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出かける前に更新していきます。あわただしく。私はこれから行く場所について、ほとんど、情報を得ていません。まあ、友だちの知り合いぐらいの知識でして。先程、電車のチケットを買ってきました。それから、その親切な知り合いの人へのお土産と。ついつい自分が食べたくなるくらい、おいしそうなチョコレート。私が食べたい。 実は今日、あまり、まともなものを食べていないのです。パンを食べました。後は??後はほとんど、ない。何も食べていないに近い。でも、夜はサラダを食べる予定かな?なんちゃって。 とりあえず、そろそろ旅行の準備をしなくては。それから、メールを幾つか出して。今年も終わりますね。などと、言いながら。というのも、私がリモージュに戻ってくるのは一月の二日なので。はい、年越しは大量にまた、アルコールを摂取するわけですが、レポートの為、頭をフル回転で。せっかく、フランス人にたくさん、会うので、たくさん、フランス語を話し、役立てたいかな、と。私、わりと話をして、たくさん、何かを書いて、本をたくさん読まないと、考えがまとまらないのです。はあーーーー。溜息がとても大きい。 というわけで、慌しい年末、そうして、年明けになりますが、今後ともよろしく。 日本ではそういえば、紅白歌合戦とかやっているのですね。日本にいても、見ることはほとんど、ありませんが。おそらく、日本にいると、そんな時でもバイトを探していそうな気がします。
Dec 30, 2004
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レポートを抱えつつ、明日からまた、お泊りで小旅行のようなものに行ってきます。ベルジュラックという小さな街で、何が有名ってワインが有名らしいです。しょうがないので、荷物の中に私の課題の本を混ぜ、行って来たいと。それに、知り合いの家だから安く済むし。たくさん、人が集まって、大きなパーティになるらしい。そうして、一晩中、飲むのですって。きゃあーーー。 と、いうのも、昨日は仲間の一人が帰ってきたので、小さなパーティをしました。買い物から帰ってきたら、キッチンに大量のコロッケがあったので、本当にびっくりした。「え、え、誰の仕業?」そうして、また、昨日は来客もあり、この留学制度の大先輩なのですが、その方と心優しいフランス人を交え、楽しい団欒。でも、飲める人、少なかったのね。私はものすごいペースでビール飲んでたけれど、全然、酔わなかったし。顔が赤くなったり、話の内容で酔ってる扱いされ、多少、不満。というよりも、不満。意識しないでも普通に歩いてる程度の酔いなんて、何だか。気分がまたすぐ、酔いが冷めて、もとに戻ってしまうし。 この頃、涙もろいらしい。本当は。流れようとしている涙がなかなか、流れないらしい。何かが虚しくて。本当は友だちに話したいことがたくさん、あるのだけれど、長くなりそうだから、なかなか話せないし。本当は気持を伝えたい人がいるけれど、今はこじれるのが嫌だから何も言わない。というよりも、日本に帰っても、そんなこと、言わないかもしれない。「昔、貴方にあこがれていた。」とか言って、ごまかしてしまうかもしれない。 日本でいろいろ、大切にしていただきました。常識ではない酒の量を一緒に飲んでくれた友達、懐かしい。私がしょっちゅう、何かによりっかかっているのを知ってくれて。たまに、語った。語らないとやっていけない感じで。 私はここで少し子供扱いをされているので、たまに嫌なのです。酔いのせいか、昨日は心の中に不満を隠していたけれど。何だか、涙がはらはら、落ちていくようで。 「人はそれぞれ、違うのだから。」と、前、言われたことがあります。「貴方だけがつらいのではない。」と。まあ、一理ありますが、よくあるフラッシュバックのせいか、私の性格の曲がり具合が私のせいだけでなく、他人の関係した部分が多くて、たまに、そこにある壁を壊したいくらいに、むかむかとくることがあります。 人はきっと、悲惨なのでしょう。黙っていると、自分のもろさが感じられるのです。辛うじて、やっているということなのでしょうか。疲れていても、どうやら、普段は忘れているらしい。 とりあえず、部屋に帰り、また、本を少し読みました。今日もまた、進めなくては。 明日から、ベルジュラックに行き、一月の二日にまた、帰ってきます。そうしたら、また、よろしく。
Dec 29, 2004
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こんな独り言を頭の中で呟いて、目が覚めました。デボラがライバルという漫画を読んだせいもあるかもしれません。ともかく、私って、などと、いつものように思ったときに、女性的でもあるし、男性的でもあるよな、などと。もちろん、それは、精神的なものですが。 さて、昨日は一日中、マンネリとしない感じでした。起きるなり、「何もしたくなーい。」と、そんあ雰囲気が蔓延。これは少しやばいです。私の「何もしたくなーい。」は結構、すごく、それで、学校に行かなかったり、それで、ご飯を食べ忘れたり。食べ忘れてても、それでも、お腹は空いていて、その内、頭が回り始めて、妄想の世界に突入。ある種の神秘宗教状態になってしまう。私のその状態も大して長続きしないものですが、よく、断食ってすごいなあ、と、思っていました。大して利があるようには思えないのだが、よく、こんなことが続けられるなあ、などと。 「何もしたくなーい。」と、「私、私が嫌い」等、たまに現れるこういった、雰囲気は実に私を惑わしています。 とはいえ、いろいろ、考え事を。 後は、そう、昨日のニュースを友だちと共に見ました。何でもタイやインドネシアの方で地震がすごかったとかで、大騒ぎでした。そのことで、タイに旅行中の先生にメールを出し・・・・・・結果、生きていました。無事でした。といっても、無事を信じて疑わなかったのだが。 私の人生にはいろいろな人がいますね。実に。その先生もその一員ですが。少し変わった先生で大学で英語を教えながら、その反面、写真家として活躍しています。何回か先生の運転する車に乗りましたが、結構、恐い。私とその先生にはなかなか、性格的に大きな違いがあるのですが、先生に会った頃、私は死にかけていました。何故、人が生きるのかわからず、始終、そんなことを考えていた為、或る日、何も考えず口に出してしまったのです。「Why the people live?」なんてことを。先生にすぐ、聞かれました。私が精神的健康に危機をきたしているのでは、と。確かにそれはそうでした。その頃、一人の同級生とつきあっていましたが、彼との付き合いでは、自分のことが全く、好きになれないし、毎日、自信がなくなっていく。周りを眺めました。私より女性的なひと、しっかりしている人、頭のいいひと。彼にとって、どうやら、私は重たいらしく、何だか、客観的にみれば、別れた方がいいのだけれど、ずるずる、それもできず。もとから、鬱の傾向をもった性格だというのもあります。でも、それ以上に、人間関係によって、更に、それが深められてしまった、というか。その頃の日記は本当に痛いです。その人を好きであると、信じようとしていました。こじつけのように、どこか安心できる場所に収まりたくて、だけど、収まりきれなくて。 さて、心配した先生は私を多くの出会いに導こうとしました。タイやラオスの写真をみたり、ホームパーティに呼んでくれたり。そこで、会ったこともない人たちに会いました。写真家であったり、翻訳家であったり、まあ、みんな、それなりの経歴をもっている人。大抵、一番、若いのは私で、そんな出会いはなかなか楽しいけれど、でも、同時に焦りを感じたのも事実です。でも、まあ、先生の友人達は基本的にはいい人たちなのですが。いろいろな人が、本当に溢れかえっているところに行った時には、ちょっと、パニックで。私は私の内面の中に、なかなかいいものを持っていると、自覚しているけれど、みんながみんな、目立っていて、何だか。それに、私は英語が話せないし。まあ、何で、東京の真ん中で英語を話すのだ、ということにもなるのですが、外人さんが多かったのです。そういった場所で、結構、芸術もまた、ブルジョワの世界に少し、入ってるのだな、と、自覚し、少し悲しかった、というのを、覚えています。どこそこの大学で、母親が何で、父親が何、ということがあるみたいなのです。もちろん、先生は気さくなので、そんなことはないのですが、何人かの人には。 こんな風に話していると気付かれるかもしれませんが、ricecocoaは劣等感の強い人間です。そうして、目立ちたがり屋です。目立って、何かをするわけではありませんが、大勢の人間の中で、区別がつかなくなることを、嫌います。輝いていたいです。 私は私しか持っていません。大して誇れるものもないし。「若いね。」と、よく、言われます。メチャクチャだったり、投げやりだったり、とりあえず、何でもいいから、ぶつかろう、としたり、激しく悩んだり。自分が生きていることと向き合いのは、わりと難しくて、まだ、付き合い方がわからない、そんな感じです。
Dec 28, 2004
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今日はお母さんの電話で起こされました。「大事なことだから。」と言う時は、時間も関係なく電話してくるのです。再び、眠ろうとしましたが、寝付けなくて。 さて、昨日は一日中、本を読んでいました。クリスマスケーキも食べました。そうして、レポートについて、もそもそ、考えていました。集中して読んでいたのが、アナイス・ニンという女性作家なのです。何でも、ヘンリー・ミラーという人の愛人だったらしく、その筋で彼女の名前を知っている人もいるようです。というのは、インターネットで検索した結果ですが。日本でもこの頃何冊か出版され、昨日、読んでいた、「小鳥達」という小説は実はブックファーストで立ち読みをしていました。けれど、それが、おそらく、私とアナイス・ニンの出会いになり、現在まで、つながっているわけです。 それから、夜中はまどろみつつ、意味もなく、文章をつらつら。深い思い入れもなく、ただ、何とかなく、腑に落ちなくて。 さて、今日は友人の体の調子がよくなれば、マイヨットの女の子のところに行ってきます。友人Tはまだ、彼女の新しい家を見ていないので。なかなか、綺麗なのですが、本人は気に入っていないらしく、また、引越しをすると言っている。はう。そんな。 そうして、何冊かまた、本を片付けることにします。というのも、今、私は本に埋まっているのです。パリでたくさん、買ったのもありますが。 そう本と言うと、ホストファミリーの子にあげた、金子みすずの詩集、喜んでもらえました。難しい点がいくつかあるのですが、しかし、この詩集ならば、日本語はとても柔らかいものだと、わかってもらえるし、それに、それほど、漢字は多くない。わからない所はパソコンで聞いてもらえばいいし。しかし、しかし。何とか無事に済みそうです。レポートも今回のテーマは私にあっているし。集中して、勉強しなくても、そのことについて考えているし、結構、無意識に。 はい、というわけで、今日もがんばります。
Dec 27, 2004
