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5連勝!完璧な試合展開に敬意を表す!(^0^)マジック11 (^-^)/☆昨日の続き【人生、死ぬ時にはプラスマイナス0】夜、看護士の舞ちゃんと食堂で出会った。舞ちゃんは看護士になって未だ2年目の新人さんである。22歳で小さな体で怖い男性患者相手に上手く対応している可愛い看護士である。所謂、病棟のマスコット的存在だ。その舞ちゃんから私を見つけて話しかけてきた。「退院日が決まったのですね~」と少し寂しげに云う。そういえば私が入院直後に舞ちゃんに私の退院後の生活を相談したことがあった。私は、会社を退職して退院後の生活に不安があった。今までの生活は、会社が中心で成り立っていたものが私の心の支えであった。その支えがなくなると、今後は何を目標に又、空いた時間をどの様に生活すれば良いのか判らない。生活を維持してゆく金銭的な問題は私の場合は無いのだが時間をもてあますと思う。そんな相談をしたことさえ忘れていたが舞ちゃんは覚えてくれていた。そこで、私の退院後の生活を話したのだが舞ちゃんは自分自身のことで悩んでいるという。20歳代は悩める年頃だから色々と悩みもあるだろう。立ち話ではなく食堂の椅子に座って舞ちゃんの話を聞いていた。私は話の最後に自前の持論を語った。「舞ちゃん!人生は上手く神様が調整してくださっていて喜びと悲しみ、幸せと不幸は死ぬ時にプラスマイナス0になるようにしてくださるのですよ」…と話すと舞ちゃん曰く。「世話役さんの話は説得力がありますねっ!、私もその考え方で乗り越えてゆきます」と明るく答えてくれた。そして、私の心臓を心配してくれている様子であった。舞ちゃん!ありがとう!今の心を忘れずに何時までも患者の身になって仕事ができる看護士であって下さい。
2003年08月31日
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今夜も勝ちました!4連勝!マジック12v(^^)v強すぎちゃってごめんね!(^0^)10月22日(日曜日)【退院まで残り7日】昨日のトレッキングの疲れから寝過ぎてしまった。今日から、病棟の掃除当番に我部屋はなっていたのを忘れていた。洋子ちゃんに起こされて初めて気づいたのだ。他の2人も忘れていたようで眠っていた。本来は5時に起きて6時までに終わっていなくてはならないのに…。2人を起こし、急いで掃除をする。女性達も手伝ってくれた為早く終わった。おかげで恒例のラジオ体操にも間に合った。女性達に感謝!。病棟世話役が掃除当番を忘れていては示しがつかない。夕刻、同室の森本君がAAから帰院した。土産と云って渡された物は例の嗅ぎタバコだった。これで又、悪戯をしようと云うことになった。3人で誰をターゲットにするかを考える。悪戯好きの子供じみた我々3人である。(^:^)
2003年08月30日
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☆タイガース以外のファンの皆様!(ぴょんじさん!)強すぎてごめんね!これで、
2003年08月29日
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勝ったぁ~!勝ったぁ~!ジャイアンツに2連勝(^0^)広沢様ありがとう。アリアスさん!ご苦労さん!(*^_^*) 10月20日(金曜日) 【退院まで残り9日】今朝も体調は良い!朝食後に、明日に備えて体育館で入念なトレーニングをする。洋子ちゃんから明日の森林公園へ堀江美菜子さんも連れて行って欲しいということだった。多いほうが楽しい。午後より、ビデオ観賞後にテーマに沿ったミーティング。明日はみんなで森林公園へトレッキングだ。主治医に報告すると快くOK。先日の小トレッキングで主治医も安心してくれたようだ。最後の思い出に楽しく過ごそう。
2003年08月28日
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ヤッタァ~!痺れたぁ~!さすが甲子園は日本一の球場だぁ~ !(^-^)/10月19日(木曜日)【退院まで残り10日】昨日の小トレッキングの疲れも無く、爽快な朝をむかえる。只、昨夜主治医より退院日の話があり正式に10月29日に決定する。私が勝手に予定していた退院日よりも2日延びた。何時ものように朝食後、体育館でトレーニング。昨日の疲れが無いのが不思議だ。歳をとると、2・3日遅れて出てくるらしいので怖いな~。トレーニング終了後に、三河洋子ちゃんと岡田由紀子さんから私が以前行った森林公園へ連れて行って欲しいという。「何時行くの?」と訊ねると「今週の土曜日に…」と云うので退院も決まったことだし快く了承する。私1人では誤解が生まれると困るので、次郎長さんも同行してもらうように依頼すると次郎長さんも了解してくれた。私のようなオジサンに森林公園に連れて行って欲しいという彼女達の言葉が嬉しい。午後より院内断酒会に参加し私がスピーチした。多くの人の前でスピーチすると心地良い。明日に昨日のトレッキングの疲れや筋肉痛が出ないことを願いつつ就寝。
2003年08月27日
