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2022/05/27/金曜日/朝は嵐あーあ、ちっとも上達しないなあ。こんなときもある。↑せめて小粋で美しいものが見られたことを寿ぐこととしよう。帰り道、壷中居のウインドウが様変わり、細川護煕さんともなると、こんな場所(あ、ギャラリーの方でしょうけど)で個展なのか〜丸善で用件を済ませて本を買い、紅葉川でお昼を食べて気に入りのタルトでも買って帰ろうとしたらアクシデントで電車が止まり、タルトどころかはうはうの体で帰宅帰ると電話、忘れていた予約クッキーのお渡し日ですと?!こんな日もある、帰り道は晴れ
2022.05.31
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2022/05/22/日曜日/すごく暑い日今年は小田原フラワーガーデンへ初めて出かけてみた。11時頃の到着、駐車場待ちが10分ほど。割と回転が早い。ガーデンはこじんまりとしているけれど、起伏やバラのトンネル、遊べる噴水など工夫があり楽しく過ごせる。キッチンカーも4.5店舗あり木陰で軽食が、バラの香りに包まれ摂れるのが嬉しい。この日の暑さで美しいシーズンは終わりかな?子連れ犬連れの人が多く子どもとバラ、犬とバラの撮影も。
2022.05.29
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2022/05/22/日曜日/晴画像がちょっと分かり辛いのは、ケースのガラスが反射しているためか。あー、ここまで来たのだからお願いしてガラス扉を開けて貰えばよかった!小田原城内高校の先生が執筆された神奈川古社縁起の本を読んで、小田原から箱根に向かう道すがら訪ねてみたのだった。迷いながら移動している中で、たまたま農作業中の方に公民館の場所を尋ねると日曜日は閉館、もしくはほとんど閉まっているらしいことを教えて頂く。みなさまのの好意のリレーで、結局拝観させて頂き心から感謝申しげます。像は平安時代末期、当地の仏師により製作されたものという。平安時代のおっとりしたお顔が好もし。8畳ほどの畳のお部屋のほぼ中央におられて右に脇仏が座すこの部屋では地元の方の念仏講が定期的に持たれているとか。そのためか、後世塗装の剥がれが多少お顔を汚しているけれどもそれすらしっかり馴染む、柔和さがある。いかにも衆生と共におられるような。阿弥陀様というよりはもっと現世的な、おらが仏さま。この地は京と相武州を結ぶ街道で神奈川では最も速く開けたため、県下平安時代末期の仏像の多くがこの辺りにあるそうだ。それらの仏像と併せて、この阿弥陀仏さまは来年11月に馬車道側の県立歴史博物館の展覧会で再会できるかもしれない。だとしたらガラス越しでないお姿を見る機会がある!
