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昨日はとある人と久しぶりに話す。あまりにも久しぶりな神保町の空気。私は本当にこの本の街に憧れて、何度も足を運んでいたんだなぁ……。 明治大学は私の母校ではないが、それでも懐かしい。ここにもとある先生の授業を聞きにきていたし、それに図書館も利用していた。ぼぅーーと図書館の床に座って、興味のある本を探す時、私は幸せだった。 この街でバイトでも一回はしてみればよかったかなぁって……ちょっと後悔。 タバコに火をつけて加えている。白い煙が胸の中に満ちて、自分はもう元に戻れないのだという気がしてしまう。涙を流すのは純情の印……けれど、残っている自分の良心や優しさを無視して、私は挑む眼差しで前を見ている。 電車にのって都会をあるけば、節電というモードの中でも人々は相変わらず目まぐるしい。動く歩道は止まり、方向を示す電光掲示板はよく見えない。それでも、立ち止まれば途端に誰かにぶつかってしまう。”すいません”の言葉もなく、顔もすぐに通り過ぎて誰だかわからなくなる。私はちょっと痛む肩を抑えて、”これが社会かしら?”なぞと思っている。 私が北海道に帰ると寂しいよ、と、友人の一人が言う。彼女の日常は目まぐるしい。仕事を自分で掴み取る人はおそらくそうなのだろう。常に連絡をかかさない。携帯にはすぐに連絡が入り、食事をしても慌しい。私と彼女は全く逆の生活を送る。私はこれから実家に帰って老いた飼い犬を抱きしめ、それから祖母と料理の相談などをする。私の仕事が決まるまで、祖母の相手をし、軽い軽食などを作っては母を喜ばせるのだろう。 それから、聖書のページを開く。私には理解できないそれを私は指でおう。 何故なのかはわからない。敢えていうならば、興味がある。 私の実家では信仰は生活の一部なのだ。神様のいる生活…… 本当に信じているのかしら? 祖母は般若心経を唱え、母は日曜日教会に行く。そこには、病気を持ったものがいる。苦しみをもったものが、救いを求めている。 生きるとは……やっぱり苦しいことだろう。 東京の垢を落として、そうしたら私はどんな私になるのだろう?
Apr 26, 2011
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今日は金物の整理。いらない包丁やはさみなどを捨てられるように、まきまき。キケンなどと書く。 だが、途中で眠ってしまった。くしゃみが止まらなくなったのと、それから暖房を最大にしても、何だか寒いこと……。 睡眠薬を飲まないで眠る眠りには夢がつく。何だか切なかったりする。 北海道に行くに従って、無謀な願いが胸の中にあったりする。一切、意地悪な人がいなきゃいいなぁって。 髪の色も、性格の風変わりさも、凹凸のある目立つ顔も…… 受け入れられたらいいのに。周りに溶け込んで、春に仲良く咲くたんぽぽみたいにいられたらなぁ。 彼氏ができない、とか、結婚できない、って言われて……何だか胸の中に穴があいた日。 決して、この東京でいい思い出ばかりがあるわけじゃない。どちらかというと、結婚とは無縁に男性はぽこんと現れては近づいてくる。その辺は、タフな精神でいかないとなぁ、と……どういうわけだか、椎名林檎を毎日聞いては、心に鎧をつけるようにしていた日々もある。 私が東京で一番好きだった人々は、人と違う自分の中の何かを大切にしている人だ。ありのままの私でO.Kって言ってくれる人。寧ろありのままが好きだと言ってくれる人。 ありのままならば、喧嘩をしなくてすむよ。防御のポーズや、攻撃のポーズ……たまらなく自分を落下させてしまいたい、そんな衝動から救われるよ。
Apr 21, 2011
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朝、起きて、三浦綾子を読んだ。沈んだ。 読者は勝手に話を変えることは出来ないが、変えたくなってしまった。そんな結末は嫌だ、と……。 舞台は札幌近くの街、主人公は再選を願う元町長の娘景子である。再選の為ならデマを飛ばすことも厭わない父、母、姉を景子は毛嫌いしている。だが、彼女はその胸の内を明かすことが出来ない。 私の祖母は三浦綾子が非常に嫌いなのだそうだ。”私、あの人許せない”のだそうだ。確かに、三浦綾子なら、起こった出来事に意味をつけそうな気がする。おばあちゃんの子供が車にひかれて死んでしまったのも、神という名のもとに……何か説明を。 説明が中途半端になってしまった。とても受け入れられないことを、受け入れるように諭されているような嫌な感覚。ある意味では、そのようにして、彼女は自分の人生を受け入れたのかもしれない。
Apr 18, 2011
