全10件 (10件中 1-10件目)
1
大河ドラマ(真田丸)にする前なのかな坦々サクサクと話は進む関ヶ原の後、和歌山九度山に追いやられてからの不遇の日々戦国武士たちの死花。傾奇者真田丸での戦い14年間幽閉されて最後の半年で活躍2009年8月の放送
2026年02月20日
コメント(0)
保元平治の乱から始まり、福原遷都、瀬戸内海航路の開拓43分のなかに盛りだくさん特に保元平治の乱は登場人物が多くて辟易としていた部分がナルホド化大船から太宰府で小舟に載せ替えて京都まで運んでいた交易品を大船のまま水深の深い神戸(福原)まで運べるようにした。大阪湾は不適「平清盛 早すぎた革新」~平氏政権誕生のとき~「治承3年(1179)11月20日/清盛、後白河法皇を鳥羽殿に幽閉、院政を停止」今から800年前、港町神戸の基礎を築いた男が平清盛だ。傲慢な男として語り継がれる清盛。しかしその実像は、鎌倉・室町・江戸と七百年に及ぶ武士の時代に先鞭をつけた変革者だった。 清盛は、瀬戸内海の水軍と協定を結び、航路の整備を断行。日宋貿易などの貿易立国を目指した。さらに、朝廷内部に次々と親族を送り込み政治の実権を握る。しかし対峙していた源頼朝との争乱の中、熱病で死す。*2004年1月21日 NHK総合テレビで放送
2026年02月20日
コメント(0)
鎌倉幕府の末期北条家の軍勢の筆頭格、京都を攻める楠木正成相手に苦戦するが勝利天皇は島流し、その後脱出し挙兵今度は北条家に反旗を翻す後醍醐天皇の命を受けての鎌倉攻め自ら征夷大将軍を名乗り土地を武士に分け与えるこれで後醍醐天皇と対立近畿で負けて九州で軍を立て直し、瀬戸内海を船で移動し湊川へ今ひとつよく分からない足利尊氏
2026年02月16日
コメント(0)
僧侶、月照との心中。京都から逃がしてきた月照を殺せとの命令が背景2度の島流し。牢獄内の痩せた銅像勝海舟との江戸城無血開城、いったん京都に戻って調整イギリスが軍隊を展開しようとしていることを利用して「混乱を引き起こすと英国軍が動く」として無血開城に道筋をつけたミニコーナーで写真嫌い、名前の謎を紹介
2026年02月16日
コメント(0)
文学者ではなく、政治家・改革者としての菅原道真に焦点を当てる讃岐国へ行け、と言われて送別会の席で悲しくて絶句してしまうとか左遷先の太宰府で「死ぬものか、私は生きていかなくてはならない」と記すなどなかなか人間っぽい無駄な仕事を廃止したり戸籍(女性だと課税されない)からではなく、土地に対して課税しようとするーーーーーーーーーーーー時代のリーダー編(2)「天神・菅原道真 政治改革にたおれる」「昌泰4年(901)1月25日/右大臣菅原道真、政治改革にやぶれ九州・大宰府に左遷」学者として名高く、死後は“学問の神様”と称された菅原道真は、政治家としても一流だった。平安時代、日本の財政破たんを救うために改革を志した道真が、改革の道半ばにして陰謀に倒れた、その悲劇の時を描く。*2002年5月22日 NHK総合テレビで放送
2026年02月13日
コメント(0)
衆議院議員選挙が接近ポリコレのせいか、見なくなったのが当選時のダルマへの目入れ過剰な配慮だと思うのだが、どうなんだろう?そこで「髭無しダルマ」というのを作ってヒゲを書き込むのはどうだろう?これなら大丈夫それとも何処かから(脱毛業界?)苦情は来るのだろうか?選挙の風物詩?と言えばカツカレーもある対立する陣営がそれぞれカツカレーを食って必勝祈願というのも不思議この時期にカツカレー特需はあるのだろうか?
2026年02月07日
コメント(0)
新選組が戦ったのは伏見の方幕府軍とは足並みが揃わず、幕府軍指揮官からは出て行けと指示されて抵抗会津藩が見つけた突破孔にも突撃の決断は下されず伏見奉行所は炎上いったん淀に戻り鳥羽街道方面へ再出撃そこで錦旗の旗が登場淀城に入ろうとしたが拒否される天王山(藤堂藩)と男山(新選組)に挟まれた地域で迎え撃つ、が藤堂藩は新政府軍と結び、側面から男山方面を砲撃退却して大坂城に戻ったが、慶喜は脱出済みこうしてみると結構悲惨な負けいくさ
2026年02月05日
コメント(0)
土方歳三、沖田総司、近藤勇をポンポンと紹介あまり深みのない印象戒名を並べ替えて沖田総司の内縁の妻では?というのは何かなー戒名ってけっこうパターンだし土方歳三は鉢金とモテ自慢手紙近藤勇は与力取り立てに応じるべきか相談する内容の手紙直後に見た「その時歴史が動いた」のほうが面白い
2026年02月05日
コメント(0)
そもそも山背大兄王(斑鳩拠点)殺害は、飛鳥京造営に意欲を燃やしていた皇極天皇が蘇我入鹿に命じた、という推測また山背大兄王殺害により後継者候補として古人皇子が脚光を浴びる皇極天皇=古人皇子=蘇我入鹿ライン蘇我入鹿暗殺を裏で指揮したのは軽皇子(後の孝徳天皇)人(皇極天皇の弟)中臣鎌足を通して中大兄皇子リクルート斉明天皇には公地公民で飛鳥京造営に協力する専横が目立っていた入鹿暗殺、古人王子の失脚孝徳天皇として即位その死後に斉明天皇(皇極天皇の重祚)ラストに中大兄皇子の歌、すごくマザコンっぽいーーーーーーーーーーーーどの程度説得力があるのかやや不明学界のメインストリームの説?
2026年02月02日
コメント(0)
有名な「日出処之天子」の国書が出されるまでの経緯1回目の手紙は文帝から馬鹿にされて国交を結べなかった行政組織を聞かれて、神話的な話をしたためらしい官僚制・冠位を整え憲法を作り、2回目の国書を煬帝に送る今度は無事国交が結べてめでたしめでたし最後は隠棲した聖徳太子とその死の話で幕ーーーーーーーーーーーーあれ?随から返答の国書を小野妹子が(見せられるものでは無かったから?)紛失した話などがなかったっけ?ゲストは堺屋太一ーーーーーーーーーーーー1)「日出づる処の天子より」~聖徳太子、理想国家建設の夢~「推古15年(607)7月3日/倭国が2回目の遣隋使を派遣」今から1400年あまり前、西暦6世紀の末。日本の古代国家倭国は争乱と殺りくのただ中にあった。政治や宗教をめぐる血みどろの戦い、有力豪族により前代未聞の天皇暗殺事件…混乱する倭国に、史上空前の外圧が襲いかかる。中国に巨大帝国・隋が出現したのである。隋は朝鮮半島の国々を次々と傘下に収め、倭国も対応を迫られる。古代日本に大胆な改革者として登場し、理想国家建設を夢見た聖徳太子の壮大な挑戦を描く。*2003年5月28日 NHK総合テレビで放送
2026年02月01日
コメント(0)
全10件 (10件中 1-10件目)
1