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生前ユキちゃんをかわいがってくださったりユキちゃんが亡くなった時にお世話くださったり、お参りにいらしてくださったり、お花などを供えてくださったり、遠くから足を運んでくださったり、ユキちゃんや私にお花や励ましや癒しの品々を送ってくださったり、沈んでいた私を励ましてくださったり・・・・とたくさんの方々がユキちゃんと私にあたたかなお心をくださいました。ユキちゃんの四十九日が過ぎたら、その方々にユキママとしてお礼を申し上げてひとつの区切りをつけたいと考えていました。ユキちゃんの写真は、もちろん朝霧葡萄さんがお心をこめて作ってくださったものを皆さんに差し上げたいと思いました。 その時はまだ古いプリンターで鮮明に印刷できなかったので、写真屋さんにお願いしましたが、その写真屋さんが極めていいかげんな写真屋さんで2週間もかかってしまいました。やっと仕上がった時には、もう年末で息子たちの帰省や大掃除、買い物、おせち作り・・と忙しく、結局それらを持ってご挨拶に行けたのは31日になってしまいました。〔それもまだ一部で、その後も年明け後4日以降に続いています〕 皆さんへのお手紙はこんなふうです。これまでのブログの中からつなぎ合わせていますので、ブログを読んでくださっている皆さんはもうすでにご存知の内容です。白いお花に囲まれたユキちゃんの写真は、ブログ仲間の朝霧葡萄さんがユキちゃんの霊前に供えるために作ってくださいました。以下は朝霧葡萄さんのブログの日記です。●自分で飼っているわけでもないのに、ユキちゃんのことはまるで自分が飼っているかのようによく知っていて、愛情さえ感じていました。●ユキちゃんは、ペットショップの劣悪な環境から救い出されて、wind・JOYさんのもとに来ました。そして、数知れずの病院通い。wind・JOYさんは、アレルギー性皮膚炎のために体によいといわれる水があると知れば、それを取りよせて試したり、とにかく渾身的な努力をなさっていました。その甲斐あって、わんわん山を元気に駆け回れるようになったユキちゃん。その無邪気な姿を、ブログにアップされた写真や、wind・JOYさんのきれいな日本語で書かれた日記を通して知って、なんだかとても優しい気持ちになれました。●不思議なものですね、ブログって。バーチャルな世界というと、うわべだけの虚飾の世界というイメージがつきまといますが、ここまでいろいろな事情を知って、そして心の中の深いところまでわかりあえる。現実の周りの人とここまで意思疎通ができるかっていうと、なかなかできませんよね。●4年前に亡くなったwind・JOYさんの愛犬JOYの思い出を、ふんわりとした雪に閉じ込めた作品をwind・JOYさんにプレゼントして1年もたっていないのに、また、このような作品を作ることになるとは思いませんでした。これもwind・JOYさんが手塩にかけて育てた花々。その中で、雪のような白い花を選んで、ユキちゃんの周りに添えて、トップページに飾りました。wind・JOYさん、元気出してくださいね。 このささみは、人間用に安全に飼育された放牧鶏のもので、ユキちゃんも大好きでした。こうして、おやつの時間には、ワンニャン3にんで仲良く食べていました。ユキちゃんを偲んで食べていただけたらと思います。 2006.10.23 17:40頃去る10月23日、夕方のお散歩にユキちゃんは珍しく張り切って出かけました。ワンワン山の入り口まで来るとユキちゃんは立ち止まり、リードをはずしてあげると草原に駆け下りて行きました。いつもここから、おっとりしたユキちゃんが変身して、テンションが高くなり張り切るのですが、この日はいつもよりさらにすごい勢いでした。「ユキちゃん、はやいね~」と言いながら、先に駆け下りたユキちゃんがいるあたりまで行くと、私がそこに着くか着かないうちにユキちゃんは、はしゃいで、前脚をハの字にし、 うさぎさんのように飛び跳ねて円を描くような嬉しいときの走りをしました。1周し、円を小さくしてもう1周しました。こんな時、ユキちゃんはまるで仔犬のようでした。無邪気で天真爛漫で、いわば満面の笑みという表情でした。いつにも増してとっても嬉しそうな様子に私も”なんて、うれしそうなのだろう。ほんとに楽しそう!”と思いました。そして、ユキちゃんが一度私のところに戻って来たのを、私も笑顔で迎えました。ユキちゃんは、戻ったかと思うと、間もなくまた走り出しました。 1.2歩、2.3歩?