全36件 (36件中 1-36件目)
1

2026年5月31日(日)千葉ロッテ4-2阪神 3回戦 ZOZOマリン(阪神2勝1敗)2代目タイガース非公式サイトですみなさんこんばんは 負けちゃったね 本音としては勝っておきたかったけどまだ本来のチーム状態じゃないってことのようです打線のつながりという意味では9回の攻撃が一番いい感じだった でもあと一本が出ないのよ パリーグチームと互角に渡り合うにはもう少し辛抱するしかないね3回表はラッキーな1点で追いつく0-1で迎えた3回表 ディベイニー選手のフォアボールのあと熊谷選手の送りバントにソト選手のエラーも重なって無死1・3塁のチャンス到来 でも結局梅野さんの併殺打によつ1点しか入らなかった・・・5回表に一旦は勝ち越し一死から梅野さんがデッドボールで出ると盗塁成功し 中野選手のヒットで1・3塁となって 森下選手が犠牲フライを打ち上げて2-1と勝ち越し テル君に畳みかけてほしかったけど外野フライでチェンジ直後の5回表に同点に才木投手は簡単に二死を取ったあとソト選手に2ベースを打たれます ここで安田選手を申告敬遠して1塁を埋めたのはベンチの指示かな前の打席は三振に取ってるし 別にバッター勝負で好かった気がするんだけどなあ 慎重というか弱気になったね 結局次の和田選手にタイムリーを打たれて2-2の同点にされました同点になってリリーフは二線級にブルペンが勝ちパターンを使えない状況になって8回裏にモレッタ投手 最近復調の兆しがあるように見えるけど 実際は投球のときに身体が1塁側に開く癖はひどくなってるよ リリースするときにバッターから凄く見やすくなってる これはもう一度抹消してフォーム修正が必要だとおもう 今のままだと失敗を繰り返すよ結局内野安打 フォアボール そして2点タイムリー2ベースと崩れ 試合が決まっちゃった 昇格早々期待を裏切ったね9回の攻撃も二死満塁で「満塁男」木浪さんに回ったけど三振でゲームセット 勝ちが見えない試合のまま終わりました とても不愉快なゲームなのでコメントなし!ブログを応援してくださる方はこちらから❤
2026.05.31
コメント(0)

2026年5月30日(土)千葉ロッテ3-4阪神 2回戦 ZOZOマリン(阪神2勝)2代目タイガース非公式サイトですみなさんこんばんは タイガースの打線はこの並びが好いのかもしれないよ 相手投手は初回から森下君とテル君と当たらなきゃいけないから相当なプレッシャーになるわ あの1985年の吉田義男監督は1回に必ずバースさんの打席があるように3番に据えたらしいからね 発想は似てるのよ しかも今日は嶋村選手をDH5番 立石選手を6番にしたのも評価します よーく見ると1番から8番まではジグザグなのよ 意識して打順を試してる感じが伝わってきたので監督さんやコーチには好感を持ちました初回いきなり佐藤選手の第14号ソロで先制!オリオンズ先発の唐川投手もこの打順は嫌だったんじゃないかな? でも初回は中野選手をファーストゴロ 森下選手を三振に取って二死ランナーなし しかも3番佐藤選手を2球で追い込んだからちょっとホッとしたかな そこから粘られ7球目のインハイボール球をレフトポール際へ確信弾! カウントは2-2だったから 唐川投手は外れてもいいつもりで投げたんだろうけどゾーンスレスレになったね テル君は持っていけるとおもったんでしょう 素晴らしい当たりで1-0と先行しました2回裏 村上投手が同点弾浴びる立ち上がりの村上投手はボールの走りは好かったように感じたんだけど 三振かフライアウトが多く手元で伸びてるなって見えました ところが2回裏に二死走者なしから7番安田選手 1球目は外角低めにストレートがはずれ 2球目が同じコースで高さがゾーンに入ってきた少し緩いツーシームだったのね さすがにこれには目がついていって見事にミートされバックスクリーンまで飛ばされちゃったよ これで1-1の同点! 安田選手は3年ぶりのホームランだったって言うからなあ ちょっと舐めていったとこもあったかな 油断しちゃダメです 3回表 今度は森下君が勝ち越し13号2ラン 坂本さんが倒れたあと 8番熊谷選手が初球からセーフティバントの構えで揺さぶり 4球目に実際バントを成功させて出塁したのよ 好い働きだと思う 中野選手が三振で二死1塁となって森下選手を迎えます ここでランナーを貯めてテル君に回したくないので勝負だよね その森下君が凄い 初球 コースは真ん中だけど高さは低めギリギリか見逃せばボールかという際どいカットボールを 待ってたかのようにフルスイング レフトへの2ランになったんだよね この球種やこの高さを予測してたわけじゃないとおもうから 初球から振りに行く森下選手の積極性と 来た球への反応の好さには天性のセンスというものを感じたわ 凄いなんて一言では表現できない 人が持ってないものを持っている感じです 評論家の中には「長嶋茂雄的」という人もいるのよ ひょっとしてキング取るかもしれないよ!5回には連続打席14号ソロ森下選手は5回表にも14号を打ちます 1球目はワンバンになる外角のチェンジアップを見逃し そして2球目は真ん中とはいえ高めギリギリのカットボール これをまた見事に打ち返します レフトスタンドへの2打席連続14号ソロで4-1としたんだよねこれもくそボールのあとの2球目を そこに来ると待っていたかのような思い切りの好いスイングで完璧にとらえて上段まで運んでるから神がかってる なぜそのコースに来るとわかったのか? それとも来た球に瞬時に反応したのか? 「長嶋的」というのはこういうところかもしれない・・・やはりセーフティスタートの村上投手6回裏にはレフト森下選手のエラーも絡んで1点を失うんだけど 2点以上につながらせないところが村上投手の粘り強さだね 7回1/3で3失点(自責点2) 8回裏はエラーも絡んだからしょうがないね 一死1・2塁のランナーを残して岩崎さんの救援を仰いだのは悔しかったかもしれないけど いつもの投球はできてたとおもうよ岩崎投手は連続三振で火消し ドリス投手が9回締める 8回途中に交代した岩崎さんは2連続三振で火を消すと 9回はドリス投手が投げ 3人で仕留めて8セーブ目を挙げました 4-3だけどタイガースは好い勝ち方だった点差の問題ではなく 内容的にタイガースの試合ができたことに意味があるね自分たちのスタイルになってこれば もともと強いんだから勝っていけるってことなのよ 日ハム戦の3連敗は確かに痛い でもロッテに連勝してこれからだよ ブログを応援してくださる方はこちらから❤
2026.05.30
コメント(0)

2代目タイガース非公式サイトですみなさんこんにちは バカバカしいはなしだったよ 昨日早川投手に驚きなんて記事を書いちゃったけど 結局まだファームでDHの活かし方のテストなんてしてなかったのよ本日のスターティングオーダー載せますね 9番DH投手というのは単なるオーダー上の定位置だったのね あほらし ご覧のように今日の試合では9番DHで茨木秀俊投手が入ってました まったく大騒ぎしてしまってごめんなさい・・14:30現在の途中経過を載せておきます 木原樹投手はノックアウト状態だけど3-4と1点差に追い上げてもらって続投したのに また突き放されてるようね この試合については続きは書きませんからご了承ください今回はお騒がせしてしまいました また水の中で反省ですブログを応援してくださる方はこちらから❤
2026.05.30
コメント(0)

2026年5月29日(金)千葉ロッテ0-1阪神 1回戦 千葉マリン(阪神1勝)2代目タイガース非公式サイトですみなさんこんばんは 前回の登板では不本意だった高橋遥人投手 この試合ではいつものペースを取りもどしてコントロールは抜群 コースを散らして狙い球を絞らせない投球で翻弄したよね これで6勝目 故障などのアクシデントさえなければ最多勝・最優秀防御率の一番手候補だとおもう得点力は相変わらずイマイチタイガースの得点は2回の1点だけなんだよなあ・・・先頭の立石選手がヒットで出塁したんだけど 続く福島選手がバント失敗でサードフライ あ~ぁ先行き暗いなあと思ったところで伏見さんが流し打ちのライト前ヒットで一死1・2塁とチャンスが広がったのね ここで9番に入っていた高寺選手が粘ってフォアボールを選んで一死満塁にして 打順はトップの中野選手に回ったわ なんとか2~3点取りたいところね中野選手はホントに好く粘ったよ ファウル5つを含む10球を投げさせセカンドへの高いバウンドのゴロ 1塁アウトの間にサードランナーが帰って1点を取りました そしてまだ二死2・3塁ここで期待の森下選手が積極的に打ちに行くんだけど 2球目の高めのボール球を打ち上げてキャッチャーファウルフライで終わっちゃった もしヒット1本出て3-0になってたらおそらく遥人投手は完封で来たんじゃないかな ホント惜しまれる打席だったね遥人投手におんぶにだっこあとは高橋投手がオリオンズ打線を翻弄していくのに頼るしかないのはちょっと情けないんだけど とにかく解説の鳥谷さんも「的が絞れない絶妙の配球とコントロール」と言うように 8回まで106球 許したヒットはたったの2本 無失点でドリス投手に最後を託しました 前回下がってしまった防御率も0.86に回復 セリーグダントツのトップです日刊スポーツで大石大二郎さんが次のように感想を述べてるよ真っすぐとツーシームを軸にスライダー、カットボール、チェンジアップもある。真っすぐの球速は150キロ前後ですが、糸を引くような球が両サイドに決まると簡単にはとらえられない。落ちるツーシームでファウルも空振りも取れる。スライダーの曲がりも良いし、右打者のひざ元に食い込むカットボールは厄介でなかなか打てません。緩いチェンジアップでもタイミングを外し、広島に3連勝して乗っていたロッテ打線に的を絞らせませんでした。大谷翔平もすごいけど高橋もすごい。そう感じさせる圧巻の投球でした。ドリス投手が締めて1-0で逃げ切り最近登板が多くなってるドリス投手ですが頼りになります やっぱり経験というのは貴重なんだね 力感の無いフォームから150キロを超える速球が来るし 目いっぱいで投げてる感じじゃないから制球も大きく乱れることがないよ 昨シーズン獲得しておいてホントに好かったとおもう交流戦初勝利で目覚めてほしいファイターズ相手の3連敗はショックだったけど 取り合えず3つで止まったわ投手陣はそんなに悪いという感じじゃないから問題は攻撃ね やっぱりホームランよりつなぐ野球が大事だとおもうのよ バントや盗塁 進塁打をきっちりと決めていく基本を徹底していけば いずれビッグイニングにもつながっていくはず各打者が打席で粘ってるのも好い傾向だよね 相手投手に多く投げさせて失投を誘っていくのも大事な戦術です! ブログを応援してくださる方はこちらから❤
2026.05.29
コメント(0)

2026年5月28日(木)ファーム交流戦阪神1-5西武 SGL(阪神0勝3敗)2代目タイガース非公式サイトですみなさんこんにちは 昨日予告したお話をしますよ ファーム西武戦も完敗で対戦成績も0勝3敗 もう試合内容はどうでもいいわ今シーズン 2代目がファームの試合を見に行くのは西純矢選手の様子が気になるからなのね 当然昨日もDHか外野でスタメンとおもってたんだけど 先発オーダーに名前がないのよ その代わり驚きの名前がDHにいる?!とにかくスタメンオーダーをご覧あれ先発投手の早川太貴選手がDH?!どうですか?次のオーダー見て 異様な違和感があるよね 9番DHに早川選手の名がありすぐ下の先発にも早川選手が こんなの初めて見たわ! 大谷選手ならわかるけど もっと上位を打つよね 早川選手は9番 これは「お試しモード」なのか「当て馬」なのか最初はよく分かんなかった では試合の進行を見ていくね早川投手2回表に5失点 普通ならKOで交代2回表の早川投手はもうメロメロ 一死からフォアボール・フォアボール・ヒットでまず1失点 さらにタイムリーがでて2点目 そしてまたまたタイムリー2ベースで3点目 どうにも止まらない二死を取ったあとまたフォアボールで満塁となり ここでもタイムリー2ベースを浴び この回打者10人で計5失点と大荒れでしたさすがに普通なら交代なんだけど・・・ 2回裏に早川投手がタイムリーヒット!2回裏のタイガースは 一死から6番島田選手がライト前ヒットで出塁します 7番川崎選手が三振で二死1塁になったところで2代目は興味津々ですもし8番の藤田選手が出塁したら9番早川選手をどうするのかが気になって仕方がないのよ ドキドキしながら藤田選手の打席を見てたんだけど粘りに粘ってフルカウントから9球目を選んでフォアボール! 早川選手に回ったよ!代打かとおもうよね ところがそのまま打席に入ったのに驚き! 2回に5点も取られた先発投手がDHとして2回裏の打席に入る・・・こんなのは今まで見た試合で一度もないよ!その早川投手がポンポンと2球で追い込まれた後の3球目をなんとライトへ流し打ちのタイムりーヒット!ますます驚きでしたね これは明らかに打者として試してるとしか思えない この試合のタイガースの得点はこの1点だけだったし早川投手は4回まで投げて交代結局早川投手は4イニング投げて3回4回は失点しなかったけど 計9安打3四球で5失点という内容でした4回裏には2打席目が回ってきたんだけど ここでは中川勇斗選手が代打に使われたので 結局1打席のみだったわけだけど 今後注目しなければならなくなったわ西純矢君が打者に転向したように 早川投手にもその可能性を見ているのかな?というように2代目はとらえましたね しかも純矢君はまだ育成選手だけど 早川投手は背番号51のれっきとした支配下選手なんだからね この試合での純矢君は8回の代走から9回の守備について 結局打席は回ってきませんでした 打つとこ見たかったけどなあ・・・頻繁に観に行きたいけど次回は6月末今日の起用法については追跡していきたいけど なかなか簡単には観戦に行けないのが残念 次回は6月末の対巨人3連戦のところで すでに1試合のチケットは抑えてるんですが1か月も先だからなあ今まで早川投手がバッティングもいいという話は聞いたことなかっただけに そのころどうなってるのかとても興味が出てきました ちなみに早川投手の今シーズン一軍での投手成績(5月28日まで)はつぎのとおりよ 8試合(先発1) 0勝2敗1ホールド 11回2/3で被安打12 奪三振13 6四球 自責点9で防御率は6.94です ブログを応援してくださる方はこちらから❤
2026.05.29
コメント(0)

2026年5月28日(木)阪神2-4日ハム 3回戦 甲子園(阪神0勝3敗)2代目タイガース非公式サイトですみなさんこんばんは 相変わらずの展開で3連敗 特に意見を述べようにもタイガースらしさというものが感じられないゲームなので どうしようもないわ木下投手は今後次第ね先発した木下理都投手は 無駄なフォアボールがあったのと ストライクゾーンに集まってしまうイニングがあったかな でもボール自体にはキレがあったとおもうし コントロールの向上次第では面白い存在になっていきそうに感じました解説でも仰ってましたが 先発にもリリーフにも適性があるようで これからどう育っていくかはまだはっきりしないのね ボールのスピードは150キロ台後半がバンバン出てるので リリーフ特性の方があるかなとはおもう 今までファームで何度も見てきたけど そのころより今日の方が速かったねそこで成功するためには簡単にフォアボールを出してるようではだめ 早く追い込むことが大事だよ そして落ちるウィニングショットを身に付けたら石井さんのようなタイプに化けるかもしれない ちょっと期待してみます打線は淡白で感心できなかった初回は好い攻撃で大山さんの先制タイムリーに結び付けたけど その後は単発ばかりでしかも続かないのね 結局最終回のテル君の13号ソロで格好はついた感じに見えるけど 内容の薄いつまらない試合にしてしまいました3連敗で これでこの先交流戦いつ勝てるの?という不安ばかり 気分的に滅入ってしまったので本日はこれで終わります・・・本日はSGLで西武ライオンズとのファーム戦を観戦じつは今日は尼崎に行ってSGLでファームの阪神vs西武のゲームを見てきたのよ ここでとても気になる話題を仕入れてきました それについては明日(29日)のお昼ごろ ご報告のブログをアップしますね 試合は1-5で阪神の負けでした 多分どのスポーツニュースにも出ないとおもうけど けっこう興味深い話だから期待してお待ちください これは絶対読んでね!ブログを応援してくださる方はこちらから❤
2026.05.28
コメント(0)

2026年5月27日(水)阪神2-5日ハム 2回戦 甲子園(阪神0勝2敗)2代目タイガース非公式サイトですみなさんこんばんは 何だろうねぇ よそ行き野球というかガムシャラな感じがないねぇ・・・ 日本ハムの選手は失敗もあるけどやりたい野球をやりたいようにやってる感じがするのに しかも個々の選手の「勝ってやる!」という気合が目に見えてくるのが凄いタイガースの選手はスマートにやろうとしてるのかなあ やる気がムンムンしてるのは森下選手くらいだよ しかも追う立場になったとたんに焦りとかあきらめとか なんとなく気弱になっちゃうように見えて残念だよ先制しても勝てないヒットの数は日本ハムの10本に対してタイガースは12本 決定打が出ない典型的な試合になっているよね 2回裏には坂本さんの2ベースで1点取ったけど 3回は二死1・3塁 3回は併殺のあとまた二死1・2塁の好機を作っても いずれも大竹さんに打順が回ってセカンドゴロ 点が取れないパターンに陥ってます 勝ち運に乗れないね5回に逆転許す大竹さんは先頭の万波選手に2ベースを許したけどその後2人をアウトにとってそのまま終われるかとおもったところが8番新藤選手をフォアボールで出してしまったのが痛いわ 9番加藤投手にタイムリーヒット さらに水野選手に勝ち越し打を打たれ 坂本さんの悪送球まで出て1-3とされちゃいましたどこか落ち着きのない 変な精神状態で野球やってるように見えるのよ 進塁打とか 目の前のアウトカウントを増やすとか 岡田監督が口を酸っぱく言ってた野球ができていない感じだわ・・・ 7回には大山さんの拙いプレーもあったよね ファーストゴロでセカンドアウトを狙ってあきらめバッターランナーまで1塁セーフにしちゃったとこなんか典型的 これが追加点につながってる これは見ていて頭に来たわ!今日もあっさり終わりますなんかコメントする気にもならないし コメントしようかという場面もほとんどない 空しさだけが残る試合で残念です門別投手にだけちょっと触れると ボールの勢いはファームで先発してた頃より伸びは感じました フォームに関しても足の上げ方は及川投手ほど極端ではないけど二段モーションにしてタメを作ってるね でも2代目は不満 やっぱり先発投手としてしっかり育ててほしいと切に望みます ほかには初ヒットが出たディベイニー選手 藤川監督は「ディベイニーがこれから楽しみ」なんて言ってるけど これにも賛成できない 他にやることや使うべき人がいるはず 申し訳ないけど2代目はディベイニーさんにはなんの期待もしてない少しは中日を見習いなさい!ブログを応援してくださる方はこちらから❤
2026.05.27
コメント(0)

