた。しかし、困っているようには見えなかった。おそらく、困っていたのだろう。とりあえず、とりあえず、「また、明日」などと、言いながら、私は自分の部屋に帰り、その後、しばらく眠れなくて、それから、寝起きが悪く、現在に至っている。
Nov 23, 2004
コメント(0)
誰かを待っているとき、私はとても、いらいらする。一日が終わるかもしれない、すれすれで待っているとき、私は不安を覚える。 おそらく、彼は電話をしてくるだろう。忘れていなければ。そうして、私の記憶が正しければ。 誰か、男性とまともなつきあいをしたことがない。とてもではないが、まともだとは言えない。 昨日の朝は哲学的な本を読み、その後、鍋をみんなで食べた。と、言いたいのだが、みんなに情報がまわっていなかった。あちゃー。 いたずらっぽい表情をするフランス人がいる。私は結構、好きだ。みんなが日本語で話しているので、彼はたまにウインクを送り、訳してくれ、と、言わんばかりだ。 日曜の午後がゆっくり過ぎていく。太陽の光がまぶしい。 そっと、外にでる。隠れていた白猫と視線が合う。 白猫は逃げるし、時間もあっという間。 私の彼のような人の話。人間関係を整理できたことは一度もない。私はもてるわけでもなく、かといって、その逆でもない。まあまあもてるのだ。しかし、この目立つ見た目は人によって意見が別れる。やたらと目が大きい。言ってしまえば顔のあらゆるパーツが大きいのだ。悪くはない。私の中ではかなり気にいっている。フランスに来て、かなり体重が増えたが、その後、落ち着き、少し戻ってきている。 今は夜中の0:18 それなのに、起きている人がいる。ノックの音がかなりうるさい。話し声まで聞こえる。 夜中で、そうして、いつ来るのかわからない電話に不安を覚えて私は抑えきれず、ここに書き込んでいる。もしかしたら、書いてはいけないことを書いてしまうかもしれないなどと、思いながら。 夜が私に考え事をさせて、私は過去をさかのぼってしまうかもしれない、と。 今日、私は大学の近くの美術学校に行くだろう。朝、起きたら、準備をし始めるだろう。 電話を待ちながら私の気持は揺れてしまう。彼が好きなのか、もしくは違うのだろうか、などと。パリの短い滞在。出会いから現在はあっという間。私は日本を離れて、正直、私の心なんてどうでもよかった。そんな考えのもとに、今では自分が純真であるとは思えない。少なくとも私の体は。彼は私を見つけ、私に話し掛けた。お互い、この国では外国人なので、そういったものが引き合ったのかもしれない。彼は私を見つめていた。私の差し出した手にはうつろで、私の顔ばかり眺めていた。彼を愛していると感じたこともある。彼の演出はパリにいた時はいつも心憎かった。この小さな街にわざわざ来たときも、私はおそらく嬉しかった。 日本で好きな人がいた。多くは語れない。けれど、フランス人でした。私と違う特徴が魅力的だった。 先に述べた彼も私の好きだった人にかなうことはできない。彼は私の中で、抽象化され、私の心のある一定の位置をしめている。私たちの交わした会話は刺激的だった。好奇心があった。私はその中で、すこし素直になることを覚えた。彼に会うたび、私が部屋の中を何往復もする。私は服を着替える。ためらいがちに短いスカートをはく。思わずつく溜息。ついつい、彼に対して、不思議に暴力的にもなったりする。 私はパリであったアルジェリア人にそのことを言いもしたのだ。私の心のしこりのようなものだから。心と体が別々、少し痛いまま。私の好きな人には守るべきものがあるから、私はアルジェリアの彼と出会ったばかりにして寝た。後悔はない。けれど、そのことに、特に彼が忙しいときなどは、傷つくことがある。忙しい、などと、言われるのが嫌だから、長いこと、電話をしない。遅い時間にかけても、彼の部屋には友達がいたりして騒いでたりする。 彼は私が傷つきやすい、という。そうして、けれど、私をぐれさせてしまう。日本に私の心をかえしてしまう。 傷つくと、私が抱きしめる贈り物の中に、私を無意識に入れてしまう。私の中で、会話がある。私は私の理解者に語りかける。 私には愛なんてしゃれたものがわかる自信がない。優しさならあるかもしれない。優しさで、誰かに接すること。それならば。だから、彼も私に愛なんて求めなければいい、なんて。 パリもそろそろクリスマス。リモージュも。特に予定はない。クリスマスであろうと、特別なことなんて。何かをやって、いい思い出として残れば、言うことは何もない。しかし、私の背伸びをしすぎる思いが、いつも計画を狂わせる。もしくは、今までつきあった人が悪かったのかもしれない。 日本で付き合った人とは、ケーキを買いにいった。けれど、彼は思想的に中途半端な日本人のクリスマスを好かなかった。だから、心から楽しめなかった、というのが、実情かもしれない。 今年は楽しくなればいい、などと思う。仲間たちとともに。おそらく、電話のことも、あんまり考えないほうがいいだろう。ただ、気長に待てばいい。そうして、彼をあまり、恋人のように思わないほうが、決めたとおりに友達として、何だか違和感はあるけれども、そういった気持でいれば、この夜も軽くなるだろう。
Nov 22, 2004
コメント(0)
今日のタイトルは何かと言えば、今日、聞いた曲のタイトルです。「冬の日曜日」という意味です。私は実はタイトルをつけるのが苦手で、そんなもので、この懐かしい曲を聴きながら、「ああ、いいかも」なんて、思ってしまったわけです。この曲を私に聞かせた当人は大していい、とは、思ってはいなかったけれど。私は満足。 ニュース、その1、パソコンが起動しています。現在。そうして、この懐かしすぎる曲を私の耳に、私をこの日記に誘っています。というより、壊れてなかった、という方が真実かもしれない。主電源が落ちていた。しかし、まあ、素敵。素敵ですね。らんらん!それだけで、私は踊れるかもしれない。 さて、昨日はハイテンションな方たちのお宅にお邪魔していました。楽しかった。日本人の友達と二人で、韓国人の友達に会いに行った。私たち、みんな、見た目は同じく国の人々だけれど、全く違うので、フランス語を話しています。 図書館で待ち合わせ。日本人の友達の部屋で雑談。私のフランス語の日記を見せたり、彼女の写真を見たり。その韓国人の友達は芸術家で、写真をとったりするらしい。日本人の友達、うーん、面倒だからTにしておこう。そう、Tは興味津々だった。彼女を連れて行ってよかったと、思う。私の部屋はあんまり整頓されていないし、私は不器用だ。三人で折り紙を折ったが、私だけ、くす玉のパーツが折れなかった。ともかく、楽しく、時は流れた。そうして、彼女が友達と住んでいる家に我々はご招待を受けた。わくわく。 確かにそれは楽しかった。音楽の趣味もいい。彼女と一緒に料理をする。とはいえ、まともに手伝ったのは洗い物くらいかな。 しばらくすると、彼女のルームメイトと、その彼氏が到着する。その二人がすごかった。着いて直前、彼女が踊りだした。おお、何だ、何だ?しかし、それが彼らにおける普通だった。 久し振りのハイテンションな人々。私がのらないわけはない。日本のみなさんには悪いのですが、変な日本人ぶりを発揮してきました。しかし、そんな私もまだまだ甘いのかもしれない。 フランスに来て、おとなしくしていたのは、思えば数ヶ月。今ではつっこまれキャラがまた、板についてしまった。ある意味の人気者?などと、思いたいところだが、実際にそうなのか? 彼らのテンション。やりとり。まるで、劇場みたい。私たちは観客だ、などと、いいながら。そのテアトルは私たちを巻き込んで展開する。彼氏の歌声が繊細な糸のように綺麗。お風呂に入っている女の子のような歌い方をする。大きな目。まさに、穴があいているという感じかな。背がたかくて、だから、余計、面白い。子供のような表情、そうして、動作。その彼女が、また、かわいい。