HANNAのファンタジー気分

HANNAのファンタジー気分

February 29, 2008
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『ブランビラ王女』 がお祭の明るい“光”の半面だとすると(ただしちょっと無気味なモノも含んでいますが)、こちらは“影”。
 森川久美の古~いコミック、 「ヴェネチア風琴」 です。彼女の初期の作品の中では、ヴェニスという町と、その謝肉祭の“影”の部分を描いた詩的なこの短編が私はいちばん好きです。

 18世紀末~19世紀初頭でしょうか、ヴェニス(ヴェネチア)はルネッサンス時代の繁栄も過去のものとなり、祭に集まる観光客の虚栄の都となりはてています。そんな町を舞台に、衰微するかつての名家の一人息子ジェンティーレと、祭につきものの野外劇の道化役者マルコとの、心の交流が描かれています。
 ジェンティーレは名家のあととりといっても母は孤児で、そのため親戚からも縁を切られ、家業は傾き、おまけに心臓に病をかかえています。マルコも実は、聖職者の私生児で、大学で学友を殺して故郷を出奔し、道化となって自分の心をさいなむような暮らしをしています。
 滅びに向かうヴェニスそのものを象徴するような境遇の二人が出会う、謝肉祭(カーニヴァル)。華やかでにぎやかなその祭も、二人(=ヴェニス)にとっては滅亡前の最後の饗宴なのです。

  街にも人間にも生命がある/滅びの運命に逆らえはしない

とジェンティーレが言えば、すかさずマルコがギリシャ古典「アエネイス」を引用し、

  われわれトロヤ人は在りたり/われわれの光栄はすでになし
                       ――森川久美「ヴェネチア風琴」

と応える、こんなやりとりが、古くさくてお耽美な舞台ゼリフのようにとってもよく似合う街ヴェニス。森川久美の描く、光と影の入り交じった古い都市ってほんとにすばらしい。作者もHPで、この物語の主人公は実はヴェネチアという町そのものだ、と言い切っています。

 祭の終わりが近づき、ジェンティーレの父の乗った商船が難破したという知らせが来ます。彼の家は没落してしまったのです。屈辱より名誉ある死を選ぶというジェンティーレは冗談めかした芝居ゼリフとともに毒ワインをあおり、マルディグラ(謝肉祭の最後の日)を仮面舞踏会で祝います。
 そして、祭の夜があけると、マルコの腕の中でジェンティーレは逝き、傷心のマルコの頭上で教会の鐘の音が鳴り響く・・・
 なんと夢のようにはかなく、悲しく、やるせないカーニヴァルだったことでしょう。

 「謝肉祭」ではなく、あえて「カーニヴァル」と読みたい・・・というのも私はこんな歌を思い出すからです。

 ♪注がれる酒に毒でもあれば
  今ごろ消えているものを
  なぜここにいるのだろう
  カーニヴァルだったね          ――中島みゆき「カーニヴァルだったね」

 冬が逝き、春を招くカーニヴァル。そこには光と影、生と死が紙一重のところで隣り合っています。

  死神を/寂しいものだと/誰が決めた
  花とリボンで飾りたてた/あの祭りの行列こそ
  逝ってしまったものたちの/野辺送りの葬列かもしれないのに
                      ――森川久美「ヴェネチア風琴」

 このくだりが若いころ読んだとき、とても印象的でした。そんな目で祭を見たことはありませんでしたから。でもそういえば日本の盆踊りにも、死者を供養する意味合いがあるとか、聞いたことがあります。

 一度行ってみたい幻想都市ヴェニス。ほんとうに地盤沈下で海に沈みつつあるんだそうです。
(画像はむか~しの白泉社のコミクス。今は角川から出ています)





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Last updated  March 1, 2008 02:01:53 AM
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