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新型コロナ狂想曲の第一部におけるクライマックスとも呼べるような出来事が起こりました。テレビや新聞、そして政治家は、自分たちの利益に直結しない若者を悪者に仕立て上げることで、実利を稼ぎにいっています。しかし、本当に若者だけがそうした行動をとっているわけではないことくらい、少し事実を覗けばわかるはずです。志村さんはその代表だと言えます。しかし、勘違いしないで欲しいのは、志村さんの行動が愚かだったと言っているわけではありません。むしろ、その逆です。テレビや新聞や政治家に煽られて右往左往する人々と違って、彼は彼の人生を生きたわけです。人生を全うしたわけです。■狂想曲について文章を読んで情報を分析したりすることができない人たちは、権威が出してくる情報を断片的に受け取って行動します。そして、多くの場合、断片的に受け取った情報は、不安を生みます。不安とは、よくわからないことに与えられる名前だからです。不安に煽られた行動は、もちろん理性的ではありません。不安を煽った主体が、物資は十分にあると言ったところで、そんな言葉が届くはずもないのです。イタリアはEUで最も早く中国からの飛行機を止めました。その結果はどうだったか。そうした過激な措置は、国民の不安を煽るのに十分でした。ちょっと具合の悪い者たちが病院に行き、そこで基礎疾患のある人々にウィルスを贈ったわけです。ものを知らない人々の行動というのはそういうものです。■不安を利用する悪しきものたちテレビや新聞は若者を悪者にします。テレビを見るのも新聞を読むのも高齢者だからです。誰かを攻撃するとき、人は自分が攻撃されない側にいられると錯覚します。あいつが悪いと言っている時、自分は悪くないということになると錯覚できます。それで、高齢者はそうした番組を見る。そうした記事を読む。情けないことです。そして、政治家は不安を利用する。若者のせいにしていれば、政治の無策を批判されずに済むからです。またもう一つ利点があります。普段政治に興味がない人々も、不安を煽る言葉には振り向きます。悪名は無名に勝る、というのは政治家世界の格言ですが、今日も口だけの政治家たちが目立つためだけの行動をとっています。その結果は上に見た通りです。大衆の非理性的な行動を惹起するだけです。■落としどころは?感染拡大は防げません。そんなことはちょっと考えればわかります。できることは、感染のペースを緩やかにするだけです。そしてその目的は、医療崩壊を起こさないようにすることです。自粛していれば収まるものでもありません。まさかスーパーマーケットでは感染しないとでも思っているのでしょうか。もっと正しい情報を伝えなくてはいけません。(前回書いた通りです。)■傲慢な人間たちある人が書かれていました。地球にとっては人間こそが悪性ウィルスで、新型コロナはその特効薬なのかもしれない、と。深く感ずるものがあります。本当に自己中心的な大衆たち。■ただ生きる人たちソクラテスは、ただ生きるのではなく善く生きることが大切だと説いた、というのは教科書的知識です。今回の狂想曲が教えてくれるのは、現代における、ただ生きる人たちの多さです。これは本当にウィルス並みの繁殖力です。彼らは何を恐れているのでしょう。人は死ぬんです。必ず死ぬんです。志村さんが無念だった?志村さんはあなたとは違います。■善く生きた人志村さんは、やりたいことやれることを全部やった人生だったのではないでしょうか。そして最後まで生き方を変えなかった。命のために生き方を変えるなんて彼の最も嫌ったことでしょう。なぜなら彼は善く生きていたから。自分の人生を全うしたと言えるでしょう。■改めて自粛に反対する感染拡大を防ぐ行動をとることにはなんの異論もありません。しかしそれは断片的に情報を得て、不安に煽られることとは別のことです。二週間が瀬戸際と言われて、みな自粛した。よく考えれば、それで収まるはずもないのに、二週間を過ぎたあたりで、気を緩めたのは誰だったか。大切なことは過敏に反応することではなく、日々、基本的なことを継続することでしょう。飲食業で生きている人もいれば、観光業で生きている人もいる。そして、人は必ず死ぬ。ウィルスは必ず現れる。■政府が最も言うべきこと上に見たように、自粛の目的は医療崩壊を防ぐことです。それならば、最も言うべきことは、ちょっと体調が悪いくらいですぐに病院に行くなよ、ということでしょう。