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私のパスポートの期限は2006年4月18日である。2月15日にバンコクから日本に帰るときに、タイ航空のカウンターでパスポートの残りが6ヶ月無いから注意するように言われた。しかし、私は3月末までVISAをとってあるから再入国は問題ないと思っていた。それでも、2月27日にバンコク空港で入国するときには変なことにならないかなと心配した。幸い、問題なく通過。2週間いない間に、あちこちでビルの工事が進行し、街の様子が変わっている。バンコクは活気がある。今日は一日学生との打ち合わせに明け暮れた。実験結果の進捗を聞いた。こういうのは楽しいね!!研究が趣味という状況はまだまだ変えたくないと思っている。
2006.02.28
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明日はセントレア空港発10時30分のTG-645でバンコクに行きます、というより、戻ります。ちょっとパスポートで数えてみたら、今度で37回目の入国です。このうち、6年前に観光でいったのと、正式に大学教授となる前に下見に行ったのと、タイからカンボジアとラオスに観光で出たあと入国した合計4回を除くと5年間に33回ということになる。そんなに頻繁に日本に帰っていたのかな?と不思議に思う。さて、3月末で丸5年になり、バンコクに滞在し、時々日本に帰るという生活は終わりです。4月からは日本に滞在し、時々バンコクに来る生活にする予定です。タイとの関係は継続します。タイ大好きの皆さんとの交流も継続します。名古屋-バンコク間の直行便はJALとTGだけです。はじめの頃はJALも良く使いました。先日、JALのマイレージを使ったので、それを機にこのところTGだけに集中し、漸くTGのマイレージ券を手にしました。では、その後はというと、JALは使わないことにしました。理由ですか?JALの内紛です。以前に山崎豊子さんの『沈まぬ太陽』ー御巣鷹山にJAL機が墜落した1件の内幕を暴いた小説ーを読んでJALはかなり嫌いになっていたのに、またまた内紛でいっそう嫌いになりました。てなことで、TGはJALより安全なことを祈りましょう。
2006.02.26
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女はえらい!!“子供を産む”女はえらい、と思う。前立腺癌の手術をして強く思った。半年以上前に、前立腺癌の手術をする前にパソコンでいろいろ調べていたら、帝王切開で赤ちゃんを産んだ後のおへその下を切開して縫い合わせた写真が載っていた。その時はもの好きもいるもんだなあと思っていたが、その後自分の手術痕を見たら、写真と似ているので、いやあ!帝王切開というのは大変なんだなと思った。男は私のようなかなりの病気でなければ『腹きり』をすることはない。女は赤ちゃんを産むために、それだけの苦しい目にあうことがある。手術をしなくたって、赤ちゃんを産むのは大変だなというのを、下の娘が双子を生むとき病院にいって実感した。ところで、妻が娘たちを生んだとき、私は立ち会っていないし、生んだ後病院を頻繁に訪ねていない。そのために、3人目を希望して拒否されたし、今でもあんたは冷たいといってなじられている。仕方がない。このごろは夫も出産に立ちあうそうだが、出産の大変さを実感できて良いことだと思っている。
2006.02.26
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この話題で、2006年1月2日に(その8)を、昨年の11月23日に(その7)を書きました。この話題は今回で終了です。尿漏れが少しずつ回復していました。約2ヶ月前の時点でも漏れはほとんどなくなっていましたが、尿漏れパッドを止める決心はついていませんでした。しかし、幸いに今月の初めにパッドをはずしてみようと思い実行しました。以来、約1ヶ月、尿漏れパッドは使っていません。日常生活でアッと思うこともありますが、漏れはほとんどありません。ちょっと汚い話しですが、パンツがちょっと黄色くなる程度です。それより重大なのはPSAです。PSAは前立腺癌のマーカーです。この値が4を越えるとガンの疑いがあるといわれています。手術後の昨年の8月と1週間前の採血ではPSAは「0.1以下」になりました。全く問題ない値です。PSAに関しては、病院によると0.01とか0.02とか小数点以下2桁の数字を出すところもあるようですが、私のかかっている病院の院長はそんなの意味ない。1桁で十分だといっています。又、先日、古い検査結果のPSA値をグラフにまとめてみたらきれいな2次曲線でした。2次曲線というのは、横軸に時間、縦軸にPSA値のグラフを書いたとき、時間とともにPSAの値の大きくなる割合が増えるようになることです。私のPSAは9年前1.4、7年前1.8、5年前2.3、3年前3.0年、昨年4.1でした。それが、手術後見事に0.1に下がりました。さて、これで、バンバンザイですが、一つ問題は頻尿です。これについては(その8)に書きました。先日医者に聞いたら、これは治らないかもしれないな!と言われました。それで、完全ではありませんが、これで、私の前立腺癌手術のお話は終わりです。高齢の男性は、皆さん気をつけてください。
