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やっと関東甲信越でも梅雨明けなんだか肌寒かったり曇りの日が多かった関東南部も梅雨明けです。朝一番から前の日と光の透明度も強さも違います。 だけど雲が真っ白じゃない。中心部分に水蒸気がたくさんあるのか暗いところがあります。今年は梅雨明け十日ではなく梅雨明け三日ほどのよう。もたもたしないで梅を干さなくっちゃ! 去年の半分ほどの量です。子どもたちはみんな独立してしまいましたから。それでもたまに来た時には「梅干しちょうだい」と持って帰ります。 夫婦二人で一年間に食べる分とおみやげ分。子どもたちが小さい頃、ヘタを取るのは息子の役で、布巾で拭くのは娘の役でした。だけどだれもひっくり返すのは手伝ってくれなかったなぁ。「他の梅干し食べるとなんか変な味がして...」とみんな自家製の梅干しが大好き。このごろ減塩してちょっと氷砂糖入れたりして食べやすくしました。それにしても暑い。 ノウゼンカズラやフヨウが終わりそうになると百日紅が咲きだす真夏。蝉がなんだか力強く鳴けるようになったよう。今週は忙しくってヒーヒー言っているのだけれど、そんな時に限って事件は起きます。 せっかくたくさん実を付けたパッションフルーツのネットが落ちました。かろうじて一ヶ所、それも雨戸の戸袋に引っかかってるけど...この窓からは午後の暑い日差しが入ってくるのでちょうどいいグリーンカーテンだったのに。主人は日曜まで帰らず、思いのほか重いネットに絡んだ総重量にまたヒーヒー。もう放っておきます。生るものはなるでしょう。ちょうど植え替えもしようと思っていた所だから、と合理化してみてもあと一ヶ月待って収穫が終わってからにしてくれたらよかったのに、が正直な気持ちです。なにごとも思い通りにうまくはいかないものですね。愚痴のようになってしまいましたが、おつきあいありがとうございます。夏の暑い日がこれからやってきます。夏バテしないようにお互いにがんばりましょう。 ランキングに参加しています。応援してくださいね。
2016.07.30
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梅雨も明けたので砂に埋もれに行きました砂に埋もれるのは究極のデトックス、というので毎年暑くなるとこうしています。 自然療法の東城百合子さんオススメの「砂療法」です。【あす楽】家庭で出来る自然療法 誰でも出来る食事と手当法【改訂版】/東城百合子価格:1728円(税込、送料別) (2016/7/21時点) 「砂の中に首だけ出して、ただ入っているだけで、猛烈な毒素が出てすばらしい効果をもたらすのが砂療法です」栄養やサプリばかりでなく、意識しなくても体に悪いものも取り込んでいる現実。それを体から排出するとても良い方法だと思います。もう随分前ですがガンで放射線や抗がん剤治療を受けた後、身体中に不調を感じボロボロだった頃から続けています。潮時表をみて干潮の時間を選びます。砂浜も広くなっているし、潮は引いているので安心です。 スコップで穴を掘って埋めるのは主人の仕事。 掘りあがったら横になり砂をかけてもらいます。そして出来上がり。 穴が深すぎて…というか乗せた砂が多すぎてかなり重い…「ねえ、ちょっと重いんだけど」というと「出られる?ならいいでしょう、絞れて」と笑いながら言い、主人は帰ってしまいました。クロックスを枕にしていってくれたので楽ちんです。しばらくジワーッと身体中に感じる重さとひんやりした砂のツブツブ感を楽しんでいました。息をすると胸のあたりの砂が上下に動き少し亀裂が入ります。目を閉じて聞こえる音に耳をすましていました。近くの丘では「ピィ、ピィヨロ、ピィ、ピィ」とトンビの子がエサをねだっています。学校帰りの子どもたちが大声で何か話しながら通って行きます。何を言っているのかはわかりませんが楽しそうに笑いながら帰って行きます。明日からは夏休み♪♪波の音はほとんどしません。「ジャパ…ジャパ…」とほんの20センチほどの波が静かに寄せています。 スゥーっと浜に上がってきた波はコロコロと小石を転がして戻って行きます。次に寄せた波に巻き込まれるように消えていくのですが、その時立ち上がった波の腹は明るくなり、キラキラと透けて見えます。時折小さな魚がススっと泳いでいるのも見え、穏やかな水面にその泳ぐ波紋は波の起こす紋様とは違い生きているようにうごめきます。オヤッ? なんだか暗い雲が東の方角から湧いてきました。