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素晴らしい授業というものは、教育に携わっていない大人がふと立ち寄って見たとしても、心から感動するものです。それは、たとえばサッカーを知らない人が、クラシコやダービーといった特別な試合をスタジアムで観戦し、思わず胸を打たれる感覚に少し似ているかもしれません。また、音楽に詳しくない人であっても、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団のような世界最高峰の演奏に耳を傾けたとき、思わず涙がこぼれそうになる——そんな感動にも似ているように思うのです。では、一体私たちは何に心を動かされているのでしょうか。一つは、その場を満たす空気、つまり「雰囲気」です。真剣なまなざし、わずかな緊張感と高揚感、そこに漂う無言のエネルギー。たとえ言葉で全てを説明できなくても、そこに立ち会った者だけが感じ取れる温度が確かにあります。そしてもう一つは、「目には見えない努力の重なり」だと思うのです。先生が準備に費やした時間、生徒たちが学びを受け止めようとする意志、無数の小さな積み重ねが、授業という瞬間に一気に花開く。それを、無意識のうちに私たちは感じ取っているのではないでしょうか。たとえ専門的な内容まで深く理解できなくても、この二つ——その場の雰囲気と、目には見えない努力の重なり——を肌で感じ取ったとき、人は自然と感動するのです。最近、私は授業にプレゼンテーションの要素を取り入れる新しいスタイルを試みています。ただ知識を伝えるだけではなく、「共に考え、共に創る」場にしたいと思うからです。生徒たちも、ただ受け身になるのではなく、自らの言葉で伝え、問いかけ、議論を深めていく。そんな集団授業を目指して、日々試行錯誤を続けています。素晴らしい授業とは、特別な才能や派手な演出が作るものではありません。そこに集う一人ひとりが、互いに影響し合い、支え合い、まだ見ぬ可能性に向かって、一歩ずつ進んでいく——そんな小さな奇跡の連なりなのだと、私は信じています。だからこそ、今日もまた、教室の扉を開けるたび、私は心のどこかで期待しているのです。「きっと今日も、小さな奇跡に出会える」と。
2013.05.24
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教室に立つたび、私はふと思います。 集団授業とは、まるでオーケストラの指揮者になることだと。 授業とは、ただ準備してきた内容を一方的にこなす場所ではありません。 むしろ、その場でしか生まれない「空気」を感じ取りながら、 子どもたち一人ひとりの心に、そっと火を灯していく営みです。 指揮者がその日の演奏を作り上げるように、 授業者もまた、教室全体の雰囲気を丁寧に編んでいきます。 ときには、子どもたちの表情や声のトーンを感じ取り、 予定していた問いかけを変えたり、問題を入れ替えたりすることもあります。 「今日この瞬間、このメンバーだからこそできる授業」を目指して。 そして、何より大切なのは、そこにいるすべての子どもたちに、 自分だけの役割と輝きを持たせてあげること。 どんなに小さな場面でも、「自分がこの授業に必要なんだ」と思える瞬間を、 ひとりひとりに届けることです。 さらに、その場にいる全員が「仲間」としてつながり、 互いを認め合い、支え合える空気を育むことができたら—— それは、授業者にとって最高の喜びです。 授業者は、ムードメーカーであり、ペースメーカーであり、エンターテイナー。 ときに優しく寄り添い、ときに場を引き締め、 ときに思いきり笑い合いながら、 子どもたちの心を揺らすリズムを刻んでいきます。 教室という名のステージで、同じメンバー、同じ楽譜だったとしても、 指揮者が違えば、演奏の響きはまるで違うものになります。 それは学校でも、塾でも、どこでも同じ。 良くも悪くも、「誰が指揮を振るか」で、空気はがらりと変わるのです。 だからこそ、私は思うのです。 授業とは、ただ教えるだけのものではない、と。 子どもたちと一緒に音を奏で、心を重ね合い、 世界にたった一つの「今日の授業」という音楽を作ること。 それこそが、授業者の本当の役割なのだと。 今日もまた、私は教室に立ちます。 手にするのは、教科書ではなく、子どもたちの輝きそのもの。 指揮棒のかわりに、笑顔と、まなざしと、静かな情熱を携えて——。
2013.05.22
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いい授業とは、単に内容が充実していることだけでなく、そこに込められた教師の心の姿勢や、授業を進める「間合い」にも大きな意味があると、僕たちの学び舎ではいつも伝えています。心の姿勢というのは、非常に大切な部分です。教師は教える者であると同時に、学びの場で共に歩む「仲間」であるべきだという姿勢を持つこと。ただ知識を伝えるだけではなく、その過程を共に感じ、考え、時には悩みながら進んでいく姿勢が大切だと思います。だからこそ、教える者としての誠実さ、生徒と同じ目線で考え、心を寄せることが、授業をより深いものにするのだと思います。教える内容が素晴らしいことはもちろんですが、その内容をどう届けるかという心のあり様が、授業の質を大きく左右するのです。そして、もう一つ重要なのが「間合い」です。授業における間合い、つまりは、解説と指示をどう分けて伝えるかという点。これは、授業の受け手がスムーズに心を切り替えて、集中できるようにするための工夫です。解説と指示を明確に区別することが、授業を受ける側にとってはとても重要です。時には、受け手が意識していないうちに、「指示」が一番集中して聞いている部分になってしまうことがあります。その場合、予習した内容や事前に準備したことが、すぐに理解できずに水の泡になってしまうことも少なくありません。だからこそ、授業を進める者として、その感覚をしっかりと掴み、解説と指示を適切に切り替えていくことが求められるのです。解説をしっかりと聞き、理解する時間と、次に行動を起こすための指示を分けて伝えること。これが、授業の受け手にとって、最も集中できる環境を作り出す鍵となります。授業というものは、単なる知識の提供にとどまらず、心と心が通い合う場であるべきだと感じます。そのためにも、心の姿勢を大切にし、その上で、受け手にとって最適な間合いを見つけていくことが、良い授業を作るための基本なのだと思います。講師育成もサポートしています。学習塾専門コンサルティング|集客・経営改善ならPP塾サポート
2013.05.18
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授業の本題に入る前に必ずしないといけないことがあります。 実は、これがされていない先生が多いです。 ベテランと言われている先生も見落としがちです。 そもそも授業と言うと、教えなければならないという 固定観念が強すぎるのですね。 授業の最初にすることは、2つあります。 個別指導、集団授業に関わらずです。 まずは、「話し(疑問や質問)を聞いてあげること。」 世間話をしてしまって、本題に入るまでの時間が長いという 本末転倒な世間の先生たちも少なくありません。 次は、「 」です。 ここで、授業の8割が決まってしまいます。 その後の展開が劇的に変わります。 教えていないの8割が決まってしまうということなんですが、 これで、先生自身と生徒たちの授業に対する姿勢が 決まるですね。 姿勢( )が決まっていないのに どんなにわかりやすく教えても先生の一方通行の授業に なってしまいます。 映画をヒントに、そういう授業のカタチを 僕たちは、するようになりました。
2013.05.11
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