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パリは危険だよーー、と、言いながら、今まで、そんな目にあわずに、無事に済んでいました。今回も結果からすれば、無事なんですが、しかし、恐かった。 友人とはバスティーユのユースホステルで再会。久し振りでも、面影がただよっていました。何だか、夏に会ったばかりだから、久し振りという感じもしないけれど。そこから、二人でふらふらと、観光。電話をかけて、また、懐かしい友人に会うことに。 思えば、フランスは私にとって変化していました。やはり、何ヶ月ぶりかに友人に会うと私自身も何だか、変わったような気がして。もしかしたら、友人も変わったのかもしれないけれど、私の方が大きく変わってしまったような。 フランス人の友人と会話。「フランス語、まずくなっている。」と、友人、焦る。でも、暮らしていれば、そのうち、勘を取り戻すよ、と、私。 その帰り、地下鉄、彼女はおなかが痛くなってしまう。うずくまってしまい・・・トイレを探さなくては。でも、地下鉄にはトイレはないよ。私は大分、パニック。 その時、黒人の二人組みがやってきて。差別はいけないよ、と、言われるものの、他に言い方がわからない。うーん。 「切符を見せろ!!!」いきなり、怒鳴るように。 私の傍らにはお腹を痛がる友人。そうして、私の目の前には何だかどなってばかりのわけのわからない人。警察だ、とか、言われながら、どこかに連れていかれそうになりました。本当に警察か??今でも疑問符???後で、友人と話しましたが、やはり、その警官風情はあやしい。というか、相当、あやしい。 ともかく、私の要求。「トイレの場所を教えろ。」向こうの要求、「切符を見せろ。」 結局、切符を見せたのですが、トイレの場所は教えてもらえず。ひたすら、食い下がって、教えなさい!!と、言うと、何と手で追い払われました。 それでも、友人はお腹がまだ、痛い。怒りの中、何だかわけもわからず、もと来た道を戻る。 一人のお兄さんが助けてくれました。「優しい人。」確かにそうとも言えますが、私の中では「勇気のある人」です。 その目はまっすぐでした。一緒にトイレを探してくれたし、もう、その人が助けの手を差し伸べてくれた瞬間から、私はどこか、ほっとしたのでした。 優しさは心の奥底に沈んでいました。パニックで優しくなれない私がいました。混乱が、私の表情に私の嫌いな私を浮かべさせていました。看病しながら、トイレを探しながら、自分が嫌でしょうがなかったのです。衝動は上手く、隠されました。でも、その勇気のある人の前で、恥ずかしかったのです。 私は私が曲がっていて、感覚が曲がっているのだ、と、思いました。でも、そういえば、そういうほど、それは言い訳のようでした。 後で、その黒人さんたちのことを口に出しました。友人は優しいお兄さんのことを・・・何回か口に出しました。「危ない人はどこにでもいる。」と。でも、優しい人だって。相手が襲ってこないという保障があるならば、助けたい、と、思う心が宙ぶらりんです。少なくとも私は。何もしてあげられず、かわいそうに、と、思ってしまう・・・そこから、先はなかなか、進めないのです。
Jan 31, 2005
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近くの水泳に行ったものの、怠慢にひれをうごかしておりました。「ちっとも、魚になれない。」と、不満気味。 今ごろ、私の友達がドゴール空港についている時間です。彼女と会うのは久し振り。すぐに、意気投合してしまった。それは、語学学校のあったランブイエにて。お城のような学校でとても、かわいらしい。それに、ランブイエ城、散歩コースに最適。空気が澄んでいました。とても、綺麗だった、とも、言える。 その友だち、はじめ、名前を覚えられなかった。「スペシャル」と、呼んでいた。そうして、彼女は私のスペシャルになった。他の人にいって、通じないことが、彼女だと、すらすら、通じてしまう。映画だったり、文学だったり、そうして、何よりも感覚的なもので。会えてよかった、と、思う。 フランスで出会い、フランスで再会。何でだろうね。フランスに来てなかなか、寂しかったので、チャットに支えられました。 というわけで、彼女に会う為に、明日から、パリへ。 何度も、登場いただくJFですが、すいません。「彼女は男性よりも大事なの。」恐ろしいものです。すいませんが、そういうわけなので、水入らず、友情を育みにいってまいります。それから、リモージュではできないことなどを、などを、エトセトラ。それから、本の仕入れ!!もちろん、日本語も。けれど、特に英語で書かれた本ですね。今回はシルヴィア・プラスを仕入れ予定!!じゃじゃじゃじゃじゃん。 頭の中、パリ、パリ、パリ、パリ。。。。。。 おーい、ロンドンはどこに。いまだ、迷子。年をとっても迷子。 いいのかな??いいのです。パリ、行ってきます!!!!二泊三日で帰ってくるでしょう。そうしたら、再び、こんにちは。日記を再開します。
Jan 30, 2005
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夜、私は大爆笑をしておりました。ひたすら、笑う。体の中に笑い虫が住んでいるらしく、私は笑っておりました。変な人、と、横で友人。よく、あるのです。こういうことが。理由もなく。突然、走りたくなる。大笑いする。そうして、踊り始める。一体、どういうばねが、私の中にしかけられている、と、いうのでしょうか?そこに、私と喧嘩をしたFが通りかかる。彼女は私のことは完全無視なのですが、私は笑いが止まらない。止まらないまま、「bon soir!」と、にこにこ。そうして、またしても、爆笑。彼女は驚き、一歩、引き、そうして、去っていきました。それを見て、また、私、爆笑。なかなか、私も偶然とはいえ、他人を翻弄してしまうようで。ご飯を食べ始めると、今度は泣きたくなってしまう。何だか笑いの反面、虚しくて、泣きたい。そうして、次は、泣くのと笑うのを同時にやりたい。忙しい人なんです。ご飯を食べ終わり「bon soiree!!」、よい晩をと、挨拶した途端、また、笑い虫、ごろごろ、痙攣し、そうして、壁にぶつかりました。 自己分析。 イギリス計画中。ロンドン上陸。初めてのフランス脱出。初めてのロンドン。初めての英語圏。ただいま、旅行を計画中、友人と二人で。 日本から出たことのなかった私。フランスが初めてで、そうして、住み始めた。 日本から出るの、恐かったんですよ。しかし、走りながら成田空港を過ぎてしまった。慌しく。一体、どうなるのだろう、ともかく、必死にスーツケースとゲートを潜り抜ける。母親とも、あっけなく別れ・・・・・・期待や不安と言う言葉の不安の方ばかりが脈をどんどこ、打ち、私はバタバタ、空港の中を走った。 今日、ホテルを予約しました。ガイドブックなんてない。まさか、イギリス?まさか、ロンドン?久し振りの飛行機!!乗った瞬間に体が浮くあの感覚に、うわっと。でも、飛行機で一時間程、ロンドンについてしまうらしい。ポンドの単位も知らず、調べ、頭の中はフィッシュアンドチップス。そうして、好きな英文学。独特の暗い感じ。本当はヨークシャに興味があるのだけれど、とりあえず、ロンドンにしようと。そうすると、今度はロンドンのゲイのかっこいい系のお兄さんが頭の中に。一気にばら色。いいえ、バラというより、ピンク。本当にロンドン、行くのかしら?と、実感がなく。しかし、ホテルだけはとってしまった。私のパスポートに二個めの判子。そんなこんなで、私の頭の回線がヒートしてしまったらしい。もしくは、ショート。それから、論文への不安。 今日は、詩の授業があり、大学へ参りました。私の担当の先生が授業を行う。女性的な話し方で、そうして、おなかがでている。だから、何だか、彼の中には赤ちゃんがいて、それをあやしているのではないかしら、と、思ってしまう。みんなが納得する変人。よく微笑む。私も今日、その微笑の洗礼を受けてしまった。 彼は分厚いプリントを作り上げ、すさまじいペースで、呼吸法など構わずに説明を加えつつ、読み始めた。本当にまねはできない。眠りに打ち勝つ為、私の唇も動くのだが、駄目だ、勝てない。そうして、今日の必殺技!!ヴィブラートをきかせ、その美声を披露したのだ。私は幻聴を聴いてしまったのか??何を思ったか、歌い始めた。心の中で、拍手喝采。私も歌いたい。うーーーん。 恐ろしいことに、また、お約束のrendez-vous,つまり、先生と論文について話す約束をとってしまった。 帰り道。 私、「後期の先生方は、何だか濃いね。」 友人、「・・・・・・。」 確かに、黙ってしまう。でも、あそこまで、こう、やれてしまう人、素晴らしい。私の日本の大学にもおかしな先生が多いが、それを考えると、リモージュのこの片田舎の学校にはそういった、おもしろ変人が少ない。生徒のバリエーションも何だか、である。もう少し、いろいろある感があっても、いいのになあ。ただ、真面目でなく、個人個人の持ち味があっていいのになあ。すこし、かなり、不満。「誰か私を楽しませてくれ!!!」 そんなわけで、授業の内容、さておき、なかなか、今日は楽しめた。そんな歌声に万歳。結構、みんな、フランス人もびっくりしてたけれど。 授業の内容、もちろん、それも、なかなか、だった。後半は私のテーマとも関係していたし。ただ、一気にいろいろな雑多なことを話すのがどうも。 今日は雨模様のリモージュ。雪が解けていく。せっかく、降ってきたのにね。傘をさすのが面倒なので、コートのフードをかぶり、「黒頭巾!私、黒頭巾!」と、ふざけておりました。そんな日本語を解するものは、ただ一人、私の友人。何事もなく、過ぎ去っていく、今日も無事に地球が一周しようとしています。
Jan 29, 2005
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頭の中で、タイトルが二つ、戦っていました。実は今、星の王子様を読んだ後だったのです。しかし、原題では星の王子様ではなく、「le petit prince」、つまり、小さな王子様、ということ。何故、小さな王子様が、星の王子様へと、変化したのか、読み始めた時から、謎でした。そうして、約二日で読みきり、最終章、やっと、納得!!いい話です。そうして、内容、秘密!!!長い話ではないので、自分で読みましょう。 はて、思い出したのですが、急に。小学生の時にある本が目にとまりました。その本のタイトルは「デカメロン」。?????大きいメロン?それは、でかい本でした。あまりのでかさに、最初はメロンについて書いてあるのか?と、思いましたが、しかし、メロンについて、そんな量を書くことが可能なのかと、首を傾げ、結局、読むことに。メロンの話ではなかった!!! はて、私の小さな世界、進行中です。大学と、寮、の引きこもり。でも、それだけではなくて、フランスに来て、周りを気にする為に、自分が余計、小さくなったようで、嫌!だったんですよ。人にあわせるのが苦手な私が背中を丸めて、自分の主張を隠して、隠して隠して、ひた隠しにして、生活しているようで。何だかなあ。日常生活、こう、脚が上手く伸ばせないような、自分の色を上手く出せないような不消化が続いていました。友達は欲しいし、ある程度、人とも上手くやっていきたい。でも、私の主張と、彼らは合わない。 長いバカンスで私はなかなか、自信を取り戻しました。それは、テーマについて、少しづつわかってきたのはあるし、文章を書くことを再開したことで、自分のスタイルを再認識したというか。 将来?仕事を探そうとは思います。でも、自分の仕事、つまり、主張を曲げないでいられる方向で何かを探そうと。 不消化は毎日、つきものです。何か、納得できないものが、目を凝らしてみると、あらゆる所に散らばっています。 おかしなことに、よく、仲間達から怒られるのは。。。「お行儀をよくしなさい。」とか、何だか、そういうようなこと。一言にモラルといってしまったり。私が反発的な人間であるのもあるのだが、何だか反抗期の子供と、多数、親のような関係がたまに、築かれていたり。正直、実は恐れていたりします。 殻をぶち破ろうとするけれど、非常に臆病なのです。小学生の時、1対多数で一人の友人を守ったことがありますが、今もそういう勇気を持っていたらなあ。まだ、あるかしら??勇気? 実際、本当に恐いです。妥協して、丸くなるか、それとも、つっこんでいくか。 私の世界、小さいです。でも、それも、社会なのだと思います。この小さな世界で戦えなければ、社会でも、戦えないのではないかしら、なんて。 リモージュの街の中、ショーウィンドウを眺めながらデレク・ジャーマン氏の著書の名前を呟きました。「危険は承知。」かっこいいな、と、思いました。私は何を承知しているのかしら?まだ、そんな状態にはなれない。危険は承知なんて。 甘えん坊です。みんなが心配してくれますが、それに、甘えてしまいます。みんなが心配して、いろんなことを私に言います。甘えてしまって、何だか情けないのです。私がしたいのはそういう生き方ではないのだけれど。いくら心配されても、でも、デレク氏のように主張を曲げずに「危険は承知」と、言える心境になれたらなあ。ガンジーに憧れています。 もしかしたら、小学校時代の影響もあるのかも知れません。いじめられてても、助けてくれる人はあまり、いなかったし、半分、屈して、半分、屈せず。いじめっこを恐れて、みんなが小さくなって、でも、そういうふうに、小さくなりたくなくて、かわいそうだな、と、思いながら、でも、軽蔑も混ざっていました。 さて、力の入っている私ですが、一体、どうなるのでしょう?宇宙に体を投げ出されているような感覚です。知っていることは大して多くないし、逃げ道はたくさん、あるし。どうでもよくなる瞬間もあるし、ね。 「若いね。」って、よく、言われます。もう少し、柔軟に、年を取ったら、慣れるよ、って。自分との付き合い方がわかるよ、って。 いまだ、探索中。 無限のスペースを残して・・・・・・・・・・