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*今夜の甲子園は雨の為中止、残念だが楽しみは先に…。10月18日(水曜日)【退院まで残り9日】桑名さんの話から、違う方向にいってしまった日記だが元に戻そう。今日は念願だった小トレッキングに参加だが、参加者名に私の名前が無い。早速、主治医交渉した。主治医は困った顔をしていたが看護士を1人付けて伴歩することで許可がおりた。午後1時過ぎより病院を出て山道を登ってゆく。しかし、遊歩道ではないので道らしい道ではない。所謂、獣道だ。途中までは、息切れしながらもみんなに付いて歩けたのだが20分程の処で1回目のダウン。数分休憩をとり又歩く。後から看護士が「大丈夫か?大丈夫か?」と何度も声をかける。私は、その言葉に返答する余裕さえない。只、前に歩くことが精一杯である。そして、20分程の処で2度目のダウン。数分休憩して前に前に歩く。しかし、これは道ではないぞ~!足下には、大きな岩が転がっているような道とは云えない状態だ。息も絶え絶えだが、此処でリタイアする訳にはゆかない。志願して参加したのだから最終地点まで歩かねばならない。看護士は心配そうに後から付いてくる。病院を出発してから50分ほどでようやく山道を脱出。舗装された道に出た。それからは登り道だが舗装されている為、息を整えながら歩く。そして、ようやく最終地点に到着した。みんなが笑顔で迎えてくれた。伴歩の看護士も一安心してくれたが、心配をかけ申し訳ない気持ちで感謝。10分ほど休憩して帰り道へ。帰り道は、下りなので息も苦しくなく歩けた。帰りは休憩することもなく、来た時の半分の時間で帰院できた。初めてで最後の小トレッキングは、私の弛みきった心と体に喝をいれてくれた。
2003年08月26日
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*我ながら書いていて恥ずかしくなりました…元の病棟日記に戻そうと昨夜は書きましたが、しかし、昨夜は早くからグッスリ寝ると気持ちが変わりました。(^:^)恥ずかしいですが、途中で辞めず「初恋」の終結はつけます。 【初恋Ⅱ】私が腰を抜かし、病院で治療を受けて自宅に戻ってからも玲子ちゃんは家にまで来て世話をしてくれた。腰は痛いが玲子ちゃんが世話をしてくれると嬉しくて、私も少しオーバーに振舞っていた。母も玲子ちゃんの献身的な介護には、嬉しそうに見つめていたのを思い出す。それからの私は、夕方から鍼灸院での針治療が始まったが玲子ちゃんは何時も付き添ってくれた。学校にも行けなかったので、玲子ちゃんが授業内容等を自宅に来て教えてくれた。野球部のマネージャーをしながら、終えた後は私の元に…。半年ぐらいは鍼灸院に通ったと思う。時々祖母が付いてきてくれたが、私は玲子ちゃんと2人で治療に行きたかった。そんな日が続いたのだが、腰の具合もよくなった頃鍼灸院の先生夫妻から父に話があった。その内容は、私を自分達には子供がいないので私を養子に欲しいといった突飛な話だった。父は断ってくれたが鍼灸院といっても鍼灸院学校の校長もされている立派な方だった。私は、何時も他人の方より同じ様な話がある子供だったようだ。兄弟が多い為、相手の方も1人ぐらいは…と思われたのだろう。そして、可愛かったし…(^:^)又、話が脱線しそうなので話を戻す。玲子ちゃんとは、その後通学できるようになっても一緒に通学し一緒に帰るという片時も離れていない関係。学校1番の可愛い子、みんなの憧れの玲子ちゃんを独り占めにする快感!幼い心にも、お互いに恋心?が芽生えていた。しかし、そんな楽しい日々もやがて終わった。水害で水没した玲子ちゃんの家が元の港区に新築され、転校してしまったのだ。幸せな時間は永くは続かないものである。別れるときの玲子ちゃんからのプレゼントは、近くの神社のお守りだった。「恋というものは、はかなくせつないものなんだ」これが私の幼い初恋。
2003年08月25日
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読売系のスポーツ新聞ではミラクル逆転優勝を書いているそうだ。それは絶対にないよね~!負けても マジック17だモン!(-_-;)*日記の趣旨から離れてきていますが少しだけご容赦下さい。(^_^;)【初恋】幼なじみの想い出は、青いレモンの味がする… の言葉があるように、私の初恋も青いレモンの味だった。水害で家を失くした玲子ちゃんは、学年でも600人以上いた中で成績はトップクラスだった。顔は目鼻立ちがハッキリした可愛い女の子。誰でも男の子なら好きになるタイプ。私も、そんな玲子ちゃんに密かに想いを寄せていたのだが、ある事がきっかけで親密になれたのである。私はクラブ活動は野球部に所属していた。そのクラブのマネージャーをしてくれていた女の子が引越してマネージャー不在のクラブだった。そこで私は、玲子ちゃんに頼んだ。断られると思って一か八かの依頼だったが、意外に直ぐにOKしてくれたのだ。ナインもみんな喜んだ。ある日、私が仲間と相撲をして遊んでいた。玲子ちゃんの前なので頑張って勝たねば…と思って勝ち抜いていた時、私は腰が抜けたのだ。立ち上がることができない。その姿を見た玲子ちゃんは直ぐに駆け寄り、私を抱き上げてくれた。嬉しかった!本当に腰が抜けた為、病院に行った。もちろん玲子ちゃんも付き添ってくれた。その日から、私と玲子ちゃんの幼い恋物語が始まったのである。(^:^)
2003年08月24日