2026年5月26日(火)阪神0-3日本ハム 1回戦 甲子園(阪神0勝1敗)2代目タイガース非公式サイトですみなさんこんにちは 交流戦のスタートだというのに味気ないような試合だったね 初めのうちは探り合いかともおもったけど タイガースは伊藤大海投手にしっかり抑えられていただけだったのよねチャンスらしいチャンスももらえず タイガースファンにとっても味気ない盛り上がりもないつまらないゲーム 交流戦の第1戦にしては覇気が感じられない凡戦だったかな伊藤投手の術中かなり三振も取られたね 今日の伊藤投手は調子も好かったんだとおもうバッターの手元にきてからグンッとひと伸びあるから差し込まれるし振り遅れちゃう これは打てそうで打てないよ 立石君もプロの一流投手の凄さを身をもって感じたんじゃないかな打てたのもシングルヒットや内野安打ばかりで長打を打てるような感じじゃなかった 完敗だとおもう エース級がこういうピッチングしてきたらもう評論の余地も無いわタイガース意地を見せる伊藤投手は8回まで110球で4安打無四球無失点 迎えた9回裏のタイガースはクリンナップよ まず森下選手がレフト前に弾き返し 続く佐藤選手が詰まりながらもライトの前のポトリと運んで無死1・2塁 さらに大山さんがセンター目に運んで無死満塁の大チャンスを作ったわでもここから完封目前の伊藤投手が最後の力で踏ん張るのね 6番木浪さんを渾身のストレートで三振 7番の高寺選手もストレートでセカンドへのハーフライナー そして小幡選手にも剛速球で空振り三振 最後の3人はほぼストレート一本で投げ切ってる これはあっ晴れというほかないよ 気合十分の見事なピッチングでやられました 完敗ね西勇輝さん 援護なくどうにもできず西さんはいつものようにセーフティスタート 6回にレイエス選手にソロを浴びるまで西さんらしいピッチングができてたとおもう結局今日は伊藤大海投手デーだったのね あんなピッチングされては誰が投げてもダメだったとおもうよ さっさと忘れて次の試合に集中しよう!今の気分はこんな表現かな? まったくお手上げね・・・ それにしても 巨人の阿部監督辞任 一体家族の中でなにがあったんだろう? 娘さんは高3と高1らしいけど 長女の方と衝突があったみたい 阿部さんの昭和の考え方が家庭内の不協和音になってるかもしれないね とにかく仲良くやってくれることを祈ってますブログを応援してくださる方はこちらから❤
2026.05.27
コメント(0)

皆様にお詫び 前々回でお知らせしたように うっかりして41-4と41-5を飛ばして2026年05月21日に41-6を掲載してしまってました 改めてお詫びいたします 順が代わると混乱してしまうし この企画は正確をモットーとしているから ここで順番通りにして41ー6を再掲させてもらいます せっかくなので是非もう一度読んでください その4とその5を見てない方は2つ遡ってみてから読んでね背番号41(その6)2代目タイガース非公式サイトですみなさんこんにちは 背番号41の第6回目です今回も3名の選手をご紹介します 最初に出てくるのは超有名な投手 野球ファンなら絶対知ってるような人だけど タイガースでこの「背番号41」だったことを覚えてる人となると意外に少ないかもしれないね2人目は外国人選手 この人を覚えてる人は少ないとおもうよ でも2シーズンいたんだよね すごく印象薄いけど・・・ いずれ「異人伝」でも紹介する予定なので凝縮版ということで掲載します3人目は最初の人は2007(平成19)年の新人王に輝いた投手だよ みなさん誰だか覚えてますか? もう20年近く前だから若い人はわからないかも・・・ぜひ本文を読んでいただいて記憶に留めてね伊良部 秀揮 (投手)沖縄県コザ市(現:沖縄市)生まれ。父親はアメリカ空軍兵士だったが、伊良部が埋めれて間もなく帰国し、兵庫県尼崎市に移って母子家庭で育つ。父親譲りの体格に恵まれ、プロ最盛期では193センチ108キロの巨体であった伊良部は少年時代から抜きんでた存在だった。高校は香川県の尽誠学園に進んでおり、剛腕として全国に知られる投手となって2年時の夏と3年時の夏に甲子園に出場しているが、2年時は1回戦サヨナラ負け、3年時は3回戦で試合途中の怪我もあって敗退しており、ポテンシャルを十分発揮できたとは言えない。しかしプロからはドラフト1巡目確実と評価されている。 1987(昭和62)年のドラフト会議は有望選手や人気選手が豊作で、1巡目は川島堅(東亜学園)に3球団、長嶋一茂(立教大)・鈴木健(浦和学院)・立浪和義(PL学園)・橋本清(PL学園)にそれぞれ2球団が競合する。1巡目は5名に対し11球団が投じたわけで、唯一の単独指名がロッテ・オリオンズの伊良部だった。 期待された剛腕はルーキーイヤーの1988(昭和63)年から一軍で投げている。14試合で6試合が先発、2勝5敗で防御率3.89の数字を残すが、制球に難があり、これはロッテ在籍時はあまり改善されなかった。1989(平成元)年には156キロを記録したものの、先発は33試合中2試合のみ。0勝2敗9セーブで防御率は3.53だった。ロッテも伊良部については先発と抑えのどちらを選択していくかで迷いが見られ、毎年のように起用方法が変わっている。3年目からも8勝、3勝、0勝、8勝というように二けた勝つこともできず、成績にも波がある。 方向性が見えたのは1994(平成6)年からで、先発ローテーション投手としての起用に落ち着いてくると成績が安定する。この年にプロ入り初の二けた勝利15勝10敗、防御率3.04の成績で最多勝のタイトルを獲得。翌1995(平成7)年は11勝11敗ながら防御率2.53で最優秀防御率タイトル、さらに1996(平成8)年も12勝6敗、防御率は2.40で2年連続のタイトルを獲得している。ところが同年オフに、FA権のない伊良部がメジャー移籍を希望して球団と対立する事態になる。3年続けて好成績を残した伊良部は強気で、ニューヨーク・ヤンキースを希望するが、ロッテ側は折れるとしてもメジャーへ出すなら提携関係にあるサンディエゴ・パドレスへの譲渡を考えており話し合いはドロ沼化した。伊良部はダン野村氏を代理人に立ててパドレス入団を拒否、裏で交渉が行われた結果、伊良部は一旦パドレスに入団する手続きを踏む。その後改めてパドレス側が伊良部+ホーマー・ブッシュ、ヤンキース側から300万ドル+シェーン・デニス投手+ジェイソン・トンプソン外野手というトレードを成立させる形で、伊良部はヤンキースに入団することができた。伊良部は4年1,280万ドルで日本人として初めてヤンキースのメジャー契約選手となった。 ただし伊良部は我儘放題の暴言や日米を巻き込む騒動を起こしたことで日本のファンからバッシングされることになり、日米球界間ではFA権を持たない日本選手の移籍について「ポスティングシステム」導入のきっかけになっている。ヤンキースには1997(平成9)年から3年間在籍し、5勝、13勝、11勝の数字を残したが、マナーや言動が悪く評価は最悪になっていく。故障による練習不足から体重が増加し、ベースカバーをしないなどの怠慢プレーも目立ってくると、スタインブレナー・オーナーからは「彼は太ったヒキガエル。一塁カバーを怠るなんてありえない。ヤンキースの一員としてあるまじき失態だ。体重252ポンド(114.3キログラム)なんて愚かとしか言いようがない」とまで言われるようになる。 1999(平成11)年の伊良部はシーズン11勝したが、リーグチャンピオンシリーズ第3戦で8失点KOされると、ヤンキースはワールドシリーズでは伊良部を使わずワールドチャンピオンになっている。同年オフ、ヤンキースは手に負えない伊良部に対して契約を1年残しながら放出を決断し、モントリオール・エクスポスへトレードする。やる気が失せてしまったのか、伊良部は2年間で2勝しか挙げることができず、2001(平成13)年8月には急性アルコール中毒で病院搬送されるなど私生活でも問題を起こしたことから、9月6日に解雇されてしまう。同年末にテキサス・レンジャースとマイナー契約し、2002(平成14)年のシーズンではメジャーにも昇格して3勝8敗16セーブの数字を残すが7月に肺血栓により離脱して日本球界復帰に動く。当初は中日ドラゴンズ入りが確実視されていたが、2002年12月7日にタイガースとの契約合意が伝えられた。 日本復帰1年目の2003(平成15)年は星野仙一監督の2年目に当たり、先発ローテーションで起用されると27試合で13勝8敗、173回を投げて164三振を奪うなど好投を見せてリーグ優勝に大きく貢献する。ただし日本シリーズでは第2戦が3回で5失点、第6戦も3回3失点でいずれもj敗戦投手になっており、日本一を逃す大きな要因となった。 2004(平成16)年は岡田彰布監督が就任したが、春季キャンプで夜中にスナックで泥酔し暴力事件を起こして警察沙汰となる。球団からは罰金30万円を課せられるなど、メジャー時代からの酒による失態が治っていないことが問題となる。 呆れた岡田監督はシーズンで伊良部を使う気にならず、わずか3試合の登板に終わった伊良部は10月5日に戦力外通告を受けてしまう。2005(平成17)年、アメリカの永住権を得て渡米し、飲食店を経営したが失敗すると、2008(平成20)年には暴力事件で逮捕(不起訴)。ところが同年、なぜか現役復帰を思い立ちトレーニングを始めたというニュースが伝わり野球ファンを驚かせる。2009(平成21)年、北米独立リーグのロングビーチ・アーマダで現役復帰すると、同年8月には四国九州アイランドリーグの高知ファイティングドッグスに入団して日本に復帰を果たしている。しかし故障と不摂生による体力不足でまともなパフォーマンスができないまま、1勝も挙げることができず、2010年1月に引退を発表した。NPBでの通算成績は273試合(先発159)で72勝69敗11セーブ、1286回1/3を投げ、558四球、1282奪三振、自責点508、防御率3.55だった。伊良部は2011(平成23)年7月27日にロサンゼルス郊外の自宅内で首を吊った状態で発見され死亡が確認された。 伊良部は日本のプロ野球界でコーチなどの指導者になりたいという意志があったが受け入れる球団はなく、妻子とは別居して一人暮らしになっていたこともあって、地元警察は精神的に追い詰められての自殺と発表している。享年42歳だった。シェーン・スペンサー (外野手)アメリカ合衆国フロリダ州キー・ウェストの出身。1990(平成2)年にプロ入りし、1998(平成10)年、名門ヤンキースでメジャー・デビュー。この年は出場わずか14試合ながら、4割2分1厘、8本塁打、21打点という好成績を残し、プレーオフの地区シリーズでも2発を放り込んでいる。 その後、インディアンズ、レンジャーズ、メッツと移籍し、2004(平成16)年にはヤンキースに戻った。メジャー通算8年間で539試合に出場、2割6分2厘、59本塁打、242打点という記録を残す。2004年の阪神は岡田彰布新監督を迎えて戦ったが、前年のリーグ優勝からBクラス4位に転落していた。オフには不協和音になっていたジョージ・アリアスを解雇したことで攻撃面では戦力低下が懸念された。ため球団は広島カープを退団していたアンディ・シーツの獲得に加え、12月23日にスペンサーと契約したが、春季キャンプに姿を見せたスペンサーを見て驚愕してしまう。 ベスト体重96kgをはるかに上回る110kg! 「オフの間何をやっていたのか?」と呆れた岡田監督から減量指令が出されたがウェートは落ちず、3月1日には右太ももに張りを訴えてリタイアするなど最悪の展開となった。2005(平成17)年の公式戦が始まると、5月半ばまでは2割7分前後の打率を保っていたが、5月28日の楽天4回戦から当たりが止まり、6月11日の日ハム5回戦まで10試合連続ノーヒットと不振を極める。6月末には2割3分台まで落ち込み、7月はスタメンを外れることも多くなった。7月末までに打った7本のホームランもすべてがソロ。ここぞというときに打ってくれない。スペンサーは主にライトを守っていたが、不振でベンチが多くなり、後半戦は桧山進次郎がスタメンを担っている。9月に入ると少し成績を上たが、最終的には108試合(スタメン73試合)に出場して打率2割4分3厘、9本塁打、33打点に終わり、残留が微妙な成績だった。9月29日、甲子園での巨人22回戦を5対1で制し、2位中日に10ゲームの大差をつけて2年ぶりにセリーグを制覇したタイガースは、残留か否かはともかくとして、スペンサーを「戦力」として日本シリーズに帯同している。 タイガースの2連敗で舞台を甲子園に移した第三戦、1対3と劣勢の5回裏、下柳の代打としてようやく出番がきたスペンサーは空振りの三振。試合は1対10で大敗し、3試合連続で10点を取られるという屈辱的な展開で王手をかけられてしまった。10月26日、追い詰められた第四戦、スペンサーは6番ライトで先発出場する。試合は、2回に2点を先制され、4回にはさらに1点を追加される苦しい展開となった。スペンサーは2回の第1打席がライトフライ、4回の第2打席では詰まったショートフライに倒れ、5回の守備から浜中に交代させられて見せ場もなくベンチに下げられる。結局2-3で敗れタイガースは4連敗の屈辱で涙をのんだ。期待を裏切ったスペンサーだったが、チームに溶け込み、ムードメーカー的な役割も果たした性格の良さがギリギリのところで評価され、12月21日に、年俸60万ドル(約7000万円)で2年目の契約を交わしている。2006(平成18)年、再来日したスペンサーは相変わらず110kg。「昨年より練習してきた」と言うが、明らかに太り過ぎで、努力の跡が感じられない。キャンプ終盤の2月26日の練習後、宿泊先のホテルで車から降りようとした際に足を滑らせ、右足首をねんざ! 診察の結果全治6週間と診断され、3月31日の開幕戦出場は絶望的となった。一軍登録されたのは4月11日、チームはすでに8試合を消化していた。予定されていたライトには浜中が起用されており、4割3分5厘、10本塁打、22打点を記録して4月の月刊MVPに選ばれるなど大活躍だったため、6月初めまでスペンサーの出番は大半が代打だった。 この年、首脳陣は浜中を一人前に育てようとしており、浜中も規定打席に到達して、打率3割2厘、本塁打20本、75打点と期待に応えた。結局、スペンサーは浜中が不調な場合のサブ的存在としての位置づけに終わったようである。8月12日に阪神が中日12回戦で1対11と大敗し、中日にマジック40が点灯する。このとき、阪神も貯金11で2位につけていたが、中日の貯金は26で12.5ゲーム差。直接対決の関係から阪神の自力優勝が無くなった。その後阪神は、9月の月間成績17勝4敗という驚異の追い上げを見せて最後まで食い下がったが、10月10日に中日の優勝が決まり、3.5ゲーム差で2位に甘んじる結果となった。 9月17日に登録抹消されるまで59試合6本塁打17打点ではいかにも寂しい。この時点ですでにスペンサーは次期戦力構想から外れていたものと考えていいだろう。スペンサーも出場機会が見込まれないことから自ら球団に申し入れ、ペナントレースの結果を待つことなく、10月4日、寂しく帰国した。10月23日、阪神はスペンサーの解雇を発表する。本人は帰国の際に「来年も日本球界でのプレーを望む」とコメントしており、阪神はそれに応えてウェーバー公示をしたが、獲得に乗り出す球団は無かった。上園 啓史 (投手)大阪府茨木市で生まれたが2歳の時に引っ越した福岡県福岡市で育つ。東福岡高校在学中には2年時の春に選抜大会に出場したが、上園は控えだったため登板することはできなかった。卒業後は首都大学野球リーグ所属の武蔵大学に進学。3年まではチームが2部リーグにおり20勝7敗、4年時に1部リーグに上がって8勝11敗の成績を残している。2006(平成18)年の社会人・大学生ドラフトでタイガースから3位指名されて入団し、退団したスペンサーが着けていた背番号「41」を背負う。ルーキーイヤーの2007(平成19)年は二軍スタートだったが、井川慶がヤンキースへ移籍してしまったことで先発ローテーションに穴が開いたため、岡田監督は6月に上園を一軍に上げると積極的に起用した。 期待に応えた上園は17試合に登板して16試合が先発、下柳の10勝、久保田の9勝に次ぐ8勝(5敗)を挙げている。4月~5月はファームにいたため、一軍での投球回数は85回2/3に留まり、奪三振83、四死球33、自責点23、防御率2.42という数字はかなり微妙だった。しかしセリーグには他に好成績を挙げた新人がおらずギリギリのところで「最優秀新人選手」に選ばれた(パリーグは田中将大)。 投球回数とほぼ同じ数の三振を取る能力が評価されたこともあり、タイガースファンからも「井川が抜けたあと好い新人が入ってくれた」と絶賛される。まさかこの成績が上園のキャリアハイで終わってしまうとは誰も想像していなかった。2年目の2008(平成20)年、身体的に怪我などがあったわけではないが春先から全く調子が上がらない。5月末に昇格して一軍で9試合に投げ4勝0敗で防御率3.14という数字を残してはいるが、岡田監督が納得できる内容ではなかったようでオールスター前に抹消されてそのままファームでシーズンを終えている。チームは「世紀のⅤ逸」で2位。オフには岡田監督が辞任する事態となり、新監督に真弓明信が就任するという激震が走った。2009(平成21)年、真弓監督は調子の上がらない上園をシーズン終盤の1試合しか使わなかった。 しかし2010(平成22)年になると、新外国人投手のケーシー・フォッサムが期待外れだったことからシーズン序盤は上園をローテーションに入れ8試合に先発させている。その後ローテから外れてからもリリーフとして登板機会を与えられたことで、シーズン25試合に投げて3勝4敗、防御率4.75という数字を残している。2011(平成23)年、千葉ロッテからFAで加入した小林宏之がロッテ時代とおなじ背番号「41」を希望したため奪われる形で譲り、上園は「47」に変えなければならなかった。しかも一軍登板はゼロに終わっている。 さらにオフには東北楽天ゴールデンイーグルスのサウスポー松崎伸吾との1対1の交換で移籍することになる。楽天には4シーズン在籍して15試合0勝5敗2ホールドの数字しか残せず、2015(平成27)年のシーズンを最後に引退している。NPBでの通算成績は67試合(先発39)15勝14敗2ホールド、236回1/3を投げて87四球、189奪三振、自責点102、防御率3,88に終わっている。まとめ 伊良部さんは体格に恵まれたうえに類まれな素質を持ってて 最速158キロのストレートとフォークボールで打者をねじ伏せるタイプの剛腕投手 ところが精神的に脆いところがあって不安定になるとアルコールに頼る一面があったのよ それが長じて依存症になってしまったんじゃないかと言われてる 痛ましい最期は本当に残念 2003年にはタイガースのリーグ優勝に貢献してくれたのに・・・伊良部さんをよく知る人たちは「繊細で優しい」と証言する人が多いのに なぜどこへ行ってもトラブルを起こしてしまうのか それが残念だったようね エバンス選手はタイガースでは出場の機会もあったのにアピールできず 2年目の途中に西武に移ると突然打ち出すなんて・・・どんな評価していいのか分かんないわ上園投手は大学時代に大きく伸びた選手だけど プロ入り後は伸びしろが無かったのかな 1年目だって規定投球回数に全然足りないし10勝もしてないよ この成績で新人王に選ばれたのは幸運だったね 背番号41―7に続く ブログを応援してくださる方はこちらから❤
2026.05.26
コメント(0)

