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「我慢する」という言葉には、少し堅苦しく、どこか苦しさを連想させる響きがあります。でも私は、この「我慢」こそが、子どもを育てる親や、人を導くリーダーにとって、最も大切な資質のひとつだと感じています。見守ることは、成長へのギフト子どもが何かに挑戦しているとき、あるいは部下や仲間が新しい仕事に取り組んでいるとき。「こうすればいいのに」「私だったら、もっと早くできるのに」そんなふうに思ってしまうこと、ありませんか?相手のためを思っているからこそ、つい口を出したくなる。けれど、そこでぐっとこらえて見守ることができたなら――それは、相手にとってかけがえのない“成長の時間”になります。トライ&エラーは、成長の原動力誰しも、最初からうまくできるわけではありません。失敗したり、悩んだり、回り道をしたり。そんな経験のひとつひとつが、やがて自分の血となり肉となり、成長へとつながっていくのです。特に、子育てや教育の現場、あるいは組織の中で若手を育てる場面では、本人が「自分で考え、決めて、行動する」プロセスがとても大切になります。そのプロセスを飛び越えて、大人や上司がすぐに正解を与えてしまうと、学びの芽はそこで止まってしまいます。かつての自分も、同じようにもがいていたもしも「もう見ていられない」「つい手を出したくなる」――そんな気持ちになったら、ぜひ思い出してみてください。かつての自分も、きっと同じように、たくさんの失敗を重ねてきたはずです。子どものころ、言われたことに反発してみたり、若いころ、上司に頼らずに無理して空回りしたり。でも、あの経験があったからこそ、今の自分がある。あのときの遠回りが、今の自分をつくっている。そう思えるなら、目の前の誰かがもがいている姿も、少し優しく見つめられるのではないでしょうか。我慢とは、育むこと「我慢する」というのは、ただ忍耐を続けることではありません。それは「相手の未来を信じて待つこと」。「自分の正しさを少し横に置いて、相手の選択を尊重すること」。そして、「遠くから静かに見守るという愛のかたち」だと思うのです。親として、リーダーとして、私たちにできる最も深い支援は、“見守る勇気”を持つことなのかもしれません。
2013.01.18
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日々の努力が、目に見える変化を生む瞬間気がつけば、実力テストを実施できないほど塾生が増えていました。ありがたいことに、私の教室には、今、多くの生徒たちが集まり、真剣な眼差しで勉強に取り組んでいます。そして、何よりも誇るべきは、その塾生たち自身の「がんばり」です。入塾時点では、偏差値60を超える生徒はひとりもいませんでした。しかし今、その数字を上回った塾生は14名。しかもそれは塾内のテストではなく、県内規模の実力テストでの結果です。勉強に向かう姿勢も、変わってきました。この時期、彼らは「やらされる勉強」ではなく、「自ら打ち込む学び」へと変化しています。特別にモチベーション管理をする必要もないほどに、日々の学習が自然と生活の一部になっているのです。「続ける」ことがすべてを変える──ルーチンという力この成果の背景には、「日々の勉強をルーチン化している」という、たった一つの大きな理由があります。ここでいうルーチンとは、決して退屈な繰り返しではありません。それは、目標を追いかけることすら忘れるほどに、勉強が自分の生活の一部として自然に溶け込んでいる状態です。「○○高校に合格するために」「テストで○点取るために」──そんな大義名分さえも不要になるのです。最近、私はこんなふうに思うようになりました。学力の差とは、日々の習慣を「マンネリ」としてしまっているか、あるいは「ルーチン」として昇華できているか、その違いにすぎないのではないかと。「マンネリ」と「ルーチン」の違いとは?この二つを分けるものは、主に以下の二つです。自己成長の実感があるかどうか ルーチンとは、ただの繰り返しではありません。 小さな発見、小さな前進、小さな「できた」が日々の中にあり、自分が昨日の自分よりも少し成長しているという感覚があるものです。 それは点数のアップに限った話ではなく、「あ、今日も続けられた」「この問題、前より早く解けた」といった小さな成功体験の積み重ねなのです。モチベーションに頼らなくなる 例えば、毎日の歯磨きにいちいち気合いを入れる人はそういません。 むしろ、歯磨きをしないと気持ち悪い、と感じる人がほとんどでしょう。 勉強も、そこまで生活に溶け込んでしまえば、それはもう「がんばり」ではなく「当たり前」になるのです。「スイッチを入れてもらう」からの卒業学びをルーチン化するためには、いくつかの準備が必要です。その中でも最も大切なことは、「誰かにスイッチを入れてもらう」発想を捨てることです。「目標がないから勉強できない」「先生が言ってくれないと始められない」そんな思考は、少しずつ手放していく必要があります。なぜなら、モチベーションは外からもらうものではなく、内側から湧き上がるものだからです。そして、それは教える側にも同じことが言えます。「あの子をなんとかしてやろう」「どうにか導いてあげたい」──そんな熱意はとても尊いものですが、もしその導きが過剰になれば、子どもたちから「自ら考える力」を奪ってしまうかもしれません。教える人にできる最も大切なことは、見守ることです。「信じて、待つ」という視線を投げかけること。そして、どんなときも諦めず、信じる心を持ち続けること。ルーチン化の最大の利点は「持続可能性」モチベーションに頼る勉強は、一時的には効果を発揮します。でも、目標を達成した瞬間に、燃え尽きてしまうことが少なくありません。ルーチン化された学びは違います。目標があってもなくても、続けることができる。それができる人は、社会に出てからも、自分を律し、自分のペースで成長を続けていけるのです。「勉強」は人生の目的ではなく、人生の道具成績を上げることは、塾という場所において大切な使命のひとつです。けれど、それよりももっと大切なのは、生徒一人ひとりが「自分の人生をどう生きていくのか」を見つめていくことだと、私は考えています。この地球に生まれてきた意味を問い、社会にどのように貢献できるかを考え、そのために勉強という「道具」を使う。「未来の自分」と対話する中で、自分自身に興味を持ち、「自分との約束」を育てていく──それが、独立自尊の精神の芽生えにつながり、「自我作古(じがさっこ)」──他人の敷いたレールではなく、自らが未来を創る人生を歩む力になるのだと思っています。『この21世紀の歴史は諸君をもって始まる』今年の塾生たちは、まさにその第一歩を踏み出した存在です。私は心からそう信じています。根を育てることの大切さ花を咲かせたいと願うなら、まずはその花を支える「根」を育てることが何よりも大切です。目に見える花が咲くまでには、目に見えないところで、どれほどの努力があったか。私たちは、つい花ばかりに目を奪われがちですが、実は、花を咲かせるための「根」──すなわち日々の習慣と信じる心こそが、最も大切なものなのだと思うのです。2013年1月10日 福沢諭吉先生の生誕の日に
2013.01.09
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