それより高いところにある雲はほとんど動かないのに、その雲は西に向かって大きくなって行きました。夕立が来るには早い時間ですが、ザッと一雨来るのでしょうか。まっいいか…と上半身だけ起こして様子眺め。しばらくすると心配に反して雲は薄く溶けるように広がり青い空に紛れてしまいました。沖には十数羽の鳥影が見えます。海面近くを飛んできたのですが、防波堤の向こうで回転し始めました。トンビです。右回転するもの、左に弧を描くもの…てんでんばらばらに上昇気流に乗って次第に高く上がっていきます。小指の先ほどに見えていた一羽一羽の姿がだんだん小さくなりながら上へ、上へ…太陽は薄雲の上、でも眩しくてトンビの姿が光に飲み込まれます。ああ、見えなくなってしまいました。どのくらい高くまで飛んで行ったのでしょう。羽ばたき止めてすうっと周り滑り落ちるようにしてまた羽を動かして上っていきます。あそこから見たら海はどんなに見えるのでしょう。トンビの仲間に入ってトリヤマで遊んでみたくなりました。近くに目を移すとツバメの夫婦が忙しく海面近くを飛び回りエサ集め。ハチやアゲハチョウ、トンボも目の前を横切っていきます。静かだなぁ…もうトンビの子の声も聞こえません。蝉の声が微かに聞こえるのですが、もういつもそこにあるもののように静けさを邪魔しません。外国の人の中には蝉の声や虫の声を雑音ととらえる人もいる、と誰かから聞き驚いたことを思い出しました。またしばし目を閉じます。シーシー…ミイ~ン、ミン…パシャ、ポチャ……ザザザザァー…静かな静かな砂浴の午後。1時間と少し経って波が足元まで届くようになりました。海水が砂を通してかかとからふくらはぎへと登ってきます。もうそろそろ泳ぎに行こう、と思い砂からやっと脱け出ました。水は冷たくもなく温くもなく思いの外澄んでいて肌に心地よい…足の立たないところまで行って砂を落とし仰向けに浮かんで空とお話し…「おおい、雲よ。どこまでいくんか…」という詩があったような…雲は厚くなく数層になっていて、一番下の雲だけが流れていきます。その上にはもっと白い雲、そして薄青く底なしの空。頭の後ろに腕組みしてしばらく浮遊を楽しみました。帰りは神社を抜けて帰ります。 鳥居をくぐり、人気のない階段を上り切るとシンとした境内。社殿は扉が開いています。 つい数日前、荒ぶる男たちに担がれて御幸なさった神様たちがまだそこに座っておわすよう。手と口を清めお参りしました。平和な世界でありますように…悲しい思いをする人がいなくなりますように…最後まで読んでいただきありがとうございました。 ランキングに参加しています。応援してくださいね。 自然療法が「体」を変える [ 東城百合子 ]価格:616円(税込、送料無料) (2016/7/21時点) 「免疫力が高い体」をつくる「自然療法」シンプル生活 [ 東城百合子 ]価格:680円(税込、送料無料) (2016/7/21時点) 食生活が子どもの人生を変える [ 東城百合子 ]価格:616円(税込、送料無料) (2016/7/21時点)
2016.07.21
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地元の神社で夏祭りが行われました毎年海の日の前の日曜日に地元では「八雲祭」があります。この辺りは海に面しているので海に関係した行事もあります。隣の地域では4年に一度「本祭り」となりお神輿が船に乗って巡幸。地元の十二所神社では毎年お神輿は海に入ります。前日に御霊入れ(宮出し)がおこなわれたお神輿は朝、神社の境内に並んでいました。 この後神事が行われ町中を練り歩く渡御に出かけます。まずは子供神輿、そして女神輿(中神輿)が出発します。 いよいよ大神輿(男神輿)が出御するのですがその前に神輿くぐりがありました。 主に小学生以下の子供たちが災厄や穢れを落とす為に担ぎ手が持ち上げた神輿の下をくぐっていく行事です。赤ちゃんや小さな子供が神輿に乗った神様の下を通って無事息災を祈るのです。お神輿に乗った神様は、この日ばかりは人々の住む地域に出向きお清めをしてくれます。神輿くぐりが済むといよいよ練り歩きに出発です。階段を降りると子どもたちが引く山車と囃し方の乗った車を先頭にして行きます。 一日かけて街中を練り歩くのですが、要所要所にお旅所があり子どもたちや担ぎ手をはじめ皆さんに飲み物や食事がふるまわれます。老人介護センターにもお旅所(休憩所)がもうけられ、山車をひいて来た子供たちがお年寄りに花飾りを手渡すのも恒例です。