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北海道には春休みも帰宅する予定はない。しかし、祖母がガンで入院、手術ということもあり、26日月曜日の便にて帰宅。AIR DOで道民割引を使えば、断然安い。最近は節約をして、北海道までの距離を汽車で帰ることも多かったのだが、AIR DOの道民割引を見て、後は状況が状況なので飛行機を使用。道南とはいえ片道3万はふざけている。飛行機を使う度に高い、高い、と文句を言っていたものだ。とはいえ、AIRDO 片道2万2千円、それでも高いと思うものの汽車は4千円安いだけ。それで、8時間、9時間、乗り換えも含めずっと汽車に揺られていなければいけないのだから、手間を考えると飛行機の方がずっとお得というもの。 到着してから今は5日くらいたち、祖母の手術は無事成功。今日も病院に行くのだが、今、私の傍らでは、ヨークシャテリアのナナが寝ている。表情が豊かな犬で、人間の言葉は若干理解する。小さくて、動作が愛らしい。しかし、ソファーに丸まり、いびきをどういうものか?たとえば、E・・・・・・私はEの寝顔は非常に可愛いと思うものの、近寄って、近寄って、ああ頬ずりでもしたいな、と思っても、途端にいびきをガーガーとかき始めれば、そんな気分は引けてしまうもの。まあ、それも愛嬌だ、いびきも何もかも含めて一切合切、抱きしめてしまおうか。そう、あまりにも愛しいと相手を窒息させかねぬ愛にもなる。ご用心! そのEにも2、3週間は帰らぬと告げてきた。一緒に桜を見ようと言っていたのだが、私が北海道にいる間に見事東京では桜は開花。まあ、いいか。例年なら、桜もクリスマスもあっという間に過ぎ、何の味わいもない。暖冬ということだし、桜前線はあっという間、北海道にも昇ってくるかもしれない。
Mar 31, 2007
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先週フラメンコ教室。出かけるのが億劫になっている為なかなか家から出られない。ましてや、フラメンコ教室の事務に間違いが生じている。既に払ったはずの発表会衣装の代金を請求され、至急確認してもらう。事務担当の人が本当はギターを弾く人で、事務向きではないことはわかっている。事務なんて・・・・・・そもそも、向いている人がいるのだろうか? 家を出るのが億劫になった理由、それは夢見が悪かったせいもある。 その晩、一人でこの夢を見、誰にも話しかけることはなく、そのまま、恐ろしいと感じたまま、眠りについた。夢と言うものは不思議で朝になってしまえば、どうってことがないような気がする。見た本人にしかわからない恐ろしさや不安感というものもある。 その夢見の悪さを抱えたまま、誰かに話したい、そのような気分にもなれなかった。 大きなビルディングを前に私はじっと目を凝らしている。すると、一人、ビルディングから落ちる・・・それからまた一人。それが続いていく。一人、また一人。よく見ると何人かが連携して人々をビルから落としているのだ。あせり、ショックを受け警察に行こうとする私。取り乱して近くにいる人物に話しかける。と、彼は答える。「大丈夫、集団の秩序を乱す人間が真っ先に落とされるのだから」・・・・・・ 夢はそのままさめ、私は不機嫌だった。そして、その不機嫌はずっと直らなかった。フラメンコ終了後、バジルとパセリの鉢を買い、若干機嫌が直る。
Mar 15, 2007
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久しぶり、大学に来ると以前書いた論文が印刷され山と積んであった・・・・・・。あらかじめ印刷されることは知っていたものの、改めてぎょっとし驚く。(でも、形になることがわかってたから、頑張れたというのはあるのだが。) カウンセリングが今日あるので、しぶしぶ大学に。でも、そうでもしないと、私は家から出ない。Eは何せ人生楽しまなきゃという考えの持ち主だから、彼にしてみれば、私はどうやら亀に見えるらしい。じーーっと黙って考え事をしたり、何かをメモしたり、 出かけてもすぐに疲れてしまったり・・・・・・何をするにしても小休止、どうせ私は老人のようなものだ・・・・・・。そのEは首が痛い、と主張。痛いと言われても、私には治せないので・・・・・・うーん、とうなりつつマッサージ。不安になる。この処置はあってるのだろうか?間違えているのだろうか?・・・・・・結果、Eが肩をやたらと痛がっている夢を見る。 この間、友人たちと酒を飲んだが、私の鬱は直らなかった。酒を飲むにしても一期一会のようなことを主張し、ちびちび飲む友人Aの横で、私はガバガバのんでいた。「酒は人生を忘れる為に飲むもんだ!」とかいって・・・・・・。対照的でありながら、成り立っている。 その夜、飲みすぎてみた夢は奇妙だった。 夢のなかで私は主張していた。「私のお父さんはきのこだから、きのこを見分ける訓練をしなくては、間違えてお父さんを食べてしまうかも」それから、しばらくして別の夢を見た。Eのたるんだお腹がプリンとなり、それを他人が大きなスプーンで食べてしまった。私は悔しかった。 その夢を見て以来、私はEのお腹をプリンと呼びはじめる。彼は何せお腹については若かりし頃の栄誉、筋肉質でチョコレートの板のように平らだったという栄誉が忘れられないので、プリンと呼ばれることに若干傷つく。 そんな我々は、最近家庭菜園にいそしむ。食いしん坊のEは日本の食べ物に幻想を抱く。太らないコンニャクゼリーのような幻想を。しそ、枝豆・・・・・と、繰り返しながら、種を手に取る。フランス人は庭が好きなんだ、と言って、大量の手紙を書いてはタネを同封。しかし、しそや枝豆が健康的だからといって、カマンベールチーズを見てはぱくっと食べてしまう人にいかほどの効果があろう。パスタも二人前食べてしまうし・・・・・・。
Mar 15, 2007
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フラメンコの発表会が終わり、その翌日、一人ヨエコのライブに向かう。ああ・・・・・・。 今でもそれがどういうふうだったか、ヨエコとはどういう人物なのか、説明するのが、とても難しい。いいじゃないか、説明しなくても。歌を聴けばわかるのだから。 とはいえ、Eはヨエコの歌が苦手である。特に声、歌い方だ。決して歌が上手いようには聞こえないが、しかし、訴えてくる心情はとても強い。 今日の東京、青い空の下、ヨエコを歌いながら、いつもの道を歩く。時に長くて長くてしょうがない、面倒に思える道が歌えば歌うほど、縮まっていく。 ただ、ここにいて歌っているだけなのに「涙で雪は穴だらけ」とけてしまえーーーを歌っていたら、自然と涙が流れてきそうになった。「白い世界」もそうだ。自身の惨めさや哀れさをここまでさらけ出して歌う人間がいるだろうか。そして、雪がとけ、雨が降り、そんな中、例え、冷たく息が白く情けなく感じられても自分を愛することが非常に暖かい。求める心が私にヨエコから届いて、私はヨエコの歌を歌って返したくなる。変わらない日常の中で私と貴方がいる。思えば、一年前からの貴方への感情移入。貴方の歌を歌うことで、気持ちを共にするように生きていた。貴方の歌は衝撃であった。一人で抱えていたはずの気持ちの暴露。ひねくれてかたくなった心に自然と入ってくる貴方の歌、聞きながら涙を何度も流した。 ヨエコ、ありがとう。まだ、これからも貴方を聞き続ける。
Mar 1, 2007
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