よろけて(後足がもつれるような感じでした)転びました。 瞬間、”はしゃぎすぎておっちょこちょいな~”と思いながらそばに行って後ろ脚をなでました。”あれっ?脚がどうかしちゃったのかしら?”と思い、なでながらユキちゃんの顔を見ると、様子がおかしいのです。目は開いていましたが、まるで焦点が合っていないというか、意識がない感じです。舌も長く出ています。その時には、もうすでに心臓も呼吸も止まっていたようでした。 大好きなワンワン山を駆け抜けて うれしさの嶺で空へ逝きけり 翌日、ユキちゃんを火葬する間、大変強い風が吹き荒れていました。 後悔を吹き飛ばすかのような大風に 樹々の枝々激しく揺れるこの風の中に、ユキちゃんを焼いた煙も混じっているのかと思うと、まるで夢のような信じられない出来事が現実となって行きました。「千の風になって」JOYの死後もそうでしたが、ユキちゃんの死後も私は、「千の風になって」の詩にとても慰められました。そして、ユキちゃんの死後には「千の風になって」と偶然とは思えないほどのいくつもの出合いがありました。(詳しいことは省略しますが)私は、新井満さんの「千の風になって」のCDブックと中島啓江さんのCD「千の風になって」を取寄せました。そして、それを聴きながらしばらくの間は、ユキちゃんを想っては泣いていました。現実生活を送るためには、感情に浸ってばかりもいられないことが少なくありません。無意識にユキちゃんの死に向き合うことを避けていたように感じる部分もありました。そんな中で「千の風になって」を聴くことは、胸の奥に溜まった哀しみを汲み出すようなことだったのかもしれません。溜まった哀しみは、そのまま沈んでいればいつまで経っても消えることはありません。その哀しみと向き合い、納得させてくれながら、前向きな方向へと導いていってくれたのがこの「千の風になって」の歌でした。 まるでユキちゃんの背中のようなふわふわの雲が浮かんでいました。この頃は、外にいる時の方がユキちゃんを感じます。特に空を見上げ、この雲のようなふわふわ雲を見ると「あっ、ユキちゃん!」と思います。そして、一人の時は、ふわふわ雲のユキちゃんに声をかけます。 上空は風があるようで、雲の形がみるみる変わって行きます。 ユキちゃんの形にならないかなぁ~と期待しながら、それを眺めています。 千の風になって 【作詞】不詳【訳詞】新井満【作曲】新井満 私のお墓の前で 泣かないでください そこに私はいません 眠ってなんかいません 千の風に 千の風になってあの大きな空を吹き渡っています秋には光になって 畑にふりそそぐ冬はダイヤのように きらめく雪になる 朝は鳥になって あなたを目覚めさせる 夜は星になって あなたを見守る私のお墓の前で 泣かないでくださいそこに私はいません 死んでなんかいません千の風に千の風になってあの大きな空を吹き渡っています千の風に千の風になってあの大きな空を吹き渡っていますあの大きな空を吹き渡っています 何でもすることが遅い私は、去年のことがまだ書ききれていません。そのままになってしまったこともたくさんありますが、ユキちゃんのことは、それなりに書き残したいと思っています。これから、ぼちぼち書いていけたらと思っています。
2006年12月31日
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今日は、家族がみんなそろうので、この日のためにとっておいた野菜の収穫をしました。 どの品種も株数は少なくて、まさにとっておきの野菜です。大根は土中に5本 青菜がうまく育ちません 今年は初めて種から 埋めましたが、 でしたが、 育てた白菜です。 地上に植わっている この丸葉小松菜だけ 小ぶりですが、 のはこれが最後でした。 うまく育ちました。 柔らかくておいしいです。 柔らかくておいしいです。 でも、硬かったです。 サンチュとレタス サラダ京水菜 丸葉春菊 べたがけをしたら、 部分的に切りながら 大きいけれど、 育ちが良くなりました。 食べています。 硬かったです。 カリフラワー白 カリフラワー紫 ブロッコリー 通販の苗が良く 白よりもさらに これもまた なかったのか 育ちが悪く カリフラワーよりも 育ちはよくありませんが こぶし大くらいです。 良くなくて とってもおいしいです。 茹でるとブロッコリーに 出来が良くてこぶし大です。 しか見えません。 来年からは、苗は実物を 見て買おうと思います。 