氏子の要職にある方や貢献度の高い家の前では「降り倒し」が行われます。 掛け声に合わせ神輿を回し、揺さぶり、傾け、神様のパワーを発散させるのです。お囃子の音が聞こえてくると家の中にいる人も外に出てお迎えします。山車、お囃子、お神輿が通り過ぎるとなんだか清々とした光が後に続いているみたい。遠くにお囃子が聞こえる時も、お祭りの空気が町に満ちているようで特別な気分です。夕方になるとお囃子の音が浜の方から聞こえ、お神輿が浜に近付いてくるのを知らせ、人々を浜へ誘います。 山車とお囃子が浜に帰ってくるともうクライマックス。夕暮れ時、浜では神事が行われお神輿は海に入り厄災や穢れを洗い流します。平成22年の八雲祭の様子がYOUTUBEにありましたのでご覧ください。お囃子も熱がこもり周りにいる人たちも妙に興奮してくる一瞬です。担ぎ手は海から上がっても熱気が冷めずに降り倒しを繰り返し見物のみんなもその興奮が伝染したかのように大声で掛け声をかけます。しばらく浜の御仮屋ですごした神様は、浜から階段を上り宮入りをするのです。 お神輿があがってくる前に神社にあがると神様が戻っていないからでしょうか、なんだかもぬけの殻のようで妙にシンとしていました。一年の半分を無地に過ごせたことを感謝し、災いが起きないように鎮め、穢れを清め厄を払う祭り八雲祭が済むと本格的な暑さがやってきます。お読みくださったみな様も暑さを無事に乗り切り、実り多い秋をお迎えになりますように。 ランキングに参加しています。応援してくださいね。
2016.07.18
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ハシゴに上らないと収穫できないものが... エキナセアもそろそろ終わり。隣ではステビアがしっかり茂ってきています。料理に使わない分はコンポストで作った土にすき込みます。プランターやポットでも花を咲かせ命の限り伸びていく植物たち。土いじりは無心になれ、なぜか気持ちも明るくなれるのです。その上元気で美味しい恵みをくれるので、それも期待してお世話しています。 寄せ植えで窮屈そうなクウシンサイも、欠くとどんどん新しい芽を出します。テーブルの上にプランターを置いた夏野菜も収穫まっ盛り。地面に置くより作業がしやすいだろうと今年初めての試みです。たしかに葉物野菜や背が高くならないものは施肥や草引きがとてもしやすい。だけどツル性のものや丈の高くなるものにはちょっと苦労しています。困ったことは軒から垂らしたネットに這わせている野菜の収穫です。下の方の結実が少なくなりハシゴの助けを借りざるを得なくなりました。グリーンカーテンにとうえたオカワカメ、キュウリ、それにインゲン類とパッションフルーツ。みんなよく伸びてどんどん収穫できるようになりました。 パッションフルーツは花の時期が終わり、高いところの受粉はもう終了。キュウリやインゲンが軒近くに生り始めたので高枝バサミかハシゴで収穫です。キュウリは接ぎ木苗ではないのものですが、病気にもならず毎日1、2本とれています。 トマトも背が高くなり、プランターでもこんなになるかと思うほど実を付けました。 ブドウの棚では丸々とブドウの粒が太ってきています。 袋をかけようかけようと思っているのですがしそびれています。熟していい匂いがするようになるとハチが食べにくるので早くしなくては。目を離していたら雌花が咲きだしたズッキーニもなんとか受粉できたかな。 隣ではこちらは背丈が伸びないものの、オクラも実を付けていました。暑いうちは根腐れが心配なので、手作りの米ぬか発酵液は使いません。その代わりの元気付けに、陽が傾いた頃みんなにHB-101を噴霧機で撒いてあげました。【送料無料】【安心のメーカー直販】野菜作りや園芸に。プロご用達「HB-101」【35cc】HB101価格:1000円(税込、送料無料)たまに葉と土に撒くと元気になり、収量も上がるように感じます。ペットの健康にも良いようでペット専用のも売られていました。土つくりにはお手軽な顆粒もあります。【送料無料】【安心のメーカー直販】植物の土づくり、土壌改良に「顆粒HB-101」【300g】HB101価格:1900円(税込、送料無料)土壌改良材を混ぜ込むより簡単に作業できるので時間のない時には重宝します。夕暮れ時ポンプを押していると風に乗ってお囃子が聞こえてきました。夏祭りです。昔から受け継がれてきた行事に若い力が加わってだんだん盛り上がってきているお祭り。お神輿も出るので神社に参拝してきましょう。子どもたちの歓声が聞こえます。なんだかほんのり幸せな気持ちになりました。毎年変わらないことですが、これからも昔からのお祭りが伝承され、住まう人々が穏やかに暮らせる平和がいつまでも続くようお宮にあがって祈ります。最後まで読んでいただいてありがとうございました。今日も一日幸せで和やかな時間を過ごされますように。 ランキングに参加しています。応援してくださいね。
