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幼児教育・保育の専門誌「遊育」編集長の山田麗子です。本日は、最近、弊誌で紹介したビデオを再紹介します。その名は、「3年間の保育記録」全4本。リョウウガ君という男の子が、3歳で幼稚園に入園し、卒園するまでの3年間の育ちと保育者とのかかわりを「3歳児前半(38分)」、「3歳児後半(38分)」「4歳児(46分)」「5歳児(57分)」に分けて収めたものです。解説もはいっていますが、幼稚園の日常の保育の姿を手を加えずにそのまま見せています。子どもはこんな風に遊び、学び、育っているんだということ、保育者が何を考えて支援しているかということが分かります。「4歳児が面白いよ」とある方から推薦されたので、私は4歳児編を真っ先に見てしまいました。4歳児の何が面白いかというと、友だちと同じようにやりたいのにできなくていらいらし、友だちの輪になかなか入れないという葛藤を保育者の手助けを借りながら乗り越えている姿が映し出されているからということでした。4歳にそうした発達の壁みたいなものがあることを認識していなかったので、そのアドバイスに従ってビデオを観てみてすぐに引き込まれました。リョウガ君は、器用な子どもではありません。誰ともすぐ友だちになれるというわけではなく、細かい作業が苦手で、自分の思うとおりにできないとすぐ投げ出してしまいます。やっとできた仲良しのお友だちは他にも遊び仲間ができて、リョウガ君だけに付き合ってくれるわけでもありません。いつも自分の思い通りにいくわけではないという現実にぶつかります。はじめのうちは保育者が遊びを提案し、リョウガ君が仲間に入れるように支援もしますが、自分から、「仲間に入れて」「遊ぼう」といえるよう、時には何も言葉をかけずに突き放します。それに対してリョウガ君は、お弁当を食べないといった形で反抗心を示したりもします。しかし、さりげなく保育者が遊びに誘う中で、リョウガ君も自分の気持ちを出せるようになります。自分の思い通りの作品にできなくても気にしなくなります。そして自分からこれをしたいといえるようにもなっていくのです。子どもの1年というのはこれほどドラマチックなのかと改めて気づかされました。このビデオは保育者研修用でかなりお高いものですが(4巻で8万円、組み合わせ自由の2巻組で4万円、 1巻各2万5千円、岩波映像の企画・制作です)保育者だけではなく、保護者にとってもためになるのではないかと思われました。購入した幼稚園等で上映会が行われればよいのにと期待しています。
September 30, 2005
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昨日はいろいろなことがあって、どんなふうに書こうか・・・と思いつつ、そのまま時系列に書くことにしました。どうしても行きたかった、古代エジプト展を観に上野まで。老若男女すごい人。ここまで人をひきつけるか。古代エジプト文明。そして、フランス(ナポレオン)のあくなき「美」と「権力」への執着。とにかく、保存状態のよさに、フランス(ルーブル美術館)という国の、「美」への意識の高さを思い知った。もちろん、「利用」することも、忘れないしたたかさ。ファラオの使命は「宇宙の秩序を保つこと」だったと知り、ちょっとびっくり。(多分、今も貢献していると、思う)ヒエログリフの美しさに、これまた感嘆。紀元前2000年に、これかい!?と、それは美しい細工を施した調度品の数々を見て、思う。人類って進歩したんだろうか??「0年を境に、合わせ鏡になっているんじゃないのか?」○午後は、4つ葉の久々のミーティング。選挙も終わったし、これからどうしようか?という話。個人的には、4つ葉の認知度をもうちょっとあげたいと思っていて、それについては、作戦を練るつもり。勉強会も12月にやります。おいおいブログや公式サイトでお知らせしていきますので、お待ちください。○夜は、「社会保険新組織の実現に向けた有識者会議」。古代エジプトも完璧な「官僚体制」で国を動かしていたということだが、我が国の「官僚体制」も、万全だ。これは、小泉さんでもちょっとやそっとでは、「ぶっ壊せない」と、思う。だって、選挙で、「社会保険庁を廃止する」と自民党も言っていたんだけど、「そんなのあったのかしら?」みたいな雰囲気で、粛々と議事は進む。質問しようかな?と思ったけど、TBSでおなじみ、岸井解説委員にもその気配がないし、「今はそのタイミングではないのかな?」と、思って、伸ばした手を引っ込める。今は、相手(自民党)の出方を待つってことなのかもしれません。いつか、波が来るか??そのときわたしたちは?「抵抗勢力」になっているのかも・・・。未納の問題が取り上げられ、効果的なタレントを起用して若い人にアピールしたほうがいいとか、学生が集まりそうな場所で宣伝したほうがいいとか、意見が出ていた。が、それは、ここで話しても仕方がなく、本気でやるつもりなら、学生に聞いたほうがいいと、思ったのだが、それは言わずにおいた。わたしは、子どもたちには、年金教育の前に、社会保障の全体を知るような教育が必要であるということを再三繰り返している。そういうすごく大事なことをきちんと教えていないから、小手先の「納めないと、年取ってからもらえないよ」とか、そんな下手なプレゼンしかしていないから、子どもが困るんじゃん。「民間企業で営業をするときは、その商品をすごく愛して、これはすばらしい商品と思って、売りますよね。でも、社会保険庁の職員のみなさんからは、商品(社会保障制度)に対する愛があまり感じられない」なんて、だいぶ場違いなことを言ってしまって、尾辻大臣からも笑われてしまったのだけど、なんか、ああいう場でそういうことを言いたかったのだ。わたしはその程度なのだけど、一人コンピューターが専門の委員がいらして、市町村とのネットワーク構築に関して、社会保険庁独自のシステム開発は、くれぐれもしないようにと、繰り返し提案された。つまり、他の省庁も同じように自治体との情報のやり取りでは苦慮していて、縦割りで、違うシステムを導入するのほどおろかなことはないだろうという指摘だ。が、万全な「官僚体制」は横つながりが大変苦手。「ああ、こんなときに協働コーディネーターがいたら!!」と思った、と、そのとき、その委員自らが、「わたしがつなぎましょう」と、申し出てくれた。他の省庁のシステム事情にも詳しくないとできないし、ある程度、どこででも信用されてないとできないし、かつ、センスと情熱がないとだめだろうし、そういう意味で、「それができるのはたぶん、自分しかいない」と、感じて、自らかってでた彼は、すごいと思った。結局、最後には、個人の力量にかかってくるのだ、と再認識した瞬間だった。あんなふうになりたいな、と思いつつ。マイテーマ「愛をしくみに」(笑)。4つ葉プロジェクトの今後について、さっそく作戦を練ります。
September 28, 2005
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なぜか今週号の「週刊女性」にコメントが載っています。美容院とかでお手に取った方は、ぜひ、チェックしてみてください。ただし後ろのほうにちょろっとなので、見落とさないよう注意してくださいね。それにしても、女性週刊誌ってほとんど読まないのだけど、中吊り広告は必ずチェックしますね~。「雅子さま「笑顔」をめぐる苦悩」とか、「ヨン様ソウルで赤裸々告白」とか、「小室哲哉「慰謝料未払い」に学ぶ女の防衛策」とか、なんかすごい。ちなみに、わたしがコメントを寄せたページのタイトルは「専門家ズバリ指摘! 小泉首相爆勝で消費税19%、年金支給67歳・・・の悪夢が!」です。「爆勝」ですよ、すごいです。「消費税」「年金」「子育て支援」の3本柱で専門家がズバリ指摘しているのですが、わたしは、どうも歯切れが悪くて、「ズバリ」って感じじゃなかったです。記者さんとの攻防もあって・・・それは、紙面から察してください。女性週刊誌まで「子育て支援」を取り上げるようになったのは、前進かなあ。ブームで終わらないといいな。
September 27, 2005
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「知らないうちに、お箸で食べられるようになってた」「知らないうちに、おむつがはずれてた」「知らないうちに、着替えが一人でできるようになってた」「保育園って便利よぉ~」って言っている、ワーキングマザーの話を聞いたことがあった。苦笑するしかないけれど。保育士ってば、何やってんの?それがあなたたちのめざす「保育」かい?そんなことやってたら、国の予算、保育費用で破綻しちゃうよ(って、もう破綻してるけど)。まあいい。その人の代わりに「やってあげる」のも支援だけど、その人ができるようになるように、取り計らってあげるのも支援だと思う。例えば、先の選挙で、各政党のマニフェストが出されたとき、「杉山さんたちは評価はしないんですか」と聞かれた。わたしたちなりの評価は、たぶん、できると思う。でもそれを見せてどうしようっていうんだろう?問題と解答を同時に出してしまうようなことじゃないか?その解答は、果たして正解か、不正解か、ちゃんと判断してるかな?識者(わたしたちは識者じゃないけど)の言うことをうのみにして、やってたんじゃ、その人は、全然変われない。評価や答えを見せるんじゃなくて、自分自身で評価できる人になれるよう、応援する・・・という支援。遠回りのようだけど、わたしはそういう支援がいいなと思う。すぐ「育てる」ということばが思い浮かぶけれど、「子ども」ならいざしらず、「大人」にその言葉を使うのは、僭越な気がして、ためらいが生じる。(同様に「親育ち」とか「親教育」とか、どうもダメ)「その人がすでに持っていた能力に気づいてもらう」ってことかな?ほんとは、できるはずなんだから。たまたまそのちからを発揮する機会が今までなかっただけだから。使いたいと本気で思えば、使えるようになる。そのための、応援なら、なんでもしよう。
September 27, 2005
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頼んだわけでもないのに、勝手に130万円の壁とか、いろいろこしらえて、専業主婦という枠を設け、そこに女性を押し込め、子育てやら家事やら介護やら地域のことやら、おおよそカネになりそうもないことのほとんどを押し付け、あげく、「ずるい」とか、「世間のお荷物」とか、「三食昼寝付き」とか弱いものいじめみたいなことを言っている、そんな人が嫌いだ。働くことがそんなにエライのか?と、鼻で笑いたくなる。そんな人たちには、「こんな制度、別にいりません」と、返上するのが一番だ。「いらないから、放っておいて。他人の生き方に文句つけないで」と、言いたい。それができないで、「家事だって育児だって大事な仕事だ」とか言っていても、議論は永遠に平行線だ。それにしても、そんな質問者の、失礼さを承知で、本質の部分で答えを書いてくれたみなさん、ありがとうございます。逃げないで、ちゃんと考えてくれたことに、感謝します。「制度が変」って言ってもらえて安心しました。制度は温存。負担がこれ以上増えるのはいや。かつ子育て支援はプラスね・・・っては、いくらなんでも、わたし、言えないっす。・・・・・でも、「扶養の範囲ないでぇー」と、自分の力を出し切らないそこそこでOKの人と、「今は、扶養の範囲に入っちゃってるけど、いつかその壁を越えて、納税したい、保険料払いたい」と、思っている人は、同じ扶養の範囲に入っていても、まったく違うことにも注目したい。130万円超えないように、年末近くなると、パート休んだりして職場に迷惑かける人、育児休業をしっかりとって、復帰前に辞める人(知らなかったが、かなりの数に上るらしい。辞めるんだったら、休業にはいる前に辞めてほしい)。そんな人の話を聞くと、やっぱりげんなりする。「だから女はダメなんだ」って言う人の顔が浮かぶ。子育ても家事もろくにできないやつに、そんなこと言わせたくない。だから、しごとで見せたいと、やっぱり思う。幸いなことに、わたしの周りには、「そこそこでいい」「もらえるものはもらわないと損」的なさもしい発想の人はいない。それがうれしいし、心地よい。自分の生きる環境は清めたいし、整えたいからね。扶養の範囲とか、範囲外とか、そういう「評価」で人を見るんじゃなくて、別のところに、かなりシビアな、でもわかりやすい、人間性の「評価」ができそうにも思えた。
September 26, 2005
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今井です。ちょっとごぶさたしていました。この間もなんとか仕事をこなし、地元のお祭りでは子どもたちと一緒に山車を引っ張り、夜は夜でハイテンションになりお神輿を担いだりしていました。そんな感じでとりたてて語ることも無いままに、淡々と毎日を過ごしてました。(ってちょっといいわけです)そうそう、土地土地でカラーもあるみたいだけど、町会とか子ども会とかの活動も面白いもんです。上の子の小学校入学と同時にデビューという遅咲きですけど。そんな感じでこの間は頭をあんまり使っていないのですが、最近、思うんです。人を大切にすることが根っこだなって。それは国の制度だったり、職場の環境だったり。そのほかもろもろも。とにかく人を大切にしてなくちゃ、なにも成り立たないし、長続きしないんじゃないかって。保育の世界では総合施設(幼稚園と保育園の一体型施設)が注目を浴びています。(詳しくは山田さんが編集長を務める「遊育」をご参照くださいまし)いままでの長い間、それこそ水と油のようだった幼稚園と保育園の世界に、あたらしい仕組ができつつあります。平成18年度スタートに向けて、これから幼稚園サイド、保育園サイドそれぞれの思惑で議論になるでしょう。自分には先のことはわかんないけど、それでも「これでだれがハッピーになるんだろう」って考えて、そこから議論をスタートしてほしい。で、このことに限らず、自分もみんなもハッピーでいられるようにできることはしたいなぁ、と思う今日この頃です。そう思い続けたららきっとそうなるような気がしています。4つ葉もきっとそう。まずは思い続けるところから始めてもいいですよね。自分がそうでした。何とかしたいなぁ、そう思い続けていたら、4つ葉のみなさんと出会うことができました。
September 26, 2005
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「夫の扶養の元で女性が好きなこと(仕事、ボランティア等)をしているのはずるい」と男性に言われたことがあります。そのことについて、どう思われますか?今度講演にいく先の方が出してくれた事前の質問項目に、こんな質問がありました。こういう質問は、珍しいものではなく、よくある質問ですね。まさか、「専業主婦優遇制度」について知らずに主婦やっている主婦はいないと思いますが、みなさんは、どう思いますか?わたし自身はこの問いに対して、それなりのこたえを拙著『子育て支援でシャカイが変わる』(日本評論社)で出したつもりですが(ってゆーか、書いた内容のすべてがそのこたえに行き着くものだった気がする)、当事者の人たちがどう思っているか、きちんと聞いたことがありませんでした。ぜひ、みなさんのお考えを教えてください。
September 25, 2005