ほとんどの人は軽症で終わるんです。でも不安を煽れば、非理性的な行動をとる人が出てきます。これは統計の話です。何人かは必ずいきなり病院を訪ねるわけです。そこには、基礎疾患のある人々がいます。政府がPCR検査の保険適用を決めて何が起きたか。その日に検査してください、という人々がノンアポで各地の病院を訪れたのです。自分のやっている行動の意味がわからないのです。そういう層は必ずいるのです。不安を煽ってはいけません。自分の名前を売りたいだけの政治家は間接的に殺人に手を貸しているのです。■志村けんさん彼の死が、彼が決して望まないであろうメッセージに変換されることがありませんように。
2020.03.30
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新型コロナウィルスのパンデミックが宣言されました。 これは医療リソースの不足している途上国を守るためには絶対に必要なことですから、これ自体はもちろん正しい施策です。 しかしながら、政治的発言には副作用が伴います。 下手な混乱を引き起こすことになれば、ひどいことが起こるでしょう。 スペイン風邪からおよそ100年。 人類は少しは賢くなったのでしょうか。 台湾のような成功例もありますが、失敗した先進国とこれから失敗するであろう先進国を横目に眺めながら、すこしでも歴史的教訓を得ておきたいと思います。 ■コロナ疲れ・コロナ飽きする極東の国 二週間が瀬戸際、という掛け声の元、この国ではお祭り騒ぎが起こりました。 新春トイレットペーパー祭りや、マスク狂想曲です。 そして、それに疲れたのか、もう自粛ムードも薄れています。 もちろん、以前書いたように、亭主は過度の自粛にはそもそも反対です。 経済活動を止めてやるようなことではないと思っています。 しかし、あれだけ不安に怯えていた人々が、なんだか自然に不安から解放されている様をみると、喧嘩していたのに、その原因を究明することもなく、時間が経ったからという理由だけで仲直りして、それを再び繰り返し、その都度、そのことを蒸し返している愚かな人々を見ているようで嫌になります。 彼らは感情の奴隷なのでしょう。 とにもかくにも、コロナに飽きている人々がいるということです。 ■オーバーシュートの危機 当然のことですが、今回の件は、二週間経ったからと言って、危機が去るような性質のものではありません。 むしろ、少しずつ市中感染が疑われる例が出てきた今こそ、オーバーシュートの可能性が高まっています。 個人ができる最低限のことが続けられていれば、感染者数の上昇をゆるやかに抑えられると亭主は思っていますが、ここにコロナ疲れやコロナ飽きが出てきて、反動的な解放感が勝れば、オーバーシュートにつながり、一気に医療機関が麻痺する危険があると思うのです。 ■日本の死者数の少なさは厚労省の絵図通り 以前にも指摘した通り、厚労省の作戦はうまくいっています。 無闇に不安を煽ることなく、クラスターを把握しながら、ゆるやかな感染者数上昇を許容し、かつ、軽症者には自宅で治してもらって、医療リソースを守るというものです。 どこに感染者が出た、とか、死者が出た、などという愚かな報道が煽ってくれているなかで、どのように過ごすべきかを適切に伝え、過度に怖がらないように舵取りしたのは成功と言えるでしょう。 それは、先駆けて失敗したイタリアの例を見ればわかります。 イタリアは新型コロナの脅威が情報なく伝わったため、貧弱な医療機関に感染者が殺到しました。 その結果、死ぬはずもない健康な者たちが、病院にウィルスを撒き散らし、罹れば重篤になる人々の命を奪ったのです。 イタリアでは、病院こそクラスターとなり、基礎疾患のある人々の生命を危機にさらしたわけです。 これは他のヨーロッパ諸国でも、これから起こる危険のあることです。 そして、もちろんこの極東の国でもです。 ■後まで尾を引く安倍首相の間違い 厚労省や専門家会議は、学校の休校を自治体に判断するよう促していました。 そもそもその地域独自の事情を分析したうえで休校を決定する権限は自治体にあるのですから当然です。 しかし、後手後手対応を批判されたサワヤカナアベシンゾウ氏は、密室で一人の首相補佐官と相談しただけで、専門家の意見も聞かずに、リーダーシップを発揮しているフリを見せるためだけに、奪われる必要のない「教育を受ける権利」を、簡単に取り上げたのです。 この決定に対しては、政府内でも批判があるという報道がありますが、当然のことでしょう。 