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日々を気合を入れて過ごすことの難しさを感じています。昨日はいくつか、クリスマスメールがもらえました。ちょっと、嬉しい。クリスマスカードもいくつか、あるし。ふふふ。実は私、寂しがりやなのです。本当に。とは、前にも白状したのですが、(この日記の中で)、本当に依存症というくらいすごい。そんなわけで、元彼氏との仲は分解してしまいました。フランスに来て、やっと、思い残すことなく。 昨日はホストファミリーのもとで、普段、会わない人々にも会え、それから、クリスマスの贈り物を。しおりと、後、日本語の詩集は日本語を勉強している子に。ちょうど、クリスマスと、後、その子のお誕生日だったので、ちょうど、よかったかも。なんて。 その家庭の中で、一人の子が彼氏連れでして、またしても、親の前でもいちゃいちゃ。フランスはこれが、普通なのよね、と、思いつつ、未だ、慣れていない私。いろいろな考えごとが頭の中を巡り。お父さんはお父さんで非常に愉快だし、歌っていらっしゃる。みんながしゃべりだすから、フランス語を聞きとるのが、また、難しくなるし。いつもの習慣で、私の半分は上の空。 恋人同士が手と手を合わせて、そんな時、急にそんな二人がかわいらしく見えてきて。でも、また、切なくなってしまったんです。愛する、って何かしら、と、私の頭の中。無数も繰返した思考の経路がよみがえり、また、同じ問いを繰返している。 楽しいのだけれど、心の中が少し、寒くて。今日は無事に過ごせるかしら、と、玄関をくぐる時。笑顔をつくりだしました。ぎこちないけれど、笑顔。でも、この日は、まあまあ話せたし、それは満足。 けれど、愛し合う恋人達を眺めながら、愛しさと痛みがこみあげるのは実情でして。「愛って存在するのかしら?」私の意識が何かに捕らわれて、ぼおっとしていると、よく、突然、そのような問いが首をもたげ、発されることがありました。青色の綺麗な目のフランス人は私にこう、言いました。「それはねえ、君が人を心から愛したことがないからだよ。」確かに、私のどこかは冷たくて、それから、私の身体が悲しくて。誰かが私を猛烈に愛さなくても、でも、偽りのように言葉は幾つかあって、ある声は私を魅力的だと言えば、ある声は私の手が小さくてかわいらしい、という。でも、それらの言葉には私を捕まえるような、そんなぬめりのようなものがあって、私もそういった、言葉の上に安心して坐っていられない。そのフランス人は私によく、こう言います。「気をつけなさい、フランスにはたくさん、危険な人がいるから。」とはいえ、日本も相当、危険なのですが。私は時々、自分の性別を持って、立っていられなくなります。特に男でも女でもない、子ども時代の独特な純粋さのようなものにたちかえりたくなって。おそらく、求められることと愛されることは違うのでしょう。 先日、パリで元彼のアルジェリア人に会いました。私はたくさん、話がしたかったのですが、彼はそうでもなく、私の目の端ばかりを見ていました。「今日の君のアイシャドーはいいね。」などと、言いながら。私は私の言葉を聞いて欲しかったのに、一人の友だちとして扱って欲しかったのに、明らかに視線は違っていて。 心って、頼りないな。ふらふら、倒れてしまいそう。いつも、どこかの街角で迷子になっている。 私は私を抱きしめようと、いつも、しています。人に裏切られれば、信じたり愛したりしたりすることは、それだけ、難しくなりますが、とりあえず、自分を抱きしめながら。それは、恐怖のせいかもしれません。 思い出の中の彼が好きです。私の好きなその人の存在はないのだけれど、言葉がよみがえります。私達が空間を共有したほんの少しの時間の笑い声がよみがえります。だから、遠く離れて、彼が私の何であるということは、全く、ないけれど、敢えて言うならば、私を支えてくれる、心の声になっています。 とはいえ、気合、気合。そう、今日から友だちは頭に角を生やして、レポートを書くらしいですよ。短期集中、完全集中らしい。私は、だらだら、毎日、何かをやりますが。しかし、集中力も見習わねば。どっちみち、進んでいないので。
Dec 26, 2004
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クリスマスのことを一行も考えずに過ごしていました。でも、友人のメールを受け取り、他のページをのぞいてみたら、そこには、確実にクリスマスが訪れていて。。。少し、びっくりした。タイトルには特に意味はないです。でも、友人がヨーロッパのクリスマスには本物のトナカイが走っていることがあるという、ので、それはすごい、と、思い、こんなタイトルに。 さて、私のレポートですが、まあまあ、と、言ったところでしょうか。同時にいろいろなことをやっています。手があと、五つぐらい、欲しいですね。たくさん、手がある観音さまみたいな仕事振りを発揮したいですね。まあ、そんなに、できませんが。 なので、私の頭の中はクリスマスのラッピングで忙しいデパートの店員状態。そうそう、パリのデパートもすごかった。そうして、お兄さんの色目。ひいー。さすが、フランスと私の横で友人Tは言っていた。確かに、そうかもしれない。 昨日はほんの少し、スケッチをしてみました。とはいえ、私は全くの素人なので、勘です。このままだと、飢えてしまうので、買い物に行ったり。にきびも大分、治ってきました。ほんの少しの意識と、おそらく、お茶効果で。話がまた、変わりますがバラのお茶は肌にいいらしいです。少し前に、ローズヒップというお茶がはやりましたが、これが、めちゃくちゃ、すっぱくて、とても、肌にいいそうな。しかし、フランスでこのローズヒップを見つけることが出来ず、かわりにバラのつぼみのお茶を飲んでいます。小さな贅沢ですね。 ほんの少し、はりきっています。詩集を手に入れました。日本語の。ホストファミリーへのクリスマスプレゼント?この小さな街にはなかなか、多いのです、日本語を勉強している人々が。あのような小難しいものを勉強しようという、意欲のある人が。おそらく、日本人からすると、アラビア語を勉強するようなものだと思います。私のホストファミリーの女の子も、いろいろな言語を勉強するのが好きらしく、そんなわけで、この前はほんの少し、日本語で会話しました。とはいえ、少し、フランス語よりになってしまうのだが。もはや、私の日本語も純粋でなく、フランス語と日本語が混ざっていらっしゃる。もとから、私の日本語はあまり、純粋ではないのですが。 というわけで、今日は午後から、ホストファミリーのところへ行ってきます。本当は昨日、行こうと思っていたのですが、連絡が上手くとれず、私の調子も少しぐうたらだったし、まあ、しょうがない。日本語トークと後はピアノと言ったところでしょうか。そんなわけで、今日は辞書を追加して、和仏辞書も入れて、出かけてみよう、と、思います。
Dec 25, 2004
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おいしい昼食を頂いた後です。お味噌汁に焼きそば。特に、日本の食事に懐かしさはないけれど、それはそれとして、おいしいものです。そうして、私は日常茶飯事、飢えているもので、大概、何を食べてもおいしいし、少し工夫を加えれば、それがごちそうみたい。先輩の優しさを、お味噌汁の温かさと共に、頂かせていただきました。 かといって、今日のリモージュは曇り空。目立った予定もなく、ただ、レポートのことばかり。結構、タブーなのですが、セックスについて、扱って見ようと思っています。私の好きなマルグリット・デュラスという女性の作家の方がいらしって、なかなかこの方の文体はうねっていて、そうして、色気がある。私は傷つきやすい女ですが、私のやることは、自分を傷つけることばかりで、必ずしもお母さんの前では素直にはなれない。愛している?愛していない?自分に正直でいれば、それは楽。でも、そうではなくて、男性に流されてしまうこともあります。そんな女性を初めはバカだと、思っていました。確かにバカなことには変わりませんが、バカと言って言い切れないものがあって・・・・・・。人生の経験を積めば積むほど、女性であっても男性の心がわかったり、男性でも女性の心がわかったり。わかるといっても、それは、根本的に両者の間には違いがあると、そういうことなのではあるけれど。けれども、セックスの問題を扱えば、そこには、本質的なものが隠されていて、そこから、孤独や虚しさ、生や死、肉体と精神へ、その肉体のもつしなやかさと共に、そこから、思考を発展させることができると思いつつ。 といいつつ、そこには私個人の問題もあるのですが。なかなかフランス人に相手にしてもらえず、私は私を暴露してしまいました。私なんて小さなものです。私の性的な生活も大したことはないのですが、隠しておくのも、何だか嫌だし、違和感はきついし。ちょっと、深い会話がしたくて、そんな鋭い石を会話の中に投じてみました。結果、メチャクチャ、ひかれてしまいました。そう、娼婦のような話はタブーなのです。意外でした。男性は動物の発情期のようにナンパし、セックスをしている、というのに、何でだーーー!!!???なんて。 そんなわけで、先輩とフランス人の意識やセックスについて、語っていた次第です。それから、フランスの人種差別や階級制度について。何だか、私の目には、フランスという社会が結構、見て見ぬふりをするように、見えて。ナンパをして、その場で仕掛けている人でも、「私には好きな人がいて、その人は結婚していて・・・。」に、ひいてしまう。何でだーーーー!!絶対、フランス人だって、不倫している、と、思いながら、でも、ただ好きなのは、非常に純粋ではないかと、パニック。 などと、などと、話していると、少し、フランスで戦いたくなりました。そうして、タブーに触れる作家や映画監督が何だかかっこよく見えてきて。 本当に私は嘘をつくのが嫌いだし、自分の中に嫌なものを抱えるのは嫌いです。それくらいだったら、私は全て話して懺悔してしまいたい。私はこういう人間よって、少し、わりきってしまいたい。 説明にはなっていませんが、レポートの中でがんばろうかな。なんて。少し評価が恐いけれど。恐る恐るのライスココアでした。
Dec 24, 2004
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本当に疲れました。モンパルナスを走り回り。というのも、電車に乗り遅れそうだったのです。友だちと二人でパニック!!!帰れない!いや、それは困る!!!ほぼ、悲鳴でした。しかも、オステルリッツまで行く電車は止まるし、いらいら。 そうそう、パリのオペラ界隈は日本みたいなのです。妙な違和感。パリに行って、早々、初日のお昼ご飯にラーメンを食べました。お店に入るなり「いらっしゃいませ。」衝撃が走りました。え、え、「ボンジュール」と、たぶん、私。心の中で、日本語、いいんですか?と、おそる、おそる。大興奮。しかし、オペラ近くの日本人はそれと、すぐわかりやすくて、多少、嫌悪。何しろ、この界隈はブランド物が多く売っているらしいし、そうなると、集まる人間の種類も決まってしまう。とはいえ、楽しんだ。この初日はそれから、約束があって、大変だったけれど。 パリでいろいろ、食べました。グルメな友だちの影響もある。しかし、今回は日本食にぶつかる機会が多かったので、ちょっと、フランスで食べる和食について、考えて見たり。うなぎもたべました。このうなぎはおいしくて、しかも、働いているフランス人スタッフの接客はなかなか、よくて、日本の心意気がわかっているようなそんな感じ。そういった雰囲気にもちょっと、感動。 パリはやはり、私の住んでいる所より寒いらしく、よく背中を丸めて歩きました。駅の近くにはよく、スケート場がある。今、エッフェル塔の上の方でもスケートができるらしい。 パリはあまり、知らなかったので、今回も初めてが多かった。ただ、歩いているだけなのに、すごーい、と、思えるような建物に会えることに、感動しました。 ルーブル美術館も初めてで、あうーと、ぼおーと、したまんま。いろいろな国の人が歩いているので面白かった。 とりあえず、面白かった。とはいえ、疲れたので、寝ますね。それでは、また。
Dec 23, 2004
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明日から、パリです。三泊四日の予定です。なので、パソコンは持っていきません。重たくなるので。とはいえ、フランスに来て当時の移動は大変でした。リュックにはパソコンだし。あう、エールフランスの飛行機は楽しかったし。 昨日はまた、ホストファミリーの所でピアノを弾いていました。この頃、なかなか、狂っているのです。音の一つ、一つが何だか痛くて、弾くのがやめられないのです。 明日がパリなんて、また、実感がわきませんね。急行の電車でいくと、三時間ほどなのに。実感がわかない。そうして、まだ、準備はしていない。 とりあえず、楽しんできます。ほんの少し、計画を考えました。パリにての。 これから、パリに行くことが多くなりそうです。友だちが来たり。友だちは本当に歓迎です。走っていってしまいます。 そんなわけで、今日は勉強をして、それから、旅行の準備をします。
Dec 19, 2004