長ネギ キャベツ 土寄せがうまくいかなかった これも通販の せいか、白い部分が 苗がまるで育たなくて 短いのです。 これは後から農協のお店で でも、甘くておいしいです。 買った苗からのものです。 丸葉小松菜丸葉春菊サンチュカリフラワー白ブロッコリー大根長ネギ サラダ京水菜人参 カリフラワー紫 白菜 人参を間引きのつもりで引き抜いたら 小さいけれど食べられる大きさになっていました。 こうして並べてみるとかなりの収穫に見えますが、 これだけ採れるのはたぶん この冬にこの日だけでしょう。 でも、自分が作った野菜を自分で調理して食べてもらって、喜んでもらえたら それで満足です。 離乳食の始まった孫のきょうちゃんも食べてくれました。 この夜、あまりおいしいとか言わない息子が「野菜、おいしいね。」と言ってくれたので、 内心“やった~!”という気持ちでした。 2007.1.4記 あけましておめでとうございます。 年内に更新したいと思いながら、結局年を越してしまいました。 相変わらずのスローペースですが、今年もよろしくお願いいたします。 順序が逆になってしまいましたが・・・ 昨年は、皆様との豊かな出会いの中で あたたかさや励ましや素敵な刺激などをいただき さまざまなことを学ばせていただけました。 心から感謝しています。
2006年12月31日
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昨日はメール更新した後、携帯で確認しても最新の日記が出てこなかったので、 何度もアップしてしまい、皆さんには失礼しました。 今日、やっとパソコンが復旧しました。 復旧というより、結局パソコン本体を新しくする結果になりました。 これまでは、夫のお古や息子のお古のパソコンを使っていましたので、 今回、初めての新品です。 お陰でこれまでより随分速くなりました。 明日から、息子たちが帰省してきますので、時間的には厳しいかもしれませんが、 年内にまた更新したいと思っています。 またよろしくお願いいたします。
2006年12月28日
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まだ、パソコンが復旧しないので、携帯からのメール更新です。今、畑にいます。昨夜は、ひどい風雨に雷も激しくて、雷が怖くて呼吸まで荒くなってしまって、ずっと触っていて欲しかったユキちゃんがお空で大丈夫かなと心配でした。 雷も平気だった先輩のJOYちゃんが面倒見てくれたかなぁ~ 嵐のような夜が明けたら、今日はこんな青空です。 まるでユキちゃんの背中のようなふわふわの雲が浮かんでいました。 この頃は、家の中でユキちゃんを感じません。 外にいる時の方がユキちゃんを感じます。 特に空を見上げ、この雲のようなふわふわ雲を見ると「あっ、ユキちゃん!」と思います。そして、一人の時は、ふわふわ雲のユキちゃんに声をかけます。 暮れもいよいよ押し詰まって気ぜわしくなりましたが、今夜は友人と第九を聴きに行きます。 その友人に差し上げるお野菜を今収穫したところです。 白菜、大根、水菜、小松菜、サンチュ、ブロッコリー、カリフラワーなど、種類は多いですが、どれも少量しか採れませんので、ほんのお裾分け程度です。 でも、いっぱい心がこもっているので、私ができる一番のプレゼントなのです。 今、畑の水入れにしている容器の上に太陽を背にして腰掛けて、携帯でメールしていますが、背中や腰がぽかぽかとあたたかです。 上空は風があるようで、雲の形がみるみる変わって行きます。 ユキちゃんの形にならないかなぁ~と期待しながら、それを眺めています。 畑には、はこべの小さな花が咲いています。 大地も大空もおだやかで、このひととき時を忘れて、ゆったりと幸せです。
2006年12月27日
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まだ、パソコンが復旧しないので、携帯からのメール更新です。今、畑にいます。昨夜は、ひどい風雨に雷も激しくて、雷が怖くて呼吸まで荒くなってしまって、ずっと触っていて欲しかったユキちゃんがお空で大丈夫かなと心配でした。 雷も平気だった先輩のJOYちゃんが面倒見てくれたかなぁ~ 嵐のような夜が明けたら、今日はこんな青空です。 まるでユキちゃんの背中のようなふわふわの雲が浮かんでいました。 この頃は、家の中でユキちゃんを感じません。 外にいる時の方がユキちゃんを感じます。 特に空を見上げ、この雲のようなふわふわ雲を見ると「あっ、ユキちゃん!」