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Cotton Club 19:30〜 LFJに登場のレ・ミュジシャン・ド・サン=ジュリアンが、前夜祭というには随分早いけれど、丸の内のコットンクラブでライブをやるというので行ってきました。1st/2ndの2nd。 セットリストとか無いんですよね.....いずれ出てくるのか、そういうの出さないのか、どうなんだろう。 内容的には、ケルト系のイメージで、アイルランド、スコットランド、イングランド、フランスの16世紀あたりから現代までのいろんな曲をやるというもの。ある意味雰囲気はあるけど無国籍的な。一応ケルティックということらしいですが、まぁ、ケルトって言っても広いし、古めの民衆系楽器やってると全部ケルトに分類されてしまうという説もあり........... バロックフルート/リコーダー/ミュゼット奏者、チェロ(あれはヴィオラ・ダ・ガンバでは無い筈)/ヴォーカル、シタール/テオルボなのか?、と、打楽器。オーセンティックなところを求めてる風では無いですね。難しく考えずに聞くのがいいなという感じでしょうかね。私はこういうの意外と好きなので、面白かったです。多分深く考えちゃいけない類の音楽かな。 本番?では、毎日登場、ホールCで2回、D7で1回あるようです。ホールCで聞くのは、ちょっと微妙かなぁ。Cotton ClubではPA入れてたようでしたが、少なくともホールCでは入れるだろうしなぁ。多分どっかで無料でも聞けるんじゃないかと思います。
2026年04月30日
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みなとみらいホール 15:30〜 2階舞台脇 モーツァルト:クラリネット協奏曲 イ長調 K.622 <アンコール> モーツァルト:クラリネット五重奏曲 K.581 〜 第2楽章49小節から マーラー:交響曲 第5番 嬰ハ短調 クラリネット:松本健司 NHK交響楽団 指揮:ファビオ・ルイージ オーチャード定期は今回はみなとみらいの回。というか次シーズンでオーチャード定期自体終了だそうで、まぁ、いいんですけどね。元々持ってた席は消滅してしまいます、ということだそうで、正直勘弁してくれと思うのですが。東フィルはちゃんとしてね......... で、今回は、ルイージが出ます。マーラーの5番で、サントリーのBプロと同じなのかな。オーチャード定期ってのはある意味自称他称「コア」なファンは普段は鼻も引っ掛けないくせに、こういう時だけしたり顔でやってきて埋め尽くすので、ちょっと嫌気がさしてきます。その割につまるところは皆ただのミーハーなんだよなぁ.....これ、たとえばメインがラフマニノフの交響曲とかだったら、全然入りが違うんですよ、きっと。まぁ、別にいいけどさ。 もうなんとなくお分かりでしょうが、正直、あまりいい評価はしてません。御承知置きの程を。 まぁ、こっちもピットに近い裏側席で聞いてるんで、よく言うよと言われそうな話であるのは承知してるんですが、ね。 モーツァルトは、恐らく弦五部が12-10-8-6-4の編成。正直、これは、モーツァルトとしては今時はかなり大きめの編成です。で、これで、クラリネット協奏曲をやる。しかも響き過ぎのみなとみらいで。いや、やれなくはない。間違っては、いない。ただ、これでどういう演奏になっているか?というと..... 私は、モーツァルトのクラリネット協奏曲は、結構繊細な作品だと思っています。五重奏曲のイメージに引っ張られているのかも知れないけれど、それなりに繊細な響きやニュアンスを要求する作品ではないかと。協奏曲ではあるけれど、たとえば20番以降のピアノ協奏曲のようなものとは少し違うのではないかなと。実際にどういう目的で、どういう演奏会を想定して書いたのか、調べるのめんどくさいので調べてないですが、ピアノ協奏曲なんかは「演奏会の目玉」なんですよね、やっぱり、あり方が。だから、どうしてもピアノにスポットライトを強く当てる形になる。 この日の演奏は、その系譜に連なるようで、更に先を見ているような。