自分のメンツのためだけに、国民の権利を奪うというのは、いつの時代の為政者の発想なのかと驚きます。 彼の出身大学の政治学科では、近代政治の基礎教養を教えていないのでしょうか。 この決定の仕方の最大の問題は、そうしたエビデンスなき政治的意思決定が続けば、場当たり的な判断が決断主義のもとに許容されてしまうようになる、という民主主義最大の危険性に尽きます。 わからないことだから、エビデンスのあることなんてできないという、頭の悪い反論を見ましたが、専門家会議は多くの情報を分析して、今から振り返っても適切なオプションを用意できていました。 そうした専門家の意見も聞かずに、「政治的判断」などという言葉を使った愚か者は、必ずやこの国の災禍となるでしょう。 というか、すでにその災いはこの国に降り注ぎつつあります。 先に述べたコロナ疲れです。 多くの人は一生懸命に努力できる期間は限られているのです。 何かを不安に駆られて無理に行えば、必ずその反動が来ます。 サワヤカナアベシンゾウ氏が、意味もなく煽ったおかげで、店頭からいろいろなものが消えましたが、そうした不安を掻き立てる行動は、必ず気の緩みを誘発します。 厚労省の絵図通りに、ゆるやかに馴染んでいく作戦は、この一気の反動のおかげで、いま失敗の危機にさらされているのです。 ■リスクコミュニケーションの不足という最大の政治的失敗 台湾はなぜ抑え込みに成功しているのでしょうか。 様々な施策の成功が寄与していることは間違いありませんが、その根本にあるのは、政治的リーダーシップです。 徹底した情報公開とリスクコミュニケーションによって、国民の政府に対する信頼を獲得していることがとても大きい。 政治家が正しい情報を発信し、国民が不安から動くことを防いでいる。 このことが一番です。 もちろん今後台湾でも感染者は増えるでしょうが、医療リソースが適切に配分される可能性はどの国よりも高いと思われます。 さて、それに対して、この国の政治家は、このウィルスの不安を煽ったり、他国への憎悪につなげたりすることで、政局に利用しているように思います。 検事長の定年延長問題や、サクラのホテルでの飲食費の問題、森友学園の公文書改ざんの問題など、普通に考えれば、政権が倒れるような重病をいくつも抱えながら、ウィルスとその先の経済不安に国民の目が行っていることをいいことに、今日も国会でテキトーな答弁を繰り返しています。 新型コロナウィルスは大したことがないと思っている一番の人は、学校の一斉休校なとという悪手を打ったその張本人なのだから洒落にもなりません。 とにかく、不安を煽られた人々の反動は、オーバーシュートを引き起こす起爆剤となるでしょう。 正しい情報を理解したわけではなく、こうしたことに煽られて、自粛自粛の大合唱をしたような人々は、わかっていないのだから当然ですが、オーバーシュートが起きたときに、医療機関に殺到し、イタリアの二の舞を演じるのでしょう。 愚かな政府は愚かな人々に支えられているのだと、アリストテレス以来の政治理論を振り返りながら、嘆ずるだけです。 ■文章を読める人がすべきこと 世の中には、文章を読み、様々な情報を獲得・分析しながら、常識的見解を打ち立てていける人たちがいます。 かたや、そうした小難しい情報にはそもそも触れもせず、その時の感情のままに動く人々もいます。 後者の危険は述べた通りです。 では、前者たる人たちは何をできるのか。 もちろん、正しい情報の伝達と、率先垂範でしょう。 ・接触感染を防ぐために、こまめに手を石鹸であらうこと。手指消毒をすること。 ・飛沫感染を広げないようにマスクをすること。 ・エアロゾル感染を防ぐように、適切な換気を行うこと。 ・清掃をすること。消毒をすること。 ・体調不良の時は家で休むこと。本当にひどい場合は相談窓口に電話のうえ指示に従うこと。 ・こうしたことを周囲につたえること。 何度も繰り返していることですが、すでにウィルスキャリアはたくさんいるでしょう。 問題は、そうした人々が軽症にも関わらずに、一般医療機関を受診することです。 オーバーシュートがおこって、情報リテラシーの低い人々が医療機関に殺到すれば、助かるはずの生命を危険にさらすことになります。 わかっていてやれば、これは倫理的には殺人と呼べる類のことでしょう。 文章を読める人たちが、周囲の一人にでも正しい情報を伝えれば、疫学的には大きな差が生じます。
2020.03.24