と思います。そして、一人の時は、ふわふわ雲のユキちゃんに声をかけます。 暮れもいよいよ押し詰まって気ぜわしくなりましたが、今夜は友人と第九を聴きに行きます。 その友人に差し上げるお野菜を今収穫したところです。 白菜、大根、水菜、小松菜、サンチュ、ブロッコリー、カリフラワーなど、種類は多いですが、どれも少量しか採れませんので、ほんのお裾分け程度です。 でも、いっぱい心がこもっているので、私ができる一番のプレゼントなのです。 今、畑の水入れにしている容器の上に太陽を背にして腰掛けて、携帯でメールしていますが、背中や腰がぽかぽかとあたたかです。 上空は風があるようで、雲の形がみるみる変わって行きます。 ユキちゃんの形にならないかなぁ~と期待しながら、それを眺めています。 畑には、はこべの小さな花が咲いています。 大地も大空もおだやかで、このひととき時を忘れて、ゆったりと幸せです。
2006年12月27日
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まだ、パソコンが復旧しないので、携帯からのメール更新です。今、畑にいます。昨夜は、ひどい風雨に雷も激しくて、雷が怖くて呼吸まで荒くなってしまって、ずっと触っていて欲しかったユキちゃんがお空で大丈夫かなと心配でした。 雷も平気だった先輩のJOYちゃんが面倒見てくれたかなぁ~ 嵐のような夜が明けたら、今日はこんな青空です。 まるでユキちゃんの背中のようなふわふわの雲が浮かんでいました。 この頃は、家の中でユキちゃんを感じません。 外にいる時の方がユキちゃんを感じます。 特に空を見上げ、この雲のようなふわふわ雲を見ると「あっ、ユキちゃん!」と思います。そして、一人の時は、ふわふわ雲のユキちゃんに声をかけます。 暮れもいよいよ押し詰まって気ぜわしくなりましたが、今夜は友人と第九を聴きに行きます。 その友人に差し上げるお野菜を今収穫したところです。 白菜、大根、水菜、小松菜、サンチュ、ブロッコリー、カリフラワーなど、種類は多いですが、どれも少量しか採れませんので、ほんのお裾分け程度です。 でも、いっぱい心がこもっているので、私ができる一番のプレゼントなのです。 今、畑の水入れにしている容器の上に太陽を背にして腰掛けて、携帯でメールしていますが、背中や腰がぽかぽかとあたたかです。 上空は風があるようで、雲の形がみるみる変わって行きます。 ユキちゃんの形にならないかなぁ~と期待しながら、それを眺めています。 畑には、はこべの小さな花が咲いています。 大地も大空もおだやかで、このひととき時を忘れて、ゆったりと幸せです。
2006年12月27日
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現在、パソコンのトラブルのために、インターネットにつながりません。復旧までにはしばらく時間がかかりそうです。 その間は、いただいたコメントにもお返事ができませんので、ご容赦ください。 年内には、復旧できる見込みですが、皆さんどうぞお元気で良いお年をお迎えください。
2006年12月25日
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11月23日札幌に行く飛行機から眺めた景色を見ながら書き留めた詩のメモが出てきました。 雲海の切れ間から 青空が見える それは 流氷の海のよう 時に 空は海になり 時に 海は空になる 海も空も 同じなのかもしれない
2006年12月14日
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ユキちゃんが亡くなってしばらくしてから、私の中で四十九日というのが ひとつの区切りとして(そこまでは~、そこからは~というような) 意味のあるものでした。 ワンちゃんもワンちゃんのママも親しくさせていただいていたレオちゃんママと フィーナちゃんママにお声をかけて、ユキちゃんを偲びながらお食事をしました。 7日に武相荘を訪ねた時に拾った落ち葉をコピーしてランチョンマットにしました。(カラーインクが減っていたりプリンタの調子が悪かったので色がきれいに出ませんでした) 箸置きは、以前モミ&クーちゃんママにお世話になって焼いたもので、 お花を挿せるように作りました。 畑に咲いていたカンパニュラを挿しました。 これまでの感謝を表すために、私が心をこめて作ったお野菜を中心にした献立を考えました。 