Jan 28, 2005
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恐いもの、もしくは、苦手なもの、それは沈黙です。私は黙っていることができない人間です。だから、おしゃべりだけれど、一人で話をするのは苦手です。一番、いいのは対面で話すことかな? とはいえ、たまに、人見知りもします。こんな年になって人見知り??と、言う感じですが、それでも、します。まるで、時限爆弾が迫っているかのように話しまくったかと思えば、何も話をしたくない、と、いう理由で、一言、一言、口を開くのが面倒な時もある。勝手な奴です。 冒頭で言いました。私は沈黙が苦手です。沈黙が恐いです。相手が側にいるときは、沈黙も共有できるのですが、なかなか、難しいですね。相手のことを信用していないと。本当にこの人は私を心配しているのだとか、好きでいてくれるんだな、と。過去の恋愛は疑いのようなもので壊れました。嫉妬もあります。私が私自身を全く好きになれない、そんな付き合いでした。なかなか、難しいのですね。つきあいとは。無意識に相手の過去も受けとめられたら、私はもしかしたら、その人のタイプではないかもしれないけれど、何とか信じられたら、少しはいい終わり方ができたのかもしれません。 小さな時は愛、という、意味がわかりませんでした。今でも、それは半分、存在しないように感じます。それは幻想だと。ともしびのようなものだと。確かに温かいのだけれど、けれど、どこか、はかないような。 私は信じきれない人間です。疑い深いとも言えます。幸せだ、なんて感じてしまうと、次の瞬間には異様に不安なのです。「この幸せはいつまで、続くの?」もう、微笑むことなど、できなくなります。今、私のいる位置、見える景色、夢の中でも、闘っていることがあります。私の中の現実。全てが疑ってしまうとはかなくなってしまう。対象のない何かに私は叫んでいるようです。「このままでいさせてくれ。」もしくは、「私の夢を奪わないでくれ」などと。 きっと、手を前に伸ばしているだけなのでしょう。感触が指の先から伝わってくるのです。見るということができずに、手探りで。 確かに未来は見えないのですが、おそらく、私は予想も立てずにただ、歩いている、もしくは、風に流されているだけなのかもしれません。いつも、私が何をしたいのか、相手のことをどのように思っているのか、よくわからないので、私はよく、流されやすく、他人の思うままになってしまいます。 確かに曲げられない部分はもっているつもりですが、それ以外は非常に流されやすいです。 今日、私は遅く起きてしまいました。起きたときには今日一日のぜんまいが大分、回っていました。何だか、少し、損をした気分になりました。今日も雪が降りしきり、雪の中を本を買いに出かけました。空気が冷たさに固められて、それは、氷を含んだ息でした。歩いている人々のほっぺが真っ赤でした。風が私の頬にあたり、コートの下にも潜り込もうとするので、早足に懸命に歩いていました。急いでも、一日は何となく過ぎていきました。そうして、今は日記を書いています。
Jan 27, 2005
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アストル・ピアソラのコンサート、楽しみにしていました。当日券を買うと、とても、安く見れるのです。仲間達と雪の降りしきる中、行ってきました。みんなは寒い、寒いって。それに、何だか疲れていて、帰ってくる時は、今度は、寒い、眠いって。確かに今週から大学が始まって、確かに先が思いやられるのですが、しかし、まあ、そんなに疲れちゃって。。。みたいな。 やはり、タンゴはいいです。何だか、私の偏見かもしれませんが、ラテン系の音楽はそういうラテンの血が流れていないと、演奏できないという気がしてしまうのです。私??まあ、日本人ですが、しかし、私のエスプリの中にはそういう熱い血が流れていると思いますよ。 学校に出かけ、心が暗くなりました。教室に向う階段の途中、私の心も、屈折していて。 勉強そのものは楽しいのですが、と、溜息。けれど、溜息の場所が寒空にはなくて、考えても、溶けていくようなそんな感じなのです。どこかで、空の青さが私を救っているのでしょうか? 仲間達も少しづつ、論文の準備をし始めました。私は半分、しぶっています。それよりも、やりたいことがある気もするし。 バスの中、友人に言いました。「何だか論文というより、私、この頃、将来を考えてるみたい。」彼女はうなずき。確かになあ、不安なものはたくさんある。でも、そう思ったのもつかの間、やっぱり、その思いもふりしきる雪と共に解けていきました。 結構、コンサートには急ぎ足で向いましたよ。タンゴは情熱的で、でも、ピアソラのタンゴは孤独までも表現していて。それは、観客を魅了し、リズムを刻み、そのリズムが私の血管、血が流れていくのを、思い起こさせてしまう。メロディーのせつなさもよかった。バイオリンの音も。叩くリズムも、脚でならす音も。 アンコールが三回か四回、すごかった。興奮して、手を叩く。正直、痛い。 とはいえ、いい加減、もう、眠いです。深夜、三時二十分。リモージュにて。
Jan 26, 2005
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ほんの少しといいながら、びっくりマークをつける矛盾した私です。私、実は周りのフランス人になかなか、恐がられてるのです。言うことが、直接的で、そして、タブーの問題を扱うのが好きだから。私もほんの少し、彼らと話すのが億劫になっていたし。なので、今日、大学に行くのが鬱だった。私にとって、文学の存在とはタブーあってこそ、という感じなのですが。やはり、文学と一言に申しましても、それは、あらゆる方向につながっていまして、私の周りには変な人が多いのだけれど、一概にそうも言えないのです。特にフランスに来てからは真面目な人が多く、それほど、型破りな人もおかしな人もいなく、何だか寂しい感じがしていました。「類は友を呼ぶ。」とは言いますが、しかし、その前に、「類がいないんじゃん。」何だか、私が塵のようになって、宇宙にさまよっているような感覚。けれど、どこか、私は異質で、漂っているその大気にさえ、違和感を感じてしまうような。 さて、私がそんな環境のなかで、ほんの少しの自信を取り戻したのは半分はJFのおかげであり、そうして、日本にいる、これまた素敵なお兄様からのメール。何だか、内面でこう、臆する必要がないような感じがしてしまったのです。誰かと話すために、毎日、勉強をしています。ここは、リモージュ、とんでもない田舎なので、何か新鮮なものを口に入れようと。必死に食べ物を探しています。映画館もアメリカ映画が多く、何だか、何だか。 人間、少し、ボルトをとばさなきゃ!!!一本、二本、釘が抜けているほうがおもしろい!!! JFはある意味、変な人です。ベルジュラックの素敵なお兄様は彼の友人ですが、お兄様も変な人です。いつも、何かを考えています。意味もなく、表情が豊かであったり、いたずらぽかったり、茶目っ気があったり。 でも、私もなかなか、お茶目ですよ。なので、素敵な私を受け入れてもらえるように??? でも、正直、受け入れてもらわなくてもいいかも。ぶつかっていければ。思っていることをそのまま、ぶつけて、ガチャーン!!どこかで、破裂しながらも、その破片の輝きを持ち続けていられたら、それが、この頃の願いです。 朝は相変わらず、鬱が治りませんが、それでも、夜は元気に過ごしています。 今日は雪でした。横で友人が寒い、寒い。私は余裕の笑み。だって、道産子だもん。
Jan 25, 2005
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何語?という感じですが。こんばんわ。いつも、朝に日記をかく私ですが、時間を変更して、夜に書いてみました。ちなみに、冒頭の言葉はラテン語で、意味は、「ワインの中に真実がある。」という言葉。一見、とても、教養があるようで、しかし、酔ってしまえば真実が出てしまう、という、まあ、それほど、教養高くもない言葉。しかし、私はこの言葉が好きなのです。 さて、明日から学校です。私は前回の日記にも書いたのですが、本当に嫌がっています。はあ。溜息が体中に蔓延して、何か別のものを創造しそうなそんな予感がしています。 今日も実は、水泳に出かけました。水の中で、いろいろ、考えるのですが、最近、文章がふるわないなーーー、と、水の中で、悩んでおりました。泳いで、泳いで、手を水の中でかいて開いて、呼吸をする為に、一気に体を起こすわけですが、何だか、自分のやっていることに集中し切れなくて。こう、疲れがやってくるのを待っていて、でも、なかなか、疲れないような。昨日、久し振りに水泳に出かけて、私は勘をもどしてしまったらしいのです。それで、幾ら、泳いでも、何だか物足りないのです。その物足りなさはずっと、残っていました。 靴下を履くのが面倒なので、裸足に底の低いブーツで帰宅。それから、しばらく立って、執筆開始。日本語です。はい。 何だか、けれど、いつも、不思議なのです。衝動が倦怠感やら嫌悪感に無意識に置き換えられているような。そういうわけか、ものを書こうとすると、その倦怠感や嫌悪感が今度は逆に衝動に変わるようなのです。 私にはたくさん、書きたいことがあるんだな、と、毎回、文章がまとまらない度に、思います。いろんな記憶が一片に出てきて、その紙の空間に収まらなくて。 きっと、私は今日の夜も夢を見ることでしょう。人がモノを書いたり、何かを感じたりすることは、夢を見ることににているのかもしれません。夢の中では、別に現実にあり得る必要はないのだし、何かに収まる必要はない。だから、きっと、夢の中では人は割りと、自由なのだと思います。 もちろん、苦しい夢もありますが、でも、この頃は、夢を見るのが楽しいのです。何だか心地良くて、ずっと、眠っていたい。それで、起きるのが遅くなってしまって、今度は肩や背中が痛くて。 夢を見るのが楽しくて、居心地がよくて、本当に困っているのです。何だか、現実逃避をしているみたいで。 明日の学校は一体、どうなるのでしょう?私はやっぱり、フランス語を話しているのでしょうか?未だに大学には馴染めません。文学部だから、変わった人がたくさんいるんだろうなあ、と、期待していました。ましてや、日本で知ったフランスのイメージから、結構、型破りなんだろうなあって。だから、私もきっと、もっと、自分の殻を破って出ていくことができるのだろう、と、思っていました。残念ながら、それは、淡い期待でした。フランスは今、私が飲んでいるワインのように奥が深いのですが、まだまだ、えぐりとられていない部分がたくさん、あるのです。もちろん、タブーもたくさん、あります。娼婦という言葉はまず、タブーです。でも、実際に娼婦はいるし、彼女達もそれで生きているわけだし、まあ、生きることには一生懸命だろうし、何故、それをタブーにしてしまうのか、未だに謎なんです。逆にそれが、なんだか、私にしてはいただけないんです。一方では「ナンパは文化だ」とも言っているので、フランスでは。実際にナンパされるし、迫られることもあるし、それなのに、何故、娼婦やらセックスの話題が隠れてしまうのか。それに、日本よりかは色彩の濃い差別とか。何だか、この国にいて、がっくりきてしまうことも多いです。 そんな中で、私はおそらく、焦っているのだと、思います。何をどんなふうに書いていいんだろう、と。来週、私の友達がパリにやってくるので、パリの夜景を背景に、この冒頭の言葉を掲げて、じっくり、語り合おうかな、と、思っている、今日この頃です。
Jan 24, 2005
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筋肉痛です。昨日は水泳にいっていました。もしかしたら、今日も行くかもしれない。あまりにも久し振りで、即効、肩にきた、とはいえ、すぐ、直ったけれど。少し、ムキになって泳いだのもある。何だかなあ。もう少し、街が大きかったら、同じ所にみんな、集まったりしなくていいのに・・・・・・なんて、思った。 でも、水の中を浮かんだり沈んだり・・・大抵はずっと、平泳ぎをしていて、そこから、ビート板を使って、ひたすら脚を動かす。普段、動かない分、動かす。しかも、私の喧嘩相手までいたから、考えないように、考えなくて済むように、ガンガン泳ぐ。ほぼ、ノンストップ!!!!まあ、私が何かをやり始めると狂ったようになってしまう、という、本質はあるのであるが。 昨日はパリやら、アミアンやらに行ってた日本人の仲間達が帰ってきました。もう、夜中、遅かったけれど。そこで、友人Tも、私の部屋に訪れる。詩の朗読中だったので、めっちゃ、びっくり!!!!ひいいいいい、てな、感じ。 みんな、無事に帰ってきて、そうして、学校もそろそろ、始まってしまう。私、学校、嫌いなんですよ。特に合う人がいるわけでもなく、ただ、行く感じがしてしまって。そうして、学校までの距離、学校の周辺に何もないこと。何だかなあ、みたいな、そんな感じ。そうして、学校の授業が特にわかりやすいわけでもなく、そうして、論文の準備をしなくてはいけない、という、それはなああ・・・・・・。 とりあえず、今日も半分、現実逃避、そうして、適度の勉強に取り組もうかと。 それから、私の文章を書くほうも、また、そういう、コンデションを作っていかなくては、というような感じです。毎日、机に向うのですが、どうも、ごみが増えていきます!!!!!