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私のベッドの上に今、サンタさんがいます。昨日の夜、彼は届きました。びっくりですよね。夕食をまったり、友人たちと寮のレストランで食べていて、その時、封筒が届けられました。何か、送るなんて、聞いてなかったので、何だろう?クリスマスカードと、紙風船のサンタさんが入っていました。さっそく、膨らませるも、みんな、大爆笑。なんじゃ、そりゃ状態。確かに何だ、こりゃ。そうして、さらに受けたのが、私の母の書いたフランス語のはがき。無理してフランス語で書かなくても、と、私。めちゃくちゃでした。まあ、意味は通じるのだが。同封されていた、ホストファミリーと寮母さんへのクリスマスカードが恐くなりました。一体、何がどういうフランス語で書かれているのでしょう????? さて、昨日は、ホストファミリーの家に行ってきました。ご飯を食べて、それから、ポワティエ土産を渡してきました。日本のお菓子と。クリスマスで、出張のだんなさんや、パリで勉強している娘さんが帰ってくるそうです。日本でいうお正月って、こちらではクリスマスなのですね。 寮の中も大分、人がいなくなるようです。食事も来週はないし。昨日は豪勢なケーキが食事についていて、私は甘いものを恐れて食べなかったのですが、大量に残ったケーキを大量にふと、見ると、お米小僧が持ち帰ろうとしていました。お米小僧は一回だけ、私の日記に今まで、参加したことがあるのですが、フランス人の中では、まあまあの日本通です。昔、日本人の女の子が彼の家にホームステイをしていたらしく、なかなか、日本に関心があるらしい。お米が大好きです。日本人以上の勢いでお米を消費しています。そう、その彼がアルミホイルを持ってきて、ケーキを六個、持っていこうとしていた。びっくり。「あの子、おもしろい。」と、私。全く、彼にはかないませんね。「甘いものが好きなの?」と、聞くと、来週、食事がないから、何とかそれでもたすとかいうし。ケーキを一日、一個、6日間、もたすらしい。ケーキって6日ももつのかしら、と、首をかしげる私。大爆笑でした。さすが、米小僧、やってくれるではないか? その後、何人かと飲みました。人間、酒が入ると、恐ろしい。私が参加した時にはもう、二人、酔ってました。何だか奇妙でした。すでに酔っている人と飲むのは。とりあえず、ぎくしゃく飲んでいる内にこちらまで、楽しくなってきました。途中で私の男友達も参加したのですが、いろいろ、説教は入るは、何やらでして。でも、聞いてましたけど。悪い意味ではないし、むしろ、いい意味だし。 フランス人に恐れられています。うん、というか、ひかれている。変わった日本人がいる、みたいな。ちょっと、スキャンダルなことをやってきたらしい、とか。私はそんなこと、何だい?と、言う感じでぐれてしまっているけれど。その話もしていました。もう、そのフランス人の集まりとは飲みに行かないかもしれない。自分に合わずと、気がついたので。しかし、恐がるフランス人を更に恐がらせるのもいいかもしれない。ふふふ。 そんなわけで、悲しいような。しかし、認めてくれる人もいるらしく、友人Nからそんな話を聞きました。というのも、他のフランス人には私を受け入れる器のようなものが不足しているらしい。第一、私もいつもグループで行動する人々は正直、好きにはなれない。だから、いつも、個人行動をしている心優しい友達等のもとに落ち着こうかな、と。好みなど、全く違うけれど、何より自己を持っている、と、いうことが素敵だ。 ともかく、認めてくれているフランス人に話を戻しましょう。そのグループの中でも、リーダー格?のSは私を認めてくれるらしい。友人Nに言わせると、私のことをスペシャルと言っていたらしいし。はい、どうも。それから、Lさん。日本人の女の子とつきあっています。この間、彼の誕生日会を開かせていただきましたが、「おもしろい。」と、言っているらしい。そうして、Cさん。日本人の中でのあだ名が天使。日本語、なかなか話せます。大学で教えてもいるの。この人は、私を認めてはくれるけれど、私をネタに冗談を創作するから、たまに、怒りますよ!とはいえ、天使のような笑顔をいつも、浮かべている。友人Nはフランスに来て、大満足らしい。私は深いトークがしたいのに、なかなかできないから、少し不満だけれど。しかし、少なくても、認めてくれる人がいるのは嬉しいことだ。少し、がんばるか?なんちゃって。 今日はまた、ピアノを弾くかもしれません。少なくとも、昨日はピアノに関して狂っていました。昨日のピアノは本当に激しくて切なかった。大して上手くはないのだが、表現力には自信があるので、何人か私のピアノを好きでいてくれる人もいます。それから、勉強もしなくては。何だか忙しくなりそうな今日です。
Dec 18, 2004
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目を覚ましてから、更に、まどろんでいるのが好きです。妄想をしています。この妄想の種類には、本当にあきれられています。「また、考えていたのでしょう。」と、いつも、言われてしまう。そんな妄想の後、何だか今日はいい便りがある気がして、パソコンを開きました。 私は結婚しているある男性が好きです。でも、子供みたいなものかもしれません。お互いに。好き、というのも、少し気が合う、そんな悪友的存在なのかもしれないし。好きだー、と、幾ら思っても、それを恋愛に結び付ける決定的証拠もなく、そうして、日本を発ち、時間が過ぎてしまいました。何だか。そう。フランスに来て、自信を消失していたので、余計、懐かしくて。何か、少し、思い切ったことがしたいですね。などと、言っていたら、昨日、お茶を入れてくれた友人の手がふと、止まりました。「何か、嫌な予感が。」と。「そうですか?」と、私。やっぱり、私って、早くどこかに落ち着いたほうがいいのかしら? 一緒にいると、いろいろなことを語るものです。私の妄想にも名前がつきそうだし。おかしな癖も一つ一つ、ばれていきそうだし。とはいえ、くるくる、頭の中はめぐり、「レポート、どうするんだよお?」とか、「パリ、どこ行くの?私?」とか、いろいろ、後はフランス人の友だちについて考えたりとか、後は元彼氏も出てきてしまったり。その過去は私にとって悲鳴ですが、そろそろ文章にしてもいい時期かな、とは思いました。大分、落ち着いてきたし、彼とはもう、連絡をとることもないだろう、と。そうして、例の妄想に落ちたり。朝から、青くなったり、赤くなったり、しかし、自分の心が思っている以上に縛られていることを知りました。正直、フランスに渡ったら、時間が経って、その妄想のお兄さんとは会えないし、忘れるだろう、と、思っていました。私の中にもたらされた症状は落ち着きを見せるだろう、と。ところが、以前より悪化していました。と、いうわけで、そのお兄さんは悪性です。質が悪いです。とはいえ、優しいお兄さんなのですが。その心遣いは本当にお兄さんですが、女の子が好きなんだな、と、傍目にわかるのが、痛いところ。とりあえず、ここから、エールを送らせていただきます。そうして、いつも、私の妄想に参加してくれてありがとう。 とはいえ、問題は元彼かもしれません。相当の痛手でした。つくづく、自分が依存症だ、と、実感した、痛い付き合いで。初めての付き合いだったし。つくづく、誰かと付き合うと、言うことが難しい、などと。そこには、恋愛というものがなく、成り行きのようなものが占めていました。幻想に近かったのかもしれません。大学にきたばかりで、まだ二十歳とかで、一人暮らしを始めたそんな状態で、付き合いを始めました。riceのことを好きだ、と、言ってくれる人に共通するのですが、彼も、また、私の性格に関しては判断ミスをしていました。繊細さや、それがもたらす気難しさ。性格的にはあまり、女性的なところはない。かなりの自己中心的。ましてや、初めての付き合いなので、男の人の心理などというものが、わからない。性的なことに関しては、潔癖症のような、自然なことであるのだけれど、嫌悪感をもちあわせていて。常に考えることは、どこか矛盾していて、彼氏はいつも、振り回されていました。その彼が私の面倒をいろいろみてくれるので、私もその人を好きならばそれでいいと、思ったものです。今でも、そんな感覚は消えません。私がその人を好きでなくても、その人が私を好きならいい。それが恋愛ではなくても、その人が私を求めるならば、その人のものになろう。少し、絶望的考え方です。 日本から離れてホームシックに。アルジェリア人と付き合いました。その人も私の性格までは、あまり、知らず、ただ、私の東洋的?見た目に、かなり、惹かれておいででした。 私はどちらかというと、危なげな人間です。いつも、ぎりぎりで。ゼミの先生には「ボーダーラインで生きている。」と、言われたこともあります。自分が相手のことをどのように考えているか、あまり、考えたことはありません。相手の気持が自分のよりも先行してしまうことが多いです。心配そうな視線で見つめられることが何回もありました。そうすると、悪い、と、思っているのか自分が萎縮してしまいます。本当はこういう生き方はあんまり、自分にとってはよく、ないのだけれどなあ。なんて、思いながら。けれど、それが生き方というか、習慣的になっている以上、なかなか改めることもできず。そうして、いつも、心の中で、ごめんなさい。妄想のお兄さんも少し、泣いてしまうことでしょう。小さなことに自己嫌悪に走る私の姿もありますが、時々、私のしてしまうことは、それほど小さくもなく、周りの人々は、優しさによって傷ついてしまう、そんなことがあります。私の性格を知っている人は、いつも、笑っていますが、しかし、「死なない程度に、気をつけなさい。」とは言われます。 今日は私、ホストファミリーの元へと行ってきます。ポワティエのお土産を携えて、行ってきます。今日は、なかなかいない、お父さんも帰って来るらしく、人が増えて、少し楽しくなりそうです。しかし、少し寒いのが難点ですね。ともかく、忘れ物をしないように、と。
Dec 17, 2004
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日記の書く日にちを間違え、あせり。急いで、15日に移動しました。というわけで、同じページが二つ。というわけで、一つを消すと、コメントも消えてしまう。というわけで、ごめんなさい。しかし、コメントは読みました。いつも、コメントを誰かは下さるので嬉しいです。昨日もいい加減な日記だったのですが。テスト期間とかも、それを言うならば、適当かもです。はい。 今期、最後の授業に行ってきました。朝一の私の先生による授業。体力的な疲れのせいなのか、非常に眠くて、幻覚を見てしまいました。その後、直接、滞在許可書をとりに。長かったここまでの道。本当にフランスでは外国人なんだなー、っと、思いました。そうすると、他の国から来た人も仲間のような。さらに、対応するおばさんの態度が悪いから、更に仲間のような。 実際に、フランスには外国人が嫌いな人がいます。どこの国にいても、そういう人はいるとは思いますが、火曜日のこと、バスに乗っていると、突然、喧嘩が始まりました。フランス語がわからない、喧嘩ともなると、余計。黒人の若いお母さんと、白人のおじいさんが何かを言い争っていました。友達に聞くと、そのおじいさんはどうやら、外国人が嫌いだそうです。「ええ、嘘ー!何で?」と、私、正直にパニック。「我々だって外国人。」と、思うと、少しそのおじいさんのような人の存在が恐かった。 それから、夜には教会へ。路上の人に声をかけられ、無視するも、何となく、そういう路上のお金を乞う人々の存在が気になりました。貧しい、と、言われている人々の存在が恐くなりました。時に凶暴で。 クリスマスが近づけば近づくほど、何だか、楽しめなくて。楽しむ、ということには、何かがつっかかる、のです。しかし、それは昔からの私の特徴です。私は、昔から自己主義者ですが、自分だけが幸せで、それで、幸せになれるのだろうか?と、考えてしまうのです。なので、クリスマスに七面鳥を買っても、その骨が喉に突き刺さってしまいそうです。 フランスに来てから、にきびが出やすくなりました。今も、おでこと顎のにきびに多少、悩んでいます。「ストレス」と、友達は言いますが。とはいえ、一番の原因は乾燥した気候です。友人の言うように少しはストレスも関係するとは思いますが。 今日にて、授業が終わったので、これからバカンスに入ります。ほっとしています。少し、ゆっくりしたかったので。にきびをなおして、後は少しづつ勉強を進めようかと。とりあえず、ポワティエで買ったお茶を飲みながら、ゆっくりしようかな、と。 