2022.05.28
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2022/05/24/火曜日/蒸し暑さの後ひんやり〈DATA〉理論社/今江祥智1995年6月 第一刷〈私的読書メーター〉〈日米開戦前、大阪のプラネタリウムを兄と訪れた洋は遠い未来、北斗七星は変形し不動の北極星もかつてのように織女星と入れ替わると知り驚く。小3の男児がこの世の絶対が崩れることを科学を通して出会う導入は物語の顛末を仄めかす。それは父の突然な死であり、子煩悩な父の愛人の存在であり、軍人が授業に立ち学生は学べず勤労動員、空襲で焼け出され昨日までの暮らしを失うという…そんな洋一家の日々を抱擁した任侠人佐脇さんの漢振りには惚れる。洋の優しさと大阪弁が見事に溶け合う。ラスト自身の背中を見つめる洋の視点の跳躍は印象的〉この本を読みながら何となく『君たちはどう生きるか』の東京シティボーイ、コペルくんを連想した。コペルくんも確かお父さんはいなかった?か。彼を成長させるおじさんは、深い人間理解と洞察をコペルくん自ら得られるよう導くチューターであり、何というか登場者はみな官立風に立派なのである。方やぼんぼんは大阪船場のシティボーイで、商人風な彩りの酸い甘いの大人事情を子どもがうっすら感じ取るないまぜの自由と人情がある。ぼんぼんの父亡き後、叔父の手配で用心棒の居候として家にやって来た佐脇60男の色気はどうしたことか。特段筆が変わる訳でもないのに、あくまで小学生洋の目を通したものなのに、実に不思議。大阪弁マジックやろか?陸軍が特別な軍事訓練で中学プールを占拠して何やら隠密に行動しているのを探りに、佐脇が海軍少尉に扮して黒塗り車で乗り込む段、庶民の骨頂、溜飲下げること甚だしい。佐脇の最期の痛々しさは、それでも尚軍人のとは全く異なる、これも一つの花の散り様。大阪生まれ文楽の見せ場のようであって、文藝の血脈さえ感じられる。大阪も堺も大空襲で沢山の犠牲が出たが、目と鼻の先の京都ではそれが免れた。洋が淡い恋心を抱いた二人の女の子はたまたま住んだ所の違いで全く異なる状況に置かれる。京都の女の子エッちゃんの声を背中に聞きながら、薄汚れたツギの当たった自分の学生服を強く意識して振り返ることが出来なかった洋。初めて他者と自分の境目を覚えたその時、もう子どもに戻れない自分を知ったのではなかろうか。
2022.05.27
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2022/05/17/火曜日/あまり暑くない雨まじり長々書いた文章が保存されず消えてしまい悲しい。再度書いてみる。国立劇場はの道すがら、何となくこのお社を目にしていたけれど、今日はそれが飛び込んで来た印象で、手を合わす。↑太田姫稲荷神社の分祀?大きいのは神田駿河台に鎮座しています。太田道灌の娘が天然痘にかかり、一口(いもあらい)稲荷で祈願すると霊験あらたかとの人伝で道灌は京都まで使いの馬を走らせ、神社祈願のひと枝と弊を奉ると姫は快癒したとか。感激した道灌は江戸城内に稲荷神社を祀ったが、今は駿河台と半蔵門側にある、という次第。ところで稲荷神社は全国三万社と言われ、最も多い部類の神社だ。ひときわ高明なのが伏見稲荷大社だが、その北3kmばかりに鎮座する義輝稲荷神社が最古で金閣寺東方向にある。更に伏見稲荷大社の南3.4kmにあるのが豊吉稲荷神社でこれらは南北にほぼ一直線というのも面白い。豊吉稲荷神社のある地名が東一口(ひがしいもあらい)なので、道灌の遣いはこの稲荷を訪ねたか。さてさて義経千本桜といっても義経よりも静御前と初音の鼓、狐忠信に重心のある物語。欲と権力に歪められる人間モノノフの情の紙風船に比べれば、畜生狐の親子の情の深いことよ、とほだされる。「四の切はこれが最後」と言いながら、東京公演を病欠の豊竹咲大夫さん、そりゃかなわんわいなぁ。代役あい勤めまするは竹本織太夫、私の贔屓。いつもより一丁長くホンをおし頂く姿。重圧いかばかり、艶のある声量やや乏しく、まああのような場面の狐ならばさもあらんか。脇には油の乗った鶴澤燕三、見るごとに若返る桐竹勘十郎の宙吊り、下には吉野千本桜をご覧じろう。ほんまにいいもんみせてもらいました。