2006.02.24
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1950-1970年代、窯業は産業でも学問でも日本は高いポテンシャルを持っていたといえます。しかし、産業では、東南アジアの安い人件費に押されて、ここ20年ほどの間に日本の窯業は力を失っていったと思います。技術に関しては、大企業では、企業内教育でそのポテンシャルを伝承していると考えられます。ただし、その時代からさらに発展するという力は失われてしまったように思います。産業界は資金も人も、より高い成長が期待されるファインセラミックスに投入してきました。では、学問の世界ではどうでしょうか?学問の世界でも、同じ現象が起こっています。嘗て、窯業のメッカであった東京工業大学に窯業(粘土を主成分とする陶磁器科学)を専門とする先生は一人もいません。名古屋工業大学も同様に窯業の分かる先生は一人もおられなくなりました。日本セラミックス協会に「陶磁器部会」という部会がありますが、私が知る限り陶磁器の研究をしている大学の先生は、一人だけ愛知工業大学のK助教授です。ここまで、延々とつまらないことを書いてきて、言いたかったことは『日本の大学には、もはや陶磁器の科学に関するポテンシャルなくなった』ということです。そして、産業界でも窯業関係の中小企業はどんどん倒産しています。産業の面でも「窯業はもはや日本のお家芸ではない」と結論せざるを得ません。 <続く>
2006.02.22
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さて、日本の窯業製品は1930年代以降、世界に通用し、世界に輸出されるようになってきたといってよいでしょう、ということを(その3)までに書きました。では、学問的にはどうかというと、窯業協会誌の発刊された110年位前、明治30年当時には既にかなりの学問レベルに達していたのではないかと、これもYさんに指摘されました。窯業という学科のメッカは東京工業大学でした。東京工業大学(TTI)のホームページによると、明治14年に東京職工学校として設立され、東京工業学校、東京高等工業学校をへて、昭和4年、1929年にTTIになっています。大学になったTTIには8つの学部がありますが、その一つが窯業学科です。産業面で1930年代には、製品技術が世界的に見て通用するレベルになったと時を同じくして、学問でも1930年代には窯業学科として世界に通用するようになってきたものと思われます。もっとも、セラミックスの学問では1950から1960年代にかけて、多くの日本の若者がアメリカに留学し勉強しました。そこで学んできた学問は、窯業ではなく、いわゆるニューセラミックスでした。一方、タイでは時々、日本で勉強したという人に会います。特に、名古屋のK先生は有名です。それらのタイ人は現在80-60歳ですから、日本で学んだ時期は1950-1970年代ではないでしょうか?そのことからすると、日本の窯業の学問として華やかな頃はこの時期に当たると思われます。 <続く>
2006.02.21
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日本の窯業が力をつけてきた時期を今から50-60年前と前回書きました。これに対し、私の友人のYさんから、ちょっと違うんじゃないのというコメントをもらいました。私も結構いいかげんに書いたので、もう少し調べてみました。陶磁器を作る技術は結構古くからあるわけですが、その製造がいわゆる今日的な企業体になる経過を見てみると次のようです。1904年 ノリタケの前身、日本陶器合名会社設立。1912年 日本陶器合名会社で衛生陶器の研究開始(今日のTOTOの出発点)1919年 ノリタケの中で研究されていたガイシの製造会社を分離独立。 (今日の日本ガイシ)1936年 NGKスパークプラグの日本特殊陶業、日本ガイシから独立。1959年 京セラ創業。(その1)で定義しましたように、セラミックス全体を窯業製品といわゆるニューセラミックスに分けて考えると、その技術が世界的に見て高いレベルに来て、商品も世界に冠たる物になってきた時期は窯業では1930年代以降ニューセラミックスでは1960年代以降ということになりそうです。つまり、ここで問題にしている日本の窯業は今から75年前にはかなり高いレベルにあったと考えられます。