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勝ったぁ~!(^-^)/ ようやく連敗脱出ヤァ~! (*^_^*) ★タイトルの「アルコール依存症病棟日記」から離れていくような気がするが…(^_^;)【台風の贈り物…初恋】私達家族は死を覚悟した。壁が破れると、一瞬にして家が吹き飛ばされる。数時間が過ぎただろうか、ようやく風もおさまってきていた。家族は疲れ果てて眠ってしまっていたようだ。そして、翌日外に出て驚いた。新築された家が総て倒壊している。唖然とする光景が目の前に…。しかし、古い家屋は瓦が吹き飛ばされているものの倒壊せずに建っている。樹木も総てなぎ倒されていた。我が家は、あの強風に耐え頑張ってくれたのだ。新築された家だけが倒壊?不思議だった。それからのトランジスターラジオから聞く報道は、港区が水没し数千人の死者が出ているとのことだ。人間も犬も猫も牛も豚も死体が浮いて流されていると云う。見ずとも光景が目に浮かんだ。生き残った港区の住民も、救助活動をすることも無く呆然とその様を眺めているらしい。それから後に、私が通っている小学校は水害に逢った子供達が転向して来た為、2部授業と云う授業が始まったのである。そして、「災い転じて福と成す」の言葉通り、転校生の中で私が心引かれる長坂玲子ちゃんと巡り会った。(*^_^*) これが、私の初恋。(^_^;)
2003年08月23日
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5連敗…??タイガースも呪われている~! (-_-;)【霊より怖い伊勢湾台風】1959年9月26日(土曜日)忘れもしない…。当時、名古屋は自然災害を受けない地域であった。むろん台風など来たとしても被害が出るような規模ではなかった。小学生だった私は、夕方より風呂に入り家族と食事を終えて一家団欒。しかし、その時は観測史上未曾有の災害をもたらした伊勢湾台風に襲来されるとは夢にも思っていなかった。夕方より少しずつ強く吹きだした風は8時頃よりいっそう激しく吹きだしていった。だが、誰もが何の不安も抱かずにいた。むろん、台風時には窓ガラスが割れないように又、雨戸が飛ばないように補強すること等、名古屋人は考えてもいなかった。ところが、段々と激しく吹き出した風と、どしゃ降りの雨。少しずつ、みんなの心に不安感が…。そして、風は室内の壁を押し出した。風の玉が壁を叩き強引に押すのである。壁は室内に向かって膨らみ今にも破れる状態だ。その時、父は我々子供に向かって「みんな!壁を手でおさえろ!」と叫んだ。しかし、幼い子供の小さな手の力では膨らんで破れようとしている壁を持ちこたえさせるだけの力は無い。それでもみんな必死で壁を押さえていた。父は箪笥を破れそうな状態の壁側に置いた。そして、泣いていた。父は戦争に行って弾丸を潜り抜けてきた戦士である。そして、大阪では室戸台風にも遭っている。その父が泣いているのだ。初めて私達子供は、事の重大さに気付いた。これ以上風が吹き続けると壁が持たない。そして、みんなは諦めたのだった。これ以上、手のうち様がないのだから…。みんなで死を覚悟した。
2003年08月22日
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4連敗?? (>_<)そんな、アホナ~!【呪われている家】消防署長が入居してから毎晩我が家に風呂を借りに来る。あちらの家にも風呂があるのだが1人だけが入るのは不経済だと云う理由だった。私達家族も、署長が職場の裏話をしてくれるので最初の内は喜んで話を聞いていたのだが余りにも長時間居る為に鬱陶しく思えるようになってきた。そして、署長に対する我々の態度も露骨に嫌だといった態度を示した。所長は来なくなったが、それから署長の体調が悪くなったようだ。奥さんが来て食事の支度をするようになったのだが、署長の体調は段々悪くなっていった。そして、ある日突然居なくなった。母が奥さんに聞いてみると、署長は精神を患って入院していると云う。精神を患った理由は話さなかったそうだ。だが、我々には何故精神を患ったのかの察しはついていた。あれだろう!あの、不思議な現象の所為だろう。署長はその後、退職を余儀なくされたそうだった。後日、引越しの際に署長の奥さんから母に話したことは、やはり私達の想像通りであった。署長が家に帰りたがらなかった理由が、やはり不思議な現象のせいだった。毎夜、寝付こうとすると誰かが傍に居るようで寝付けなかったらしい。そして、ドアを叩くような現象もあったそうだ。しかし、消防署署長と云う肩書きから私達には話さなかった。話してくれていれば私達も同じ経験をしていた事実を話したのだが。やはり、あの家には何かがとりついていた。只、私達家族はおおらかと云うか怖さ知らずと云うか相手にしなかったのが幸いしたのだろう。不思議な現象を受け入れていたから…。私達家族は亡霊や超常現象を体験することよりも、もっと怖い経験をしてきたのだから…。それは、伊勢湾台風の怖さを体験したからである。
2003年08月21日