Jan 23, 2005
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実はこのタイトルで日記を書こうと、昨日から、思っていました。こういうテーマで無理やり、昨日、一本、小説みたいなのを仕上げたというのもあるけれど。 昨日のバレエの冒頭で、身体について、考えてしまったのです。何せ、踊りこさんが上半身、裸でね。私的には「えっ??」みたいな。オペラとバレエの合体で、歌手の皆さんはきちんと、服着ているのだけれど、たまに、よくわからない演出があって。 でも、裸の肉体には嫌らしさがないのです。まあ、それだけ、何だろう、布を着ているみたいな。布をあつかって、それを、振り回している、というか。死、というテーマも入っているため、肉体が苦しいのです。踊り子さんたちの肉体が苦しそうなのです。 私はだいぶ、前から、身体が語る言葉、ある意味、身体をものとして考えるような、そういうことに、興味を持ち始めています。 言葉を語る、もしくは、叫ぶ、それを、とても、大切なことだと、勝手に思っているのです。肉体、もしくは、叫びが、自分自身を伝える最後の砦ではないか、と。強烈な痛みの中にあっても、叫ぶことで、何か、体の中の痛みの絶望のようなものを緩和できるのではないかと。だから、刑罰などによる静かな死というものを、ものすごく、嫌悪しているのです。人として死なせよう、と、私は思うのですが、時に、その人の部分さえ剥ぎ取り、言葉さえ残させず、叫びさえあげることを許さず、というような、刑罰が実際にあるのです。 人って何だろう??と、考えていました。 しばらく。 食堂で食事をとっているとき、私は女性にとても、きつい国のことを考えていました。結婚をして、でも、処女ではなかったら、殺されてしまうのです、その場で。何も感情がないのかしら??なんて、思いました。 私は今、理由のよくわからない友だちと喧嘩中です。喧嘩というかもう、終わったようなものですが、未だに、何だか吐き気がしてくるのです。彼女は私に話し掛ける時は「Pardon」としか言いません。「ちょっと」みたいな言葉。何だか、私はモノか??と、いう感じなのですが。私には何が正しいのかわかりません。同じところに住んでいる為、よく会うのですが、まあ、すさまじいのです。彼女。私と誰かが言うと、その誰かに挨拶をするのですが、その挨拶が非常に陽気で、歯の浮くようなお世辞を言ったり。この彼女に対しても、私は大人にならなくてはいけないのでしょうが、でも、まだ、なりきれない、駄目な私です。共通の友だちとはメールで会話をしています。私がその友だちと会話を実際にした時は、後ろの方で彼女がぐれていました。「Ma cherie」と、友だちのことを呼んでいました。それは、友だちのことを呼ぶ言い方ではなくて、恋人では???と、ハテナ。 身体のことを書こうとしたのに、何故、彼女のことになるのでしょう? ある意味、信じて疑わない彼女のような人間が恐いのかもしれません。私は彼女に比べると肉体的に不安定です。もしくは、不安定に慣れてしまえる人。それほど、完璧主義ではないのだし。 完璧主義がずっと、恐いと、思っていました。どうして、いつも、「なければならない。」が、頭の中にあるのでしょう、と。別にそんな必要なんて、ないのに。 普通に挨拶をして、それなりに、共通の友だちともう少し、話せたら、なあ。せめて、人としては扱って欲しい、と、思うのでした。あまりにも、愛想がいいので、私の仲間達がよく、ひいています。そうして、私もひいています。何だか、偶然、来てしまった仲間が可哀想に見えてしまうのです。突然、いろいろ、話し掛けられてびっくり、とか。彼女のそういった所が、突然、いい人になるみたいで、私は一つに消化でしかなくて、忘れなきゃ、と、思うものの、どこかで、釘をささなくては、と、思うのです。 ましてや、喧嘩の理由がカン違いだし、私の知らないことだし、そうして、一定の人間の礼儀が払われないというのは、例え、それが、彼女の国の思想であっても、何だか正しくないような。結局、私を無視して突き進んでいるような。 彼女を理解する為に彼女の国や宗教を考えました。彼女は毎日、祈ります。決まった方向、決まった時間に。でも、その喧嘩の後は、私は彼女が何を祈っているのか、何だか、意味がないような気がしているのです。 彼女の国と彼女の宗教と、彼女自身がメチャクチャに混ざってしまっています。 喧嘩した時の彼女の口調があまりにも激しかったので、先輩に話したところ、もしかしたらビンタの一発くらい、あるかも、とのことでした。 今の所、無事ですが、しかし、誤解でそこまで、いけるって。そうして、未だに誤解が進行していることに、私は一種、信じられない、と。 相手の言うことを何も聞かず、そのまま、進んで、正義だ何だ、言えてしまう、それで、本当にいいのか??? まあ、彼女が病気であるという説もありますが、彼女も社会に出る為に勉強している身です。半分以上はやはり、許せないのです。 もしかしたら、友だちから彼女のことを心配する手紙がついたからかもしれません。その手紙の返事に大分、迷いました。 大人になるって、つくづく、難しい、と、感じました。 今日は友だちの一人が帰ってきます。勉強をして、もしかしたら、水泳に行って、もしかしたら、一緒にお茶を飲みます。 今日もまた、曇りなんです。でも、昨日よりは若干、晴れていますよ。
Jan 22, 2005
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今日は劇場にバレエを観にいくの!!ランラン!!!格安で、ね!!!「年齢割引、バンザーイ!!!」「22歳にバンザー!!」なんちゃって。それでも、夜までは引きこもりです。 昨日は、また、JFとチャットをしていました。最後は完全に友だちのノリ。「私達って完璧よね?」って、そういうノリ。ええ、まあ、一時は恋愛の噂話やら、未だに彼の親友は、そう、思っているらしく、そう、思うと、おかしくておかしくて、友だちと言えども、ちょっと、不思議な関係になってしまった。苦笑。 何でも話してしまう友人みたいな。例えば、フランス人のここが、嫌いとか。なかなか、言えないの、フランス人には。だから、顔に皺をよせて、黙ってるの、よく。ひきづりながら。 とはいえ、今日のバレエ、楽しみだ。安くて、席もなかなか、いいのです。オルフェというのを観にいきます。とても、切ない話。私的にはジゼルとか、一回、観にいきたかったんだがなあ。 話は変わりますが、私のお母さんは私にバレエを習わせたかったらしい。でも、お金がなかったから、できなかったって。ピアノは格安で習いました。でも、そのほうがいいみたい、子供にとって。そんなに厳しい先生ではなかったから、続けることができたし。結構、先生が嫌いでピアノ、挫折した人、多いもの。ピアノを楽しむ、という感覚がその時はわからなかった、って。私も何で、つづけてたのかわからないけれど、なかなか、楽しかった。勝手に自分で好きな楽譜を買ってきて、挑戦していました。ピアノが一種のストレス解消になってた。 それから、私のお母さんは機会は少ないけれど、なかなか質の高いものを観に連れて行ってくれたということ。まあ、お母さんの興味の範囲ではないのだけれどね、バレエとか、クラシックとか。でも、それで、私が満足できたのだし。 今日はほんの少し、目が回っています。昨日は飲みながらチャットをしていました。少し熱くなりすぎたかも。おかげで酔いも回る。 「君とは酔っ払いながら、哲学を語りたいね。」と、言ってた。そんなこと、言われたら、その気になりますよ。いいのですか??? しかし、ごめんなさい。今日も私の思考回路、ないです。 今日は強度の曇りです。雲をよけて、歩かなくてはというような曇りです。 昨日は怠けつつ、勉強しました。それほど、進んでいませんが、まあまあ、という感じで。
Jan 21, 2005
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この頃の倦怠期はどうやら、夢に逃げるという傾向をもっているらしいです。つまり、起きてこない。夢の中にいたり、夢から覚めてぼおーと、してたり、何時間もベッドの中でぐずっている。おーい!!!!それで、いいのか、私!!!!?????? 昨日はJFとはチャットしませんでした。もう、疲れてたし、チャットをするのに、異様な脳みその量を総動員するのも。それに、昨日は「引きこもり、ばんざーい!!!」と、思ったのもつかの間、ホストファミリーから電話がきて、出かけていったのです。なので、あんまり、勉強できなかった。帰ってきたの、遅かったし。でも、日本にいた頃は時間がない中で勉強していたんだよな、と、思うとちょっと、反省。何だか行って、帰ってくるだけで、疲れてしまう私って。 さて、今日も夢を見ました。誰かよくわからない大量の人が出てきました。それから、渋谷と横浜に行きました。この懐かしい響き。私は日本を発つ後半は渋谷に山ほど行っていたし、そこで、語学をやったり、映画を見たり、何かしら、懐かしい。よく、渋谷の映画館を今でもチェックしている。「行きたいなーーーー。」なんて言いながら。それから、横浜。バイトも前にしていたし、何せ住んでたから、なかなか、知っているわけです。どたばたした背景も関係なく、「奴が現れないか??」なんて、心の中で期待していた私がいたのです。枕もとに奴からもらった、小さな置物があるせいかもしれないけれど、もしかしたら、この頃、自分が切れてたせいかもなんて。 鏡を見れば、髪が伸びて、ライオンみたい。髪がわさわさしている。月日をかんじます。でも、その一方で、もう、半年くらい過ぎちゃったんだなあって、しんみり。フランスのなかなか気にいらない所とかあるけれど、私、どこまで戦えるのかしら、とか、思うのです。 それから、ダイレクトな女性達のことを考えていました。好きと思ったら、すぐに行動するような。とりあえず、気持だけは伝えるような。本当はそういうのが、素直なのだろうな、と、思いかえしつつ、私はまだ、ベッドの中にいました。正直、肩が痛いのです。 カーテンからかすかに射す光は柔らかくて、手を伸ばしました。「あっ、つながってる。」と、そう思いました。この光の柔らかさ。それに、倦怠感。ここは、確かにフランスの朝だけれど、横浜の朝ともつながっている。 とは思いつつ、日記をつけながら、さすがに自分自身にやばさを感じている今日この頃です。捨て身でいて、それから、鬱であることが習慣化している。とはいえ、以前よりきつくない。少しづつ、私をとりまく環境も私を支えるようになってきたわけだし。 今日の計画。うーん、まだ、考え中です。怠け者になる可能性がありそうです。今日は。 そうして、曇り。肌寒い。雨、降りそうです。
Jan 20, 2005
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片手が辞書の引き疲れ。はは。電子辞書を買わなかったことが、多少、悔やまれる。うううううううう。うううううううううう。でも、使い古した辞書は今では私の恋人状態。盗まれたりなぞしたら、それこそ、大事件なのです。辞書、でも、欲しいかもなんて。効率が違うから。そんなわけで、昨日は、わからないことがたくさん。ひいいい。というようなわけでして、しかし、気合で一冊、読んでしまいました。何かを達成すれば、引きこもり生活も万歳です。 とはいえ、本格的な引きこもり生活が今日から始まります。おおよそ、四日くらい。みんな、パリに行ってしまい、いない。私のお隣さん、そのお隣さんと、日本人が揃って、いない。パリは今、バーゲンだし、学校はバカンスみたいなものだし・・・・・・だから、ほとんど、みんな、旅立ってしまった。はあああ。何だか寂しい。何人か残っているものの、みんな、忙しそう。勉強。一日の一時間くらいお茶の友だちが欲しいけれど、ね。 とはいえ、引きこもり生活。今日の予定も、もりだくさんで、考えてあります。わわわ。何気に私、忙しいのかしら? さて、また、今日も夢を見てしまいました。JF?いえ、それが、また、違ったのです。素敵なお兄様でした。素敵なお兄様とJFの話をするという設定でした。何だ、それは??という感じですが、少し、現実っぽいのですね。しかし、お兄様、お疲れ様です。私の夢に2回もご出場いただき。でも、貴方のご出演に嬉しいながらも、私の心は半分、痛む感じです。私は貴方が好きなのでしょうか?確かに貴方のピアノも微笑みもとても、恋しいですが。貴方を見ていると、どうも、守りたくなってしまうのですが。それにも関わらず、それにも、関わらず、貴方はJFを応援していらしゃって、そうしてJFは確かに私のとてもいい意味でのチャット友だちであり、微妙な雰囲気もあるものの、まずまず。 しかし、貴方を好きなのでしょうか??これが、そもそもの疑問だったのですが。確かに友だちにはなりたいのですが。JFのようにしたいようですが。しかし、JFはなかなか、話しやすい奴なんですよね。 願わくば、私の頭、混乱していて、どこかにぶつかってしまえ、です。とりあえず、今日も懸命に勉強をすすめようかと。どんな人間関係に振り回されようと、喧嘩をしようと、勉強をして、それが、まあ、そんな時にできる、一番まともなことであろうと、思うので。