2022.05.21
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2022/05/15/日曜日/曇り〈DATA〉筑摩書房/義江明子2021年3月10日第一刷発行ちくま新書1555〈私的読書メーター〉〈古代日本、部族の王たちの合議により倭王は選任され「み印」奉呈の後即位したという。双系社会であった為、男女問わず人物、能力本位の選出であり非万世一系だった。双系と言っても7世紀頃までは母系のくくりが強かった事が『古事記』娶生系譜の敏達の例で示される。敏達キサキの額田部後の推古が蘇我馬子と協働し王権を担った背景には彼女の母が蘇我の出で、その宮で幼い頃から気心が通じていたなど耳新しい。皇極世の乙巳の変と史上初の弟への生前譲位によって古代様式は後退し王権を拡大させたが律令国家へ向かうにつれ父系が本流となるのだ。〉かつて読んだ本の中で、万葉集と漢詩の違いに関する記述が思い出された。万葉集は大王から名もなき人まで、思い寄せる人への恋しさがメインのような詩歌集だが、漢詩にはそのような歌は殆ど無いそうだ。いわんや読み人知らずは?民族の言葉の幸い「うた」における有り様がそこに暮らす人びとの風土風景と不可分である事を察するに、環境の差異が言語芸術宗教にもたらす影響の程が偲ばれる。もののあはれが美学の真髄にあるこの国では、女々しさこそ文化の本質の一つかも。ところでヤマト社会では夫婦の絆より兄弟姉妹の結びつき、とりわけ同母の兄弟姉妹は生涯を通じて共に育ち、互いに助け合い支え合ったという。吾が妹とは文字通り、父系母系を通じて濃厚な近親婚の血脈の上に築かれた情緒なのだろう。それにつけても、その世界観の中にありながら、本書にみる皇極はかなり荒ぶる女帝の様相だ。36年に渡り内政外交をマネジメントしてきた蘇我系王統の推古が今際の床で後継候補の田村と山背を呼ぶ。推古の言を群臣たちが解釈評議して田村=舒明が立ったがそれも間も無く薨るとキサキ宝が皇極として立つ。山背が排除の対象となるや皇極の弟軽と、蘇我系を次期王位に据える腹づもりの入鹿を引き込み山背の上宮家は滅び果てる。しかしその2年後の乙巳の変では皇極長子の中大兄王主導で蘇我親子が暗殺される。皇極にとって二つの目障りを取り除くのは、彼女の弟と長子というきな臭さを覚えずにいられない。論功行賞であったか、皇極は事件の2日後には弟に譲位している。当時まで王の王たる大王は、「み印」を群臣長なりその役の王から封じられる立場であって、それらは大王となった者に預けられるのであり所有物ではない。ところが皇極はそれを我が物の如く弟軽に譲渡することで軽を大王と成した。これは群臣の評定を蔑ろにしたものであったろう。弟と共立した皇極だが、難波京が開かれると間も無く袂を分かち、子どもら係累と古巣の飛鳥京に戻る。群臣らはこぞって元々の居館のあった当地へ集合。難波京の弟帝、孝徳は失意の内に病死。すると皇極は斉明を重祚し、飛鳥京の儀礼空間構想を推し進めていく。全てこの女帝を中心に物事は展開され、それがやがて大宝律令によって豪族らを骨抜きにし、絶対王権が形作られていく。大敗する白村江の戦いに一族引き連れ九州に赴き先陣に立つ。その道中ヒメら二人が出産するなどはひょっとして神功物語に比定されるのかも。不比等と共に記紀を完成させた持統は恐らくこの祖母を崇敬していたのではないだろうか。皇極に俄然関心の湧く一冊だ。
2022.05.19