確かにストレスはありました。たまに、泣いてしまったり。何だか悔しくて。人と付き合うのも難しいし、フランス語を話すようにしなくてはと、思いながら、何も話したくない時もあるし。後は、友達との喧嘩とのことは、相当、長い期間、ひきました。一緒の場所に住んでいるので。仲間たちの勉強に関しても、それを見て、焦ったりして。友人の一人がこういってくれます。「話したいことがあったら、話に来ていいよ。」でも、いざ、話に行くと、肝心なことが言えないのです、残念ながら。その人は私にもう少し、周りを考えないで生きていい、と、言ってくれました。本当に私は壊れそうだ、と、思いました。他の人の思う常識の範囲で暮らす、ということが。どこまで、仲間たちに私がわかるのか、疑問でした。 後、何ヶ月か。きっと、時間が経つのは早いのでしょうが、しかし、まだ、日本の自分が住んでた場所への思いは持ち続けています。1年、終わったら、東京に帰れるかな?なんて。 バカンスが始まるので、みんな、旅行に行ったりします。私の仲間にはなかなか、旅行が好きな人が多いらしく、ドイツに行くという仲間もいますし、今度、スペインに行くという人も。その場にいって、何かを学んだり、確かに貴重ですが、私にはわからないときがあります。 実はricecocoaはそれほど、旅行が好きではないのです。大の面倒くさがりでもあるし、動き回ることに、不安を覚えてしまうのです。そんなわけで、留学の前まで、日本からでたことは一度もなく、過ごしてしまいました。フランスもほとんど、旅行をせず、今、住んでいる所に来てしまった次第です。 そうして、ほとんど、感動というものをしません。気がつけば、「きれい」「おもしろいね」などと、相手への相槌のような形で単的に言っていたり。そんな感じです。そのせいか、言葉の通じないコミュニケーションが難しくて。言葉が通じても難しい場合もあるのですが。 これから、パリに行くことが多くなりそうです。友達が何人か来るので。来週もパリに行きます。パリばかり、と、いうことにもなりそうですが。電車で三時間くらいです。私の住んでいる街からパリまでは。とりあえず、来週の月曜日から三日間ほど、留守にします。それまで、何と体調を整えなくては、と。 今日も少し、銀行にいかなくてはいけないので、そろそろ、重たい腰をあげなくては、と、日記を書いているricecocoaでした。
Dec 16, 2004
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足が痛い、とはいえ、充実な痛み。朝、五時に今日は起きました。実は電車で二時間ほど、揺られ、ポワティエという街に行ったのです。他の二人の仲間たちと。朝の八時半くらいに着き、それから、ずっと、歩きまわっておりました。いろいろ、買いました。明らかに私の住んでいる所よりかは、都会なものでして。その買い物の一つがまた、ゆず茶なのです。とても、おいしかった。友人と足の疲れを癒しつつ、飲んでいました。 そうそう、今、日本は大変らしいですね。北朝鮮とまた、揉めているし。 今や、インターネットの時代、便利になりました。最近のニュースは割と知っていますよ。幾つかのニュース番組をネットでみる事ができるのです。日本にいる時より時事に強くなりました。そうして、日本にいた時より、日本にはまっています。 一日が本当に歩き回りで、そうして、明日、授業があるので、もはや、もう寝ようとしています。 この一日のなかで、あらゆることを考えていたようですが、疲れが先行して。しかし、まあ、充実した一日でした。 明日のために、とりあえず、寝ます。最近、疲れ気味ですが、明日には、もう少し元気になっていることでしょう。
Dec 15, 2004
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明日、授業があるにもかかわらず、今日もやはり、夜更かしをしています。午後から授業なので。そうして、真夜中というこの時間、相当、眠いのですが、じっくり、考え事をするにはもってこいの。しかし、鬱がひどかった時期は夜という時間ほど耐えがたいものはなかった、そのように感じます。誰にも電話をかけられない。夜の中に一人、置き去りにされたようで。それでも、その時間の元に自分を置いて、夜更かしをやっぱり、していたものです。夜の中でもろくなるのに、夜という時間が渦巻きを巻いているようで、それでも、私はそこにいました。苦しくても、夜が大好きでした。 よく、夜に書いた文章と、昼間に書いた文章は違うと、言います。それは事実なのでしょう。私は夜に書いた文章が好きですが、しかし、夜に書いた文章ほど後から読んで恥ずかしいものはありません。書くものが全く異なる為、それゆえ、夜型の作家と、朝・昼型の作家がいるのでしょう。私がどちらであるのかは、まだわかっていません。自分でも。自分が何をしたいのかもわからず。ただ、今日はアイデアが湧いたので、ずっと、書いていました。無意味に思えるような、山のようなこと。普段、うまいように隠されている自分の本性、身震いしました。そこには、自分が思っている以上のことがあるものです。パソコンをつけて、お気に入りの音楽ばかり、聞きながら。今も、この文章を書き連ねている現在も懐かしい曲を聴いています。 とりあえず、書けるところまで、書ければ満足です。ただ、こんな私でいいのでしょうか、などとは思いますが。書くことが本当に好きです。やれるところまで行きたい。ちょっと、一気に今日は挑戦しています。それでは、また、後ほど。(おそらく。) とはいえ、授業は午後からなので、それも、また、気をひきしめて行きたいところです。
Dec 14, 2004
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久し振りに、日記を書く時間を戻してみようか、と。かなり、眠いです。3時に寝たので。はじめはみんな神経質で、こちらも神経を使うのに疲れていたのですが、だんだん、みんな生活の音を立て始め、かなり生活がしやすくなりました。 今日は晴れです。相当、天気がいい。授業はありません。今日も勉強?イコール読書をしようか、と、思っています。なかなか、読書、疲れるのです。日本にいた頃はもっと読めたのにと、いらいら。 とはいえ、今週はとうとう、滞在許可証を取りに行きます。やっと、そう、今年はラッキーだったのです。例年だと、健康診断の為、医者にも行かねばならないようですが、それもなし。とても、ラッキーで。よかった。 今日もどのくらい、本を読み進められるかわかりませんが、とりあえず、進めてみようっと。 おはようございます。ricecocoaでした。
Dec 13, 2004
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お米を炊くのではなく、煮てみました。フランスで売っているインスタントのお米を買ってみたのです。フランス人が結構、それを使っていて、何だか、楽そうだな、と、思って。炊飯器いらず。鍋で十分間、煮るだけ。なんて、簡単。 私が鍋でお米を煮ていると、「お米小僧」と異名を持つフランス人が。しかも、靴を履いていない。日本に多少、興味を持っている彼です。こちらもついつい好意的になってしまう。笑うとかわいいせいもあるかもしれない。「何を作るの?」と、聞くと、「お米」一緒だ。というわけで、二人、並んでお米を煮ることに。とはいえ、彼の煮方は一味、違った。鍋に水以外の何かを入れている。「それは何だ?」私がたずねると、それはオリーブオイルでした。おいしいのかな?しばらく、考え、おいしいかも、と、考え直す。「これは、健康にいい。」と、にこにこ。その一挙一動に「さすがお米小僧」と、思ってしまう。しかし、こういう純粋にかわいい笑顔は何だかんだいって、照れくさい。 などと、書いたのは、夕食の話です。昼はマイヨットの女の子の引っ越した新しい家にお邪魔していました。マイヨットの人もお米を食べ、魚を食べるので、少し、日本人みたいなのですが。彼女の所で、ご飯をごちそうに。ごはんに、チリビーンズと、肉を煮込んだものをかけて。おいしかった。そんなわけで、この週末、ほとんど、料理をしていない私です。基本的に料理はしています。土日をバゲット一本で済ますことが多いのです。朝は食べないことは多いし、基本的にあまり、食べたがりません。今日、その女の子に「東京にいたときはきちんと食べてたの?」と、聞かれました。いいえ、ぜんぜん。納豆とご飯、食パンに支えられていました。基本的に食べず、あまり、食べることに興味を持たず、納豆に切れてるチーズをちぎって、ごはんにのっけて食べる。朝も夜も似たような感じで。昼はバイトのまかないにささえられる。バイト先の食事によく支えられ。派遣だったので、有名な学校の近くの結婚式場と有名な高級すき焼きやさんによく行っていました。そこの結婚式場の食堂の食事には本当にお世話になりました。ごちそうさまです。シャンパンを抜く時はおっかなびっくり、栓がきつくて、タイミングよく、抜けない。とはいえ、後半はその結婚式場のレストラン部門の専門のようになり、よくわからない理由で首をきられました。もともと、バイトが合わないのですが、しかし、その理由のわけのわからなさに悲しさと、ぶつけようもない怒りを。誰でも良くて、よく愚痴っていました。直接、その人に文句を言いたかったし、人間として、少し、何かぶちまけたかった。が、それもできず。というのも、一緒に働いている人も、派遣会社の人もみんな、いい人だったし。おそらく、今でも、その結婚式場では私の知った顔が一生懸命、働いているでしょう。遊びに行って見たいようで、ちょっと、恐いようで。好かれたり、嫌われたり。結構、差が激しく。私はアウトローな人間らしいので、「おもしろい」と、言われて歓迎されたり、「変」と、言って、拒否されたり、賛否両論でした、バイト先でも。すき焼き屋さんでは、なかなか、これまた、お世話に。時給もよかったし、おかみさんがいい人だった。なかなか、すき焼き、思うようにたけなかったけれど、出来るようになってからは、結構、構えていられた。お客さんとのトークも楽しかったし、気にいってもらえらし、満足。それに、ご主人が同じ学校の同じ学科の卒業だったので、親近感も持っていただけたし、多少、個性的でも、理解してもらえた。懐かしいです。お肉がとても、おいしい。うん、フランスの肉とは全く、違う。お母さんはあまり、お肉が食べれないので、私の場合、おばあちゃんと行くといいかもしれない。 今週末は本当に充実していました。ただ、今日もまた、鬱が混ざっているのが、多少、いただけない。久し振りの友達に会うので、明るくしようと、力が入ってしまいました。ついつい。笑いながら話している途中、たまに沈黙。 私について、歩く道々、考えていたのもあります。好きな通りを通りながら、「将来、どうしようか、」などと、考えていました。何もせずに、終わったら、ある時、後悔するかもしれない。一応、才能はあると言われています。書くものは少ないですが、書くことは結構、薦められます。けれど、それを保ち、さらに発展させていかなくては、そういった才能のようなものは光らずになくなってしまうし、何もできずに終わる可能性も大です。それから、自分の行動力のなさ。あるとは言われますが、しかし、それも狭いもので、マニュアルからはずれる行動は苦手とします。今は自分の才能を信じています。けれど、信じ続けなければ。と、思います。 彼女の家から帰宅。読書をしながら、静かに過ごしていました。と、また、聞きたくない声が混ざり、聞こえてくる。心、乱されながら、本を読み、しまいには、少し、我慢ができなくて、下に料理の為、降りていきました。私のもと友人の友達の部屋が近い為、よく彼女の声が聞こえるのです。そういう声こそ意識的によく、聞こえてくる。我慢ができても、そんな我慢のできる、私自身が恐い。なんだか、慣れていく必要がありそうです。彼女は攻撃的な人なので、出来れば何も言わないほうがいいのですが、しかし、あまりのこの距離の近さ、同じ場所に暮らしているので、思わず彼女の態度が気にかかる、ことがあります。彼女の場合はしかも、なかなか、わかりやすく、わざとらしい態度をとるので。なので、そういったことがあまりにも気になるようだったら、恐いようだけど、少し、物申そうか、とも考えています。というのも、彼女のやっていることには理解ができないし、本当に病気や妄想ではないか、と、思うこともあるし。