率直に言うと、私は、ベートーヴェンの初期のピアノ協奏曲に連なるような印象を受けました。オケも独奏も輪郭がはっきりしていて、聞かせようという意欲に満ち溢れているというか...........いや、聞かせちゃいけないなんてことはないんですけれども。でも、そうじゃない感が強いというか。オケで言えば、後期の交響曲、たとえば40番や41番みたいなものをこういう風に演奏するのはまぁありかも知れない。私は現代オケが現代オケとして、ピリオドチックなものでないモーツァルトをやるのは全然ありだと思っています。でも、この曲の場合は、この演奏は、そうじゃないと思うんですよね。これは古楽器演奏かどうかという問題ではないです。曲として何を中心位持っていくのか、そういうことだと思います。 そういう演奏が出来ないわけじゃないと思うんですよ。それは、アンコールの五重奏を聞けば分かる。やりゃ出来るんです、そういう風には。でもやらなかった。これは結局は好みの問題だと思います。私は好みじゃない。まぁ、それだけのことではあります。悪い演奏ではないんだろうけれどもさ。 後半はマーラー。 で、結論から言うと、いいとは思わなかった。どのくらいかというと、1月に聞いた東フィルを渡邊一正がバッティストーニの代振りで振った1番や、2月に聞いたアマオケの9番の方が良かった。 その辺の話は上記にリンク貼ったので見て貰うとして、簡単に言うと、何したいのか分からなかった。特に、オーケストラがどういうつもりで演奏してるのか、というのはつまり、この曲を、どういう音楽と捉えて、どのように再構成するか、というイメージがまるで分からなかった。 東フィルの時に書いたのだけれど、あの「巨人」は見通しの効いた、よく整理された演奏だったと思います。それは渡邊一正のアプローチであって、それが唯一無二の正解というわけではないのだろうとは思うけれども、オーケストラは少なくともそれに応えていた。ファビオ・ルイージのアプローチは、あまりそういう感じはしなかった。正直言うと、考えあんのかな?と思わなくもないくらい。いや、ルイージの問題というより、オーケストラの問題が大きいのだと思います。 いつも言うことだけれど、私はマーラーはあまり好きではない。いい聞き手ではないのです。だから、いつも「わっかんねーなー」と思いながら聞いている。それはその通りだけど、まぁ、そういう視点なりに思うところはあるのです。 で、そういう身で言わせていただくと、とっ散らかってるならとっ散らかってるなりに、どういう音楽なのか、全体としてどうなのか、個々の部分ではどうなのか、というのが無いと、本当に何やってるか分からなくなるのですね。1月に聞いた渡邊一正指揮東フィルの「巨人」は、指揮者もだけれど、オーケストラも限界はあるなりに、どうしようという意思が見えた。だから、ああいう音楽でも、私みたいに苦手な人間でも、見通しの効く音楽になっていたと思うのです。2月のアマオケの9番の場合は、まぁ、率直に言って失礼ながら未熟ではあるし、同列で論じてはいけないけれど、少なくとも「これどうするんだっけ」というのが見て取れた。マーラーという人の音楽自体が破綻しているけれど、破綻しているなりにまとめようとしているのが見て取れて、それが、音楽として一応形を成していることに繋がっている。 じゃぁ、N響は?一応プロオケなんだから、その先を考えて欲しいのだけれど、正直言うと、破綻している以上のことはなかった。ルイージの問題?それもあると思います。けれども、オーケストラ自体がその先を全然考えていないように見えた。マーラーの5番は5楽章あって、第4楽章が例のアダージェット。で、この5楽章、殆ど関係のない音楽に聞こえてしまうものですが - ちゃんと分析すると関係性はあるんでしょうけれど、正直、まとまりのないびっくり箱みたいな交響詩だか狂詩曲だかが5つ並んでるだけみたいに思ってしまうのです、私は - それをそれ以上のものに聞かせるのが、一つの音楽として聞かせるのが、いわば期待値だと思うのですが、とてもそんな風にやっているようには聞こえなかった。 いや、マーラーってそういうもんだよ、って?じゃ、東フィルの巨人とか、去年ザルツブルクで聞いたウィーン・フィルの10番は?