背番号41(その5)2代目タイガース非公式サイトですみなさんこんにちは 背番号41の第5回目です今回はも3名の選手をご紹介します 3人とも投手で いずれも社会人野球からプロ入りした共通点があるわ最初の人は新人から3年間が「41」で 4年目から「19」に変わってるよ だからすでに登場済みね 誰だかお分かりになりますか? そうです川尻哲郎さん 暗黒時代の真っただ中にノーヒットノーランやった投手ねでも2人目の人は1年しか着けてないし 3人目の人も4年かな 今回の3名で合計8年しか進まないのよ この先第6回以降に9人の選手が着けるんだけど 実は今着けてる村上頌樹投手が一番長く着けてて2026年でもう6年目になるよでは本編に進みますね川尻 哲郎 投手(再掲)上に書いたように「背番号19―5」ですでにご紹介してます なので微修正しながらほぼ全文を再掲させてもらうね 川尻がルーキーでもらった背番号は「41」。 1年目・2年目に主力級の働きをしたことで、85年V戦士だった中西清起が引退した翌年の1997(平成9)に空き番となっていた「19」を1998(平成10)年から受け継いでいる。出身は東京都中野区で日大二高に進むが甲子園経験はなく、亜細亜大学へ進学する。大学時代は小池秀郎や高津臣吾の陰に隠れた第三の投手で、東都大学リーグでは通算4勝しかできなかった。社会人野球の日産自動車に入社後、1993(平成5)年にサイドスローに変えてから頭角を現し始める。この年の日本選手権では準優勝ながら「敢闘賞」を受賞、1994(平成6)年も準優勝に貢献してワールドカップ代表にも選ばれた。1994年のドラフト会議でタイガースが4巡目に指名して入団が決まり背番号「41」を着けることになる。 ルーキーイヤーとなった1995(平成7)年、開幕は二軍スタートだったがいきなり4月のウェスタン月間MVPを獲得する好投を見せ昇格。4月28日のヤクルト戦で中継ぎながらプロ初登板初勝利を挙げた。そのまま一軍に定着すると29試合(先発20)で8勝11敗、148回と規定投球回数にも到達して自責点51、防御率3.10でセリーグ防御率8位に入るという期待以上の結果を残した。2年目の1996(平成8)年は、シーズン当初はブルペンに配置されるものの、中継ぎではいい結果が出ない状態が続いたため先発に回る。すると19試合の先発で13勝(9敗・1セーブ)を挙げ、防御率も3.26(セリーグ4位)という活躍で、一躍エース級投手に駆け上がった。このころはサイドハンドながらストレートは140キロを超えており、球威で押して三振も取れる投手だったが、3年目から徐々にスピードが落ち、変化球主体に変わっていく。1997(平成9)年には開幕投手に抜擢されたが、脱税事件のペナルティで3週間の出場停止処分を受けるなどの影響で調子が上がらず、5勝14敗と大きく負け越し、防御率も3.92と低迷している。1998(平成10)年、川尻は心機一転、背番号を「19」に変えて臨み、25試合すべてに先発で起用されて10勝5敗、防御率2.84(セリーグ5位)と復活している。また5月26日の中日9回戦(倉敷マスカットスタジアム)ではノーヒット・ノーランを達成している。この試合では三振は1つしか奪っておらず、変化球主体で打たせて取る投球に徹しての大記録達成だった。 シーズンオフに開催された日米野球でも9回一死まで0封する快投を見せたり、螺旋状に旋回する成分を持ったいわゆる「ジャイロボール」を投げていると大きな話題にもなったりしている。ところが1999(平成11)年に野村克也監督が就任すると18試合で3勝5敗、2000(平成12)年が10勝7敗、2001(平成13)年が1勝6敗と、1年おきにしか好い成績が残せない特徴が顕著になってきた。1勝しかできなかった2001年のオフ、川尻は突然ポスティングシステムでのメジャー行きを希望して球団と揉める。日米野球でのあわや完封で自信を持ったのだろうか?年を越しても契約更改せず粘っていたが、新監督となった星野仙一が水面下で説得し1月24日にようやく更改した。しかし星野監督時代は2002年(平成14)年が5勝4敗。2003(平成15)年はリーグ優勝した年だが、川尻は登板わずか2試合で1勝1敗、日本シリーズでの出番もなく、オフには前川勝彦との交換トレードで近鉄バファローズに移籍することになった。星野監督が切ったのか、それとも伝統的に「球団と揉める選手」を嫌うフロントが切ったのか、真相は不明である。2003年当時 真弓明信さんが近鉄のヘッドコーチでした2004(平成16)年、近鉄に移った年は球界再編問題で翻弄され、20試合に先発したが4勝9敗と結果を残せず、シーズンが終わると近鉄球団消滅に伴う分配ドラフトにより、東北楽天ゴールデンイーグルスへ移籍することになる。2005(平成17)年はもはやお荷物扱いだったのか2試合登板に終わり0勝1敗。わずか1年で戦力外となって引退している。通算成績は11年で227試合60勝72敗3セーブ744奪三振、1083回1/3で自責点439、防御率3.65だった。江坂 政明 投手京都府京都市伏見区の出身で高校は名門平安高校(現:龍谷大平安高校)に進んでいる。江坂は184センチの大型サウスポーで、同期でのちに中日ドラゴンズ入りする小島弘務と二枚看板でチームを引っ張ったが、在学中はもう一歩のところで甲子園出場は逃した。同校での2学年下には桧山進次郎がいる。高校を卒業すると社会人野球の神戸製鋼に入社し、都市対抗本戦に4度出場してプロからの評価も高まり、1991(平成3)年のドラフト会議で近鉄バファローズから2位指名されて入団する。近鉄ではルーキーイヤーの1992(平成4)年に23試合(先発7)に登板して4勝1敗。2年目の1993(平成5)年は21試合中13試合に先発があり、規定投球回数には不足だったが8勝3敗で防御率2.75の好成績を残している。 ところが1994(平成6)年が15試合1勝5敗、1995(平成7)年が11試合2勝5敗、1996(平成8)年は4試合0勝0敗というように急激に成績は墜ちていく。1997(平成9)年には一軍登板がなくなってしまい、オフに萩原誠との1対1の交換トレードでタイガースへ移籍する。しかし1998(平成10)年のシーズンに入ると実際に力はなくなっており、タイガースではわずか2試合の登板で防御率も18.00と全く通用しなかった。オフには戦力外を通告され自由契約選手として移籍先を模索。巨人やダイエーの入団テストを受けるがいずれも不合格となりNPBを去った。通算成績は76試合(先発38)15勝14敗、275回を投げ奪三振183、92四球、自責点143で防御率は4.68だった。引退後はタイガース主催の少年野球教室などで子供たちを指導したりしている。部坂 俊之(へさか としゆき) 投手神奈川県横浜市出身。横浜高校時代は2年時の春、エースとして選抜大会に出場しているが1回戦敗退。亜細亜大学に進むと3年時からエース格となり、通算34試合14勝10敗、防御率2.70、奪三振126の成績を残している。4年時秋のリーグ戦ではMVP、最優秀投手、ベストナインの大活躍が光る。卒業後は社会人野球の東芝府中へ入社。2年目の1998(平成10)年には都市対抗本戦に出場して評価が高まり、同年のドラフト会議でタイガースが4位で指名、入団が決まる。180センチを超える長身ではあるが右のサイドスローで、あこがれは同じタイプの川尻哲郎投手。背番号も新人時代に川尻が着けていた「41」を選択している。 しかしプロの壁は厚く、1年目の1999(平成11)年に16試合に登板したのが最多で、以後は7試合、2試合、9試合と登板数は伸び悩んでいる。2002(平成14)年オフ、星野監督による大リストラにより戦力外を通告されるが、現役続行を希望する部坂は12球団トライアウトに臨む。しかし獲得球団はなく、台湾へ活動の場を求めた。2003(平成15)年、タイガースOB郭李建夫の仲介もあって中華職業棒球大聯盟の中信ホエールズでプレーするが1年で戦力外に。2004(平成16)年はカナダへ渡り、独立リーグのヴィクトリア・キャピタルズでプレーしたが1年でリーグが解散したため帰国する。それでも現役をあきらめきれず、再び12球団トライアウトに挑戦したが獲得されることはなく現役引退に追い込まれた。NPBでの通算成績は34試合0勝2敗、23奪三振、15四球、自責点13、防御率2.88で、1勝も挙げることができなかった。 その後、楽天のスタッフ募集に合格し、バッティング投手を経て、2020(令和2)年から関東地区担当のスカウトとして活躍している。まとめ川尻さんはやっぱりノーヒッターということで名を残してるよね ジャイロボールで話題になったり アメリカ行きたいと言って球団とぎくしゃくしたりと話題も多かった投手ね 実際1年おきに成績が波打つという扱いにくい投手だったみたい 1997(平成9)年には社会問題になったプロ野球選手の脱税事件にも関わってしまったようで一時出場停止処分を受けてます江坂さんはトレードで移籍してきて1年しか在籍が無いし、投げたのは2試合で2イングだけなのよ 多分ほとんどタイガースファンの記憶に残ってないでしょう部坂さんは4年間の在籍 結局は実力不足というか「大学までの選手」だった感じだね 野球への執着は強かったようだけど・・・ スカウトとしては有能みたい背番号41―6に続くブログを応援してくださる方はこちらから❤
2026.05.26
コメント(2)

最初にお詫びなんだけど 5月21日に背番号41「その6」をアップしてるのよね 伊良部さんが出てくるやつ 実は2代目のミスで順番が二つ飛んでしまってる そういうことで今回から少し戻って「その4」「その5」の掲載になりますのでお詫びいたします 混乱させて申し訳ないけど 読んでくださいね 背番号41(その4)2代目タイガース非公式サイトですみなさんこんにちは 背番号41の第4回目です 今回は今までの中で一番寂しい内容になりそうね いつものように3名の選手をご紹介しますが 「41」を着けた期間の短い人ばかりなのね 名前を覚えてもらうより早くいなくなっちゃったという感じで タイガースにいたということを記憶にとどめている人は少ないのかなあ でも期待されてプロに入って縁あってタイガースに在籍した選手なんだから この機会に覚えてあげてほしい では本編に進んでください西川 佳明(よしあき) 投手大阪府南河内郡太子町出身のサウスポー。高校はPL学園に進み同期には吉村禎章(巨人)などがいる。3年春に選抜大会で甲子園のマウンドに立ち、5試合45回を一人で投げ切る大活躍。被安打19、防御率0.20、奪三振43、四死球7、 3完封の成績でチームの優勝の立役者になっている。 決勝の相手は背番号「41-3」で紹介した月山栄珠がいた印旛高校だった。この決勝戦では9回に同点に追いついた場面で自らサヨナラヒットで優勝を決めるなど投打にわたって貢献している。卒業後は法政大学に進んで東京六大学リーグでも実力を発揮している。通算記録を見ると54試合に登板し、30勝5敗7完封、防御率1.60、ベストナイン3回(83秋・84春・85春)受賞と素晴らしい。2年春から3年春にかけての16連勝という記録は現在も破られていない。4回のリーグ優勝のほか、日米大学野球選手権大会日本代表、ロサンゼルスオリンピック日本代表にも選出された輝かしい記録を引っ提げ、1985(昭和60)年のドラフト会議で南海ホークスから1位指名されてプロ入りしている。1年目の1986(昭和61)年はチーム事情から4月に一軍へ昇格し、26試合に登板している。しかもそのうち22試合が先発で、ローテーションの一角を担って10勝10敗1セーブ、防御率3.89の数字を残した。 もともとストレートの球速は130キロ台で、緩急を生かす技巧派だったが、プロに入ってからナックルなど変化球の球種を増やして好投している。その後も先発を中心に起用されるが、1987(昭和62)年が23試合7勝10敗、1988(昭和63)年が28試合6勝10敗と、貯金が作れない投手に終わっている。1989(平成元)年に南海が身売りをしたことで、チームは福岡ダイエー・ホークスになり九州へ移転。この年から西川はあまり使われなくなり、同年は23試合で先発は11試合、1勝6敗に終わる。さらに1990(平成2)年はわずか5試合の登板で1勝3敗。このオフにタイガースとの間で大型の複数トレードが決まり移籍することになる。タイガース側は池田親興、大野久、岩切英司、渡真利克則を放出、ダイエーからは西川の他に藤本修二、右田雅彦、近田豊年、吉田博之が移籍している。 タイガースに移籍した1991(平成3)年、前年に引退した吉川弘幸から背番号「41」を引き継いだ西川だったが、5試合にしか使われず0勝0敗、防御率4.50に終わる。続く1992(平成4)年は一軍に呼ばれることも無いままシーズンが終わり、タイガースでは白星を挙げることなくオフに現役を退いた。プロ通算成績は110試合(先発84)25勝39敗1セーブ、508回2/3を投げて206四球、238奪三振、自責点280、防御率4.95だった。渡辺 伸彦 投手(再掲)渡辺さんは背番号20-6で紹介済みだし 「猛虎異人伝」のラリー・パリッシュ①の中でも登場してるんだけど皆さん覚えてるかな? 島根県邑智郡石見町(現:邑南町)の出身。高校は私立益田東高で、2年生までは捕手だった。3年時に投手に転向し、夏の地区予選ではベスト4と健闘している。高校を卒業すると広島にある社会人チーム常石鉄工に入団する。都市対抗の本大会には進めなかったが、予選での好投が認められて、1988年のドラフト会議でタイガースから5位で指名されてプロ入りする。背番号は「20」が与えられているので期待度は高かったと言える。 ルーキーイヤーの1989(平成元)年、5月31日のヤクルト戦で一軍公式戦初登板を果たすが、この試合で大事件の主役の一人になっている。6回、渡辺はラリー・パリッシュの頭部へデッドボールをぶつけた。激怒したパリッシュがマウンドへ突進し、止めに入った捕手の岩田徹の頭を空手チョップで叩いたことで両軍が入り乱れる大乱闘に発展した。 この結果パリッシュが退場し、渡辺は続投するが、乱闘直後に中西親志の頭付近へまたも危ないボールを投じたことから再び大乱闘になり、激高したヤクルトの小谷正勝コーチに追い回されて外野を逃げ回る醜態を演じた挙句、セ・リーグでの危険球退場適用第1号になった。(パ・リーグでは1982年の井上祐二が初) それでもこの年は30試合にリリーフ登板し、41回1/3で48三振を奪うなどキレのある速球が冴え、防御率3.70と戦力になっている。2年目の1990(平成2)年にはパリッシュが移籍してきてチームメイトになったため無事に和解することができた。しかも5月1日のヤクルト戦でプロ初勝利を挙げた試合ではパリッシュが第6号ホームランで援護している。 渡辺は41試合に登板して先発も4回経験するなど65回1/3を投げ、2勝1敗2セーブで防御率は5.10だった。ところが1991(平成3)年が8試合、1992(平成4)年も11試合と登板機会が減り、1993(平成5)年には鳴り物入りで入団してきた郭李健夫に背番号「20」を譲って「41」に変えたが21試合0勝2敗と結果を残すことができない。 結局そのオフには古溝克之との交換トレードでオリックス・ブルーウェーブへ移籍することになった。 オリックスには1997(平成9)年まで4年間在籍し、すべてリリーフで121試合に登板 通算7勝7敗13セーブ防御率2.98の成績を残しているが自由契約に。 1998(平成10)年はテストで横浜ベイスターズに入団したが登板は無く、在籍2年目に5試合で6イニングを投げたが、7失点で防御率10.50に終わり、2000(平成12)年に引退した。 2002(平成14)年からタイガースへ復帰して、2019(平成31)年までバッティング投手を務めていた。大門 和彦 投手京都府宇治市の出身。府立宇治東高校時代から三振が取れる右本格派として評価されており、1983(昭和58)年のドラフト会議で大洋ホエールズから4位指名されてプロ入りしている。183センチ83キロの体格や投球フォームが大洋のエース格だった遠藤一彦によく似ていたことから、当初「遠藤二世」と呼ばれ期待が大きかった。プロ入り後2年間は一軍での登板はなく、1986(昭和61)年に初昇格すると、いきなり28試合(先発19)に登板してローテーションの一角に食い込んでいる。ただし成績は4勝8敗で防御率4.71と勝ち越せない投手の印象だった。 実際、大門はその後も毎年のように負け越しており、唯一1988(昭和63)年の6勝6敗がかろうじて負け越さなかったシーズンだ。しかも大洋在籍10年間でどうしても二けた勝利することができず、シーズン8勝が自己最多勝利数だった。1993(平成5)年は一軍登板が無いままシーズンが終わると突然戦力外通告を受け、自由契約選手公示されてしまう。ここで大洋での実働7年間で36勝の実績を買ってタイガースが獲得に動き入団が決まる。大門はオリックスへ移籍した渡辺伸彦が着けていた背番号「41」を引き継ぐことになった。 しかし1994(平成6)年は5試合にしか起用されず、0勝1敗、防御率5.27と戦力になることができず、オフに現役引退している。プロ通算成績は233試合(先発104)36勝52敗3セーブ、807回を投げて261四球、558奪三振、自責点346、防御率3.86である。 まとめみなさんいかがでした? 特に60代以上の方思い出した選手あります?西川さんはPL学園時代の甲子園優勝投手 巨人の吉村さんと同期なんだよね「逆転のPL」の異名がついたゲームがこの時の決勝なんだって渡辺さんはボールは速いんだけど荒れ球で ルーキーイヤーに乱闘事件に巻き込まれてしまってトラウマになったかな? 思うように成長できなかったみたい最後の大門さんも実はベイスターズ時代の1990(平成2)年6月の広島戦で大乱闘事件に巻き込まれた経験を持ってます 渡辺さんと同じようにグラウンド内を走り回って逃亡してるのよ(笑) 気になる人は(【プロ野球仰天伝説83】語り継がれた乱闘シーンの“主人公”【助っ人トンデモ話】 | 野球コラム - 週刊ベースボールONLINE)を参照してみてね この時の主役は広島に在籍していたロデリック・アレン選手だよ きっかけはパリッシュさんの時と同じでホーム突入時の捕手への体当たりが伏線になってるのよ渡邊さんといい大門さんといい奇遇だわ・・・ ではこれで背番号「41」の4回目を終わります 次回5回目も3名を予定してるよ 今度は掛け値なしで有名選手が登場します 26日10:00に配信するね お楽しみに背番号41―5に続く ブログを応援してくださる方はこちらから❤
2026.05.25
コメント(0)