少し変わった眉毛の形。目の色は私たちに近い、が、何しろ彫りが深くていらっしゃるので。そうして、声音をよく変える。私も自分の声を変えるのが大好きなので、その家から帰る頃には私は昔の忘れかけていた習慣を取り戻してしまった。 ご飯の後、みんなで折り紙大会。しかし、何故だ?何故なんだ?何故、私だけ折り紙が折れない?私の手は指はどうなっているのだ?フランス人の方が私より上手く折れることが判明した。私はぐれて、あんまり折り紙にふれない。紅茶を飲み、ざくろを食べる。それが、私だ。 その後、家に帰ってきた。今日のことをフランス語で打った。いつも通りのでたらめなフランス語で。 私の一日はそうして、終わっていなかった。記憶があいまいなのだ。眠かったので。しかし、私の記憶が正しければ、私は今日の23時から24時の間くらいに、電話をもらうだろう。その電話は2時くらいになった。びっくりした。夢の中かもしれない。誰?それでもフランス語で私は話しているらしい。通じたのか?今も謎である。「ごめんね」と、向こうがいう。「こんな時間に電話を」って一体、何時なんだろう、二時だった。「ああ、貴方ね」などと、私が答える。思考回路、炸裂中。「私も忙しかったのよ。今日は楽しかった。」ふらふら、フランス語の迷路。それはそうだ。起きたときの記憶があいまいなのだから。私たち、つきあっているのかしら。今度、私がパリに行けばわかること。紆余曲折。感情も何もかも。寂しいと、彼なんてもと彼になってしまう。趣味があうわけでもないし。彼にとって私は謎だ。彼の立ち入らない分野の勉強をし、そういった芸術畑で働こうかな、と、思っている私。何だか。何だか。日本語でなら、別のことが言える。そうして、深夜の眠さのなかでなければ。 そうして、その後、なかなか寝付けなかったものの、布団に入り気がつけば今日が終わった。本当に、本当に、おつかれさまでした。 ちなみに今日は仲間たちと、鍋をします。日本式に、きっと。彼らの頭の中には、食べたい日本食リストがあるらしい。私の頭の中には…。秘密。
Nov 21, 2004
コメント(1)
このタイトルにしたのは、友人の一言であろう。その一言は私を好きでいてくれる人々がよく、私に発する質問なのだ。「ところで、何故、貴方は自分のことを悪く言うの?」彼らの中には疑問がたくさん、うずいている。 昨日、マイヨット島の女の子のところに話をしに行きました。特に何があるというわけではないけれど、一度くらい、お宅訪問をしようかな、なんて、思って。私が訪ねると、彼女は喜んで迎えてくれました。結構、嬉しかったみたいで、その後、だいぶ、話し込んだ。しかし、驚いたのは彼女はすごく自分のアイデンティティーを気にしているようで。彼女は黒人で、それ故にフランス人によく思われないことがある。彼女は不信感をあらわにしていて、久しぶりに、また、語ることになりました。長い長い話を。私は人と語るのが好きですが、たまに、ブレーカーがはずれて、真剣な中に、軽薄にもなりそうで。彼女の問題も大事なことであれ、自分のことではないので、肌に感じるのは難しく、けれど、しかし、こういった人種差別といった根本的な問題に解決策はあるのだろうか?勉強していく中で、今の私には差別をする方が謎なわけだが、あまりにも深く根付いてしまったそれを何とかするためには。 今のところ、彼女の眼からは私は日本人の優しい女の子ということらしい。そうして、頭がよくて、話を聞く人。 私はそんな自分の像が他人の目の中に反射されているのを眺める時、思わず絶句する。私にだって人を裏切ることがあるぞ。本質的に悪いものを抱えていると、力説する。あまりにも、いい人と思われるのは嫌なのだ。 今のところはその子の力にもなりたい。けれど、自分のできる範囲だけれど。 彼女の中の問題に、私が照らし合わせて私の問題を話す。彼女は今までの私を知らないわけだし。正直、そういった自分を公表していいのかわからない。 ものをしている人のように、彼女の前であらゆる世界の差別について話す。フランスで、我々、アジア人もたまに差別されますよ、なんていいながら。それも事実だ。よく、からかわれる。はじめは結構、怒っていたが、今は全然。バカだ、と、思うと、大笑い。笑いすぎるほど、笑ってしまう。 そんな話をしたものだから、私の色々なことを語ってしまった。いじめを差別とよんでいいのか知らないが、小学校時代はずっと、いじめられていたこと。精神的に結構、危ない時があること。大学二年の時に、薬を大量に飲んで、運ばれたこと。 私のこういった人生が何のためにあるのか私にはわからない。苦しいことは何でだろう。なんて。 彼女は彼女の手を私に見せて言う。「確かに私は黒い。しかし、私の血は貴方と同じで赤い。」確かにそうだ。それに、基本的にやっていることだって同じだ。 二時間あまりが過ぎ、私のお腹が催促しはじめる。お腹が、すいた。そうして、また後で、などと言いながら、別れる。 私の人生が何のために、その問いは今、答えるには難しい。人と話し合うためにかもしれない。相手の傷のために自分の傷をさきに見せて、相手を安心させているのかもしれない。ほら、私も傷ついている人間です、と、そんな感じの。 頭の中はまっさらだ。私は勉強をしている。一応、自分のために。小さい時は誰かのために何かをすることも考えていた。けれど、今はおそらく自分のことしか考えていない。 今日は、友達とあう。アニョハセオ!なんちゃって。その続きは何も言えないけれど。うーん、その続きを彼女の言葉で返されたら困る。また、パソコンのことはおいといて、とりあえず、とりあえず、今日もフランス語の中に戸惑いながら、入っていこう。それにしても、私を取り巻く環境も大分、変わったものだ、と、呟きながら。
Nov 20, 2004
コメント(4)
メランコリーに浸っていると、パソコンがいかれてしまった。電源を押すのにパソコンが入らない。私のパソコン、どうしちゃったのだろう?本当に。 思えば私の生活、結構、パソコンに頼っていました。先週くらいから、日本の友人と、チャットをし始め、精神的に結構、うれしかった。必ず、一人は深い話をする友人が必要だな、と、実感。そして、私を支えてくれていた人々に感謝。私のパソコンがいかれても、こうして友人のパソコンにて私は日記をつけているのだし。しかし、会話は難しいだろうな。誰か、パソコンに詳しい人がいたら、教えてくださいな。大量募集です。 とはいえ、大分、フランスの生活に慣れてきたなとは、思います。友人は増えたし。昨日のように嫌でもフランス語から逃げられない時もあるし。とりあえず、私のパソコンはしばらく、休ませて、今日は授業にでも行って、それから、週末にはホストファミリーと、ディスコにでもいって、日記は悪いのですが友人のパソコンを使い、そのお礼に、北海道の名産品を、などと、などと。私は能天気なので、何とか、何とか、それで、時間を。あう。それでもダメなら、北海道に電話をかけて、中古で買って送ってもらう。ってどうしよう。どうしーよう。おー、パキャラマド、パキャマラド、パオパオパオパ、ドとレとミとファとソとラとシの音がでなーい。まさにそれだ。電源が入らないのだから。笑
Nov 19, 2004
コメント(2)