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世田谷の子育て支援グループamigo 事務局の市川望美です。すでに新聞などで報道されているのでご存知の方もいるかと思いますが、世田谷区の保育ママさんが虐待で逮捕された、というショックな出来事がありました。私は、世田谷で子育てをしている人、子育てに興味がある人のメーリングリスト「せたがや子育てほっとネット」の投稿で知り、記事を調べに行ったら、その保育ママさんはなんと私も知っている、私の居住地域の方でした。本当に、ショックです。烏山地域では昨年から、保育の質を向上するために保育関係者でネットワークをつくっていて、私も子育てサロン レインボーカフェの主催者として声をかけていただき、事務局としてお手伝いをさせていただいています。公立・私立の認可保育園だけではなく、認証保育所、そして保育ママさんたちも全員参加され、みんなで地域で子育てを支えるため、地域で安心して子供を育てていけるために何が出来るのかを考えています。保育ママさんたちは、家庭らしいこじんまりとした雰囲気の中でお子さんをお預かりしているのですが、お子さんのお預かりは毎日のことであり、自分が休むと代わりがいないという状態でありながら、そうやって忙しくばかりしていてはいけないということで、保育の質の向上のため、他の施設との連携のために、ネットワークに参加していただいているだけに、、、、。保育ママさんたちが孤立しないよう、今月初めにおこなった避難訓練では、他の保育施設との連携をとる訓練を行ったりもしていました。もちろん、してはいけないことであることは間違いありませし、被害をうけた赤ちゃん、ご家族の方の気持ちを考えると本当に痛ましいことです。ですが一方で、働くお母さん達を助けてあげたい、少しでも安心してもらえるように努力したい、という熱意を持って保育ママさんをしてくださっている皆さんのことを考えると、本当に胸が痛みます。安心してこどもを産み育て働くために私が出来ることはなんなのだろうと、本当に考えてしまいます。◎◎それに関連して、、というわけではないのですが、我が家のこどもたちの「保育園、幼稚園問題」(つーか勝手に悩んでいるだけですが)も少し心境の変化がありました。こどもたちを保育園にフルタイムで通わせてあげられるよう、今月保育園の入園申請をだしたのですが、最近ちょっと「幼稚園でもいいのかもしれない・・・」と思うようにもなってきたのです。仕事もしたいし、他の子どもたちとまさに「寝食を共にする」という保育園は、私達夫婦としてのぞましいと思ったのです。でも、待機児がおおい世田谷では、フルタイム勤務ではない私の働き方だと保育園入園はかなり厳しいのは事実。入園できるのを待っている間に、ムスコは4月に幼稚園の年少さんになる時期が来てしまう。実際は、4月入園に向けて、もうすぐに手続きを取る必要がでてきます。だから、実はのんびりしている暇はない・・・4月生まれの息子に、保育園に入れるまで私と一緒に過ごさせるのはちょっと辛い。私がもっとこどもとの生活を中心にすえられればいいのだけど、それも難しい。緩やかであってもいまや私の仕事は、私にとってとてもとても大切なものであって、それをなんとか続けていきたいとおもっています。週に2日保育園にいっているのでとても助かっておりますが、それをもう一年続けるのもなあ・・・4月で4歳になる子を、サロンとか打ち合わせの場に連れて行くのはどうか・・・いつ入れるか解らない、しかも確率的に厳しい今の状態で待ち続けているよりは、いっそもう幼稚園にきめて、その時間の中でやっていけばいいのではないか、と思うようになっています。こども達と過ごしながらできること。そういう働き方が家庭の状況として許されているのだから、それをもっと満喫したり、それこそ新しい働き方を具体化するための取り組みを、自分自身のニーズを通して取り組んでいくべきじゃないかとか、そう思っています。保育園or幼稚園 というのはある意味ゼロイチの価値基準でとらえていました。保育園の代替としてではなく、幼稚園での生活を主体に考えてみるのも1つのテかなあと思ったりする瞬間が増えてきています。実際に、上の子が幼稚園児となったら、それこそamigoのお当番仕事、サロンの担当ですら出来なくなってしまいそうだし、うまく時間を使っていけるか不安なこともありますが、そうやってみたい、という気持ちもでてきて・・・「正直な自分サイズのライフスタイルで選べることをするべきではないのか」という思いがあるのです。小さなことなのだと思いますが、「保育園に入るために」「幼稚園児だから」ということではない発想でできたらいいなあ、、と思い始めています。なにより私自身が、仕事もとっても大切だけど、こどもたちとの生活時間をやっぱり大切にしたい、というのが正直なところなのですけどね。もちろん、そうはいっても現実にこども達は日々成長し、いくべき場所が必要になってきます。でも、まあ、きっとどちらになろうと子どもたちはそれぞれに個性を伸ばしながら育っていくでしょう。私も、こどもたちのように、その場その場にあわせて「個性を伸ばしながら」育っていけたらいいなあ。・・といっていながら、来週くらいから、幼稚園入園に向けて色々動く必要がでてくるので、正直あせっております。さあ、どんな決断を下すことか。もう、日々どきどきしております。。。
September 24, 2005
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世田谷の松田ですおととい、amigoで「乳幼児の親の居場所づくり勉強会」を久々にひらきました。いろいろおもしろかったので報告します。amigoのスタッフの勉強会だと思って続けているのですが、amigoのメンバーが集まったのは久しぶり。みんな忙しい。でも、集まってみると改めて自分のことを話す訓練になっていいな、と思いました。もちろんamigo以外の皆さんも熱く語っておられました。北区の京子さんは、サークルを立ち上げて1年でメンバーが150人!というスゴイ吸引力のおねえさま。(っちゅーか、たしか同い年なんだけど、「おねーーさま☆」と慕いたくなる妖しげなオーラがある)amigoに最初にいらしたときには「何もわからないけれどやってみる」とおっしゃっていましたが、その時からすでにオーラが(笑)吸い込まれそうな私でした。地域の方々ともつながってきて、この間、駅前のダンススタジオをまずは週一回借りての活動を始められたそうです。また一つ、楽しみが増えました。しっかり「つどいの広場事業」をメモっていかれました。お仕事で針灸のマッサージをされていたゆみさんは、出産を機に母親たちのココロと体ををケアしあうような居場所ができないか、と思い立ち、今回いらっしゃいました。三重県で私がサロンを始めたときとなんだか重なってみえて、嬉しかったです。それに、なんと市川望美さんと同じ地域。のぞみさんはすでに地域の様々な機関ともつながりつつあるので、すっかり頼れる先輩になっていて、いろいろ情報提供してあげていました。かっこよかった。そののぞみさんは、お母様とお姉さまと3人でコズミックスマイルというブランドを立ち上げ中。たのしそう。保育士さんのお二人は、2ヶ月ぶりにいらして、お二人とも近況報告。それぞれに子どもの育ちの現場から感じているたくさんのことを、どうやって地域へ還元していったらいいか、模索中。みきこさんは新しい名刺をつくっていらして、「訪問子育て相談員」って肩書きがしてあった。すてき。少しずつ、想いがカタチになっていく、そんなみなさんを現在進行形で感じることができる、ここもまた、ひとつの居場所です。わくわくしたい人、ふらりと参加してみてくださいね。(この居場所づくり勉強会も、思えば杉山マジックのおかげなのです)
September 24, 2005
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世田谷区の保育ママの事件は、正直言って、かなりショックでした。乳幼児期の保育先が、保育所とか託児所しかないのではなく、自宅など家庭的な雰囲気のなかで預かる保育ママの制度は、実は結構いいのではないか?と、注目していました。質を高め、もっと数が増えれば、待機児問題の解決にもつながるはずだと、思っていました。その気持ちは今も変わりません。しかし、今回の事件。詳しい事情はまったくわかりませんが、以前わたしが取材させてもらった保育ママは、2~3人のお子さんを預かっており、1人ではなく2人で保育をしていました。保育所と同じようにきちんと保育プログラムをつくり、保育日誌を書き、保護者との連携も十分とって、それは熱心に保育してらっしゃいました。一方、以前、無認可のベビーホテルで、保育者の虐待で子どもが亡くなった事件を追いかけたことがありましたが、そのとき、現場には犯人の園長(保育士の資格もない)と殺されてしまった子どもしかいなかったそうです。密室はよくない。どんなに優秀で評判がいい保育ママでも、保育者は最低2人はいたほうがいいのではないか。人の目があると、人は自制するから。と、本能的に思います。それぐらい、家の中の保育は、注意が必要なのかもしれません。子どもはことばで上手にSOSを発することができないのだから。よほど、自律した大人でなければ、保育はできないのではないか。なぜ今回のような事件がおきてしまったのか?以前にも子どもにけがをさせていたようだが、なぜ発見が遅れてしまったのか?区の保育ママ制度に欠陥はなかったのか?研修は十分だったのか?質の維持・向上ができるような評価システムを用意していたのか?親の苦情や疑問がきちんと行政に届く仕組みができていたのか?たらい回しにされたり、苦情がうやむやになるようなことはなかったのか?保育所でさえ、事故などが起きたときの対応は、施設によってはかなりずさんであると聞いたことがあります。ましてや、こうした個人の施設の場合は、さらに対応がごてごてに回るのではないかと、心配です。それは、親にとっては、たまらないことです。行政とその保育ママには誠意ある対応を期待します。そして、お子さんの一日も早い回復をお祈りしています。そして、二度と同じような事件・事故が起きないよう、十分配慮してほしいと思います。○根本的な問題解決策としては、いくら人材不足とはいえ、子どもを産み育てた経験がある程度のアマチュアに、保育を任すのは、やめたほうがいいと思います。「事務やパートに出るのは大変だけど、子守ぐらいならできる」なんて了見で他人の子をみられたんじゃ、たまったものではないです。「誰でも気軽にできます」なんて、ボランティア気分で子どもを預かるようなしくみを、増長させてはいけないのです。それなりの質を担保するには、それなりの教育も実践も必要であり、職業として誇りが持てるよう、一定程度の対価も支払う必要があるのではないか(そこが、ものの売買サービスとは決定的に違うところ)。また、たとえ、ボランティアであっても、質の妥協はしてはいけないのです。○このところ、少子化対策に力を入れてほしいと考える国民が増えてきたそうです。そんなご時世だからこそ、玉石混合のサービスが今後、ますます増えるような気がします。今の親に「玉」を選ぶだけの力があるのだろうか。自信を持って選べない親は、預けるのをためらい、全部自分でやろうとするだろう。24時間、自分の手で・・・と、これまた決しておすすめできない子育てをしようとするだろう。もちろん、良質のサービスが主流になれば一番なのだけど、それには、たぶん、時間がかかると思います。消費者の目がこえてないと、質は上がらないと思います。だから、解決策は、やっぱり、親が選べるだけの力を持つことだと思います。親(もちろん父親も)が「保育」と「幼児教育」の基礎ぐらいは、一般教養として学んでおくとよいのではないかと思います。もちろん、あたまでっかちでは仕方がありませんから、実践も行い、ご近所同士でちょっとした預かりあいぐらいは、できるようになっておけばいいと思います。そうすれば、保育所や託児施設の質の見極めぐらいは、苦もなくできるようになると思います。○先日の越谷での講座で、「チャオのカナダの子育て支援の勉強会にも参加させてもらいました。すごく勉強になったので、ぜひみなさんも参加してみてはどうでしょうか」と、発言したお母さんがいました。子育て支援者になりたいわけではないけれど、母親として、子育て支援者向け講座に積極的に参加して学んでるんだ、すごいなあ、と思いました。これから先、子育て支援者と親の境界線がどんどんとなくなっていくとよいと思います。お互いが刺激を与え合い、成長していけば、子育て環境もかなり変わってくると、思います。そんな世の中にするためには、専門家と呼ばれている人も、変わらないといけませんね。
September 24, 2005
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先日、朝日新聞のわたしの尊敬する女性記者さんが取材に来てくれました。わたしが妊娠して、「どうせすぐ戻れるわ」と、とっとと会社を辞めてしまった話をしたら、「わたしね、男女雇用機会均等法世代の女ってバカだと思っていたの」と言われて、その人に言われたら、返す言葉もなく、「すみません、そのとおりですぅ~」と言ってしまいました(バカじゃない、雇均法世代の女の人、ごめんなさい)。もちろん、今はそんなことは思っていないとおっしゃってくれましたが、わたし自身、「バカだった」と思う恥ずかしいふるまいの数々に、とほほですわ。バブルの時期にジュリアナ東京で扇子振り回して踊ってたからね。みんながブイブイ踊っているころ、わたしはすでに子育て中で、世の中の厳しさにはちょっとは気づいていました。例えば、女子大生の就職意識調査なんかしていたので、氷河期、超氷河期の女性たちがいかに苦労しているのか、知ることができました。そしてその後の不況。大学時代も「うかうかしてられない」と、専門学校に通ったり、会社訪問したりしている年下の人たちを見て、すごい!と思っていました。それでも、なかなか就職できなくて、フリーターになったり、派遣会社に登録したり。「フリーター」なんて造語をつくった会社にいたものだから、なおのこと、いまだに罪の意識で胸がきりきり痛みます。(オトナなんだからさ、若い子だますようなプレゼンテーションばっかりやってちゃいけないんだよ、ほんと)●で、先日、子育てサポーターチャオのひばりさんに呼ばれて越谷市で人権教育についてのお話をさせてもらったのですが、その後、一緒に食事をしていて、「最近のお母さん、変わってきたの!」という話に花を咲かせました。「前は家庭教育とか人権学習とかの講座を開いても、その回だけ休んで、あとの子どもと粘土遊びをしようとか、そうした講座目当ての人が多かったんだけど、託児つきの固い講座もちゃんと聞きに来てくれて、そのあと、こっちが言わなくても、自発的にグループをつくろうという動きが出てきているの」と、ひばりさん。確かに、このときも一人一人のお母さんに自己紹介してもらい、最後に一言ずつ感想を述べてもらいましたが、一人で何分も延々しゃべり続けるような人もおらず、もじもじする人もおらず、みな、簡潔に、客観的に自分の子育ての今の様子を話してくれ、感想も一言でまとめてくれました。わたしが、「次世代育成支援の行動計画には、これからの子どもに関する10年の行政計画が載っていますが、自分の地元の計画の内容も知らずに、子育てしちゃまずいです。子どものためと思うなら、そうした行政の動きもきちんと把握しながら、足りないところはないか、あったとしたら、どう伝えていくか、行政に働きかけていくか、考えながら子育てする。親ならそれぐらい当たり前でしょう」ってな話をしたので、「自分がいかに何も知らずに子育てしていたのか思い知らされました」とか、「具体的にどう行政に言って行けばいいのかなと思いました」とか、感想を述べてくれて、「よしよし、あとは、言うだけじゃなくて、やってねー」の気分で、講座を終了することができました。もしかして、おバカだったのは、私たち世代だけだったのかも・・・(あのころがちょっと異常でうかれていただけだったのかも、かも)と、なんか、ちょっと情けなく、もちろん、わたしにも言い分はあるけれど、それはまだ置いといて。朝日の記者さんのような雇用機会均等法をつくってきた上の世代にも、子育て真っ最中の下の世代の女性たちにも、「ああはなりたくないワ」と冷たい視線を向けられないよう、心して生きていきたいと、改めて思ったのでした。
September 24, 2005
