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でも本当にオオヤマクイを事代主であると考えていいのか、という問題はありますね。
だって、事代主といえば、スセリビメと大国主の間に生まれたはずですから。
だけど出雲の事代主は『古事記』の出雲神話をよく読むと、船を沈めてその上に柴垣を造って籠ってしまったはずです。
もう別の世界に行ったという意味ですよね。
しかも「天の逆手」という呪術までしていますから、天孫日向族と仲直りするはずがないわけです。
だから、近畿地方にいた事代主は別人であると考えるべきなんですね。
では誰か。
実は竹内氏は『古事記の邪馬台国』で口を滑らし、いや筆を滑らしています。
82ページに「事代主は大物主神の息子ですから、ヒメタタライスズヒメ(イスケヨリヒメ)は大物主神の娘ではなく、孫です」と書いています。
で、あまりにも極秘伝をあっさりと書いているので、竹内氏に電話で問い合わせたことがあります。
「事代主は大物主の息子です」と書いていますが、大丈夫ですか、と。
すると竹内氏は「それは間違いです。書き間違えたんです」と言っていました。
「そのような基本的なことを間違えるはずはない」と思いつつも、本人が間違いであると主張するならそれはそれで仕方がありませんね。
私は逆に、それだけ否定するのだから、やはりオオヤマクイは事代主に違いないと思った次第です。
松尾大社のご祭神オオヤマクイを調べると、一緒に祭られている神がいることがわかります。
イチキシマヒメですね。海部氏の系図や籠神社の末社の「海の奥宮」では、天火明(ニギハヤヒ)と結婚したことになっています。
一方、大物主神ことニギハヤヒは、アメチカルミズヒメと結婚してオオヤマクイを儲けていますから、アメチカルミズヒメとはイチキシマヒメであることが何となくわかります。
そうでなければ、オオヤマクイとイチキシマヒメが松尾大社で一緒に祭られているはずはありませんからね。
イチキシマヒメは、オオヤマクイの母親である可能性が強いわけです。
で、竹内氏は『古事記の宇宙』で賀茂別雷大神の父親はオオヤマクイであるという系図をわざと載せています。この系図は2019年2月に出版された竹内氏の『天皇の秘儀と秘史』にも掲載(ただし誤植があり「大山咋神」が「天山咋神」となっていますが、これはご愛敬です)されていますから、まず間違いありません。
上賀茂神社の由来を読んでも、丹塗の鏑矢であるオオヤマクイが玉依姫と結婚して賀茂別雷大神が生まれたという神話が伝わっています。
同じ神話は『日本書紀』や『古事記』にも掲載されています。ただし、子供の名前は賀茂別雷大神ではなく、天日方奇日方命という名前になっています。
ここでようやく、賀茂別雷大神が天孫日向族(天日)と大年神流大和族(奇日)の双方の味方である「天日方奇日方」であることがわかるわけです。つまり鴨王ですね。
そしてその妹が神武の正妃となったイスケヨリヒメです。
この系図を知っているからこそ、竹内氏は「事代主神(オオヤマクイ)は大物主神(ニギハヤヒ、天火明、大年)の息子だから、イスケヨリヒメ(ヒメタタライスズヒメ)は大物主神(ニギハヤヒ、天火明)の孫だ」と明確に言っているわけです。同時に『日本書紀』に書かれている大和の事代主がオオヤマクイであることがわかるという寸法です。
(続く)
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