今日は朝から先生との約束がありました。研究テーマについて、何か話さなくては。昨日の晩の焦り。しかし、昨日の晩はゆっくり眠ることにして、朝、思っていることや、この二週間の中でやったことについて書き連ねました。それにしても、疲れてバスに揺られて。ちょっと、バスに乗っていた黒人の男の子の表情がすごくて笑えたけれど。ものすごくしかめ面をしたり、子供らしいあどけない表情をしていたり。それにしても、勉強は難しい。その話し合いの中で、しかし、頑固だ、と、言われた。もしかしたら、それはほめているのかもしれない。だって、頑固だなんて言われたら、しかも自分のテーマについて、そうしたら、自分をはるでしょう。もちろん胸をはって「私は頑固ですよ。」と、答えました。変えられないことがあるのであう。そうして、いろいろ話し合ううちに、来週の先生の早朝の授業に参加することになった。八時からですって。しかし、その授業は何かと私の詩の勉強のヒントになるらしい。 それから、友達と二人で授業に参加。他に日本人がたくさん、いるのに、みんな授業があるとは思っていなかった。疲労のせいもある。ずっと、話せなくて、昨日、爆発を迎えたせいか、今日、私は異様にフランス語を話す。うわー、っているような感じ。 けれど、昨日、覚えた嫉妬やメランコリーが私の中で渦巻いて、友達につまらない冗談を言ってばかり。街の景色は冬なのに秋みたいで、染まった葉がそよいで、綺麗。その綺麗さに見とれてさえいれば、自分の中の嫌なものを忘れられそう。私は誰かを好きになりたいし、好かれたいのよ、などと、彼女が呟いている。それは私自身。その友達にはそんなことは話せない。表情が心もとなげになって、偶然、流れるメロディーの綺麗な曲には泣けてきそう。とぼとぼ学校から帰る時、二人で、会話が難しい。心がとらわれて、ついつい何かが悲しくて胸につっかかる。 その後は、まあまあ楽しい一日だったかもしれない。またしても、フランス語攻撃にあったが。韓国人の友達に偶然、見つけられてしまった。日本とフランスの陶芸の交流会のようなものがあって、招待券をもらいました。他の何人かの仲間とともに。そうしたら、ちょうど、その建物の前に立っている私を彼女と彼女の友達が見つけて、あう、大変、ちゃっかり、二人共、その交流会にもぐってしまいました。あら、大変。全て私が翻訳ですよ。嘘でしょ。でも、彼女たちは私に翻訳をしてくれ、彼が言っているのはどういう意味だ?などと、聞いてくる。瀬戸市とリモージュの交流会で日本人がいっぱい、フランス人がいっぱい。大して、日本文化に詳しくない私が素人通訳をする。こんな偶然、あるものだ。そうして、相当、疲れた。瀬戸は日本のどこ、と、聞かれましても。まあ、しかし、初めて、器をどくろで回しているのを見たわけだし貴重な体験だった。そうして、ちゃっかり、夕食まで。チョコレートとフルーツを持って帰りました。「ハロウィーンみたい。」なんて言いながら。ちょっと、笑えたな。しかし、疲れちゃって、部屋にもどりたかった。正直、この日記を書くのも疲れていた。あらまあ、そんな感じかしら。疲れました。本当に。 けれど、私のメランコリック直ってなかったみたい。部屋の鍵を回すとき。後ろ手にドアによりかかって、溜息。私を大切にしてくれる赤い輝きの小物。「あの時の貴方の気持ちが嬉しかったのよ。」溜息の中に。私は嬉しそうに見えても、この輝きを抱きしめてついつい素直になってしまう。この輝きの前によく泣いてしまう。距離がありすぎて、相手に届かない言葉がありすぎる。心の中は言葉ばかり。けれど、唇から流れない。ためらがいがちに、指でなぞって、いえない言葉、胸に、唇に。貴方が過去に私を見つめた。誰かを羨ましいと、思った。かわいらしいから。かわいらしい歓声。「かわいい」とか「きれい」とか。嫉妬が。それでも、視線が優しくて、私を大切にしてくれたので、私はその喜びにひたることができた。母親の愛情もしばしば重たいけれど、変わらないと思えるものがあるのは、かなり安心する。涙が頬をぬらすことがある。一日はきっと疲れるものなのだ。解き放たれてベッドの上。 明日になっても、あさってになっても、教えてもらったように、素直にはなれないだろうけれど、それでも、今があることに。それ以上は何も言えない。
Nov 18, 2004
コメント(2)
そろそろいい加減勉強しなくては、とは思うものの。ううーーー。言い訳のようで、いろいろと忙しいのです。昨日は3時に寝ました。友達と語ってしまった。語ったり、議論が好きで、ついつい時間を費やしてしまう。しかし、昨日は本当に満足のいく一日だった。勉強は大してしてはいないが。 青について。それが何かというと、昨日のフランス語における日記のタイトルです。文法はめちゃくちゃで、今日の朝になって、編集しなおさせていただきました。本当に、めっちゃくちゃ。もう少し考えなさい、といわれそう。フランス語の男性と女性がめちゃくちゃ面倒くさい。昨日は私の大の仲良しの女の子に私のフランス語を直してもらいました。感受性が豊かで、感情的になるところが欠点だがいい子です。その彼女に言えないことがあって、距離ができてしまい、昨日、思いっきり、全て、私のなかにあった不満、等をぶちまけました。私たちの国の違いもあるのかもしれないけれど、などと言いながら。全て、全て、全て言った。そうして、私たちは落ち着いて話し、しかし、言ってしまってよかった。相手にわかるように。話し合った後、外に出た。夜風が気持ちよい。話し終わった頃には、23時。私の日記について言えば、ちょいとからかい半分、怒られた。このペシミストめ、と、そう言っていた。しかし、力説した一日だった。その後も別の友人と話し、結局、寝たのは三時だ。今日、授業でおきていられるか、非常に心配である。そうして、さぼろうか、というのも少しある。しかし、親切なフランス人がいるので、ぜひとも行きたい。そうして、そんな彼女は我々、日本人の中ですごい人気だ。ちょっと、驚けるくらい。みんな、女の子なのに、何故かみんな照れている。確かにその子は綺麗な子だから。笑
Nov 17, 2004
コメント(1)
昨日のことを言うならば、昨日は語った一日だった。しかし、実の所を言えば、今週は考えさせられる週なのだ。私の頭はいつも何かを考えているのかもしれない。そうして、昨日も友達の話を聞いていた。その内容については言うことはできない。しかし、人と人がつきあう難しさはどこにでもある。ましてや、男性と女性がいて、肉体と心が別のようでいて、しかし、どこかでつながっている、なんていってしまったら。もし、外側から現状を眺めようとしなければ、おそらく至極、簡単なことだとは思う。私のホストファミリーのおばさんにしてみると、何故、私が毎日、考え事がやめられないのか、そっちの方が謎である。彼女は明らかに現実の内側にいて、生きている。彼女にとっては、産むがやすし、で、現実というものは、ただ生きさえすればいいのだ。私の母親にしても、そうだ。ともかく、昨日の夜もたくさんの課題を抱えて、ベッドに入りました。なかなか、寝付くことが出来ず、またしても、私の中の日本が私の身体の空間の周りに展開していた。遠くなっていく人のことを考えると、不安で、寝返りをうった。そんな時、たまに私は泣く。涙は以前より流れやすくなった。風景でも、音楽でも、言葉でも。この国にやってきて、いろんなもの、人から離れることが、私を感じやすくしてしまったようだ。けれど、私は深夜の寝返りをたまらなく愛している。私を飲み込んでしまいそうな孤独もうずまいている。しかし、疲れて、体は動かない。まどろんで、動こうとしない倦怠は私を引き裂いてしまうような衝動を引き起こしえない。そうなるには不可能で、何も心は揺れようもなく、毛布の暖かさの中に無意識に戻っていく。私は一人の空間の無数のこういった瞬間が居心地いい。誰もいない。誰も入ってこない。そこで、私は過去をさかのぼるが、その過去の誰一人も私のある空間にはたどり着けないのだ、と、思うと、猫のように、喉をならす。満足であるのかもしれない。 また、昨日は日本という国についてやたらと説明した一日であった。ホームシックっぽい女の子がいたので、まったりとしたお茶の会に誘ってみた。私と一人の日本人の女の子と、マイヨット島出身の彼女。彼女ははじめ、頭が痛い、と、いってたが、ゆかたを着てご機嫌だった。ゆかた、という呼び方をしって、それから、それはとてもかわいい、と言った。照れたようによく笑う。一緒に写真をとった。地元には恋人がいるらしく、メッセージをパソコンで打ちながら、また照れていた。