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弁天娘女男白浪じゃありませんが、 知らざあ言って聞かせやしょう と始めたくもなります。 この国の狂想曲についてです。 ■肺炎は死因の第四位 2016年の肺炎での死亡者は、男性65,636人、女性53,664人。 わが国の死因の第四位です。 聖隷浜松病院のデータがネット上に転がっていました。 2014年の「肺炎入院患者の死亡率」は、8.9%です。 入院した方のうち(若年者も含まれます)、1割弱はお亡くなりになっています。 中国での新型コロナで肺炎に罹った80歳以上の致死率が20%超だという報道がありますが、初動において医療リソースが不足したことや、日本の医療との差を勘案すれば、「普通の肺炎」と今回の肺炎がそれほど大きな違いを持っているとは思えません。 まず、新型コロナに罹る人(発症者)がいる。 そのうえで肺炎を発症する人がいる。 そして、そのうち80歳以上だと20%くらい亡くなった。(武漢では。) こういうことなわけですが、数字が読めない人は、新型コロナに罹患した80歳以上の2割が亡くなると思ってしまう。 (こういう誤解させるような書き方をするのは、朝日と産経です。) わが国では毎年80歳以上の1.12%が肺炎で亡くなっています。 毎年、80歳以上では1日あたり200人の方が治療に入っているということです。 肺炎はこれだけ身近です。 新型コロナは危険では無いと言うつもりはありませんが、何人目の感染者が出た、などという報道を見ると、この国の報道記者の矜恃のなさ(あるいは頭の悪さ?)を思わざるを得ません。 ■ライブハウスやスポーツジムって ライブハウスで感染が広がったと。 スポーツジムで感染が広がったと。 はあ。 東京の朝夕は、満員電車が走っています。 声を出さなきゃ感染しない? インフルエンザよりもずっと感染力は低い? 換気をすれば大丈夫? どういう信仰心でしょう。 山をも動かす信仰心とはこのことでしょう。 感染経路がわかった(っぽい)ものしか詳しく報道しないので、読者や視聴者に誤解を与えるわけです。 そしてそのうちリテラシーの低い人々が、そいつらを隔離しろ、みたいなことを言うわけです。 ■混乱を与える政府とWHO事務局長 さわやかなアベシンゾウくんが混乱を助長しているのは論を俟ちません。前回書きました。 彼が何かやるたびに、市中からトイレットペーパーが消えたりします。 不安を煽るのがオハコの政治家ですから、今回も得意技炸裂だったわけです。 しかし、国民は、飛んで来なさそうな北朝鮮のミサイルについての不安煽りには余裕を持って受け止めていましたが、マスクやトイレットペーパーが手に入らないとなると、この不安煽りをあまり気に入らなかったようです。笑えます。 もう一人困った人が、WHO事務局長テドロスさんです。 この人はアフリカ初の国際機関事務局長ということで、発展途上国では人気があります。 そして、この人の発言も、インフラが整っていない国に対してのメッセージとしては、理解できなくもないところはあります。 しかし、どう考えても、言っていることが一貫していないし、祖国エチオピアへの中国マネーを期待した言動をするしで、混乱を増長させたことは間違いありません。 ただ、わが国として気をつけなければならないのは、テドロスさんは困った人ですが、WHOの報告自体は役立つということです。 ここで、WHO全体を否定する人は、完全なる大衆マインドです。 やはり、素人の安直な発想よりも、専門家の報告は役に立ちます。(WHOは感染症についてのデータは持っています。政策をアドバイスするような能力は持っていないということです。) ■WHOの武漢報告 WHOの武漢についての聞き取り調査報告は役立ちます。 19歳未満の罹患率はわずか2.4%です。 そして重篤化はほとんどない。 それだけでなく、「驚くべきことに、子どもから大人にウイルスが伝染したという話は誰からも聞かなかった」と報告されています。 もちろんサンプル調査ですが、統計は役立ちます。 子どもはほとんど罹らない。 (もちろん探せば見つかりますが、割合を考えられない人は、政策議論に加わってはいけません。) 専門家はもちろん知っている情報です。 さわやかなアベシンゾウくんは、もちろんこんな情報は知らないままに、学校に一斉休校要請を出しました。 彼は「教育を受ける権利」という国民の憲法上の権利を軽んじている政治家です。 