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(1)紙を破るように空間が破れてこの現在がどこかにこぼれてしまえばよいと思う。(2)このどくん、どくんとするもの。不安を超えるもの。この現在を越えるもの。プランクトンは怖気づくことなく、何千年も泳ぎ続けているし、植物にためらいはなく、何万年たっても、春に花が咲く。このうずくもの。未来に向かうもの。
Feb 24, 2008
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体の底から本当に湧き出てくるような力がほしいと思った。力強く日々を推し進めていくような意欲がほしいと思った。 確かにわたしは長い時間を生き過ぎた。それが、400年なのか、500年なのか、もしかすると1千年を超えているかもしれない。既に、時間の長さの絶対値が意味をなさないぐらいわたしは生きている。 わたしは退屈していたわけでは決してない。いつの時代も静かで、平穏で、安定しているときはなかった。自然災害や戦争が絶えずあったという意味だけではなくて、そのような暴力的な活動や行為がない時でも、人々は苦しみ、嘆き、身悶えていた。いろいろな色の絵の具を混ぜると、その中には巨大な太陽が夕暮れ時に作り出す情熱的な赤色や雲ひとつないカルフォルニアのまぶしい青色が含まれているのにかかわらず、結局は灰色の溶液になってしまうように、人間の感情をすべてまぜると、それこそ微笑や信念や希望を支える豊かで前向きな感情があるにもかかわらず、どろどろと薄汚く暗いものになってしまうのである。わたしは夜の街をあるくと、必ず不幸な人々にめぐり合った。そのような人々をさらに不幸にすることはとても簡単なことであった。暗い感情をもう少し暗くしてやるだけで十分だった。人々の感情が闇に近づくと、人々は悟った、闇が無限であるように不幸も無限であると。人々がその絶望感から人生をあきらめてごろごろと転落していく様を観察していくことは、わたしにはとても愉快であった。 そのような暗い感情はわたしには伝染するはずはないと思った。なぜなら、少しでもわたしの心に曇りができるとわたしは若い女の血を吸ってきたからだ。どの若い女の血にも未来への予感があった。社会の荒波に揉まれる前の初々しい素直な感情と隣り合せで、将来に対するきっぱりとした覚悟があった。それがわたしの体に注入されていくのだ。わたしは絶えず生まれ変わり、再び生まれ変わるために生き続けた。 それが最近どうしたことだ、若い女の血が効かない。女の背後に忍び寄り、その滑らかな曲線を描いている首筋にわたしの牙をつきたてた瞬間にほとばしる血液がわたしを瞬く間に回復させていくことには違いがない。しかし、それが長続きしない。 今でもそのときの光景を思い出すことができるが、その女はギロチンで処刑されることが確定していた。次の朝になれば、沢山の民衆の前に晒されてその生命を終えるはずだった。それなのに、彼女の心の中にあったものは夢だった。彼女の思念が大きく飛翔し、死を目前にしても夢が恐怖心を押しつぶしていた。わたしの牙が彼女の首筋に深く食い込んだとき、わたしは確信したのである。その確信は正しく、次の百年間、一人の女の血を得ることもなくわたしは若々しい青年として生き延びたのである。 そう、あの時のような強い感情を持った女がいない。このままではわたしは滅びてしまう。一年に一人の女の血で済んでいたものが、月に一人は必要になっている。さらに、月に一人でも物足りないような気分の襲われている。 あてがまったくないわけではない。病のためにもう何ヶ月も伏せているけれども、恐ろしいほどの精神の健康性を維持している女がいる。その女には3人の幼い子供がいる。妻を助けるために自分の全財産をつぎ込み、それでも足りないお金を得るために毎晩深夜まで働いてるやさしい夫がいる。しかし、わたしには彼女の近い未来が見えている。自然の摂理が彼女の意志を超えた。現代の医学はあまりに非力すぎた。彼女の精神が強ければ強いほどに、それを上回る劇痛が彼女の肉体を襲い始めている。それでも彼女の思念は子供に、夫に、そして未来に向かっている。 わたしが求めているのはこのような血なのである。しかし、この血には病から作り出されている毒素があまりに多すぎる。この毒素にわたしすらも耐えられないかもしれない。彼女の血はこの毒素のためにどす黒い。 わたしは彼女の強い意志に、この黒い血の中にみなぎる意志に引かれている。わたしがまた何百年も行き続けるためには、この意志が必要なのである。彼女の心臓が止まってしまうとわたしはこの血を吸うことができなくなる。 深夜、わたしは彼女の病室に忍び込み彼女を見つめている。彼女の皮膚は既に生気を失なっているが、まだ、そのすぐ下を黒い血が流れている。 まもなく、終焉が訪れる。わたしは決意しなければならない。 わたしはかっと眼を見開いた。