2006.02.21
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茶碗、タイル、ガイシ、衛生陶器などの陶磁器を製造する産業を窯業といいます。『窯』は“かま"のことです。窯業製品はかまで焼かれてできます。さて、いろいろの科学の分野では『学会』というのがあります。「日本化学会」「金属学会」「日本物理学会」などです。これらの学会は、それぞれの科学の関係者が会員になっていて、その分野の科学の発展のために必要な情報交換などを行っています。学会の年齢がその分野の科学の発展と関係していると思います。窯業に関する学会は『日本セラミックス協会』です。昔は『窯業協会』でした。窯業協会は創立114年になります。ということは、明治30年よりちょっと前にできたのですね。では、日本の『窯業』の学問、産業の力はどうでしょうか?日本は窯業の技術や科学を欧・米に学びました。主に、ドイツ・イギリス・アメリカでしょうか。『窯業協会誌』の初めの頃の論文を見ると、外国の技術の紹介が主です。産業にしても、ガイシやスパークプラグはもともと外国の物まねでした。そして、日本の窯業が、外国に肩を並べるようになったのは、1950年代になってからのように思います。今から50-60年位前です。 <続く>
2006.02.18
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皆さん瀬戸物などの陶磁器の技術は日本の伝統的技術だと思っています?世界に誇れる技術であると思っています?私はそう思っていました。陶磁器を含め無機物質はセラミックス(Ceramics)と言われたりします。もっと広くはInorganic Materialsです。日本語はきちんと定義しないと間違いやすいので、以後の話のために言葉の定義をしておきましょう。ここで使う「窯業」は「お茶碗、その他の各種陶磁器、タイル、衛生陶器など」とします。芸術作品は含めません。あくまで、工業的な量産技術に限ります。さて、日本にはノリタケを頂点とする陶磁器産業があります。私はこれは日本の伝統的な技術を思っていました。しかし、最近、或る人と話をして、それは違うと思うようになりました。窯業が日本の伝統技術だという考えに疑問を持ったのは、タイでその関係の工場を見ると、使われている機械はドイツ製、イタリア製、そして日本製です。『窯業は日本のお家芸か?』という疑問について、次回に又考えてみます。
2006.02.18
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名古屋に三省堂という本屋があります。名古屋駅では地下街と高島屋の11Fに有ります。特に、高島屋の11Fは広いですね。しかし、今日は三省堂にガッカリしました。文庫本を探しに行ったのですが、ありません。宮城谷さんの小説ですが、ありませんでした。あんなに広い店内で文庫本は肩身の狭い思いをして端のほうに追いやられています。地下街の三省堂の文庫本は、昔の通路に追いやられています。先日はBOOK OFFに文句をいいましたが、三省堂にも言いたい!!本屋には文化を売っていると言う誇りがないのか!!儲かりさえすればいいという経営なら本を売るな!!どうも、私の方が時代についていっていないのかなあ??しかし、商業主義だけ、儲かりさえすればいい、という文化は情けないなあ!!
2006.02.17
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トリノ・オリンピック、全く振るわず!!多くの競技で最高が30位、そしてその同じ競技に4人もエントリー。最下位の選手は40位台、50位台。もう、税金の無駄使いは止めてクレー---!!と怒鳴りたくなるね。新聞では、ジャーナリストのはしゃぎすぎが指摘されている。本当にそう思うね。多分、私らの貧乏海外旅行とは違って、トリノに選手が行くお金は税金だ。一人、100万円以上かかっているだろうな。その辺の情報は新聞やTVには出てこないなあ!日本はもっと有効に税金を使ってほしいと思うね。入賞の期待のない競技は、初めから出場選手数を一競技一人とかに絞るべきだね。10位以内に入らない場合は費用は半額自己負担とか!!皆さんどう思いますか??