2016.07.17
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中華街を探索、そして中華料理に舌鼓週の半ばも過ぎた木曜日、横浜に用事もあったので中華街へ行きました。 昼過ぎに家を出て立石を通過すると、海上に海保の巡視艇がいました。長者ヶ崎の駐車場には機動隊の車がたくさんいて私服の警察官もかなりいます。11日から葉山御用邸で静養されていた陛下と美智子様が帰られるからでしょう。生前退位のお気持ちを明かされたせいか、御用邸前には各テレビ局の中継車も見られました。渋滞に巻き込まれずに駅に着き京浜東北線の石川町駅で降りて中華街へ向かいます。 平日の3時すぎで昼休みの店も多いので人通りはあまりなく、ゆったりと散策できました。まずは関帝廟へ。 祀られている主神は関聖帝君、三国志で有名な関羽を神格化したのだそうです。 ちょっと裏道に入ると小さな店がひしめき色とりどりです。中華街にはパワーストーンや開運グッズを売る店もたくさんあります。 最近は手相や四柱推命など占いの店も多くなったようです。でもなんといっても食材を売っている店を覗いてみるのが楽しい。 インドや東南アジアからの雑貨や小物を売る店もあってエキゾチックです。ドクターフイッシュという魚に足の角質を掃除してもらう(?)コーナーもありました。 もう一つの大きな寺院、ま祖廟もいってみました。ま祖様は最高位の女神様で「天上聖母」と呼ばれる海の守り神だそうです。お堂手前の「金亭」(傘の向こうの塔)では金券を燃やして神様に捧げるということで、この時も数人の人が案内所で金券を買い燃やしていました。 横浜中華街には老舗の中華料理店がいくつもあります。どのお店もとても立派で気後れする位。中華街で一番おいしいと言われる「海員閣」には5時の開店前から行列ができていました。持ち帰りのできる惣菜を売っている店や肉まんや小籠包の立ち食いスタンドも人気です。レストランでは「~品目食べ放題~円」という看板を出している店が目につきました。私たちはお目当ての「翡翠チャーハン」を食べに翡翠楼へ。ほうれん草で色づけしたという翡翠色の餡のかかったチャーハンは貝柱の風味がしてなかなかの味でした。そのほか四川麻婆豆腐は適度に辛くコクもあり美味。フカヒレの姿煮にも満足。この他北京ダック、ワタリガニ、酢豚など堪能しました。たまには中華をたらふく食べるのもなかなかいいものです。やっぱり美味しい食べるとニコニコ幸せな気分になれます。食べながらしっかり紹興酒を飲んだので帰りは千鳥足...「飲み過ぎには気を付けてね」と夫君に注意されてしまいました。さてもさても、他愛もない話、お付き合いくださってありがとうございます。 ランキングに参加しています。応援してくださいね
2016.07.15
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ネパールからの手紙先週の水曜日の日記の続きです。ネパールから帰ってしばらくしてお礼の品を送るための準備をし、発送してやっと届いたところまではお話ししました。鉛筆を欲しがっていた小学生くらいの学僧、わら半紙のような紙のノートを使っている子供たち。色とりどりのフェルトペンに目を丸くして驚いていた小さい子。そんな子供たちにプレゼントをしたいと学用品を取り揃えました。カトマンズの友人とポカラのイエムさん、そしてチベット村の子供たちに。衣類も使用品ですが程度の良いものを選んで送りました。すると後日子供たちから手紙や絵が届きました。定期的に支援をしていくことなどとてもできません。それに「魚を与えるのではなく、魚を取る方法を教えなさい」という支援の基本も考え方も知っています。でもステキな滞在をさせてくれた人たちにどうしてもお礼がしたかったんです。カトマンズの孤児院を作った友人に子供たちの衣服を送りたいと知人や近所の方に話すと、サイズアウトした服をたくさんいただきました。良いものを選び仕分けしてまた送りたいと思います。ヒンズー教には「富める者が貧しいものに施しをするのが当たり前」という考え方があると聞きました。