このことの恐ろしさは、政治学的素養が無いとわからないかもしれませんが、政治が間違った歴史によって鍛え上げられてきたのが立憲主義(すなわち憲法)ですから、これがわからない政治家というのは、歴史的な暴政をする重要な条件の一つを持っていることを意味します。 (そして、素養のある国民は、このような政治家をトップに据えようとはしません。) とにかく、エビデンスの無い施策で、簡単に国民の権利を奪ったわけです。 ■もう、一巡してる もう東京じゃ、免疫獲得してる人たちがたくさんいると考えるのが統計リテラシーというものではないかと思います。 そして、当然のことながら、無症状キャリアもたくさんいる。 毎日電車に乗っている。 東京都の発表では、最近の感染者の多くは、海外渡航歴が無い方々になってきています。 そして、40代だと症状も無い。 (おそらく、発症者の「濃厚接触者」として検査を受けた方でしょう。) 免疫獲得しちゃってる人もいる一方で、罹りたくないと怯えてる人もいる。 こういう状況です。なかなかコミカルです。 ■PCR検査の脆弱さ 検査、検査と騒ぐ人たちがいて驚いたのですが、彼らは検査してどうするつもりだったのでしょうか。 陽性と出たらどうするつもりだったのでしょう。 陰性と出たらどうするつもりだったのでしょう。 陰性なら安心する、とか言うのでしょうか。 そのために、国に2万円弱の費用を払わせようというのでしょうか。 さらに残念な事実があります。 PCR検査の精度はかなり低いというのが、専門家の見解です。 偽陰性は3割以上に上るとされています。 つまり、罹患者の10人に3人は間違って陰性と出るのです。 偽陽性も1割くらいと言われています。 つまり、罹っていないのに、10人に1人は罹っていることにされてしまう。 厚労省はこれをわかっているから、無闇に検査しせたくないのです。 だって、陽性なのに間違って陰性と出た人たちが、大腕を振ってウイルスを撒き散らすようになりますからね。 まあしかし、検査したい人って、本当に何を求めてるんでしょう。 これってもはや心理分析の領域だと思います。 なにか世の中に不満がある人たちなんじゃないかと思えてなりません。 ■早くに回せ ワクチン開発に期待する人たちがいます。 まあ、期待してもいい。 でも、そんなもんですかね、これ。 風邪のワクチン作りが難しいことはひとまず措いても、それほどのものかということは、先ほどの統計で見た通りです。 ふつうにみんなで罹患して、免疫を獲得する方が早いと思いませんかね。 生物としてのヒトの免疫システムはなかなかだと思います。 老人には大変なんだと言う人がいるのは知ってますし、そのことは否定しませんが、ヒトの致死率って100%ですよ。 いつかは死ぬんです。 80超えるまで生きて、自分の人生に満足できてなくて、死ぬ覚悟ができていない人は、いくつになっても満足いく死に方はできないんじゃないですかね。(まあ、これは完全に個人的思想ですから、押し付けるつもりはありませんが。) ■経済危機の怖さ 怖いのはパンデミックよりもインフォデミックだという議論を見ました。 今回の件については大きく首肯します。 ドラッグストアの店員が、怖いのはコロナより人だった、という笑えない記事を見ました。 マスク一枚買えないことで不安になる。 もはや、マスクは現代のお札やお守りなのでしょう。 時代は進んでも、人の不安の本質は変わらないようです。 スペイン風邪の時は、神頼みに走って、電車でぎゅうぎゅう詰めになって、風邪に効くという神社へみんなで参拝したと。 そして、風邪が拡散したと。 これは喜劇ですか。 目先の緊急事態で動く人は成功しない、というのは、成功哲学の格律のようなものでした。 成功者は長い目で見て、「緊急でないが重要なこと」に目を向ける。 成功しない者たちは、「緊急なこと」に行動を支配される。 こんな風邪のことが重要ですか。 経済の方がずっと重要でしょう。 観光業、飲食業、スクール業と、国の余力を示す指標となる業態を殺しにかかった政策が行われています。 さらに、近年この分野に貸し出しているのがもちろん銀行です。 銀行が一つでも倒れたら、この国どうなると思いますか。 今回のウィルスで騒ぐ人たちは、経済の怖さをわかってなさすぎだと思います。 まあ、統計リテラシーや、ちょっとした読解リテラシーや、大切なものを大切にする力があるかないかが、生の質を決めるとは思いますが、動物的反射行動しかとらない大衆はいるわけで、そこにこそ、政治家の存在理由があると思うのですが、蓋を開けてみたら、危機ばかり言う癖に、危機対応は悪夢の民主党政権以下というリーダーを抱えた国に生きている弁天小僧菊之助たぁ、俺がことだ、とこう叫びたくもなるわけです。