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2022/05/13/金曜日/雨まじりお習字レッスンの後ミッドタウンのサントリー美術館へ大英博物館所蔵の充実したコレクションが観られる。そこに至った英国人コレクターにもスポットライトを当てた試み。通覧して感じるのは、北斎の持つ永遠の新しさということ。北斎の水、墨や藍の配置、グラデーションのイキイキした感じ、躍動感が見るものに流れ込んでくる。画布と画家の往復で完結していない広がりはどこから来るのか。↑神奈川沖浪裏と上の作品のみ撮影可能。北斎が尾形光琳の模写もしていたという「梅樹図」たまたま先だって、別のギャラリーで光琳の梅の絵を見たところだった↓これはまた、何ともアクロバットな枝振りだけれど、書に通じる空間の面白さ。これに比すれば北斎やや真面目なスタディ作品だったかも。富嶽三十六景、版画の面上下のベロ藍、確かに頻出。このシリーズやっぱりいいなぁ。他に「諸国名橋奇覧」なんぞは初めて見たかも。精選された肉筆画、殊に「白拍子図」←北斎館所蔵「流水に鴨図」←大英博物館所蔵「鯉亀図」←埼玉県立歴史と民族の博物館所蔵とても一日では回れない各地に散らばった作品をいちどきに見られる有り難さ。
2022.05.18
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2022/05/12/金曜日/こぬか雨本日お題麦笛を吹く気持ちの良いにほん語でございます。青い麦。麦の穂の勢い、しかしこの字大変難しい。壷中居のウインドウ、様変わり。梅雨の走りを感じさせる淡いブルーの草花紋様皿
2022.05.17
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2022/05/07/土曜日/青葉光る仕事で実家から離れ暮らす娘。彼女が暮らす街のお気に入りのクッキーは米粉と出来る限り地元産のオーガニック材料を用い作られているクッキーと和草←にこぐさ、と読むらしいブーケが、母の日を意識した日付で届いた。嬉しい。趣味が合うというか、まあ多少影響もあったかも。和三盆、菜種油のほのぼの感の口福。米粉クッキーの缶は詰め放題パラダイスの特別な日に活躍できるというアイディアも面白い。
2022.05.16
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2022/05/02/月曜日/五月晴れ午前中少し時間がとれて初めて代々木八幡宮へご由緒によると1212年、宗祐こと荒井外記智明は元鎌倉二代将軍頼家の側近家来だったが頼家暗殺後に出家し、代々木野で主君菩提を弔い隠遁していた。その年の8月15日八幡大神の夢のお告げで当地に祠を建て鶴岡八幡宮を分霊したのが創始という。別宮に稲荷社、天神社、榛名社。末社に出世稲荷社。社務所には5月第4日曜日に開催される金魚まつりの提灯や手ぬぐいが並び、その提灯のかわいいこと!かわいいといえば、お茶道具の彫られた行燈が。縁者によって奉納されたらしい。かわいいといえば待機猫が。この日は三匹お目見え、近所の方が可愛がっている様子この地からは縄文遺跡が発掘され、境内にはその展示がある、というのも珍しいが当時の竪穴式住まいが再現されてあるのも床しい。緑陰深く盛夏にも涼が得られそうな良い場所が駅のすぐそばにあるのも嬉しい。
2022.05.15
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2022/05/08/日曜日/〈DATA〉中央公論新社/中島京子2021年8月25日初版発行「読売新聞」2020年5月7日〜2021年4月17日夕刊連載。単行本化にあたり加筆の断りあり〈私的読書メーター〉〈1.2%の確率で成功と聞けばそれは奇跡に近い出来事だろう。退去強制令が出た外国人が裁判で勝訴するのは腕の良い弁護士でその程度という。現実に比べればかなりスイートに思われる物語の収束。だが99%の否をこれでもかと叩きつけられたスリランカ人のクマさんとマヤのお母さんミユキさんの、お互いを思いやる愛の重力が様々な助けを引き付けたことは理解できるし、何よりも市井の片隅に暮らす3人家族の幸福を願わない読書はできない。折しもウクライナ難民を特別な計いで受容している今、収容施設や入管の実態を物語を通し学べる一冊だ。〉古事記、日本神話の宇宙開闢。日本人の源というか民族ルーツの神代の昔の物語。まあそんな風に牧歌的に捉えられた一昔前の自分。