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再び竹内氏の『古事記の邪馬台国』を解説していきましょう。
第四代懿徳天皇まで来ました。
兄のオキソミミが祭祀王で、弟のシキツヒコが軍事王になったようです。
2011年に私が書いた『竹内文書の謎を解く2―古代日本の王たちの秘密』では、シキツヒコを祭祀王、オキソミミを祭主代としてしまいましたが、これは間違いだったようです。
訂正させていただきます。
言い訳がましく聞こえるでしょうが、そもそもオキソミミは『日本書紀』には出てきますが、『古事記』には出てきません。その場合は隠された祭祀王である可能性が強いということですね。たぶん出自(母親)を隠さなければならなかった。
開化天皇の妹のヤマトトトヒメも『古事記』に出てきませんね。
ヤマトトトヒメも隠された祭祀王ではないかと思っています。
それはともかく、それほどシキツヒコという人は、重要なポジションにいたことは事実です。
シキツヒコの孫にあたるハヘイロネ(姉)から倭人伝の「卑弥呼(ヤマトトトヒモモソヒメ)」、妹ハヘイロドから鬼退治で有名な「桃太郎(キビツヒコ)」が生まれます。
また、ハヘイロネは「アレヒメ」という世襲名をもらっていたとも竹内氏は書いていますね。
「アレ」とは歴史を担当する文部大臣のような役職のようです。
懿徳天皇の時代に、大規模な農業改革をやったので、お米がたくさん収穫できるようになったそうです。経済的に潤って豊かになったので「徳」という諡(おくりな)をもらったとか。
逆に豊かになったがゆえに、周辺国から狙われるようになったと竹内氏は言います。
「魏志倭人伝」に出てくる「倭国大乱」に時代に突入したわけですね。
(続く)
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