2026年5月24日(日)巨人3-6阪神 11回戦 甲子園(阪神7勝4敗)2代目タイガース非公式サイトですみなさんこんばんは いやはや驚きだったね 立石選手は何か持ってるんだろうね 3戦連続のマルチ安打にプロ初ホームラン 期待以上に早く打線に溶け込んじゃったよ 今日は本来のポジションであるサードに入ったことも好かったかな梅野さん今シーズン第1号で先制今季はファームが長かったからフラストレーションもたまってたとおもうよ このところマスクをかぶる機会も増えて打席でも調子が上がってきたかな 「ファームの時間というのも、本当に自分にとっては、しっかり考える時間もできた」と本人が言うように一軍でやる準備を整えて上がってきたんだろうね静かな序盤戦が終わって中盤になった5回表に先制のソロホームランが出ました これがなんと2023年6月4日以来の3年ぶりの一発立石選手が2ランで追い打ち梅野さんのあと二死1塁で打席が回ってきた立石選手の第3打席 初球から振っていったけど空振りで2球目のボール球は見送り 1-1からの3球目の外角高めゾーンに来たストレートを叩きます これがレフトスタンドへ飛び込む2ランとなって3-0とリード「プロ野球選手になって初めて(のホームラン)だったので、これからも忘れないと思いますし、この1本で終わらず、試合を重ねていくなかで増えていったらいいなと思います」と頼もしい限りだね!才木投手6回1/3で3失点投球に関しては多分本人も少し不満が残るゲームだったかな 6回裏は先頭に内野安打されたあと代打の佐々木選手のタイムリー2ベース さらに四球で無死満塁のピンチ 犠牲フライで1点返されたけど 後続は連続三振で切り抜けてる問題は7回裏だね 7回表に2点が追加されて6-1で完投もあり得る状況だったけど 先頭の大城さんに2ベースを許し 一死後吉川選手に2ランを打たれちゃったのね でも試合に関してはある程度納得してたみたい 「7回がもったいなかったけど、いい(試合の)入りだったかなと思います」と言ってるし 6回のピンチでも「三振がほしいところ。梅野さんもどんどん投げてこいという感じだった。いい落ちをして、振ってくれたのでよかった」と梅野さんにも感謝してます。勝ちパターンのリリーフは万全ここまでくるとどうしても勝っておきたいところ リリーフは及川投手 ドリス投手 岩崎さんと 勝ちパターンをつぎ込み 3人ともヒットを輸さないピッチングで完ぺきに抑えてくれました交流戦を好い感じで迎えられそうねこれで才木投手は5勝目 打線も二けた安打で 佐藤選手が猛打賞で1打点 大山さんも2安打2打点と中軸が相変わらず好いレフトに入って躍動した森下選手ライトで出場し好プレーの佐藤選手2安打2打点の大山さんジャイアンツを3タテしてヤクルトは負けたので単独首位に返り咲きました これでいよいよ26日から交流戦に突入だね最初のカードは甲子園での日本ハム ソフトバンクにだけ何故か勝てずに8連敗だけど 他のチームには互角以上にいい成績なのよ 決して油断できない相手だね ブログを応援してくださる方はこちらから❤
2026.05.24
コメント(0)

2026年5月23日(土)巨人0-3阪神 10回戦 東京ドーム(阪神6勝4敗)2代目タイガース非公式サイトですみなさんこんにちは 村上投手がやっと本来の投球してくれたね 今シーズンは試合を作ることはできてたんだけど 本人もどこか物足りなさや運のなさを感じてたとおもうのよ でも3勝3敗と五分に戻したからこれから白星先行していってほしい この試合は圧倒的な違いを見せて 今季初めて納得できる投球ができたとおもう 試合時間も2時間32分だからスイスイ投げてた証拠だね タイガースが優勝するには村上投手の二けた勝利は必須の条件 ぜひこういう投球を続けてくれるように期待しています!村上投手 3安打無四球8奪三振で完封劇素晴らしかったです 試合前半は丁寧に投げてゴロを打たせるピッチングだったのよ それが後半になるとフライと三振が占める内容に変わってきたわ ゲームが進むほど球威が増していくような頼もしいピッチングでした もう言うことなし!これまでなかなか勝てなかったんだけど 今日のピッチングが普通になってこればぐんぐん勝ち星が伸びてくるとおもうよ 交流戦に気持ちよく入るためにも今日の投球内容は弾みがつきそうね立石選手が2安打2打点!前の試合で猛打賞だったルーキーの立石選手 この試合もトップバッターで起用されて6回二死2・3塁の場面に登場するとセンターに2点タイムリーでこれが決勝点になったね3回にもヒットを打ってるから2試合連続のマルチ安打です しかも前日は初球を思い切って打っていたけど この試合ではボールをよく見て 際どいコースをファウルしたり いろんな対応ができるということを見せてくれたよね今は1番に仮置きだけど将来は3・4番を打つだけの素質があるよ さすがにスカウトはちゃんと観てるんだなって感心します心配なのは大学時代から言われるケガの多さね これは普段から身体のケアを十分に気をつけたり 試合でも練習でもウォームアップをしっかりやらないといけないよ力を出してきた下位打線この試合では下位がチャンスメイクする場面が目立った 高寺選手は安定感が出てきて打率も上がってるし 木浪さんは代打でもスタメンでもいい結果を出してくれる 坂本さんもバッティング上向いてきてリードにも好影響になるし 交流戦に堂々と突入して行けそうね 全体に隙の無い打線になってきてるのよ欲張ってはいけないけどもう一つジャイアンツを叩いておきたい不思議とヤクルトがしぶとく勝ってるよ くっついていくために一つでも白星が欲しいところだわ 勝てばジャイアンツを突き放せるし 今日はシーズン序盤での大事な意味のあるゲームだと思う あまりガツガツ勝とうとすると思わぬ取りこぼしもあるので気を付けないといけないけど・・・今日は予告では才木投手だから勝っておきたいところ 最近ちょっと打線の援護が少ない感じはあるけど今は打線もつながりを見せてくれてるので 7回2失点ぐらいでいければ確実に勝てそう 頑張って頂戴ね! 真っ向から勝負する才木君だけにダルベック選手には油断しないように!ブログを応援してくださる方はこちらから❤
2026.05.24
コメント(0)

2026年5月22日(金)巨人4-7阪神 9回戦 東京ドーム(阪神5勝4敗)2代目タイガース非公式サイトですみなさんこんばんは 昨日は残念な試合中止だったけど今夜勝って3連勝 交流戦前にどうしても勢いに乗っておきたいからいい感じだわただし遥人投手に疲れが見えてきた様子があるのが少し不安なのよね 今日も中盤まではいつもの様子だったんだけどなあ 7回裏は急にボールが高め高めに上ずっていたよね 球数はそんなに多くなかったのに遥人投手7回にKOも5勝目前半で7点のリードをもらう一方で 自身は5回まで3安打無失点 これはまた完封かなというペース もう快勝だと予感したわよ6回からおかしくなってダルベック選手のタイムリーで1点を失います でもこのまま完投は出来そうと心配してなかったところが7回裏 二死走者なしから門脇選手に3ベースを打たれてピンチ 6点差なので落ち着いていけるはずだよ ところが松本選手に低めの好いとこへ投げたツーシームを見事にタイムリーされて動揺したかなあキャベッジ選手への1-2からの4球目は外角高めのストレート 多分外へ外れてもいいというつもりで投げたんだとおもうけどゾーンに来たね これを逆らわずレフト方向へ打ったキャベッジ選手の勝ちだった これで藤川監督もあきらめて及川投手にスイッチしました立石選手初の巨人戦で猛打賞藤川監督が思い切ってトップバッターに抜擢したのに答えたねぇ 第1打席はファウルで粘って7球目をレフトへ2ベース!これが口火となって中野選手の進塁打で一死3塁となって森下選手が先制のタイムリーで1-0としますテル君三振で二死となったけど5番大山さんが ライトスタンドへ第6号2ランホームランを叩き込んで3-0となりました3回表も先頭打者で初球をセンター前に弾き返し 中野選手が送ったあと 森田選手がタイムリー2ベース さらにテル君も連続タイムリー2ベースでこの回2点追加 もう押せ押せだわ4回表には坂本さんのヒットに高寺選手が2ベースで続いて2・3塁のチャンス 一死になって回ってきたのが立石選手で これもインハイの初球ストレートを叩いてタイムリー! 2番の高寺選手にもタイムリーが出てこの回2点 7-0となってルンルン気分になったねリリーフ陣はさすが0封リレーね後半場は追い上げられてバタバタしたけど 及川投手~ドリス投手~岩崎投手のリレーでしっかり逃げ切りました遥人投手が心配だけど 全体には悲観するような点はなく ジャイアンツ側は勝てそうな気がしなかった試合だろうね いまはタイガースが精神的優位になっているというよりジャイアンツ側が自信失くしてるんじゃないかな? 今日はダラダラ書くのはやめて このへんであっさり終わっときます 明日も勝とう!ブログを応援してくださる方はこちらから❤
2026.05.22
コメント(0)

あ~ぁ 雨で中止になっちゃったね きのう劇的な逆転勝ちしただけに一気に3連勝と行きたかったけど残念 ということで背番号史を掲載するよ みなさん読んでね!読んだ後は「いいね」をよろしく!背番号41(その6)2代目タイガース非公式サイトですみなさんこんにちは 背番号41の第6回目です今回も3名の選手をご紹介します 最初に出てくるのは超有名な投手 野球ファンなら絶対知ってるような人だけど タイガースでこの「背番号41」だったことを覚えてる人となると意外に少ないかもしれないね2人目は外国人選手 この人を覚えてる人は少ないとおもうよ でも2シーズンいたんだよね すごく印象薄いけど・・・ いずれ「異人伝」でも紹介する予定なので凝縮版ということで掲載します3人目は最初の人は2007(平成19)年の新人王に輝いた投手だよ みなさん誰だか覚えてますか? もう20年近く前だから若い人はわからないかも・・・ぜひ本文を読んでいただいて記憶に留めてね伊良部 秀揮 (投手)沖縄県コザ市(現:沖縄市)生まれ。父親はアメリカ空軍兵士だったが、伊良部が埋めれて間もなく帰国し、兵庫県尼崎市に移って母子家庭で育つ。父親譲りの体格に恵まれ、プロ最盛期では193センチ108キロの巨体であった伊良部は少年時代から抜きんでた存在だった。高校は香川県の尽誠学園に進んでおり、剛腕として全国に知られる投手となって2年時の夏と3年時の夏に甲子園に出場しているが、2年時は1回戦サヨナラ負け、3年時は3回戦で試合途中の怪我もあって敗退しており、ポテンシャルを十分発揮できたとは言えない。しかしプロからはドラフト1巡目確実と評価されている。 1987(昭和62)年のドラフト会議は有望選手や人気選手が豊作で、1巡目は川島堅(東亜学園)に3球団、長嶋一茂(立教大)・鈴木健(浦和学院)・立浪和義(PL学園)・橋本清(PL学園)にそれぞれ2球団が競合する。1巡目は5名に対し11球団が投じたわけで、唯一の単独指名がロッテ・オリオンズの伊良部だった。 期待された剛腕はルーキーイヤーの1988(昭和63)年から一軍で投げている。14試合で6試合が先発、2勝5敗で防御率3.89の数字を残すが、制球に難があり、これはロッテ在籍時はあまり改善されなかった。1989(平成元)年には156キロを記録したものの、先発は33試合中2試合のみ。0勝2敗9セーブで防御率は3.53だった。ロッテも伊良部については先発と抑えのどちらを選択していくかで迷いが見られ、毎年のように起用方法が変わっている。3年目からも8勝、3勝、0勝、8勝というように二けた勝つこともできず、成績にも波がある。 方向性が見えたのは1994(平成6)年からで、先発ローテーション投手としての起用に落ち着いてくると成績が安定する。この年にプロ入り初の二けた勝利15勝10敗、防御率3.04の成績で最多勝のタイトルを獲得。翌1995(平成7)年は11勝11敗ながら防御率2.53で最優秀防御率タイトル、さらに1996(平成8)年も12勝6敗、防御率は2.40で2年連続のタイトルを獲得している。ところが同年オフに、FA権のない伊良部がメジャー移籍を希望して球団と対立する事態になる。3年続けて好成績を残した伊良部は強気で、ニューヨーク・ヤンキースを希望するが、ロッテ側は折れるとしてもメジャーへ出すなら提携関係にあるサンディエゴ・パドレスへの譲渡を考えており話し合いはドロ沼化した。伊良部はダン野村氏を代理人に立ててパドレス入団を拒否、裏で交渉が行われた結果、伊良部は一旦パドレスに入団する手続きを踏む。その後改めてパドレス側が伊良部+ホーマー・ブッシュ、ヤンキース側から300万ドル+シェーン・デニス投手+ジェイソン・トンプソン外野手というトレードを成立させる形で、伊良部はヤンキースに入団することができた。伊良部は4年1,280万ドルで日本人として初めてヤンキースのメジャー契約選手となった。 ただし伊良部は我儘放題の暴言や日米を巻き込む騒動を起こしたことで日本のファンからバッシングされることになり、日米球界間ではFA権を持たない日本選手の移籍について「ポスティングシステム」導入のきっかけになっている。ヤンキースには1997(平成9)年から3年間在籍し、5勝、13勝、11勝の数字を残したが、マナーや言動が悪く評価は最悪になっていく。故障による練習不足から体重が増加し、ベースカバーをしないなどの怠慢プレーも目立ってくると、スタインブレナー・オーナーからは「彼は太ったヒキガエル。一塁カバーを怠るなんてありえない。ヤンキースの一員としてあるまじき失態だ。体重252ポンド(114.3キログラム)なんて愚かとしか言いようがない」とまで言われるようになる。 1999(平成11)年の伊良部はシーズン11勝したが、リーグチャンピオンシリーズ第3戦で8失点KOされると、ヤンキースはワールドシリーズでは伊良部を使わずワールドチャンピオンになっている。同年オフ、ヤンキースは手に負えない伊良部に対して契約を1年残しながら放出を決断し、モントリオール・エクスポスへトレードする。やる気が失せてしまったのか、伊良部は2年間で2勝しか挙げることができず、2001(平成13)年8月には急性アルコール中毒で病院搬送されるなど私生活でも問題を起こしたことから、9月6日に解雇されてしまう。同年末にテキサス・レンジャースとマイナー契約し、2002(平成14)年のシーズンではメジャーにも昇格して3勝8敗16セーブの数字を残すが7月に肺血栓により離脱して日本球界復帰に動く。当初は中日ドラゴンズ入りが確実視されていたが、2002年12月7日にタイガースとの契約合意が伝えられた。 日本復帰1年目の2003(平成15)年は星野仙一監督の2年目に当たり、先発ローテーションで起用されると27試合で13勝8敗、173回を投げて164三振を奪うなど好投を見せてリーグ優勝に大きく貢献する。ただし日本シリーズでは第2戦が3回で5失点、第6戦も3回3失点でいずれもj敗戦投手になっており、日本一を逃す大きな要因となった。 2004(平成16)年は岡田彰布監督が就任したが、春季キャンプで夜中にスナックで泥酔し暴力事件を起こして警察沙汰となる。球団からは罰金30万円を課せられるなど、メジャー時代からの酒による失態が治っていないことが問題となる。 呆れた岡田監督はシーズンで伊良部を使う気にならず、わずか3試合の登板に終わった伊良部は10月5日に戦力外通告を受けてしまう。2005(平成17)年、アメリカの永住権を得て渡米し、飲食店を経営したが失敗すると、2008(平成20)年には暴力事件で逮捕(不起訴)。ところが同年、なぜか現役復帰を思い立ちトレーニングを始めたというニュースが伝わり野球ファンを驚かせる。2009(平成21)年、北米独立リーグのロングビーチ・アーマダで現役復帰すると、同年8月には四国九州アイランドリーグの高知ファイティングドッグスに入団して日本に復帰を果たしている。しかし故障と不摂生による体力不足でまともなパフォーマンスができないまま、1勝も挙げることができず、2010年1月に引退を発表した。NPBでの通算成績は273試合(先発159)で72勝69敗11セーブ、1286回1/3を投げ、558四球、1282奪三振、自責点508、防御率3.55だった。伊良部は2011(平成23)年7月27日にロサンゼルス郊外の自宅内で首を吊った状態で発見され死亡が確認された。 伊良部は日本のプロ野球界でコーチなどの指導者になりたいという意志があったが受け入れる球団はなく、妻子とは別居して一人暮らしになっていたこともあって、地元警察は精神的に追い詰められての自殺と発表している。享年42歳だった。シェーン・スペンサー (外野手)アメリカ合衆国フロリダ州キー・ウェストの出身。1990(平成2)年にプロ入りし、1998(平成10)年、名門ヤンキースでメジャー・デビュー。この年は出場わずか14試合ながら、4割2分1厘、8本塁打、21打点という好成績を残し、プレーオフの地区シリーズでも2発を放り込んでいる。 その後、インディアンズ、レンジャーズ、メッツと移籍し、2004(平成16)年にはヤンキースに戻った。メジャー通算8年間で539試合に出場、2割6分2厘、59本塁打、242打点という記録を残す。2004年の阪神は岡田彰布新監督を迎えて戦ったが、前年のリーグ優勝からBクラス4位に転落していた。オフには不協和音になっていたジョージ・アリアスを解雇したことで攻撃面では戦力低下が懸念された。ため球団は広島カープを退団していたアンディ・シーツの獲得に加え、12月23日にスペンサーと契約したが、春季キャンプに姿を見せたスペンサーを見て驚愕してしまう。 ベスト体重96kgをはるかに上回る110kg! 「オフの間何をやっていたのか?」と呆れた岡田監督から減量指令が出されたがウェートは落ちず、3月1日には右太ももに張りを訴えてリタイアするなど最悪の展開となった。2005(平成17)年の公式戦が始まると、5月半ばまでは2割7分前後の打率を保っていたが、5月28日の楽天4回戦から当たりが止まり、6月11日の日ハム5回戦まで10試合連続ノーヒットと不振を極める。6月末には2割3分台まで落ち込み、7月はスタメンを外れることも多くなった。7月末までに打った7本のホームランもすべてがソロ。ここぞというときに打ってくれない。スペンサーは主にライトを守っていたが、不振でベンチが多くなり、後半戦は桧山進次郎がスタメンを担っている。9月に入ると少し成績を上たが、最終的には108試合(スタメン73試合)に出場して打率2割4分3厘、9本塁打、33打点に終わり、残留が微妙な成績だった。9月29日、甲子園での巨人22回戦を5対1で制し、2位中日に10ゲームの大差をつけて2年ぶりにセリーグを制覇したタイガースは、残留か否かはともかくとして、スペンサーを「戦力」として日本シリーズに帯同している。 タイガースの2連敗で舞台を甲子園に移した第三戦、1対3と劣勢の5回裏、下柳の代打としてようやく出番がきたスペンサーは空振りの三振。試合は1対10で大敗し、3試合連続で10点を取られるという屈辱的な展開で王手をかけられてしまった。10月26日、追い詰められた第四戦、スペンサーは6番ライトで先発出場する。試合は、2回に2点を先制され、4回にはさらに1点を追加される苦しい展開となった。スペンサーは2回の第1打席がライトフライ、4回の第2打席では詰まったショートフライに倒れ、5回の守備から浜中に交代させられて見せ場もなくベンチに下げられる。結局2-3で敗れタイガースは4連敗の屈辱で涙をのんだ。期待を裏切ったスペンサーだったが、チームに溶け込み、ムードメーカー的な役割も果たした性格の良さがギリギリのところで評価され、12月21日に、年俸60万ドル(約7000万円)で2年目の契約を交わしている。2006(平成18)年、再来日したスペンサーは相変わらず110kg。「昨年より練習してきた」と言うが、明らかに太り過ぎで、努力の跡が感じられない。キャンプ終盤の2月26日の練習後、宿泊先のホテルで車から降りようとした際に足を滑らせ、右足首をねんざ! 診察の結果全治6週間と診断され、3月31日の開幕戦出場は絶望的となった。一軍登録されたのは4月11日、チームはすでに8試合を消化していた。予定されていたライトには浜中が起用されており、4割3分5厘、10本塁打、22打点を記録して4月の月刊MVPに選ばれるなど大活躍だったため、6月初めまでスペンサーの出番は大半が代打だった。 この年、首脳陣は浜中を一人前に育てようとしており、浜中も規定打席に到達して、打率3割2厘、本塁打20本、75打点と期待に応えた。結局、スペンサーは浜中が不調な場合のサブ的存在としての位置づけに終わったようである。8月12日に阪神が中日12回戦で1対11と大敗し、中日にマジック40が点灯する。このとき、阪神も貯金11で2位につけていたが、中日の貯金は26で12.5ゲーム差。直接対決の関係から阪神の自力優勝が無くなった。その後阪神は、9月の月間成績17勝4敗という驚異の追い上げを見せて最後まで食い下がったが、10月10日に中日の優勝が決まり、3.5ゲーム差で2位に甘んじる結果となった。 9月17日に登録抹消されるまで59試合6本塁打17打点ではいかにも寂しい。この時点ですでにスペンサーは次期戦力構想から外れていたものと考えていいだろう。スペンサーも出場機会が見込まれないことから自ら球団に申し入れ、ペナントレースの結果を待つことなく、10月4日、寂しく帰国した。10月23日、阪神はスペンサーの解雇を発表する。本人は帰国の際に「来年も日本球界でのプレーを望む」とコメントしており、阪神はそれに応えてウェーバー公示をしたが、獲得に乗り出す球団は無かった。上園 啓史 (投手)大阪府茨木市で生まれたが2歳の時に引っ越した福岡県福岡市で育つ。東福岡高校在学中には2年時の春に選抜大会に出場したが、上園は控えだったため登板することはできなかった。卒業後は首都大学野球リーグ所属の武蔵大学に進学。3年まではチームが2部リーグにおり20勝7敗、4年時に1部リーグに上がって8勝11敗の成績を残している。2006(平成18)年の社会人・大学生ドラフトでタイガースから3位指名されて入団し、退団したスペンサーが着けていた背番号「41」を背負う。ルーキーイヤーの2007(平成19)年は二軍スタートだったが、井川慶がヤンキースへ移籍してしまったことで先発ローテーションに穴が開いたため、岡田監督は6月に上園を一軍に上げると積極的に起用した。 期待に応えた上園は17試合に登板して16試合が先発、下柳の10勝、久保田の9勝に次ぐ8勝(5敗)を挙げている。4月~5月はファームにいたため、一軍での投球回数は85回2/3に留まり、奪三振83、四死球33、自責点23、防御率2.42という数字はかなり微妙だった。しかしセリーグには他に好成績を挙げた新人がおらずギリギリのところで「最優秀新人選手」に選ばれた(パリーグは田中将大)。 投球回数とほぼ同じ数の三振を取る能力が評価されたこともあり、タイガースファンからも「井川が抜けたあと好い新人が入ってくれた」と絶賛される。まさかこの成績が上園のキャリアハイで終わってしまうとは誰も想像していなかった。2年目の2008(平成20)年、身体的に怪我などがあったわけではないが春先から全く調子が上がらない。5月末に昇格して一軍で9試合に投げ4勝0敗で防御率3.14という数字を残してはいるが、岡田監督が納得できる内容ではなかったようでオールスター前に抹消されてそのままファームでシーズンを終えている。チームは「世紀のⅤ逸」で2位。オフには岡田監督が辞任する事態となり、新監督に真弓明信が就任するという激震が走った。2009(平成21)年、真弓監督は調子の上がらない上園をシーズン終盤の1試合しか使わなかった。 しかし2010(平成22)年になると、新外国人投手のケーシー・フォッサムが期待外れだったことからシーズン序盤は上園をローテーションに入れ8試合に先発させている。その後ローテから外れてからもリリーフとして登板機会を与えられたことで、シーズン25試合に投げて3勝4敗、防御率4.75という数字を残している。2011(平成23)年、千葉ロッテからFAで加入した小林宏之がロッテ時代とおなじ背番号「41」を希望したため奪われる形で譲り、上園は「47」に変えなければならなかった。しかも一軍登板はゼロに終わっている。 さらにオフには東北楽天ゴールデンイーグルスのサウスポー松崎伸吾との1対1の交換で移籍することになる。楽天には4シーズン在籍して15試合0勝5敗2ホールドの数字しか残せず、2015(平成27)年のシーズンを最後に引退している。NPBでの通算成績は67試合(先発39)15勝14敗2ホールド、236回1/3を投げて87四球、189奪三振、自責点102、防御率3,88に終わっている。まとめ 伊良部さんは体格に恵まれたうえに類まれな素質を持ってて 最速158キロのストレートとフォークボールで打者をねじ伏せるタイプの剛腕投手 ところが精神的に脆いところがあって不安定になるとアルコールに頼る一面があったのよ それが長じて依存症になってしまったんじゃないかと言われてる 痛ましい最期は本当に残念 2003年にはタイガースのリーグ優勝に貢献してくれたのに・・・伊良部さんをよく知る人たちは「繊細で優しい」と証言する人が多いのに なぜどこへ行ってもトラブルを起こしてしまうのか それが残念だったようね エバンス選手はタイガースでは出場の機会もあったのにアピールできず 2年目の途中に西武に移ると突然打ち出すなんて・・・どんな評価していいのか分かんないわ上園投手は大学時代に大きく伸びた選手だけど プロ入り後は伸びしろが無かったのかな 1年目だって規定投球回数に全然足りないし10勝もしてないよ この成績で新人王に選ばれたのは幸運だったね 背番号41―7に続く ブログを応援してくださる方はこちらから❤
2026.05.21
コメント(2)