彼女の打った言葉を聞いて、何故か私まで照れてしまった。素直なものだったから。照れている私を見て、二人は笑った。それで余計、恥ずかしい。何もそんなに笑わなくても。日本のお茶もまあまあ彼女の気にいった。途中で別の友人がやって来て、彼女に鶴をおって見せた。綺麗なおりがみで、かわいらしい鶴が見るまに登場した。私たちのフランス語は不完全だ。しかし、私たちの持っているものを、そのまま相手に見せること。勉強をしなくては、と、その友人は去っていた。私もやらなくてはいけないのだが、語らいがおもしろすぎて、発見があって、昨日の夜は勉強なんてできやしなかった。しかし、フランス語に充分疲れた。昨日、このページにて発表したのだが、新しいフランス語のホームページについて、 http://members.goo.ne.jp/home/ricecocoa これが私のニューアドレスであるわけだが、昨日は疲れていた為軽い挨拶しか書かなかった。しかし、まあ、彼女にこのページを見せた所、直しが入る、入る。もう、間違いだらけ。今は、その最初の日記だけは、彼女のおかげで、完璧なフランス語になっているが、つくづくフランス語の難しさを思い知った。そうして、寮の友達にも新しいホームページの存在は知らせたので、私の文法の先生はじつはかなり、いることになる。みんなが先生だ。同時にここが違うなどと、直されそうで恐い。勉強になるとはいえ、悩んでしまった。今日も何を書くのかと、もう、すでに悩み始めている。悩みすぎてメランコリックとでもしておこうか。 しかし、今日の日記はもし、読んでいる人がいたら、非常に読みづらかった、だろうと、思う。また難しいというコメントがきそうだ。私でも今日の私について、文章を書いて、何かすごく落ち着いているというか、今日は感情がない状態に近いようだ。昨日とはまた全然違う。私の先生からこういう指摘を受ける。貴女の文章は本当にその時によって、別の人間が書いたような感じがする、と。その時によって、大分人格が違うらしい。 実の所、もっと書きたいのではあるが、今日はこれで、閉じることにする。
Nov 16, 2004
コメント(0)
しばらくの間、考えていたことがあります。そうして、昨日、実行に移し、何と、作ってしまいました。ドン。フランス語の日記のページ。ほとんどの人が日本語で書いているなか、何と自分勝手なとも思いました。一応、第一回目はフランス語と日本語で、しかし、毎回、日本語を書くのはしんどいので、二回目からはぬきにして、日本語はこちらのページにきてもらおう、と、思います。読者はいなくていいんです。例え、私、一人でも。とはいえ、あまりにも寂しいので何人かの友達に場所を教えることにしました。新しいページはgooにあります。そうして、またしてもricecocoa。いいのだろうか?そんな名前で。と、思いつつ、舞い上がっています。とりあえず今日は挨拶だけです。わー。あー、もう、頭がテンパリ中。パソコンは弱いし。きゃー。友人に詳細などを聞いて、また、新しいことなどわかったら、書きますよ。ああ、難しい。ぎゃう。 さて、昨日のことですが、私にとって、何にしろ、嬉しかったのは日本の友人とのチャットでした。深いことを掘り下げて話せる、私にとって貴重な友人の一人です。というわけで昨日の話の内容も深かった。愛について、なんて。別に決めていたわけではないのですが、自然とそういう話になってしまい、パソコンのキーを打ちながら考え込んでしまいました。そうして、夜、ベッドの中でも考えていたはずなのですが、今は頭がからっぽ状態。自分につっこみが必要な今日の朝となってしまいました。本当にそのフランス語のニューページのことで頭が一杯だったのです。知り合いのアルジェリア人にメールもしました。まだ、彼には私のアドレスは秘密だけれどとりあえず、作ったぞ、って言いたかったんです。この頃、彼は忙しいとしか言わないし。友達としても、この頃の彼は少々、いまいちで。日本のことを思い出す度、この孤独はどうすればいいのか、などと、フランスは片田舎で叫んでいました。 後は、何人かの大学の先生に手紙を書きました。一人はフランス人の先生でフランス語を書くことに緊張しました。その先生はほぼ完璧に日本語をマスターしていて、何だか、日本人以上に日本語を話すその方にたいして、私の未熟なフランス語が異常に恥ずかしかったのです。ともわれ、今日は割りと機嫌がよく、しかし、そのかわり、頭の中がからっぽであるという、とんでもない事態に至っています。そう、頭の中は空っぽです。なんにもありません。そうしていつにもまして、陳腐化した私の文体が、私を困らせている。手の中でしきりに暴れていて、形になることを、激しく拒否されているみたい。 ともかく、オープンしました。おそらく、つっこみがこれからそのページに殺到することでしょう。なんだい、このページ、読めねえじゃないかい、などと。ああ、おそろしや。
Nov 15, 2004
コメント(1)
昨日の夜、寝付けなかった私はひたすら、東京でのことを考えていました。日本からお菓子が届いても、手紙が届いても、ひたすら私には渋谷のスクランブル交差点が懐かしいのです。この街はのんびりなので、仲間たちが日本に帰ったらあの交差点が恐いのではないか、などと、話をしていましたが、私には渡れる自信がある。絶対、あの交差点に帰ってやる。とまあ、むきにならなくても、懐かしい場所なんです。渋谷に語学学校があって、毎日のようにいったのだし、それに、何かと映画を観に渋谷に行きました。渋谷で恐らく最後に見たのはコロンビアにおける死体化粧師のドキュメンタリーでした。ひたすら、人で混んでいて、しかも、監督の話が聞ける。友人と二人で出かけました。映画館はアップリンクです。マニアックなところでして、あらゆるジャンルをやっていますよ。AVから芸術系のものまで。たまに、あまりにも恐ろしいものもやるので、ソファーに一人、腰掛けながら気絶しそうになったこともありました。さて、その日、見た映画もまあまあの迫力だったのですが、私たちには多少いまいちでした。でも、死体の何から何までを綺麗にする職業の人がいて、その手順を見ることには、勉強になりましたよ。はじめは少しげっと思うのですが、だんだん目が慣れてきます。それに必要なことであるし、もしかしたら自然なことなのかもしれないなどと思い始めると、そこからは落ち着いて坐ってみていられます。しかし、後味の悪かったこと。そこで、友人二人と、その後、アイリッシュパブに出かけ、飲みました。もう、電車を逃すこと覚悟。映画が終わった段階で、23時をまわっていたので、確か。それから、スタバでコーヒーを飲み、何だかんだ時間をつぶし、しかし、尚、駅があかない。気が向いたので、恵比寿駅まで歩くことにしました。私にとって初の渋谷で夜を明かしたことになりました。おもしろかった。あの街のめちゃくちゃ静かな様が新鮮だった。後、何時間すれば、出勤の人々がやってきて、いつもの様相に変わるのだ、と、思うと、そこにとどまって、見ていたい気持ちにもかられて。朝の冷気、高層ビルが霧の中に立っていて、何だかわくわくしてきて、がんがん歩いた。それぞれに歌を歌い。どこまででも歩ける気がした。おそらく、家まで帰れるよ。 渋谷は特別ですがどの街も懐かしいです。 日本にいた時の会話も懐かしいです。 私に関係した馬鹿な人々も懐かしいし、すべてが。 モンパルナスでこんな人がいました。「I'm free!」と叫んでいる人。「私は自由だー!」明らかに変人ですが、言葉の通じない街で、自由だーなどと、言ってしまいたい。たった一言、自由だー!なんて、あきらかにおかしい。しかし、何にも縛られていないぞ、なんて。一方では日本のことが懐かしくてたまらないのであるが、一方では馬鹿野郎め、私は何にも縛られていない、などと。しかし、幾らもがいても、私の中にはノスタルジアが存在しています。