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【亡霊が…】毎夜のように激しくドアを叩く音は、夕食を終えて家族でくつろいでいる時間に限っていた。ある日、不審に感じた私は妹に玄関を見てくるように頼んだ。妹は怖がりもせずドアを開けて見たようだ。誰も居ない。「誰もいないよ~!」と妹は云ったが、その直後に又激しく叩く音がしだした。もう一度妹は玄関に行ってドアを開けた。しかし、やはり誰もいない。父も母も不審に感じているようだ。私は、この家には霊が付いていると思っていた。この家は、本宅を立て替える為に敷地の隣に空いていた家に仮住まいをしたのだった。数年前までは、住んでいる人がいたが、その後は空き家になっていた。間取りは崖の斜面を利用している為、玄関が2階部分になり1階は地下室のようになっていた。葡萄棚があり、オシャレな作りの家だが何処か気持ちが悪いと以前から私は思っていた。空き家になった理由も、精神を患ったご主人と奥さんが住んでおられた。そのご主人が亡くなってからは奥さん1人で住んでおられたのだが、その奥さんも精神不安定になり入院された。それからは、売却されて我が家の一部になっていた。そんな理由で、私は家族の仮住まいも反対であったが、私は別に部屋を借りていたので時々この家に泊まる程度であった為、余り強引には云えなかった。そんな現象は何時までも続いた。そして、家族も慣れてしまった。玄関ドアが音をたてると、みんなが顔を見合わせて「又来たな~」といった雰囲気だ。今から考えると短期間とはいえ、よく住んでいたものだ。そして、本宅も完成して引越した。その後に住んだのは、新たに赴任した消防署の所長が仮住まいに住まわせて欲しいといって入居した。単身赴任であった為、1人で住んでおられた。しかし、その所長もあの家には何か居たくない様で毎晩私の家に風呂を借りに来ては長話をして帰ろうとはしなかった。帰らない訳…それには後で判ったことだが事情があったのだ。
2003年08月20日
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アカン!打線が…(-_-;) 【幽霊話】幽霊出没事件の後は何事も無く過ぎていった。どうして、あの女性の亡霊は出てきたのだろう?あの場所に物干し場を設備したことに対する不満を云いに来たのか、それとも女性物の洗濯物に惹かれて出てきたのか?我々亡霊を見た6人は、その後は忘れたかのようにあの話には触れなくなった。私は、話をしてくれた看護士には事実を報告した。看護士達の数人は2年ほど前に見ていると云う。その時にも、やはり女性患者の物干し場に使用していたそうだ。だから、当時を知っている看護士は設置に拒否反応を示したのだ。今の患者には事実を云えない話だから渋々了承してくれたのだろう。しかし、怖かった。私は、以前住んでいた自宅にも異常現象が起こったことがある。それも、一家全員が何度も体験した現象だった。それは、夜10時頃になると玄関ドアを「開けてくれ~、早く開けてくれ~」と云う様に激しく引き叩く音が聞こえるのだ。最初は強風でも吹いてきてドアを叩いているのだろう…と思っていたが、毎夜10時頃に叩くので、みんなは不審に思い出した。*今タイガースが負けた!この続きは明日にでも…。
2003年08月19日
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*怖がりな方は夜は見ないで下さいね。(^:^) 【幽霊成仏す!】もしも…と思っていた亡霊が現れた。私とボンは、身動きできない状態で微笑みかけているように見える亡霊を見つめていた。病室内から覗いていた4人も飛び出してきた。亡霊を見るのは霊感のある、限られた人だけだと思っていたが病室の4人と私とボンは見たのだ。 そして、こちらを見つめて”おいで~!おいで~!」と手招きしている。私は、般若心経が唱えられるので必死に唱えた。すると、亡霊の姿が遠ざかってゆく。そして、消えた…。私は昔から霊感が強いが、こんなに鮮明に亡霊を見たのは初めてだった。6人は、その後も呆然とベランダに立ちつくしたままであった。6人は震えながら…。見た6人は誓い合った。決して今夜見た亡霊は他言しないことを…。その後は幽霊さんは出なくなったのだが、何を云いたかったのだろう?。女性専用の洗濯物干し場に関係があることは確かである。*怖いから供養の為に…
2003年08月18日
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打線が悪い! \(`o’") コラーッ!矢野・ヒーやん・片岡…早く復帰を願う!(-_-;)【幽霊現る】看護士が重い口をようやく開いて語ってくれたベランダの話に鳥肌が立った。3年前にアルコール依存症患者で入院していた25歳の女性が病棟内の男性患者と恋愛関係になり、男性患者は先に退院をした。しかし、退院をしてからは全く連絡が途絶えたそうだ。彼女は何度も何度も彼に連絡をとったが彼には奥さんがいて応対もしてくれず彼自身も会う意志がないようだったそうだ。そして、何度も電話をかけてようやく奥さんと話が出来たと云う。その話の内容が彼女にはショックであった。奥さんの話では、他にも彼女がいるようで家にも帰って来ないと云う。その彼女と云うのは、同じ依存症病棟にいた女性だそうだ。その話を聞いた女性は欝症状が出始めた。看護士達は病棟内の恋愛は禁止だが見て見ぬ振りをしていたと云う。そして、親しい看護士に一部始終話していた。だから、事情は知っていたそうだ。鬱症状が出た女性を看護士達は何時も監視をしていたが、ある日突然ベランダから身を投げて死んだ。その場所が、例の女性専用物干し台の在る場所だった。その場所だけがフェンスが取り付けられない場所であった為に、二度と出入りが出来ないように扉を取り付けたと云うことだった。なるほど!これで不自然な扉の事情が判った。そして、看護士達が物干し台設置に抵抗した理由も…。しかし、この話からすると噂の幽霊話は現実味をおびてきた。患者達に話すべきか…。話すと女性達が怖がって使用しなくなるし、幽霊話の出た部屋の患者達も、あの部屋を出たがるだろう。そして考え付いたのが、私がみんなに話す前に幽霊が出るという時間にベランダを確認することにした。1人では怖いのでボンだけに話をして付いてきてもらうことにしたのである。