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ディーツゲンの『人間の頭脳活動の本質』について
一見すると、ぐだぐだと一体なにを言っているのか、なにを言いたいのかと、
あらためて今それを見てみると、
私なども直観的な第一印象としては、そう感じてしまうんですが。
幸いにして、前回のレポートがありますから、本文よりはましで、その過去帳の短文で、その要素を読み返すことが出来ます。
https://plaza.rakuten.co.jp/sagamimikan/diary/201501280000/
そこでは、こんなことを言っています。
1、まず、ものごとの本質というのは、じつは多様に変化している物事なんだということです。
科学や知識の対象というのは、その対象はたえず無限に変化している。
その変化している事物を、永遠な、不滅なものとしてとらえるのは、どうしてなのか。
それは、「人の身体は、その個々の肉や骨は絶えず変わっているのに、一つの身体として同じであること。この矛盾はどうしたものか。」ディーツゲンは、「その答えは、多様に変化する形態に対して、その総和として変わらない人がある」ということだと。
2、この一つの具体的な関係事例から、ディーツゲンは、事物の本質と現象との関係についての問題に、その一般的な関係の問題として考察を発展させていきます。
「人間の思惟活動は、任意の数の感覚に与えられた多様性を、精神的統一として、本質としてとらえる。本質として一般的にとらえて、それに対立するすべてのものを、全体に対する個々の部分として理解することで、この矛盾した問題は解決する。この統一は、すなわち本質の普遍性を与えるものは人間の頭脳の産物である」と。
3、ディーツゲンはこの「本質をとらえるのは人間の頭脳活動である」ということから、
さらに一般的に人間の認識活動ということについての考察に発展させていきます。
「人の精神は、仮象から事物「自体」へ到達しようと努力した。その結果、実体は思想により集められた材料の総計であること」、ここは素晴らしい展開なので、書き抜くようにしていて、
「したがって、精神は、感覚的多様性から精神的統一をつくりだし、世界の移り変わる事物を結合することによって、独立的な存在「自体」、すなわち絶対的な全体としてとらえる唯一の実体的存在であることが明らかになった。
そして、この実体的真理が、真理でないと想像されたものの総計、すなわち現象の全体であることが明らかとなり、精神は実体の創造者であることを実証した」。
そして、この現象と本質を切り離す観念論を批判しています。
やはりグダグダとした紹介になってしまいました。
だけど、前回抜粋したこともあって、何が問われているのか、比較的に容易にわかるように感じています。素晴らしい認識論をのべている。私などは耳新しく感じるんですが、独自の考察がここにはあります。
おそらくですが、全集第32巻で、エンゲルスが評価している点、
「物それ自体を思想物として述べていることは、非常にいいだろうし、また、彼がそれを自分で発案したということが確かなら、天才的でもあるだろう。」(1868年11月6日付)
こう述べているところというのは、この部分を指しているんじゃないでしょうか。
ディーツゲンを学習する意義が今日でもある。これは、そのごくわずかな一端でしかないんですが、しかし確かに見えてくると思います。
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