初めてそういったものを覚えました。日本食も恋しくない。ここで、強く生きられれば、と。日本でいささか自己主張が激しかったものの、自信があって、人々の間を行き来していた私自身が懐かしい。ここでも、早くそうなりたい。 今日は夕方にチャットをします。日本人の友達です。しかし、フランスで出会いました。今ごろ、私の日記を見にきてくれているかもしれません。私は彼女と出会った、パリ郊外での語学学校でのことも非常に懐かしいです。勉強も忙しい。その上、毎晩のようにワインやビールを飲み、ピアノを弾き、音楽や会話に忙しい。あの場所では、確かに全員がフランス語をしゃべってましたが、ピアノが私たち、異国人間のコミュニケーションを円滑にしていたのではないかと、思い出す度、感じています。心から、全身で、騒ぐのが好きです。恥ずかしさを超えて、人前で表現するのが好きです。何も私の頭の中に書きたいことが皆無でも、私にはピアノという言語があります。ずっと、長いこと、弾いていなかった。それから、私は踊ります。今でも、部屋の中で、踊っています。リモージュの小さな街で暮らしている、少し変わった日本人です。昨日も泣きそうになりました。少しづつ、メールの量が減り始め、何だか、私の存在が少しづつ日本から離れていることを、ひしひし、と、感じました。昨日の書き込みは本当に嬉しかったです。 昨日はまた、私の仲間の一人と語りました。私のことを認めてくれている一人です。長く、長く、語りました。二人共、溜息をつきました。 しかし、日曜日、また今日がきてしまいました。少しだらけて時間が経ってしまったともいえますが、何とか昨日を切り抜けたのです。何とか。今日もがんばれれば。今日もやることが幾つかあるし。重たい腰も何とかあがる。ノスタルジアもあるけれど、ラジオから流れるフランスの音楽もいい。きっと、日本に帰ったら、今度は逆ノスタルジアかしら、などと、思いながら、何となく、今日という河にのりだしていこうかしら、などと、思っている私です。
Nov 14, 2004
コメント(2)
やばい。何がやばいのか。スカートがきつい。ズボンがきつい。全てがきつい。というわけで、私は悲鳴をあげる。 昨日はここの大学で日本語を教えていらっしゃる先輩と、日本人の仲間たちとともに中華料理の食べ放題を食べに行きました。おいしかったですよ。特に海老が。しかし、会話の内容はふとった、やせた、などと、ぎくっとしながら、おそるおそる、ああ、ズボンがきつい。あきらめて買いなさい、などと、言われたが、それは逃げるみたいで少し嫌だ。 後、もう一つのこと。私、実はこっそり親切が大好きなのです。親切って確かに相手には喜ばれるが、自己満足もあると、私は思う。小さな親切を昨日しました。内緒です。私とその相手の秘密にしておきます。たまには秘密もいいものです。 しかし、それにて、考えました。私はそれほど、悪い奴ではない、などと。もう、気がつけば悲しくなるほどおかしなことばっかりやってて、何だか自分が汚れきっている感じがしていた。けれど、私は悪くないぞ、と、繰返しながら。そんな私のことを聞いたら親は泣くだろう。感情的な人だから首をしめてくるかもしれない。私にはたまに、記憶というよりは全く考える力がない。そうして、何も考えないままに相手に迫られていることがある。友情と思っていて安心なんかしていると。それは見ず知らずの人の場合もそうで、脱力感が伴い、私はどこに流されてもいい、というような感じになってしまう。元から自己中心的な性格で、自分のことは好きなのだが、同時に非常に嫌いでもある。憎しみさえ覚えるほどに。私の中でこの全く反対の感情が揺れて、しかし、一方が強く出たりもする。なので、このフランス滞在も、実は初め、やばかったんです。神経がすりへりました。私、実家に帰らなくては駄目かしら、と、多少、泣きました。たくさん、泣きました、よ。仲間とも上手くいかなかったりして。私の行動は常人から見ると、明らかに奇行らしいので。そんなんで、私はフランス人のお兄さんに常軌を逸したメールを送り、お兄さんも疲れたらしく、今は来なくなってしまった。お兄さん、ごめんなさい。お兄さんは忙しいらしく、しかし、私はお兄さんのメールがしばらく来ないと、忘れられたのではないかと、不安でした。そうして、そう、不安になればなるほど、そういう自分が依存症みたいで嫌で。日本を離れるということは、同時に少しづつ忘れられていく、ということでもあるし、受け入れなくてはとも思いました。ちょうど、その時期に、私はフランス人の日本フェチに目をつけられ、よくわからずに、愛撫されいれられてしまい、その後の自己嫌悪の激しかったこと。何だか。それからは私は注意をするように気をつけているものの、一時はどうなることかと、はらはら、あまり、人にも言えず、心配事の去った今、やっと言える次第です。とはいえ、そういったことは、日本にいる時期から非常に心配していました。しかし、そういった男女間のことが絡めば絡むほど、心の中は引き裂かれていて、優しい人や良心の厚い人の目の前にいるのがきつくて、フランス語を学ぶ為に学校にいっても、そういう先生にあたってしまうと、思わず懺悔をしたくなってしまう。もしかしたら、自意識過剰でだから、奇行が私には多いのかもしれません。願わくば、一年後、日本に帰ったとき、こんな私でありながら、それにもかかわらず、私の周りの人々が私を受け入れてくれたら幸せだなーなどと、思っています。
Nov 13, 2004
コメント(2)
何事、と、思うかもしれない。私の住んでいるところには、フランス人の大学生や専門学校生も住んでいてこれが大変なのだ。他の国の人や日本人の仲間と共にフランス人の学生に実は非常に手を焼いている。そうして、私はまたきれていた。キッチンの使い方や後は騒音が激しいのです。私の部屋の壁はたまにお隣さんの訪問客により揺れるのです。昨日もひと悶着ありました。ううーーー疲れる。しかも、ホストファミリーのみなさんに、もう少しフランス語を話すようにと言われ、泣きそうだった。話すって何を話せばいいの?私の脳みその中の正直な言葉だ。会話には勢いがあるが、その勢いをフランス語にすると大抵、通じない。簡単な言葉でも言い方によっては通じない。なので、フランス人に対してキッチンのニューシステムについて説明したのだが逆に私たち、日本人が彼らに対して意地悪をしたような形になり。今日、私は布団をかぶり、「お姉さん、フランス人の面倒までみれない。」などと、ぼやいていた。 事の発端はこうだ。フランス人の学生のキッチンの使い方があまりにも悪かった為、お世話係のお兄さんは解決策を考えた。そこで、日本人をはじめ、フランス人以外の諸外国人をあつめ、ナイフや鍋を与え、自分たちで管理するように申し渡した、と。しかし、このシステムの面倒なこと。誰かの部屋に毎回、鍋をとりにいかなくてはいけない。フランス人に貸してくれ、と、言われても、断る。というわけで、昨日、この説明を努力して彼らにしたのだが、納得行かない様子。しきりにお世話係のお兄さんの名前を口にしたり、中国人が、中国人が、などと、もめていたらしい。それをきいて私たちもきれているのだが、おとなしく。私たちは日本人で中国人ではない。別に中国人が悪いのではなくて、2ヶ月あまりもここに住んでいるにもかかわらず、国を間違えるのは失礼だと、思う。私たち、日本人のほかにアジア系では中国の子が一人、台湾の子が一人、ここに住んでます。二人共、フランス語、ぺらぺら、親切です。ちなみに私は中国人のhuaと結構、仲良しです。こないだはパソコンを直してくれました。一緒に映画に行ったり、水泳にいってますよ。ともあれ、フランス人学生に昨日の夜はきれまくりました。そして、その後、またあることが、「ねえ、油貸してくれない?」と、あるフランス人の女の子が。ううーーーー。「non!」別に油ぐらいと思うかもしれないが、常習犯ともなると、ちょっとただじゃおけない。