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22日、23日と、湯河原に旅行に行きました。いい温泉があるという宿を選んで予約をしたのですが、着いて驚いた。ここ、小林秀雄さんの定宿だったんですねぇー!仲居さんに聞いたら、「そうですよ。わたし、ずーっと小林先生の担当だったんです」と言うではありませんか。「ほんとですかぁ~。わたしファンなんですぅ」と、たまたま持参していた小林秀雄の著作集『近代絵画』を見せました。「宇野千代さんがね、小林先生に『ゴッホの手紙』を執筆してもらおうっていうんで、日本で一番最初に作家を缶詰にしたのがここなんです」ええーっ。そうだったんですか!そのエピソードは知っていたが、それがここだったとは。。。ってことは、青山次郎さんも来たのね。「もも、もしかして、白洲正子さんなんかも来てらしたんですか」と聞けば、「ええ。ご家族でいらしてましたよ」「白洲次郎さんも?」「ええ」「やっぱかっこよかったですか?(何を聞いているんだ、わたしは)」「それはもう!」ううう、うらやましい。ナマ次郎さんを見たんですね・・・。出がけには女将さんに無理をお願いして、小林秀雄がいつも泊まったという部屋を見せてもらいました。水上勉さんとか、みなさんで年末からやってきてゴルフやったり、お酒飲んだりして楽しんでらしたんだそうです。みーんな、亡くなっちゃったなあ。昭和は遠くなりにけりだなあ。しかし、露天風呂もよかったし、料理もよかったし、何よりわたしの敬愛する人たちがすごした宿に泊まれたというので、ぐーんと、中身の濃い旅行になりました。そういう人たちが泊まったところだっていうことも、ほとんど宣伝していないし、写真も色紙も飾ってないそっけなさ。聞かれないと、何も教えてくれない、宿の人たち(そういう宿だから、小林さんや白洲さんが気に入ったんだと思うけれど)。○今やっている仕事に何の不満もないけれど、このところちょっと忙しくて、気持ちがあせっていたところだったので、これは思わぬごほうびになりました。4つ葉のこととか、子育てバリアフリーとか、今度やる三鷹でのフォーラムとか、馬力かけないとできないことが多いから、かなり自分を奮い立たせて、前に進むよう、仕向けているんだけど、それだけだと、地に足が着いてない感じで、どうも、落ち着かないのです。こうした深い思考の持ち主と出会って、思索する機会を設けて、いい具合にバランスがとれているようです。
September 23, 2005
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最近うれしかったことは、京都きっずプロジェクト(KKP)を始めたメンバーの一人宇治子育てを楽しむ会の迫さんと先日、会ったとき「今年の1月に杉山さんに来てもらって、あれから、みんなが変わったもん」と言われたことでした。あのときは、「一人じゃなく、東京の子育て支援やってる人連れてきてほしい」とリクエストされ、即決でアミーゴの松田さん、マドレボニータのマコさんに来てもらうことにしました。せっかく3人も来てくれたんだからと、迫さんはたくさん機会を作ってくれて、わたしが京都市で子育てリーダーさん相手に今の子育て支援制度の課題を語っている間、松田さんは、宇治でサークルリーダーさんたちに講演。マコさんは、産後のリハビリの重要性を解説・・・てなぐあいで、迫さんのコーディネートのもと、自分たちの持っている技を披露しまくったのでした。そして、京都でサークル活動をしている若い母親・父親と松田さん、マコさんをパネラーにコーディネーターもさせてもらいました。そのとき目指していたのは、たくさんのお母さんたちに「子育てしていても、自分らしく、楽しく、こんなすごいことができるんだよ」ということを、彼女たちを通して知ってほしいということでした。また、地元宇治の子育てサークルリーダーや行政担当者をパネラーにしたパネルディスカッションのコーディネーターもしたのですが、そのときは、宇治市は子育て支援に結構お金かけていて、いい行動計画をつくろうとしていることを評価し、やる気のある母親たちも登場し、子育て支援したいと思っている関係者も多く、条件はそろっているのだから、後は、それらが融合して、新しいかたちをつくるだけですねというまとめをしました。そして、先日、迫さんからあのとき来てくれていた民生委員さんや、民生主任児童委員さんなども、「お母さんもいろんなことできるし、やりたいんやね」と、認めてくれるようになったと、報告を受けました。後々までそんなにいい効果が生まれるとは、当初、迫さんたちもわたしたちも予想していませんでしたから、うれしい誤算だったわけですが、「誤算」じゃつまらない。できるだけ高い確率で、当てたい。それには、呼んでくださる人もできるだけ明確な目的を持ってくれていたほうが、いい。そして、1月のときは、本当に迫さんたちが丁寧に、集客も、パネラーの選考も、行政とのやり取りも進めてくれていたのでした。こちらもその意図をくんで、準備する・・・。わたしのしごとって、もしかして、そういうことなのかな??と、思い始めているところです。
September 21, 2005
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先日、福岡で行われた子育て支援のイベントで、作家の鈴木光司さん、タレントの奥山佳恵さん、東洋大の白石真澄さん、関東学院大の大豆生田先生が登壇する座談会の司会をさせてもらいました。鈴木さんとは、98年の少子化への対応を考える有識者会議以来、イベントにお呼びして講演してもらったり、どこかの主催のフォーラムなどでご一緒したり時々お目にかかる間柄です。つくづく思うのは彼のことばには力があるってことです。有識者会議の一番最後に、提言をまとめて総理大臣に手渡したのだけど、故小渕総理大臣を前に、わたしら委員が一言ずつ感想や意見を述べる機会があって、鈴木さんは、「ぼくは未来は明るいと思っている。子どもたちに未来は明るいというメッセージを伝えるのが大人の役割だと思う」ということをおっしゃり、小渕さん、すっかり気に入って、ほかの委員の、「国はもっとこれやんなきゃいけない、あれもやるべき」みたいな話はすっとんじゃったようでした。(かくいうわたしも、自分の話したことは忘れちゃったけど、鈴木さんが言ったことは覚えているわけで。ち、鈴木マジックにまんまとのせられています)今回も、彼がいる以上、「未来は明るい」という路線で行かねば・・・と思い、それはほかの方も承知していて、全般に楽しいトークを繰り広げることができたと思いました。○鈴木さんのメッセージはいつも変わらず、「未来は明るい」です。「言い続ける」と、彼は言います。で、ほんとに言い続けています。それって、すごいことだなと思っていて、彼に出会ってから、新しい価値観を手に入れた気がして、今まで当たり前だった、結論が暗いテレビ番組とかコメンテーターとか、「それって、自分がやりたくてやってんじゃない??」と、思うようになりました。「不安あおってどうするよ」ひとりで思うだけなら、まだいいんだけれど、周囲の人に悲観的な話ばかりするのって、よくないよなー。ひところはやった「よかったさがし」みたいなのも、ちょっと無理してる感じでなんですが、そんなせこいのじゃなくて、もっと大胆に、「どんなことがあっても未来は明るい」と、子どもに伝えるのは、やっぱ、親のつとめかもしれないな。
September 20, 2005
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わたしが一番疲れるのは、子育てに精通しているはずの専門家が、「最近のお母さんはあれもできない」「これもできない」「こんなことでは、子どもが大変なことになる」「おかげで、わたしたちは仕事がふえて大変なことになっている」という話を、壇上で、聴衆(子育て中の親や、子育て支援をしている人たち)を相手にしているのを聞くことです。こんな話を、「最近のお母さん」相手にして、どうするんだろう?何が言いたいんだろう?本当によくわかりません。子育て支援している人だって、どうリアクションしていいのか、わかんないじゃん(「うんうん」なんてうなずいたら、あなた、その先生レベルに、自分を下げちゃうってことだしねえ)。そういう人に限って、「子どもは無限の可能性を秘めている」とか、「子どもは無垢で、純真」とか、顔から火が出るような恥ずかしいことばを平気で口にする。(今、小林秀雄を読んでいるので、言葉遣いには、よほど慎重になっているのです)仮に、「子どもはピュア。それをダメにしているのは、親」。だったとしても、それを指摘するのが、専門家ではありません。それを改善する知識と技術を持ち、実践しているのが、専門家です。例えば、今の子育て中の親の苦労をあまり知らない、政治家のおじさんたちが、「最近の若い親は」ってな話をするほうが、わたしはまだ許せる。「知らないで言っているのねー。誰か教えてあげてほしいなー」って思えるから。それが、なんか、子育てのことや子どものことを専門にやっている人の口から出ると、もう、めげてしまう。もっと言ってしまえば、傷ついている。何にだろう?そんなことを言う、質の低い専門家に対してか?それだけではない気がする。わからない。わたし自身はもう、当事者の親の立場ではない。でも、彼女らの代わりに傷つき、腹を立てているような気がする。情けないんだ。もしかして、その専門家の人たちが言うように、いまどきの親は、子育ては下手になっているのかもしれない。だからといって、彼女たちの自尊心を貶めるようなことを言ってもいいはずがない。そんな権利は、いくら名誉や地位があっても、誰にもない。闘う相手が、多すぎるってことにもめげているのかも。どうぞ、あんな人の言うこと、気にしないで。同じメッセージを伝えるにしても、もっと品よく、心地よく、納得できる言葉で伝えるちからを持っている人をわたしはたくさん知っています。選んで聴けばいいから。全部聴かなくていいから。本当に味方になってくれる人のことばを信じればいいから。できるだけ、ここにそんなことばを書くから。あとは、選ぶ力をそれぞれの人が身につければいいんだ。めげているわたしに、「最後に残るのは、求められるものだけだから」と言ってくれた人がいた。人はよくなりたい、よく生きたいと願って生きていると思う。だから、よく生きたい本能は、自分を甘やかすだけのものも、よけいなおせっかいも、脅し文句も選ばないだろう。自尊心をかけて、「ノ-サンキュー」というだろう。選ぶべきものを選ぶだろう。そう信じて、やっていくしかないんだろう。
September 19, 2005
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世田谷の子育て支援グループamigo 事務局 市川望美です。最近、周りに「実名」「顔写真公開」の人が増えてきていて、なんだか新しい流れを感じます。私も今まで"イチカワノゾミ"とカタカナを使っていたのですが、屋号をかえるので名刺を新しく創る予定もあり、そのタイミング「市川 望美」と、漢字に戻そうかしら・・・と思ってます。カタカナで活動してきて2年半。じゃあなんで最初にカタカナを選んだのかしら。と考えてみたとこ・・・・一種の抵抗だったような。それまで仕事で使っていた名刺は、会社員だったので当然ながら本名だし結婚後も旧姓のままでした。結婚して苗字が変わることは抵抗はなく、むしろ自然なこととして受け止めていたのですが、やはり長年連れ添った苗字への愛着もあり、そのままにしてたのです。自分の生活時間の大半を占めるシゴトをしていた時は旧姓で呼ばれるし、もともとの友達は結婚したからといって名前の呼び方を変える訳もなく、旧姓もしくは下の名前「のぞみ」やあだなの「のんちゃん」と呼んでた。でも、産後に知り合った人たちからすればそりゃ当然私は「市川さん」であり、名刺を持つことになったとしても「市川」です。結婚後というより、子どもを産んでやっと「ああ、わたしって市川さんなのね」ということを痛感したわけです。それが、なんとなく、収まりが悪かった。。。今までの私の生活が、終わってしまったような・・・・ある種の産後の喪失感みたいなものかも。育児休業後に戻るつもりだったので、「それも仮のすがた」のように思ってもいたんだけど、結局仕事には戻らず、amigoを手伝いながらなにか探そう、ということになり、、、、「とりあえずはじめよう」ってことで、カタカナを選びました。まだ、本名では・・みたいな自信のなさもあったのかなー・・・。フリーな世界もはじめてて、新卒採用されて持った名刺が生まれて初めての名刺。会社が用意してくれた肩書きや部署名での名刺だったけど、自分で名乗ってつくるなんて・・・そ、そんなあ~おこがましいのでは・・・みたいな。匿名性を保持したいとかそういうわけではなく、なんか、ま、、まだ自分の看板だなんて!どれだけやれるかもわからないのに・・っていう感じですね。会社員時代に当たり前のように持っていた名刺と捉え方がぜんぜん違うのだなあ・・・といいつつも、そういうちょい弱気な面だけではなく、「新しい自分のいる場所をつくっていきたい。自分の力で」というポジティブな意味合いもあって。当時の私にとって妻、母の名前の象徴としての記号であった"市川望美"でもない、個としての「イチカワノゾミ」、っていうニュアンスです。ですが、ずいぶん活動も私の生活に根付いてきたし、堂々と自分の名前を使うのもいいのかもしれないと思うようになりました。妻であり、母でありということも今の私にとっては「あったりまえすぎる事実」であって、あえてその部分を排除する気もなく、それがあってこそのわたし。私自身が、今の自分の生活、仕事をしっかりと肯定できている証なのかもしれません。新しい屋号も決まったし、新しい名刺など創るにあたっては、実名でいこうと思います。これもひとつの、決心の表明ですね。☆楽天の個人ブログは変わらず"cherry"でいきます。あそこはある種キャラですから・・・さて、前置きが長くなりましたが本題に。そんなこんなで、ここ数ヶ月、シゴトに対する思いに変化もあって、(シゴトとカタカナ表記するにもきっと想いがある。"従来の仕事観とは違う新しいもの"としてかな)「ワークライフバランス」というものをまた考え始めています。振り返ってみれば、この言葉を目の前で提示してくれたのは杉山さんで、第二子の出産直前、杉山さんとamigoまつださんが開催した「ワークライフバランスを考える」という会に参加した時に出会ったことばです。長男出産後、amigoを手伝いながらなにか発見したいと思っていたけれど、意外にもすぐに二人目を妊娠。長男の1歳のお誕生日の二週間後くらいに発覚しました。もともと私は姉と年子だし,年の近いきょうだいがいいなあーと思ってたから「年子もいいな」と公言していたものの、産後の新しい世界がたのしくて、もうちょっとムスコと2人で色々やるのもいいかも・・・と思ってたから、ちょっとだけ残念な気持ちもありました。こどもが2人になったら、いったいどうなるのか。小さい子ども2人連れての活動は、ひょっとしてものすごい負担となるのではないか。amigoの活動についての気持ちも変わっちゃったりしたらどうしよう。いろいろ不安もあったのだけど、今考えたってどうしようもないし、産んでから考えればいいや。とにかく妊婦生活を楽しもう。と、色々活動した最後の締めくくりが、前述「ワークライフバランスを考える会」でした。出産予定日の数日前の開催だったのですが、参加後は行って見て本当によかった・・・・と思いました。産休(?)に入る前に、なぜ自分がココにいるのかということを考えるいいきっかけにもなったし、色々な人とワークを通して話すことにより、あの場で確認した思いを抱えつつ出産に向かうことができたから、です。その時、「最後に立ち返れるような、自分のよりどころとなるような軸を持っていきたい」と言ったのですが、いいながら「そうかあ、自分はそうやって"軸"を持ちたいんだな、、とあらためて確認を。外側の変化(生活面)に影響されることなく、しっかりの自分の人生を歩みたいという明確な意思はこのときに認識しました。出産後も無事に気持ちは変わることなく、○産後2ヶ月くらいからamigoにぼちぼち復帰し、○まつださんの「居場所作り勉強会」を継続開催することになって色々な人と出会い、○「わたしが創る場所」ということを考えるようになり、○自宅での子育てサロンをスタートすることを決め、○昨年5月からはムスコが一時保育に通い始め、○カラーセラピーの開業資格をとり緩やかに開業し、○春からはムスメも週2日保育園児となり、フリーで動ける時間を確保できるようになり今に至ります。すこしづつながらも、自分の行動にたいして対価を得られるようになってきて、ますます「仕事をすること」喜びを感じています。今のワークライフバランスは、週に3日か4日。