Jan 19, 2005
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何とか、勉強は進めています。でもですね、出かけることが特になくて、来週くらいになったら、私、また、パリに行くのですが、それまで、持ちこたえられるかしら。昨日はとうとう、電車の切符を買いました。ホテルは今、予約中です。どうなるのか??どうなるんだろう。でも、ずっと、パリに行く日を待っておりました。友達がくるんです。自分の中で、大事な友達が。話すことがたまっています。友だちは絵を描きます。ちなみに。 行きたい所、しかし、大体は本屋さんなのですね。その辺がどうかしているのですが。そうして、また、本が増えました。ちょっと、感動したいのかもしれない。 そうして、昨夜のJFとのチャット、きわどかった。説明不可能ですが。正直なところの話、うーん、でも、何だか恥ずかしいのよ、この話題は。そうしながら、フランス語における、文章表現に頭を砕き・・・・・・。 こういう話になるのは私のせいなのでしょうか??性的なことを論理的にもしくは、文学的地点から、見てみる?????? 昔、シュールレアリズムという流れの有名な人々が愛について語りましたが、何だか、卑猥な印象を受けてしまいました。そもそも愛という問題に、何か、こう疑問点やら、好奇心やらをはさんでしまうと、それは、非常に実験的になってしまうのかもしれません。私の好きな女性作家の一人は精神分析をセックスの問題に絡めて話を作りますが。そうして、こういう問題の語られるとき、素直なようで素直ではないのです。タブー大好き人間?ですが、意外と間違った方向に硬かったりして。しかし、昨日、私はいろいろと、まとめをしていたのに、それが、全部、ふっとんでしまった。 JFとは一体、何者なのでしょうか?議論仲間なのでしょうか??確かに私は議論が好きで、しかし、議論する人なんてそんなにいないし。 少しづつ、少しづつ、勉強も原稿も議論も進めていこうかと。今日は頭の働きが悪いので、豆乳を飲んで、一日を始めたいと、思っています。
Jan 18, 2005
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何を隠そう。私のことです。超極端人間です。真ん中というのが苦手なのです。性格的にこの頃は調整が難しくなっています。でも、土日、JFと話す分には全く、そんなことがなかったのですが。性格、曲げる必要がなかった、つまり、楽だった。自分のネガティブな部分を受け入れてもらえて、それから、笑えるようになる。まあ、きっと、私をふざけさせたり、笑わせるのは、この受け入れ態勢なのね。 よく、私と言う人間がわかってくると、痛いということもあります。自虐的な話し方もするし、どこからか、私は私のことがあまり好きではないのだなーー、と、思われる感じがにおってきたり。JFも思わず「君はマゾだ。」と、言っていました。突然、食べるということが嫌いになったり、話をすることが億劫になったり、後は笑うことが大嫌いになったり、と、なかなか、なかなか。でも、今日はあまり、具合がよくないんだ、と言って、わかってくれる人だととても、助かります。基本的に人の温度が温かいのです。でも、心の中がモヤモヤで、話をするのが嫌なので、逃げることもあります。 毎日、何かを調べるのですが、私が私を壊したいと思う理由を考えながら、昨日も調べごとをしていました。JFがいろいろ、否定せずに聞いてくれるので、正直、嬉しかった、というのもあります。私が思うことや、過去に対して屈折していること、私の体験の中にはフランスや他のところでも、タブーとなることも多く、なかなか、話せなかったり。それは、言葉を優しく扱えないせいでもあるのですが。 主に、少し痛いことについて調べています。それはいじめであったり、精神分析であったり、自傷壁の人についてだったり、殺人者の心理だったり、同性愛の方への差別だったり、後は自分の好きな映画監督、作品、文学、これがなかなか、曲者なのですが。そういうことを調べ、その中に何とかして入っていると、外の世界のオレンジや赤やらが、何だか嘘っぽく見えて嫌なんです。どこかで、涙やら叫びやらを知って、刻みこまれると、笑いとかって、何だろうう。それらが、慣れない動作になって、ぎこちなくて、受け入れがたくて。話を聞いてくれる人とは、いつも、受け入れてから、明るい話をします。する、というより、自然に明るくなります。 昨日、ギャスパー・ノエについて、調べていました。彼の映画は過激ですが、何だか、何か、ありそうだと、調べていました。映画の紹介だけで恐いのです。タブーが満載です。そうして、調べている内に、彼の言葉が私の目にとまりました。 「真実」は決して美しいもののなかにばかり存在するのではなく、むしろ、目をおおいたくなるような汚いもの、卑小なもののなかに存在する。 私は目をつぶりたくないようです。その真実に立ち向かっていきたいし、でも、真実に対して、たまに、弱すぎるし、心が痛みすぎるようです。嫌悪感や、周りの世界への潔癖症のようなもの。世界が、その真実を忘れて、回っている、そんな感じがして。 まだ、私のことはよく、わかりません。少しづつ、おそらく、ヒントがそこらへんに散らばっているのでしょうが。 昨日も、小説を書こうとしたら、一気にいろんな感情が、そうして混乱しました。何か気持が悪くて、衝動のようなものがこみ上げてきました。ほんの少し、泣きたいと、思いました。 何で、文学、やっているのだろう、と、たまーに、思います。直接的には役に立ちそうにない。でも、文学がなくて、芸術がないなんて、絶望的だと思うのです。役に立ちそうに見えなくて、けれど、そこには人間の息があるし、もちろん真実もあるし、それに、別の方向から、物事を見るということを教えてくれるし。 素直になれたら、とても、幸せだな、と、思います。嘘をつくのが嫌いなので、吐くように私について話すのですが、少しエゴがすぎます。話したくても、全く、興味や関心がなくなってしまうこともあります。天気がよくて、市場の野菜の赤や緑のほんの小さなことまでが、とても、新鮮に思える日もあるのに、全く、赤も緑もなくて、人が人に見えなくて、感じられなくて、何かが動いていて、でも、何か同じに見えてきて、恐い、ような、気持悪いようなそんなときもあります。感覚が閉じていて、誰かを怒らせても涙を流させても、すっと通過してしまう。私の中で意味を失ってしまう。棒のようで、優しさがとまってしまい、凍ってしまい、手を伸ばして誰かを抱きしめてあげたくなっても、そこまで、凍って、私は悲しいのだけれど、その人とは別の世界にいるように感じられて、もう、手が届かないような。 おそらく、そういったとき、おそらく、私が頑なになっているのでしょうが。はい、なかなか、頑なです。そうして、直そうともせず、時間がすぎました。 ただ、今日、また、やってきて、その今日を、何とか勉強をがんばろうかと・・・・・・。曇りです。今日は曇りです。雨、降りそうです。今日は木がほんの少しだけ、寂しそうです。
Jan 17, 2005
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確かに、JFに会いました。ひいいいい。しかし、本に殺されてしまう、と、思う。というか、思った。本に殺される。はい、しかし、喜びの悲鳴です。しかし、本をセレクトして、渡してくれる人はすごい。というか、そういうことが、成り立つのが。つまり、私のコレクションにまた、一冊、本が増えたのです。一冊ですが、なかなか、きついのですよ。今、私の本棚には恐ろし勢いで本が増えています。4,5冊、増えている週もあります。しかも、増えたところで、英語かフランス語の原書なので、読むスピードは、超遅い。その牛歩の歩みをあざけるかのように、またしても、一冊、ボードレール。ボードレールは好きだ、しかし、しかし、フランス語だ。どこを見てもフランス語。どこを見てもフランス語。 はい、JFが私に惚れてるのは真実らしい。べらぼうに。けれど、愛ではなくて、そこが、何と言うか、難しい。私にしてみれば、納得できれば、簡単なのだけれど、私のきつい男友達のように、私に才能があると、思ってくださっている。さりげなく、パトロンのような様相を帯びてきた。そうして、JFはラブレターのような、しかし、鞭を振るい始めた、今にしてみれば。私、フランス語のレッスンみたいなの、あまり、好きじゃない。何かを書かないと。作家は怠け者じゃ駄目だよ、etc.etc。私の中にそのエトセトラがたまって行く。本に殺され、エトセトラに殺される。ひいいいいい。いいんだが、でも、私、私、私、・・・・・・ 一日中、いろいろ、話しました。いろいろね。私が一方的に話していたとも言える。何と言うか、何か私の中の独特を見つける人がいて、私はまた、ナルシスに迫力がかかってしまいそうだ。 よく、ナルシな発言を日常的にするのですが、そんな時は友人が「誰か、この子、おかしいわ。」なんて。ナルシに関しては、フランス人とはりあっています。いろいろな点において負けますが、フランス人には、しかし、ナルシストである点に関してだけは負けない、自信!!!!がある。すいません。見苦しいお姿を。はい、頭のバネが一本、飛んでいる、もしかしたら、ないかもしれない、それが、私なんです。 さて、昨日、ワインを飲まない宣言をした私ですが、ビールを飲みました。おいしいビール、飲みました。「いいなーーー。」と友人。今度、その友人とはアイリッシュパブに行きます。手ごろに近い所に一軒、あるので。そうして、バレエ、オペラ、ピアソラ!!!日本より安い!!!!感性を磨く為に、バイトをし、映画を見、劇場にたまに、脚を運んだ東京での日々。ひいいいいいいい。楽しかった。お金を稼ぐって、有効に使う為よね、って思ってた。もちろん、それで、家賃も払ったけれど、私、あまり、食べたり、普通に生きることに興味がなくて、痩せてて、掃除もまともにできなくて、でも、映画館によく逃げて、服を少し買って、かっこよくないけれど、全て、私のすることの全てが私らしくて、笑えた。しかし、何で、日本を発つ前、私の服装は露出系になっていったのだろう??露出するところがないのに???!!!!!私のお母様が不満そうだった。でも、太陽と自分の脚が好きでした。ごめんなさい。視覚的にも、みなさんに、ご迷惑をおかけいたしまして。そうして、自分の背中が好きでした。更に、ごめんなさい。私、バネ、飛ばしすぎでした。でも、楽しいのなら、思いっきり、できるのならば、頭のバネなんかいりません。いかれていて、最高です。というか、半分、いかれたいです。私の友だちはライブに行って絶叫したいらしいです。絶叫ですか??頭を振りたいそうです。髪、長いです。恐いです。恐いです。そうして、私、彼女の長い髪に後で、殺されてしまいます。何とか、今日から逃げ切れれば。ごめんなさい。ごめんよーーーーー。 今日も洗礼??を、受けてきます。引き続き。フランス語が、フランス語が。。。。。そうして、思考回路が爆発してしまう??!!! 今日のリモージュ、若干、曇りです。雲の間に、朝焼けが綺麗です。空だけ砂漠です。らくだが歩いていることを期待します。雲の形がらくだになったら、たぶん、四葉のクローバーをみつけたような、そんな幸福感のありそうな、今日の天気です。
Jan 16, 2005