11月に食べに行ったポタジェララオーガニックカフェのヘルシーランチバイキングで 食べたお料理や 川越に行った時に買ったいも恋を真似て自己流に作ったものもあります。 野菜たっぷりスープ (ホタテ味) ごぼうの梅煮 ふろふき大根 (柚子味噌) 壬生菜の漬物 温野菜サラダ (胡麻風味) 生野菜サラダ 黒米ちらし寿司 玄米焼きおにぎり (山椒じゃこ) 小豆入りいきなり団子 (和菓子) 果物 温野菜サラダに使った野菜は、保存しておいた最後のかぼちゃや 出来が悪くほとんど採れなかった里芋はこの日で終わりのもので、 逆にカリフラワーは初物でした。 我家では、できるだけ菜園の野菜でまかなうようにしているので、 かぼちゃとカリフラワーが一緒にひとつのお料理になるのは、 この日くらいでそういう意味では貴重な一品です。 この温野菜サラダが一番喜ばれました。 三人でおしゃべりしながら食事をして楽しい時間を過ごしましたが、 お二人とはユキちゃんとお散歩をするようになってからのご縁ですから これもみんなユキちゃんのお陰です。 ユキちゃんが亡くなってから、さらにユキちゃんの良さやお陰を再認識して 感謝しています。
2006年12月10日
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千の風になって ←新井満さん公式サイト【作詞】不詳【訳詞】新井満【作曲】新井満 私のお墓の前で 泣かないでください そこに私はいません 眠ってなんかいません 千の風に 千の風になってあの大きな空を吹き渡っています秋には光になって 畑にふりそそぐ冬はダイヤのように きらめく雪になる 朝は鳥になって あなたを目覚めさせる 夜は星になって あなたを見守る私のお墓の前で 泣かないでくださいそこに私はいません 死んでなんかいません千の風に千の風になってあの大きな空を吹き渡っています千の風に千の風になってあの大きな空を吹き渡っていますあの大きな空を吹き渡っています 12月10日は、ユキちゃんの四十九日でした。私には、もう四十九日というより、まだ四十九日しか経っていないといった方が実感には近い気がします。 ユキちゃんが亡くなってからというもの、時間の過ぎるのがとても遅くなって、ユキちゃんが元気でいた時の1日と比べるとまるでその1日が1週間にも思えるほどでした。その感覚は日に日に緩やかにはなっていったものの、四十九日を迎えた今日の時点で、もう半年から1年くらい過ぎてしまったような感じがしています。それでいて、まだユキちゃんはここにいるという感覚も多分にあり、また反面、時折もういないのだという辛い実感を味わうこともあります。ユキちゃんの最期を少し書き始めたまま、その後がどうしても書けずに半端なままになってしまっているのが、とても気になっています。時間と共に風化してしまいそうで、あの子の存在の証をきちんと綴りたいと思いながらも、それに取り掛かろうとすると気が重くなってしまい、実行できないでいました。それでも向き合おうとすると、だるくなったり眠くなってしまったりもしました。そのうちに、実行できないことがユキちゃんに対する申し訳なさになり、そういう情けない自分自身を否定する気持ちになったりで、さらに気が重くなっていきました。またそれを実行するためには四十九日はいい機会だと感じ、是非そうしたいと思っていましたが、いざとりかかろうとするとまた同じような状態になってしまうのでした。でも、何とか少しずつでも書いてみようと思います。(そう思って、やっと仕上げたら操作ミス《その覚えはないのですが・・・?》ですべて消えてしまい、また書き直しています)1代目の愛犬JOY(2003.1.11没)の死後も、「千の風になって」と「虹の橋」に慰められました。JOYの死は、息子たちが家を出てしまった後でしたし、ユキちゃんもふうちゃんもみうちゃんもまだいませんでしたから、今回よりももっと哀しみが癒される機会が少なくて、いわばペットロスという状態が長く続いていましたが、この詩にはとても救われました。それで、私はその後ご家族を亡くされた友人や親戚の方や息子の同級生や親御さんに「千の風になって」の本を贈って来ました。そして、また今回ユキちゃんの突然の死に悲しんでいた私をなぐさめてくれたのも「千の風になって」でした。ユキちゃんの死後に、新井満さんの「千の風になって」のCDブックと中島啓江さんのCD「千の風になって」を取寄せました。そして、それを聴きながらユキちゃんを想っては泣いていました。