そのうちの半分は子連れでのamigoの活動など、直接報酬に結びつくものではないけれど、自分を支える大切な社会活動。でも、もっと広げたいと欲がでてきて、ついに保育園にフルタイムで通うべく申請を出してみました。会社勤めではなく、自営、居宅内の仕事がメインで、しかも小さな仕事を3つやりくりしての申請なので、きっと入園は難しいかもしれません。保育激戦の世田谷区だし、ポイントが高くて本当に必要なのに入れない人もいるし、入りやすくするために、自営の父に雇ってもらっているように書類を出してもらおうかとか、いろいろな「裏技」も検討しました。だけどやっぱり、とりあえずは今のままで申請を出すことに。保育園は「保育にかける」子が行くべき場所であり、今とりあえず成り立っている状況なので、真っ正直にいうならば、「かけてない」のかも。子どもの発育だとか、育ちのためには、親の仕事につきあわせたり、自宅で仕事をしている間、家で遊んでいてもらうって言うのは果たしてどうなの?っていう想いがあります。それでも、自分たちなりに一生懸命取り組んでいるし、生まれてすぐから多くの人たちやお友達と会う機会を持てたうちの子ども達は、「つき合わされて可哀想」という次元の話しではないものを得られているとも思っているし、親が一生懸命自分の人生に向きあっている姿をみせるというのは、親の果たすべき大きなシゴトだとも思っています。上の子はこのままいくと来年春幼稚園の年少さん。年子なのでムスメもあと一年半たったら、幼稚園。保育園よりは入りやすいし、保育園に入らないまま4月を迎えるよりも、幼稚園の入園手続きをすすめておいて、あと数年は「幼稚園児の母」が持てる時間での「ワークライフバランス」をとるべきなのかとも思う。お兄ちゃんが幼稚園に行っている時間&妹ちゃんが保育園にいっている間の時間でできることを一年間積み重ねて、ムスメも幼稚園にあがったら、お昼過ぎまででできることをやる。(延長保育を前提としてのシゴトは、、、やはりやめようかと思いはじめてきました)私たち夫婦としては、保育園での生活っていうほうがいいのですが、入れない限りはしょうがない。かといって、入れるのをただ待っていても、こどももシゴトもそだっていく。どうやったら、ちょうどいいバランスをとっていけるのか。ワークライフバランスの試行錯誤は続くのでした・・・ああ、保育園に入れるといいのだけど!入れる場合は、26日に回答が電話できて、入れなかったらそのまま。半年間は選考の場に上げてもらえるけど、半年後にはまた出しなおし。半年後の選考とは「4月入園」という一番大きな動きがあるとき。せめてそこで入れればいいのだけど、その前に幼稚園入園手続きってあるんですよね~自分だけのことじゃなく、子どもたちにかかわることだし、なかなかすっきりは行かないものです。○保育園と幼稚園 どっちにしよう、、、と悩むブログ その1○保育園と幼稚園 どっちにしよう ブログ その2
September 18, 2005
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このところ、取材に行くより、取材されることのほうが多くなってきた。えてして、自分がそういう仕事をしていた人間は、取材されるのは、実はあまり好きではない。突然電話をかけてきて、その場でガーッと話を聞いて、こちらに事前の確認もなく出た記事では、4つ葉プロジェクトは、「ママサークル」になっていた(笑)。わたしは「一児の母」になっていた(高校生の息子でも、一児の母って言うのかしら)。わたしのコメントが「20代、30代のママたちにも選挙に行ってもらいたい」になっていた(「ママ」って1回も言わなかったよ。40女が「ママ」なんて言うか、普通)。記者がナニを言いたいのか、どういうレベルの人物なのか、それでだいたいわかってしまう。文句言うのもばかばかしいので、そのまま放っておいている。もちろん、そうでない記者もたくさんいる。そういう記者さんの名前は、フルネームで覚えている。女性が多いんだけど、その人たちは、取材の仕方からして違うので、こちらも安心してやりとりができる。わたしはそんなにお人よしではないので、相手を見て、提供する情報のレベルを変えている。○先日、ユニバーサルデザインの専門ライターの人に子育てバリアフリーの取材を受けた。UDの取材だったにもかかわらず、「ぼくなんかは、電車のなかで赤ちゃんの泣き声が聞こえたら、うるさいなあと思う部類の人間でしょうね」と、どういうつもりで言ったのかわからないが、言ってきた。「赤ちゃんてのはもともと泣くものですから、そんなことで怒ってもしかたがないですよねえ」(ナニいってんのかこの人。わたしが「そうですよねえ」なんて同調するとでも思ったのかしら)と、切り返すと、「実際育てた経験がないものからすると、それもわかりませんからねえ」と釈明するので、「当事者にならないとわからないのでは、ユニバーサルデザインなんてできっこないですよねぇ」と、すかさず、つっこんだ。障がい者がどんなところでたいへんな思いをしているか、高齢者になると、実際どこの身体機能が衰え、それを補うデザインは何なのか、それは、当事者じゃないからわからないなんて、障がい者、高齢者の前で言いながら、あなたはUDの取材をするんですか?ってことですよね。それをここで、ぬけぬけと言うのは、“子ども”だから甘く見ている?事前予習しなくても、子育てバリアフリーの取材なんかお茶のこさいさいと思って、手ぶらでやってきた?相手の立場にたって、「たぶんこの人たちはこういうことを思っているんだろうな」って、想像力を働かせる作業も行わないまま、素の自分でやってくるなんて。「おいおい、なんでわたしたちが貴重な時間を割いて、あんたとため口きかにゃーならんのよ・・・」って思われていることぐらい、見抜いてよ。だいたい相手の水準がわかると、質問されても、すぐには答えなくなる。「どうしてそんなこと聞くんですか?」と、企画意図を尋ねたり、「たった2ページしか、子育てバリアフリーには割けないんだったら、そんなことにスペース割かなくていいんじゃないですか」と、企画そのものに、文句を言ったりする。いやだろうなあーと、よくわかるけど、そんな載せ方されるぐらいなら、別に載せてもらわなくてもいいもの。○「あなた、プロでしょ」って、ときどき突っ込まないと、やってる本人もつい忘れてしまうようだ。保育士にも幼稚園教諭にも、学校教師にも大学の先生にも専門家と呼ばれる人には、「あなたプロでしょ」と、時々思い出してもらったほうがいいと思う。こちらがものすごく大事にしているものを、伝えたり、ゆだねたりする場合は、特に。
September 17, 2005
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来る11月25日(金)に三鷹市、杉並区、世田谷区とその地区のNPOのみなさんを核に、「協働のかたち~“子育て”から地域資源を見直そう」というイベントを開催することになりました。場所は三鷹市産業プラザ。時間は10時から18時まで。詳しい内容はこれからですが、午前中はNPO中心の催し、午後はNPOと行政のコラボの企画の予定です。ぜひ、その日を空けておいていただければ幸いです。今回は、ただイベントやるだけじゃつまらないよねということで、このイベントをきっかけに、東京の子育てグループ、NPO、行政がゆるやかーにつながりができ、今後も情報交換や提供ができるようにネットワークを作っていけたらと考え、「とうきょう子育てねっと」というネットワークを立ち上げることにしました。「とうきょう子育てねっと」では「とうきょう子育てねっと」に興味がある、参加してみたい、行政情報も知りたい、NPO情報も知りたい、自分たちのグループ、団体の情報も届けたいというグループ、団体を対象に活動内容に関するアンケート調査を実施し、当日配布のプログラムで結果を紹介したり、近々立ち上げ予定のブログで紹介したりする予定です。(アンケートにお答えいただき、ネットワークの一員になっていただくというかたちです)アンケートに答えてもいいよ、「とうきょう子育てねっと」に参加したい、というグループ・団体のリーダーさんは、私書箱あてに、団体名、住所、電話番号をお知らせください。おって、アンケート用紙を送付します。法人格の有無、規模は問いませんが、東京都内で活動中の「自分たちのグループをこれから発展させてていきたい」「とうきょう子育てねっとをいっしょにつくっていきたい」と考えているグループ、団体からのご応募をお待ちしています!!ちなみに、実行委員会には、世田谷のアミーゴの松田さん、杉並のプランニング∞の対馬さん、三鷹の自然育児友の会の内田さん、新宿のゆったりーのの小原さんにも参加してもらっています。「とうきょう子育てねっと」のブログが軌道に乗るまで、こちらでも随時情報提供さえてもらいますが、東京都内で活動中のみなさん、ぜひ、ふるってご応募くださいね!
September 16, 2005
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岡本さんの15日の日記、あと3倍をよんで、「おお、そうそう」と思ったことがあったので、こっちも、忘れないうちに、ちょろっと書きます。30代半ばに差し掛かったときに、高齢者のことを子どもに伝える本の仕事をしていて、70~90歳の高齢者とお目にかかりました。やっぱこの目で見てみるってほんと大事で、「老後」ってものをものすごくリアルに感じました。で、思ったのが、人生、三つ折だってこと。若いとき山があって、あとは下るだけじゃ、間が持たない。たぶん。折り返し地点は2回か。で、どう生きるか。で、わたしの計算では、今、わたしは、折り返し地点を過ぎて、だいぶ差し掛かったところのはず。がんになったので、さてどうなるか・・・は、まだまだ見通し不透明ですが、人生なんてそんなもんでしょ。岡本さんは、欲張りだから、自分の可能性とか、感性とか、ポテンシャルとか、脳細胞とか、思考力とか、表現力とか、語学力とか、いろんなものを、いまの2倍か3倍くらい成長できるはず。って書いているけど(えらいなあ)、肉体は徐々に衰え、昔できたのに、できなくなることも、間違いなくあって・・・(おどすわけじゃないけど、やっぱりねえ)鍛え続けて、できるように維持するのも大事なんだけど、でも、ここに書いてないことが、年齢を重ねることで、その人のなかに現れてくる、あるいは、できるようになるのが、年をとる醍醐味のようにも思っています。それは、何か。いうと陳腐になるので、やっぱり、年を重ねて見せるしかないかーってことかなあ。ただし、40代、50代、さらにそのうえをターゲットにした雑誌は、今たくさん出ているけど、悪いけど、それをモデルにはできないわ・・・と思っています。
September 15, 2005
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金曜日担当の山田です。担当日ではないのですが、お知らせです。以前、日記で取り上げた“小泉首相メールマガジンの少子化アンケート”の結果が、202号の小泉首相メールマガジンで紹介されましたのでお知らせします。少子化アンケートに対して1万6000件以上の意見が寄せられ、メルマガでは20件程度を紹介しています。中身は、保育サービスの充実から経済的支援の充実、働き方の見直し、若者への自立支援まで、幅広い分野にわたっていました。また、200件近い少子化対策のアイディアを抜粋し、ページを設けて紹介しています。※ 少子化対策のアイディアなど http://www.kantei.go.jp/jp/m-magazine/backnumber/2005/0915a.html意見を寄せられた方は、とてもまじめに考えられています。なかには実現が難しそうなものもありますが、それも含めて、現在の生き難さを反映していると思いました。これらの意見をうまく汲み取って、実行力のある政策にしてもらいたいものです。4つ葉も負けずに、実現可能な政策を考えていかなくちゃだわ。
September 15, 2005
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昨日の朝日新聞の記事に、広島6区から立候補した堀江さんのことでていて、記者会見でテレビクルーを断ったという話がでていました。「また都合のいいところだけ切り取られて放送されてしまう」というのを読んで、やっぱ、メディア王になろうとしているだけあって、わかってるなーと、思いました。今、「いきいき!夢キラリ」という文部科学省の提供番組の番組企画の選考委員をしているのですが、http://www.minkyo.or.jp/これは、民間放送教育協会に加入している全国各地の地方局に企画をたててもらい、内容を審査して、これなら見てみたいというものを、制作してもらうというものです。若手のプロデューサー、ディレクターにとっては、格好の番組制作の機会でもあり、みなさん、かなり積極的に企画を出してくれています。内容も、なかなか硬派で、プロの仕事を見せてもらうことも多く、相変わらずのおもしろくもない、手垢のついたタレントの内輪受け番組を見るよりは、ずーっとおもしろいと思います。(歌番組なのに、どうでもいいトーク流すの、やめてもらいたい)ちなみに、子育て支援に関する内容が多いので、最寄の地域の局に「今度こんなイベントやるので取材に来てください」とか、「わたしたちのグループ、おもしろい活動しているので、取り上げてください」ってな感じで、売り込みに行ってもいいと思います。○その選考会議で、放送作家さんなどいわゆるテレビギョーカイの人と知り合いになりました。おもしろいのは、彼らは、審査会の中でも、「企画はいいけど、主人公見てみないとなんともいえない」「絵的にどうかな?」ってよく言うんですよね。そんな話を聞いて、注意してみるようになると、確かに、画像って、人物なり風景なりにしても、見た目に迫力がないと、見ているほうには伝わってこないという事実に気づきました。「どんなにいいこと言ってても伝わる人は伝わるし、人によっては伝わってこないことだってあるんですよね」といわれ、確かに、力のある俳優さんだったら、本人は全然そう思っていなくても、なんか、言うだけで伝わっちゃうってこと、あるもんね(これがドラマ)。ドキュメンタリーなので、基本、市井に生きるいろんな人が登場するんですが、見ていて好ましいとか、なんかちょっと見ていなくない・・・って、確かにあるんだよなー。印象って恐いなー。○審査員のメンバーと地域局の制作者のみなさんたちと飲んだとき、「テレビは、文章よりはうそがつけない。そのまんま出ちゃいますからね」という話を聞いて、確かに、リアルにそのまま出ちゃうから、取り繕うことはできないな(だから影響力が大きい)と思う反面、「画像と文章、ウソの質が違うんじゃないか?」と、思いました。文章は「真実を伝える」とか言うけど、そんなこと、無理で、「書き手が思った『真実』を伝えている」だけなんですよね。だから、書き手のものの見方、考え方、表現方法などの影響がもろに出て、活字になって現れる。テレビの「真実」は、断片でしかない。伝え手が伝えたいと思う、一瞬のことば尻を拾って、そこだけ見せる。それは事実かもしれないけど、伝えたい真実ではないだろう。個人的に、テレビが「どうかなあ?」と思うのは、「考えさせない」ことなんですよね。文章はまだ、絵が見えない分、シーンを想像したり、取材された人の心中を思い描いたりするんだけど、テレビだと、その見せられた一瞬をそういうものかと思って、インプットしてしまう。もっと悪く言えば、絵がよければ、訴えるものが別になくても、放送として流せてしまう。なんで、タレント宅の玄関先のインターフォンにマイク突きつけてる画像を、見なきゃんらんのよ。。。(絵がいい訳でもないけど、お約束ってやつ??)とか、落選した候補者を追って、いったいナニが伝えたいの?ってことは、多いし、(一夜明けての、泣き笑いを伝えたいんです・・・なーんて、低レベルな放送で、視聴者が満足すると思っているとしたら、それは、大きな勘違い)夢キラリの企画でも、地域でおもしろいことしている人の、今と過去と子どもたちとのかかわりを描きたい・・・なーんて企画書に書いてくる人いるんだけど、かかわりを通してあなたがナニを伝えたいかも決めていないような番組は、お願いだからつくらないでと、注文をつけたりしています。○さらに、テレビが恐いなと思うのは、タレントの離婚騒動とアメリカの台風被害と、日中関係が、並列で報じられることです。その合間に、例の、わが子が運動会でバトンおとしているシーンを平気でビデオで撮る親のCMや、タレントがラーメンすすっているCMが脈絡なく流れたりするわけです。これは、よく考えると正気では見ていられません。なんでも並列になってしまう。これがテレビの限界です。雑誌だって本だって新聞だってそうじゃないか・・・と言われますが、少なくとも、ここでいったん閉じて、このことについて考えようとか、もう一回読んでみようとか・・・は、できます。情報の縦列並列が自分でつけられるし、優先順位も自分でつけられるし、脳内で立体的に組み立てることができます。テレビはそういう作業に向いてない。ってことを、よく承知して、おつき合いをしていかないと、やばいだろうと、思っています。テレビ嫌いになる必要はなくて、特徴を知った上で、いいつきあい方をすることが大事なんだと思います。