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目が回るのは昨日、ワインを飲んだせいです。後半、床に寝っ転がり状態。ワインしか、飲んでないのですけれどねえ。 リモージュ留学生の中で、好みは千差万別です。私はワインが好きだし、ビールもフランスに来てからは好き。でも、あまり、飲めない人たちにはシードルとか、あと、ペシェが人気を博しているのです。逆に私はシードルはそうでもないのですが。何だか甘いし、ジュースみたいだし。 街を歩いていて、もしくは、バスの中から、よく、赤いコートを着ていたり、ミニスカートだったり、派手な帽子をかぶってたり、そんなおばあさんがよくいます。そういう、おばあさん、少しお年を召された女性が色や形に果敢に挑戦している姿を見ると、「私、フランスにいる。」と、思われてきます。日本にいる頃は、私も無難な色を着ていて、それこそ、黒とか。でも、原色がほんの少し、この土地で増え、まあ、いろいろと、挑戦したいとは思うものの。少しはここにいる人々を見習わなくては。 昨日、バスに乗っていて、その辺が、印象的でした。聞き取れないフランス語が砕けていきました。ほんの少し、将来を考えると、不安でした。 さて、今日は快晴です。青い綺麗な空。 JFがいよいよ、今日、やってくるとの連絡を受け取りました。おそらく、男友達ポジションでしょう。何だか、恋人にするには、はっきりしないし、それに、口説き文句のような言葉は頂いたが、好き、とは、言われてないわけだし。どうにでもなれで、友だちで、その友だちと言う点に、私は納得してしまった。おそらく、カテドラルの前で、会うのでしょう。それから、彼の友だち。私たち、一体、何を話せばいいのでしょうか?まあ、いつも、チャットをしているので、内容はありそうですが。 何だか、今日の空に私、透けていきそうです。というか、思考がまわりません。昨日、無事にレポートを提出しましたが、本当にそれで、いいのか????みたいな・・・・・・。はああーーーーーーーーーーー。 とりあえず、ほんの少し、頑張ります。それから、昨日、ワインを飲んだので、おそらく、土日は飲まないぞーーー、と、宣言。
Jan 15, 2005
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今日、夢から覚めて、友だちとチャットした。「ベルジュラックの夢を見たのよ。」と。友人、「JFの夢?」うーん、私は答えた。「彼は私の夢には黒すぎる。」つまり、彼は全く、出てこなかったということ。そう、全く。友人曰くJFはナル王子らしい。でも、直接的に気持を尋問されることは嫌いらしく。今では、友人だ。というより、今のままで行くと、友人にしかなれない。私は面倒見がいいかもしれないが、疲れるのは嫌だ。例え、相手の方が忙しくても、待つのは嫌だし、あいまいは嫌!!!あいまいなんて、私、どこにおけばいいのよーーーー?!!!!相変わらず、ヒステリックな女である。そんな彼は今週、疲れていなければ、リモージュに来るらしい。あくまで仮定形、断定はできない。時間、スケジュール等も、私は実はうるさいらしい。余裕を持った、スケジュール。約束した場所には極力、遅刻しないようにする、当たり前のようなことですが。 さて、今日、見た夢。それが、とても、かわいらしいの。それからほっとするような、そんな夢でした。その夢を見た後、何だか泣けてきました。 その夢は私の性格の一端を表していますが、手が届かないようで、余計、夢のようで、泣けてきたのです。 小さな子が会ったときよりも成長していて、その子がしかも、口を聞くようになっていて、「結婚してください。」なんて、言うの。笑えた。かわいいな、でも、君はとても、小さいよって。小さい子にとって、結婚って何かしら。それが、甘い金米糖のように感じられ、素敵なお兄さんと一緒に大笑いしました。素敵なお兄さんはやっぱり素敵で、夢の中でも、みんなをほっとさせるような人でした。彼が弾いてた曲、シューベルトなのか、シューマンなのか、名前がわからなくて、その辺を聞きたいですね。誰か他人のピアノは本当に聴きたい。誰か、私が寝ているときに弾いてくれ、みたいな。素敵な夢をプレゼントしてくれーーーーみたいな。 実は、あまり、調子のいいことというのは、少なくて、ベルジュラックでも、そうでした。パーティがあって、その後、自分がわからなくなったのもあります。JFに会ってしまい、何だか、よくわからず、惚れられてしまい、彼の口づけを受け入れてしまい、何だかよく、わからなくて。いつも、私は誰かを愛したことが、ほとんど、ないのですが。自分で愛そうと思えないのです。おそらく、愛って自然発生なのだと思うのですが、愛そうと意識をすることもあります。恋はしますが、ほんの少し、手に届かないものを願うような所があって。どこかで、例え誰と一緒になろうが、心だけとっておければ、なんて。なんて、思っています。なげやりです。 そんな時、こういう夢は新鮮でした。ついつい、考えてしまうのです。その中にいれば、ただ、暖かいだけで、終わってしまうのですが。でも、暖かくて、私はよく聞こえないけれど、兄さんの冗談に笑っていました。 「それで、兄さんはかっこよかった?」と、友人が聞きます。「かっこよかったけれど、少し、老けていた。」と、私。友人、ガーン。そりゃな。あんな生き生きした人がなあ。 でも、かっこよかったんですよ。やはり、人間性ですよ。彼の白髪が私の夢で増えていましたが、男の子は成長していたし、それで、いいんだなあ、みたいな。私は25,6という雰囲気で、でも、子供みたいな部分がまだ、残っていて、でも、ほんの少し、落ち着いていました。つまり、私もほんの少し、老けていたのです。登場人物みんな、少しづつ、老けていた。でも、それで、自然で。本当にいい夢でした。 とりあえず、今日、レポートを出しに行ってきます。その後、飲み会。軽くね。ワインがおいしそうです。そう思って、昨日、我慢しました。何となく、私、エライかも。
Jan 14, 2005
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午前中、ずっと、ベッドの中にいました。ぐずっていたのです。何だかつかれてしまって。 昨日はホストファミリーのところに行ってきました。正直、言うと、あまり、体調などは良いほうとは言えず、しかしまあ、友だちと待ち合わせ。遅れるっ!!!と、思って、ちょっと、焦っていったのに、またしても、友だち、遅刻。ああああ。今回も。 仕事について考えていたのです。私は今、レポートと並行しながら、原稿を書き始めました。たくさん書いて、売り込みに行こうか、なんて、考えているのです。芸術家や作家に変わった人が多いのは知っていますが、現実を想像するにつれ、それにしても、どこかでしっかりしなきゃ、と、思っていたその瞬間でした。 友だちも言ってみれば、芸術家肌の方です。でも、事あるごとにルーズなんですよね。もう、精神的に余裕がないので、私も笑って許すという高度なことができず、でも、そんな時に、また、間が悪くおおげさに謝るのです。「ごめんよ、rice!!!」などと、言いながら、私の首にぶらさがってくるような。そのまま、笑って許してもらえれば、というような感じなのでしょうか。そうして、「昨日は頭が痛かったんだ。」って。ううううううう、じゃあ、いつも、頭が痛いのかしら?私が全く、笑わなかったので、その友人もさずがにおかしい、と、思ったらしいのですが。 私が笑わなかったのは、その後、ホストファミリーのところに行っても変わりませんでした。微笑む程度ですが、それが、笑えているのかどうかは。明らかに口は笑っても、目は笑っていないし。その場にいること自体がやけで、それで、また、よく話す友達がいるものだから、少し、話の方は任せようと、思いました。何か、こう、疲れていて。一応、少しは話そうと、思いながら、どこかでは、わかってくれるだろう、という期待が。 ピアノを弾いた後にホストファミリーのおばさんから、「今日はあまり、話をしなかったわね。」と。別にいつも話をしたいわけではないのですが、でも、話さなくては駄目、楽しくしなくては、という向こう側の姿勢により、何だか、気力さえあれば、もう、やけになってしゃべるのです。もう、何も考えてなくて、とりあえず、空間を埋めるみたいな。笑えば筋肉がひきつってしまうし、それが、うまくはまらないマスクのようで、だらしなく私の顔のない顔にぶらさがっている。表情さえ、上手く、作れない。別に私は明るい人ではないのだし・・・・・・・、と、思いながら、でも、作り出して、懸命に演技をして、それでも、相手からして足りない時は涙がでてきそうなのです。何故、楽しい演技とか、笑ったりとか。するのでしょう。そんなことを言えば、「別に演じる必要なんてないのだよ。自然に笑えば。」なんて。自然にわらえれば、それは、確かに楽だと思います。 後、私はこの頃、肉を食べません。口に合わないわけではなく、感覚的に駄目なんです。肉というものがどうも不自然に見えて、だめなんです。詳しい理由は書きませんが、神経が尖っているときには、不自然に思えるものが全て、駄目です。 「生きなきゃ。」と、誰かが言います。私は目をつぶります。そんな時、ピアノを弾きます。相手に対して、わざと言わないこともあるし、笑えない理由も、あまり話しがしたくない理由も、本当のことを言うよりは、いつも、適当な理由を探し出しています。 ピアノには正直になれます。何故??ガ、正直にぶつけられるのです。暗黙として、言ってはいけないこと、してはいけない表情があります。何だか疲れてしまって、私はピアノを弾きます。 なかなか、私は意識していないのですが、ベルジュラックでも、何回か友だちに膝をつんつん、と、叩かれました、軽く。「今の表情は不満げに見えちゃうよ。」と、彼女は親切にも合図してくれるのです。途端に、私は表情を作り出します、口元にしわがよります。楽しいですよ、と、見せる為に。実際、楽しかったのですが、楽しくても、悲しげだったり、寂しげになるみたいです。あと、視線は固定できません。いつも、自分がどこを向いているのか、あまり、把握できないみたいなのです。 昔、目つきが悪いと言われいじめられました。睨んでいる、って言われるんです。全く、その気はないのですが。親に言わせると、よくテレビを斜めに見ていたらしい。上手く、直らなかったのですが。或る日、いじめっ子に言われました。「睨まなくなったら、いじめをやめる。」と。私は一生懸命、下を見ました。下ばかり見ました。視線をあげず、だって、どの瞬間のどの表情が睨んでいるのかわからないので。ただ、下を見ていたのです。 とはいえ、留学仲間は私の仕草や視線がなかなか、なおしがたいものであることはわかってくれています。それから、極度に具合が悪かったり。病気ではないものの、躁鬱であることは知っています。それは、とても、楽です。ただ、見守っていただければ、とても、楽なのですが。何だか、何かをすることに曲がってしまいそうです。笑わなければいけないのも、話をしなければいけない、のも、苦痛ですね。でも、今日はとりあえず、外に出なくていいので、レポートの後、少しの準備をしながら、本を読むつもりです。
Jan 13, 2005