私は今、こう考えているよ。彼女には伝わらないけれど、自分の気持を抱えています。怒ってしまえたら楽なのになあ、と、ほんの少し、溜息。実はあまり、怒れない人なのです。それに、恨んだりするのも、体力が持続しない。だから、とても、怒っている人を見ると、「すごい。」と、思ってしまう。自分が怒らせても、「おおっ!」という感じでじーっと観察してしまう。うーん、なかなか怒れない。というわけで彼女のよくわからない言いがかりの時も、怒りよりも悲しみが先に来てしまいました。怒っても、悲しんでも、愛情がなかなか消えず、苦労。今でも、消えていません。きっと、他の日本人の子にはあきれられてしまうでしょう。とはいえ、何かある度、誰かが支えてくれることに感謝。私は確かに繊細すぎて壊れやすいのですが、他の仲間たちがその壊れやすさをわかっていて、ちょっとした注意でも、きつくなったり、そんなこともあるけれど、結局、気にしてくれるので、少し、グループの中にいても、安心できるというか。やっぱり、感性の違いに頭を抱えてしまうこともあるのだが。ほどほどに、近寄ったり離れたりそんな生活をしています。でも、お互い、すごく意識してますね。やっぱり、誰かがフランスにいて、変わってきたとか、フランス語を話すように努力しているとか、劣等感もあるけれど、焦って、私も何かやらなきゃって、それぞれが言っている。たぶん、10人の中のどのポジションにいても、おそらく、視線を感じるのだろう、と、思われる。この子のこういう所が苦手というのもあるし。しかし、その苦手というのも、その人の性格であるのもあって、例え悪いように見えても、なかなか変えがたい、というのもある。例えば私の性格の繊細さは先が尖っていて、時に危険で、しかし、なかなか直せない。自己中心的なところも、意識することによって、ある程度まで、何とか抑制できるのだけれど、やりすぎてしまうと、私が壊れてしまうので、なかなか、変えることができない。それは他の人も同じで、嫌な風に見えても、その人なんです。本当に病的な性格が私の本質的なものでごめんなさい、と、思うのだけれど、なかなか、おもしろがってもらえるので、多少の不満はあるけれど、満足はできている。「お互い、嫌なところあるよね。」と、言うと、「うん、ある。」というような仲間です。こういう所が嫌だと、結構、わかってしまうような。私も他の仲間に対して、それぞれ、一人一人、嫌なところがはっきり、ある。友人Tとどんなに近くにいても、話し合っても、たまに、本当に彼女のこういう所が嫌い、と、ものすごく感じる。そんな自分にたまに絶句。 昔、お世話になった先生に突然、こういったことがある。「私は人が好きで嫌いです。」先生はこう答えた。「私も好きで嫌いです。嫌いでもあるので、休日は外出をほとんどしません。」何の関係もない通行人でさえ、好きで嫌い。同じ風景が極端に変わってしまう。世界のなにもかもを愛したくなる瞬間、何もかもにうんざりする瞬間。 話は戻りますが、その人独自のものについて、消せないということ。私の頭の中にエドガー・アラン・ポーの短編。江戸川乱歩ではありませんよ。名前を忘れてしまったのが痛いのですが、痣の話と毒で育った女の人の話があって、なかなか、面白いし、恐かったです。痣の方は正直、恐かったですよ。 実際、私の肩には痣があるのですが、何度か、それをとりたいか、と、聞かれました、母親に。猛烈に首を横にふり、拒否。手術が恐いのもあるけれど、何か、その痣が消えてしまったら、自分もこう、あやうくなる気がして。その小説は痣を消す話なのですが、その痣と運命をともにしてしまう、結構、子供から見ると恐い話なのです。でも、エドガー・アラン・ポーは読みやすいし、なかなか短いのもあるし、ぜひ、読んで、と、おすすめ。 そんな私、今は安部公房を読んで見たいです。ちょっとした不気味なものに非常に惹かれます。と言いながら、結局、本の話で終わってしまいました。ここは私の読書部屋?なんちゃって。
Dec 12, 2004
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今日はまた、誕生日会がありました。みんなでカレーを作って食べました。おいしかった。とはいえ、私はその前に一週間に一回の洗濯。昨日は夜、遅かったのでかなり、長い間、寝ていました。そうして、目が覚めても、大分、寝転がって、壁を見ていました。何だか、鬱のときは天井が斜めに見えるらしいのです。共同生活の為、ここではなかなか鬱にはならないし、それから、フランスと日本の性について考えていました。 実は私は相当、矛盾した人間です。性的肉体と、その精神状態において。相手の気持が伝わるときには流されやすく、精神的不安定におかれると、誰でも、受け入れられそうで、なかなか、自分が恐い。そうして、流されてしまったときの、後からの自己嫌悪が激しくて。 「私は純粋だ。」とは、なかなか、言えないでいました。欠点はさらりと言えてしまうそんな自分がいる。自分の肉体がなかなか汚れている、という感覚があって。 一人、眠りにつくとき、純粋に考え事ができる、そんな感覚があります。毛布の中にくるまって、安心感のなかで、そうして一人であることが好きです。それは、まどろみの甘さなのかもしれませんが。 けれど、距離をおいて想うということ。身体からではない言葉、直接的ではなくかすかな声が、眠りのなかにあっても、言葉をつくりだしている。 全く、女の子っぽいイメージが合わないことに、悩んだこともあります。友達が「私は純粋」と言ってしまった時も。ある女の子に送られた花を見たときも。その花の白さが私の心をつかんで、私の花ではないけれども、香りを想像したり。 「子供がほしい」と、何人かの女の子が言うときもあります。私はそのことはあまり、考えたことはないのだけれど。 ただ、私であると感じられる時、非常に安心です。誰とも喧嘩をする必要がない時。これから、休もう、しばらく、寝ようという時が。だから、今は幸せな時間帯なのです。私にとって。 今日も遅くなりました。友達とフランスのお笑いバトルのようなものを見に行っていました。明日も別の友達と約束があります。幸せなことですが、少し、疲れます。 とりあえず、今日も遅い登場でした。そうして、今日もお休みなさい。
Dec 11, 2004
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今日は最高記録、遅い登場になりました。フランスにおいては、なんとか今日に間に合っているそんな感じです。日記を書いたら、寝ようかと、思っているricecocoaです。 突然ですが、私はとても、部屋の整理が苦手です。忙しいのもありますが。しかし、他の仲間達は私よりずっと、整理したり、掃除したりしていて、何だか肩身がせまい。 今日、起きたのが、結構、遅い時間でした。昨日はあるフランス人と話し合っていて、それが長くなり、またしても、ちょっと、訂正を入れたいかな、みたいで、フランス語で手紙を書いていました。元友人Fと私の共通の友人です。私にはしかし、もう、この事件で、彼女を信じることは不可能で、その後の彼女の対応にもちょっと疑問点を持ちました。大量に傷つき、その事件のことを、思い出しながら手紙を書いていると、泣けてきました。いつも、気まずくて。というのも、元友人はいきなり、他の日本人に対して愛想がよくなったり、あとは、恐いほど陽気で。その陽気さは私が近くにいても、変わらず、そのあまりの不自然さに出会うたび、私は閉口。疲れがどっと、出てきて。 ふとんをかぶりながら、昨晩はいろいろ考えていました。きっと、彼女は変わってしまった、そう思えば楽な気がしました。元は親切だったと。そうすれば、過去は守れるし、思い出として。 日本で好きだったフランス人のお兄さんに心の中で、メールをしました。この友情のあまりもの痛手に、私は彼女をなかなか、友人として愛していたのだ、そう、思いました。思ったというか、感じました。そうして、共通の友人に説明をする時、私は私の精神の弱さも知っているのだけれど、彼女の抱えるやばさ、のようなものも知っていて、しかし、それが、もう、最後の愛情の気がしました。「私はもう、疲れてしまって、たとえ彼女が私に謝ったとしても、もう、元には戻れない。けれど、貴方は彼女の友達でそう、い続けられる。だから、彼女とは友達でいてほしい。」 今、もう、彼女が頭の中で何を考えているのか、全く、想像がつかない。信用がバラバラと崩れて、彼女の全てが疑わしい。傷が痛ければ痛いほど、私は彼女を見るたび、じろじろ、見てしまう。 対して、共通の友人Hはいつも、自然な笑顔です。いろいろ、気を使ってくれて。しかし、多少のメールのやりとり。少し心が痛みますね。同じ寮に住んでいる友達と、よりにもよって、同じ階の友達と彼女故に、メールで連絡を取るなんて。 ともあれ、私は救われたのか、昼からホストファミリーの所へ。ぎりぎりセーフの準備。 しかし、ホストファミリーの所の女の子の調子も悪く、何だかとほほでした。友人Tは風邪をひいているし。 12月は本当にいろいろ誕生日の人が多くて、そのホストファミリーの息子さんは日本人の女性と結婚して、今、日本に住んでいるのですが、その二人も12月に誕生日。そういうわけで、ホストファミリーのおばさんに、「お誕生日、おめでとう。」という日本語を至急、レクチャー。遠距離電話、なかなかいいものです。もちろん、私は話をしないけれど、何だか、聞いてて、とても、ほほえましかった。 思えば、この家がホストファミリーと決まったのは、偶然でした。毎年、外国人を受け入れている家庭で、いわゆる、ベテラン。迫力のあるおばさんがお母さんでして、いつも、私は圧倒されている、その迫力に。彼女はちなみにドイツ語の先生をやっています。私は挨拶程度ならわかるのですが。後、辞書があるので、調べ事はできます。 話は変わりますが、荷物が届いたとき、私は思わず自分の荷物から逃げました。本人は真面目ではないのに、その荷物は真面目腐った顔をしていたので。そうして、謎でした。英語やフランス語の辞書があるのは、普通です。しかし、ドイツがラテン語、そうして、俳句の辞書がある。それから、ゼミの先生に渡されたジャック・ラカンのセミナール。正直、自分のセレクトは変だと思いました。今はそれら、よくわからない辞書は気分転換にパラパラめくる程度です。 話をホストファミリーに戻しますが。そう、それは偶然でした。毎年、日本人は私の住んでいるこの寮に滞在するのですが、新聞を買おうと寮を出ようとしたところで、ばったり、会ってしまったのです。そのおばさんと。「日本人?」と、聞かれました。そうだ、と、答えると、そのホストファミリーのシステムについて、そうして、日本に興味があるし、日本人を出来ればうけいれたいと。そうして、彼女の一番、上の息子が前に来ていた日本人と仲良くなって、今は結婚して日本にいることなど。しかも、二人の結婚写真、ご持参でした。そうして、そのおばさんは、「ピアノ」の一言で、私をぐっと、引き寄せたのです。翌日、その家に行くことになりました、さっそく。 その後、ホストファミリーを探す連合がありました。本当はここで見つけるのです、ホストファミリー。しかし、私にも選択の自由があるので、一応、行きました。言った途端、探すのが面倒で、もう、心は決まっていて。そうして、私のホストファミリーは決まってしまったのです。なかなか、フランス語のスピードの速い家庭です。そうして、ピアノの弾き放題、小さなフランス語の発音矯正の授業つきです。 街がクリスマスらしくなってきました。街が化けたに近い感覚です。夜にはまた、別の友人に少し散歩をしないか、と、誘われました。そんな訳で、また、部屋でくつろぐことが出来ず、日記に書き込むのがまた、延期されました。まあ、しかたないか。 ただ、街中を歩いているだけですが、なかなか楽しいですよ。いろいろな国の人と会えるので、ちょっと、留学が特かもしれない、などと、思っていました。彼女は韓国人です。見た目は同じ国の人に見えるのですが。日本語の話の内容はわからいはずですが、「そうですね」というのは知っていて、相槌を打つので、何だか日本語がわかるのではないか、という錯覚を覚えます。 というわけで、今日も疲れました。おやすみなさい。
Dec 10, 2004