Feb 17, 2008
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満員電車の中でつり革につかまって眼をつむっていると、聞くともなく聞こえてくる。彼らは「デンタルインセクト」について話している。満員電車はいつまで経っても解消されないというのに、一部の分野では驚くほどに科学が進歩している。「もちろん、デンタルインセクト一匹で十分なはずなんだけれども、ぼくは歯医者に頼んで2匹にしてもらった。その方が、原理的に見て、早くて確実だろ。」「まあ、そうかもしれないけれども、今の流行は恋人と一匹のデンタルインセクトを共有することらしい。」 要は時々キスをしてデンタルインセクトを自分から彼女に、彼女から自分に移動させるらしい。デンタルインセクトのおかげで虫歯が激減するのは確かだ。そのうち歯医者の主な仕事は人間の歯の処置ではなく、デンタルインセクトの維持管理になってしまうだろう。 デンタルインセクトは数百ミクロンの大きさの超小型マシンだ。髪の毛1本の太さが約100ミクロンだからこのデンタルインセクトがいかに小さなものか、驚いてしまう。 デンタルインセクトは歯にへばりついてゆっくりと歯の表面を動いている。デンタルインセクトの表面全体には堅くて短い毛が無数に生えていて、これで歯にしがみついているらしいが、一部の毛が振動し歯の表面の汚れも掻き落としていく。普通の人間の歯であれば、だいたい2時間くらいかけてすべての歯の表面を掃除していく。歯を一通り掃除し終わったからといって、デンタルインセクトが休憩するわけでなく、絶えず歯の掃除を続けている。 このデンタルインセクトのエネルギー源は口の中の体温で、この小さなマシンの体を動かすためには人間の体温を熱源にすれば十分であり、使用者の命がある限り無尽蔵にエネルギーがあることになる。 デンタルインセクトは歯の裏側だってきちんと磨いてくれる。デンタルインセクトのおかげで歯を磨く必要がなくなった。 不思議に思うかもしれないが、何かを食べたり飲んだりしてもデンタルインセクトは胃の中に流れていかない。デンタルインセクトは歯の材質にしっかり付着しており、物理的に強くこすられることでもないと歯から離れることはめったにない。とは言ってもときどき流失したり、くしゃみをしたときに唾と一緒に吹き飛ばされることはあるらしい。そういうわけで、歯医者が定期的にチェックをするわけだ。 デンタルインセクトを口の中に入れるようになってから、歯がすべすべしてきたように思うけれども、口の中にデンタルインセクトがいるのか、どうかまったくわからない。だから恋人同士が一匹のデンタルインセクトを使いまわししているというのを聞くととても不思議な気がする。ただ、彼らが言うには、歯の裏側にデンタルインセクトがいるときに舌で触ると意外と舌は敏感でその存在がわかるらしい。見つけたらそれを舌先に乗せて、恋人に口移しするのだそうだ。やはりデンタルインセクトを歯から剥ぎ取るのが難しく、少し練習がいるのは確かだ。
Feb 11, 2008
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透明人間が透明なガラスの自転車に乗っていて事故にあった。事故の時の音はひき逃げした大型トラックのエンジン音にかき消されてしまったし、彼も彼の自転車も見えないから、透明人間の事故に誰も気づかなかった。草むらに投げ出された透明人間の死体はやがて腐敗して、その臭いに引かれてやってきたとても小さな生物達が肉の塊に気づいてくれた。そのうち、透明人間の肉もそして骨すらもそのとても小さな生物たちに消化されて、本当に姿を消した。茂みの奥深く突っ込んだ透明自転車の残骸は、長い葉に包まれてひっそりしていた。事故の時にガラスの後輪はこなごなになっていたが、前輪はしばらくの間、ひっくり返った透明自転車の車体にそのままついていて時折強い風が吹くと回転した。そのときたまたま近くを通って注意深く耳を傾ければ、きゅるきゅるというガラスの触れ合う音が聞こえたかもしれない。いつしかガラスベアリングの油も切れて、どんなに風が吹いても前輪はぴくりとも動かなくなった。ある日、台風が来たときだろうか、とても強い風が透明自転車に真横から当たり、ぱきんとあたりの空気を切り裂くような音がすると、前輪の車軸のあたりが折れた。あたりに茂っていた草のために前輪はほとんど転がることもなく、車体のすぐそばに横たわった。その時押し倒された雑草は数日もすると直立し、数週間もすると透明自転車の車体も外れた車輪も覆い尽くした。それ以降、透明自転車は草むらの中で朽ちることなく、静かに存在している。しかし、誰も永遠に気づかない。
Feb 3, 2008
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