September 14, 2005
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よくわからないテレビコマーシャルのひとつに、ビデオのCMがあります。泣きながら学校に行く子どもの後姿を撮る母親。一生懸命逆上がりの練習をしている子どもが夕暮れて、逆上がりができるようになる、その瞬間まで撮ろうとしている親。運動会のリレーでバトンを落とした子どもの姿をずーっと撮っている母親。正直、よくわかりません。それこそ、いまどきの親ってそうなんだろうか??そんなに思い出を記録に残したいんだろうか??こんなビデオ見せられて、当の子どもはうれしいと思っているんだろうか?(わたしだったら、やだ)ちょっと親の自己満入ってない??と、気持ちが悪くなります。泣きながら学校に行く新一年生には、背中にそっと手を当てて、お友達と合流できるまで、そばに立っていてあげるだろう、普通。逆上がりの練習をしている娘には、そっと手を添えてくるんと回れるように、回転の感覚をつかむよう助けるだろう、普通。リレーでバトンを落とす瞬間を見たら、思わず、ビデオを止めて、思い切り大声で、「頑張れ!!」って言わないか? 普通。わかんない。こーゆーコマーシャルをつくる人って子どもの運動会に行ったことがあるのかな?逆上がりの練習につきあったことがあるのかな?子どもの登校につきあったことがあるのかな?わたしがCMつくるんだったら、もっといいシーンを使う。もっといいシーンがあるの、知ってるもん。教えてあげないけど。
September 13, 2005
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今回の選挙の一番の収穫は、選挙に行こうと、具体的なアクションを起こしてくれた人が、現れたことでした。キャンペーンに賛同してくれ、ブログを開設してくれたhttp://plaza.rakuten.co.jp/1manninよこはま1万人子育てフォーラムさん(横浜市)、http://plaza.rakuten.co.jp/senkyinkawaguchi/まぐねっとさん(川口市)、http://plaza.rakuten.co.jp/kkpkyotoKKP2005さん(京都府)、http://senkyo-himeji.jugem.jp/とびうめさん(姫路市)選挙に行こうという呼びかけのポスターをつくって、保育園に貼ってくれたhttp://plaza.rakuten.co.jp/diarySoramame/diary/200509100000/空色そらまめさん、時期的に間に合わなかったけれど、地元の候補者にも公開質問状を送りたいと申し出てくれたhttp://plaza.rakuten.co.jp/utyuunohirosa/diary/200509100000/かなさんはじめ、自分のブログにバナーを貼って、選挙に行こうと呼びかけてくれたみなさん、選挙についての自分の考えなどを書き込んでくださったみなさん、本当にありがとうございました。去年、参議院選で、初めてキャンペーンをやったときは、「義憤にかられて、勢いでやったみたいですね」なーんて、言われて、(う、その通り)と赤面していたのですが、その後、三位一体に合わせて意見書を提出しに行ったり、尾辻厚生労働大臣と意見交換したり、4つ葉プロジェクトを立ち上げたり、それをネタに本を出したりして、「勢い」はいろんなかたちで、持続しています。あれをやらなかったら、「今」はなかったと思います。しごとの師匠がむかし、できなかったことができるようになったら、こんどは、無理なくできるようになる。それが「本当にできる」ってこと。と教えてくれました。これって、ピアノのレッスンとか、いろんなことに言えるなーと思っていて、やっとできるようになったぐらいでは本当はダメで、無理なくからだが自然に動いてできるようになるぐらい習慣になるといいなと思います。それを「経験」っていうんでしょう。「選挙に行こう」でアクションを起こすことも、最初は一部の「やろう!」と思う人から始まるんだけど、そのうち、質問状を送って、自分の知りたいことを確認したり、選挙に行こうと呼びかけたりすることが、有権者の当たり前のアクションのひとつになったらいいのに・・・と思います。○そんなとき、わたしは、天空の城ラピュタの最後のシーンを思い出します。主人公の二人が滅びのことばを発して、天空の城は崩壊するのだけど、太い木々の根が大地にしぶとくはびこっていて、崩壊を途中で食い止め、何事もなかったように、宇宙に漂っているという、あのシーンです。地中に張り巡らされる根は、わたしたちの思想であり、良識であり、行為。それは、一部の声の大きな人の身勝手なふるまいで、国がどうにかなりそうになったとき、黙って、それを阻むものになり得るのではないか。「○○さんなら、何かしてくれるんじゃないか」って思っている限り、それは、太い根にはならない。根にすらならない。自分は茶の間でちんまり、子ども抱っこしてテレビ見てて、言うことだけはいっちょまえで、でも、自分ではナニもしなくて、「4つ葉プロジェクトにがんばってほしい」って言われてもねえ。(そんな人のために、やっているわけでは、ないのよ)そうだった。「感謝をこめて」だった。毒舌はいてる場合ではなかった。特別国会が終わって、新しい内閣で動き始めて、どうなるか。来年度の概算要求の折衝も始まる秋。情報を集め、横の連携を図り、目的と、そこに到達するまでのプロセスデザインを描き、動く。そんなことが、躊躇なく、からだと脳が勝手に動き、当たり前にできるようになるために、気持ちを切り替えて、さらに進みます。
September 13, 2005
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土曜・日曜と石川県加賀市でNPO研修情報センターとの仕事があり、夜遅くに帰宅しました。「自民党の歴史的な圧勝」にさまざまなことは思うのですが、それはここでは書きますまい。これがわたしたち国民が選んだ結果ですから。もう一度、自民党のマニフェストと、公開質問状の回答を読み返して、今後の子育て支援、家族政策の成り行きを見守り続けたいと思います。それにしても、今回の選挙に行こうキャンペーンを通して、子育て中の親たちは、「無関心」なわけではなかったという手ごたえを感じました。各政党への要望、もうちょっと集めて、何らかのかたちで各政党に届けたいと思います。期待したいことなどあれば、そちらに書き込んでください。お祭りのような選挙期間が過ぎて、なんか、まつりのあとみたいなところがあるけれど、わたしたちの子育て、わたしたちの暮らしは、淡々と続きます。生きていくということは、そういうことだ、それが当たり前になるような社会をつくるのが政治の役割なんだということが、わかる政治家に政治をしてほしいと思います。とにかく、これで終わったのではなく。これからです。約束したことは実行してもらいたいから。政治家のなかにも、本気でなんとかしなくては・・・と思っている人はたくさんいることでしょう。そこに期待をかけたいと思います。そして、選挙をブームにしないで、引き続き、それこそ、生活の一部のように、本質を見極めること、行動することを、これからも心がけたいと思います。
September 12, 2005
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熊井さんの日記に大きくうなづいていた私です私は産前・産後の活動を、助産師さんとしていますが、助産師の大坪三保子さんがこのあいだ妊婦さんのクラスでこんなことをおっしゃっていました。「産まれたばかりの赤ちゃんを抱っこしたりする体験がないまま親になることが多くなってきましたが、それだけでなく、赤ちゃんをあやしたり、おっぱいを飲ませたり、おむつをかえたりしているところを見る、ということが少なくなっているんです。見たことがある、というだけでも違います」確かに言われて見れば、子どもに関わる様子を日常的に見ることができない世の中だなぁ、と思いました。3番目の子どもの乳児期に、小学校と高校の授業に連れていっていました。初めて連れて行ったときから1年の間に寝返りをし、ハイハイして、つかまり立ちをして・・・子どもの成長を目の当たりにしていく過程で、私が伝えたかったことはたくさんありますが、親である私の気持ちを伝えたり日常的な関わりを見せることも必要なのだと感じました。最初は少しためらいましたが、子どもがお腹がすいてしまったときには教室で授乳もしました。小学生は驚いたり、恥ずかしがったりするかな、とも思いましたが、なによりそれが人間として普通の営みなのだ、ということを伝えたかったからです。よくよくかんがえてみたら(いや、考えなくてもですが)哺乳動物じゃないですか、ヒトは。でも、おっぱいをあげている姿なんて、なかなか見る機会がない。なんだかヘンです。産まれたばかりのヒトの赤ちゃんは、自分で思うように動くこともできない。それでも、力強くおっぱいを飲みます。もう、神秘の世界ですよ。その生命力にふれること、あやしたり世話をするオトナを小さな頃から見聞きすることって大事なんだ。私は今、そのモデルなんだな、なんてぼんやりと考えていました。「子育てが楽しくない、なんて信じられない」ある研修会でご一緒したおじさまがおっしゃっていました。その口調は「信じられない」ではなくて「けしからん」といったカンジでした。「子育てが楽しくない」と感じるのは、その人の責任なんだろうか?ちょっと先に子どもと暮らしているオトナが、その姿を見せてきたんだろうか?モデルを内に持たない世代が親になっているのであれば、獲得できる場の用意やチャンスの創造が求められるのは無理もありません。子どもと暮らしながら、その姿をみせていこう。それが私の小さな決心でもあり、同じように子どもと過ごしている方々へ提案したいことなのです。
September 10, 2005
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明日は投票日。必ず行きましょう。でも今日の話題は選挙じゃなくて・・・。(熊井利廣 杏林大学、すでに成人した2児の父) 四葉の「社会全体で子どもの育ちを支え…」がなぜ求められるのか。大きな話になるが、ヒトの歴史という視点からも考えることが必要だと思っている。 ある地方自治体の首長が、雑誌のインタビュー記事のなかで次のようなことを言っていた。 - 400万年以上前に人類が発生し、アフリカから全世界に散らばっていった。その間、人類は家族や社会を作り、命を再生産してきた。この営みの中に子育ても教育も含まれている。子育ては継続であり、保守的である。急には変わらないし、変わると不安定化する。だから、子育てや教育は、革新や改革でなく、保守でいい。- 保守でいいと言われてもなあ、と思うのだが、数百万年にわたってヒトは子育てをしてきたという事実に注目することは大事だと思う。 気の遠くなるような長い時間のなかで子育ての仕方も工夫され、子育ての知恵というものが、それこそ遺伝子レベルで私たちの体の中に刷り込まれているのではないだろうか。 私たちは赤ちゃんを見ると、かわいいと思い、頬は自然にゆるむ。当たり前といえばそれでおしまいだが、それも遺伝子に仕組まれた仕掛けかもしれない。 また、赤ちゃんに話しかけるとき、やはり自然に声のトーンが高くなり、少し大げさな抑揚をつけた、独特な言い回しになる。今地球上には6500種の言語が存在しているそうだが、どの言語を話す人、簡単に言うと、どの民族、どの国の人でも、赤ちゃんを前にするとそういう話し方になる。 赤ちゃんを前にしたときに自然に出てくる話し方には、マザリーズという名前がついている。地球のあちこちに出かけて、そのことを“発見”したチャールズ・ファーガソンという学者が命名したそうだ。 マザリーズは、赤ちゃんにとってはとても心地よいと感じる。だから赤ちゃんも、にこにこ笑う。それを見たおとなはかわいく思い、さらに話しかける。というような相互作用が繰り返される。それが、赤ちゃんが言葉や、周りのおとなへの基本的信頼感を獲得していく基礎になる。(マザリーズに関しては、京都大学霊長類研究所の正高信男さんの受け売り。) で、思い出したのだが、4,5年前のある日、家で「徹子の部屋」を見ていた。俳優の保坂尚輝がゲストだった。赤ちゃんが生まれてまもなくのころで、黒柳徹子にこんな話しをしていた。 ― 子どもに普通の話し方をしたら、泣くんですよ。声を高くして大げさに話しかけたらニコニコして…。赤ちゃんには、こうやって話しかけるんだと知りました。― マザリーズは、誰かに教わるのではなく、赤ちゃんを前にすると自然に出てくる。ヒトが生まれつき持っている能力といえるだろう。それも母親、女性だけでなく、父親、男性にも備わっている。 大学の授業の中でちょっとした“実験”をして、男子学生にもマザリーズが備わっていることに気づくと、学生たちは目を丸くする。「男も子育てしていたってことですね」、「子育ては楽しそう」と感想を書く学生も多い。 ただ、正高さんによれば、少子化が進んでいる国でマザリーズが出てこない人が出現しているということなのだ。 そこから考えると、赤ちゃんをかわいく思えない、笑わない赤ちゃんなど親子の相互作用のつまづきも、本来ヒトとして備わっているはずの能力が発現しにくくなっていることに原因の一端はあるのではないかと、私は考えている。 ヒトの長い歴史では一瞬ともいえる百年あまりの間に、ヒトや子育てをめぐる環境は大激変した。百年どころか、戦後日本の数十年間を考えても、その変化はすさまじい。その変化に私たちのカラダはついて行くことができないのではないか。 もちろんこれは私の推測で立証のしようも無いのだが、子育てに不安を感じたり、赤ちゃんをかわいく思えなかったりするのは、実はその背景には今述べたような、とても大きな問題が横たわっている気がする。 少なくとも母親の責任ではないと思うのだ。だからこそ、子育てに不安を感じるのは今の社会では当たり前のことと考え、「社会全体で子どもの育ちを支え、子育て家庭を応援し、みんなで子育てする社会をめざす」ことが必要だと考えている。 大きな話になってしまったが、歴史のなかの子どもや子育ての姿を見ると、社会全体で子どもの育ちを支えた時代が圧倒的に長く続いていたことに気づく。 今後、少しずつ紹介できればと思う。*マザリーズに関しては、京都大学霊長類研究所の正高信男さんの本をお勧めします。『0歳児がことばを獲得するとき-行動学からのアプローチ』(中公新書)、『ヒトはなぜ子育てに悩むのか』(講談社現代新書)。
September 10, 2005