同じ村の中で困っている人には穀物などを持っていくこともあると友人は言います。日本に比べると生活のレベルはまだまだ低いと感じられるネパールですが学校に通っている子供たちの明るく素直な笑顔を見ると日本より幸せの度合いが高いのかもしれない、と思ったりもしました。ほんの一部しか見ていないので全てがわかるわけではありません。でも、とても勉強熱心でこれから伸びていこうとする力を感じました。大きな地震があり、悲しみはまだ癒えず復旧も進んでいない地域があるとも聞きます。「ネパールにたくさんの人が来てくれたら一番の支援になるんだよ」という言葉が忘れられません。またヒマラヤの荘厳な峰々を拝み見ながら夕暮れのひと時を過ごせたらどんな気持ちになるだろう、と思うこともよくあります。次の訪問はいつになるか、まだまだ未定ですが、ぜひまた訪問したいと心から思っています。自己満足できればいい、という程度の短絡的な行為でしたが、思いもかけない手紙や返礼にほのぼのとした気持ちに浸っています。人とのふれあいがこんなに自分の気持ちを暖かくしてくれるなんて…一人でいるのが気楽で心地よいと思っていた自分に変化が起こっているのかもしれません。最後までお読みくださってありがとうございます。 ランキングに参加しています。応援してくださいね。
2016.07.13
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夏近くなり緑も深くプランター野菜も元気このところ梅雨らしくない晴れ間が続き、気温も高くプランターに植えた野菜たちもぐんぐん育っています。 オカワカメはツルを巻き付け上へ上へ...葉も大きくなりました。ネットを這いあがって二階まで届いたら摘芯。すると脇から芽を出してまた伸びていこうとします。 インゲンのプランターは2つ、ドジョウとモロッコ。キュウリも2本植えてあり、このところよく採れています。キュウリのほかにもゴーヤも窓際のネットにはわせています。 ですから作業は脚立に乗ってすることが多い昨今です。もうすぐ梯子をかけて収穫をするようになるのは目に見えています。ツルでないものも大きくなっています。プチトマトも背が高くなり、二階のベランダに届きそうな勢いです。 道路側ではポットに植えた桃太郎トマトが色づき始めています。去年よりはちょっと小さいかしら、と思いますが完熟させていただきます。もう少し赤くなってきたらカラスに注意をしなくては。去年はいくつか食べられてしまいました。甘トウガラシもシシトウも大きくなりました。 でも、九条ネギはなんだか元気がありません。土が合わなかったのでしょうか。プランターという囲われた土では通気性も悪く、菌が繁殖することがあるかもしれません。野菜たちはびっしり根を張ってその土から必要なものを吸収しているのですから土のケアーもきちんとしないといけません。ほったらかしでできただけでいいや...なんて思っていたのですが、何年かプランターで野菜を作っていると肥料をやるだけではだめで土もが健康でないと美味しい野菜ができないように感じ始めました。人も動物も、植物だっている環境に大いに影響されてしまうのですね。今日の晩御飯にはプランターからの贈り物で作った一品を加えました。 オカワカメを茹でて叩いたものに鰹節削りをかけポン酢をかけます。それに出始めたミョウガを添えてプチトマトも彩りに付けました。モズクは沖縄産。からめて食べたらとても美味しかったです。なんでもないことなのですが、こうして一日が終わり、また今日と大して変わらない一日が明けていく....当たり前のように巡っていく季節、いつもの一日がまたやってくるのに何の疑いも持たないでいられる平和、いつまでも続いてほしいです。一日が心穏やかに暮れていき、安らかな明日が来ますように。最後までお付き合いくださってありがとうございました。 ランキングに参加しています。応援してくださいね。
2016.07.11