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かなり大掛かりな部屋の整理をしている。本棚からは大部分の本がなくなった。 友達が大阪に出張。ちょっと寂しいな。昼間一緒に覗いた服屋さん。春色が一杯だと、彼女が喜んでいる。計四万円のお買い上げ。今の日本で一気にそこまで買う人はいないだろうなぁって、新しい彼氏とのノロケ話を聞いたり……薄暗さと、夏の眩しさが混ざる街の中でちょっと変な感じ。 地震は人との別れだ。私は今日本酒をちょっと飲みながら、天井を眺めている。思い出の中には悪いものもあっておかしなものもあって……それでもって、パンクしそうな脳みそをかかえて、私以外にこの部屋に住んでいるであろう人々について考えている。 だから眠れない。彼らの内何人かは悪さをするから。 ”お前の家はお化け屋敷みたいだなぁ”って、行きつけの飲み屋の店主が言う。アイヌとロシアの混血でいつも頭にはバンダナ。奥さんの料理は絶品で、私は飲みすぎると、兄さんの自転車に乗って家に帰る。”怖くない。怖くない”ってきっと兄さんは言う。私は”怖い、怖い”ってお酒を飲みながら、泣いてしまうこともある。 名前を忘れた。神がかり?違う。生霊?違う。 あ!!金縛りだ。 小さな時は、母がしょっちゅう金縛りに会い、闇の中にうごめく何かが見えるようなので、怖かった。その他に魔がさすような出来事も存在するのだという。 電話で母と話すと話しやすい。顔をみりゃ、喧嘩したくなるのに、腹が立つこともあるのに……。 金縛りは体が疲れている時になるのだそうだが、それだけではないと思う。この世には霊なんていない!と、信じている人もいるが、私は霊の存在を信じている。 母が金縛りに襲われていた当初、人がたくさん周りで死んでいたのだという。まあ、病院なのだからしょうがないのか……人が死ぬ前にはどういうわけか、わかるのだという。私はただ想像する。 それに、子供の頃、私がよく泣いていた場所には、何かがいたような気が今でもしてしまう。薄暗い明かり。その下で目を閉じると、星が幾つも幾つも見える。私は現実に目を向けるよりも、想像することで生きているような子供だった。学校の窓の外を眺めると、私が作り出したものだけれど、天使が見える。先生の話はきかず、しょっちゅう何かとお話をしている。眠る前には、たくさんの夢を見る。 大人になると、母は金縛りにあわなくなり、私があうようになった。一人暮らしを始めて、寂しかったのもある。私は誰かと生きていきたかったけれど、私は体や心に傷を持っている人々を選んだ。とはいえ、選んだのは生きている人々ではなかった。”苦しいのは貴方だけじゃない”と言われるので、明らかに私より苦しい人々を受け入れることにした。そうしたら、集まってきた。集まってきた。目を閉じると、いや、閉じなくても、見てしまう気がする。私は深入りをしたのだと思う。それは悲しい言葉達。人々の怒りの声。夜の中にすさぶ風の中に聞こえるすすり泣き。 そもそも、私がそういう世界に入ったのには、きっかけがある。この日記をずっと読んでくれた人々は私が長い事、いじめられっこだったことを知っている。私がいじめられていた時、いじめが社会で大きく取り扱われるようになる。自殺があいついだ。痛々しい遺書が新聞に載った。人々はやがてそのことを忘れていく。私は忘れない。忘れないって思った。忘れないから、私の体を私の声を使ってほしい。それが私が小説家になりたい、と、思った原点のはずだった。 だから、私を試すようにして、私は貪った。ちょうど、大学にはそういう資料が溢れていた。先生達は世界の裏側のことを、無残にも殺された人々のことを教えるのに必死だった。私たちはルワンダを、その虐殺を、イスラエルを、ベトナムを、沖縄を、ヒロシマを……貪るようにしてみた。幾つもの死体を映像の中で見た。無残 まばたきを忘れるぐらい見る。何度も何度も映像を見る。幾つも見る。死体に目が慣れていく。それも綺麗なのではなくて、幾つも幾つも積み重なって、血も体もばらばらで、表情もわからないのが、ぐちゃぐちゃ。画面の中で、小さな女の子がジハードを誓う。 今、ここにいない人がいる。地震の影響で本国に帰ってしまった先生の一人。戦争のことや虐殺のことは、その先生が一番知っているけれど、一番そのことについて話さない。ただ、彼は部屋にこもって書く。黙々と書き続ける。”悲しみについて”と彼は言う。彼は書き続けている。私達はその言葉を聞くことが出来ない。 私の友達はその先生が嫌いだと言う。今その理由がわかる。生きている人は生きることに忙しいから、死者と対話することができない。 私は彼女と一緒にいると、楽しいような気がする。彼女が好きだから、一緒にやることは楽しいのだ。たぶん、きっと。春色の洋服も、勿体無いぐらいのイタリアンも、腕を組んで歩く六本木も。彼女が”代表取締役”の名刺を出すと、皆驚く。”若いのにねぇ”それで、私は可笑しくて、他の人が知らない社長の彼女の女の子の部分も、優しさを押さえつける部分も知っているから、私達は目配せして笑う。鏡の前で服をとっかえひっかえ、かつらをかぶって遊んだり……踊ったり。 彼女は生きることに一生懸命だ。服を買って、ご飯を食べて、いろんな人々に会って、頭の中で新しい事業のことを考えたりする。頭の中だけじゃなくて、実際に話したりする。それから実行に……。だって、いるんだから。実行にうつすのに力を貸してくれる実力者が。 彼女は私を巻き込むのが好きだ。私をジェットコースターに乗せるのが好きだ。 ジェットコースターに乗っても、それは私の人生じゃないよ。 彼女はパワフルで、私は父親譲りの酒飲み。眠い。今日の限界。金縛りさん、今日はまともに眠らせておくれ。酒は頼んでくれれば、ちょっとは残してやるから、君も少し忘れた方がいい。私の夢の中で泣いても、私によしかかって私を苦しめるよりも、のみんしゃい。邪魔はしないから。