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毎朝、ほぼ決まった時間に日記を書くricecocoaです。今日は少し事情が違うのですが。今ごろ、登場してしまいました。いつも、日記を書いているその時間帯、私は学校にて講義を聴いていました。以前、紹介した深夜バスに乗り、木曜日、朝八時の講義に出る為に早起き。霧がいままで見た以上に濃くて、びっくり。バスを降りても暗いまま、夜明けが来ない。白い息を吐きながら校舎に向いました。 講師は私の担当の先生です。変わり者の異名をもつ。そうして、とても、女性的でいらっしゃる、動作も話し方も。今日はさらに磨き?がかかって、結構、乙女チックでいらっしゃいました。そうして、ケベック訛りのフランス語が更に訛って、私の耳には聞きとりづらくなっていたのです。このお方、結構、朝に強いらしく、電車で三時間もかかるパリに住んでいらっしゃるはずなのに、朝の八時十五分くらいには校舎にいます。しかも、私たちの校舎は駅からバスで十五分くらいかかるのです。 この先生は今日、私をいい意味でも悪い意味でも驚かせてくれました。講義後半、教室移動後、先生はご機嫌らしく、私に微笑みを送りました。結構、恐かった、それが、正直なところです。いつも、この先生の前で自分のテーマについて言葉を探しているだけに恐かったのです。 そうして、いい意味の方は・・・・・・。 先生ははじめ、「ぜんじ」とおっしゃっていました。何のことかわからず。?。それから「むらさき」と、言いました。黒板に「GENJI」と、書いて。ついつい、笑ってしまいましたが、よく考えれば、何故、この先生は「源氏」を知っているのか。そうして、私のフランス滞在を思う間に、くるくると、疑問がわいてきました。本屋さんには夏目漱石や三島ゆきお、後、ノルウェーの森を書いた作家さんなど、結構、あるのです、日本文学。そうして、俳句の存在は相当、知られている。フランスの詩人さんも、日本の俳句のスタイルにあこがれるらしい。そうして、私のテーマである詩人さんに至っては俳句についての本を書き、正岡子規賞を受賞し、そのスピーチの中で、漢字によせる哲学まで、語っていらっしゃる。漫画だけではなく、文学も入ってきているんだ、と、また実感。そうして、先生の博識に驚き、拍手を帰る道にて、送らせていただいた私です。 しかし、「私、日本語のネイティヴ。」と、勝手に鼻が高くなってしまいました。今、その高すぎる鼻を元の高さに戻している最中です。 というのも、日本語を習得するのは、何と、難しいことか?我々が英語やフランス語を習得するよりも、難しいことに違いないのです。漢字は山ほどあるし、勉強しても勉強しても終わらない。そうして、話し言葉の多彩なこと。ましてや、源氏物語なんて。 今まで、英語コンプレックスを持っていました。正直、今も持っています。英語が話せると、何て、便利なのだろうと、思います。英語圏の人が羨ましい、と、思いました。何度も。特にフランスに来ては何度も。言葉につまった時、英語ならば、わかる人がたくさん、いるではないですか。フランス語につっかえると、次にはこう聞かれます。「貴方は英語、話せますか?」ricecocoaの英語は中学程度なので、焦って、首を横に。フランスの生活においても、英語を話せる、というのは、実はすごく便利なこと。誰も日本語はわかってくれない。 しかし、フランスで思った以上に日本文学が憧れの眼差しで眺められていることを感じたricecocoaは少し、英語コンプレックスをおっぱらった、そんな感じです。その文学を直接、その言語で感じられる。そうして、他の国のも、少しはわかる。と、思うと、日本語が母国語であることが、なかなか貴重に思えてきました。ちょっと、誇ってもいい、そんな感じです。 実は昨日、今日、いろいろ、していました。昨日は仲間たちの誕生日会だったし。それから、今日、学校が終わった後は買い物をしまくったし。 本を四冊も買いました。比較的、安く買えるので、魅力ですよ。日本では手に入らない本が手に入るし。それに、本屋さんはなかなか楽しい。 セーターも二着、買いました。 首が寒いのでマフラーも買いました。格安で。 驚くべき買い物。そうして、ricecocoaは青ざめました。特に四冊の本に。「全て、読みきれるのかしら?」 今日、私のテーマーをいったん、おいて、一冊くらい、読もうかと、思っています。楽しみ、そして、恐怖。 つけたし、何がぎりぎりセーフなのかが抜けていました。実はricecocoaが日記をつけ始めたとき、0時になる四分前だったのです、日本で。ちなみにフランスでは夕方ですが。
Dec 9, 2004
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私は実際に会ってしまうと、結構、他人をひかせてしまうような人間です。私の話す言葉の主語で一番、多いのが「私」です。どんな人よりも、物よりも、自分のことに興味を持っています。 その私さんはフランスに来て、結構、落ち込みました。イメージと違っていたり、後は、どのように私を受け入れてもらうか、その方法がどうも。 昨日、友人Aについて、友人Tと話しておりました。本当はすぐに部屋に帰るつもりだったのですが、話が始まってしまったのです。深くトークするというのは、なかなか泣けてくるものですが、その後で急に友人Aの話になったのです。友人Aというのは、なかなかフランス社会においては珍しい人です。いつも、一人で行動している、そこが珍しいのです。フランスは2,2のグループで行動する人が多いのです。大学の中にもグループがあるのです。その点、Aは一人ですから、目立ちますよね。しかし、それが、また、かっこいい。スタイルがよく、美人で、そうして、私のつたない日本語を聞いてくれる。メールを打つと、すぐに返してくれる。とても、優しい友人Aなのです。はためには、プライドが高そうにも見えます。笑う、といっても、微笑むという感じで、ゲラゲラ、笑わないのです。 そんな友人Aだけに、初めはどのように接していいものやらわかりませんでした。静かだし。うーん。 その間、他の仲間たちと飲みにも行きましたが、どうもあわず、何だかその人たちが異常に内向的に見えてきて。 そう、フランスの社会に、入る度。私って何?状態になるのです。 昨日、友人Tと話していました。日本では私、ricecocoaはすぐ、顔を覚えられます。知らない人にも知られていたりします。結構、人間という関係の枠のなかで、他人の視線を意識し楽しみながら、行動する、そんな人間です。人々の中に入るときの、初めの一歩から気にするような人間です。登場の仕方、歩き方。自我が激しく、日常的な些細なことに意識をもってしまう。演技が日常の中に溶け込み、そうして、二重にもなれ、三重にもなれる、自分の変動性を楽しむそんな人間です。 けれど、矛盾していることには、ricecocoaは自分をとても、楽しみますが、決して、自分自身を愛している人間ではないということ。それは、ricecocoaの欠点でもあり、精神的に痛いところです。何度も大学の先生に「自分を愛するようにしなさい。」と、言われました。誰かに愛されることは、好きですが、しかし、それさえも、重荷に感じてしまうことがあります。情が激しい私は揺らいでしまい、その為、他人を大量に傷つけることがあります。 優しい人が壊れているとき、なかなか、胸が痛みます。昨日はちょっと前に死んだ俳優さんのことを少し、考えていました。その人は家庭で暴力をふるっていたらしく、しかし、それに気付き、相当な自己嫌悪にさいなまれていたらしいのです。極端で、循環がわるくなって、おそらく、本人は止めたいのに、止められないでいる状態。私は詳細は知りませんが、想像するにはそうではないのかしら、と、言う感じです。 ricecocoaは軽く人をいじめたことがあります。何だかその子を見ているのが、嫌だった、というのもあります。その子はとても人を信頼しやすくて、あったばかりの私に彼女の秘密を打ち明けました。ricecocoaはその信じやすさに嫌悪感を覚えました。「私は残酷にもなれる人間だ。そんなすぐに信用なんかしない方がいい。」と、その子に聞こえない声で呟いていました。その子の弱さも嫌いでした。先生にあてられると、いつもびくびくしていました。ちょっと、口で、「太ってる」みたいなことを遠まわしに言っても、何の反応も返してこない。その子への優しさと、嫌悪感が交互に混ざる、そんな生活をしていました。明らかに彼女は私にとって、つきあいづらい人でした。そのことは伝えました。それから、いろいろ、すまない、と。どこかで、その子に闘ってもらいたかったのかもしれません。授業にはついていけなくなるし、結構、自分に自信がなくなったのか、あっさり、学校に来なくなりました。 彼女は来なくなって、しまいには忘れられてしまいました。 彼女にとって、私が単純に悪い人だったら、事は簡単だった、と、思うのです。たとえ、嫌味を言われても、相手がはっきり悪い人だ、と、断言できるならば、相手を責めたり、怒ったりして、結構、決め付けることで楽になれるのに。ricecocoaはその子にとって、極端にいい人で、そして、極端に悪い人でした。私は彼女への嫌悪感が隠しきれず、つらく当たったかと思うと、またすぐ、謝るのです。矛盾した人間でした。 今、その子がどうしているのか、知りません。直接的に誰が悪いのか、そんなこともわかりません。変わっていればいいなあ、と、思います。あてられて、びくびくして。もし、今でも、そういう人間だったら、「学校、行くの嫌だー!」と言って、ふとんをかぶって出てこない人間だったら、今でも、生きていくのは難しいでしょう。闘える人間にでも、なってたら。例えば、その後、自分にあった高校に入り直し、友達でも作って、今ごろ、就職でもしていたら。 手紙を書こうと、何度か思いました。「いろいろ、つらくあたってごめん。」 その高校の中では結構、私の場所はありませんでした。一人で闘っている感覚が結構、ありました。その時から、変わり者だったのもあるし、その時は、まだ、質の悪い冗談とかに順応しきれなくて、一杯一杯だったのもあります。 語ってしまいました。今日も大学、行ってきます。今日はちなみに日本人の12月の誕生日の仲間たちの、誕生日会があります。昨日、おかしを買出しにいってきました。にきびを悪化させない程度に、楽しみたい、と、思っています。
Dec 8, 2004
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何やら、物騒なタイトルですが、そのくらいの気合で行かないと、今日は飛ばされてしまいそうです。そう、今日は必修の授業がある。イコール、大学に行かなくてはいけない。そして、フランス人と話す。「貴方のフランス語、全くわかりません。」と言われる、危険性がある。特にフランス人、Rには。 相当、私のフランス語が聞き取れない方に対して、私は泣きが入ります。いろいろな、フランス人や外国の人々と知り合って、ある程度、コミュニケーションがとれるようになった、と、思っているにもかかわらず、そう言われてしまうと、結構、落ち込みます。発音が悪い、と、言われます。たくさん、勉強して、単語を詰め込んでも、簡単なシンプルなことさえ通じない時、私は何だか、何だか。いたたまれない。私、撃沈中。そんなわけで、私のフランス語における日記は私のトラウマ日記になりそうな予感。 実は昨日も、切れていました。元友達に対して。私の中では何も変わっていないのですが、相手には断固、無視されているので、元友達。そんな間柄になりながら、一緒の場所に住んでいるというのはどうも、具合が悪い。ricecocoaはプライバシーなんか、どうでもよくなって、全てをぶちまけてしまいたい。おそらく、彼女の作り話かもしれない喧嘩の勃発以来、私は彼女を見かけることさえ、苦手です。無視されるのにも、慣れてきましたが、昨日は、キッチンで、かなり長いこと、彼女が新しく引っ越してきた男の子と話しており、その傍らで、私がパスタをゆでる。私はもちろん、無言。「頼むから、どっか、行ってくれ。」と、心の中で。 混乱して、この日記にも喧嘩したことだけは、書いてあるものの、何だか。他の日本人の仲間に慰められました。「こちらも無視すればいい。」というアドヴァイス。けれど、人を信じる、というそのことに、私は疲れた、そんな気がする。まさか、彼女が私の「何もしてないし、何も誰にも悪くなんか言ってないよ。」という、言葉を全く、聞かないなんて、思わなかった。まさか。