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昨日は思考をストップしました。どのくらいかは、怪しいのですが。とても、内容の濃い本を読んでいました。なかなか、気持悪いのです。青空の日に、ジョルジュ・バタイユの「青空」を読みました。原書で読んでいたのですが、なかなか、感動的な作品でした。わかりやすい作品ではありませんが、私の感性にはなかなか、訴えます。 それから、一時中断、買い物に出かけました。近くのモノプリというスーパーで。そこで、見てしまったのです。男の人を。スラリとしたなりの、ひげの跡がうっすら残る一見、女の人を。全体的にはとても、綺麗な人でした。スタイルもよかったし。でも、目が合うと、何だか恥ずかしくて。また、見かけることを期待し、スーパーを後にしました。それにしても、どこか美しさのある人でよかった。でも、この田舎は彼女にとって、生活が難しそうです。何せ、保守的なので。 その後、まあ、その前なのですが、小説を書き、書きながら本を読み、読みながら書く、という感じで。結構、私はラジオを聴き、のっていました。 全体としては、人に迷惑をかけながら、というのも、あるのですが。昼はお隣さんにて、コーヒーをご馳走になり(彼女の淹れるこーヒー、上手いのです。私の為に一週間に一度ぐらい、臨時のコーヒー屋、やってほしい。)、夜は、私の先輩の部屋で二人でワインを飲みました。私の買ってきたワインはなかなか、口にあったらしく、先輩はよく、言いました。「このワイン、木の香りがするね。」 今日は少し、レポートを書き始めようと、思います。あああああ、フランス語、面倒くさいよ。嫌だよ。訳すの嫌いだよ。直感が曲がってしまう。。 もう、文句タラタラです。 先輩は担当教授とのランデブーが終わり、ワインがとても、おいしそうでした。人生というのは、おいしいワインがあるから頑張れるのか、それとも、ワインはおまけでしかないのか、わからないものです。実は飲んで忘れて、また、新しく再生される為にあるのでは、と、思ったり。一杯のワインがおいしくて、何だかそれで、いいような気が。。。。。。どうも、してくるのです。 それなら、ワインのことを考えながら、レポートを書こうかしら?ううううううん。レポートを読んだ人が酔いそうだ。 しかし、ワイン好きな私ですが、コルクを抜くのが超、下手なのです。こないだは、コルクがワインの中に沈んでしまいました。そう思って、先輩にワインのあけ方を教えてもらいに行ったのですが、何だか今度は飲みたくなってしまって、結局、飲んでしまいました。 それにしても、今日はまあまあな気分です。少し、ご心配かけました。恥ずかしがりやですが、どうも・・・・・。そういう時は、ありがとうって言葉よってわかっているのですが、難しい言葉ですね。簡単なようでいて、難しいな。使いふるされ、多少、無駄に使われる言葉だから、私の気持がきちんとこの言葉の中に、入ったかが心配で。でも、気持、入れときますね。このありがとう、という言葉の中に。
Jan 12, 2005
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実は麻痺状態、という感じでしょうか。昨日、とうとう、私が少し壊れてしまったのです。そのせいか、実家に帰るという切ない夢を見ました。実家って不思議なところです。何だか私がフランスで壊れてしまって、それで、日本に母親から、帰って来いって。それで、帰るのだけれど、帰ったら帰ったら、落ち着いて、そうしたら、自分の将来が不安になってきて、また、やり直す為に、フランスに帰るというもの。何だか切ない。その夢を見ていたら、私はファザコンというよりも、マザコンみたいな。マザコンというか、何だか母親の愛情には裏切られない感じがしてしまう。少し、重たいのだけれど。結構、問題ありの親子なのですが、一応、留学仲間にはいい親子だと思われています。 さて、昨日、壊れました。精神的な局面で。フランス人の男性との間柄はあいまいでして。私ははっきりしたいのだけれど、はっきりさせようとすると、するりとぬけていく感じ。結局、彼は私の感性やらに興味があるらしく。それに、何だか、話していることが一転、二転するし。私のフランス語力が足りないせいと思いたいけれど、どうやら、そのせいばかりではなく、どうやら、彼も言ったことを忘れるらしい。どうやら。そいつは頭の重い課題だ。けれど、昨日はやつに頼りまくった。というか、半分は奴のせいというのもある。言葉で口説きながら、直接、それは私を愛しているということですか?と、聞くと、それは、違う、という。混乱。決して、愛ではないそうだ。たとえ、口づけしても、何だか、それは、成り行きに近かったらしい。成り行きね。あのおおおおおおおおおおお。成り行きは困るのですがああああああ、と、言う感じです。おまけにレポートで私はすりへり、とはいえ、進んでいないのだが、精神状態だけ、たわしでごしごしと、しょうがないので、しょうがないので、吠えさせていただきました。そんな訳で、爆弾発言発動中。大粒の涙、発動中。なーんて、書いたら、笑えてくるのですが。まあ、結局、壊れちゃったら、がむしゃらに生きるしかない。酔ってバランスが取れなくて、開き直る!に、似ている。恥ずかしさはどうでもよくなる、というか。酔っていると、ささる視線なんか、気にしないでいられるし。でも、私が気にするように思えないのですが。日本にいたとき、山手線、お世話になりました。泣き虫でよく、泣いていました。まあ、涙はつつしめ、というものの、止まらず。激しやすくて、よく、泣いていました。ある、おつきあいが終わったとき、その症状はよくなって、泣くことも少なくなったのですが、結構、不条理なことも、ありました。勤めていた某結婚式場のぼんぼんにおかしな理由で首を切られたりとか。「彼女の持つ雰囲気が店にあわない。」ですって。単純に個性派の私が嫌いだと、言ってくれればいいのに。弁解の余地も与えられず、腹立たしくて、山手線、乗って、渋谷、行って、それから、怒りまくり。わわわわわわわわわわわわわわわわわわわ。いつか、中年になって、はげてしまったボンボンの寂しい頭を眺め、私は上から叫んでいそうです。わわわわわわわわわわわわわわわわわわ。 結構、私、うるさいやつなんです。相当。怒らせると、恐いです。泣かせるとうるさいです。いじめても、いまは、アクションが大きいので要注意です。おそらく、もう、いじめられないことでしょう。反応が大きいので。今はストレスがたまると、すぐ、壊れます。 といいながら、今日のリモージュは晴れです。美しいです。どうなるのかしら?そんな私の不安を乗せながら、今日が発動する所です。
Jan 11, 2005
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だんだん、私の読書日記となりそうな気配のこの日記。それを避ける為に昨日、行ったことを話しましょう。 昨日はまず、のみの市がありました。ちょっと、ラッキー。とても、お腹が空いていたのです。もちろん、買いに行きました。フリットを。フリット、なかなか、食べたいと欲望が湧いてくるとなかなか、離れてくれないのです。そんなわけで。 しかし、驚いたのは、またしても、フリットを作ってくれたおじさんが多少の日本語を知っていたこと。えっ、えっ、何で知っているの?あせりながら、笑顔で対応。結構、日本語を片言、知っている人は多い。それで、なかなか、パリにいてもびっくりすることが多い。ブックオフやラーメン屋さんのフランス人はなかなか、日本語がわかるらしい。初めはわからないだろうと、油断するのだが。 昨日はだらだら、過ごしておりました。少し、本を読んだのもある。多少、依存症な自分を感じた。パソコンはつけっぱなし状態。何がしたいのかしら?と、呟きながら、思い出したことなどを書き付けておりました。特に、元彼について、ながーい文章を。少し痛い話だった。というよりも、私の中で相当、痛い。今、私、どうなるのかしら?正直、疑問。 JFとは昨日、チャットできなかった。彼も忙しいのかしら。その前に日にパリの元彼から電話がかかってきて、こちらも、微妙な雰囲気。彼は優しいのだが、趣味も何もかも合わない、私の性格は彼には理解できないし、しかし、私が変わり者であることだけは、了解しているらしい。何だかなあ、そこだけ、わかられても。 正直、言うと、あまり、楽しくない一日だった。 その後、私はまた、本を読んだけれど。それは、傑作だ。マルテの手記を読んでいる。なかなか、いい。全ての物事がすごく、意識されていて、痛々しいのだけれど、でも、自分の書きたいことがそこに書いてあるという感じ。あとは、子供時代の回想とか、少しプルーストみたいな所もある。 とはいえ、今日、リモージュは晴れです。何かいいことあるのかしら?
Jan 10, 2005
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今から一週間前JFに出会いました。一週間、結構、猛烈にアピールをされ、しかし、なかなか乗り気になれない。まあ、そんな中で、文章をまた、書き始め、結構、鬱気味は続きました。とはいえ、今は単純に火傷に苦しんでますがね。右手でタイプしながら、左手を氷をいれたコップの中に・・・・・・。結構、一生懸命ですよ。私。ただ、火傷を通して感覚が麻痺しそうです。氷から指を出して、しばらくすると、なんか、これが痛いんですよ。けれど、氷につけると、すぐに、やんでしまう。洗面台で水を出し、止めては、繰返していました。私は痛いのだけれど、もしかしたら、これも、幸福と呼ぶのかしら、と、思いました。というのも、昨日、友人から久し振りに届いた手紙がもとで、調べごとをしていました。その調べごとの途中であるサイトに行き着いてしまったのです。心理的なことを扱うとき、一方は真剣で、一方は好奇心で・・・・そんな私を反省しなくては・・・・・・、という感じですが。ともかく、そこで、読んだのです。亡くなられた方のサイトなのですが、彼女はそこで、感覚について書いていました。薬をのんで、それで、痛い、と、感じたら。私は今、痛いよー、と、苦しんでいる真っ最中なのですが、もし、これがなかったら、相当、また、それはそれで、混乱をきたすと思いますよ。はい、なので、泣きながら感謝します。とはいえ、私もそういう感覚にかんしては少し危なげな認識のある人物。鏡の前で多少の実験をしました。私は痛いと思っているのですが、唇の端を歪めてみる。笑いに近いような。 そうこうしているうちに、フラッシュバックが起こりました。小学生のときも火傷したなあ、とか。したというか、させられた。ストーブの近くで男の子が私の手をつかんで。私の手の甲がほんのすこし、鉄の棒と触れ合いました。ほとんど、覚えていなかったのです。その男の子も、初めは特に何も考えていず、私の手に小さな跡ができて、それで、もう焦ってしまって、冷やしたほうがいいよ、と。当の私は大丈夫と言って、ぼうっと立っていました。 本当に書きたいことが炸裂するので、何を書いていいやら、何を話していいやら、という感じです。とりあえず、マイペースを保つように心がけます。まあ、手紙の中で友人にも言われたのだが。 今日はまた、後、少し勉強と、何かをします。
Jan 9, 2005
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誕生日会がありました。みんなは軽く飲もうねって、そんな感じだったけれど、敢えてつぶれてしまいたい私。後から考えると恥ずかしいのだが、それでも、胃袋にごくごく。結果、軽く吐きました。しゃっくりが止まらず、でも、すぐに熟睡。でもね、朝、起きてどうやら、ペースがつかめないのよね。精神的な。うううううう。まあ、何だかすっきりしすぎちゃって、どうも、なのよ。これじゃレポートが書けないわーーーーーーーーーー!!!!!!!! 気を取り直して、私が今、やっているシェイクスピアのソネットの訳でも、載せておきます。素敵なの、本当に。 君を夏の日にたとえようか。 いや、君の方がずっと美しくおだやかだ 荒々しい風は五月のいじらしい蕾をいじめるし、 なによりも夏はあっけなかく去っていく。 時に天なる瞳はあまりに熱くかがやき かと思うとその黄金の顔はしばしば曇る。 どんなに美しいものもいつかその美を剥ぎ取られるのが宿命、 偶然によるか、自然の摂理によるかの違いはあっても。 でも、君の永遠の夏を色あせたりはさせない。 もちろん君の美しさはいつまでも君のものだ。 まして死神に君がその影にさまよっているなんて自慢話をさせてたまるか、 永遠の詩の中で君は時そのものへと熟しているのだから。 ひとが息をし、目がものを見る限り この詩は生き、君にいのちを与え続ける。 自分で、訳がつけれたら、と、思うと、はああああ。大きな溜息。英語が駄目なんです。勉強途中ですよーーー。 この詩から、私はレポートを書いています。その為、今日はオスカー・ワイルドの「ドリアングレイの肖像」を読んでいます。これも、なかなかおもしろくて一押し! でも、君の美しさを詩で永遠にしてあげる、なんて、言われたら恐いけれど、言われてみたい。何だか。それに、この詩を聞くと、ある映画を思い出すので、はああああああああああああああああ。 また、溜息。しびれています。 そんなわけで、酔い明けの今日、もしかしたら、デートです。マジですか?でも、おいしいものだけは、どこかで、食べさせてもらおう、なーんて。少し、少し、現金だ。でも、何がいいかな?