2006.02.16
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今朝タイから帰ってきた。早速やったことは確定申告。確定申告を義務付けられている年収2000万円には遠く及ばず、ハッキシ言ってその10分の一くらいの年金であるが、昨年は医療費がかさんだので税金が戻るはずだとかみさんは期待している。こういう期待をきちんと処理しないと旦那の信用がなくなるので、昨夜は飛行機の中で眠れなかったな----とあくびしつつも確定申告に取り組むことと相成った。そして、一大発見を幾つかした。(1)税の負担は高齢者に少し厳しくなった。収入に対する所得の割合が昭和16年を境にして、それ以前の生まれの人の所得率がやや高くなった。収入が所得になる率が高いということは税金がおおくなると言うことである。ただし、この差はわずかだ。(2)我が家にとってとんでもなく大きな変化は、配偶者特別控除と老人控除が該当しなくなったこと。合わせて税金にして7万円くらいの違いが出る。これはほとんどの人も影響を受けていると思う。(3)有難い方では、私の実質税率は8%である。普通最低で10%だが、定率減税20%を含めると、実質税率は8%である。それで、源泉徴収10%の雑所得を含めて申告すると、わずか2%であるが儲かる。例えば、原稿料、講演料などが20万円あったとすると、4000円税金が戻ってくる。例え額は少なくても、出すのと貰うのでは大違いだ。というようなことで、今まで無知だったなあーーーと反省もしている。ああ--ねむ??おやすみなさい。
2006.02.15
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タイは昨日祭日で3連休だった。この3日間誰とも話をしなかったなあ!今日の午前は今期最後の授業。今夜は日本へ。2週間滞在して27日にはバンコクに戻る。それから約1ヶ月、3月末で私の5年間のタイ滞在に一区切りをつける。一区切りというのは、この5年間は年間250-260日hバンコク、約100日が日本というパターンだった。それを今年の4月からは逆にして、日本が250-260日、バンコクを約100日にする。5年は長かったような、しかし、過ぎてしまうと短かったようにも思う。いろいろあったが、この5年の総まとめはまだできていない。すごく、楽しかったのか?面白かったのか?やりがいがあったのか?意義があったのか?何が限界か?いろいろ考えています。さて、授業に行かなくちゃ!!
2006.02.14
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いずれも宮城谷昌光の小説のタイトルです。『沈黙の王』文春文庫、500円。『子産』(上・下)講談社文庫、各650円。両方ともBOOK OFFにて半額で買った。沈黙の・・は短編5編です。宮城谷さんの小説は難解です。内容ではなく、漢字が多く、人が沢山出てきて混乱するからです。そして、この本を読んで思ったのは、宮城谷さんは長編作家だということ。というのは、この5編の短編は、確かに内容はあるでしょうが、宮城谷さんのほかの長編と比較して感動しなかったから。「子産」は人の名前です。長編です。やはり登場人物が多く、歴史を追って子産という人物を浮き彫りにしています。中国古代、紀元前500年ころのお話です。そして、子産の生まれる前や周辺の国々の動きなどに関する記述が多く、ドラマはあるのですが、あんまり感動しません。この本は、まるで、人間とはこういうものである、人間とはこう生きるべきである、という修身の教科書みたいです。面白くないとは言いませんが、宮城谷さんのほかの小説のほうが感動します。宮城谷さんの本を全部読んでやろうという方はどうぞ。
2006.02.12
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タクシン首相が自分の持っているIT株をシンガポールの会社に2千数百億円で売ったのに全く税金を払わないようにしたという出来事に対し、先週反対派のデモがありました。今日11日に、どういう形か知りませんが、また反対派の行動があるようです。日本だったら、完全に政治生命終わりだろうな!!さて、タイではどうなるでしょうか?このところブログに熱心でありません。ちょっと仕事が忙しいかな?15日に日本に行くので、それまでに済ませておきたいことが少々あります。今日はこれから航空券を買いに行きます。
2006.02.11
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琥珀は宝石の1種である。樹木が傷を治すために分泌した樹脂が固化したものである。琥珀には樹脂をなめに来てくっついてしまった小さな昆虫が取り込まれてしまったものを良く見かける。結構、きれいな虫入り琥珀を、ずっと以前にチェコスロバキアで買った。そのことを孫に話したら、今度タイで買ってきてと言われ約束してしまった。どうせ偽者の安いのがあるだろうと思っていた。その後、電話などで催促が激しいので、MBKに探しに行った。それで分かったことは、確かに人工的に作った琥珀は安いが、人工ものには虫の入っているのがない。虫の入っている天然物は宝石店で売っているだけあって、人工もののように安くはない。どなたか、虫入りの安い人工琥珀を売っている店を知りませんかねえ?
2006.02.09
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<フォローできない人は6日の日記を読んでからどうぞ>今日、その美人の学生に会ったら、同級のK君が潤滑剤の塗ってないコンドームを買ってきてくれたので、それを使って実験するといっていた。それは「自分が買ってきたのより大きい」という。多分あれだ!!5年前の学生が買ってきたのは潤滑剤の塗ってない、厚手のものだった。それを見たとき、『これ、でかいなあ!』と思ったのだ。そのときは『タイ人のあれはでかいのか???』とおもったのだ。でも、先日、美人学生が買ってきた潤滑剤の塗ってあるのは普通の大きさだった。誰か、この辺の事情知ってる??
