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はっきりとは覚えていないのですが、鼎談本の第三弾の見本が自宅に届いたのは、2012年12月19日ごろでした(本には形式的に第一刷は2102年12月31日と書かれています)。
見本が届いたその一週間後に、書店でも販売されるようになります。つまり、それが12月26日ごろなんですね。
そう、その一年前のちょうどこの日に、三人が初めて秋山氏の新宿の事務所で会合を持っていますので、12月26日は鼎談記念日でもあります。
その電話がかかってきたのは、その26日の未明です。
竹内氏の秘書から何と夜中の二時すぎに電話がかかってきたんです。
いったいなんだろうと思って電話に出ると、今、高田馬場でUFOが出ているので是非私に知らせたかった、とのことでした。
最初は酔っぱらった勢いでふざけて電話してきたのかと思ったのですが、様子を聞くとどうやら本物のUFOのようです。
目撃者は、竹内氏を入れて三人。
竹内氏が私の自宅からでも見えるのではないか、と電話の向こうで叫んでいます。
ただ残念ながら、私の家から高田馬場上空に飛んでいるUFOを見るのは、ちょっと難しいようでした(笑)。
さて、そのUFOですが、目撃者によると星とは全く異なる色で輝き、全部で7色の光が飛び交っていたそうです。
竹内氏だけは、それとは別に真ん中に透明なUFOがいたのがみえたらしく、それを入れると、全部で8機。竹内氏によると、古神道に伝わる北斗八星と関係があるのではないかとのことでした。
やがて私にUFO目撃の報告をして安心したのか、竹内氏たちのUFO目撃の興奮も収まり、電話交信は終わりました。
おそらくその時は、10~15分くらい電話で話をしたと思います。
当時私は、その日が鼎談記念日だとはわからず、後日気がつくのですが、そのときに携帯電話の着信履歴を見て驚きました。
12月26日午前2時26分で通話終了となっていたからです。
12月26日の2・26とは、ふざけているくらい面白い数字のシンクロですよね。
実はこういうことができてしまうのが、UFOの凄いところです。
本にも書きましたが、私がコンパクトカメラのフラッシュを焚いた瞬間に、全く誤差なく10機のUFOが一斉に輝くという離れ業すら、いとも簡単にやってのけてしまうのがUFOなんですね。
いずれにしても、この竹内氏らによるUFO目撃によって、正統竹内文書をめぐる鼎談が、地球プロジェクトであるだけでなく、宇宙プロジェクトとして計画されたものであることを痛感させられたわけです。
(続く)
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