私、貴方の油なんか知りませんよ、自分で買ってください。そんな感じではないだろうか。キッチンにおいておくと名前が書いてあるにもかかわらず彼らは勝手に使っているらしい。結構、むかつきますよ。まるで、それが一種の習慣のようにのさばっていて、日本人としてはどうも。おそらく、これがフランス人だなんて思いたくはないが、ちょっとした若者の実情なのかな?とも思えました。なければ人に借りる。でもなあ。私の大の仲良しの子にもそういう癖があって困っています。実は。その子はタバコを吸うのだが、ライターをもっていない。後は、テレフォンカードを持っていないのです。親切なのだがそういう所はいただけない。お部屋訪問も初めは嬉しかったのだが、やってくると、決まって彼女の視線は私のパソコンに注がれて、「私、チャットがしたいのだけれど。お金、払うから。」だんだん、私は友情が信じられなくなってきた。彼女は私の話を真剣に聞いてくれているようで、私はチャットという響きを聞くたびに少し、ぞっとする。それから、merve、日本語で畜生、という言葉を聞くたびに。だんだん、私がそれにうんざりして彼女に止めるように言い始めると、おもしろがって今度は連発している。やめてほしい。やめてくれーー。そんな彼女とこの頃、話をしていない。話をしに彼女の部屋を訪問したいけれど、「チャット」という響きは聞きたくない。彼女の場合、長い、そうして感情的になる。だから。だから、何だかよくわからないけれど、嫌。少しづつ、思っていることが言えるようになったものの、まだまだ互角にやりあうには遠い。 今日はちなみに家でおとなしく勉強しようと、思っています。忘れていたのですが、ホストファミリーに風邪に効くレシピを教えてもらいました。 蜂蜜少しとレモンの絞り汁と、アルコール、シナモんパウダーを入れて、最後に熱いお湯を注ぐと、出来上がり。これを飲んで、寝ると、風邪が治ると私のホストファミリーは言っていました。 昨日はホストファミリーのみなさんにも少し、疲れていたので、ごめんなさい。早口でわからないのです。わからないフランス語が疲れるのです。疲れるよーーーーー。いつでも、ピアノを弾きにらっしゃい、と、言われました。また、そのうち、お伺いするでしょう。しかし、もう少し、フランス語が上手くなっていれば。とはいえ、道は遠い。どんなに友達と話せても、ほめられても、このホストファミリーのフランス語を聞いていると皆無だという気がしてくる。ぼちぼち、行くしかありませんね。
Nov 12, 2004
コメント(1)
昨日は目がかゆくて、鼻と喉の調子もよくなくて、全然、読む本を進められなかった。ショック!どうしよう、一週間後。一週間後、担当の先生に会わなくてはならないのです。必修の授業の学生における発表を拝見させて頂いたが、量がすごかった。それから全く、ものおじしてない態度。伝えようとする意欲とまではいかないまでも、日本と比べると、多少、迫力がありました。ここの大学では日本の私の大学では不可能なことをやっている。日本にいたときは好きなことをどんどんやって、それで何とかなってた。興味ある難しそうなことを始めてしまっても。だから、いろんな授業をとってました。しかし、今、私のいる立場では、そういう興味あるいろいろなことをまとまりもなく、やるよりは、資料を探し、調べて、自分のテーマを掘り下げることが重要視されるようです。 所で、話は変わるのですが、昨日、言っていたフランス人は忙しかった為、お話ができなかった。でも、私は前にその人を見ていて、真面目そうな人そうだ、という印象を抱いたのを覚えている。それから、私がその人を見たときは、その人も先生との約束があるらしく、廊下にたっていた。かっこいいスーツの着こなし方で、その上にコートをめしていらっしゃいました。私はそのとき彼の名前など全くしらず、全くの未知の人で、しかしながら、私たちの立っている空間にその人がほんの少し違った空気を与えていた気がしたので、その場で話し掛けようか迷い、しかし、言葉は何も出ず、機を逸してしまいました。今、考えれば残念だったかも。というのも、話し掛ければ彼は親切だっただろうし、大の日本好きでもあったのだから。しかも、彼の場合、日本オタクではなく、精神的に日本のことが好きらしい。剣道を毎週、何回かやっているのであります。かっこいいな。前に友達に見学につれていってもらおうかな、と、思ってましたが、どうもな、、、、、、、。ううん、剣道というスポーツは私には向いていなさそうだし。おとなしく水泳にでも行ってようかしら。昨日、スケートに誘われたが、スケートにはおそろしい記憶があるし、恐い、恐い、地面すべるの、恐い。できれば冬は滑りたくない。けれど、もう少し体を動かしたい今日この頃でありました。
Nov 11, 2004
コメント(0)
夜まで待っていると、昨日は実はいい日だったらしい。大学の先生から手紙は届いたし、母上からも荷物が届いた。私は荷物の来ることなんか、全く、知らず、何人かと、その謎の箱をあけたみた。結果、出てきました、日本グッズ!折り紙やらお菓子やらカレーやら。先生の手紙の方は相変わらずきつく、しかし、将来について考えてしまうようなものでした。まず、普通に就職するのは無理だろう、と。まだ漠然とながら、世の中は厳しそうだな、などと。ちなみに私は就職用のエントリーシートといったものは出してません。あわないのはわかっていたし、就職に逃げるみたいで私的には嫌だったので。とはいえ、そういう理想も同時に描いてしまう。うう。 タイトルが本当ですか?は、半分、何となくで、半分、本当で。多少、鬱になったぽいです。今日の朝も鬱でした。けれど、あまり気にする程でもないらしい。確かに引きこもりの気配はあるけれど。一人でいるときは、なかなか安心できなかったりもするけれど。隙間風が入ってきて寒い、という感じの孤独が嫌なのです。私は放っておいても、勝手に悩み始めてしまう。用心しないと死にかけてしまう。ふと思った瞬間に。今までに何度となく危機をぬけ、私は強いのだ、という自信もあるのだが、その瞬間、瞬間においては異常に弱いということにこの頃気づかされる。さて、少し、前からある動作がくせになり始め、体を前後に振ってしまう。友人、曰くその動作には鬱の傾向がみられる、と。本当かな?確かにおーい、と、思うときはあるが。ともかく、何だかその動作をしていると、私の感覚においては、落ち着くし、考え事に集中できる、そんな気がする。まあ、それにしたって、この場で鬱といっても、何にもできないし。医者など絶対、行きたくないし。高そうだし、フランス語で精神状態を語るなんて。。。。。。 ともかく、今日も学校ですよ。今日はまた友達にフランス人を紹介してもらう予定だから、少しは喜びわっしょいしよう。そうして、今日こそ読まねばならないボヌフォアの本を読みすすめよう。そうそう、12月にパリに行くことが決まりましたよ。アルジェリア人の彼にも会うし、本を探さなくては。楽しみだ。昨日、それを彼に伝える為に電話をかけたら、フランス語が上手くなった、と、言われました。私には実感がないのだけれど、本人の知らない所で実は伸びてるのかな?ともかく、鬱気味ながら、ほんの少しがんばらせていただこう。
Nov 10, 2004
コメント(0)