が、最近の知見に基づく本を読んでいる内に自分の中で日本を含む東アジア史が更新されている現在、記紀成立の前に統一国家と呼べるものは見出しにくい。東海の小島にはユーラシアの政変政争戦争に敗れ、流れ着いた部族民族が有史以来折り重なり生きて来た。身に帯びた先祖伝来の宝物は分捕り合戦や外交の種々になり、やがて正倉院にまとめられた、と勝手に妄想する。流れ着いた者たちも領地を広げ生き延びるべく腕力にモノ言わせ今に続く一族もあれば、落ち延びて海山の果てに水漬く屍となり累々苔むした一族の数知れず、だろう。元来の日本人の判官贔屓やモノの哀れ好き傾向は、敗れた者の吹き溜まり列島の上にこそ生じた情緒ではなかろうか。日本に流れ着いた、様々な背景を持つ難民の人びとをマレビトとして迎え、和を持って尊しと暮らす。そのための法整備を急げと言いたい。
2022.05.13
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2022/05/04/水曜日/風光る日〈DATA〉岩波書店/青柳いづみこ2009年2月24日第1刷印刷〈私的読書メーター〉〈随筆『骨董』中にご実家の阿佐ヶ谷文士サロンが登場し、いづみこさんがチラリ触れられていたと思う。初読みにして再会のような。音楽家は言葉表現は元来不得手と想像されるが、著者の生育環境を思えば二つの才能は幸福に結び付くのも道理。本書はミステリーと音楽の格好の案内本だ。書物案内に入る前段のマクラ文は日々音楽に身を投じている方ならでは。この部分頗る面白い。Bachの音の並び遊び?に思わずインターバルを感じたり「ベートーヴェンの仕事部屋のくず箱には八分音符一つ残らない」というベートーヴェン評にうなったりの登録本増加。〉〈〈6節『血染めの部屋』後書きが先ず紹介される。マジックリアリズムなる形容は元々は1920年代に起きたドイツ芸術運動「ノイエ・ザハリヒカイト」に与えられたと知った青柳氏は仰天する。ピアノの世界で「ノイエ・ザッハリヒカイト」はテキストに忠実に私情を挟まず理性に働きかける演奏態度を指すと青柳氏はいう。そしてザッハリヒは戦後日本のピアノ教室を席巻し結果、丁寧によく弾くが個性に乏しいと評されるピアニストを80年代まで量産したと。8節ラスト2行。『ピアニスト』は、霊感に恵まれなかった子供が、本人の意に染まない、人工的な教育を継続して受けたときにどんなゆがんだ反応を示すものかということについての絶好の臨床報告書、と論じる。幼児音楽教育に何度か言及しつつも音楽という至高芸術への瑞々しい感受性よ。本当になぜ人間ごときが音楽をもてたのかと思わされる。))やれやれ私なんか早いうちにピアノ教室をトンズラして正解だったかも。いや、潮目がまたザッハリヒに戻る事もあり得るかも⁈エブッリッシングフロウが世の中だ。巻末に書名索引が付されていて便利。読みたい本など一意に見られる。しかも引用箇所の頁も記し、何やら学術的。『悪魔に食われろ青尾蠅』←このタイトル凄い、これだけで読みたくなる。いや、ならない人の方が多そうではあるが。『いざ言問はむ都鳥』←から一冊のみの著者『オルガニスト』山之口洋「覚えておいた方がよい。芸術の道で己を高めたいという真摯な気持ちにこそ、悪魔がつけいるということを。悪魔の道は神の道のすぐ隣を通っているんだ」。この言葉を覚えていた方が本当に良い。そして善意の道が全体主義のすぐ隣を通っているとか、科学は破壊のすぐ隣りとか、権力は破滅の、とか。戦争と平和はどうなんだろう。『死の泉』←皆川博子、この作家も長年気になりながらの未読が続いている。『ジャン・クリストフ』←これがクラシック音楽に絡む物語とは知らなんだ。『鳥類学者のファンタジア』←奥泉さんはデビュー前後知人のお宅を借家してた縁もあり、どんな縁?何冊か読んでいるけど、これ未読。「指」の方ではないわけね。『羊たちの沈黙』←言わずと知れた!音楽にフォーカスするとこうなるのか。『マエストロ』篠田節子、ジョン・ガードナーのそれぞれなども気になる。ところで小学3年生当時の次男が私の聴いていたバッハに耳を澄ませて感に耐えなように、「世界にこんな美しいものがあるなんて」と呟き、それを聞いた私が驚いたことなど懐かしいーー主よ、人の望みの願いよ♪