Apr 17, 2011
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うたたねをしていた。ラジオからのニュースが途切れ途切れに入る。今日も余震がある。早く帰ってきて、との祖母の声。帰ってきた時の為にアボガドを買ってあると……。腐っちゃうって……。 ”残念なニュースです”とラジオのDJが伝えた。 千葉県に非難を余儀なくされていた子供達が、避難先を変えることになったという。千葉県の子供達が”放射能だ、わーー”と心無く騒ぎ、逃げていったとのこと。 子供だなぁーーと思いながら、また再び眠りの中へ。 避難先を変えるとのことだが、それでこのことは解決するのだろうか?と疑問。
Apr 16, 2011
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地震の時、北海道にいた私。おととい、東京に帰ってきたのだが、ちょっとして鬱になる。人ごみはまばらで、確かに一人で花見をするのにはいいかもしれない。しみじみと、いろいろ振り返りつつ、目を閉じて花の散りゆくのを感じているのは、なかなか風情があるではないか。 とりあえず、書類の整理以外はほとんど何もすることがない私。ラジオをつけて、少しづつ体を動かす。やるべきことをやらなきゃ、やらなきゃと思っていると、途端に体が動かなくなる。 ほんの少し買い物に出かける。商店街は、それでも活気付いているような気がする。丁度夕方で晩御飯の材料を買う人々で混雑。にらが50円、しめじが50円!魅力的な値段だ。 レジ待ちは当たり前だが、以前の東京に比べて人々が殺気立っていないような気がした。 帰り道、近くの酒屋に行くと、以前にもいたおじさんが一人。ラインナップは確かに少ないけれど、悪くはない。 田舎にいると、接客って何だろう?って思う。温泉の番頭にたつおばちゃんが”ゆっくりね”という一言。そこにはごく自然のぬくもりがある。 ワインを買ってもらう為に、あくせくしていた私は何だったんだろう?社訓の中にあった。”会社の発展が社会の幸福と信ぜよ”がどうにも馴染めなかった。きっと何度読み返しても迷いがある。 本当の幸せって何だろう?
Apr 12, 2011
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一ヶ月ぶりに北海道から帰り、東京の地を踏んだ。私にとって、日常とはどこかでプッツンと切れてしまってもおかしくはない日々の連続。私を支えてくれるものが、忙しさの中でどこかに紛れ込んでしまって見つからない。毎日を生きる、ただそれだけの為に、ただ振り返らない為に、忘れていかなくてはいけないことがある……。部屋の掃除をしながら私は思う。たったこれだけのスペースに。 震災の何日か前か、私に再び鬱状態が現れた。言葉で上手く説明できない、ここから逃げたい病。どうにしてでも自由になりたい、と、涙が止まらなかった。どんな場所に立っても、文章が、文章が、飛んでいく。その翼から、表現されない悲しみが粉のように落ちていく。 店頭に立ちながら、それも私が苦労してそこにいるはずなのに、どこかで計算違いをしてしまったかのような違和感が私を襲った。 正直、店舗を動かされてから、私は興味を失ってしまったのかもしれない。始めは焦りはした。どうして、それまでにあったやる気が湧いてこないのか? そうした格闘の中で、私は困っていた。 女の子は言う。毎日のように。”私はこの会社が好きです”けれど、口に出して言わなくてはいけないような、そんな内情を抱えているのだろうか?物事は考えると、囚われるのだと言う。だから目をつぶっているのが一番いいのだと、よく囁かれる。それが正しい生き方だと。 私にはわからなかった。自分が送っている日々が、果たしてどういう日々なのか? 考えようとしても、点と点がつながらず、疲労に襲われて、ワイン教本の間、間を目が泳ぐ。今ここに私を縛ろうとする行為の徒労に終わったこと。 私はほの暗い東京に帰ってきて、北海道への移住を考えている。東京に帰ってコンビニに行ったけれど、馴染んだはずのおにぎりやら弁当やらは、どこか寂しかった。 ここには少なくとも、光が織りなすまやかしがあったはずなのに、それすら消えていた。仮初の夢、寂しいながらにも、例え落ちていくにしても、快感を伴うような都会の感覚……けれど、そうしたものは姿をひそめていた。 人は節電を強いられる中で、幸せになったのか、不幸せになったのか、わからない。花見会場は私が思うように、あまり人がいないのだそうだ……。 自宅には、心配してくれる恩師からのはがきが届いていた。どこか威勢はない。すぐに返事を書かなくては。
Apr 11, 2011
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