2026年5月20日(水)阪神8×-7中日 11回戦 甲子園(阪神9勝2敗)2代目タイガース非公式サイトですみなさんこんばんは 今日は開始から雨で しかも試合前半は結構強く降ったよね そのため少し意識しすぎちゃったかな マラー投手の球数を見てもタイガース打線がかなり早打ちしたなってわかるからねそれにしても終盤はとんでもないゲームになりました これが野球ね!雨に沈んだ茨木投手 2回4失点茨木投手の出来は悪かったね ボールが指にかかっていない感じで全体に上ずってしまって荒れちゃったみたい 雨の影響もあるんだろうなあ初回いきなりフォアボールに始まって送りバントで一死2塁となって板山さんのタイムリーで1失点だよ2回には二死無走者から投手のマラー選手にヒットされると また1番の村松選手にフォアボールで1・2塁 2番山本選手に3ランを浴びて2回ノックアウト打点を挙げた2人はもとタイガースの選手だし 2回で0-4だよ こりゃ酷い試合になりそうと嫌な予感ばかり・・・石黒投手 痛すぎる3失点雨は中盤で上がって試合は成立し 0-4のまま迎えた6回表に石黒投手が出てきたんだけど 二死から8番加藤選手にヒットを許すと 9番マラー投手に2ランを浴びちゃったねぇ 0-6よさらに7回表 先頭の山本さんをピッチャーゴロに打ち取ったあと板山さんと細川さんにヒットを浴びて一死1・2塁となってボスラー選手にタイムリーを浴びてしまったわこれで0-7 もうダメ押しだなと正直おもいました 下手をすると家路についたファンもいたんじゃないかとおもうよ坂本さん集中力で反撃ののろし坂本さんは途中からの出場で思うところもあったとおもう 7回裏二死満塁で回ってきた打席は集中してる感じがありありここで倒れてしまえばおそらく試合は決まってたろうね 坂本さんはそういう空気を振り払うように左中間へ2点タイムリーで2-7となります これであきらめかけていた攻撃陣が目覚めたね続く代打の嶋村選手がタイムリーで3-7 さらに中野選手にもタイムリーが出て4-7となって中日ベンチは動揺したかもしれない手を緩めない坂本さん追撃のタイムリー8回裏 一死満塁で打席に坂本さんが入ります 顔つきからして集中しきった感じがしてたらまた打ったよ!2点タイムリーで6-7!!!!代打木浪さんが同点タイムリーさらにランナー1・3塁のチャンスが続いて代打に木浪さんが送られます これがまたしっかり準備ができてたんだよね センター前に同点タイムリーが出ました!試合を決めた森下君の11号弾丸ライナー中日の牧野投手は気の毒だったね 9回裏はクリンナップ 森下選手に3ボールとなってしまって追い詰められていきます フォアボール出してもサヨナラのランナーとなって そのあとには佐藤選手大山選手が待ってる 崖っぷちだよねフルカウントまで持って行ったけど 最後はストライクがほしかったんだろうなあ 真ん中やや外の甘いストレート 森下選手はこれを逃さずフルスイングして猛烈なライナーがレフトスタンドに飛び込みました あれだけ降ってた雨はすっかり上がってるし なんだか夢を見ていたような試合 マラー投手や茨木投手のことをもう忘れてしまってたよ・・・ 実は7点差をひっくり返したゲームが1985年にも同じ5月にあったのよ これは以前先代から聞いていて2代目も調べて知ってるのよ 次の試合です この時は序盤で0-7とボコボコにされたのをひっくり返して逆に13点も取った試合で 先代は3連発よりこの試合の方が他チームに与えた心理的影響が大きかったんじゃないかって言うのよ どれだけ点取っても追いつかれるというイメージ付けたのね シーズン序盤のちょうど今の時期にこのゲームがでたってことに意味があるというのが先代の意見です ならば・・・今シーズンもやっぱ優勝かな「いいね」をよろしく!ブログを応援してくださる方はこちらから❤
2026.05.20
コメント(0)

2026年5月19日(火)阪神4-2中日 10回戦 倉敷(阪神8勝2敗)2代目タイガース非公式サイトですみなさんこんばんは 一昨日ファームでホームランを打ったってお伝えした立石選手 意外に早く一軍に上げたね 調子を落としている打線のカンフル剤にしようということかな 初安打も出てよかったねいきなりスタメンに使ってきたのも驚きなんだけど じっさいに今 レフトの候補は「帯に短し襷に長し」って感じだから どんどんいろんな選手を試してほしい 嶋村選手だってもっとスタメンあっていいとおもうよ機能したクリンナップ今日は 佐藤選手が初回に先制のタイムリーヒット 3回には森下選手を置いて第12号2ランホームランと火を噴きました4回表に1点差に迫られたけど 5回裏 今度は大山さんが突き放すタイムリーで4-2となったのねチーム11安打のうち7本をクリンナップが打っての勝利はこの先に光が先てきた感じがします西勇輝投手5回2失点で降板も3勝目ベンチは西勇輝さんは5回というより80球ぐらいと決めてるのかな? 2代目個人のおもいは 6回まで受け持ってほしいんだけどなあ・・・ 首脳陣はあまり無理させずシーズン終了まで安定して戦力になってほしいという目で見てるのかもしれないねリリーフ陣も久々に完ぺき工藤投手から及川投手 そしてドリス投手 岩崎さんと4人をつぎ込みましたが全員が被安打0でしっかり抑えて逃げ切りです!クリンナップの先輩たちが好評価の立石選手森下選手は「まあ、いずれは出るので。でも1打席目の1球目で出すのはさすがだなと」「出る選手が全員、自分の役割をすれば打線としてはつながれる。別にドラ1が、とかは関係ないかなと思います」佐藤選手は「違和感なくプレーできるように、僕たちが接してあげたいなと思います」「初球から強いスイングできるのはさすがだなと思います」大山さんは「前と後ろを打つかわいい後輩が頑張っていたので、先輩として負けないように頑張りました。(立石は)見ての通りだと思うし、素晴らしい選手だと思う。チームメートとして全員で切磋琢磨(せっさたくま)して頑張りたいです」最近メチャメチャ暑いよね 長い夏の予感が・・・ブログを応援してくださる方はこちらから❤
2026.05.19
コメント(0)

背番号41(その3)2代目タイガース非公式サイトですみなさんこんにちは 背番号41の第3回目です 前回と同様に ある程度年配世代でないとなじみが薄い選手が続くなあ 今回の3人が在籍したのは昭和50年代から平成の始めまでの期間だね その間には昭和60年のリーグ優勝・日本一も含まれるんだけど今回の3名はほぼ縁のなかった人たち 資料なども少なくて存在感そのものがあまりないのよ はたしてファンの記憶にどれくらい残ってるか? まずは本文でどんな選手だったか把握してみてね渡辺 純志 内野手山口県岩国市出身で高校は県立岩国高校。公立の普通科で野球の強豪校でもなく高校時代は全く無名。卒業後は社会人野球の東洋紡岩国に入社している。 ところがオイルショック後の不況でチームが解散。そこに声をかけ1976(昭和51)年のドラフト会議で5位指名したのがタイガースだった。 入団当時の監督は往年の名ショート吉田義男で、渡辺の守備力を評価しての指名だったようだ。背番号は「41」が与えられた。 渡辺は基本セカンド・サード・ショートが守れるユーティリティ性が高い選手だったが、入団したころのレギュラー陣はセカンドが中村勝広、サードが掛布雅之、ショートには藤田平がおり、簡単に割り込める好況ではなかった。 ルーキーイヤーは1977(昭和52)年、就任3年目の吉田監督はキャンプから若手内野陣の底上げのため自らノックバットを振るって指導している。 ルーキーの渡辺は伝説となった「恐怖の5メートルノック」も経験した。文字通りノッカーの吉田から5メートルほどの位置に守らされて遠慮なく打ってこられる。これは掛布も同様に受けており当時選手の間では恐怖だったという。 1年目は11試合の出場で終わったが、吉田の指導を受けて守備力は向上しており、後藤次男監督に代わった1978(昭和53)年は58試合で起用される。いるのかいないのか分からない目立たない選手だったことから、1年目に「けむり」というあだ名で呼ばれたが、2年目になって存在感が出てきたわけだ。 ところが1979(昭和54)年に田淵幸一がらみのトレードで真弓明信が移籍してくると、藤田平がファーストに回り、真弓がショートに入る。それでもセカンドの中村に衰えが見えてチャンスが来るかに見えた。 しかしついていないことに、1980(昭和55)年にはデーブ・ヒルトン、岡田彰布が加入してきてセカンドのポジションを埋めてしまったため、もう渡辺にチャンスはなくなった。 1981(昭和56)年は一軍公式戦に出場できないまま終わり、オフに現役を退いている。 通算成績は122試合168打数34安打9打点2本塁打、17四球44三振、打率.202だった。月山 栄珠 捕手千葉県柏市の出身。県立印旛高校(現:県立印旛明誠高校)に進学し投手から捕手に転向する。中学時代から地元では番長で知られ、練習も平気でさぼりがちだったが、印旛高校の蒲原監督が首根っこを押さえてでも練習に参加させ、本人も改心して精進した結果キャプテンにまで成長している。 3年時の1981(昭和56)年には選抜大会で甲子園の土を踏む。エースの佐藤文雄との強力なバッテリーで決勝戦まで勝ち進み、最後は吉村禎章がいたPL学園に9回逆転サヨナラで敗れたものの準優勝。月山は準決勝でホームランを打つなど強肩強打の捕手として高い評価を受けた。 夏は予選で敗退し、大学進学を考えていたところ、同年のドラフト会議でタイガースから3位で指名されたことでプロ入りを選択し、引退した渡辺純志の「41」を引きついでいる。ちなみに高校でバッテリーを組んだ投手の佐藤文雄もドラフト外でタイガースに同期入団した。 しかし高卒の捕手が簡単に一軍に上がれるはずもなく、ルーキーイヤーの1982(昭和57)、2年目の1983(昭和58)年はファームに置かれ鍛えられる。 1984(昭和59)年に初めて一軍に上がるがわずか6試合、3打席でノーヒットという成績に過ぎなかった。 1985(昭和60)年も8試合13打数2安打1打点5三振で終わっており、チームが日本一に沸く中で、月山は全途多難な状況にあった。 入団5年目の1986(昭和61)年1月、左肩鎖骨を折る大けがをしてしまう。Wikipediaの記事では「虎風荘の階段を踏み外した」との記載があり、異説として本人が「スキーで転倒した」と語ったとの記載がある。どれが真相かはわからない。いずれにしてもこの怪我が致命傷となり1年を棒に振る。 翌1987(昭和62)年には、フロントに籍を置く「練習生扱い」として在籍するが、復帰のめどが立たないまま同年7月に引退している。 プロ通算成績は14試合16打数2安打1打点1死球5三振、打率.176。吉川 弘幸 外野手鹿児島県出身で高校は東大阪市にある太成高校(太成学院大学付属高校)。大きい大会などでの実績はなく、全国的な知名度はどうだったか分からないが、「Yahoo知恵袋」には次の様な記載があるので抜粋した。「大阪府下では№1の一番スイッチヒッターだ。武器は100㍍を11秒3で走る俊足。打ったヒットの半数以上を二塁打、三塁打に変えてしまう。強い右のリストを生かすために高二からスイッチヒッターへ。常に4割以上のハイアベレージを残し、打撃力もかなりのセンスを秘めている。」1983(昭和58)年のドラフト会議でタイガースから5位指名を受けてプロ入り。最初の背番号は「58」に決まる。「41」は5年目から引退する1990(平成2)年までの3年間着けている。 1983年のドラフト会議でのタイガースは、1位が中西清起、2位が池田親房、3位が仲田幸司と上位は投手だった。この年のドラフトはかなり豊作で、他球団では巨人1位が水野雄仁、広島1位は川端順、ヤクルトは1位が高野光で2位に池山隆寛、西武の1位は渡辺久信で2位が辻発彦、中日は1位が藤王康晴で5位に山本昌弘がいた。 吉川は入団から4年間はファームに留め置かれているが、3年目の1986(昭和61)年にはウェスタンリーグの首位打者になるなど成績も伸びてきた。 5年目の1988(昭和63)年に背番号を「41」に変えると、初めて一軍に昇格。9試合に出場しているがほぼ代走で、バッターボックスには1打席しか立っていない。 翌1989(平成元)年には6試合、10打席で2安打、盗塁も決めた。10月にはスタメンに起用されたこともあった。 しかし一軍レベルでの力不足はどうしようもなく翌1990(平成2)年は出場機会も無いまま過ぎてオフに引退している。 15試合8打数2安打0打点、1盗塁3四球2三振、打率.250というのが一軍公式戦での通算記録である。まとめ背番号40番台というのは 何か一芸を持ってて 「うまく育ってくれたら面白い」という感じの選手に与えられてるように思うのね 渡辺さんは内野守備、2番目の月山さんは肩、3人目の吉川さんは足ということで それぞれ特徴を持ってたのよでも ある程度の総合力がないとやっぱり一軍ではなかなか使ってもらえないのが現実 今回の3人は限界を感じたらスッと引退してるように見えるわ初めから三拍子そろったような選手はもう少し若い番号をもらうんだろうね その点今着けてる村上投手はどうなのかな 大学までで完成形になってた投手にもおもえるけど ではこれで背番号「41」の3回目を終わります 次回4回目も3名にするけど、3名で4年間しか進まないのよ 1人目が2年 残る2名はそれぞれ1年しか着けてません さて誰でしょうね?背番号41―4に続く ブログを応援してくださる方はこちらから❤
2026.05.18
コメント(2)

