アキハバラ的散財生活

2002年03月01日
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テーマ: B級TV番組考(18)
カテゴリ: カテゴリ未分類
TV...ではないけれど、結構いい出来だったのに、なかなか見向きされない映画として、「地球へ・・・」を取り上げてみます。

1980年のGWの目玉作品として制作されました。原作は竹宮恵子。「涅槃で待つ」の沖雅也や、元祖プッツン?の秋吉久美子やら、薬師丸ひろ子まで出ている!?そして監督は社会派の名声も高かった恩地日出夫。

実は最近まで恩地日出夫がどうして「地球へ・・・」を監督だけではなく、脚本やコンテに至るまで手がけるようになってのか?不思議でたまりませんでした。
「アニメは光の当て方がバラバラでデタラメだ。光源の位置を決めて背景と人物に影を付けなければいけない」
とか言っているわけです。
音楽の付け方も、スターウォーズの焼き直しのようなものを拒否していますし、声優も「傷だらけの天使」の岸田今日子をさりげなく使って脇をかためていますが、基本的に声優でなく俳優を起用するようにしていますし(まぁ最近のジブリもそうですけど)、一体アニメという手法で何をやりたいのか、さっぱり見えなかったんです。これにより、原作派からもアニメ派からも浮き上がった存在になってしまい、今に至るまで、振り返られることのない作品になってしまいました(^0^;)

ところがですね、ひょんなことからこの謎が解けたのです。
会社の後輩で、恩地日出夫の息子と友達だった、というのがいたのです。その彼が語る真相というのは...

恩地日出夫の息子は、当時大のアニメファン。宇宙戦艦ヤマトとかSFアニメが大好きだったそうです。そして、自分の父親に「最高のアニメを作ってくれ」と懇願したのだそうです。その友人に「自分の父親がオレのために作る」と何度も吹聴していたのをしっかり覚えているそうです。父親としては難しい年頃(反抗期)にさしかかろうとしている息子に、父親の威厳を見せつけるために、敢えてアニメという「未知の分野」に飛び込んだのでした。しかし、飛び込むからには、従来の手法でない「恩地ならでは」と思わせる要素が必要でした。だから当時のアニメの作り方を意地でもとことんこき下ろしていたのではないか?とも思えるのです。

ただ、ここで行われたことはその後のアニメ制作のノウハウとして取り込まれていきます。ましてや、今のCG全盛であればなおのこと、もっと違う形で「恩地風」になったのではないかと思うとそれはそれで悔やまれます。

その後、恩地の作品が出るまで5年かかっています、これは家庭の事情による、ということらしいのですが、ここでは書きません。ただ今も監督業を続けているとのこと...まぁ転換点がこの作品であったことは紛れもない事実ですが、年表から消して欲しい、と願っているのは本人だけではないかもしれません。

ちなみに「地球へ・・・」は「てらへ」と読みます。念のため(^0^;)
主題歌は...癒し系?のダカーポでした。





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最終更新日  2002年03月03日 00時43分57秒
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