ボンは、この様な話が好きな為、一つ返事でOKした。そして、その夜1時過ぎに合鍵を借りて扉を開け、ベランダにボンと共に入って待機した。深夜のベランダは、明かりもなく静かで、木々の葉の風で”すれる音”だけが微かに聞こえている。時間は1時を過ぎた。出てくると云う時間だ。ベランダから直ぐ傍の音が聞こえるという部屋の患者が障子を少し開けている。彼ら4人も起きているようだ。1時半近くになった頃である。遠くから音が聞こえだしたのだ。「コツ!コツ!コツ!」と…。序々に近づいてくる靴音。音が止まった。すると、すすり泣くような又、誰かを呼んでいるような声が聞こえてきた。ベランダには人影も見えない。私はベランダから下を覗いたその時…見た!確かに見た!白いワンピース姿の若い女性を…。夜霧で霞んだ中に、ぼんやりと浮かんで私を見つめている姿を…。それは小首を少しかしげた”にこやかな表情の女性”であった。こんな姿が…それは数秒間の出来事のように思えたが…。私とボンは手を握り締めてジッとその女性を見つめていた。
2003年08月17日
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流石に井川はエライ!これで念願のジャイアンツに勝ち越しだ~。 (^-^)/ 優勝も目前に…(^0^)【幽霊が出る物干し場】★驚愕の秘密 *亡霊画像は明日載せます。女性専用物干し場が設置されてから、その噂が囁かれはじめた。新たに設置された女性患者専用物干し場の傍にある病室の患者が深夜になると異様な音が壁越しに聞こえると云うのだ。今までその様な音はしなかったと云う。私は4人の噂の部屋の患者に集まってもらい詳しい話を聞いてみた。すると、4人の患者総てが同じことを云う。消灯時間を過ぎて眠りに付いた1時頃に睡眠薬を飲んでいるのに目が覚めると云う。睡眠薬を飲むと夜中に目が覚めることは無いはずが4人とも目が覚めると云うのだ。そして、ベランダの物干し場辺りから「コツ!コツ!」という音が聞こえてくると云う。女性のハイヒールの靴音の様な音がするそうだ。その音がする場所は死角になっているので病室からも見ることが出来ない。4人は音がする側の壁に耳を付けて聞いてみると、女性のすすり泣きの様な声がすると云うのだ。それも深夜1時過ぎに毎夜聞こえると云う。私は、その話を聞いて心当たりがあった。それは、病院側と物干し場設置の話をしている時に病院側の看護士達が不思議に拒否をしたことだ。そして、何故あの場所に扉が取り付けられているのかと聞いた時も看護士は無言だった。そのベランダは扉を取り付ける必要性が無いベランダであった。何か病院側は隠している。噂話は事実だろう。早速、看護士の中でも1番親しい看護士に聞いてみることにした。そして、看護士に聞いてみると「私は知らない!」と云う。しかし、その表情がひきつっている。私は、頼むから話してほしいと懇願した。ようやく、看護士が話してくれた事実に私は驚愕した。何故その事実を設置交渉の時に話してくれなかったのか?この話を、みんなに云うべきか…。私は悩んだのである。
2003年08月16日
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まさか~ (v_v)焼肉食べて帰って来ると…。【桑名里美さんの場合Ⅱ】桑名さんから依頼された内容とは…。男性患者の洗濯物は、ベランダに物干し場があり屋外で干すのだが女性患者の洗濯物は病棟内に1畳ほどの乾燥室が用意されてあり、そこで男性患者の目に触れないように乾かすようになっている。そこで、桑名さんからの要望は乾燥室で乾かすのは衛生的によくないし、やはり太陽の下で乾燥させたいので男性患者のようにベランダに女性患者用の物干し場を設置して欲しい…と云う内容の話だった。困った話である。女性患者の洗濯物を男性患者と同じ場所に干すと、以前あった下着盗難事件が発生する。桑名さんの要望は難しい。私は、考えたすえに病棟内から死角になっているベランダがあるので、そこに女性専用の干し場を設置しようと病院側に依頼した。病院側はなかなか承諾しなかった。理由は、死角の場所でも男性患者が知ると盗難事件が必ず発生すると云うのだ。そのことは私も承知しているが、女性患者も不衛生な乾燥室で乾かすのは嫌だろうと思う。そこで、もう一つ提案をした。設置予定の女性専用の物干し場に行くには扉がある。女性患者に扉の鍵を持たせておけば男性患者は、その場所にゆけない。その提案でようやく了承された。しかし、物干し台と合鍵を購入するのにも院長の承諾がいるそうだ。相談するので少し日にちが欲しいと言う。それは仕方がないことなので私も了解した。設置決定を桑名さんに話すと大喜びで、女性患者からも感謝されたが私には不安は残っている。病棟内は飢えた狼どもが一杯いるからだ…。少しでも女性の下着が見えると盗む者が必ず出てくる。以前のメアリー下着盗難事件を思い出した。あの時も意外な人物が盗んでいたからだ。もしも、誰かが下着が無くなったと病院に報告すれば患者全員の持ち物検査が強制的に行われる。そうなると危険人物が多い患者と病院側とのトラブルも発生するだろう。女性患者は感謝してくれたものの、私には頭が痛い女性専用物干し場になりそうだ。その後、私の危惧は別の方向に!新たに設置した物干し場には恐ろしい出来事が…それは、夜な夜な「幽霊」が出ると云う噂が病棟内に広まって私の耳にも…。
2003年08月15日
