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異類婚姻譚 本谷有希子 (群像 2015.11月号) 第154回芥川賞受賞作。人間以外の異類との結婚を「異類婚姻」という。専業主婦のサンちゃんは、自分といると楽だという自堕落な夫と暮らしている。ある日PC内の写真を整理していて、自分たち夫婦が似てきていると感じ始めた。お互いの顔は全く違うつくりなのに。 同じマンションに住むキタヱさんのネコ騒動を絡めながら、夫婦という生き物の不可思議を追う作品。楽に生きるということは、自分という存在を認めずに、他人との境界をあやふやにすること。夫との間に何かを挟み込み、お互いが混ざり込むのを防ぐのか、否か。 そういえば最近考えていたんだっけ。自分が妻になり、母親になり、夫や子ども優先の生活に慣れきっていると、自分がほんとうにやりたいことがわからなくなってくると。 自分とは何かを絶えず考えていないと、自分が自分で無くなるのだ。それは決して自己中心的な考え方ではなく、自分が自分であり続けるため、必要なものなのだ。他人(夫)と同化しないための。
2016/02/25
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被差別のグルメ 上原善広 新潮社 差別されてきた人たちが、自分たちの「ソウルフード」として食べてきた様々な料理や食材。路地(同和地区)のホルモン、アイヌ料理、北方少数民族(この本で初めてその存在を知った)のサケの皮からとったゼラチンで作るモースというデザート、沖縄のイラブー(ウミヘビ)とソテツ食、在日朝鮮人の焼肉など。それぞれが固有の食文化を持ち、そこで生まれ育った者を懐ろに抱く。粟國島で取材した時、ソテツ味噌を作っている女性が「食っていうのは、命そのものでしょう」と言った。同感だ。日々の暮らしの中で三食作るその過程と、調理し食べたものが自身や家族の身体を作っていっている、だからこそ今生きているという自覚。彼女の言葉は、そういう感覚を言い当てている。 また著者はあとがきで、「料理というのは、半分は精神性で決まる」と言っているのも面白い。確かにそれぞれの地域や家庭で食べられている特色のある料理は、食べているときの思い出も、その味付けの一つになっていると思われる。食というのはほんとうに奥深い。様々な食文化に染み込んでいる人々の思いと歴史を味わう旅に出たくなった。
2016/02/13
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山怪 〜山人が語る不思議な話〜田中康弘 山と渓谷社主にマタギが山で経験した不思議な話を集めている。物語性のあるものではなく、不思議な現象を断片的に集めたもの。多くは狐に関する化かされた話など。慣れているはずの山で昼間迷う話。山仕事をする両親のすぐ近くで遊んでいるはずの幼児が居なくなり、遠くの子どもが行くことのできない場所で発見されるなど、理路整然と説明がつかない話がてんこ盛りである。特に怖かったのは、筆者が体験した車のナビが狂ってしまった話。ナビの言う通りに車を走らせると、細い林道に入り、どう考えても町のホテルに行くとは考えられない。不気味になって必死にUターンするも、ナビは元に戻れと繰り返すというのだ。ナビを切ってほうほうの体でホテルに戻り、ナビの言う通りに行っていたら、どこに着いたかを調べると山頂だったという。その先は.....。私が幼い頃も異界は身近にあり、そのすれすれの所で暮らしていたという自覚はある。今は森が無くなり、夜も光が溢れている。不思議なものたちとの出会いは少ない。
2016/02/11
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さよならの秋 瀬戸内寂聴 すばる2015 11月号 瀬戸内寂聴がSEALDsを題材にした掌握小説を書いたと聞いて「すばる」借りてみた。90歳を越えた作家がSEALDsを書こうと思う感性の瑞々しさを思う。小説はかなり短く、全てが女の子のLINEでの呟きなのだ。主人公が10代後半〜20代前半だと考えれば、年齢差は70余り。口語体で書かれているだけに、そのチャレンジ精神に脱帽する。内容は、恋人への別れの言葉なのだが、二人の歴史と、彼女が心変わりしたわけ、社会状況まで描かれている。ただ、このテーマはもっと長い小説にもできる素材なので、短すぎて物足りなかった。
2016/02/10
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わが心のジェニファー 浅田次郎 小学館 アメリカ人ラリーが、日本びいきの恋人ジェニファーに勧められ、日本にやって来る。PCや携帯電話という文明の利器は持たず、旅行先から必ず手紙を書くという約束で。 二冊の旅行ガイドを頼りに日本にやって来たラリーは、東京、京都、大阪、別府、東京、北海道の順に旅する。それぞれの土地での食べ物と人々との出会い。その一つひとつが、幼い頃両親が離婚し、祖父母に育てられた孤独な生い立ちを慰めていく。そしてラストの最大の出会い。仕組まれた旅。 最近手に取った二冊の小説は、たまたまどちらも男性作家のもので、多分たまたまだと思うが、両方とも退屈だった。最初の一冊は途中で読むのを止めた。二冊目のこの本は、なんとか読破。しかし悪いが面白くなかった。どうしてこうも男性賛美なんだ?そして女性がいつも思慮浅く俗物として描かれる?ラリーの魅力的なジェニファーでさえ、薄っぺらい。ラリーを日本に向かわせた意図がいやらしい。教養があって思慮深い女性とは思えない。またラリーの日本訪問記が日本賛美に終始し過ぎて退屈。アメリカ人がここまで日本賛美をするのだろうか?それにラリーの不幸自慢も鼻に付く。確かに孤独だったろうが、そんなに卑屈になる程だとは思えない。いちいちいじけるのがイライラする。そして女性と見れば、ドストライクと思って落としにかかるのもいやらしい。女性作家が同じようなテーマで書いても、女性を性の相手のみとは描かないだろう。ラストを感動のクライマックスに描いたのだろうが、全く伝わらない。なぜ父なのだ。母は不在。どこかで幸せに暮らしているという記述のみ。簡単すぎる。父だけが美味しい役割すぎないか?この小説一冊まるごと女性蔑視を感じて気分が悪かった。
2016/02/10
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北朝鮮の楽しい歩き方 鄭 銀淑(編) 双葉社 編者の事務所の男性スタッフによる北朝鮮訪問記。 日本人にとって、近くて遠い国、未知の国、北朝鮮。 そこではどのような暮らしが営まれているのか。とても興味があった。日本にいると、彼の国の悪いニュースしか耳にしないからだ。あの国にも、私たちのような一般的な国民がいるはず。どんな町でどんなものを食べて、何を考えて暮らしているのか知りたかった。 もちろん旅行記であるし、場所が北朝鮮なので、一般国民とのふれあいは少ない。しかし旅先の風景や料理、ホテルの様子など、日本と似ているところもあり、またいかにも社会主義国というところもある。強制的に色々させられるのには反発を覚えたが、郷に入れば郷に従えということなのだろうか。 平壌の冷麺やアヒル料理など、北朝鮮ならではの味がつづく。 政治体制は違えども、国民は存在する。そういうことを再確認した。
2016/02/05
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