現実生活を送るためには、感情に浸ってばかりもいられないことが少なくありません。無意識にユキちゃんの死に向き合うことを避けていたように感じる部分もありました。そんな中で「千の風になって」を聴くことは、胸の奥に溜まった哀しみを汲み出すようなことだったのかもしれません。溜まった哀しみは、そのまま沈んでいればいつまで経っても消えることはありません。その哀しみと向き合い、納得させてくれながら、前向きな方向へと導いていってくれたのがこの「千の風になって」の歌でした。ユキちゃんの死後、この「千の風になって」についてはいろいろな偶然がありました。(人生に偶然はないといいますから、そういう意味では必然だったのだと思いますが)まず、中島啓江さんの「千の風になって」のCDを知ったのは、ユキちゃんが亡くなってしばらくの間はTVも見ていなかった私が初めてTVをかけた夕方のことでした。ある番組で、中島啓江さんが「千の風になって」を歌うきっかけになった亡きお母様のことなどをお話になりながら「千の風になって」を歌われたのでした。次に、ラジオでのトーク番組に出演された新井満さんのお話を聴いたのは夫が帰宅している土曜日の朝でした。夫は常日頃携帯ラジオをイヤホンで聴いていましたので、リビングのオーディオのラジオで聴いたことはいまだかつてそのときしかありません。(そのことがとても不思議なのです。)ユキちゃんのお散歩の必要がないので、ゆっくり起きてきた夫がその朝は、居間のラジオをかけたのです。思わず「何を聴くの?」と尋ねましたら、「いいお話をしていたから」と言いました。ふだんは私と夫とは興味や関心が違って、あまり重なる部分がないので特に期待もなく流れてくるお話を何となく聴いていましたら、それがなんと新井満さんでした。(夫は、その時まで私が毎日聴いていた「千の風になって」の歌には気がついていなかったようです)そのときのお話は「千の風になって」よりは、むしろ最近出版された「般若心経」の本と亡くなられたお母様のお話が多かったのですが、「千の風になって」の想いにつながるお話はありました。(その「般若心経」もすぐ取寄せて読みました)ユキちゃんが亡くなってから、犬仲間の方々を中心にたくさんの方がユキちゃんのお参りに来てくださいましたが、その波がほぼおさまった頃に私は疲れを感じて近くの日帰り温泉に行きました。もうユキちゃんのお散歩もなく、ゆっくり時間を過ごせるので初めて仮眠室に行きました。そこでは一人一人の寝椅子に小さなTVがついていて自由に見ることができます。チャンネル数も多いので比較的見たい番組に出合う機会は多く、その時には、ハイジを訪ねる旅のような番組がありましたので、それを見ていましたら、何とまた新井満さんがご夫婦でお出になっていました。 そして、今日ユキちゃんのことが大好きでよく一緒にお散歩していた↑レオちゃんのママがスタッフをなさっているコンサートに招待してくださり、 ↑フィーナちゃんママ(ユキちゃんがよくおじゃまして遊ばせていただきました)と一緒に行きました。(もちろん四十九日に合わせて下さったわけではなく、気がついたらちょうどその日でした)会場は、ちょうどクリスマス前でイルミネーションもきれいでした。 レオちゃんママが受付や場内アナウンスなどをなさっていました。米田まりさんのシャンソンと並木健司さんのギターとJWSピアノトリオでした。歌われるほとんどがシャンソンの中で、突然「千の風になって」が歌われました。私は、レオちゃんママにもフィーナちゃんママにも「千の風になって」の詩をメールで送ったり、その歌を日々聴いていることを伝えてありましたから、その偶然(必然)にお二人とも驚いていらっしゃいました。 こうして、ユキちゃんが亡くなってからこれまで、私は「千の風になって」の詩や歌の中で日々過ごしてきました。この歌にどんなに支えられたかわかりません。 「千の風になって」への感想や故人への想いを綴る掲示板1000WINDS は こちら です。こちらの情報から2006.12.17(日)AM5:45-6:00関東圏放映フジテレビ「忘文(わすれぶみ)にて「千の風になって」が朗読されます。2006.12.17(日)16:45-17:58 NHK総合テレビ 特別番組「千の風になって」先般、BSハイビジョンで放映された番組が皆様のご要望多数により再放送決定です!ということでした。
2006年12月10日