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明日(つまり今日)の朝でも、「中橋さんのこと、話題にしたから読んでねー」ってメールしなくちゃと思っていたら、しっかり書き込みが・・・感動したので、ここにも貼り付けてしまいます。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・よばれて飛び出てじゃジャジャジャーン^^!(中橋です) 汗;…今日の審議会で、大事なメッセージを言い忘れたので、ここに書かせていただきます。今日、私は「行政と子育て支援団体との連携事例」として発表をさせていただきましたが、あくまで連携であって、NPOは安くていい仕事をする行政の下請け団体であってはならない、ということです。委員の方から「わははの財政状況はどうですか?」と聞かれましたが、スタッフに月給を支払ってはいるものの、微々たるもので、まだまだ課題は多いです。リーダーの必須条件って何でしょう?「自分や自分の団体の値打ちに価格設定できる人」だとしたら、私はまだまだリーダーになりきれていないなあ。目に見えないアイディアや人のネットワークも自分たちの財産だからむやみに引き出しを開けて中の物を見せちゃいけないんだよねー。行政や企業の人たちに…。もっともったいぶらなくちゃ(^^;)中学時代の恩師の口癖が「人間はやればできる、出来ないのはやらないからだ」で、いつの間にか刷り込まれているみたい。だから、できるまでやろう!と。無謀に自分を信じることがリーダーの条件なら少し当てはまるかも。ま、いずれにしても、まだまだだなー。・・・そして、自分の力でどんなにしても変えられないもの、出来ないこと、っていうのもあるわけで…だからこそ「四つ葉」な訳ですね。応援してます。(それなら、もっとちゃんと出てこいって?ごめんなさい<杉山さん)今、帰宅したばかりで支離滅裂な文章でゴメンナサイ(汗)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・これよ、これ。反応の速さ。必ず、スギヤマが取り上げるであろう、メッセージを残す、しぶとさ。そして謙虚さ、前向きさ。(ほめすぎか? こんど讃岐うどんおごってね)なんせ、地元の企業の社長さんたちが、応援団作っちゃったんだから。(わたしはリーダーの必須条件は、「応援したくなってしまうような魅力」だと思います)にくいのは、昨日、厚生労働省のロビーで「中橋さん、子育てマンションつくってるんだって? 何か企画書とかあったら、見せてくれないかな。埼玉の住宅政策の会議に出てるから、紹介するとみんな喜ぶと思うんだー」というかなり身勝手なお願いをしたら、このサイトから登場だからね。無駄がないヤツ。子育てタクシー(子連れや妊婦にやさしいタクシー)も普及したいね(こっちは、横浜市の交通ナントカの委員会に入っているからそっちで、紹介しとくね。縦割り行政ってば、モウだわ)。中橋さんは「自分や自分の団体の値打ちに価格設定できる人」だとしたら、私はまだまだリーダーになりきれていないなあ。目に見えないアイディアや人のネットワークも自分たちの財産だからむやみに引き出しを開けて中の物を見せちゃいけないんだよねー。行政や企業の人たちに…。もっともったいぶらなくちゃ(^^;)と書いてますが、わたしはNPOの活動を通して、情報公開、情報共有の大切さを学びました。「公益性」という点でいうなら、自分のノウハウだから、自分しかできないように・・・というんじゃなく、みんなが持てるよう(止めない。循環させる)努めることも大事だと、思うようになったのです。当然そこには、「この人は、見えないところでものすごく苦労して手に入れたもの(情報であったり、ノウハウであったり)を、今、わたしに伝えてくれているんだな」ということに対しての、深い感謝と、その人の気持ちを大切にする思いと、だからこそ、よく使おう、そしていつかなにかのかたちで、お返ししようという気持ちを持つことが大切なんだと思います。(マコさんのマドレについても言えますね)「アラ、ちょうどいいのが、ここにあったわー。ラッキー」ってひろって、ごちそうさましてしまうような人間は、どんなにすごい肩書きがついていようが、大企業だろうが、いつか滅ぶと、確信しています。そんなヤツにだまされるなよー!中橋さんの強いのは、自分たちの力を信じているからだと思います。(もちろん、勘違いではなく。正当に評価できる)だから、ここは労力が持ち出しになっても、それ以上の効果が認められるだろうから、やってみてもいいだろうと、思えるんだと思います。NPOのリーダーに言いたいのは、行政にこびなくっていいよってことです。「ウチならただでやります。やらせてください」なーんて、NPO全体の質を落とすようなこと言うんじゃなくて、アタマつかった駆け引きを。ただ、ナニもできないうちから、カネ出せってのもどうかと思うけど。わたしの経験でいうと、見ている人はちゃーんと見ていて、最初はボラでいろんなことさせたりもするけど、力がついてきたのを認めたら、次のステージに導いてくれるもんです。ただし、それができない業界の人もいるので、駆け引きも、見極めも必要。最初に拾ってくれたからと、いつまでも後生大事に恩義を感じなくてもいい。「十分やったっす」と思ったら、「こいつはダメだ」と思ったら、こっちから「さようなら」してもいいと思うよ。・・・そして、自分の力でどんなにしても変えられないもの、出来ないこと、っていうのもあるわけで…だからこそ「四つ葉」な訳ですね。応援してます。中橋さん、ありがとう。わたしが4つ葉を始めたのは、みんなの力を集中させる機能がほしかったからだと思います。みんなすごいのに、個性が強すぎて、分散しちゃって、もったいない。未来永劫とはいわないけど、正念場のときには、「わっ」と力が集まりますようにー。そして、みんなのいまやっているしごとが、正当な金額で評価してもらえるように、「NPOだからボランティアでしょ」なんて言わせない、シャカイをつくりたいのです。すぐに、劇的には変わらないと思うから、ぼちぼちでも、確実に、歩を進めていきたいと思います。ってわけで、みんな選挙に行こうね。
September 9, 2005
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昨日の日経の夕刊(東京版)、今朝の大阪版に選挙に行こうキャンペーンのブログが紹介されました。これで、共同通信、朝日、日経の3紙に紹介されました。・・・・・・・・・・・・・・今日は、午前中に文部科学省の中教審の会議がありました。わははネットの中橋さんが自分たちのNPOの活動についてプレゼンテーションしてくれました。このところのわたしの興味、幼稚園が終わったあとの3-5歳の子どもの居場所はどうなっている?というのを質問したら、中橋さんたちは商店街でつどいの広場をやっているのだけど、やはり夏休みは大きな子たちでいっぱいになってしまう。それを見かねた商店街の人たちが、「空いてる店舗使い」と言ってくれて、そこに「大きい子ひろば」を開設してしまったという話をしてくれました。「父親の参加は?」というほかの人の質問に、子育てが気に入ってしまった(安藤さんのような)お父さんが、毎日ひろばに子どもと来るんだけど、男性は自分だけ。日曜日もあけてくれないかと頼まれたので、「だったら、あんたやりー」と、鍵を渡した中橋さん。で、「日曜パパひろば」が毎週、パパたちによって開かれるようになったんだそうです。見城さんが「育児サークルはたくさんあるけれど、どうしてわははネットはこんなにうまくいくのでしょう?」と質問すると、中橋さんは、「もともと子育て情報誌を、ちまちま手作りで終わらせないで、自腹切って制作し、本屋さんで売ろうとしたんです。そしたら、ものすごい反響で。その手ごたえが、原点だと思います」とのこと。(詳しくは拙著『子育て支援でシャカイが変わる』をお読みください。中橋さんも紹介しています)ゆるやかな起業は、いいですが、「いつかやれたらー」って言ってても、たぶん、できないと思います。結局、できた人、続けてる人は、何かある。踏ん張ったときが、ある。自分の時間も大切にした納得のできる起業をしようと思ったら、従来の企業がやっている利益追求型・私的サービス分野での事業展開は難しいと、最初に知ってないとだめでしょう。かといって、行政がやっている公的サービスとも違う。コミュニティビジネス的な働き方いいねーって言っている人なら、私的サービスと公的サービスの「中間」に開拓の余地があることぐらい、承知と思いますが、で、あるならば、NPOにするかしないかは別にして、NPOの勉強ぐらいは最低やっておかないと、お話にならないと思います。となると、行政との協働も当然出てくるわけで、なら、次世代育成支援の現状や、わがまちの行動計画ぐらいは当然目を通しておかないとね。でもって、リーダーの必須条件ってなんなんでしょうね。中橋さん、いつもすごいなー素敵だなーと思いながら、そのたくましい後姿を見送ったのでした。
September 8, 2005
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高村薫さんのコラムは説得力がありましたね。日本では、赤ちゃんも含めて一人600万弱の借金があるわけですから、5人家族のうちは3,000万円の借金ということですね。恐ろしいことです。市民と政治の関わりかたが日本ではどうもずれていると思います。政治が2流、3流といわれるけれど、それを選んでいるのは私たちなんですものね。関わりたくない!という気持ちが大きいのでしょうが、そうすればより好きなようにされてしまうと言うことですよね。あきらめちゃいけないんだ、と改めて思います。国や企業の失敗のせいでなんで、うちの子らに1800万円の借金が残るんだ!という意識でなくては。。。NPOと政治の関わりに関しても、同様だと思います。NPOは活動目的を政治的なものにしてはならない!ということですが、新しい社会をつくる!新しい仕組みを提案する!といったら、絶対に既存の制度や慣行とぶつかるのですから、より運動や風をふかせ流れをかえるために、政治と無関係でいられるはずがありませんものね。そういえば、小・中学校の時、生徒会長選挙があって、立候補者は、公約ならぬ決意表明等もしていましたが、今子どもが通う小学校では、クラス代表が出ていって、その中で決めるようなんです。しかも学年代表止まりのようです。いまどき生徒会長選挙なんてないのでしょうか?ここでも目立ってはいけないという圧力が働いているのかしら?この夏、やはり中学校の同窓会があって、そこでも当時の生徒会長があいさつしました。彼の顔を見て、○○年前の生徒会長選を思い出しました。子どもたちの関心を広めるためにも、あったらいいなと思うのに、皆さんのお子さんの学校ではいかがですか?
September 8, 2005
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昨日の読売新聞のコラム。4つ葉プロジェクトのスタッフでもある榊原さんが書いたものです。選挙に行こうブログの大日向先生、八代先生の寄稿とあわせてご覧ください。・・・・・・・・・・・・・・ 江戸末期から“長期増加トレンド”にあった日本の人口は、来年中にも減少へ転じ、“長期減少トレンド”に入る。郵政民営化が関心を集める選挙戦だが、忘れてならないのは、「人口減少時代の入口」に立って重要な政治選択も問われていることだ。 これまで子育て支援に消極的だった自民党も含め、各政党がそろって公約で子育て支援策を競うようになった背景には、「少子化を何とかしないと、年金制度だけでなく社会そのものが維持できない」ことに、ようやく政治家が目を向け始めたことがある。 子育て支援の強化を各党が競うことは、遅ればせながら望ましい状況といえるが、ここまで少子化が進み、人口減少も始まるなか、それだけでは不十分だ。 児童手当増額などの従来型支援にとどまらず、妊娠・出産から子どもが自立するまでを社会で応援する、包括的な次世代育成の仕組みをつくること。働きたくても働けない高齢者や若者、育児後の女性など、老若男女がそれぞれの持てる力を発揮し多様な働き方ができる仕組みを築きあげること。この二つが、人口減日本の“生命力維持”に欠かせないはずだ。 郵政民営化の議論も重要だが、それだけでいいのか――多くの有権者が持つ疑問は、直面する人口減少と少子化への対応という問題に、各党が十分に応えていないためだろう。 (解説部 榊原智子) (9月6日付読売新聞朝刊で掲載)
September 7, 2005
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このところ朝日新聞関連の記事が多くて恐縮しているんですが(近日中に、読売・榊原記者の選挙関連の記事もアップするからねー)、今朝の高村薫さんの寄稿、ほんと、よかった。以下抜粋(朝日新聞 9.11総選挙「若い世代へ」より)政治に期待するものはないというあなた。期待しようがしまいがたとえばあなたの未来には国・地方あわせて770兆円の借金がのしかかっていることを考えてみてほしい。政治にできるのは少しでも痛みを軽くすることだけであり、どこにも近道や避難路はない。これが若いあなたの明日の現実である。資源をもたない小さな日本は、外交力で何とか戦略的に生き延びていくほかはないのであり、これもあなた一人の頑張りで立ちゆく問題ではない。若い世代は大いに怒るべきである。なぜなら、政治は現状への怒りが動かすものだろうからである。ただし、あなたの怒りが政治的能動になるためには情緒を乗り越える必要があるし、再生はただ「ぶっ壊す」ことではない。政党が担う周到なシステムの世界であることを頭に叩き込んで、明日の政治を選んでほしい。・・・・・・・・・・・・前に、「杉山さんと出会わなかったら、こんなこと(子育て支援)考えもしませんでした」と言われたので、「え?ほかになんか考えることあるの?」と聞き返したことがあります。自分のこれからのこと。子どもたちのこれからのこと。子育て支援は、そういうことを考えるための一番身近で大切なことなのに、それを考えず、何を考える??何度も言うけど、子どもには投票権がないんだって。で、770兆円の借金は、子どもにもかかってくるんだって。真剣に考えるべきことと、流していいことが世の中にはあって、真剣に考えなくちゃいけないときに、その責任を放棄する親は、「お前、いい加減にしろよ」と、やっぱり思います。そんな親に育てられている、子どもがかわいそう。ほんまもんの「愛情」ってのは、「この子わたしがそばにいないとダメなんですぅ」なんて薄っぺらなもんじゃ、絶対ないと思います。わが子の子ども、孫のことまでイメージできる、感性を身につけたい。そのためにするべきことを、選べる自分でありたい。で、やるべきことをスマートにやってのける力量を身につけたい。そんなの、何も特別なことじゃなくて、子どもを持つ親としての、わきまえのひとつでしょ。「こんなこと考えもしませんでした」と言っていたセレーノスタッフの彼女は、わたしが言い出す前に、「川口の候補者にも質問状、送りましょうかねー」と、言い出し、早々にブログを立ち上げてくれました。選挙に行こうinかわぐち彼女と仕事しているときも、アホな話ばかりしていて、あまりマジな話していないし、それよりも「仕事で見せる」といつも思っているのですが、それで伝わる人には、伝わるし、やる人はいわれなくたってやるんだと思いました。高村さんのいう「あなたの怒りが政治動かす」も、ピンとくる人には届くんだと思います。
September 7, 2005