2020.03.09
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■プロはリーダーになれない 多くのプロフェッショナルを見てきた。 プロとして一流なのは、リソースを集中投下している人だと思う。 いろんなことができる人はプロではないが、だからと言って、そういう人がプロに劣っているわけでもない。 このクラスの、メガネをかけてて、八重歯のある男子の中では、一番カッコいい、のように、分野を絞れば一番になれるというただそれだけのことだ。 では、そのような分野を絞ったプロは何の役に立つのか。 当たり前だが、その分野のことのみに役立つ。 逆に言えば、広い責任を持つべきところにはそのような人間は据えられてはならない。間違いなく役に立たない。 プロであることは、リーダーであることの邪魔になる。 ■COVID-19への対応について 政治が科学の邪魔をしている。 これは民主主義の初めから問題にされていたことだ。 そう、衆愚政治、ポピュリズムのことだ。 我が国の当初の対策は悪いものではなかった。 おかしくなったのは水際対策を言い出した頃からだ。 ダイヤモンド・プリンセスは、感染源を培養した。 なぜそんなことになったのか、政治家が政治の責任を放棄し、大衆の不安に付き合ったからだ。 報道が過熱した頃(なぜかアメリカのインフルエンザ猛威については報道が少なかった)、すでにウイルス媒体としてのキャリアは、正確には捕捉できないレベルで広まっていたと思う。(この根拠については後述。) それなのに、統計数値が読めず、教科書を読めないレベルの大衆たちは、封じ込めを期待した。 (そのような人たちの中にイタリアを称賛するひとがいたことは注目に値する。イタリアは唯一WHOの推奨策を講じずに、欧州の中で逸早く中国からの航空便を止めたが、結果として欧州先進国のなかでは最もひどいことになっていることに留意しなければならない。) 各国の専門家はそれほど悪いことをしていない。 当たり前だ。 愚かな不安に駆られた大衆より、一人の専門家の意見の方がずっといい。 そして、政治家の仕事は、そのことをよく理解したうえで、大衆に真実を語りかけることだ。 大衆は存在する。 それは前提だ。 残念なのは、政治家のなかには大衆扇動のプロがいるということだ。(そして、先に語ったように、このプロは他のことはできない。) この国はダイヤモンド・プリンセスで誤り、その失敗をまたもや繰り返した。 全国一律の休校要請だ。 ■エビデンスゼロの恐怖 国会中継を見て理解できる国語力のある人なら、国会中継を見て驚いたはずだ。 この国の首相の思い切った施策がノーエビデンスだということに嫌でも気付く。 専門家たちの議論していなかった結論が、官邸の少数の話し合いで打ち出される。 そして、彼らは決して感染症対策のプロではない。 恐ろしいことだ。 では、なんのプロか。 支持率対策のプロであり、大衆扇動のプロだ。 意味のないことを「大胆に」言う。 そもそも科学的思考を持っていない大衆は、その大胆な態度に騙される。 策もイマイチだが、やり方がこれ以上無いほどに愚劣極まっている。 休校案は各自治体によって、現場の状況を見ながら決められるはずだった。 それが己の指導力を誇示したいだけの理由で、一律に行うという結果になった。 しかも、恐ろしいことに、その施策の科学的根拠は何もない。(狙いが違うところにあるから当然なのだが。) しかし、せっかくなので、この施策の「可能性」に付き合ってみよう。 ■封じ込めは可能か そもそも、この施策の狙いや成功の定義も示さずに実施している時点で、心配になるのだが、学校の臨時休校の可能性が無いとは思わないので、どんなことができるのかを考えよう。 この施策に比較的好意的な専門家たちは、封じ込めの可能性を言っている。 そして、それができる根拠として、実は飛沫感染が多くはなさそうであり、接触感染がメインだろうという推測を挙げている。 ではなぜ、そのような推測が成り立つかと言えば、公共交通機関での感染が思ったより少ないらしいことと、わかっている感染者の多くが、どうも接触感染によると推理されるからだ。 