Jan 8, 2005
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デレク・ジャーマンとは誰?という人はどうぞ、ヤフーにて、お調べください。そうして、ご意見等などある方、どしどし、応募。そんなに彼に対して詳しくはないのですが、デレク・ジャーマンの映画について語れる友が欲しいです。はい。 今日の朝、始まりはオスカー・ワイルドという作家でした。彼は同性愛者で裁判にかけられたことでも、有名な作家ですが、彼に関するなかなかでえきた映画があって、これがなかなかよいのです。自分の出張、愛を曲げないという感じで。幸福な王子様の内容を確認してジーン。素敵。 それから、シェイクスピアのソネット。とても、綺麗な詩で、一見、女性への愛のようですが、違うのです。対象は男。つまり、男同士で。 そのソネットをモチーフに映画を撮った一人の映画作家がいました。彼の名はデレク・ジャーマン。本当に彼の映画を初めて見たときを思い出します。私、映画少女でもありました。大学一年生からだけれど。映画を見る前にソネットの訳を渡されびびりました。「本編には字幕がありませんので、こちらを参照してください。」えっ?マジですか?耳を疑いました。字幕のない映画なんて。いやーーーー!!!頭の中で悲鳴。しょうがなく、カフェでその訳をぶつぶつ読んでいました。英語慣れしていない耳と記憶が頼り。いざ、映画館へ。美しい映画でした。ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ。惚れますね。 その後、彼の作品を幾つか観、少しづつ、彼の人間像を知ることに。ゲイだって知ったのも後から。ブルーという、終始、映し出される色が青色だけという映画を見たときには、彼の言葉がさえました。エイズにおかされながら、生命を見つめた映画です。もっと、彼のことは知って欲しい。ブッシュなんかに見せてあげたい。 レポートが何でも書いていい、と、言われたので、私はデレクについて書くことを考えていました。そうして、調べごとをインターネットでしながら、時々、泣きそうになりました。何だか優しい人だな、と、そう、思えたのです。それに、社会との戦いもあるでしょう。今も昔もそうですが。 そんなわけで、今日は一日中、彼に関わっていました。彼のような人が周りにいたら、即座に友だちになりたいです。それから、私の大親友とのチャット。彼女がパリにくるので、その時のことや、後はJFという男性のこと。生きていることに、恋愛感は直接的に関わってくるので、よく話すのです。異性に対する感性のこととか。男性と女性の違いとか。そういったことは興味深いし、無視しては生きられない、そんな感じですね。 精神的に誰かを愛したいとは思いますが、現実的には難しいです。理想に心はついていかないし、そういう相手が見つからない。人ではなくても、よりかかる対象を探しています。とあるサイトで依存症度をチェックしましたが、見事に可能性ありでした。自分でもわかっていますが、なかなか弱いのです。耐えられない・・・・・・、と、感じることがよくあります。嫌悪感は激しくて、そうなると、少し落ち着く必要性がありますね。いろいろなことを考えたり感じることはたまに、痛いのです。デレクにしても、そんな痛みを直接的に感じていたのでしょう。人々を愛することは痛いですね。私はガンジーなんか大好きですが、彼の人々への愛情にも痛さがあると思う。彼は人々を愛するのだけれど、世界は相変わらず、喧嘩して、殺しあっている。小さな愛が小さな世界を救うことはできるけれど、時にカバーしきれない。世界の悲惨さが表面にあらわれてしまうこともある。愛は時に涙にもなります。私もたまに、泣きます。思っていても届かないことがあるのです。だから、私はつらいです。今日、私はお母さんについて書きましたが、まあ、私の母親もよく泣いたことでしょう。心が冷たいですよ。私、大量に薬を飲んで運ばれたことがあります。ずっと、ぼおーっとしていました。騒ぐ母親や他の人々の声が関係のないものに聞こえました。病院についたお母さんは私が思っていたより優しくて、特に何かを話したわけではないけれど、そのせいか、ほんの少し、当たり前の生活に戻りやすくなりました。病院から退院した帰り、彼女と自由が丘のレストランで食事をしました。ワイングラスが水で充たされました。綺麗な透明でした。 それからの生活??考えるのは鬱でした。でも、今まで、どうにかなっちゃっているんですよ。不思議なことに。 フランスに生活しています。今はワインを少々、入れながらレポートのようなものを書き、小説のようなものを書き、いらいらしながら、原書を読み・・・・・・・。英語とフランス語、両方で読んでいます。本当に英語、必要ですよ。痛感。そうして、痛い。興味のあることはわりと英語で書かれていることが多いので。それから、いつも音楽。部屋の中にサモトラケのニケ、貼りました。自分でスケッチしました。直感ですが。先輩になかなか褒められいい気分です。 生きているって、不思議ですね。よく、歩いている途中で立ち止まるのですが、立ち止まったその瞬間も、私のレンズは何かを移しているのです。たまに、立ち止まって、別のものが見えてくることもあるので、泣き出したくなりますが。何の変哲もない風景がもうすでに焼きついています。風景と、記憶が、まだ、この小さな街に生活しているのに、もう焼きついてしまって、何度も通る小さな道で考えていたこと、悩んでいたときにかかっていたどんよりとした雲が思い出されて、私の日常をよぎっています。 生きづらい、そんな感覚もあります。私は生きていることが好きなのか嫌いなのかわかりません。生きていて、言葉を作り出すことは好きです。でも、敏感になりすぎて、恐いときもあります。そう、生きるということは魅力的ですが、非常に恐ろしいことであると、そう、思いますよ。
Jan 7, 2005
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昨日のコメントにより、訂正します。食人の話ですが。正しくは日本人の男性の留学生がオランダ人の女性を食べてしまったのです。しかも、食べたいという欲望から。しばらく、そのことについて考えていました。その事件は佐川一政で検索をかければ出てきます。フランス語でも検索をかけてみましたが、びっくりしました。私はそういうとんでもない殺人や写真の記事には慣れているのですが、この事件のその後がどうも、衝撃だったのです。彼は精神薄弱者として、無罪解放されてしまったのです。そんな・・・・・・。案の定、インターネットで怒っている人がいました。「保護観察もなかったんだよ。」って。うーん、と、いうか、食べられてしまった方はどうなるのだろう?私は日本に来る前にエンバーミングに関するドキュメンタリーを観ましたが、まあ、死体に化粧をほどこしたり、あらゆることをして、綺麗にしてあげるお仕事の人です。特に事故死した人なんかの。でも、いろいろな部分がなくて、どうやってお葬式、やってあげるんだろう?しかも、佐川一政はマスコミ人として活躍しているらしく、幾つかの本も書かれていた。多くはこの事件についてなのだけれど、なんか、鉄拳とふざけている写真なんか見ると、なんだかなあ。はあ、と、溜息がいた。それでも、しつこく検索をかけ、そうすると、今度は佐川と話をしてみたい、という人々を見つけてしまった。何でも、カルバニズムの興味からだそうだ。それでも、私には納得がいかなかった。たぶん、ずっと、納得がいかないのだろうと、思う。おそらく。 私はちょっと、小さい時から、そういう話を読んでいたけれど、まあ、いくら凶悪とはいえ、同情の余地のあるものだった。大抵は犯人の幼児期に問題があるので。ビリー・ミリガンにしても、彼の幼児期には虐待があったわけだし。そんなこんなで、人間がおかしくなる、と、いうのは、わかる話である。そこで、自分自身の存在が脅かされるという危機が発生しているわけだから。 だから、私にとっても、疑問だった。正直なことをいうと、「この世界って何?」幾ら、苦しくても笑って見過ごされることもある。ちなみに、私の母親は決して悪い人ではないのですが、むしろ逆にいい人で、ただ、ちょっと、ヒステリーなの。あまりにも一生懸命、働いて、本当に彼女との関係の間ではお互いが苦しかったときに、もう少し余裕があったらなあ、と、思うの。離婚して、働き始めたのだけれど、まあ、きつい仕事で、精神的にもきつかったんだ、と、思う。「疲れた。」って、言ってた。「貴方の為に働いてるのよ。」とか。よく、最初は泣いてた。父親はそういうことは知らないものでして、20年ぶりくらいに再会をはたしたけれど、微妙。せめて、はがきの一枚でも送ってくれればなあ。まあ、母親の話に戻れば、そんな時、頼りたいのが子供でしょう。でも、その子供が大変だった。これは、また。学校でいじめられてて、家に帰れば、母親がつかれ切っている。はあ。私はどこに落ち着けばいいんだ?、というような状態。いじめも六年間と、長かったものだから、感覚が麻痺してしまって。いじめが終わったときには、ある意味、信じられなかった。空が晴れた感じ。初めはそれで、幸せだった。私、自由になれた。でも、それが、ふつうで、周りの人は前からこういう日常を送っていたんだよね、と、思うと、何だかとんでもなく奪われたような気がして。それに、どんな顔をして、どんな言葉を発して、どのように振舞うのかが、わからなくて。私はわりと、中にためるほうだったけれど、中学二年生くらいの時に思い切って表面的な性格を変えてしまった。たまに、そうなのだけれど、いつも、そうかもしれない、しゃべれないー、と、思うと、今度はがーってしゃべってしまう。もう、とめられないくらいにぶつかって。それでも、大学に入ってから、話せるような友人や先生が何人か見つかったのだけれど。 だから、最初、神戸の事件の時も、心中、微妙だった。何だか、少年犯罪ということで、みんなが騒いでいて、でも、それはマスコミの取り上げ方が悪かったのだと、思う。幾つか、小説にもなったけれど。少年犯罪なんて、実は昔から存在していたし、アメリカでは多くあったし。今回の奈良の事件も私は犯人の経歴について知りたい、と、思う。もしかしたら、テレビで扱われているのかしら?私には見ることはできないけれど。悪い人を悪い人でかたづけたくないし、私だって、もしかしたら、そういう方向に変わってしまったかもしれない。たまに、非常に不安になったりするから。 そんなこんなで、私は文学部を選択したことに、ほんの少し、揺らぎを感じた。でも、この選択は間違えていなかった、と、改めて。心理学部も悪くないけれど、何だか、私がついていかないようで。誰かの為、という感じが本当についてきそうで、自分のスペースがなくなるようで。とりあえず、でも、今はレポートを一刻も早く片付ける方向で。
Jan 6, 2005
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なんていうことはありません。さっきまで聞いていた曲のタイトルです。今はバッハを聞いているのですけれど。本当にびっくりしました。例の車で我々を送ってくれたお兄さんですが、まあ、口では「このデスクをコピーして君に送るよ。」などと、言っていたが、本当にそのデスクはコピーされて送られてきました。早。。。びっくりです。と、バッハのソナタを聞こうとしたら、パソコンが方向性を間違えて起動。Je suis maladeがかかってしまった、と。さて、訳にとりかかりましょうか。単純です。「私は病気だ。」と、言っているのです。とはいえ、初めこの曲を聞いたときには相当、びっくりしました。というのも、私は病気だ、病気だ、と、とても、力強く歌っているのですもの、それも、素敵な声で。まあ、冷静に考えれば、恋をしていて、それが、病気のようだ、ということなのですけれど。まあ、しぶい曲が好きな私としてはなかなか惚れたわけでして。 さて、一つ、レポートが去り、また一つレポートについて考えなくてはならない季節となりました。本当に昨日まで、何を考えていいか思いつかず、友人と談話。「小説でも書いて提出すれば?」と、友人。私、沈黙。はて、どうすれば?いろいろ話しているうちに、オスカー・ワイルドの「サロメ」なんて、いいのではないか、という話になりました。それはなかなかいけるかもと、乗り気の私。こうして、何とか、決まっていきそうです。比較文学ということにはなりそうな気がしませんが、この恐ろしい愛の話。なかなかゾクゾクします。 ところで、サロメの話はご存知でしょうか?もし、ご存知でなかったら、ちゃっちゃと、説明してしまいます。 サロメという美しい王女がいてですね、彼女の義理の父親は彼女になかなかの、色目を使っていらっしゃる。そんな時、預言者、ヨハネがとらわれ、サロメは彼に恋をしてしまう。けれど、ヨハネは彼女を拒む。王が彼女に踊りを要求する、その引き換えに、彼女はヨハネの首を要求して、彼を手に入れる、と、まあ、こんなわけです。 俗に言う優しい人というのは、こういう愛情を否定されるかもしれません。私もこれが本当の愛なのか、と、首をかしげるところはありますが。けれど、いつも、相手のことを思いやる、ということにも首を傾げます。私が誰かとつきあったならば、もちろん、嫉妬したり、冷たくなったり、誰かと比較して自分に自信がなくなったり、どんなに言葉の上で愛している、と、言われても、失う恐さにどうにかなってしまいそうです。本当は、何も疑わず、相手を信じきっていれば、それが何よりも長続きの秘訣なのでしょうけれど、きっと、私の持つ弱さなのでしょう。それも、できなくて。 フランスに来たその当日にサロメと似通った愛の話を聞きました。それは、パリにてのオランダ人の男の人と、日本人の女の人の話でした。今、その男性は彼女の胃袋のなかにいます。聞いた途端、少し恐くなりました。愛していて、彼女は彼を殺してしまい、食べてしまった、と。今、彼女はどうなったのか、私は知りません。ほんの少し、耳にはさんだだけの話ですし。 愛ということがつくづく、わからなくなります。私も失うのが恐いのです。食べてしまった彼女ではありませんが。道徳的に愛する人を殺して食べてはいけませんが、全く理解ができない、というわけでもなく。 どのように人を愛するのでしょうか?そうして、やはり、愛は存在するのでしょうか? フランスにいて、まあ、多くのフランス人は愛の存在を信じています。なんて言ってもアムールの国の人々なので。 話が屈折しました。昨日から、軽く小説を書いています。まあ、軽く。そのお兄さん、一応JFと呼ぶことにしましょう。JFのおかげも少し手伝って、書くペースはあがってきてはいるのですが。本当に恋愛感情は保留にして、私としては彼がなんともよい位置の友人におさまってくれることを願うのですが、それは、私のエゴでしょうかね? とりあえず、今日も書き進め、読み進め、それから、サロメを探しに出たいか、と、思います。この街の中に。