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まず、ひとつ訂正です。今朝の朝日新聞で、地域での活動も活発になっていると紹介されたのですが、「京都市」ではなく「京都府」のあやまりでした。わたしの伝え方がまずく、朝日の記者さん、活動中のみなさんにご迷惑をおかけしてしまいました。すみません。ブログのほうは訂正させていただきます。しかし、京都、盛り上がっていますね。さっき見たら、ページデザインが変わってた!かわいい4つ葉のイラストが入っていた!京都ブログすごいねえー。わたしなんか、とびさんがいないと何もできないもんで、ひたすら感嘆です。●さて、今日は11月25日に三鷹市の産業プラザで行う次世代育成支援フォーラムの実行委員会に参加しました。この話は、選挙が終わったら、じーっくり!!お伝えしたいので、まずお願いは、東京近郊のみなさん、11月25日をあけておいてくださいね!ということ。で、その実行委員会で、25日のフォーラムの内容をどうするか・・・という話になったわけですが、「選挙が終わってみないと、どうなるかわからない」という話が出ました。(というわけで、何も決まっていないんです。まだ。だから言えないんです)その話は、ものすごい、リアリティがありました。今やっていること、これからやろうとしていることが、11日の選挙の結果次第で変わってきてしまうんだ・・・(みんながやっているつどいの広場事業とかも、影響がないとも限らない)つまり、どの政党も児童手当を拡充すると言っている。しかし、財源は何か、明確には触れていない。公約どおり拡充する場合、間違いなく、今やっている事業を縮小して、手当に回すことになるんじゃないか?という危惧があるわけです。(そんなこと、この、4つ葉プロジェクトがさせなくってよ。)と、思ったけれど、行政担当者相手に、まだそこまでは言えなくて・・・(もし本当にそんなことになったら、やばいかも)と、最悪のシナリオも、考えておいたほうがいいかもしれないと、思いました(実はA型)。児童手当の拡充には賛成だが、ようやく軌道にのってきた既存の事業をなくしてまで拡充するのは反対・・・とかいう要望書もって永田町やら霞ヶ関やら回ることになるのか??えーっ(ブツブツ)個人的には、優先度としては、お金よりサービスの拡充だと思っているのですが、せっかく、お金を増やすというものまで、「いらない」ということもないのではないか・・・と、思うわけです(せこいかな?)。ので、ようやく各政党が本腰を入れ始めたのを見るのは、「前進だ」と、受け止めていたわけですが・・・。うーん・・・。選挙が終わってからが、また勝負・・・かも。結局どうなるのかは、まだ、全然わからないけれど、「わたしたちのことなのに、わたしたちの知らんうちになんか決まってた」っていうのが、一番いやで、どう変わっていくのか、そのプロセスを、この眼で確かめたい、そして、言えることがあるなら、必要なときにきちんと自分たちの考えを示したい、と、思うわけです。明日、期日前投票に行く予定です。11日以降、どうなるのか。みなさんといっしょに、冷静に見ていきたいと思っています。
September 6, 2005
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今朝の朝日新聞生活情報面に、選挙に行こうキャンペーンのブログが紹介されました。以下、記事抜粋各党の子ども施策、ブログに育児中の親に投票呼びかけ子どもの問題を国政に反映させるために「選挙に行こう」育児中の親に投票を呼びかけるブログを子育て支援関係者らが立ち上げた。各党の公約から子育てや働き方に関する部分を抜粋。比較ができるほか、公開質問状への回答が掲載されている。ブログを立ち上げたのは、全国で育児支援をする人たちのネットワークで、「子育て」を「年金」「医療」「介護」と同等に考えようと訴える市民団体「4つ葉プロジェクト」。東京都や京都府、名古屋市、埼玉県川口市、兵庫県姫路市の有志が、地元候補者にも公開質問状を出すなど、地域での活動も広がり、ブログで回答も見ることができるようになっている。・・・・・・・・・・・・・・・・これで共同通信、朝日に紹介してもらいました。先日、ほかの新聞社からも問い合わせをいただきました。限られた紙面のなかで、何を記事にするか、結構しのぎを削っていると思いますが、子どもの政策についての関心は、それなりに高まってきていることを実感しています。この記事を見て、「誰から頼まれたわけでもないのに、子どもたちのためにと、そんなことをするような人がいるんなら、わたしも子どもたちのために選挙に行こうかなー」という気になってくれる人が増えるといいなあ。「ちゃんと選びたいなー」と思う人が増えたら、もっといいなあ。ブログを見て、4つ葉プロジェクトを知って、「今までは「年金」「介護」「医療」の3つが社会保障だと思っていたけど、「子育て」も加えていいんだー」と、気づいてくれる人が増えると、うれしいなあ。
September 6, 2005
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今日、奥山さんから「びーのびーの」の5周年の記念誌をもらいました。5周年なんだね! おめでとう!!かわいい冊子。スタッフが中心になってつくったんだそうです。びーのとは、2001年からのおつきあいで、ほんと、いつもすごいなあーと、感心してみています。0123吉祥寺を見て、「これだ」と思い、「自分たちでつくろう!」と、思って、つくった奥山さんと原さん。行政の予算があるわけでもなく、お墨付きがあるわけでもなく、制度があるわけでもなく、「お金出してくれるんだったら、やってもいいけどぉー」なんていう気はさらさらなく、何もないなかで、自分たちでつくっちゃった。そんな彼女たちの行動だったからこそ、制度を生むことができた。ものを書くのが大好きなわたしは、好きなことを仕事にしたくて、ライターをめざしました。昔は、書くことが「目的」でした。それで収入を得ることが目的でした。今日のブログで、安藤さんが(自分の仕事の否定になりそうですが)さらに、メディアや広告は、「これをしなきゃ取り残される」、「みんなはもう始めてるよ」などと事あるたびに焦らせてくれます。子育てにしてもそうもうお節介はやめてくれ。ほっといって頂戴。俺たちのペースやっていくから。と、書いていたけど、同じようなことをわたしも思い、何でも書きゃいいってもんでもないでしょう・・・と、数年前から自分の仕事を見直し始めました。かれこれ10年やったからね。何年も続けてきた仕事も整理しつつあります。これだけブログやネットが広がり、書くことで何かを表現したり、伝えることが、誰にでもできることになっても、プロにしか書けないことがあります。そういうのが「プロ」だというのも承知。そんな「プロ」の腕を磨きながら、次へ行こう。ほかの誰もしなかった、びーののひろば。マコさんのマドレボニータにかける真摯な思い。とか見て、書くことをかけがえのない手段にして、わたしはもっと、自分のやりたいこと、やるべきことをやろうと思いました。
September 5, 2005
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土曜日の朝日新聞の法政大の杉田先生の「官から民」というご意見を読んで、あ、なるほどなと思いました。規制緩和などで「官から民」って言われるときの「民」って、たとえば認可保育園が企業でも運営できるようになったし、自治体では指定管理者制度で企業でも公的施設の運営ができるようになったし、てっきり「民間企業」の「民」かと思ってました。保育園は規制緩和の最前線でもあって、どうしたものかと思ってました。で、杉田先生のご意見を読んで、「官から民」の「民」には「市民社会」の「民」の意味もあるということがわかりました。あ、そうかってなんかすっきりしました。まさに目からウロコです。以前、木村明子さんが紹介してくれた、汐見先生らが書かれた「保育所の民営化を考える」でも、本来の民営化は、民営化=民主主義(的運営化)であって、社会福祉法人や民間企業が運営することだけが「民営化」じゃないんだよ、って書いてあって、そのときもなるほどなるほどと思い、汐見先生は体だけじゃなくて脳も大きいのだなぁと感心していました。て、いうことは次に問われちゃうのは、市民としての僕たちのあり方ですか。僕たちが今、市民としてやっていること、やっていないこと。個人に帰すこと、システムに帰すこと。変えなくていいこと、変えなければいけないこと。いろいろと考えなければいけないときなんですね、きっと。遠い遠い先のことはぜんぜんわからないけど、小さい脳をそれなりにしぼりつつ、投票に行ってこようと思います。
September 5, 2005
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育児しながらライターの安藤/2歳娘ありです。先日、とある育児誌編集部で雑談をしていたときのこと。妊娠出産誌や赤ちゃん誌には誌面にお父さんが登場するけれど、それが5、6、7歳ごろの子育てファッション誌になると皆無。おしゃれに着飾った母子だけの世界なんだそーです。読者アンケートでも、ダンナへの興味があまりないとか。男不在の子育てワールド。おやじの会が盛況というケースもありますが、その一方で男は給料さえ手に入れてくれれればいいという、割り切り夫婦がとても多いようです。男として、さみい話で、これじゃあ家族へ帰ることがストレスになるだろうなとしんみり。で、母子密着の孤立生活から、心のバランスを崩すケースも目立つとか。どうして家族がゆがんでしまうのか、その始まりまでたどると、男の子育て無関心に行き着くのです。子供が生まれ、その世話で手一杯の妻と、仕事に忙殺されて妻の気持ち=育児不安とかに気付くこころのゆとりがない夫。夫婦でイライラ。ここでボタンを掛け違えてしまう。(自分の仕事の否定になりそうですが)さらに、メディアや広告は、「これをしなきゃ取り残される」、「みんなはもう始めてるよ」などと事あるたびに焦らせてくれます。子育てにしてもそう。「教育費が大変。学資保険は親の責任よ」「水泳と英語は最低習わせないとね」などと、もうお節介はやめれくれ。ほっといって頂戴。俺たちのペースやっていくから。今、たいせつなのは、大人のゆとりではないでしょうか。赤ちゃんがやってきたことに、夫婦で向き合えるのが10分でも、心のゆとりがなければイライラと喧嘩を始めるだけ。雑談相手は小学生の子持ち編集者。赤ちゃん時代のボタンの掛け違いに気付いて、ただいま夫婦関係リハビリ中だそうです。投票日までカウントダウン!「つつましくで良いから、落ち着いて生活できる日本」がいいな。男だからと、子育てすらできない社会はカンベンです。
September 5, 2005
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今振り返ると、4つ葉プロジェクトをやろうと思ったきっかけのひとつに、去年の参議院選挙でアミーゴの松田さんや市川さんたちと「選挙に行こうキャンペーン」をやったことがあったと思います。去年の参議院選は年金問題が争点で、「少子化で年金大変だって言ってるんだったら、子育て支援・次世代育成もちゃんとやれよっ!」という気持ちもあって、もう、どうにもとまらなくなり、始めたのでした。子育て部分のマニフェストの抜粋や、公開質問状の送付と回答の公開はそのときからのものです。新聞に取り上げられ、メッセージがたくさん寄せられ(詳しくは拙著『子育て支援でシャカイが変わる』(日本評論社)をご覧ください)、手ごたえを感じたのでした。「関心ないとか言いながら、実はそんなことはなく、みんな何かを思い、伝えたいと思っているんだ。伝えるすべがないだけなんだ」「伝えるすべ」が必要だ。という問題意識は、そのころからフツフツとあり、4つ葉プロジェクトにつながっていったのだと思います。十分、「すべ」になっているかどうかはわからないけれど、いろんなことを試しながら、子育てにあまり関心を持っていない人たちにも幅広く伝えていきたいと、思っています。今年の衆議院選の選挙に行こうキャンペーンで、「おお!」と思ったのは、京都、川口、姫路などで、自発的に地方版選挙に行こうのブログが立ち上がったことです。そして、小選挙区の候補者への質問状も用意したところ、名古屋、世田谷、横浜などで自発的に送付してくれる人が現れました。マニフェストが出揃ったとき、今回の争点のひとつに間違いなく「子育て支援」が浮上した、と、思いました。ここで、「わたしたちも、有権者なんだからね! あなたたちが何をするか、ちゃーんと見ているワヨ」と、ぐぐっと伝えておきたいと、思いました。(ここで言わずにいつ言う??)公開質問状では、このブログでも話題にのぼった、「少子化対策」なのか「家族政策」なのかということも聞いています。また、マニフェストには載っていなかった、「児童手当の拡充をはかるなら財源はどうするのだ?」とか、「どんな推進体制でやるつもり?」といったことも質問しました。(社民党の回答はまだですが)ほかのみなさんはきちんと返事をしてくれてます。4つ葉プロジェクト 選挙に行こうキャンペーンのブログでは、○各政党の子ども・子育て施策についてマニフェストから抜粋○公開質問状の回答の公開○小選挙区候補者への公開質問状の例の公開(この質問状を使って、よかったらみなさんの地区の候補者に質問状を送ってみてください。回答をこちらに送ってくれれば、随時アップしていきます)○各政党への意見・要望を募集などを展開しています。あと1週間。誰にも届かないところで、ぶつぶつ文句言ってても、エネルギーの無駄。効果的に相手に伝える努力も、大事だと思います。そして、「こんなことやってる人たちがいるよ。これ読むと、どこの政党が何を考えてるか参考になるよ。これよんで、9月11日には選挙に行こう」と、知り合いなど、一人でも多くの人に伝えていただければ、幸いです。
September 4, 2005
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土曜日担当、世田谷区で活動する子育て支援グループamigoの事務局担当、イチカワノゾミです。先週ブログ担当だったんだけど、書きたいことが色々ごちゃごちゃしていたもので、書いては書き直し、他の人のブログを見に行ってはまた書きたいことが変わり、、、ということを繰り返しているうちに週があけてしまい、ついに1週サボってしまいました~書きたいと思って書いた内容は、●子育てと働き方●仕事選び●キャリアの中断などなどで、乳幼児を育てながら働くこと。について色々書いていたのですが、どうもすっきりせず。この日記も、もう2時間もいじくっているのですが、未完の今現在。でも、自分が何を伝えたいのかを探りつつ、言葉をひねり出しています。自分の中にあるものは、なんだかまだ混沌としているので、ちょっと視点を変えてみます。よく人に聞かれる「私のこと」です。●●最近、私の日常に強い興味を持ってくださる人がたまに出てくるのですがどの部分かというと「年子を育てながら自宅開業したり地域の子育て支援したり勉強したりしている」ことについて興味を持ってくださるようです。特に、◎出産前とぜんぜん違う内容のことを今している◎自宅を開放してサロンをしている◎第二子の妊娠中に「カラーセラピー」の開業資格を取った◎「週に二日だけ」子どもたちが保育園に行っている◎ボランティアだったり、お金をもらっていたり◎スピリチャル系で不思議なことも色々している◎幼稚園か保育園かで悩んでいる◎地域のつながりにも興味を持って活動している◎今なおやりたいことを模索中◎そもそもなんでそんなことしてるのか(結構忙しそうだし)◎どうやって時間をつくってるのか そんなようなことに興味があるようです。へぇ~ 子どもがいてもそういうのって、ありなんだー年子でも、できるんだあやろうと思えば、できるんだあって感じで不思議なのか、よく「色々お話聞かせてください」といわれます。未婚女性や子どもを持つことにちょっと恐怖をいだいている既婚女性は、ちょっとほっとするようです。妊娠したり、出産したりすると、女性はどうしても「変化」を強いられてしまい、今まで作り上げてきたものをぱっと取り上げられてしまうように感じたり、他の荷物を持たざるを得なくなったために、手を空けるために捨てざるを得なかったように思えたりすることも多いと思うのだけど、でも実際は「大切に抱えてきたもの」ではなくて、「なんとなくかばんに入り続けているもの」が多いのではないかと思ってます。なんとなく手持ち無沙汰だからかばんにずっと入っている文庫本。読むたびに内容を忘れていて何度も読み返したり、なんとなく買った化粧品とか雑貨だったり。なんとなく誰かからもらって捨てられずにまあいっか、と持ち歩いてるものだったり。もしくは、捨てるにはちょっと惜しいけど、絶対今年は着ない洋服だったり、思いいれはあまりないけど、捨てづらい写真やぬいぐるみとか。意外と人間って余計なもんを沢山持ち続けているものだと思います。執着がある場合だけじゃなく、執着ないのにありつづけるもの。もしくは、今まで作り上げてきた自分のキャラの不自由なところとか、直したいと思いつつ直せない悪い癖とか。