私はよくわかってないけど、多分それだけじゃないんです。 あるいは、そういうとっ散らかったものとして聞かせるのがルイージの目的だったのかも知れないけれど、そうなのかしらね? 5楽章の頭、管が牧歌的というか、アルプホルン的な、伸びやかで長閑な、何も考えてないだろ、とまで言いたくなるようなメロディーを奏でるのだけれど、あれは、第4楽章のアダージェット、人気があるけれど、交響曲の1楽章として置くと、終わった時に少し息が詰まるような気分になる、それを柔らかに一掃してくれる一節なのだけれど、正直、どういうつもりで聞かせたいのか、分からなかった。聞いてる方はどういう風にこれを聞くのか、考えてるのかしらね。 最初から最後まで、なんならモーツァルトもそうなのだけれど、終わってみて一貫して思ったのは、音楽的に鈍いんだろうな、この人達、ということ。音楽性が無いとか、腕・技術が無いとか、そういうことはないんでしょう。N響は一応日本でトップクラスということなっているし。でも、率直に言うと、音楽的に鈍い、鈍感なのではないかな、というのが今回の感想。それは、恐らく、聴衆によって育てられてしまったのでもあると思います。 終わったら例によって大喝采で、如何にも「首席指揮者の名演を聞きにわざわざ横浜くんだりまで来てやったぜ」風の「うるさ方」が大喜びしてましたが、そもそもこれマーラーとしても楽しいのか?マーラー嫌いの私としては、そもそも楽しくはなくて、それでも聞いてみなけりゃ分からないと思うし、1月のようなこともあるから聞きに来るわけだけれど、最低の期待値以下だったのは事実。これがどうしていいのか、あの連中に、そもそもお前はどういうものがいい音楽で、それはどうして足を運んでまで聞く価値があると思っているのか、問い糺したいくらいで、割といつもそう思ってるわけなのですが、多分、音楽的に鈍いからなんじゃないかな、と思い至った次第。それがいいって言うんだから、皆そうなるよね。それは。 N響も、時期によって良し悪しはあるのだけれど、今はコロナ禍以上にダメになっってる気がするんだよなぁ。腕はあるんでしょうけれどもね。でも、腕じゃないのよ。まずこれはどういう音楽か、そのイメージをきちんと持てない以上、決して音楽としてよくならないのよ。ロックバンドとかが「音楽性の違い」とか言って解散するじゃないですか。大抵ありゃ全然違うみっともない、あるいはドロドロした理由を美しく言ってるだけだけど、中には本当にそういうのも3%くらいはあるんじゃないですかね。あれと同じですよ。 一度解散してみたらいいのかもね。解散コンサートとか言って荒稼ぎして。オケとして解散しろとは言わないけれど、一度団員総とっかえでオーディションしてみたら......同じか。あれがいいと思っている人間が多い以上、同じことだな。きっと。
2026年04月27日
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ありゃ 2ヶ月ほったらかしでしたよ........ 忙しい上に、命には関わらないけど体調悪かったりで、全然書いてませんでした。まぁ、あんまり聞きに行ってなかったりするのではあるけれど、そうは言っても多少は行ってたりはするのでして。シフは仙台まで行ったしな。所沢は買えてなくて行かなかったけど。まぁ、その辺は連休中に書くとして。 そう。もうGWじゃないの。世間的には29日からでしょうが、早い人はこの週末からなんでしょう。自分はといえば、一応仕事はあるけれど、在宅にしたので、もう仕事場には行かない......というわけで、既にして曜日が怪しくなりつつあります。 で、GWですから、LFJです。結局、それなりに買ってしまいました。正直、手数料覚悟でぴあの先行も使ったら、ほぼ一般発売までに一応揃ってしまいましたとさ。頑張りはしたけれど、例年にない買いやすさ、ではあったかなぁと。やはり、ちょっとね、という人は少なくなかったのではないかなと。 今年はサプライズもなさそうで、割と大人しいLFJになるかなと。楽しみはしますけれどもね。
2026年04月27日
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