Jan 5, 2005
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だらだらと、本を読み、メールを返す、昨日はそんな感じでした。やはり、女友達と話すのは楽しいもので、そのせいか、夜は電話。微妙な状態に置かれているのもあるのだけれど。どうも、人が好きとか嫌いとかわからなくて。混乱していたのもあります。確かに昨日の私は。それで、セントジョーンズというお茶を飲みました。このお茶、お茶のくせに効果が強いのです。鬱に効きます。でも、それを飲んでいると眠くなるのです。 ベルジュラックで観たビデオの残像に何度も笑ってしまいました。そうして、写真なんか送られてくるから、余計、懐かしい。でも、流されやすい私のこと。口説かれてほんの少し流されて。暗黙にそういったことを知られているというのは、異常に恥ずかしい。このことで、親切な家族の皆さんは私への態度を変えてしまうのでは、と、不安だった。「ああ、私。」そんな感じかな。半分、どうでもいい、そんな気持がある。いい加減になって、どこにでも行ってしまいそうで、でも、少しはブレーキがかかるのは女友達との会話によるところが大きいのだと、思う。 口説かれた翌日、少しショッキングでした。その人は私のことをよくわかってくれるような人ではあるのだけれど。しょうがないので、ピアノを弾きました。何も言えないし、言葉にならないし、本当はわけがわからなくて、泣きたかったのかもしれない。近くの河に身投げでもしようか、考えてしまいました。否定して、自分のなかに笑えない沈黙。そんな時でも素敵なお兄様は私を踊りに誘ってくれたし。フランス人はそんなこと気にしないのかもしれないけれど、私は気にする。でも、めちゃくちゃに振り回されて踊っていると、自然と笑えてきたり、彼の人間としての素晴らしさを痛感。素敵なお兄様に関しては、初日から、「狙っちゃ駄目よ。」と、言われていたのです。友だちに。 帰ってきて不思議な現象が起こりました。今まで、しつこかったある人の影がどうも薄くなっていて。旅行中もその人の影をずっと握り締めていたはずなのに。ただ今は忘れているだけなのかもしれません。 私が無事に帰ってきたので、友人達は安心しました。私は不安定なもので、それゆえ、流されやすく、すぐゆるしてしまいそうになるので、よく大げさな心配をされます。たまに、自分につっこみたくなって。それから、よく将来について話しますね。 私は豪邸に出かけてきましたが、それなりの劣等感もありました。人の人生ってわからないものです。その人が環境でそういうふうになったのか、それとも、もとからその人の持っているものでそうなったのか。みんな、仲のいい家族でした。何の不便もない。でも、本当にその家族と仲良くなったら別の素顔が見えてくるかもしれませんが。けれど、幸せそうに見えました。曇りが全くないように見えました。不自然なことなんて、何もないのだけれど、でも、言葉にしてみると、少し、不自然な気もするのですが。天蓋つきのベッドや、おいしいご飯、ピアノ、あまりにもの家のすごさに多少、眩惑されていました。 私たちを招いてくれた彼女の彼氏の家はかわいらしいものでした。しかし、暖かい感じがしました。二人のかわいらしい子供がいて、上は女の子で恥ずかしがりや、でも、とても綺麗な髪をもっていて、仲良くなってくると、とても一生懸命、話すのです。みんながどちらかというと、まだ赤ちゃんの男の子の方に目を注ぐので、何だかその女の子もかまってあげなくては、みたいな。とはいえ、なかなかのお姉さん振りを発揮していましたが。少しは寂しくて、でも、そうやって、弟をかまったり、遊んだり、何だか小さい子なのにたのもしいな。 しばらく、でも、忘れていたのですが、帰る少し前くらいにオルゴールの音を聞きました。懐かしい音でした。胸を締め付ける音でした。曲こそ違うものの、私も小さいときに聞いたその音でした。何だか、胸が締め付けられて、泣きそうになりました。ほんの少し、こっそり、泣きました。今、私があるということは、もちろん、過去があって、ということなのだけれど、でも、過去がばっと出てくるときすごく苦しくなるのです。 私にフランス語を教えてくれた先生は私のことをファザコンだと、言います。別に父親が好きなわけではないのだけれど、その存在が心のなかで、ひっかかっているから。その先生は私を結構、ひいきにしてくれました。そういった、ほんの少しの特別扱いは私を安心させていました。その視線の中で守られているような、そんな感じです。確かに、私は気にしています。父親からはがきもこなければ、小包も来ないので、多少、プンプンです。電話で話したとき、その口調は優しげだったのに、何さ、そんな感じでぐれています。 私はいろいろあって不安定です。だんだん、でも、付き合い方がわかってきました。友達もいます。 今回の旅は実はいろいろなことを私に考えさせました。わりと、頭のいい人たちに会いました。その人たちは、一応、教養があって、私の話も落ち着いて聞いてくれました。冗談の好きな人たちでした。私は不器用に、上手く微笑むこともできないし、ましてや、はいと、いいえを、はっきりさせるのが苦手で、もう、話している途中に逃げ出したくなることが幾度かありましたが、それでも、受け入れてもらえました。そんなんで、帰る、ということが、少し、恐かったのです。そこのお嬢様みたいに少しは自分をしっかり、持とうかしら、考えました。おそらく、彼女の場合、私にように生きてしまうということはなさそうですが、また、しっかり尊敬できる兄弟のような彼氏はいるし、いざという時のお兄さんがいる。でも、私には仲間がいるのですね。今までは好き放題、流されていましたが、もしかしたら、支えられつつ、これから、少し少し、変わっていくのかもしれません。 とはいえ、実は今日もあまり、調子がよくありません。全く。まあ、無理せず、がんばります。多少は旅の疲れということもあるので。
Jan 4, 2005
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いつものことだ、などと、思いながら、リモージュの街の中を走っていました。行こうとしたスーパーは閉まっているし。ええ、本当に。そんなわけで、今日はおそらく、もう外には出ないでしょう。今日、リモージュは濃霧でして、寒い。 レポートも大学に提出してきました。先生は「まあ、いいでしょう。」くらいに言っていた。いいのか、それで、と、私の心の中で謎だった。 昨日、部屋に帰ってきたことも、今日、バスを待つときも、大学に着いた時も、リモージュにいるんだ、と、ちょっと、がっくり。この街は静かで確かにかわいらしいかもしれないけれど、あまり、刺激がなくて、綺麗でいようとする心意気を忘れしまう。なので、毎日、化粧をしてのぞんだベルジュラックの日々が懐かしい。それは、家族の人々が魅力的だったというのもあるけれど、なんだか、自分をこう、前に押し出そうという意識がその家族の中だと働いてしまうのです。何が違うのかしら?確かに天蓋つきのベッドなんて、夢があるし。毎日、ピアノを弾けるなんて、とても、魅力的。そうして、自分のほかにもピアノを弾く人がいて、それに聞き惚れてしまう。 帰ってきて、レポートをさっさと、仕上げました。結局、今までにやってきたこととは、全く別のことを書くことになってしまった。それから、何人かの仲間に相談。 私は何だか寂しくなってしまって、というのは、車で送ってくれたお兄さんですが、どのように私のことを考えているのかわからなくて。それから、急に自信喪失。夢が一つ、終わってしまったかな、なんて。なにか、こう、心の中がかき乱されてしまう中にいたい気持が少しはあるのに、実は恋愛って、非常に疲れるのです。どこかまっすぐ、進めなくて、相当に相手のことを好きでないと、細かい愛撫が作業のようになってしまう。 確かに、彼は教養のある人なのですが。しかし、ほっとするわけでもない。と、考えると、悪い人ではないものの、もう少し頭を冷やさなくては。
Jan 3, 2005
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さて、私、ベルジュラックという小さな街に行ってきました。友達がいて、その子のお家にとまっていたわけだけど、これが、とんでもない豪邸だったの。入るなり、大きなキリンのぬいぐるみがいまして、シャンデリアなどがあり、ビリヤードがあり、地下に行けば、ファイヤーボールというゲームがある。友だちによると、それはとても、高いらしい。そうして、映写機まで。どうなっているのだ、このお家。普通の家ではなかった。あ、その子って、とっても、お嬢様だったのね、と、痛感。多少、痛いわ。お父さんもおもしろい人だし、お母さんもやわらかい雰囲気をもっているし。それに、何と言っても、傑作はお兄様だな。数学の先生らしいのだが、もう、冗談大好き人間。動作も。カウントダウンのパーティの時の浴衣姿も、ダンスも素敵でした。そうして、彼の弾くピアノね。そう、かっこいい、って、騒ぐほどではないのだが、やっぱり、かっこいい。まあ、たくさん、二人共、友だちがいるらしく、総勢、50人ほどが集まりました。すごい。 まあ、しかし、いろいろありました。頭を冷やす必要ありですよ。本当に。 というのも、私、好かれてしまったのです。殿方に。少し、恐かった。会話をしていると、まあ、いいのだけれど、いい雰囲気になると、目とか動作とかが、どうも。少し、逃げ回ってました。お願いだから、私をそっとして。しかも、二人。まあ、一人は大したことはないのだが、一人から逃げると、もう一人のほうへ。もう一人は素敵なお兄様の親友らしいのですが。はい、昨日、お兄様がこう申されました時には、私、固まりました。「彼が、君たちをリモージュまで、車で送ってくれるよ。」その時の、お兄様の目、恐かった。まあ、お兄様というのは、なかなか私と気が合うらしく、初めは私、どうも、そのお兄様が恐くて。というのも、人の顔を見て、よく微笑むので。第一日目にして固まってしまった。 結局、そのお兄様の親友である彼の車でリモージュに到着。「私、どうなっちゃうの?」と、心の中、悲鳴。でも、話してみてよかったみたい。彼の興味、あることは私の興味もあるみたいだし、その逆もあり得る。落ち着いて話せるし、会話を楽しめる相手ではあるし、文学の知識は充分だし、私やお兄様のようなあからさまに変な人ではないのだが、まあ、そういう、おかしな所があるところはわかってくれそうだし。まあまあ、と、いう感じではないでしょうか。お兄様ももしかしたら、その辺を見通していたのかしら? なんて、思いながら、私、レポート、書かなくては。ええ、私の大好きなあの方からも、メールが来ていました。もう、日本に私はいないのだけれど、この人の思い出はすごくて。きゃあ。バタン。 今、できるまともなこと。それは、レポート以外にない。後は、頭を少し冷まして、と。
Jan 2, 2005
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