でも、なんかきっかけがつかめなくて、捨てられない。妊娠や出産や育児って、そういうことを整理するとてもいい機会になると思っています。私は、そうだった。だから、後ろ向きに変化を受け取るのではなく、積極的に変化を楽しめるようにみんながなればいいなあ、、、と思っていて、その為には「自分が何が必要なのか」「ナニが必要じゃないのか」を見極めることが大切だし、それにはきっと、カラーセラピーが役に立つはず!と思っているし、産後は日常におわれやすく自分のことが後回しになっちゃいがちだけど、情報があったり、仲間がいれば、はやく「じぶんのこと」を考える余裕ができるし、そもそも安心してくつろげる人間関係があれば人間は前向きなはず、とおもっているので、子育て相互支援をしたりしています。私がこういうことをやりはじめた2年前は、そうはいっても「子どもを保育園にフルタイムで預けてる」(認可、無認可でも)人たちだったり、すでにお子さんがだいぶ大きくなってきている人たちだったり、幼稚園に行っている間だったり、子連れでできる範囲で一緒にやられている人たちだったりとにかく日常的に何かをやろうと思えばできるひとたちが多かった。でも私は、フルタイムで保育園に通わせられるほど仕事もないし、でも幼稚園や小学校に行くまでは待てないし、子連れで、、、っていうのも精神的に負担。そういう中で私はどうすればいいんだろう、、、って思って悩んだり、結局中途半端に終わるのではないか。と悩んだりもしたのだけど「一時保育に週何日か通い、その時間でやってみて発展させてみる」というような「緩やかな仕事へのスタート」を選択しました。おかげで去年の春からムスコが週に二日かよいはじめ、ムスメもこの春から一緒に保育園に通い始めました。週に二日は、自分が自由に動ける時間が確保され、それによって、仕事に対するモチベーションもあがったし、子どもたちと一緒にいる時間に対する感覚も少し変わってきた。今は回りに沢山の起業仲間のママさんたちがいます。「リビング起業」(自宅のリビングで開業)や「数日起業」(週か月に何日かだけ)、「予約制起業」(予約が入ったら、サロンをオープンとか)みたいに、緩やかに開業している人たちが沢山で、心強いです。「プチ起業」みたいにくくられちゃうとグーッと軽くなっちゃうけど、思いは本当に真剣!彼女たちはみんな「自分がやりたい」と思っていることを「自分なりのやり方」「自分ができるペース」で必死でやろうとしています。そして、「中途半端なことなんじゃないか」「こどもともっと向き合うべきじゃないか」「家庭のことをやってこそじゃないか」という悩みに翻弄されつつも、信じたもののために創意工夫できる素敵な人たちです。中にはエース級の大活躍で、きちんと仕事として成り立ってきている人もいますけど、多くは本当に、「ちょっとした報酬」だけど「限りない喜び」を感じている人たちなのではなかろうか。かく言う私も、会社員時代は特に考えずに仕事をしていても、けっこうな額もらえていたけど、仕事を辞めて、子育てをしながら自分でやりたいことをやってみて、はじめていただいた「300円」は、生まれてはじめて感じる喜びをもたらしてくれた。いまでもあの感覚は、はっきり覚えています。つたない私の施術(最初はアロマとかやってて、ハンドマッサージとかしてた)に対してお金を払っていただき、小さな小さなお金だけれどほんとーーーにうれしかったのです。多様な働き方、、、といっても、ワークシェアリング的な発想が多い。そして、就労支援っていっても、「職業斡旋」「技術習得」がメインで、もっと深いとこから「働くこと」や「やりたいこと」をじっくり考えて引き出してくれるようなところって、あるのかしら。書かれたリスト、条件の中から探していくのではなく、本当にその人の「個」に向き合って探していくような支援。そんなのがあれば私もぜひ利用したいのに!って思うし、実は将来、そういうことができればいいなって思ったりもしているのだ。「安心して子育てしやすい社会」って、別に月にあといくらあげるからっていうものではないと思う。子育てを通して自分も成長していくことができる社会。私は、子育てをしながらも、自分のやりがいを持って自分の人生をしっかり歩もうとしているお母さんたちを応援してくれる社会であってほしいと思うし、その為の具体的な支援があれば、みんなが安心して子どもを産んで育てて、そしてまた自分という人間を社会の役にたてようじゃないかとか思うようになると思うんだけどな。だんなさんの稼ぎだけで生活できるんだから気楽でいいわよねとか所詮趣味程度のものなんでしょなんて意地悪な発言はせずに、自分たちがやりたいことを実現するためにいろいろなことにバランスをとり試行錯誤し、前向きに取り組んでいる人たちを世の中に増やすことは、日本人のひくーーーい「自己肯定感」を押し上げてくれることになるのではなかろうか。親がそうやって自分らしいライフスタイル、ワークスタイルを模索していればこどもにも伝わるだろうし、そういう中にいれば、こどもたちも自分なりに考え始めるのではなかろうか。なにも「自分なりのペースで働くこと」「週に何日か」ということがいいことだといっているわけではなくて、子育て中っていう時期だからこそ、自分を大切にしたい、できることをやりたい、っていう風に捕らえることができる人たちの存在を、もっともっと社会が認めていってほしいなって思うのです。子どもが小さいうちだけで終わるかもしれないし、子どもがもっと大きくなったら、普通に会社勤めを再開するかもしれないけれど、この時期にこうやって自分で仕事を作り出せたことは絶対に無駄にならないはずだもの。そして、その中からはしっかりしたビジネスとして継続していく人も出てくるだろうしね。主婦層の起業、個人事業主としての活動をぜひもっと支援してもらいたいなー。主婦に限った話ではなく、最近問題の若者の自立支援も同じことだと思うけど、母親層は次世代育成の担い手なんだし、一番潜在的な意識が高い人たちだとおもってる。活用しない手は、ないと思うんだけどなー・・私も、自分の日々を通してつたえていきたいと思っているし、先にはじめたものとして伝えられることもあるはず。ゆくゆくは、そういう人たちを具体的に支援する人間になりたい、というのが目標でもあります。。。自分が楽しく努力できる環境を作るって、大事。人それぞれ働き方はあると思うし、みんな働くべきとも思っていないけど、やろうと思えばいろいろなやり方があるんだよ、っていうリアルなモデルが増えていくような活動がしたいなー仲間のみんなで、楽しみながら実現していきたいものです。
September 3, 2005
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昨日は、埼玉県の住宅施策に関する委員会でした。県内で活躍中の住宅産業の社長さんも数名委員に入ってらっしゃるのですが、その日は委員会の後、見学会ということで、その方の会社が販売したマンションの環境対策を見学させてもらいました。温暖化防止策として、マンションの共用部分にも緑をめぐらそうというものです。階段の踊り場にも土がおかれ、そこから蔦をめぐらすことができるしかけ。あわせて、何軒かのお宅探訪もさせてもらったのですが、ベランダでゴーヤを育てたりして、そこも見事な緑のカーテン(と、すばらしいガーデニング)ができあがっていました。朝顔がいいか、ヘチマがいいかなどの相談にもマンションの営業マンがのってくれたとか。日よけをつけるフックなども、マンション住民で注文をつのって後付で取り付けたとのこと。住民の一人、小学校の先生をしている女性が、これはとてもいいからと、学校で「緑のカーテン運動やろうよ」と、子どもたちといっしょにやってみたところ、それがとにかく大好評で、環境庁などからも表彰を受け、今では板橋区内のかなりの学校で、この緑のカーテン運動が広がっているのだそうです。本当に、クーラーがいらないぐらい、涼しかったのでびっくりしてしまいました。その社長さんの問題意識が社員に伝わり、こんなマンションができる。そこから、あちこちに緑のカーテンが広がる。マンションの住人同士でお宅探訪をやって、ゴーヤを植える人が年々増えているというのもおもしろいなと思いました。ノウハウのシェアですな。●ところで、昨日の休憩時間の話題はどうしても選挙のことになりました。社長さんたち、連日選挙の応援で大変なんだそうです。「土木・建築といえば、やっぱそうなんだー。みんな生活に直結しているんだなー。「選挙に行こう」なんてのんきなこと言ってる場合じゃないんだー」と、世間の厳しさ(?)を実感した次第です。わたしたちだって「生活かかってる」んだけど、まだまだ「切実さ」という意味で、マジ度が違うのかなあ・・・と、思った次第。目先の生活(カネ)じゃなく、もの言わぬ子どものためだったり、自然のためだったりするからね。こうした委員会に出席していても、「なんか違うんだよなー」って思うのだけど、それをどう上手にプレゼンテーションして相手に伝えるかが、腕のみせどころなんだと思っています。「子どものために」とか、「かけがえのない自然を大事に」に、反対する人は、実際問題、誰もいない。でも、一番最後になってしまう。なかなか商売にならないから。(社長さんのアイディアはグーだけど、それは付加価値であり、目的にはなりづらい現実)一番簡単なのは、国や行政のせいにすること。でも、それを言っても、変わらない。役割分担。協働のしくみづくり。わたしも担うという覚悟。自分の子どもにも担わせるという覚悟。(参画とはそういうことだ)アタマをフルに回転させて、デキル人間は誰なのか、を良く観察して、わたしの役割を承知して、できることからやっていくのみ、なのでしょう。
September 3, 2005
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先月、大台に乗りました。給与明細をみると、早速、介護保険料が徴収されておりました。素早い(うちの事務の方もしっかりしてますから)。身近に小さい子どもがいないだけに、子どもって実はこうなのよと、気づかせてくれるものは好きです。最近、気に入っているのは、毎日新聞で連載している西原理恵子作、『毎日かあさん』。西原親子(母親と息子、娘)の日常生活らしきものがつづられていますが、小学校1年生(だったと思う)という男の子の大人(母親)には理解しがたい行動の数々には(水溜りがあると、泥水に体を浸せずにはいられないとか)毎回、びっくりさせられました。ダイナミックというか、エネルギーが有り余ってどう発散してよいか分からないかのような無意味な動きの連続に、朝から大笑い。「男の子ってどうしてこうなの」と母親が理解に苦しむことは一般的らしく、読者に体験談を募ったら、結構な量の投稿があって、数回にわたり特集を組んでおりました。そのエピソードも抱腹させられるものばかり(雨と戦っていたり、ひよこの母親になろうとしたりと)。そのうち単行本にもなるようなので、まとめて読むのが楽しみです。子どもが宇宙人に見えるのは、男の子だけではないのかもしれません。毎日かあさんを読んでいると、エネルギーの塊である子どもたちが、そのエネルギーを存分に発揮させている姿がうかがえ、安心させられます。それに付き合う親は大変かもしれませんが、見ている私はエネルギーをもらっています。
September 2, 2005
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杉山さんも学生さんの事、書いていましたが、びーのびーのも今年からインターンの学生を受け入れています。彼女に今年は、学生ボランティアのコーディネートをしてもらいつつ、ひろばの会員の家庭までお手伝いに行くという事業も一緒に担ってもらっています。学生ボランティアとの連絡はほとんどメールですが、このメアドが長い!不可解?やはり、ここでも当事者である学生がコーディネートするのがよろしい!という結論ですね。家庭にボランティアで入った学生達の反応は、概ね「母親は本当にたいへんだ」といったものです。掃除、買い物、送り迎え、そして子どもと遊ぶ、目が回りそう!というのが印象のようです。確かに、研修中には子育て家庭の一日を想像して書いてもらったものの、思いが至らない!って学生さんもいましたが、実際、家庭にはいってみて、時間通りにはいかない、知らないうちに時間だけたつ。。。というような経験を積んで、学んだことはいっぱいあったようです。そんなある日、学生さん二人を連れてひろばに来た母親。今日は家ではなくひろばで過ごすことになったのだそうです。なんだか、いつもより明るい。学生さんに、「離乳食あげてみる?」といいながら、食べさせ方を教えている。いつもは、これで良いのかしら?食べなくて困っている!なんて言っていた母親が、今日は見違えるように自信にあふれているような気がした。いつもは悩む立場が、今は教える立場だもんね。学生が家庭に入るってことは、親にとっては「いるだけでうれしい!」という存在のようだ。ま、子どもは若いお姉さん、お兄さん大好きだし、親だって好きだもん。「いろいろ教えてもらってま~す!」なんて、男子学生が楽しそうにいうと、うちの某事務局長は、「なんか気になる、気になる!」とうるさい。もっと、もっと、こんな関係が地域に根付き、いつでも学生さんがベビーシッターに来てくれる時代がくればいいなぁ、と夢見てこの事業の将来を考えている。横浜も選挙に行こうキャンペーンを思案中です。時間がないけど頑張ろう!
September 2, 2005
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今日あったまちづくり三鷹さんとの打ち合わせに、法政大学と明治大学のインターンシップの学生さんが4人同行していました。全員女性で、スーツ姿も初々しく、なんか、二の腕をあらわにしている自分の態度のでかさが、苦笑ものでした。考えたら、彼女たちの約2倍生きてきてしまったわけで、彼女たちは息子との年齢のほうが近いわけでとほほ。どんな感じで会話していいのか、なかなか難しいもんです。とはいえ、若い人には、できるだけ多くの大人のモデルと接してほしいと常々思っているわたしは、さっそくモデルになろうと、聞かれもしないのに、22で上京してR社に入ったことや、1年半でやめて、翌年には、母親になっていたことや、子育てしながらワープロの練習して、使えるようになり、ライターになり、起業したことなどを、話しました。「フリーの編集者っていうのもいるんですか!」「そうそう。会社に入って、毎日9時ー5時で働くだけが、働き方ではないのよーん」ってな話をして、本人のやりようによっては、「働き方は自分で創れる」ということを伝えました(十分伝わったかどうかは疑問ですが)。その後、厚生労働省を訪ね、運良く少子化対策企画室のDさんがいらしたので、彼女たちと少し歓談。これまた、多様な働き方モデルを見て欲しいと思った次第。Dさんも「みんな、子どもを育てるってどんなイメージ持ってる??」と聞きたいことを聞いていました。「多様な選択肢があるようで、実はない」というDさんの話は、結構あたっていて、マスコミとかがいっぱいあるように言うものだから、なんだかいっぱいあるように思えても、実際は昔とそんなに変わっていなくて、単なる幻想だったりってこともあるようです。わたしが就職活動していたときは、どの会社も新卒をバンバン採っていたし、入社後も育つのを待ってくれる余裕もあったし、その後なんだよなー厳しくなったのは・・・。気の毒だなあ。だから、力になれることがあったら、応援したいと、やっぱり思うのです。●公開質問状が公明党と自民党から回答が寄せられた話をDさんにしたら、「返事が返ってきたってことは、ちゃんとした団体と認められたわけですね。よかったですね」と、言われました。そうだよね、いろんなところから公開質問状が来ているだろうし、一応チェックして返事くれるよね。ってことは、公明党も自民党もこのブログも、選挙に行こうのブログもチェックしてくれたのかしらん??うれしいような、恥ずかしいような。自民党の回答は、明日には選挙に行こうのブログのほうにアップできると思います。しばし、お待ちください。
September 1, 2005
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