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以前から行きたいと思っていた武相荘に行って来ました。 武相荘(ぶあいそう)とは、白洲次郎・正子夫妻の邸宅で、武蔵と相模の間に あるこの地に因んだ名前であり、次郎さん独特の一捻りしたいという気持から 無愛想をかけて名づけたらしいとのことです。 鶴川駅から、ちょうど紅葉した並木道を15分くらい歩くと、 小高い丘の上に武相荘がありました。 そこに続く道に立ち並ぶ住宅はいかにも今風の住宅でしたが、 武相荘だけは、時の流れが止まっているかのような佇まいでした。 夫妻は1943年に古い農家だったこの家に移り住み、晩年まで暮らしましたが、 移り住んだいきさつや当時の様子はこちらです。 邸宅内の撮影は禁止なので室内の写真はありません。 外からの写真も、丁度母屋の藁屋根の葺き替え工事中だったためにブルーシートが かけられていたりで、撮る気持ちにはなれませんでした。 でも、お庭のもみじの紅葉が見頃でした。白侘び助もきれいでした。 竹林を背景にして紅葉が鮮やかです。 陽射しによって、色合いが違っています。 竹の手すりに落ちていた紅葉 自然な趣の広いお庭でした。 ← 手前に白い侘び助椿がかわいいお花をつけていました。 ぼけていますが・・・・ 庭を散策してから母屋に入ろうとしましたら、随分混んでいたので、 先にお茶処でお茶をいただきました。 入り口の外に掛けてあるお花 ゆっくりお茶をいただいてから(私はお抹茶とお饅頭、友人はケーキとコーヒー) 母屋に行くと、空いていました。 まず入ったところは、以前は土間だった部屋は、白いタイルが敷き詰められ、 モダンな居間となっていました。 囲炉裏のある部屋には、食器や日用品が並べてありました。 その一つ一つが工芸品として優れたものばかりでした。 奥座敷には着物がありました。 奥にある書斎には壁一面に本棚が取り付けられて、 棚板がしなってしまうほどの本が並べられていました。 奥に増築されたような2畳くらいのスペースに正子さんの机がありました。 窓に向いた座卓でしたが、足元は掘り炬燵のように足を伸ばせるようになっていました。 ギャラリーには、特別展示「白洲次郎~占領を背負った男」があり、 次郎さんの生き方やお人柄がうかがえました。 これは第2ギャラリーになっている納屋から 階段(外)の灯りです。 出た階段でお茶処の窓を撮っています。 トイレ(外)に入ると、天井は杉の皮のようでした。 窓も素敵でした。窓の下に小さな額があって、「日本人は文化、文化というけれど、日本人は文化を大事にしていない」というような意味のことばが書かれていました。その後、ショップとビデオサロンに寄りました。2階のビデオサロンは撮影禁止でなかったので、中の写真もあります。 それにしても、私はいつも天井や窓や灯りばかりを撮っていることに気がつきました。梁や窓や灯りが好きなのです。ショップで買ったものの1つは、別冊太陽「白州正子の旅 白州正子が出会った十一面観音像」の本でした。太陽は、若い時(たぶん十代の終わりから二十代の前半)に買ったもの(奈良や街道や仏像や陶芸や織や・・・)がまだ家にあってそろそろ処分しなければと思いながらできないでいましたが、「十一面観音」に惹かれてまた買ってしまいました。 好きなものは変わらないのですね。帰る時、来た時には気付かなかった塀の美しさに見入ってしまいました。 茅葺の母屋は、もう40年以上前に壊されてしまった祖母の家にも似て懐かしく、また叶うかどうかは別として、ここにさらに畑があって、(下の方に少しあったようですが)果樹があって、お花がたくさんあって(こちらも四季折々のお花が咲くようです)犬や猫や山羊と暮らすのが私の理想の暮らしなので、とてもいい刺激をいただきました。ご一緒した友人は、今年秋頃まで子育て支援のボランティアを一緒にして来た方で(去年の今頃は、クリスマス会の準備に追われていました)(友人は、今もプロとしていろいろな場で活躍なさっています。)これまでは、なかなかゆっくりと個人的なお話ができませんでしたが、今日は、お互いのこれまでのことや家族のことなど、思っていることなど・・しみじみとお話できました。駅までの往復の道も紅葉がきれいで、いい時間を過ごすことができました。■旧白洲邸「武相荘」 〒195-0053 東京都町田市能ヶ谷町 1284 042(735)5732
2006年12月07日