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東京国立博物館に行ってきました特別展「ほほえみの御仏」があり、日韓2体の半跏思惟像が展示されていました。特に大好きな中宮寺の弥勒菩薩様のほほえみに触れるのが第一の目的。そのほほえみを第5展示室で拝見した後は国立博物館本館の展示を鑑賞しました。館内は広々としていて心地よく、豊富な展示品の中には心奪われたものも多かったです。撮影可能なものもありましたので、印象に残ったものをいくつかご紹介したいと思います。日本の美術が展示されているのはロビーからの続く広い大理石の階段を上がった本館2階。第1展示室から第10展示室まで縄文から江戸時代の日本美術の流れが見られます。はにわの他に土偶や銅鐸などの展示も数多いです。進んでいくと特別展示室には日伊国交樹立150周年を記念して「伊東マンショ」の肖像画が特別公開されていました。この肖像画は今回世界で初めて公開されたとのことで伊東マンショ(1569~1612)が16歳の頃の肖像。1585年に日本の使節団がヴェネツィアを訪れた時描かれたもの。ヤコボ・ティントレットが制作をはじめ、息子のドメニコが仕上げたとみられるそうです。同じブースにはイタリア人宣教師ジョヴァンニ・パティスタ・シドッチが携行していた聖母像(親指のマリア)も展示されていました。17世紀後半の作で長崎奉行所が所蔵していたものだそうです。そのころの使節団の中にはマンショのように若く熱意を持った若者も多かったのでしょうか。はるかイタリア、そしてまだ見ぬ世界に思いをはせて長い航海を乗り切り世界を知ろうとした若い人々の情熱が絵から滲み出てくるようでした。部屋を進むと暮らしの調度品、能、歌舞伎や狂言の面や衣装と続きます。浮世絵と衣装のコーナーでは帯やかんざし、江戸時代のトータルファッションが見られました。特に小袖、単衣、腰巻などの刺繍やデザインの豪華さや繊細さにはびっくりしました。こちらは夏に武家女性が帷子に帯をしめた上に両肩を脱いで腰下に巻くように着用したという腰巻の一部です。黒(または黒紅)の練緯地に美しい刺繍が施されその緻密で優美な文様はとても印象的でいつまでもみていられそうです。脱いだ両袖が翼のように背後に広がる独特の着装は当時のハイファッションだったに違いありません。浮世絵も数々展示されていましたが北斎ののモダンな錦絵にも目を奪われました。題は「芍薬 カナアリ」です。咲き誇る芍薬に降り立つカナリアの羽音が聞こえ、その起こす風に花が揺らいでいるようです。2階にはこのほかにも立ち止まってしまう展示は数々あり、1室から10室までテーマに沿った展示がされていて時間を忘れてしまいました。1階は江戸時代以前の美術品とアイヌと沖縄の展示です。ホールから入ったすぐの11室におわした優美な仏様には魅了されてしまいました。この菩薩立像には参りました。入室途端ぐっと見据えられたように感じ、思わずたじろぐほど。衣や装身具も木から彫られたものであるとは思えぬほど繊細で流れるようです。目は水晶をはめた玉眼で肌は金粉に漆を混ぜた金泥で塗られ、仏が生きてこの世にあらわれたように見えるよう作られているとのことでした。この奥左右には数体の仏と神像、奥には三十三間堂の十一面観音3体も展示されていて見ごたえがありました。続いて漆工、金工、刀剣、陶磁器、根付などの展示室が続きます。国宝、重要文化財も多く含まれる展示はローテーションが組まれていてしばらくの期間をおいて変わっていくとのことでした。展示物の中には撮影禁止のものもありましたが、フラッシュなしならかなりのものが撮影可。最後の18室では近代の美術もみられ本館だけでも充実した文化財を鑑賞できました。博物館にいると今いる時間と空間を離れ、いにしえ人の残した物を手繰り綱として時間をさかのぼって遥か昔に飛んでいけるようで心ときめきます。国立博物館と言っても一つの建物だけではなく、本館の他に「平成館(石器時代から近代までの日本の考古)」美しいドーム屋根の「表慶館」は展示準備中でしたが東洋美術を巡る旅をコンセプトにした展示の「東洋館」黒田清輝の遺言によって作られた「黒田記念館」その他にも「法隆寺宝物館」「資料館」がありました。1日で全て見て回るとしたら時間が足らず消化不良になりそうです。本館の北側には庭園もあり見えているものを含め5つのお茶室がありました。庭園内のお茶室は茶会や句会にも利用できるようです。庭園は春には3月15日から4月17日、秋は10月25日から12月4日まで開放され自由に散策できるとのことです。庭園も含め、各館の展示別にボランティアによるガイドツアーが組まれているものも。申し込みは当日予約、その後指定の時間にツアーに参加するシステムです。特別展を除きほとんどが620円で見られるのですが、全て回るのには体力も必要です。秋には滋賀の擽野寺(らくやじ)の平安仏20体が展示される特別展があるとのこと。本尊の秘宝十一面観音は3mの迫力のあるお姿とか。ぜひ拝観しに来たいと思います。夕食を済ませた後は新宿ゴールデン街へ昔よく通ったお店は変わらずそこにあり、マスターも元気でした。「年取ったなぁ」「お互い様よ」と笑いあい、ここでもしばし、日常を離れてのタイムトリップを楽しみました。最後まで読んでいただきありがとうございました。 ランキングに参加しています。応援してくださいね