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【桑名里美さんの場合】桑名里美さんは52歳で娘さんが2人いる。既に長女は嫁いでいると云う。次女は20歳だそうだ。私が桑名さんに初めて会ったのが彼女が入院してきた翌日の食堂であった。第一印象は、顔が浮腫んだ中年のオバサンで態度のデカイ女性だった。この人も挨拶をしない女性だった。しかし、身なりはキチンとしている。小奇麗な服をいつも着ていたのが印象に残っている。そんな桑名さんが、1ヶ月経った今では見違えるように綺麗な女性になったのだ。浮腫んでいた顔も引き締まり、いつもニコニコ笑っている。服装も娘さんが差し入れる為、高級な服装で日替わりで着替えている様だ。平山さんとは対照的な女性になっていた。そして女性患者の中でも一目おかれる存在のようだ。その理由は、娘さんから差し入れられる食品を女性患者が頂いているようであったからである。私も彼女が外泊して帰ってきた折にお土産を頂いた。かなり裕福な家庭であるようで病棟では”お嬢様”と呼ばれていた。52歳のお嬢様…。しかし、そう呼ばれてもおかしくない気品があった。この人がどうしてアルコールに溺れたのか?不思議である。話しても、一通りの教養もあり礼儀も正しく患者と接している。そんな桑名さんから私に依頼があった。それは、私にとっては少々恥ずかしい要望であった。
2003年08月14日
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2連勝…自力でマジック24 (^-^)/この勢いで東京だ~!【平山美津子さんの場合Ⅲ】私は、とっさに身を隠したが気づかれていた。「何してはるの?」と彼女は私を見つけて云った。「イヤ!タバコを拾っているんです」と私は答えた。そして、又例の話がはじまった。「考えてくれはった?、鳥取さんに聞いてくれはった?」私は答えようがないので「鳥取さんには未だ会ってないので…」と答えた。すると、平山さんは「もうええわ~、三河さんに頼んだから」ナヌ~!三河さん?三河さんは以前「アルコール性てんかん」を起こした女性である。三河さんは面倒見が良いので本気になって聞いていたのだろう。まさか、患者の総てに同じ頼みごとをしているとも知らないで…。三河さんが気の毒になったので私は云った。「平山さん!三河さんに頼んでも家は探せませんよ」すると平山さんは「どうしてやの?、洋子ちゃんは探すと云うてたで」と…。なんだか他人事のようである。自分で探す努力もしないで他人に依頼して廻る。これも、依存症の病状の特徴であるのだ。自立心が生まれていないのだ。私は平山さんのこの言葉で彼女の今までの生き様が判ったような気がした。総て他人任せの生き方をしてきたのだろう。彼女が最初に云った言葉「母親もしてこなかったし…」が理解できた。そして、ご主人にも「妻をしてこなかったのだろう」と思った。嫁いだ時には良い妻だったと思うのだが姑さんが総て家庭を仕切っていたのだと思う。そのストレスから酒に走ったように思えた。そして、家事もしなくなり妻も母もしなくなっていったのだろう。考えてみると可哀相な人だ。姑さんが元気すぎても、この様な結果が生まれる。普通なら姑さんと喧嘩をしてでも家庭の主導権は嫁が握るのだろうが彼女の場合はそれが出来なかったのだろう。そして、今ではこの様な姿に…。私なりに平山さんの依存症に至る経過を解析してみたのだった。しかし、平山さんには服だけは洗濯して欲しいな~!
2003年08月13日
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勝ちました!(*^_^*) 今の心境は数年ぶりに勝ったような気持ちです。(^0^)星野監督900勝だっ!(^-^)/*優勝祈念にHP衣替えをしました。(^:^)【平山美津子さんの場合Ⅱ】私は平山さんの話を聞いているうちに不思議な気持ちになってきた。平山さんは、私をどの様な男だと思っているのか?…と。私に、この様な問題を相談されても答えようが無い。私は質問したいことは多くあったが私が答えて欲しい答えも帰って来ない。只、彼女の話に相槌をうち聞いているだけだ。しかし、話を持ちかけられた以上は無視をする訳にゆかない。平山さんは独り言のように、たどたどしい言葉で話し続ける。困った…。そこに、市口君が現れて私に耳打ちをしてきた。「あんまり真剣に聞かんほうがよろしいよ~」私は小声で「何故?」と聞くと「あの人は皆に同じことを聞いて廻ってるんです」と云う。そんな馬鹿な!今まで真剣に聞いていたことは何だったんだ。そこで、独り言を語り続けている平山さんに私は云った。「平山さん!判ったから福祉士の鳥取さんに相談しましょ」「私は貴女の話をこれ以上聞いてもどうすることも出来ないし…」すると、平山さんは表情も変えずに立ち去っていった。私は市口君と顔を見合わせ、唖然と平山さんの後姿を見送ったのである。もしかすると、今まで話していた身の上話も嘘だったのか?部屋に帰って同室の藪岡さんやボンに話をすると、皆同じ話をされていたのだ。疲れるな~!この病棟の患者は、何処まで誠で嘘なのかを見分ける判断が難しい。翌日、同じ様に食堂でタバコを吸っていると又平山さんが近づいてきた。私は、そっとテーブルの下に身を隠した。同じ話は、もうご免だから…。
2003年08月12日