まさか。 何事もなかったかのように、普通の友達ではないが知り合い程度の間柄ならば。けれど、彼女のふるまいのわざとらしさが目についてしまう。忘れるって、簡単なことかしら?こんなに、引きずっていて、私は弱虫になってしまったのだろうか?悔しいので、勉強しようか、などとも、思いました。 触らぬ神にたたりなし。今の私の態度はこの言葉みたいなものです。 とりあえず、彼女のことは、どこかで解消しましょう。 昨日は何をしたかというと、ホストファミリーのお宅にお邪魔して、熱狂的にまた、ピアノを弾いていました。腕が壊れそうでした。自分の腕の、筋肉の不足を痛感。 街に出て、寄り道。すっかり、クリスマスになっていて、明かりがまばゆくて、おおー、と、言いながら、わき道それて、本屋さんに。 いろんな店員さんがいますが、ricecocoaは本屋の店員さんが好きです。フランス人の店員さんの態度は実に様々で、ものすごく不機嫌だったり、すごーく、元気がよかったり、本当に当たり外れがあるので、いい店員さんに当たると、結構、ほっとします。その人によって、サービスの質がかなり、変わってしまうのです。フランス人の店員さんは、結構、お客さんに対しても普通に切れたりするので。私が滞在許可証をとりに行ったときの、おばさんは、なんか、ものすごくいらいらしていて、「私、忙しいのよ。」なんて、普通に言ってました。初めは、結構、ひきます。日本から考えるとちょいと、信じられない。対して、とても、いい店員さんの働きぶり、人柄にはなかなか、惚れます。 書類を取りに行く為、友達と二人で銀行に出かけました。その友達Tは前日に銀行に行き、明日また来なさい、と、言われ。私はその日、焦って取りに行くと、言う感じです。我々は受付に立っていて、そうして、ある書類がほしいのだ、と、用件を伝えます。友人Tはちなみに、昨日来て、そうして、もう、その書類は出来ているはずだと。私は、内心、どうしよう、などと、思いながら。しかし、何故か、私の方が友人Tよりも、早く、その書類を獲得してしまい、友人Tは目を丸くしていました。「何故?」と。私に書類を渡してくれたお姉さんは、「あら、貴方も必要なの?」と、言って、友人Tの分もあっさり、その場で作ってしまいました。 私はこの銀行に来るたび、そのお姉さんには、なかなか世話になっています。人当たりがいいし、この方に頼めば、結構、必要なことはあっさり、と。 なんだか、今日はよく、わからず、フランスのサービスについて、語ってしまいました。私のあいまいな、説明ではなかなか伝わらないでしょうけれど。嫌なところもたくさん、ありますが、何だかんだ言って、フランスは嫌いではないので、救われています。
Dec 7, 2004
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久し振りに日記リンク、追加してみました。いきなり。気が向いてしまったので。さて、12月誕生日の仲間が多いので、今日は誕生日の為のお菓子を買いに行きます。 いきなり、話は変わりますが、私の母は不思議な人です。送ってくる荷物の選択がおもしろい。第二便にてポケットティッシュが入っていた時は、一歩、ひきました。街頭で配られている広告つきのティッシュがたくさん。うーん、送料、高いのに。はうーー。 そういう、面白いセレクトの一つ、ゴーヤ甘納豆を昨日、頂きました。私的には少し苦かった。しかし、私の友人は苦さを見出せず、甘い、と言って、ぱくぱく。二人でロックを聴きながら、体を揺らしゴーヤ甘納豆。しかも、北海道から、何故かゴーヤが届く。せめて、青森の林檎チップスならば納得がいく。うーん、どこから、ゴーヤが?とはいえ、このゴーヤ甘納豆、函館空港で販売されているらしい。 さて、ricecocoaは今朝、夢を見ていました。半分、愚痴がかって昨晩は眠りに入りました。友達と知り合いの韓国人と、フランス人がでてきました。目覚めて、そのキャスティングに疑問を持ちました。それも、また、どういう選択なのか?と。友人N,フランス人C,韓国人S。 それから、私はフランス人Cの書斎を思い浮かべました。壁一杯の本の量。ツタが這っている家がありますが、その家はツタの代りに本が這っているのです。しかし、彼の家の本の量は多いとは言えますが、私の個人的な意見から、専門化としては、少ないだろう、と。それから、私のフランスに来てから読む本の乏しさにふうーっと、溜息をつきました。少ない、いくら何でも少なすぎる。何故、こんなに本に量にこだわるのか?ricecocoaは実は文章で仕事をしたいのです。文章でなくても、表現と言うちょっと、芸術な世界に出入りがしたいのです。文学部の中で割りと一般常識から離れたriceのことを、理解はしなくても、受けとめてくれる人々の中にいると、非常にほっとします。世の中には偏見があって、考え方の枠のようなものが、自然と存在していて、などと、考えると、何だか身震いがしてくるのです。 夢は韓国人の友達に「本を返せ」と言おうとするところで、終わりました。私は実際に、その友達と連絡がとりたかったのですが。微妙に現実に近かったので、少し、苦笑。 しかし、その夢を見てから、関係のないことを、連鎖して考えている私がいる。 そう、しかし、本については痛い。 日本における、偉大な先輩方について、考えていました。本のペースが落ちた訳。実は洋書を読んでいるのです。これが、なかなか進まない。スポーツのように、辞書をひきまくっています。鬱にもなります。話し言葉もままならない。と、いうわけで、昨日、アルジェリア人の友達との電話においても、多少、切れていました。友達としてしまうと、彼は、なかなか、からかえる奴かもしれない。昨日、思い切って、聞いて見ました。「彼女、できた?」かれは、まあまあと答え、「Comme toi」と。Comme toi?何だ、それは?「貴方のように」うーん、私は何もしていない。そう、私独特の会話形式を少し、築けた、と、言ってもいいかもしれない。そうして、そんな冗談ばかり言って、大事なことを聞くのを忘れてしまいました。パリの本屋について聞こうと思ったのに。またしても、本、痛い。 芥川龍之介は洋書を斜め読みしていた、とか、言います。非常に羨ましい。今、それが、できれば。 羨ましい、と、言いながらも、読みたい本、欲しい本のリストは積み重なり、押しつぶされそうな毎日です。せっかく、フランスにいるのだし、1年という短い期間なので、できるだけ読んでいきたいです。でも、今はちょっと、英語に走りたい。英文学、好きなんです。ricecocoaは。フランスでも、イギリスでも、特に女流文学がすきなのです。やっぱり、女性の感性は、どこか本能的に一致するものなのでしょうか?とはいえ、ああでもない、こうでもないと、思い悩む、月曜日の朝でした。
Dec 6, 2004
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今日は週一の洗濯の日です。昨日は親から本が届きました。他に楽譜が入っていて。しかし、そうして、また更に新しい楽譜が欲しくなった。私がリクエストしたのは「幻想曲さくら さくら」という曲で、しかし、その他にも、あらゆる日本独特の音楽がピアノの楽譜化されていて、フランスから欲しい、と、手が伸びそうでした。伸びませんかね?私の手。 ほとんど、昨日は勉強と後は寝て、過ごしました。昨日のカレーはおいしかったですよ。風邪をひいているのと、辛いのが恐い両方で私は甘い海老のカレーを頼みましたが、おいしかった。けど、食べることに結構、疲れてしまって。一緒に行った、友人Tは興奮していました。来週も来るらしいのです。私はさすがに、毎週は、という感じですが。はは。 その後は、疲れきって、ほぼ部屋にこもっていました。読まなければいけない本が終わりません。ずっと、読んでいるのに。ちっ。辞書を片手に、体を温めようと、布団に入って。 今日はちょっと風邪がよくなりました。しかし、どっちにしても、気をつけなくては。風邪のせいで、いろいろな予定が変更ですもの。 今週がどうなるのか、全く予想がつきません。大学には数回、行きますが、今週は一体、どういう会話をするものやら。 仲間たちはバカンスの計画をたてています。滞在許可証が予定より早く手に入るので、ドイツに行く人たちもいますよ。ricecocoaはおとなしく、パリに三泊しに行きます。欲しい本などがあるので。後、パリでラーメンでも食べようかな、なんて、計画中です。 とりあえず、今日もおとなしく、おとなしく、してようと思うricecocoaでした。
Dec 5, 2004
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小さな?優しさでしょうか?私的には生姜湯を見ること自体が久し振りで、この優しさはとてもビッグな気がする。 これから、カレーを食べに行きます。昨日は結局、寝てばっかりで美術学校のお兄さんの仕事を見に行けませんでした。もう一人のお兄さんとは連絡取れないし。 二人共、芸術をやっているだけあって、かなり、中性的です。彼氏としては何か微妙に違う気がしますが、友達としては中性的な男性というのは、安心感があるし、少し女友達のように話せる魅力がなんとも言えない。 吉本バナナの小説キッチンを知っていますか。主人公は祖母をなくして、住むところをなくし、そんな彼女を同じ大学のゆういち(?)が自分の母親と共に住むアパートに彼女を招きいれ、いろいろと、世話をします。私はこの小説が結構、好きでした。不思議な三人の織り成す、雰囲気のようなものが。読みやすい小説です、とても。実はそのお母さん、昔は男で、性転換をして、女の人になったわけですが。結構、三人とも、明るく。ゆういちと、主人公が引越しはがきを製作する部分も結構、好きなのですがね。 思いつくことを書こうと思うので、かなりの勢いで文脈が飛ぶこと、ご了承ください。 私が大学で一番、御世話になった先生はゲイ文学の非常に好きな方です。たまに、手紙を出させていただきますが、いつも、辛口で帰ってきます。映画も好きらしく、脅威のスピードで見ています。授業に飴やチョコを持ってくるので、サンタクロースみたいな。こんな表現をすると、気持悪いと、言われそうですが、ともかく、御世話になっています。 大学に入るまでは普通に就職するつもりでした。バイトもなかなかこなせるものだと思っていたし。その先生は私の希望を一番、最初に壊してしまいました。言い方を変えれば、適切なアドヴァイスをしたとも、言えます。就職の可能性を真っ向から否定。私のような人間は就職をすること自体は簡単らしく、しかし、続けることは難しい。確かに、ほとんど、今までのバイトで駄目だったことは、一度もありませんが、人とぶつかることは、よくあります。バイトをしている最中でも、考え事をしているような人間です。少し前に私の話し方、そのものが散文的である、という指摘を友達からもらいました。世の中にまだ出ていないものの、世の中の厳しさをそれとなく感じています。 流されて、フランスまで来てしまいました。偶然、学校のシステムがあって、志願したところ、見事に合格。他の人よりも明らかな文学オタクである為、落ちる、ということは、ほとんど、考えていませんでしたが、たった一つの落ちる可能性は考慮していました。それは私の病歴のようなものです。はっきりとした病名などないし、病気ではないことぐらい知っていますが、自ら死にかけたことのあるその経験が他人の目にどう見えるのか、私の中で、恐れと不安が交錯していました。理由がない生命への反抗はどうなるのだろう?誰かが、私に理由を求めます。誰か、というよりも、ほとんどの人々が。死という問題は生という視点からは見ることができないので、おそらく興味があるのでしょう。私は薬を大量に服用し肩まで、その水につかってみたのかもしれません。私にも理由がわからず、説明は不可能です。意識される中では、生きている、そのこと自体が非常な恐怖をもたらすのではないでしょうか。 夢から覚めるとき、夢の内容が悪夢で、それが現実でないと知ったとき、ほっとすると共に、流れる汗は、未だ、恐怖が体の中に流れている。痛いという感覚はないが、体はしかし、その現実を生きてしまっている。 私が薬を服用した時期は、かなり前ですが、現実というものは全てフラッシュバックのように感じられました。意識的になりすぎて、反響音が意識の中に。体がそのまま、現実に食い込んでいくのではなく、意識を持って、そこから生というものが始まる、そんな感覚でした。だから、息をとめれば、世界が止まってしまうかのように、私の目からはこの世界の存在そのものがはかなく、感じられ、指先から息がもれ、その息と共に、私の肉体が意識を通って、細かな糸でできているかのような錯覚。見上げれば雲のように、つかもうとすれば、落ちてしまう、危機感を抱えて。 今は割り切っています。私は意味を探しません。人々に生きている意味を尋ねました。病的な質問と、よく思われました。その質問のおかげか、せいか、いろいろな人の世話になり、あらゆる場所に連れて行かれ、話しをしたり。今は意味がなくても、それで、いいと思っています。下手に納得できない理由づけをするよりも、ないと言い切ってしまった方が楽な気がして。それはシオランというルーマニア出身の思想家の影響もあります。一般的な常識からすると、冒涜とも思える彼の言葉の数々ですが、私にはとても大切なものになっています。