昨日は何もする気がなく、一日の終わりになってやっと勉強を始めました。一人酒を始めながら、飲み干すその仕草に、「結構、私って寂しいのだな。」と、感じました。もしかしたらアルジェリア人から電話かメールがくるかもしれなくて、期待して裏切られるのも嫌だし、心がわなわなと震えていました。私の友達はどうしていつも忙しいのだろう。側にいると何かと気遣ってはくれるのだけれど。私は果たして泣き出してしまうのだろうか?部屋の中で体が動かず内容のよくわからない本と酒と。何人かにお酒はあんまりよくない、と、言われる。言われるほど、飲んだ覚えはないのだが。が、浴びるほど飲んだ日々というものは非常に懐かしい。それはパリの近くの語学学校でも毎日のように飲んだし、日本にいたときも、大学の先生方や仲間と飲みました。特に机の上に私と相手の丁度真ん中にどんとワインを一本置くのが好きで。相手が本音で話してくれているのだ、と、思えると、ついつい嬉しくて。 実はフランスに着いて語学学校を離れた後、相当長い間、自己を喪失していました。周りの人々から私を眺めると別に何も変わったようではないらしのだが、私自身はずっと違和感を覚えていて、それから幾つかの事件が発生した為に、全く取り乱してしまい、何て言ったらいいかわからず、提示できるはっきりしたものといえば、自己に対する嫌悪感だけ。 そのようななかで、日本にいた私が全く別人に思えて。彼女はなんて自信があったのだろう、などと思い始めました。彼女の仕草も話し方も、格好も、今は何一つもっていない、そんな気がしてきて、書くことに関しても。 きっと私はただ元気がなかったのでしょう。私にはありのままを自由に話せる、というのは実は難しい。私の感性を受け入れていた相手は今は日本にいる。メールで私は伝えようとする。一度、電話もかけてみた。時間があっという間だった。けれど、その後、余計寂しくなって、もうかけないようにしよう、と、考えた。フランスは嫌いじゃない。むしろ好きな方だと思える。しかし、毎日の変わらない生活の中で、私は何がフランスらしいのか、ということに鈍感になり始めた。もはや、初めから抱いていた感覚だけれど、それほどフランスと日本に違いがあるようには感じられない。私はどこにいても同じなのだ、と、思われる。フランスの嫌いな所、日本の嫌いな所。 そういえばフランス人のお兄さんはフランスが嫌いだ、と、言う。彼はあまり詳しく説明することはないのであるが、嫌いで、だから、日本に来たのだと、言っていた。私はその逆で、今のところ日本が苦手だ。海外を知る前から、ずっと自分の国が苦手だと思っている。けれど、私がフランス人のお兄さんの立場で日本の何が駄目なのかに気づくことができただろうか?私にしても。フランスは私が20を過ぎて入った国だ。けれど、日本は小さな頃から知っている。日本の教育、小学校や中学校を肌でしっている。そのなかで、日本人の性質を知った。多くの人はそういった時代をいい思い出などという。私にとっては。出る杭は打たれる、と、いう言葉があるが、私はまさに出る杭で、たくさんいじめられました。けったりなぐったりとか、閉じこめられたりとか。あまりにも期間がながかったので、性格的に充分にぐれたし、そうして、誰かの規準でものを考えようなどと今は到底、思えない。フランスに小さな頃からいたら私にも嫌なところは骨身にしみるかもしれない。確かに今、この状態で嫌なところには気づかされるけれど、しかし、それでも、ついつい日本よりはましだ、と、思えてしまう。私の日本への苦手意識はおそらく論理を超えているのだと、思う。実は日本人は結構恐い。日本人の集団が結構、恐い。学校行事という響きが実は非常に恐い。小学生を街中で見るのもたまに身震いがしてしまう。だんだん、だんだん、日本の精神的な部分が低下してきたのだと、肌で感じてしまう。言葉が乱れ始めて、人を傷つけることが平気でいえてしまう。いじめで何人も死んでいて、私がいじめられていたとき、そういったニュースが恐かった。自分と同じ環境に置かれている人が死んでいっているのだから恐いのも当然だ。なんだか、いつも死というものが私の頭のどこかには潜んでいた。生命や死というものは巨大に私をひっぱり、引き込み、しかし、おじけづけてもいた、そんな気がする。私は私の何年かが何のために過ぎたのかわからない。しかし、まあ、どうしてこんなに話は飛んでしまうのだろう。 今日はこれから学校にいってきます。今日もフランス語がわからない、と、思うと非常に鬱だけれど、友達がいるし。親切なフランス人の女の子がいて、隣でノートを写させてもらっています。わからないことなどは、メールを送るとすぐ返してきてくれる、彼女のおかげで私の大学生活はかなり、助かっています。
Nov 9, 2004
コメント(1)
パソコンが朝から調子が悪く。そうして、昨夜、私の彼氏のような友達のような彼に電話をかけたのですが、どうやら彼の調子も悪いらしく、また鬱のまま別の友達の部屋を訪れたらその友達の調子も悪かった。そして彼女のパソコンもおかしかった。なんだか異常に広い範囲で雲がかかっているような日だ。そうして私の調子も悪い。 今日は学校にも行かずおそらく、どんな重大事件も期待できそうもないので、私のその冒頭にあった謎の人について話そうと思った。が、本人は謎というほど、謎めいてはいない。謎という意味では昨日書いたフランス人のお兄さんの方が謎めいている。全く実は謎がない人といった方がいいかもしれない。私とは性格が正反対で、一致する点はといえば、音楽や踊ることが好き、後は娯楽映画を一緒にみるくらいだ。彼は多くの映画を観るらしいがそれほどマニアックでもないし、詳しくもない。いつもにこにこしていて、社交上手ではある。そうしてあからさまに女好きだ。おそらく将来は普通の親父になるだろうと、私は勝手に予想する。とはいえ、右も左もわからないフランスはパリにきてそのお兄さんの接近をうけてしまった。おそらくその時私は何も考えてはいなかった。はっきり言って、この出会いに関しては回想が苦手だった。同じ髪の色、目の色をしていた。けれど、明らかに日本人ではない。かといってフランス人ではない。彼の部屋で音楽を聞く。もしかしたらこの部屋のことも後で語れるようになるかもしれない。戯れながら、ふざけて幾つかの尋問をさせていただいた。私の心はまだ日本にあって、しかし初対面の彼の部屋に一晩とまって、そのまま流されていったことは非難に値するかもしれない。けれど、流されよう、私自身をあまり受け入れたがらない私自身が背中を押していた。素直になる必要はなく感情をもった人間でもない。思いをフランス人に向ける私を押しつぶしてしまおう。私はただ彼を受け入れた。それからパリにいる間、彼の世話になった。短い期間、ずっとフランス語で、食事もおごってもらい、最後の日はノートルダムの川岸を散歩し、踊る人々を眺めた。一人だと落ち着いていられない、風景はめまぐるしく流れるくせに、誰かがいると時間はあっさりとゆったりとした流れになってしまう。彼は私の手をひっぱる。「君はサルサの踊り方を知ってるか?」などと言いながら、私をくるりと回す。川岸で何度もくるくる回る。バラ売りが大量のバラを抱えて私たちの脇を通りすぎる。さりげなく彼はばら売りを呼びとめ、一本の赤いバラを私の目の前に。 などと、メロドラマのようで。しかし、きっかけに関してはそれでいいのか、パリを離れて田舎町に着いたとき、この先彼から連絡がくるのか、と、多少、不安だった。もし私が遊ばれていたのだとしたら、それでもいいのだが、自分が悲しくはないのか、などと。半分、なきたくなって。それからフランス人のお兄さんのメールも滞りがちになった。今でもそうだが。どこに私を収めていいのかわからない。彼はアルジェリア人の大学生だ。私より三歳、年上だ。優しい人間ではあるが、友達が多すぎだ。彼の携帯もパソコンも忙しい。おそらく私の無駄話のスペースなんかないみたい。私のお兄さんに対する想い出は想い出のままとっておいた方がよさそうだけれど、この私の目の前の人をどうしたらいいのだろう?友達として、とは言ってみたものの、私にはだからといって、何を変えていいのかわからない。その優しさに甘えてしまいそうでちょっと恐い。けれど、昨日はそれほど優しくはなかった。新しい彼女ができたのかな?だとしたら、あまりにも早いけれど。聞く勇気はない。だとしたら、私は消耗品なのか? ところで、村上龍の「すべての男は消耗品である」を読んだ人、いますかね。おもしろい?