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▼病棟世話役をしていると患者より、さまざまな相談をもちかけられる。その相談内容から、その人の「アルコール依存症」に至る人間模様が見えてくる。【平山美津子さんの場合】平山さんから突然相談があった。平山さんは42歳の女性である。子供は男の子が2人いると言う。長男は17歳で次男は14歳だそうだ。1ヶ月ほど前に開放病棟に来た患者であったが身なりが汚く洗濯をしている姿を見た事が無い。何時も同じ薄汚れたカーディガンにルームパンツ姿で挨拶もしない為、患者仲間では嫌われ者になっていた。言葉も、敬語が話せないらしく”ぶっきらぼう”で此方から話しかける気持ちになれない女性であった。私は彼女のことを不器用な女性だと思っていた。交友関係が、まったく持てない女性だからだ。そんな彼女から突然の相談だったので驚いた。それも、敬語を使って話しかけてきたのである。それは、私が食堂の片隅で窓から外の景色を眺めながら煙草を吸っていた時のことである。「チョットいいですか…」振り向くと平山さんであった。「どうかしましたか?」私は少し困惑した表情だったと思う。「実は、あたし退院しても住む所がないんです」唐突な現実的な話だ。「住む所が無いって…どうゆうことですか?」「あたしは、主人から退院しても帰ってくるな!と言われてるんです」「それで?」「子供達も帰ってくるなと云うし…」「そろそろ、退院してからの住む家を探さないかんし…何処かない?」私にそんな事を相談されても困る。そんな話は福祉士の方に相談する問題だ。「それは困りましたね」「それなら、福祉士の鳥取さんに相談したらどうですか…」すると、彼女は「相談してるけど返事が未だないから困る」「それなら、退院するまでに何処か探してくれますよ」「それが、お金も無いし…」「お金が無ければ生活保護を受ければ…」「そうですか…」「あたしは、この辺のこと知らへんし、断酒会に行ってる辺りで家があったらいいのやけど…」「そうですね~、どうしてご主人や息子さんは帰ってくるなと言われるのですか?」「あたしが悪いねん…あたしが悪いねん」「どう悪いのですか?」「あたしは家の仕事をせいへんし、お酒ばかり呑んで母親をしてないし…」「姑からは苛められるし…」ポツリポツリと話す平山さんは、誰かに身の上話を聞いて欲しかったようだ。*続きは明日…
2003年08月11日
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4連敗…又、今までの不安が頭をよぎる。タイガースファンは不安神経症だ~っ!★精神状態不安定の為、日記は休みます。
2003年08月10日
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初めての3連敗 (v_v)帰宅が遅くなりました。日記は明日書きます。(^_^;)
2003年08月09日
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★今日は、10年に1度と云われている大型台風10号が来ています。雨・風共に非常に強いそうですので皆さんご注意下さいね。 10月17日(火曜日)【退院まで残り10日】朝食後、体育館でトレーニング。明日は小トレッキングの日なので参加できそうだ。午後より教育プログラム参加。テーマは「アルコール依存症の脳への影響と睡眠障害に付いて」であった。講義内容は、脳の前頭葉の血流が減ってくると”否認”の症状が出てくるそうだ。★新しい発想が出来なくなる。★今までの行動や言動が変更できなくなる。★習慣等から脱出できなくなる。★移動ができなくなる。★精神依存による苛々感や落ち着きがなくなる。等の行動障害がおきるそうである。不眠に付いては、アルコールは耐性が出やすい物質の為、量的に増加してゆく。その為、最初は少量のアルコールで眠れたものが徐々にアルコール量が増加しなければ眠ることが出来なくなる。人間の睡眠は、”レム睡眠”と”ノンレム睡眠”が交互に90分周期で起きている。”レム睡眠”は身体の睡眠で”ノンレム睡眠”は脳の睡眠だそうだ。前頭葉にアルコールによる障害がでると長期間断酒を続けていても睡眠障害がおきるケースが多いと云う。この場合は精神障害患者に使用する睡眠導入剤を使用するが副作用として顔の硬直がおきるそうである。今日もアルコールが脳障害をおこす怖さを再認識した。その後、院内例会があり今週退院する3人にプログラム終了証書授与式あり。夕刻に森本君から明日の小トレッキングの参加者名簿に私の名が載っていないと云ってきた。早速、詰め所前のボードを見ると確かに私はビデオ観賞になっている。担当医に面談を申し入れ、先日の話では大トレッキングに参加させてもらえる話であったのに小トレッキングにも参加させて欲しいと依頼すると主治医曰く、明日の小トレッキングはコースが厳しく私には無理だそうだ。しかし、私はどうしても参加させて欲しいと頼み込んだ。主治医は「彼方は変わった人ですね~!殆どの患者はトレッキングを嫌がり仮病をつかう患者が多い中で懇願して参加させて欲しいと云う。珍しい人だ…」と云われてしまった。そして、内科医と相談するとのことだった。私は、やはり変わり者か~(^_^;)夜に姪宛に、先日の手紙の返信手紙を書く。明日のトレッキング参加を願いつつ眠りに就いた。
2003年08月08日
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又負けた…負け方が悪すぎる! (>_<")今日の日記休みます。(-_-;)(v_v)
2003年08月07日