2026年5月17日(日)阪神3-1広島 6回戦 甲子園(阪神4勝1敗1分)2代目タイガース非公式サイトですみなさんこんばんは 打てなきゃ勝てない 才木投手の調子はは悪くなかったし タイガースは守るところは守ってたし あとは攻撃ができてれば勝てるんだけど・・・ これは仕方ないかな 打線は全体に良くないわ しばらくは我慢かもね才木投手 力投実らず今日はボールも走って三振も取れてたね 4回に一死満塁のピンチがあったけどモンテロ選手を投ゴロ 野間選手をレフトフライに退けて逃れ 6回まで9三振を奪って得点を与えなかったでも7回に先頭の板倉選手に2ベースを許すと矢野選手にバントで送られて一死3塁となりました ここで野間さんにレフトへタイムリーを打たれてしまってついに1点を先行されちゃったね でも内容的には十分に評価できるよ打線は前半のチャンスを生かせず3回と4回に満塁のチャンスがあったんだけどなあ あと1本が出ないのでイライラね 5回以降はほぼノーチャンスで1点が遠かった わずか5安打で広島の継投に完封されてしまったわ首位ヤクルトと2ゲーム差に今日タイガースが破れヤクルトが勝ったので差が2ゲームに開いちゃったね しかも3位の巨人が0.5ゲーム差に迫ってきた!と言ってもあせっては駄目よ 打線が全体に湿っている今はこういう状態が続くとおもう 交流戦に備えてあまり無理せずに自分たちの野球をしていこう!そういえばファームの試合で立石選手に第2号ホームランが出たんだって 交流戦あたりから使えるといいね 頑張って結果出し続けてほしいよね制服シリーズ お付き合いいただきありがとうまた違う企画を考えてます ひとまずこのシリーズは終りねブログを応援してくださる方はこちらから❤
2026.05.18
コメント(0)

2026年5月16日(土)阪神3-1広島 6回戦 甲子園(阪神4勝1敗1分)2代目タイガース非公式サイトですみなさんこんばんは 打順戻したね いったいどういうことだったのか謎のまま3試合だけで終わったわ そのかわり戻ぢたのが好かったのか序盤で機能しました もうこれで行こうよ村上投手あと一歩で完封逃す序盤から三振もよく取れたし 5回表の一死1・2塁のピンチも後続2人をゴロで打ち取って危なげなく9回を迎えたのね代打の前川選手をファウルフライに打ち取ったときは「ああこのまま完封だな」っておもいましたよ 打順が1番に帰って1番大盛選手がライト前ヒット 2番野間選手もライト前に連打して おやおやッとなっちゃいました 3番の小園さんを三振に取れたのでほっとしたんだけどなあ・・・ 4番坂倉選手にレフトにタイムリーを打たれて1点を返され なおランナー1・3塁でモンテロ選手!こりゃいかん 今年の勝ち運の無さが頭に浮かんできて不安・・・ベンチは村上投手に替えてドリス投手をつぎ込みました 板倉さんの代走の辰見選手が盗塁を決めて2・3塁 一打同点だよドリス投手は低めを突いていくんだけどボールが先行 カウント3-1からの5球目のスプリットが浮いてしまって高めに行ったときは「ヤバいッ」と目をつぶったんだけど打ち損じてくれて浅いレフトフライでゲームセット まじで好かったなと胸をなでおろす結末だった佐藤選手が先制タイムリーさて打線の方は初回から先制したわ 1回裏先頭の高寺選手がヒットで出ると中野選手がフォアボールで無死1・2塁森下選手はセンターフライに倒れたけど 4番に戻った佐藤選手がライト前にタイムリーヒット! なおも1・3塁のチャンスが続きます大山さんはいつもの仕事このチャンスで5番に落ち着いた大山さんはキッチリとレフトへ犠牲フライを打ち上げます この1点が大事なのよね さすがです佐藤選手 第11号で心強い追加点4回裏に佐藤選手の一撃が炸裂 先頭打者として打席に入るとカウント2-2からの6球目 外角やや低めの中途半端なチェンジアップを逃しません!これまた得意のバックスクリーン左へのソロホームラン この方向へ打つと佐藤選手の打球が一番きれいな放物線になるのよね 今年の森下投手は好くないね 防御率も4点台だし もう一人の床田投手も波に乗り切れていないわ 栗林投手を先発に配置換えしてなかったら今頃最下位だったかもしれないね とにかくこれからも相手の弱みは突いていかなきゃねこの制服シリーズ 次回で一区切りにしますブログを応援してくださる方はこちらから❤
2026.05.16
コメント(0)

2026年5月15日(金)阪神0-2広島 5回戦 甲子園(阪神3勝1敗1分)2代目タイガース非公式サイトですみなさんこんばんは 打順変えなかったね ちょっと藤川監督を信用する気になったわ でもこの打順を選んでる理由はいまだわかりません 今日も機能しなかったけどこればっかりは仕方ないなあ 栗林さんが好過ぎた!栗林投手がほぼ完ぺき森下選手が初回にサードのエラーで出て 大山さんがライト前ヒットで二死1・3塁としたのが唯一のチャンス ここで中野選手がセンターフライに倒れてチェンジだったけど ヒットも大山さんが打ったこれ1本だけなんだから勝てないよね 栗林投手は今季から先発に転向して凄く結果出してる みる限りではリリーフのころより変化球の割合がかなり増えてる感じはするよね しかも打ち取るまでの配球パターンをある程度決めているように見える よく分析しないといけないよ もちろん次当たる時はまた変えてくるのかな 今年は嫌な相手になったね大竹さんはいつもながらの安定感いつもながら6回ならまず2点までに収めてくれる 計算ができるという意味でチームにとってありがたいピッチャーだとおもうよ 今日も6回を76球2失点 まだ十分投げられるけど味方が点取れないから代打とか出さなきゃいけないし…余力を残しての降板となったね モンテロ選手のソロホームランの球は 甘い高めのスライダー これは大竹さんの投げミスだとおもうけど まさか決勝点になるとは やっぱプロの世界は細心の注意が必要なんだなあ・・・リリーフ陣もまずまずの出来15日に登録された2番手の石黒投手は1安打されたけど2三振を奪う力強さがあったし 3番手の及川投手はストレートに勢いが出てきた最後の椎葉投手1安打1四球と危なかったけど何とか粘って抑え切ったのでまた使ってもらえるでしょう 今は我慢の時だよね石井さんと近本さんがいない状況はまだまだ続くわけだし 苦手な交流戦もいよいよ迫って来てる カード勝ち越しとかも返上して とにかく「勝てる流れの試合は落とさない」という頭で戦ってほしいと思ってますみなさまに再度のお願い先日お願いした「いいね」 あれから押してくれてる人が何人かあるんですよ ホントにありがとうございます でもでも もっと押してください お願いします! みなさんのご協力を待ってますブログを応援してくださる方はこちらから❤
2026.05.15
コメント(0)

背番号41(その2)2代目タイガース非公式サイトです みなさんこんにちは 背番号41の第2回目です 前回はいままでのなかでも異色というのか 「二重契約問題」の米田さんが入ったためにちょっと変な感じだったわね 前回を読んでない人はちょっと戻って見てきてね 前回の3名は合わせて7年間しか「41」を着けてなかったけど 今回は3名で20年間着けてるのよ 特に長かったのは最初に出てくる鎌田実さんの通算13年 通算というのは鎌田さんは途中で近鉄に行って またタイガースに戻って「41」をつけてるからよ さてちょっと先走って書いちゃったけど「41」は面白そうな番号ね それでは本編に進んで頂戴 鎌田 実 内野手 昭和30年代のタイガースが誇った名二塁手。兵庫県三原郡広田村(現:南あわじ市)の出身。今(2026年)現在「41」を着けている村上頌樹投手も淡路島出身というのは奇遇だろうか? 地元の洲本高校時代には遊撃手としての守備力に加えて打撃力も注目される存在になっており、甲子園出場は惜しいところで成らなかったが、プロのスカウトからも高い評価を受けている。 大学に進みたかった鎌田は、「それも合わせて面倒を見る」という条件を出した読売に気持ちが傾くが、父親が倒れて以来母と4人兄弟での苦しい家庭事情から、鎌田に早く就職してほしいと願う家族に猛反対され断念する。 読売が脱落したとわかると中日にいた佐川直行スカウトが水原監督の意を受けて猛アタックをかける。ところが佐川が提案する契約金の額を聞いたオーナーが猛反対して話は白紙になってしまう。どうしても鎌田を自身の説得でプロ入りさせたい佐川は辞表を提出して大阪タイガースに移り、引き続き鎌田の獲得に全力を挙げた。 タイガースのショートには吉田義男がおり、高校を通じて遊撃手だった鎌田は「レギュラーになれない」との思いから「大阪だけは行かない」と抗戦したが、家族が佐川に口説かれる形で話が決まってしまう。鎌田自身にとっては不本意であり不安を抱えた入団となった。もらった背番号は「41」でタイガース在籍の13年間はこの番号で通している。 ルーキーの1957(昭和32)年は、シーズン後半で控えながらも一軍にいたところ、吉田が怪我で離脱したためショートのスタメンで28試合出場している。 1958(昭和33)年には本格的にセカンドにコンバートされることが決まり、ベテラン白石長栄の控えとはいえ67試合と出場機会は増えていく。 3年目の1959(昭和34)年、白石を抜いて109試合に出場し、規定打席不足ではあったがレギュラーの座を奪った。翌1960(昭和35)年から3年間連続でフル出場、1963(昭和38)年までその地位を守っている。 ところが、1964(昭和39)年に長嶋茂雄や杉浦忠とともに立教大学のスターだった本屋敷金吾が阪急ブレーブスから移籍して来るとレギュラーを奪われてしまう。 それでも簡単に譲ったわけではなく1965(昭和40)年から1966(昭和41)年は拮抗した成績でレギュラーを争っている。 鎌田は1966年オフにトレードで近鉄バファローズへ移籍し3年間セカンドのレギュラーとしてプレーしたのち、1970(昭和45)年にタイガースへ復帰し、新人の時からなじんだ背番号「41」を再び背負うことになる。 晩年の3年間をタイガースで過ごしているが、1971(昭和46)年にはコーチ兼任となり、1972年のシーズンを最後に現役を退いた。 その後長く評論家として活躍。1993年には近鉄の総合アドバイザーに就任して2年間務めたことがある。 鎌田の通算成績は1482試合4451打数1041安打264打点24本塁打、153四球360三振で打率.234だった。 打撃には大きな特徴があり、フォアボールというものが選べない。一番多いシーズンでも571打席で25個、1961(昭和36)年は522打席で9個しか選んでいない。届くところはすべてストライクゾーンというのが鎌田。悪球を見事に打ち返すのにど真ん中が打てないという「ドカベン」の岩鬼のような打者だったらしい。 鎌田の人を知るには実際に接した人に話を聞くのが一番なので、現役を共にしたタイガースOBの本間勝さんの回想録から抜粋引用する。 「普段は、全く無愛想で箸にも棒にもかからない人間に見える時があるが、仕事をさせたら、実直で正確。寸分の狂いもなく、実に見事に仕上げる。自分の技術には絶対の自信を持つ守備の人。打ち取った打球がセカンドへ飛ぶ。平凡な内野ゴロ。グラブの真芯で捕球する。『パチン』小気味の良い、乾いた音がマウンドまで聞こえてくる。気分のいいものだ。半面、間一髪のプレー。打球を処理する時の体の切れの鋭いこと。実に見応えがあった。」「名手といわれる内野手はたくさんいたが、私が直に肌で感じ、この目でしっかり見てきた選手の中で、自然に投球のリズムを良くしてくれ、自然に気持ちを盛り上げてくれたのが、カマさん(現役時代の呼び名)のプレーだった。」 「人には真似のできないプレーも見せてくれた。バックハンドトスである。1963年の海外キャンプで仕入れてきたワザ。当時、ほんの短い距離でならバックトスをする人はいたが、五㍍前後からでも平気でトスをしたのは同氏だけ。簡単なプレーではない。手首とヒジのバランスを、よほどうまくとらないといい球は投げられない。二ゴロの併殺プレーで、二塁ベースへトスする際の、クロスプレーで行うケースが多い。大胆かつ、素早いワザ。某球団ではついていけない選手がいて、監督からストップがかかったという。」 「バッティングに関しても個性派だった。人には真似のできない打法の持ち主。決して褒められたフォームではないが、人呼んで“大根切り”打法。なにぶん、カマさんのストライクゾーン、高めの球は頭の上まであった。そのむずかしい、とんでもないボール球を、バットのヘッドを立てて、強引に振り下ろす。打法の命名はこのバッティングから。確率は低いが、これが時にはヒットになるから面白い。見ていると、つい『プッ!』と吹き出してしまうが、ベンチの中はといえば、『やったあ』の大声と拍手で大いに盛り上がったものだ。」本間氏の中では同時にプレーした印象深い選手で、このほかにもエピソードがある。あとは次のURLで読んでみてほしい。本間勝交遊録|阪神タイガースの球団発行誌「月刊タイガース」鎌田さんは2019(令和元)年8月1日9時30分、肺がんのため80歳で死去されました。ご冥福をお祈りします。 柿本 実 投手福岡県京都郡苅田町の出身。苅田高校時代は内野手だったが、豊岡セメントに就職し準硬式野球に変わる。さらに社会人野球の日炭高松に入部して硬式野球に転じている。 1959(昭和34)年の都市対抗野球本戦での好投が認められれて南海ホークスに入団。ところがルーキーだった1960(昭和35)年はたった1試合の登板しかなく、シーズン終了後には戦力外となって自由契約選手公示されてしまう。 ここに中日ドラゴンズが手を差し伸べて移籍し、近藤貞雄コーチのアドバイスで上から投げていたのをサイドハンドに変える。 これが功を奏して中日1年目の1961(昭和36)年には、17試合に登板してプロ初勝利を含む3勝を挙げた。 1962(昭和37)年、サイドが合っていたのだろう60試合に投げそのうちの40試合が先発(リーグ最多)、リリーフも20試合こなし、20勝17敗、防御率2.06の成績を挙げて周囲を驚かせる。 さらに1963(昭和38)年も48試合で21勝13敗、防御率は1.70で最優秀防御率のタイトルを獲得する。この年、柿本は28歳だった。 2年連続の20勝投手となったが、1964(昭和39)年が15勝19敗、1965(昭和50)年は9勝7敗と成績は落ちていく。 1965年のオフ、佐藤公博との交換で阪急ブレーブスに移籍することになった。しかし阪急では20試合0勝1敗に終わり、1年で戦力外。自由契約となったためタイガースが声をかけて入団が決まり、入れ替わるように近鉄へ出ていった鎌田の着けていた「41」を引き継いだ。 タイガースでは1967(昭和42)年から先発とリリーフをこなすユーティリティな投手として活躍しており、3年間で77試合(先発36)に登板、15勝11敗と戦力になった。まだ余力はあったが1969(昭和44)年のシーズン終了後に引退。柿本引退後すぐに鎌田が近鉄から戻り、再び「41」を着けることになる。 柿本はそのままチームに残って1970(昭和45)年から2年間を二軍投手コーチ、1972(昭和47)年から2年間には一軍投手コーチを務めた。 非常にメンタルが強く(というより茶目っ気があり小さなことを気にかけない性格)、コントロールも好かった。それが幸いして動揺とか緊張という言葉に縁がなかったのか、プロ生活通算で1402回1/3を投げてワイルドピッチが1球もないという記録を持っている。 通算成績は300試合(先発173)に投げて83勝71敗、1402回1/3で276四球、645奪三振、防御率2.55である。 渡辺 博敏 投手佐賀県出身で県立伊万里高等学校。高校では目立った球歴はなく、日本大学に進むが、ここでもさしたる記録は残っていない。大学卒業後は一時期教員になっていた。 しかし、野球に対しては未練があったのか、郷里に近い西鉄ライオンズの入団テストを受け、これに合格して1970(昭和45)年のドラフト外でプロ入りしている。 西鉄にはルーキーの1971(昭和46)年から2年間在籍しているが、一軍で投げる機会が無いまま1972(昭和47)年のオフに金銭トレードでタイガースへ移籍している。背番号は同年限りで引退した鎌田から「41」を受け継いだ。 タイガースには1973(昭和48)年から4年間在籍したが、公式戦では1974(昭和49)年に3試合、1975(昭和50)年に3試合しか投げていない。1976(昭和51)年には一軍での登板がないまま引退している。 通算成績は6試合0勝0敗、9イニングを投げ3四球1奪三振、自責点3、防御率3.00だった。サイドスローで小さく変化する独特のボールを持ってはいたが、高校から大学を通じて野球に専念した形跡がなく、プロで通用するものではなかったようだ。 引退後は教員だった指導力が開花し、1999(平成11)年にはアフリカのガーナでの野球指導、2003(平成15)年にはパキスタンのナショナルチームの監督に就任、2005(平成17)年からタイのナショナルチームのコーチ・監督を務めるなど活躍は国際的だ。 写真等は見つからないが「知恵袋」に西鉄入団時の記事が掲載されているので以下に掲載しておく西鉄ライオンズに不敵な新人投手がお目見えした。西鉄球団は二十三日、福岡市天神二丁目の球団事務所でテスト入団の渡辺博敏投手(22)=日大文理学部四年、181㌢、77㌔、右投げ右打ち=と正式契約をすませた。渡辺は大きなモーションから重い速球をくり出す本格派で、十一月末テストを受けていたが「先輩の佐藤さん(南海)には負けたくない」と大見えを切ってみせるたのもしさ。「思わぬ貴重な戦力になってくれそうです」と青木社長も目を細めていた。渡辺投手はことしの東都リーグ芝工大戦で2試合に登板、5イニングを無失点で押えているが、昨年までは佐藤(南海)が在学していたせいもあって、登板の機会に恵まれなかった。ドラフト会議で指名されなかったのもそのせいで、テストのおりピッチングを見た稲尾監督が「フォームの欠陥を直せば十分に使える」とほれ込んだ実力の持ち主。三塁手から投手に転向したのが佐賀県伊万里高三年のときで、速球と大小二種のカーブが主武器。 「スピードはある方だと思います。コントロールにも自信があります」といい切った。プロ野球については「動きは速いと思いましたが、なんとかやれるでしょう。一日も早く一軍入りしたいですね。小さいころからの西鉄ファンだし、あこがれのチームで投げられるのは本望です」と感想をひとくさり。自信のほどを問われて「佐藤さんには失礼だけど、在学中は練習量が少なかったし、スピードもぼくと同じくらい。あの人が新人王になれるのなら・・・」といってのけた。サイズ27(十一文半)のクツをはく大型新人である。まとめ実は2代目は鎌田さんが「41」だとは知らなかったのよ もっと若い番号だろうとおもい込んでました 今回改めて先代の原稿をまとめることで 自分の新常識となったわけよ 鎌田さん自体は鉄壁の内野陣の一人として有名なんだけど 意外と背番号知ってる世代は年配の人に限られるのかもしれないね 鎌田さんの人柄やプレー振りは本間勝さんのコラムを読むとよく判るよ柿本さんは中日で大化けしてタイトルまで取った投手だね タイガースでは知名度がないんだけど投手コーチもやってる渡辺博敏さんは アマチュア時代の情報もほとんどないしプロでも6試合しか投げていないので どういうタイプかも分かんないね ただ外国の代表チームの監督になるなど指導力は買われてたみたいではこれで背番号「41」の2回目を終わります 次回3回目は2代目の知らない選手ばかりだけどまた3名を紹介するね 背番号41―3に続く ブログを応援してくださる方はこちらから❤
2026.05.14
コメント(4)