2006.02.08
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携帯電話なるものと縁がなかった。要するに、時代遅れだった。しばらく前まで、携帯がなくても生きていけた。半年くらい前に、大学の居室の電話が突然切れてしまった。原因は不明。いつになったらなおるのか予想がつかないので、ついにタイで携帯を買った。ノキアの安いやつだ。以来、部屋の電話を直しましょうという話もないので、大学の部屋には電話はないままで携帯に頼っている。使ってみると便利なものである。一方、私は夜は早いので、夕方6時を過ぎると携帯は切ってしまう。これも、便利である??かけたほうはかなわないだろうが、受けるほうは便利だ。固定電話は勝手に切れないからね。さて、この4月から日本の生活が長くなる。日本でも携帯を持とうと思っている。携帯電話をもったときの日本の生活はどんな変化があるかな?たいして変わらないと思うけれど、ちょっとは楽しみである。
2006.02.07
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私の学生が実験の結果がおかしいと相談に来ました。修士課程2年生のとてもかわいい女の子です。どういう風におかしいかというと、ある種のセラミックスを1350度という高温で焼結するのですが、理論的な密度にならないのです。この実験はすでに前にもやっていて、100%にならなければいけないのに88%にしかなりません。どうやって作るかというと、セラミックスの粉末を混合する。次に金型でプレス成形する。次に、CIP(Cold Isoitatic Press)といって、水の中で2000気圧くらいの圧力をかける。この2000気圧の圧力をかけるときサンプルを裸で水に入れたら溶けてしまう。それで、金型でプレスしたサンプルをプラスチックの袋に入れて、この袋の中を真空にして、シールする。コーヒー豆を引いた後、真空パックするあれです。このとき、真空シールの袋が問題です。プラスチックの袋はシールが破れることがあるので、その場合にはタイではプラスチックの代わりにこの袋としてコンドームを使います。実は、今回学生が使ったのは市販のきちんと箱に入ったコンドームでした。以前、私の学生が使ったことのあるコンドームは一山いくらというようなやつでした。この場合、コンドームはただのゴムでした。しかし、今回使ったのは内側に薬品の塗ってあるやつでした。それで、学生と議論した結論は、この塗ってある薬品がセラミックスの焼結の邪魔をしたのだということです。美人の女学生と向き合って、コンドームをいじりながら、セラミックスの焼結の議論をするのはちょっと乙なものですよ!!!!!
2006.02.06
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さて、ほとんどの観光行事は終わりました。街に帰ってホテルをレイト・チェック・アウトしてから市場に行ってみました。それまでに見た魚が市場にも並んでいました。ここナコン・サワンのまちはナン川とピン川とが合流してバンコクを流れるチャオプラヤー川となるところです。市場見学の途中で、かなり上流にその合流点を見ることができました。ナコンサワンの街は中国正月一色でした。昨夜はその賑わいを見に街に出て、すごい賑わいだと思ったのですが、実は一番の中心地まではいっていないことが分かりました。ちょっと残念です。街のとおりにはズラリッとのぼりがぶら下がっていました。この街のツクツクはバンコクのと違ってオートバイそのものの後部を改造したものでした。このおじさんはカメラを向けても全く表情を変えませんでした。さて、これでブンボラペット湖の魚たちを知る旅は終わりです。まあまあ、楽しいたびでした。特に、湖の船の観光はすばらしかったですね。一方、魚は形はいろいろあるものの、その味はあんまりよろしくなかったですね。もともと、淡水魚で白身の魚なので、魚の肉そのものにはほとんど味はありません。味はスープやスパイスで決まりますから、魚の種類が違っても、料理の仕方が同じなので、大体似たような味になります。これが、タイ料理の限界かと感じました。日本のように、魚の味そのものに千差万別ある、というわけにはいかないですね!!タイ料理もおいしいけれど、それぞれの料理に特徴があるという点では日本料理が優れていると思いました。 (完)
2006.02.06
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今日は朝5時に起きてMTECというタイの研究機関へ。打ち合わせを2種類やる。ひとつの打ち合わせで、私たちの解析結果が、ひょっとするとタイの公害問題に発展する恐れの或ることを示唆していることを報告し、今後の進め方を相談した。今日本でアスベスト問題がクローズアップされているが、タイの問題は物質は違うが根っこは同じなのだ。昼過ぎ大学に帰る。修士の指導学生が、実験の結果を報告に来る。どうも、私のアイデアはうまくいかないみたいだ。『ギブアップする?』もう一度来週議論しよう、ということにした。これで、ちょっと自分の仕事、と思っていたら・・工学部の学生が来週月曜日にデイフェンスなので発表を聞いてくれ、といってくる。その発表練習に付き合っていたら、今度は博士課程の学生が実験結果の報告に来る。ちょっと待たせて、工学部の学生の練習を終える。博士課程の学生の結果は、予想に反するのだが、多分、説明ができると思う。足りない実験をして来週また打ち合わせしようと約束する。これで、午後5時。明日の土曜日は、タクシン首相のある方針に大反対の声が出ていて、相当大掛かりのデモがあるらしい。外出は控えるようにと、NHKの国際放送が言っている。この週末はアパートで仕事だな!!