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予想通りに古田で負けた!(>_<)10月16日(月曜日)【退院まで残り11日】午前11頃家を出て、途中駅前レストランで昼食。午後1時に病院到着後、直ぐに薬物教室に出席。今日の講義のテーマは「アルコール依存症による各臓器への障害」だった。アチャー!又私がモデルか?。(^_^;)私の場合はアルコールによる障害として肝硬変・12指腸潰瘍・食道静脈瘤・抹消神経炎・心臓疾患・胆石症等、立派な経歴の持ち主である。(-_-;)聞くのが苦痛だったが我慢して1時間半の講義を聞いた。3時前より看護士スタッフと病棟世話役会議参加。今回もスタッフからの要望は無かった。我々世話役からは次回のレクリェーションに付いて報告し、現在のところ患者よりの要望や苦情は無いことを告げた。6時半より2時間「院内合同例会」開催され、私は退院を2週間後に控えた心境や入院の際に入れられた「保護室」のエピソード等を語った。
2003年08月06日
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神宮、雨で中止なんだって! (>_<")10月15日(日曜日)晴【退院まで残り12日】昨夜は弟宅で子供達と一緒に眠ったが、朝目覚めると姪が私に抱きついて眠っている。本当に可愛い…。安心しきった寝顔を見ていると布団から出ると起こしそうな気がしてトイレにも行けない。午後より弟夫婦と共に外出。久しぶりに喫茶店に入りcoffeeを飲む。喫茶店に入るのも永い間ご無沙汰だったので美味しかった。そして、弟夫婦とは此処で別れ帰宅した。生命保険会社より書類が届いていた。複数の保健会社に加入しているので90日の入院は、かなりの入院給付金がおりる。ありがたい!(^:^)私はアルコール依存症の場合は保健が出ないと思い込んでいたが給付されると聞いて意外だった。仕方なく罹った病気でなく、自業自得でなった病気である。しかし、頂けるものは頂こう!。久しぶりの我が家での夕食。明日は午後1時までに帰院しなければならない。退院まで後2週間か~。
2003年08月05日
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10月14日(土曜日)晴【退院まで残り13日】今日は自宅へ帰る。朝食後、直ぐに仕度し途中弟の子供達へ土産を購入し帰宅。午後より弟宅へ向かう。子供達に土産の腕時計を渡すと喜んで、早速腕に巻いて嬉しそうだ。未だ子供だ。安物の時計でも喜んでくれる。喜ぶ姿を見ていると、もう少し高額な時計を買えばよかったと後悔。そして、夕食を「ちゃんこ鍋」にすると云うのでご馳走になる。その後談笑し帰宅しようとすると、子供達が今夜は泊まって欲しいと云う。今夜は自宅で眠りたかったが子供の言葉に誘惑され泊まる事にした。姪は私と一緒にお風呂に入るのが楽しみのようだ。”洗いっこ”が楽しいようで、私の頭を手馴れた手つきで洗ってくれる。そして、一緒の布団に入り昔話を自分流に作話して話してやると真剣に聞いている。私は眠剤を飲まないと眠れないので、飲んで話すと話の途中で眠ってしまう。その為、話が一区切りしたところで眠剤を飲む。まだまだ可愛い子供達だが、そのうちに一緒に入浴や寝ることも出来なくなるのだろう。それを考えると寂しいことである。
2003年08月04日
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チョット早めの勝利宣言!(^:^)/マジックは…?10月13日(金曜日)雨【退院まで残り14日】今日は久しぶりの雨朝食後より、午後からのゲームの準備をする。次郎長さんが大きな用紙を用意して各チームのスコア表を作成していた。次郎長さんの性格が此処にも現れている。1人丁寧に定規を使って線を引き終えたところに印刷されたような字を陽子さんが書いている。良いコンビだ!。(^0^)他の役員は「ビーンボーリング」の部品を組み立てている。私は司会進行なので指示をするのみだ。(^:^)口は上手いが働かないのが私のとり得?(^_^;)午後より患者全員と看護士スタッフ4名参加し、体育館で「ビーンボーリング」の試合開始。みんな大喜びで競っている。優勝チームには表彰を今回は用意した。姪の競技会でのメダルを、先日帰宅した際に借りてきていた。金メダルと銀メダルを優勝チームと準優勝チームの代表者の首にかけた。子供じみた遊びでも童心に返って楽しいものだ。 私は司会進行で疲れたが、みんな大喜びで次回もこの競技を望んでくれた。その言葉で疲れも取れる。入院生活も順調にゆけば残り僅かになってきた。
2003年08月03日
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勝ったそうですね!(^0^)3連敗をしないタイガース(^-^)/ ☆久しぶりに、シンフォニカー交響楽団のコンサートに行きました。 やはり、生で聞くと最高ですね~!(*^_^*) 1日は「花火大会」で目の保養をし、2日は「シンフォニカー」のコンサートで耳の保養!ようやく夏らしくなってきました。病棟日記は明日から…。
2003年08月02日
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負けたそうだ! (-_-;)★日記サボって遊んでいました。(^_^;)溯って書かせて頂きます。 病棟日記は休みまして、今夜は「花火大会」に行ってきました。近くで見る花火は迫力満点!
2003年08月01日
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