2026年5月13日(水)ヤクルト4-2阪神 8回戦 神宮(阪神5勝3敗)2代目タイガース非公式サイトですみなさんこんばんは 残念な試合だったね 勝てるゲームだったのになあ すべて桐敷投手とモレッタ投手がぶち壊しちゃったね 遥人投手は無失点途切れるも好投初回に自らの暴投が絡んで1点を失い 連続無失点記録は32イニングで途切れちゃいました でも特にがっかりした様子もなくそれ以降は6回まで無失点 三振11個を奪う力投だった 打線が3回表に2-1と逆転したので勝ち投手の権利をもってマウンドを降りました このあと1点差だけにどう凌ぐかはベンチにかかってるね8回の悪夢7回裏は湯浅投手が3人で締めて迎えた8回裏 桐敷投手が出てきます5月8日の試合で9回一挙8失点の火をつけてるだけに 挽回しないといけない立場なんだけどまたやらかした先頭の武岡選手にヒットを打たれ二盗を許すと石井選手に同点タイムリーを浴びます さらに澤井選手にはデッドボールで無死1・2塁のピンチ 鈴木選手は三振に取ったけど 1番の丸山選手のヒットで満塁よ ここでたまらずベンチはモレッタ投手に交代させるんだけど・・・モレッタ選手は代打の古賀選手に押し出しのデッドボールで2-3と勝ち越され 増田選手には犠牲フライを打たれて2-4になっちゃったよ もうガックリだわ! 打線は9回表に福島選手の2ベースと高寺選手のフォアボールで二死1・2塁と粘ったんだけど森下君がキャッチャーファウルフライでゲームセット打線組み換えの効果も1日天下前日と同じ打線で臨んだけど中盤以降は効果なし そもそもこの打線をなぜ組んだのか意味は好く分からなかった 元のように大山さんを5番に戻さない理由がね・・・ これで次の試合で元通りの打線に戻すのなら監督さんもちょっと問題だよ 意地でも次の試合も今の打線で行くと信じてますけど どうなのかな?投手リレーも1点差で3イニング 湯浅投手のあとなぜドリス投手と岩崎投手じゃなかったのかも分かんない 明日試合ないんだし 今日のゲームを表現するとこんな表情かな・・・ブログを応援してくださる方はこちらから❤
2026.05.13
コメント(0)

2026年5月12日(火)ヤクルト0-10阪神 7回戦 神宮(阪神5勝2敗)2代目タイガース非公式サイトですみなさんこんばんは 大山さんを復帰させるとともに打順を変えたね 森下選手を2番 中野選手を5番に入れて 池山監督じゃないけどバントしない打線を組んだって感じだよ 実際に今日は犠打ゼロだったわそして西勇輝投手が6回無失点 リリーフ陣も得点を与えず完勝しました ヤクルト打線は少し下降してるように見えました高寺選手が初回先頭打者ホームラン 今日嬉しかったのはまず高寺選手のホームラン 近本さんの代役として1番に入る中での2球目のファーストストライクを先頭打者ホームラン! 他にフォアボール2つ選んでいい働きしてるのよ大山さん復活の一発今日は4番でスタメンに復帰した大山さん 初回一死後3番に入った佐藤選手がピッチャーを破壊する内野安打で出塁するとセンターへツーベース!佐藤選手が1塁から一気にホームインして初回2点目だよ 大山さんはこれで終わりません 8回二死ランナー無しの場面でレフトスタンドへ第5号2ランホームラン 5-0と試合を決めるダメ押しね そのあと9回の5点はおまけみたいなもの7回の2点は嶋村選手のプロ初ホームラン前の試合でプロ初タイムリーを打ってお立ち台に立った嶋村選手 捕手なんだけどもともと打撃を買われて育成2位で入団 今年支配下に入って背番号「85」になってるのね 身体は大きくないけど一発放り込む力がある魅力的な選手 今日も7回二死ランナー1塁の場面に代打で登場しました そしてカウント1-2と追い込まれた4球目の152キロストレートを見事に捉えてレフトスタンドへスタンドへ2ランをぶち込んだのよ 2代目は神宮での3連戦でホームラン打つんじゃないかと密かにおもってましたよ! 何となく近藤健介選手のようなバッターになりそうな雰囲気を感じる選手だわ 肩が強いから外野も守れるし レフトのポジション争いが益々おもしろくなりそうね 今は代打で結果を出し続けることが大事!打線組み換えが吉と出て二けた得点もう上の三つで大満足 9回はヤクルトの投手陣もメロメロで5点のビッグイニングになって試合を決定づけたね西勇輝さん6回2安打無失点で2勝目今季の復活はお見事だわ 今日は1四球と2死球があったけど それを得点に結びつけさせない投球で6回74球で2安打ピッチングは大したものよ こういう投球内容なら 今年は久しぶりに二けた勝てるんじゃないかとおもう もちろん西さんの場合は6~7回まで投げてくれれば十分 ローテの穴を埋めるだけの力が復活したのは心強いよブルペンも無失点で完封リレー桐敷さんは汚名挽回 工藤投手は相変わらずヒット打たれるんだけど得点は射せない 最後は湯浅投手が締めて試合を終わらせました これで首位返り咲きです! 素晴らしい勝利で3連戦の頭を取れたのは大きいよね しかもヤクルトとの直接対決だけにね ぜひあと2つ取りに行こう! ということで今夜は「二代目体形」の制服ショットを特別に掲載します ご堪能あれブログを応援してくださる方はこちらから❤
2026.05.12
コメント(0)

みなさんこんばんは 本日は試合が無いので背番号史「41」を開始します 公式戦の合間を縫っての掲載なので週1回ペースになるけど だいたい月曜から火曜になるとおもうので忘れずにチェックしてね背番号41(その1)2代目タイガース非公式サイトですみなさんこんにちは 背番号41を始めますよ この番号も1950(昭和25)年に始めて着けられたのね 2リーグ分裂に伴って球団数も増えたから選手の需要が高まり 多くの選手を入団させた結果 各チームが大所帯になったので40番以降の番号がどんどん使われたわけ 選手をかき集めた時代だから 使えない選手はすぐクビになったり いきなり壁に当たって1年や2年で引退しちゃうってことも多かったのよ 第1回目はそういう感じで3名の紹介になるよ それでは背番号40を開始するね 最初の選手は名字の読み方すらわからない・・・杣田 登(そまだ又はそまた のぼる) 内野手非常に珍しい姓で、読みは「そまだ」または「そまた」の2つがある。この選手がどちらの読み方なのかはわからない。Wikipediaにも項目がないのでWEB上で探さなければならない。幸いなことに画像を検索すると選手名鑑が見つかるので掲載する。 郡山高校の出身なので奈良県か。1959(昭和24)年に阪神の二軍に入ったとなっているが練習生のようなものだろう。守備については褒められているので、ユーティリティ能力の高い内野手で右投げ左打ちの器用な選手だったと想像はできる。だが、身長は162センチくらいで入団後はバッティングの方での成長が見られなかったのかもしれない。別の資料 (Baseball Chronicle)では生年月日が1932(昭和7)年3月15日で右投げ右打ちの内野手となっているものがあり、姓には「そまだ」と濁点があるフリガナが見られる。NPBのプロ野球在籍者名簿によれば、」背番号をもらったのは1950(昭和25)年。そこから1953(昭和28)年まで4年間在籍したこととして掲載されている。一軍公式戦への出場はなく、全く数字は残っていない。引退後は引き続き球団に残っており、二軍マネージャーを経て1962(昭和37)年1月には一軍マネージャーに昇格している。さらに同年3月、甲子園球場のすぐ東に初代「虎風荘」が完成すると最初の寮長に就任している。(1984年に鳴尾浜にできた2代目「虎風荘」の初代寮長は梅本正之氏)現在わかる範囲では以上のような情報ぐらいで、頼みの「yahoo知恵袋」にも全く関係項目はなかった。 髙木 睦雄(むつお) 投手大阪府出身。球歴などはどこを探しても見つからない。1933年8月13日生まれで右投げ右打ちの投手。NPBのプロ野球在籍者名簿を見ると1954(昭和29)年の1年間だけ在籍となっている。もちろん一軍公式戦の出場はない。非公式だが1955(昭和30)年も在籍していたとする資料も見つかる。yahoo知恵袋には「高木睦雄 右投右打 昭和8年8月13日 身長165センチ(五尺五寸) 体重66㌔(17.5貫)大鉄高」という記載が発見できる。画像などの資料も一切なく、ここに書いたものしか見つからなかった。 米田 哲也 投手(再再掲)米田は1975(昭和50)年シーズン途中から1976(昭和51)年にかけて在籍したあの350勝投手。1975年が背番号「38」、1976年は背番号「21」で登録されており、このタイガース背番号史でも2度紹介済みである。背番号史を読み返してもらうとわかるが、米田は1955(昭和30)年に阪急ブレーブスと契約し、そのあとタイガースとも契約してしまうという二重契約問題を起こした際に、タイガースは背番号「41」を一旦与えているらしい。実際に12月22日にセリーグ連盟にも登録されたという。タイガースに入団したと思い込んでいる米田は、1956年1月10日から甲子園で始まった合同自主トレに参加しているし、その時の米田の写真も残っている。ユニフォームの前に番号がついていないが、背番号は「41」だったという、実はその時のインタビューも残っている。阪神で十分やる気になっているのが面白い。記者 「いよいよ阪神入りを決めた?」米田 「はい お騒がせして本当に済まないとおもっています 今はすべて阪神にお任せしています」記者 「いい人生経験になったろう」米田 「いや、こんな経験はしたくないですね 僕の田舎(鳥取県西伯郡大篠津村)の方じゃプロの難しい契約規則なんて知らないですし 仮契約とか統一契約書と言われても・・・ 父もまずいことをしたと言っています」記者 「阪神に決めた理由は?」米田 「阪急さんに比べてチームカラーがはっきりしているところ 同じプロの世界に入るなら阪神のように人気のあるチームにと思いました それに田舎では阪神ファンが多かったし」しかし、阪急側も12月27日にコミッショナーに提訴しており、しばらくしてストップがかかり、1956年2月13日のコミッショナー裁定によって阪急への入団の形で騒動は決着している。タイガースとの契約は無効となり、「41」は幻の番号となってしまった。結局1936年のタイガースにおいては背番号「41」は事実上欠番状態とされている。思わぬことで3回目の登場となったので成績などは割愛した。米田については以下のURLで参照していただきたい。タイガース背番号史 38-3 | 2代目タイガース非公式サイト - 楽天ブログまとめまとめるもなにも 最初っからさっぱりわからないような選手が2名だよさらに3人目の米田さんも わけのわかんない二重契約で「41」をもらいセリーグ連盟に登録までしちゃってる しかもこの発言は相当なものよ 「同じプロの世界に入るなら阪神のように人気のあるチームにと思いました それに田舎では阪神ファンが多かったし」 これ言った後でよく阪急さんに行けたもんだわ でも米田さんをのどから手が出るほど欲しかった阪急さんはおとがめなしだろうね 米田さんもその後の成績を見ればおつりがくるくらい働いてるし 米田さんについて詳しく知りたい人は 上にも書いたけど「38-3」で見てね背番号41―2に続くブログを応援してくださる方はこちらから❤
2026.05.11
コメント(2)

2026年5月10日(日)阪神3-0DeNA 7回戦 甲子園(阪神3勝4敗)2代目タイガース非公式サイトですみなさんこんばんは 抑えるべき人が抑え 打つべき人が打つとゲームが締まるね! でも近本さんと大山さんのいない打線は やっぱり迫力やつながりに物足りなさを感じてしまうなあ・・・そんな中で嶋村麟士朗選手が初打点のタイムリーを打ってくれたのは嬉しいよね 代打の層が薄いと言われてるだけに これからも頑張ってほしいとおもいます打線は4回までノーヒットDeNAの先発・石田投手の出来もまずまずだったので簡単に打てなかったようね 一方の才木投手はしっかり三振が取れてるのでボールに伸びがあったから中盤まで投手戦になりました先制点は才木投手のスクイズ0-0のまま迎えた5回裏 木浪さんと梅野さんが連続ヒットで無死1・2塁のチャンスをつくります 小幡さんがのセカンドゴロでランナーは1・3塁にここで打席には才木投手 なぜかDeNAバッテリーは真ん中付近に3球続けてきたよね 3球目が緩いシンカーで才木投手はスリーバントスクイズ! 1塁線にうまく転がしたわ これで木浪さんが帰って1点先行できたのは好いけど追い打ちができなかったから前の2試合のこともあって少し不安 今日は1・2・3番が機能しなかったしね6回裏佐藤選手の第10号も価値ある一発佐藤選手の当たりは最初センターフライかなとおもったんだけど 上空は好い風が吹いてたようだし 左中間方向へのテル君の打球は伸びるのね 見事にスタンドに飛び込む第10号ソロホームラン 1点とは言っても5回に続いてすぐ追加点が入ったのは大きいわ それにしても 佐藤選手のフォームは全然力が入っている様に見えないね すうっと振ってるんだけどヘッドが走ってスイングスピードは高速 なんだか達人の域に近づいている感じがしてしまう 来季はやっぱメジャーへ行くべきかなさらに7回裏 代打嶋村選手が貴重な追加点この1点もDeNAにとっては利いたとおもうよ 先頭の梅野さんが今日2本目のヒットで出塁して小幡選手がバントで送っておぜん立て 9番才木投手に変わって嶋村選手が代打起用されます 打席ではボールも見えていたのか 際どいボールはファウル4つで粘ったよね そして8球目の外角低めストレート 少し甘い感じだったけど逆らわず逆方向に打ち返すタイムリー! 残り2イニングで3-0にしたのは好い仕事だったよ8回9回は勝ちパターンを投入 才木投手が7回3安打無失点10奪三振でマウンドを降り 8回表は岩崎さんが出てきました 一体いつ以来かとおもったら最後に投げたのは4月25日だったのよ 2週間以上開いちゃってたんだね 先頭にヒットを打たれ 代打ヒュンメル選手を迎えますがショートへのゴロ 小幡さんの好守もあってゲッツー 三森選手もファーストゴロで結局3人で抑えました 続く9回はドリス投手 一死から佐野選手と宮崎選手に連打を浴びるんだけど 山本選手をレフトフライ 最後は京田選手を三振に仕留めてゲームセット 終わってみれば完勝と言えそうね!次週前半は首位攻防さて12日からは神宮へ乗り込んでの首位ヤクルトとの3連戦 タイガースは今日の時点で1ゲーム差の2位だから 最低2勝1敗がノルマだね タイガースの選手の誰かこのブログ見ててくれないかなあ・・・ブログを応援してくださる方はこちらから❤
2026.05.10
コメント(0)

みなさまに お礼とお願い2代目タイガース非公式サイトです唐突ですが みなさんありがとうブログの一番下に「いいね」っていうのがあるよね 長い間ずっとほぼゼロだったんだけど 最近ようやく押してくださる方が出てきて感激してるのよブログを書いてると「皆さんの反応がどうなのかな?」と気になるときもあったりするのね・・・そういういみで「いいね」は大歓迎だし たくさんの方に押してもらえるとますます励みになって意欲がわいてくるとおもうご面倒かもしれませんが 訪問してくださってる皆さんへのお願いです ぜひお立ち寄りのさいは「いいね」をプッシュ!忘れないでね それと「コメント」は短いものでも結構です 必ずお返事いたしますので 気が向いたら入れてみてくださいまたさらに図々しく 「ランキング」のプッシュもぜひ!では またブログに来ていただくのを心からお待ちしてますブログを応援してくださる方はこちらから❤
2026.05.10
コメント(0)

2026年5月9日(土)阪神1-10DeNA 6回戦 甲子園(阪神2勝4敗)2代目タイガース非公式サイトですみなさんこんばんは 二日続けて後味の悪いゲームになったね 手短に感想を残しておきます この時期なのでまだ焦ることは無いのかもしれないけど もうじき交流戦が始まるから ちょっと心配にはなるからね 大竹さんは好かったのか悪かったのかなにしろ7回表を投げ終わって63球だったのよ いつものごとくDeNAの打者は早打ちってこともあるけど やっぱ少ないよね 完全に完投ペース ヒットは結構打たれるんだけど ここまでは変化球でうまくかわしていたのは間違いないわ でも大竹さんの場合は取られるときは1点で済まないケースも多いのよ なので8回はドリスさん 9回は岩崎さんでいくかなとおもったのね ところが藤川監督は続投 大竹さんの球数などから見て間違ってるとは言えないし なにが正解だったかわからないゲームなので気持ち悪いのよね 監督は大竹さんについて「かみ合わせの問題でしょうね。ピッチングとしては十分」と言ってたようだけど なら采配はどうなの?って言いたいところそもそも打線が下降線なんだとおもう近本さんが骨折で抜けてから打順を組むのに苦心してたわけで さらに今日は大山さんがベンチ 直近11打席無安打というのが理由かどうかも不明で 今日は9回に代打の準備だけはしてたけどね 代りに5番に入った前川君が初回のチャンスに見逃し三振というのを見ても やっぱり大山さんの代役はまだ荷が重そうだしなあ しかも大山さんがいないから 森下選手や佐藤選手のフォアボールが増えていた感じがあるのよ こういうのが続くとヤバいよアンパイアのストライクゾーンも・・・今日の主審吉本さんの判定も 全体に高さもコースも甘かった感じだったよね 両チームに結構見逃し三振があったのはボールとおもって見送ったのをストライクに取られていたのがあったからよ 8回の森下選手なんかかなりイラっとしてた心配なのは大山さんね・・・大山さんの状態が好く分からない ベンチを温めた原因が好く分かんないから余計に心配だわ 試合後に藤川監督は「バンテリンで少しデッドボール、交錯があって少し休養が必要かなというような判断になりましたので」という説明をしているのね さらに 「本人はもちろんゲームに出たいし、出なきゃいけないという責任感はあるんですけれど、コンディションの部分ですね。あす以降また、どうなるかというのは、またこの後ですけど」 これはバッティングの調子の意味なのか フィジカルな面なのか そういうところは話してくれませんでした 9回にはネクストサークルに出てきたから 前の打者が出塁すれば打席に立ったのかもしれないけど・・・・とにかく明日 3連敗は許されないよ!才木投手 連敗止めるのはあなたしかいない!ブログを応援してくださる方はこちらから❤
2026.05.09
コメント(0)