2016.07.09
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中宮寺の弥勒菩薩(伝如意輪観音)様に会いに国立博物館へ梅雨の晴れ間も見えた一日、上野で優しいほほえみを拝見しました。10日まで国立博物館では日韓国交正常化50周年記念特別展が催されています。韓国ではこれに先立ち韓国国立中央博物館でも同特別展が開催されていました。中宮寺の半跏思惟像は聖徳太子の生母、穴穂部間人皇后のお姿を刻んだ7世紀後半の作と伝えられています。微かにほほ笑んだその美しさは優しさが漂いなんともいえない穏やかな弥勒様です。弥勒様は釈迦入滅から56億7000万年後にこの世に降り立ち人々を救済するために修行しています。天での修業中を弥勒菩薩、地上に降り立つと仏となり弥勒如来と称します。弥勒(マイトレーヤ)は300億近くの衆生を迷いから救済すると信じられています。名の起源はクシャーナ朝のミイロ、イランの太陽神ミスラ、インド古来のミトラの派生語ミトレイヤ(maitreya:有情ある)とも通じると言います。ガンダーラ、パミール山中、敦煌や朝鮮では交脚像、思惟像が刻まれていたと知られています。それほど昔から人々の救済を求める弥勒信仰は広かったのですね。ともあれ日本には世界に誇る美しい半跏思惟の二体の弥勒様があります。広隆寺の弥勒菩薩様には美しさに魅せられたあまり頬ずり(キス?)しようとした京大生がその右手の薬指を折ってしまったというエピソードもあるとか。今回展示されている中宮寺の弥勒菩薩様はなんとも柔らかく気品にあふれゆったりした姿勢、美しい衣の流れなど見ているだけで救われるような思いがしました。韓国国立中央博物館所蔵の半跏思惟像の弥勒様は6世紀後半の金銅仏。お顔も優しくふっくりした頬も当てられた指も銅造にはみえないほどやわらかでした。衆生救済を思案している日韓の弥勒様をゆっくり拝見し世界中の人が苦しみから救われるよう、悲しみがこの世からなくなるようお祈りしました。国立博物館の常設展もこの日に見てきました。その事はまた明日として今日はおやすみなさい。だれにも安らかな夜が、平和な明日が訪れますように。ご一緒してくださってありがとうございました。 ランキングに参加しています。応援してくださいね
2016.07.08
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7月に入り蒸し暑い日が続きます。いろいろと雑事にまぎれていましたがスイスイと片付け、やっとすっきりできた水曜日です。まだ夏らしいきっぱりとした空は見えていませんが、太陽が出るとその力強さに驚くほどです。一日晴れると夕立ちが来て地面を冷やしてほしいと思うほどです。夕立ちならぬ朝のスコールに悩まされたネパール旅行。ネパールでの最後の日はあっけないほどすぐ来てしまいました。ネパール最後の日、そしてその後カトマンズで2,3日観光した後は一日ゆっくりしました。フートングの友人の家に泊まるのももう一晩。2階建の1階のひと部屋を使わせてもらっていました。最後に村の中をひと巡り。メインストリートに出て食堂でモモを食べました。モモは餃子に似ていてます。2種類のソースがありどちらかを付けて食べます。スパイシーなピリ辛のソースが美味しかったです。しばらく行くと水汲みをしている人がいました。水道の通っていない家も多く道端にある井戸や公共水道から水を汲むのです。道端で歯磨きをしている人もいました。この家は建築途中?いえ、今はここまで。またお金がたまったら2階を建て増すのだそうです。友人宅に帰ると食事の支度が始まっていました。ここのようにガスレンジや冷蔵庫まで備わっている家は少ないようです。5年生の娘さんはよくお手伝いをしていました。この時は小麦粉をふるっていましたが、豆をむいたり雑穀をたたいたりよく働きます。お子さんは二人、3年生と5年生です。学校のことや友だちのこと、英語でいろいろ質問しました。お姉さんはよくわかりヒンズー教の神様のことも英語で答えてくれていましたが弟君は英語はまだよくわからないようでした。聞くと小学校に入るとすぐに英語での授業が始まるのだそうです。最初は英語の時間だけネパール語で英語の基礎を学ぶようです。