2022.05.07
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2022/05/02/月曜日/さわやか五月3度目訪問で知った外壁に記された孫文の四字には、大財閥となった岩崎一族のノブレスオブリージュが滲む。いつもながら広開土王碑文の実物大を呆気に取られながら眺める。今回はシルクロードの旅と題して、さすがのコレクションを披露している。窓から緑陰、時折鳥の囀り、美味しいお茶若しくはコーヒー偶にビスコッティを頂き、日がなこれら資料に目を通し3つのシルクロードに点在する街や人、文化暮らし風土自然宗教言語など研究する。そんな生き方もあるのだなぁ。シルクロードの東の果てが日本というのはちょっと身贔屓のようにも思うけれど。東海の小島に正倉院ありて。それは大陸の政変を逃れた旧主の携えた種々かも知れず。ソグド人、ソグド語、ネストリウス派、秦氏。とうとうたらりたらりら。あらとうと。本は旅である。旅は本である。
2022.05.06
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2022/04/30/土曜日/晴れわたる日かねてより何度か参拝しながら御朱印を頂いてなかった諏訪大社の、寅か申年に催される、おんばしら祭りの本年。今は丁度、山曳きと里曳きの真ん中、その隙を掻い潜り四宮を巡ることにところで諏訪大社は上社と下社に分かれ、それぞれに二つの宮がある。上社には前宮と本宮、下社には秋宮と春宮。上社の御神体は守矢山、下社は秋宮が一位の木、春宮が杉、とある。↑先ずは下社秋宮へ行ったことのない出雲大社もかくや、のしめ縄の雄大さ。お参りをしていると拝殿左でに地下足袋姿の方々がユンボなど用いて作業中。何事かと尋ねると摂社子安神社に昨日の雨で緩んだ大木が直撃したとの事。御柱の年にこのような災い何事ぞと怪しむ。まして未来に関わる子を安んじる神社ではないか。どうぞ荒魂を和ませていただけるよう祈りつつ春宮へ移動する。↑春宮の清掃をしていた氏子の方も秋宮の倒木は知らされてなかった様子。今年は嫌なことが起きているとため息をつかれる。ほんの2週間くらいしか見られない、御柱のない風景をご覧なさいということです。↑春宮の西を流れる急流。小さな橋を渡った所に万治仏。何とも言えないプリミティブさ。この辺りは古代からの神聖な場所らしく、出雲族が諏訪大社を設置する前に既に信州の土地神が座していたと聞いたことがある。その真偽は分からないけれど、確かに独特の清々しい雰囲気を湛えている場所だ。おんばしら館に立ち寄る。1300年の歴史記録の中でトレーラーで運んだのは初めての事かもしれない。上社のある茅野市へと移動。上社には狩猟に関わる神事が、下社には稲作に関わる神事があるのも対照的で面白い。ご祭神は建御名方タケミナカタとその妃の八坂刀売女ヤサカトメノカミであるのは同じ。↓先ずは上社本宮へ。鳥居を潜ると左に折れて拝殿がある。これは守矢山に向かっているのか、前宮なのか。この拝殿にはいつも武張った印象を持つ。神楽殿に置かれている里曳き用らしい綱が迫力。蛇のとぐろのようではある。ラスト、上社前宮へ。下社春宮が水であるならばこちらは山というより風の通る宮、大和路のような鷹揚で明るい土地。↑前宮入口右手には溝上神社。お諏訪様の母君コシノヌナカワヒメが祭神。潰れた下社秋宮子安神社の祭神でもある。どうか幸魂に変容されるよう手を合わせる。日本の最も古い様式の宗教性を感じる場所だ。代々現人神と敬われた大祝の住まいがあったという。天皇家のような三種の神器がお諏訪様にもあった。それが真澄の鏡、八栄の鈴、御鞍だという。信州は古くから馬の産地である事、神宝に鞍がある事、狩猟的な祭事がある事などからお諏訪様はひょっとして大陸、騎馬民族との関わりが?な想像が膨らむ。さて四宮を足速に巡り終わると前宮で、がま口の記念品を頂くサプライズが!お賽銭入れなどにお使いくださいとのこと、ありがとうございます!