Nov 8, 2004
コメント(0)
一日中、眠い。まるでそういう季節が到来したかのように眠い。昨日のことに戻りますが、ディスコは最高でした。私はいつも、叫びたい欲望を抱えていて、ストレスも多いし、音楽にのりながら、自分を壊してしまいたい、どこかに頭をぶつけてそれでもいい、声が私を引き裂いてそれでもいい。どこかに自分を発散させる場所を探して、昨日は私、たまたま、踊っていました。日本の踊り場は知らない。しかし、フランスの踊り場はいいですよ。気がつけば踊っっていて、叫んでいて、飛びまくっている。いかれていた、とも、言われます。その中で考えていたのは私の絵を描く友人のこと、後は、日本で私が好きだったフランス人のお兄さんのことでした。彼はよくつきあえば誠実な心の持ち主でもあるのですが、見た目はかっこよすぎて危険人物でもあります。言いたいことはよく脈絡がなく、しかし、愛情をまっすぐそのまま表現できる。日本を離れて、私はつらい時、よく彼のことを思い出し、しかし、あいてしまったフランスと日本の距離に私は切なくて、そうして、フランス語の短いメールでは言いたいことが伝えられない。恋愛や憧れが混じりながら、言わなくてもいいことまで言ってしまう。私の日常生活はほとんどは実は言わない方がいいことで構成されているのかもしれない。もし、自分に自信が持てたら、私はバカな多くのことはやっていないだろうし。自分自身の身体の安売りをしない。悲しくて支えどころがなく、誰でもいいから側にいてくれ、なんてこともないだろう。極端には私自身に自信がある。ふっと、人が集まっている空間に入っていくときに空気を変える力がすこしはある、自分のルッックスもたまに見とれてしまうくらいだ。そんなナルシストが好きで大嫌い。憎しみさえ覚えてしまう。ディスコテックでよかったのは、踊りながらずっと考え事をしていて、何かを必死に考え続ける私自身の声がビートを通して、心臓に頭に響き、例え安売りな私でも、今この瞬間、そんな自分を思いっきり愛せるー!!と、叫んでいたのだ。例えそのお兄さんがあまりの私の破天荒に呆れきって忘れさっていても、一年後に。勘違いや誤解はつらいけれど、心の中の変わらない部分に焦点をあてていければ。今、言葉を、多くの言葉を語れれば何とかなる。何とか伝えない。けれど・・・・・・。 帰り道は宇多田ひかるを聞きながら帰りました。明かりがない真っ暗な街の空には星が輝いている。寒空にこごえながら、感動を覚えた。東京ではこんなに見えないものね。だから、私の星の見方はまず目を閉じる。それから星を、無数の星をイメージする。そうすると星が見え始める。「見えない。」といって空を眺めることがある。けれど、確かに見えない空の裏には星が存在していると、つぶやく。大量の運動と満足で昨日はぐっすり眠れました。 ちなみに今日はホストファミリーの所に行ってきました。食べ過ぎましたよ。
Nov 7, 2004
コメント(0)
昨日は酔いと共に真夜中、書き込んだ私ではあったが、本来は朝、よく日記を書いている。今日の夜はしかし、楽しくなりそうだ。何が一体待っているのか。フランスで二回目のデイスコなのです。ちなみに、一回目はパリででした。けれど、私のこと、日中でも踊っていたりします。それは何故なのかは謎ですが、おそらく血のせいだと思われる。私の見た目は日本人で、しかし、性格的には少し違うらしい。では、何人なのか。今日、国際電話がかかってきて、お母さんに「エイリアンだー。」などと、言われました。エイリアン、それは未知の生物だけれど、私のような姿、形をしていていいのだろうか。友達の一人には化け物扱いされるし。しかし、彼いわく、化け物の方がましらしい。私って、私って・・・・・・。誰だろう?とはいえ、そんな日々細胞分裂を繰り返し捉えどころがなくなっていく私自身を何とか今日も服という形の中に収め、夜まで体力を備えて、とりあえず、行ってこよう。一応、注意警報を出しながら。ディスコテックに透明人間がまぎれていても、取り乱さずに、と。
Nov 6, 2004
コメント(2)
朝は鬱の人間で、夜は躁の人間です。基本的にバランスはとれず、言いたいことはかなりとんでしまう。この小さな街に越してきて、暴れようがなく、悩みつつも、しかし日記と呼べるものはそのレベルを超えてしまい、ノートを前に一時間、二時間が過ぎてしまう。私はもしかしたら日本語を書くのが好きかもしれない。特に漢字を書くときは「私、日本人だー。」などと、首を傾げ、時に感動しながら、じっくりかみしめているような・・・・・・。 ともあれ、今日は友人の誕生日でして、彼女の写真を無理やり撮り、自分はお酒を飲み、踊り、けれど、酔いきれず欲求不満でここにいたりするのです。本当は少し本質的なことも書きたいのですが、今日は頭が休業中です。とはいえ、飲んだ後に、勉強をしようなどと、思っていました。何だか飲んだ後はレポートなどの筆が進む気がして、よく山手線の中で、家に帰るまで、内容を必死に考えていたり。とりあえず、どこにいても考えるのはやめられないらしく、フランスに来てからこんなあだ名もつきました。 cogito ergo sum. 私は考える、故に存在する。 考えるというよりも、ただ妄想家なのかもしれない。夜、そういう状態にあれば、誰かは夢遊病者と名づけるかもしれない。どちらにしても、私の知ったことではない。私は考えていられる時間が、悩みの種でありながら好きである。せっかく、物事を考えないために友人が水泳を薦めてくれたのに、今ではわざわざ考えるために水泳にいっている。特に水の中で考えるのはv,ウルフの波についてで、私としてはこの小説に思い入れが深い。後は、自分自身が何者かについて考える。私は大体、一時間半くらい泳いでいて、実を言うならば五時間でも十時間でも泳ぎたい。泳ぎたいというよりは、少し狂ってるくらいの私自身が好きなのだ。たまにはそれが苦しいくらいに破裂する。方向性を間違えて誘拐されかけたこともある。自己主張は激しいが、全く極で何もなく、相手のいったままになることもある。今はあまりそのことについては語れないかもしれない。 ただ言えるのは自分はどうしてここまで成長してしまったのだろう。相手の為すことに何も言えず、危険なものを身体の中に抱えながら、その瞬間に、私が人というだけでなく、女性という性別も抱えてしまったことに愕然とする。私は子供のように生きたい、そのように彼女は希望している。彼女自身が抱え込む子供の中に眠り込み、そのまま、非現実のまま実感もなく終えてしまいたい。 そうして、また話は変わるのだが、ついこないだ彼氏と友達の関係になった。正直、彼を愛していたかどうかはわからない。ただ一人の人間が頭にこびりつき、今ここで会えないその人についてたくさん思った。街中を走り。ただその人には私の場所はない。どこかにおさまりたかったというのが、正直なところだ。彼が私を好きかどうかもわからない。外国人のかわいらしい女の子、ただその目にそううつっただけかもしれない。彼は出合ったその日に恋人のようなことを私に要求してきたのだから。言葉や彼の心遣いは私を充分に酔わせたのだし。私自身の身体は全く私自身とは別物で、その後も連絡は続き、現在に至っている。でも、現在は私らしくなく平和な日々を送っている。真面目に勉強をしようとしている。 めでたし、めでたし。
Nov 5, 2004
コメント(2)
全26件 (26件中 1-26件目)
1