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我が町に市民の合唱団を初めて作った人が亡くなった。もう25年前になるだろうか、市民合唱団が誕生した。はじめは100人規模だったと記憶しているが、運営方針の対立などでだんだんと少なくなっていった。
町有数の資産家で、それこそ彼のポケットマネーで演奏旅行に阿蘇やら茨城県まで行ったりした。童謡の普及に力を入れ、「童謡まつり」も始めた。実行委員長も自ら務め、個性の強い人だったが、それだけに対立軸も多かったようだ。
かく言う私もドロップアウト組の一人である。そのうちやめたもの同士で新しい合唱団を作ってしまい、現在に至っている。歌うのが目的なのか、旅行に行くなど楽しむのが目的なのか、と言う対立だった。後者の方が安直で人気が高い。しかも安く行ける。彼はおそらく100万円の単位で支出していたのではないだろうか。バブルの時期だったことを割り引いても、あるところにはあるものだと思った。
彼がその頃から言っていたこと、「ワシの葬式にはみんなで「はるかな友に」を歌って欲しい」と言う願望はかなえられたのだろうか。今は縁が切れてしまったが、このところだけは気になる。今度の練習の時に事情を話して歌ってもらおうか。鎮魂の歌として。ご冥福を祈るばかり。合掌。いや、彼が好むのはやはり合唱だろう。
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