2022.05.05
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2022/04/30/土曜日/気持ちの良いお天気諏訪湖沿いにあるうなぎ屋さん目指す。開店より30分早く着く。一番乗りは燕尾服の小さな紳士。徒歩7分の所に島木赤彦の家があるという。中を見学するには委員会に事前予約が必要であるらしい。もう少し時間があれば縁の場所や歌碑も巡れたろうけれど。門は見当たらない。道路に面して倉があり、門に該当する立派な松の木を潜り母屋へ向かう。藁葺き、漆喰、木建具の家の単純な造形の美しさ。家の裏側の雨戸は戸袋無し、私としてはこの納まりを愛す。桟を外壁に付けるに当たり真壁構造なので釘打ちも自在。木部の濃茶色は保存後の手が入ったためだろうか。当初は柿渋など塗ったのだろうか。井戸の横にお社、美味しいお水、目の前には光る湖面
2022.05.03
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❶志美津や 狛江市 ★初訪問04/01 金曜日かさねせいろ 1350円喜多見駅からてくてくと歩く。しかも道を間違え25分もかけて12時前に着いたので、するりと入れた。お店の中央に製粉機が鎮座。メニューを見ると土日のみ小そばを提供してるらしい。小そばとは蕎麦の原種の粉らしい。噂には聞いていたけどまだ食べたことはない。奥出雲産らしい。十割蕎麦と田舎蕎麦のかさね。1.5人前とのことだけど、全然いただけます。十割蕎麦がとても美味しい。蕎麦の甘み香滑りが素直に引き出されている感じ。何故だろうか。わたしは本当に美味しい蕎麦を食べるとウズラ卵の黄身が脳内と口内を駆け巡る。それから消化器官に清水とか風が流れ清掃されたように感じる。ツユの出汁がもっと勝っていたら申し分ない。田舎蕎麦は以前に信州高遠のお店で食べたものとよく似た味わい。お店では高遠の蕎麦も打つらしい。私は喉越しを愛するので次回は十割蕎麦で。駅から少し不便だけど、住宅地にぽつんとこのお蕎麦屋さん、また伺いたい。❷手打ちそば山商 中野区6日 水曜日穴子天丼、二色せいろ 1650円ここの穴子天丼は本当美味しい。またも贅沢をしてしまう。二色は田舎と白雪なのだけど、白雪が随分コシと喉越し良いなぁと割合を尋ねると五割とのこと。因みに田舎は八ニ。次回は田舎せいろだけで楽しんでみよう。❸手打ちそば玄 中央区 ★初訪問8日 金曜日もりそば 850円入り口入った所に本日の蕎麦産地表示がある。概ね北海道、茨城、長野産の様子。蕎麦そのものの香りも強く感じる玄ソバに近い八ニ。たまに十割の生蕎麦も提供するらしい。東京下町蕎麦店の特徴か、ツユがやや甘味がちだけど蕎麦湯で割ると意外にさっぱり。❹そば一仁 世田谷区13日 水曜日十割せいろ 780円?本当に十割?と感じるほど喉越しがよくぼそぼそ感少ない。コシは余り強くない。安定の町の美味しい蕎麦やさん。蕎麦茶と蕎麦湯も美味しい。❺百人町近江家 新宿区 20日 水曜日せいろ 680円この値段は実に嬉しい、価値ある本日茨城産蕎麦。なんだけど、気のせいか本日はやや茹ですぎでは?いつもより蕎麦に力が感じられなかった。