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美しいもの 1 ・・・・紅葉、黄葉息子や友人に送りたくて、野菜を採りに畑に行きましたら、山々の樹々が紅葉(黄葉)していました。鮮やかなもみじもいいけれど、こういう地味な色合いの紅葉(黄葉)も落ち着いた趣きがあって好きです。こんな景色を見ると、ここに住んでいてほんとうに幸せだなと感じます。ぼけていますが、少しアップしたものです。去年の紅葉 1 紅葉 2 紅葉 3 去年の方が紅葉が早かったです。野菜の収穫も早かったです。 美しいもの 2 ・・・夕暮れの富士山午後は法話を聴きに(内容は下に)行きましたが、その帰りの車中から夕焼けの中に浮かび上がった富士山が見えました。携帯で撮ったのできれいに写りませんでしたが、(デジカメでも自信がありませんが・・・)実際はとてもきれいでした。 美しいもの 3 ・・・月今年は自治会の役員で集会所の鍵の受け渡しをしています。返却の鍵を受け取るために、夜9時過ぎに庭に出てみると、とっても美しいお月様でした。しばらく眺め、写真を撮りましたが、残念ながらその美しさは再現できませんでした。 美しいもの 4 ・・・こころナーム湘南の会で源隆寺住職中島教之先生「犬も仏になれますか」という法話を聴いて来ました。全国南無の会ユキちゃんのこともあり、とても興味深くお話を聴きました。「犬も仏になれますか」の答えを先生はお話になりませんでしたが、「一切衆生悉有仏性」ということもお話くださったので、答えは明らかです。仏教に限らずいろいろな心に響くお話をしてくださいました。その中で青い窓から子どもの詩を読んでくださいましたが、それがとても心に残りました。こんなふうな詩がありました。(メモをとらなかったので、正確なことばは覚えていませんが、意味的にはこんなふうな詩でした。)いいものがたくさんある家があるお母さんがいる友だちがいるいいものがたくさんある太陽がある月がある . . .もっといいものはわたしが生まれたこと *****けいこちゃんっておひさまがよぶっけけいこちゃんって風が(?)よぶっけはーいってこたえた草が風にゆれた(?)なんてすばらしい感性なのでしょう。大人のように理屈で理解するのではなくて、そのまままっすぐに心で受けとめて、自然に生まれた詩なのでしょうね。感動しました。このお子さん達は、宇宙の在り方やいのちというものや「一切衆生悉有仏性」ということなどをちゃんとわかっているのですね。◆仏教では 「一切衆生悉有仏性」として、 命あるものは全て仏になれる性質、 可能性があることを説いています。「一切衆生悉有仏性」「山川草木悉有仏性」、生きとし生けるものすべて仏に成りうる、仏になれるのは人間だけではなく、動物も、自然の事物もことごとく同様の可能性があるという意味です。 青い窓姉妹誌「サイロ」 「生かされて」 という本のお話もありました。100日間で100万人の命が奪われたという1994年ルワンダのツチ族大虐殺。著者の家族はその被害に遭い、自身も牧師の家のトイレに隠れて殺戮者から逃れるという経験をした。極限の体験から生き延びた彼女は、その後必死に勉強し、国連職員として活躍の道を得る。感動の半生を記す。著者のイマキュレー・イリバギザさんが上記のような状況下で、ご自分の家族を殺した人を許すことができたことについて 「与えるものは、許すことしかありません」とおっしゃったとか。その強くやさしいこころに感動しました。このナーム湘南の法話を聴くのは今日で3回目ですが、この会を運営してくださっている事務局の方や参加なさっている方々がとても心優しくて感心しています。中島教之先生もワンちゃんと一緒に暮らしていらして、ワンちゃんに教えられて「犬の目になって見ると、見方が変わる」とおっしゃっていましたが、そういう先生が教えてくださった本が 「マーリー 世界一おバカな犬が教えてくれたこと」 です。新婚カップルのジョンとジェニーが引き取った元気なラブラドールレトリバーの子犬。強くて頼れる名犬にするはずが、猪突猛進、天真爛漫、数々の騒動を引き起こしては二人に体いっぱいで甘えてくる問題児に。そんなおバカな犬マーリーに振り回されながら、待ち望んだ出産、転職と歳月を重ねるうちに、若かった夫婦もいつのまにか三児の親に……。辛いことも楽しいことも分けあいながら家族をつくりあげてきた二人のそばには、いつもマーリーがいた。そんな13年間の思い出を綴る感動エッセイ。愛犬家や書店員から愛され、じわじわと火がついた本物のベストセラー。 早速注文しようと思っています。
2006年12月06日
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