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プレハーノフ著『史的一元論』を読んで その5
プレハーノフの『史的一元論』を岩波文庫でよんでます。
前回は、第4章「ドイツ観念論哲学」
(
その
4)を紹介しました。
ふりかえってみると、そ
の後半は終わせるために急ぎすぎたようです。
そこで、再度今回、プレハーノフの論点をたどってみました。
ヘーゲル『法の哲学』序文にある
「ミネルヴァのうくろうは、たそがれがやってくるとはじめて飛びはじめる」
この意味をプレハーノフは探っているわけですが。
プレハーノフは指摘します。
P140
「ミネルヴァの梟の飛翔の合法則性をみとめたことは、人類の知識の発展史をまったく新しく見る見解の基礎であった」と。
自由と必然性という古くはあるが、永遠に新しい問題が
19
世紀の観念論者のまえにおこった、と。
プレハーノフの問題意識は、
P148
「人間の行動の必然性を研究することに近づ」こうとしているわけですが。
「ミネルヴァの梟は夕方にはじめて飛ぶ」
夕方になったから梟が飛ぶのではなく、いわば、梟が飛んだことで夕方であることを知るわけです。それは、「人間の社会関係は、彼らの意識的な活動の成果ではない」ことをいっているわけです。
実際、ヘーゲルは、前回引用しましたが、
「哲学は世界の思想である以上、現実がその形成過程を完了しておのれを仕上げた後で初めて、哲学は時間のなかにあらわれる」と述べています。
(
『法の哲学』序文 中央公論社 名著P174
)
。
(
ここからがプレハーノフの本格的な考察ですが、その筋をたどります
)
一、人は自分の目的を意識的に追及しているが、その活動から彼の期待や予見をしていなかった社会的結果が出てくる。
「個々の人々の自由な行動からは、彼らにとって意外な、予見していなかった、社会全体に関係のある結果、同じ人々の相互関係の総体に影響を及ぼす結果が必ず出てくるものである。こうして自由な行動から必然性の領域に移行する。
(P149)
二、自分が意識してない個人的行動により、その社会的結果が社会制度を変化させる。一様な速度ではないにしても、つねに変化をつくっている。それがわかると人間の前に新たな個人的な目的をもつようになる。自由な活動は新たな形を取るようになる。すなわち必然性の関係から自由の領域へ。
「人間によって予見されないが、かならず彼らの行動の結果のうちにあらわれる社会関係の変化は、あきらかに一定の法則にしたがって行われる。理論哲学はこれらの ( 社会関係の発展 ) 法則を発見しなければならない。
変化した社会関係が人間の生活目標や自由な活動に持ち込む変化も同じである。必然性から自由への移行も、理論哲学が発見することができ、また発見しなければならない一定の法則にしたがって行われる」。
三、この課題をはたすならば、私に社会的=歴史的運動の法則がわかれば、理論哲学は実践哲学に新しい不動の基礎をあたえるだろう。
(
以上が、ヘーゲルが提起している問題であり、課題だとのプレハーノフのうけとめです
)
四、ヘーゲルは、自然の領域に法則性を認めています。さらに社会の領域でも「社会生活は自分自身の法則をもつ、必然的な過程であると考えるようになった」わけです。
ここでヘーゲルは社会の領域で法則性を探ったわけですが、その点で評価されるわけですが、しかし彼の考え方は、概念の運動こそが社会の運動の魂であり、社会の運動はその現れだと。ようするに、法則性は認めていても、正しい関連を捉えれなかったということです。
それがプレハーノフのこの第4章ドイツツ観念論哲学の結論なんですね。
この課題は、歴史的にも、次の最終章「第五章 近代唯物論」に引き継がれたわけです。
見てのとおり、エンゲルスの『フォイエルバッハ論』が基本にあります。
しかしプレハーノフは、彼独自の考察をして科学的社会主義に解明を添えています。
後に彼が問題をきたしますが、それでもこれは一つの功績だと思います。
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