ランチ並び待ち。店内に鎧兜が展示されていることを何度も通っていたのに初めて知った。どんないわれがあるかと思いきや、店主が骨董好きとのこと。❻手打ちそば松永 港区★初訪問22日 金曜日もりそば 800円これは美味しい。価値ある立派な800円。今まで食べたお蕎麦の中で確実に10指に入る。引き出された蕎麦の甘みとコシとツユの出汁とのバランス、蕎麦とツユの量などが、あくまで私好みということなのだけど。因みに蕎麦は戸隠辺りから仕入れているとのこと。例によって、美味しいお蕎麦を食べると何故か口内に、うずら生卵の黄身が発動される、そんな蕎麦だ。お店の雰囲気、厨房の清潔感、働く方も気持ち良い。暑かったためだろう、冷やされた蕎麦茶が出された。店頭並ぶこと30分。私の二つ後のお客さんは蕎麦売り切れで断られていたのがちと辛いところ❼童心舎 荒川区★初訪問26日 火曜日田舎 600円常連さんで一杯、元気も気持ちもよい。メニューにある十割を頼んだら、今日は打ってないとのことで、田舎を選択。蕎麦は信州上田辺りから仕入れている由。冷たくキリッと締めた感じはないけれど、蕎麦らしい旨みとコシ。ツユも甘さがぎりぎり私的承認範囲。そのツユは量は多め蕎麦湯はトロミが強い。ここでも食べ終わり頃例によってウズラ生卵黄身風味が一瞬口腔に訪れる。600円である。大したものである。❽手打蕎麦 ふじや 新宿区 ★初訪問27日 水曜日十割蕎麦 950円昨日食べられなかった十割を本日頂けるとは有り難い。ランチ時で二人待ちの三番目。回転早くすぐ席へ。蕎麦は顎がくたびれるとまではいかないがかなりコシが強い。甘味も強い。ツユが醤油多めで出汁を損ないがちだけど甘くはないので可とする。ワサビが独特、ワサビの葉や茎も細かくペーストにしてる?粉も混ぜてる?しかしウズラ生卵発動です。ちょっとお高めだけど、蕎麦不毛の新宿駅付近なら致し方ないか。あと蕎麦湯が保温ポットで出てきておまけにぬるいのは改善してほしい。❾スナックコーナー初狩PA down 大月町★初注文28日 木曜日海鮮かき揚げ 660円なかなかリッチなかき揚げ、寒い日に温まる。中央高速の東京松本間ではこちらPAだけに、おそらく置いている「豆入り黒」という名のアメは仕事中の最大の癒しとして机の引出しに常備。故に殆どこちらPAで休憩をとる。今回はお蕎麦も。➓そばきり喜蕎八 富士見町★初訪問29日 金曜日天もり 十割蕎麦 1700円いつも行く蕎麦やさんが12時前なのに本日の蕎麦売り切れ!えーと嘆きつつ、2番手なかじまに行くと閉店のお知らせ、えっ⁈と驚きつつ嫌な展開の中、ようやくこちらに蕎麦そのものは十割である事が納得できる喉ごし味わい。コシはそれほどない。でも何故だろうかな。こんなお水の美味しいところなのに、そのお水の良さが感じられない。ツユが物足りないのかもしれない。天ぷらも私好みの揚げ方と違い、デザートも平凡だった。次回行く機会があればせいろのみかな?今月もたくさんのお蕎麦をいただき幸せ。出色は何といっても松永、またぜひ訪ねたい。
2022.05.01
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