Dec 4, 2004
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今日はホストファミリーの所に出かけてきました。フランス語の発音矯正と、ピアノを弾く為に。ピアノのせいなのか、いつも、ホストファミリーのもとへ出かける行き帰りは、頭の中が、激しくピアノ状態。ショパンやら、ベートーベンやら。 街が大分、クリスマスらしくなってきました。友人Tのサイトを教えられればいいのですが、さすがに、それも出来ず。彼女のサイトは写真がたくさんあって、楽しそうなので。 私は根暗です。果たして、本当にそうなのか。けれど、言葉が上手く使えないジレンマが私を凍らせているようです。 小学生の頃もそうでした。精神と言うものは深いところまで根をはって、何かを言おうとしているのだけれど、その言葉は聞きとりづらく、ただ、自分自身をかかえて。よく、私の言葉はわかりづらい、と、言われたものです。いろいろ、劣等感も持ってました。しゃべれない。笑わない。人と合わせる事は、大の苦手。どこか冷めた部分があって、それが私を周りよりも大人であると、感じさせたり。軽蔑してました。周りの子を。 窓から外を眺めると、自由になれるような。いまでも、自由が何であるかわかりません。心が体から離れる瞬間でしょうか?してもしょうがないような問いばかり。 ただ、無数の問いを捨てて、生きるように、などと、言われます。無関心ながら、少しは気のあるふりをして、聞いてみたり。考えないように、ただ生きること。生活をすれば、いいのだ、と。お金を稼いだり、ごはんを食べたり、眠ること。確かに、そうできれば、不必要に悩まなくてよさそうですが、私の中で、全く納得がいくわけもなく。頭でわかっていても、考えることは、なかなか、やめられません。 中学や高校を得て、私の性格的な見た目は変わってしまいました。大切な数人の友達はいますが、その他に大量の知り合いを作ることに今では、なかなか長けています。しかし、この地で、私の懸命につけてきた仮面がはがれ、今また、新しく開拓する必要性を感じている所です。 などと、今日の帰り道、ベートーベン月光第三楽章の中で、考えていました。
Dec 3, 2004
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今日は朝から学校に行ってきました。八時からの授業。ベッドの中で格闘。起きれるのか?果たして?時計とはにらめっこ。とりあえずラジオをつける。一曲、終わったら、起きてみようか?なんて。 外は真っ暗。バスに乗り込むときは深夜のよう、学校につく頃には明け方、と、私はそのように形容している。先週、本を読んでいて、一つ、乗り過ごしたので、今日は読まない。 哲学的なことも考えたりする。朝のバスの中には人がたくさん。みんな一体、どういう死に方をするのだろうか?などと。やっぱり、恐いのかしら、などと。足も手もダリの絵のように、私の眠気の中では歪んでいる。少年がいる。ふとったおじいさん、とか。お腹がものすごく、つきでている。もしかしたら、ポテトフリットが彼のお腹の中で暴れているのかもしれない。イスラエルとか、そこらへんの国のことをよく考える。日本人からは酷い人の殺し方をできる人たち。 途中で高校生のカップルが入ってくる。入ってくるのにぶちゅっ。彼氏が彼女の腰を捕える。お互いに頬や唇を捕える。私は眠い。断然、眠い。 実はフランスの男性は子供みたいなのです。彼女への甘え方が。愛撫にしても優しくて、はっきり言って男性的とはいえない。そうして、日本とは違って、人目をはばからない為、動物の繁殖期を見させられているような、そんな気がします。そう、人間も動物なんだ、と、絡み合いを見るたびに、目が回って来て、いつも、いつも、人である、と、いう概念が飛び散ってしまうのです。そういう考え方があるので、誰かが近づいてくる度、私はついつい思いっきり、逃げていってしまったり。もしくは、誰かにくるまってしまう時も、鼻をつまんで一気に水の中に潜るそういう感覚です。 ともかくもバスは着きました。そうして、やっぱり、明け方でした。今日は先生とのランデブーもあります。何かをまとめなくてはいけない、そんな心中です。ランデブーの回数が多いので、その度、何かを考えなくては、自分の中で整理をつけなくては、と、正直、焦ります。 全ては何とかなったのかもしれません。先生は「悪くはない。」というように、うなづいていらっしゃいました。大分、変わり者として有名ですが、親切な方です。女性的な話し方をする方で、私は早朝の授業にも出ているのですが、詩について話し始めると、熱くなり、口調とジェスチャーで熱くなっています。 ともかく、今日は疲れました。朝は書く時間がなかった為、今ごろ、日記をしたためています。 昨夜はちなみにいい日でしたよ。ただで、オーケストラのコンサートが見れた為、友達と二人で行ってきました。途中で美術学校に通う友達と偶然、ばったり、彼の作品が現在、展示されていることを知りました。正直、すごい、などと、思いました。私も何か作りたいな、なんて。明日、見に行く予定です。それはそれで楽しみだ。
Dec 2, 2004
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昨日はカテドラルの前で待ち合わせ、みんなで飲みに行きました。夜、22時のカテドラル。若者たちで集まり、ただ、飲むだけなのに、少し、悪いことをするみたい。 きっと、蝋燭のせいでしょう。ノスタルジアになりました。Sが気合で蝋燭の火を消します。何だか魔法使いみたいに。一番、Sの視線がするどいのです。髪は短くて、帽子をかぶってました。私の隣の女の子なんかは真似をしていました。私もやってみたけれど、できなかった。蝋燭の炎を見守り、手で包み込み、頭の中では、言葉に出てこない言葉が、次々、浮かんでは消えて。おそらく、今、原稿用紙があったら書けるかな、なんて。 私、フランスに来て太ったらしい。日本にいたときは今より確かに痩せてた。学校から帰ってくる途中、男友達と話していた。彼はSやSの仲間たちと仲がいい。だから、私も飲みに合流しているようなものなのだ。まだ、私の性格はこの人々には認識されておず、ぼおーと考え事に沈みがちな私は、何度も、「気は確かか?」と、たずねられる。いつも、こうなのに。別のお兄さんなんか「もう、これ以上、飲んじゃいけないよ。」って。 あまり、相手してくれる人がいなかったので、少し寂しくて。お兄さんと話し始めたときは壊れてた、な。言葉さえ上手く使えれば、なんて、焦ってた。シンプルな言葉で満足できない私がいた。 Sは結婚するのだよ、なんて言う。へえー、と、思いながら、その言葉に無意識に疲れてくる。ずっと蝋燭の炎に揺られて、心の炎もまた、揺れているのもある。彼は幸せだろうか?気がつくと、みんながSを探していることがある。このグループの中で、一番、信頼が厚いのかもしれない。日本人のつたないフランス語もしっかり、聞いてくれる。いわゆる、がっしりとした日本通でもある。 実は私のもう一人の友達にも結婚を約束した彼氏がいます。自分の人生が何故、決められるのだろう?それは、一大決心ではないかしら?なんて。 何度も蝋燭の炎が消され、その度に、はかなくて、結婚もまた、こういったものかもしれない、と、思われるのです。素直な祝福が私には出来るのだろうか?日本での思い出がよみがえって、ふらふら帰りたくなって。 私の気持はどこに行くのだろう?ただ、彼を見つめていることがあって、彼に見つめられていることがある。それは、もう、ここからは遠い話なのだけれど、たまに、私の中に、過去がすっぽり、よみがえる。はじめは、彼の指輪に気づかなかった。おそらく、気づいた時は遅かった。彼の目の中に吸い込まれる。私の思考回路が止まって、気づけばもう、離れられないような感覚を覚える。言葉で気持をごまかして、ただ、側にいて、最高の話し相手であると、とりつくろう。 日本を去った時は夏でした。かなり、私は自分を変えたいと思っていて、短いスカートを履いたかと思うと、ひらひらのを着てみたり、ヒールで歩いたり、無防備に、自分に自信があって、私の服装というのは、そういう自信を表していて。しかし、さすがに少し恥ずかしかった。というのも、彼は私が肩なんか剥き出しにしていると、触れるのです。それが、挨拶代わりみたいで。しかも、私の大好きなお兄さんは調子にのって、ウィンクを送ってきたり、キスをなげたり。いつも、失神しそうになっていました。そう、毎回、会うたび、戦いを挑むかのように、行くまでは慎重で、しかし、会ってしまうと、全てががたがた崩れてしまう。絶対、冷たく出来ない人。ついつい甘くなってしまう人。私がその人への感情を別に、絶望的な気持で誰かと寝ようと、何だか知らないけれど、守ってあげたくなるような。体が疲れて、いつも、うわの空でいても。 私たちの間に何かが存在するのかしら、と、思いました。心が交わっているような感覚が体の中にあって、微熱のように暖かくて。 そうして、私は私の愛に泣いたのかもしれない。結婚、という言葉の後にもしかしたら、別の愛があるかもしれない、という可能性に。友情と呼べば、私の言葉は隠れてしまう。彼の気持に確信を持つことはできないが。お互いに気持があってしまえば、近づいてしまう。彼は私の先生だった為、会うことは禁じられていました。いつも、人前で、子供のようにふざけていました。お互いにいたづらが好きだったから。少しづつ覚えるフランス語で大いに遊びました。彼は自分ではあまり、語りません。私の話しをきくばっかりです。どこかからかやってきて、私たちはそれぞれに帰っていく。道で挨拶をすることも、ままならず、けれど、一年後、またね、そう言って、別れました。彼もまた、目が潤んでいました。今は遊び歩いているらしいが、その時の目は潤んでいて、何だか見とれてしまった。綺麗な人ではあるが、その涙が目に宿っていると、抱きしめたくなってしまう。 人間って、確かに頭で考えてもいるけれど、体でも考えている。だから、無造作な男女の集まりにおける視線が、意識して一つ一つ観察していると、非常にエロチックだったりね。もちろん、昨夜も私、観察していました。お兄さんと話し始めたのも、何度も目が合うから、というのがある。私を少し気にしてくれて、話しを聞くという体制ができていたから。その間、Sと私の男友達は話しに熱中。音楽とか剣道とか日本文化、なんて、ね。私はもう少し神秘的にフランスのことが知りたいかもしれない。この人間と人間の集まり、の持つ意味とか、ね。匂いみたいなものかな。匂いなんてものではなくて、フランス人の持つ臭さ、体臭のようなものをおそらく知りたいと、思う。 夜はふけていきました。話ができないジレンマもあったけれど。私の言葉はまだまだ、完璧ではないけれど。私の話し方は私を貫こうと、まわっていました。たくさんの男の子、女の子。わりと、内向的な人々なのです。そういう入りづらさはありました。相槌上手になる必要性のようなものが。 今日は勉強します。明日は朝、八時から授業があるし、その後、先生とテーマについて話し合うので。けれど、今回は何かをまとめるということはあきらめています。頭をもう少しやわらかくしたい。今、考えていること、そんな無数ではないですか。よく本の内容がつかめないので、余計、分裂しています。
Dec 1, 2004
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