2006.02.03
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はすの花を見て、水鳥を見て、大満足でした。タイには全部で570種もの淡水魚が生息している“淡水魚の王国”だそうです。そのうち150種もがこのブンポラペット湖に生息しているとのこと。それはさておき、予定よいずいぶん遅れているのでお腹がすいてきた。船着場でパンに群がるなまずを見て、ワニ園を見て(このワニも、ブンポラペット湖の固有種とのこと)、水族館で解説を聞いてと、盛りだくさんです。水族館で興味のあったのはしたの写真の大きな“エイ”。正式名称はラーフー・ナムチュー。これより大きいのもいるんだそうで、今までの最大は幅2.5メートル、体重500kgだそうです。エイというのは海水魚しかいないと思っていたのに、淡水にも数種類いるんだそうです。こんな大きなエイに水の中で会ったら怖いだろうな!!エイに関心が強いのは、今日の昼食でエイが食べられると聞いたからです。そのエイは上の写真のように大きくはならない種類だそうです。レストランに行きました。レストランといっても、タイの地方に来ると、屋根と柱だけのバラックです。そんなことはどうでもえいわい。いました、哀れな姿のエイ君です。エイは臭みがあるので、徹底的に焼くんだそうです。この切り身がエイ君で、反対側の丸たんぼうは雷魚君です。昨日の昼に食べたやつです。さて、そのお味は??テーブルに出てきたのは、上の写真とは似ても似つかぬ野菜と小さな切り身の味噌汁みたいなものでした。臭みを抜くために、まず焼かれ、次に味噌と煮られ、とうとう、小さな切れ端になってしまっていました。味は味噌の味しかしませんでした。ということで、エイ君は期待はずれでした。しかし、下の写真のお魚君は結構いけました。プラー・クラーイといいます。最大1メートルくらいになるそうです。昨日の雷魚より味が良かったです。やっぱり、煮たほうがいいな!!!あと、1回続きです。続きは明日。
2006.02.02
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2日目、早朝5時に起床、5時半バスで湖のほとりの水産試験場の船着場へ移動。今日の目的の第一は湖に群生するはすの花を楽しむことです。10人も乗ると満員の底の浅いボートで約1時間かけてはすの花の或るところまで行きました。ボートの動力は、日本の自動車のエンジンです。このエンジンのトランスミッションのシャフトにプロペラをつけています。私たちの乗ったボートのエンジンは日産のジーゼルエンジンでした。日本の中古のエンジンをボートに使っているのは、チャオプラヤー川の船も同じです。カンボジアでもそうでした。まさに、日本のエンジンは東南アジアで第2、第3の人生?、エンジン生活?を送っています。さて、ボートの上でレヌカー持参の食パンで朝食。湖の深さは深いところで1.5mだそうで、湖というより、湿地帯ですね。やがて、ピンクの一帯が見えてきました。近づいてみると、はすの花です。時間は8時過ぎ、この花は10時になると再びつぼんでしまうのだそうです。ボートを止めて、小半時、ボーっとはすの花を眺めていました。時間が止まったみたいでした。こんな景色を、孫たちにも見せたいなあ、と思いました。船着場に戻るボートが水面の草の生えているところに分け入っていきます。すると、数え切れない野生の鴨が水草の陰から飛び立ちます。鳥にとっては迷惑でしょうが、すごい景色を堪能しました。(つづく)
2006.02.02
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