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2023.03.28
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カテゴリ: My favorite things♪
3月11日、NPOの企画河川探訪シリーズ
「武庫川探訪 第3回」がありましたが
コース途上で私が「」だったのが甲子園熊野神社




ここは開祖がいつかは解らない程古い神社で
13世紀には熊野那智大社からご本尊を勧請したとかの
古式ゆかしい神社ですが


その境内にあった「算学神社」




ここに「和算の開祖・毛利重能」が祀られています。




こちらは私の母校の校区で
ここから通学してくるクラスメイトも、の
お馴染みの「瓦林」地区


各地にもある「熊野神社」とばかり思っていたので
「え算学」状態でしたが
ここで私が「説明」を受け持つことに。


算学・和算とは数学の中でも日本古来のもので
江戸時代、えらく流行した「算額」が有名。
神社などに奉納してたものも見ますね。


小学校時代の「鶴亀算」や「旅人算」なども、ですし
クイズのように解く「図形問題」も有名ですね。
江戸時代は寺子屋でも、で
そんな「和算」を支えたのは「九九」と算盤。


では九九と算盤はいつから、と調べると

まず中国で紀元前7世紀頃には「九九」がもうあり
奈良時代、遣隋使や遣唐使で渡った人たちが
「算木」と「九九」を習って帰国して広める。
それは貴族の教養や、役人のツールでもあったとか。


8世紀の万葉集でも
「八十一」と書いて「くく」と読ますのも見かけますが
様は「上流階級」のもの。


算盤自体はシルクロード経由で日本に入り
最古の算盤は「前田利家」のもの。
「5玉」のものだとか。


ここに「毛利重能」が現れ
明で勉強して「日本一の算盤使い」として名をはせ
1622年に「割算書」を表して
京都で角倉了以を頼って「算学指南」を始めたと。


その弟子に何人も有名な方が、で
1627年吉田光由の「塵劫記」がベストセラーになり
そのまた弟子が有名な「関孝和」…この人位しか知らなかった。。


その後、明治には西洋算術が、となったものの
算盤は今でも生きていますよね。
また算学から天文学、伊能忠敬の地図とかにも続き
明治の爆発的な進展はこの和算も根底にあったような。


江戸時代の和算ブームの陰に
ここ「瓦林」の住人・毛利重能が「算学の開祖」とは。
因みに毎年8月8日には「パチパチ祭」が開かれるらしい。
今回、こうして調べる事になって良かったなあと





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最終更新日  2023.03.28 21:20:52
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