ですがだんだん英語だけの授業になり、4年生ではほとんどの教科が英語でされるそうです。なるほど小学生でも英語が上手なわけです。食事も終わり2階のリビングに招かれました。みんなからのサヨナラのプレゼントがあり驚かされました。それは「ラフィングブッダ」仏様というより布袋様のように見えましたが、笑っている仏像です。「嫌なことや辛いことがあったらこの仏様をくすぐるんだよ。すると仏様は大笑いして吹っ飛ばしてくれる。それにね、ほんとに笑い声が聞こえたら幸運がまいこんでくるんだよ」お世話になった上に思いもかけない贈り物、なんだかしんみりしてしまいました。テレビもありじゅうたんの上に座りお茶をして背もたれに寄りかかるとくつろいだ気分です。子どもたちが歌を歌ってくれました。すると...停電。ネパールではよくあることです。薄明かりの中で私も「ふるさと」を歌いました。意味を説明するとみんな懐かしい感じのするいい歌だといってくれました。おばあちゃんも民謡を歌ってくれましたのでもう一曲、「春(のうららの隅田川)」を。この歌の意味も話しますと「日本は平和で美しい国なんだね」と。次にお母さんがヒマラヤのことを歌った民謡をきかせてくれました。楽しい時はするすると過ぎていき、あっという間におやすみなさいの時間。次の日は家族のみんなに見送られてバスでカトマンズ空港へ。弟君はこの後泣きだしてしまいました。「また来るからね。それにプレゼント送るから..」という自分も涙声。ほんの少しの時間しか触れ合わなかったのになんでなんだろう。カトマンズ空港は入国には出迎えの人や客引きがいっぱい。でも出国ゲートには驚いた事に銃を持った兵士がいました。警官でなく兵士がいるとなんだか緊張します。出国手続きは問題なく済み、エベレストを超えラサへ。ラサからはエア・チャイナに乗りつぎ帰国の途に就きました。しかし機内食はまずかったしCAは無愛想で面白みのない空の旅。仕方ないか...もう帰るんだから。帰国後に友人が私費で建てた孤児院に服や学用品を送りました。貧しかった子ども時代、今は生活は楽になったけどそのころを忘れない。自分は親がいたからよかった。父は頑張って仕事を成功させた。今の自分は恵まれているから親のいない子や捨てられた子どもを助けたい。孤児の面倒を見るのはいろいろ問題も多いけど孤児院を作るんだ...と話していた友人。そしてそれを実現した。すごいことだと思います。新品の服は買えないので古着ですが、集めて程度のよいものを送りました。近所の人たちや子どもたちもたくさん協力してくれました。チベット村にも送りました。ナムさん(真中)が受け取って配ってくれました。だけど着くまで2カ月近くかかり郵便局では荷物をすべて開けられ一つ一つがチェックされたそうです。そして関税がかけられました。中古品と学用品、すべて支援品と書いたのですが...あとで友人に聞いたところ、ネパールでは贈り物はもちろん支援品でもすべて輸入品としての関税がかかると言うことでした。ナムさんは高額な関税に困ってしまいましたがなんとか払ってくれました。そして子どもたちに、そして困っている人たちに渡してくれたのです。現地の関税のことを知らずに、ほんのお礼のつもりでした支援のまねごとがナムさんたちに余分な出費をさせてしまったことをとても後悔しました。後日関税分と少しのお礼の気持ちのお金を送金したのですが、次に支援をする時は自分で持って入らないといけないのだと強く思ったことでした。そしてそのあと...子どもたちからたくさんの手紙と絵が届きました。ナムさんがいうには「送ってもらったお金は関税分よりずっと多かったよ。だから切手を買ってお礼の手紙を書きたいという子どもたちにあげたのさ。また来る時は必ずチベット村に泊まるんだよ。みんな待ってるからね。災害ももうすんだ。心配しないで。生きる人は生きて亡くなった人はその人の後生を送っているよ」もうそれを聞いた時は不思議な涙が止まりませんでした。この次はスーツケースいっぱいのお土産を持ってみんなに会いにいきます。.....えっ?その子どもたちの手紙ですか?この次の水曜日のブログで少しご紹介しようかと思っています。お気が向きましたらどうかご覧になってください。読んでいただきありがとうございました。遠くにいる人でも知らない人とでも心を通わすことができると感じられた気持ちが少しでも伝わったらうれしいです。 ランキングに参加しています。応援してくださいね。
2016.07.06
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