例えばスポーツクラブで同時間にいなかった人が感染していることから、接触感染の危険性の高さを推測している。 さて、では、この推理は成功しているだろうか? ・飛沫感染があればもっと感染源の辿れない患者がいるはずだ ・感染源の辿れる患者のほとんどは接触感染らしい どうもこの二つの事実(これさえ推測だが)から、飛沫感染は少なく、メインは接触感染だ、という結論を導いている。 そして、だから、接触感染に注意して、ふつうに生活していれば大丈夫。封じ込める。 ということになるらしい。 これはおかしな推論だ。 ふつうに考えれば、症状の出ていないキャリアが多くいる、と考える方がふつうだろう。 この施策に首を傾げる専門家たちは、この施策の意味のなさを強調する。 「一旦」子どもを感染から守ることにはほとんど意味がないと。 ■真の狙い いや、おそらく施策に好意的な専門家たちも、本当はそんなことは思っていないのだろう。 彼らは医療関係者であるから、各病院の混乱がどれだけ危険なことなのかを知っているのだろう。 だから敢えて、「飛沫感染は少ないらしい」と嘘をついているのだと思う。 飛沫感染が公共交通機関で多くありそうだ、なんて述べれば、次の日には病院は膨れ上がって機能麻痺に陥るだろうから。 だから、少しでも広がる速さを抑えて、大衆が「慣れてくる」までの時間稼ぎとして、この施策とも言えない施策を、消極的に支持しているのだろう。 ■そもそもの筋 厚労省関係者の言に耳を傾ければ、この新型コロナウィルスは、インフルエンザに毛が生えたものとの認識であるように思う。 広がるのは仕方がない。経済に打撃を与えてまで防ごうとするレベルではない、という認識だったろう。 (死ぬかもしれないことを大袈裟に訴える人たちがいるが、それなら車にも乗れないし、いや車の存在だって無くせという極論と変わらないことに気づいた方がいい。) 結局、これが収まるのは、スペイン風邪の時と同じで、多くの人に免疫ができた時だ、という考えだった。 そして、もちろん、これは大勢が罹患することを前提にしている。 この筋の何がわるいのか。 ■大衆の不安とポピュリスト しかし大衆は知らないものに対しては驚くほど過敏に反応する。 船の中に閉じ込めろ。 中国からの飛行機を禁じろ。 この失敗はすでに、わが国とイタリアで結果となっている。 ■少人数が社会実験をすれば、その皺寄せは弱者にいく 全国一律休校の狙いはなにか? もし、それがはっきりとあるのなら、ポエムのような原稿を記者会見で朗読するのではなく、はっきりと明示し、その結果に責任を持つ態度を取り、さらにその皺寄せが向かう先への支援策を同時に発表するべきだったはずだ。 しかし、狙いは大胆さを誇示することだけだったからタチが悪い。 しかも、やりやすいことをやっただけだ。 なぜはじめに武漢で騒がれた時に、何の施策も打たなかったのか。 それはもちろん、各業界からロビー活動があるからに他ならない。 そして、それらのバランスを考え、先の理由で、敢えて放置していた。 しかし大衆は騒ぐ。 この時に、現実に責任を持つということを、この国の今の首相は絶対にしない。 理屈での説明は得意とするところではない。 意味のわからない未来を語ることが、大衆には効くことをよく知っている。 そこで、ロビー活動がないところ、そう学校が対象になる。 日教組は政権側の支持層ではないから、これができる。 そしてその決定の裏で、生活に困窮する人たちがいる。 しかし余裕のある大衆は、その命に関わるほど困窮する層に冷淡に振る舞う。 (ただし、今回、政府の決定に異を唱えた立派な自治体トップがいたことはよかった。) ■そもそもの筋に戻るべき 封じ込めは不可能だろう。 飛沫感染が少ないというのも嘘だ。 キャリアはもうたくさんいる。 これらの事実を認めたうえで、どうするのか考えるべきだ。 コロナウィルスは毎年結構新型だ。 生物としての人はまあまあ対応している。 封じ込めが不可能であるならば、ゆっくり免疫を広げていくのがベストだろう。 仮に封じ込めの可能性があるとしても、社会のその他の場所の打撃はもっと大きくなる。 毎年何千人と死んでいる交通事故を理由に車をなくすという選択肢を採れると訴える人だけが、政府の施策を支持したらいい。 ふつうの統計を読む力と、読解力があれば、今回の全国一律の休校要請のやり方が、相当におかしいことに気づくと思う。
2020.03.01
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