2026年5月8日(金)阪神1-10DeNA 6回戦 甲子園(阪神2勝4敗)2代目タイガース非公式サイトですみなさんこんばんは 振り返るのも不愉快な試合だよね エラーが点に絡んでるし 最後の反撃をしようかという直前の9回表に絶望的な8失点! もう機械的に記録に残すだけのような試合だよ なんか今夜は眠れなくなりそう4回 エラーが重なって2失点3回までは0-0の展開だったけど 4回表に試合が動きました一死から佐野選手がボテボテのファーストゴロを打ったんだけど 大山さんの送球がワンバンになってベースカバーの村上投手が取れなかった 大山さんのエラーが記録されたわ次の宮崎さんはファウルで粘ってきたけど三振で二死1塁になったところで5番山本選手がレフト前ヒット これで1・2塁ね 続く6番京田選手の打球が問題 フラフラっとレフト方向へ上がりテキサスヒットになったんだけど レフトの福島選手がはじいてしまったのよ スタートを切っていた1・2塁のランナーが次々ホームインしてしまって0-2と先制されたのね6回裏 森下選手の第9号で1点差に2回裏のチャンスを逃したタイガースは0が並んでいく 平良投手はそれほどいい出来とは感じなかったけど決定打が出ないのよ6回裏 先頭の森下選手が初球の甘い球を引っ張って左中間スタンドまで運ぶ第9号ソロホームランで1点差に追い上げます そのあとテル君がフォアボール 一死後に福島選手がデッドボールで ランナー1・2塁になると DeNAはルイーズ投手に代えてきたねこういうところはDeNAらしくてどんどんリリーフつぎ込んでくるのよね9回表に一挙8点って目も当てられない!村上投手はエラーがらみで取られた2点だけで7回までしっかり試合を作ってるのよね エラーによる失点だから自責点は0だし 8回表は工藤投手が危ないながらも切り抜けて あとは9回表を抑えて最後の攻撃に賭けたいのに・・・ ここからは細かいことを書く気がしないわ この回だけで6安打1四球 桐敷投手が一死も取れずに3点を許し 満塁のランナーを残して畠投手に交代させると度会選手に2点タイムリー さらに宮崎さんにトドメの3ランを浴びて1-10ってあっけにとられたよ 自責点は桐敷投手に6点 畠投手は2点となります勝ち運の無い村上投手が心配今シーズンの村上投手はホント勝ち運がないね 2回裏のチャンスには自身の打席が回って来て三振でチェンジエラーでの失点にも腐らず7回まで力投して反撃を待っても最後はボロボロ これで1勝3敗になっちゃったよ特に今日は全体に気の抜けたゲーム運びだから監督さんもお冠じゃないかな明日は大竹さんに期待しようブログを応援してくださる方はこちらから❤
2026.05.08
コメント(0)

2代目タイガース非公式サイトですようやくゴールデンウィーク9連戦が終わったわ タイガースは5勝4敗とかろうじて勝ち越せてよかったね ゲーム差は0だけど首位をキープということで今日は移動日 久しぶりに「猛虎異人伝」を掲載するんだけど これからも飛び飛びでの掲載になるので見落とさないようにチェックしててね!列伝65 エドワード(エドゥアルド)・ペレスEduardo Atanasio Perez (2001)生年月日:1969年9月11日身長体重:193cm、93kg背番号9 右投右打 内野手出身地:アメリカ合衆国オハイオ州シンシナティ フロリダ州立大学所属球団:阪神(2001)阪神在籍:1年 52試合167打数37安打19打点3本塁打22四死球48三振3盗塁 打率.222(1)定着できないサードのポジション 阪神は、トーマス・オマリーの退団以来サードのポジションが固定されず、毎年外国人選手をあてにして来た。オマリーのあとエドワード・ペレスが入団するまでの変遷を整理すると次のようになる。スコット・クールボー(1995~96)クレイグ・ワーシントン(1996) クールボーの不振によりシーズン途中入団フィル・ハイアット(1997) 67試合の出場にとどまるリード・シークリスト(1997) ハイアットの不振によりシーズン途中入団デーブ・ハンセン(1998) 121試合に出たが17失策を記録 1年で解雇マイケル・ブロアーズ(1999) 打撃不振でシーズン途中退団ハワード・バトル(2000) けがのためシーズン途中帰国マイカ・フランクリン(2000) バトル帰国のためシーズン途中日本ハムから移籍ジェイソン・ハートキー(2000) バトル帰国のためシーズン途中入団6年間で実に9人もの外国人選手が入れ替わってサードを守っている。現実にはペレスも1年で解雇され、その補充であるスコット・エバンスを経て、2002(平成14)年にジョージ・アリアスや片岡篤史が入団することで、やっと一段落することになる。(2)父親はメジャー殿堂入りのトニー・ペレス2001(平成13)年、ペレスは3年目の野村阪神に期待を持って迎えられた。それは、年俸約6600万円とはいえ2年契約だったことでも察することができる。偉大な父親 トニー・ペレス なにしろ、父親はシンシナティ・レッズなどで活躍し、メジャー通算で2732安打、379本塁打、1652打点という輝かしい記録を残したトニー・ペレスである。2000年には野球殿堂入りを果たし、同年、レッズが監督に迎えてレッズ在籍時の背番号24を永久欠番にしたほどの名選手だった。しかし・・・その素質は受け継がれていたのだろうか?エドワード・ペレス(3)親の七光りが通用しない世界息子エドワードは、1991(平成3)年のドラフトでカリフォルニア・エンゼルスに指名されてプロ入り。1996(平成8)年にはかつて父親がプレーしたレッズに移り、さらに1999(平成11)年からセントルイス・カージナルスでプレーしていた。 メジャーでは8シーズンで383試合で1008打数246安打159打点37本塁打、打率2割4分4厘というのが通算成績である。日本球界に活路を見出さなければならなかった理由も分からなくはない。実力の世界だけに偉大過ぎる父親の名声が重荷になる場合もあるだろう。2001年1月29日の来日会見では、外国人選手が長続きしない近年の阪神について、「自分はそうならないつもり。阪神で数年はやる」と頼もしく語ったが、オープン戦は打率2割、ホームラン1本と好結果が出せずに終わり、7本塁打を記録したイバン・クルーズと明暗を分けた。なおペレスの本名は「エドゥアルド」だがNPBでの登録名は「エドワード」となっている。(4)公式戦でも一向に長打が出ないペレス公式戦開幕からしばらくは5番に入っていたが、調子の上向かないクルーズに代わって4月20日から4番に抜擢される。と言っても、まだホームランは出ていないし、目立った働きをしていたわけでもなかった。4月21日の中日5回戦、3対3の9回裏にやっと見せ場が来た。阪神は9回二死走者なしと追い込まれたが、ここから中日の守護神・岩瀬が乱れ、赤星に死球を与えると、続く今岡にレフト前ヒットを許して一・二塁とお膳立てが整う。ここで打席に入った4番ペレスは、詰まりながらも三遊間を破るサヨナラヒットを放ち、阪神は2位タイに浮上した。少しは存在感を見せたペレスだったが、相変わらずホームランが出ない。これでは、いつまでも4番というわけにいかず、5月に入るとクルーズが4番に戻り、ペレスは3番に落ち着く。(5)5月に入ってようやくエンジンがかかるが・・・阪神は、4月25日から7連敗を喫し、5月3日には早くも最下位に転落するが、ここで喝を入れたのがペレスだった。その場面は、5月4日の中日7回戦、0対3と劣勢で迎えた7回裏。二死ながら二・三塁のチャンスで打席に立ったペレスは、中日の2番手岩瀬から左中間に同点3ランを叩きこんだ。シーズン開幕から29試合目、実に121打席目の来日第1号だった。阪神はここから粘り、延長11回の末サヨナラ勝ちを飾る。連敗を7で止め、1日で最下位を脱出している。しかし、この一撃も復調のきっかけにはならず、不振が続いたペレスは5月16日から3試合スタメンを外される。これに発奮したのか、5月19日のヤクルト8回戦でスタメン復帰すると、3回に第2号ソロで意地を見せた。(6)上向かないチーム 苛立つファンも不穏なムードにところで、当時の阪神は低迷が長く、1998年から3年連続最下位に沈んでいる。2001年もシーズン序盤から最下位争いになり、ファンのフラストレーションが蓄積されていた。5月18日のヤクルト7回戦では、3対14と大敗した試合後、怒りのはけ口を求めた阪神ファンがスタンドからメガホン、紙コップ、果てはピーマンまで投げ込んだ。5月19日は久々に快勝したが、その翌日、2対1とリードしながら9回裏に追いつかれ、10回裏にペタジーニのサヨナラ3ランを浴びて敗れると、一部のファンは黙っていなかった。首脳陣や選手が移動用のバスで神宮球場を出ようとしたところ、信じられないサヨナラ負けに怒りが収まらない阪神ファンが取り囲んだ。「野村辞めろ!」を連呼して、警備用のラバーコーンを投げつけるなどの行動に出たため、警察官が出動して一時騒然となった。ペレス、クルーズが貢献していないチーム状況、長年の低迷に対するファンのいらだち、観客動員数の減少など、憂慮すべき事態に球団も窮地に陥り、水面下で新外国人選手の補強によるテコ入れが検討されることになる。(7)低迷を続けるペレス エバンスの獲得でお払い箱ペレスは、5月26日の巨人11回戦で第3号が出て、いよいよ手ごたえを掴んだかに見えた。ところが、その翌日の巨人12回戦、1対5の劣勢で迎えた7回裏、1点を返してなお二死一・二塁のチャンスに登場すると、ボール球を空振りして三振に倒れる。「あんなくそボールを振るなんて・・・・」、状況を考えないプレーを嫌う野村監督は呆れ、次の広島戦からしばらくの間ペレスを使わなかった。 ペレスはキャンプ中から痛めていた左ひざが悪化し、この頃は限界に近づいていたようである。阪神が、6月8日にトム・エバンスと契約したことで、ペレスの処遇は決まった。18日には一軍登録を抹消され、翌日、ひざの治療を理由に一時帰国する。診断の結果次第では、再来日してチームに合流する可能性も残っていたが、結局7月に手術を受けたためシーズン内の復帰のめどは立たなくなり、公式戦終了後の10月17日、阪神はペレスの解雇を発表している。 結局52試合167打数37安打10打点3本塁打というのが日本での成績だった。 2002(平成14)年にはひざの故障が治り、カージナルスでメジャーに復帰。引退まで6年間プレーしている。(8)あの名投手たちをカモった驚きの秘話NPBでのペレスは不思議と中日の岩瀬に相性がよく、サヨナラヒットや同点3ランなど、他の選手が全く手に負えない中で一人気を吐いたのが印象的だった。 さらにメジャーに戻ってからはランディ・ジョンソンを得意にしていたという。もともと左投手が好きなのかもしれないが、ジョンソンに対しては2005年4月19日に2打席連続ホームラン(3打点)を浴びせるなど、通算27打数8安打、4本塁打、7打点、2二塁打を記録している。エドワード・ペレス[完]ペレスの年度別打撃成績 ペレス選手は「タイガース背番号史9-5」で紹介済みですね 覚えてました? でも今回は少し肉付けさせてもらって紹介してます 読んでいただいてる方は何となくお判りとおもうけど背番号史は何名かを列記してるので少し控えめ 異人伝は一人づつの紹介なので濃い内容を心掛けてるのよね でもって今回のペレスさん お父さんがスーパースターで殿堂入りなんてプレッシャー過ぎるわよ ペレス選手がタイガース入りする前年に殿堂入りって 息子にとっては重すぎる・・・精神的には長嶋一茂さんや野村克則さん状態なんだろうね ちなみにタイガースには2015~16年に在籍したネルソン・ペレス選手がいるのよ ちょうど10年位前ね お間違いのないように・・・と言ってもこっちのペレスさんも大半の人は記憶にないんじゃないかとおもう 背番号は「95」だからご紹介までは当分お待ちくださいブログを応援してくださる方はこちらから❤
2026.05.07
コメント(0)

2026年5月6日(水)中日0-2阪神 9回戦 バンテリンドーム(阪神7勝2敗)2代目タイガース非公式サイトですみなさんこんばんは タイガースが高橋遥人投手 ドラゴンズが高橋宏斗投手 この2人が本来のピッチングをすれば両チームとも容易には点が取れないことが予想されるよね この試合は両投手に焦点を当てて振り返るよ序盤は予想された展開で始まっていったわやはり手強い高橋宏斗投手1回表 タイガースは一死1・3塁のチャンスを作り 佐藤選手が初球内角高めのやや甘いストレートを痛烈に打ち返したけどセカンドライナー 飛び出していたファーストランナーの森下選手が帰塁できずにゲッツー取られました これは仕方ないんだけど 4回表に一死1塁で回ってきた佐藤選手の第2打席の配球が唸らされたのよ 第1打席でストレートにタイミング合ってるなと感じたからだとおもうけど 2打席目はスプリットを3球続けて そのあとにカットボールを1球はさみ またスプリットでフルカウント そして勝負球もスプリットで明らかに三振取りに来てる テル君は空振り三振! 1打席目に好い当たりされたストレートを一切使わず すべてコースギリギリで出し入れする際どい球ばかり この中日バッテリーの配球と宏斗投手の制球は敵ながら圧巻だったよ高橋遥人投手も好投で5回まで両軍無得点タイガースの遥人投手はいつもながらのピッチング とにかく制球力が抜群ですぐに投手有利なカウントに追い込んでしまうからフォアボール出すような気配すら無いのよね 5回まで打たれたヒットはシングル2本で奪三振が6個 4回裏は先頭に出塁されたんだけど後続をぴしゃりと抑えてセカンドすら踏ませない もう完ぺきに近い内容でした6回表 タイガースが2点を先取!0‐0で迎えた6回表の先頭は遥人投手 自らレフト前ヒットで出塁しますこのチャンスで打順は1番高寺選手に戻り1球目にバントの構えを見せて揺さぶってから 2球目真ん中高めの見逃せばボールかもしれない高さの152キロストレートを叩いたんだよね これがライトスタンドに飛び込む今シーズン第1号2ランホームランに! 啓人投手の失投というより 高めで空振りかフライを狙ったつり球みたいなボールをある程度予想して思い切りよく振った高寺選手の勝ちだとおもうエースの意地?宏斗投手7回も続投6回表に2点を失ったものの 井上監督は6回裏先頭の宏斗投手の打席に代打を送らず続投を命じたわ これはエースとなる選手に対して大事なことなのかもしれない7回のマウンドに立った宏斗投手はタイガースの下位打線7番から9番まで3者三振! 7回まで109球で13奪三振だよダメ押し点が取れないタイガース驚いたことに宏斗投手は8回表も続投してきたんだけど 一死から中野選手と森下選手が連続ヒットを浴びせて 一死1・2塁のチャンスを作ってテル君の打席この打席でも宏斗投手はストレートを1球も投げてこない スプリットとカットボールの組み合わせだけで空振り三振に仕留められました 15個目だ! 大山さんもセカンドフライでチェンジ 宏斗投手はここまで131球だけど やっぱ簡単には点とれないのよ 8回投げ切ってマウンドを降りたね遥人投手完封で4勝目!タイガースの高橋遥人投手の方は8回裏を三者凡退で抑え 無失点のまま9回裏のマウンドへ登ったよ この時点で94球ストライクを先行させてどんどん追い込んでいくピッチングはまったく変わらないわ 凄いとしか言いようがない 山本選手をライトフライ 阿部選手をサードゴロ そして最後のバッター福永選手をファーストゴロに仕留めてゲームセットなんと今シーズン4度目の完封! 被安打2 無四球 108球 2塁ベースすら踏ませないんだから手の打ちようがない ここまでくると怪物だね 3連敗を回避できたのは大きいね! 遥人投手はこれからも無理させないで大事に1シーズン使ってほしい でも理想的な球数で投げ切ってるし 心配ないかな?ブログを応援してくださる方はこちらから❤
2026.05.06
コメント(0)

2026年5月5日(火)中日7-3阪神 8回戦 バンテリンドーム(阪神6勝2敗)2代目タイガース非公式サイトですみなさんこんばんは 連敗しちゃいました 昨日と同じ3-7のスコアというのもなんか頭に来るね💢今日はホームランで先制できたけど ドラゴンズの金丸投手が落ち着いたピッチングで連打を許してくれないので 淡白な攻撃で終わりました初回 森下選手が技ありの第8号ソロ 初回 二死から森下選手に一発出たね フルカウントまで行って決め球にインコースのストレート シュート気味に低めに食い込んでくる球を フッとすくいあげる感じで打ち返すとレフトのホームランウィングへの先制第8号ホームランになりました 次の写真を見るとボールが楕円に潰れてバットにくっついてるみたい!すごいよ 凄く厳しいコースに来たボールを技術で打ち返した一撃だったね グングン成長している森下選手に関心します早川投手 テスト不合格まだシーズンの序盤なだけに 藤川監督は昨日の門別投手や今日の早川投手などを一軍に呼んでテストしてるように感じるねその早川投手は初回に1点もらって 2回裏にボスラー選手に同点ホームランを許します ソロなのでとりあえずは同点の状況を維持していくのが仕事 それが3回裏 田中選手の内野安打のあと一死を取るんだけど カリステ選手~福永選手に連続フォアボールで満塁にしてしまって村松選手の3点スリーベースを浴びて一気に3点を勝ち越されてしまったわさらに4回裏 先頭の土田選手にソロホームラン 次の田中選手にフォアボールを出したところで監督さんは見切りをつけたようね 椎葉投手に交代でした前川選手 今季第1号ホームラン前川君にやっと出たね 7回裏二死の場面でドラゴンズはまだ金丸投手が投げていました 初球ストレートを空振り 2球目が高めに107キロのカーブが外れてカウント1-1となって 3球目が真ん中付近への125キロスライダーだった 2球目に緩い球が来たことで 3球目のスライダーに対し突っ込むことなく引き付けて打ち返せたね 右中間のウィングへソロホームランになりました 左投手から打てたのは大きな収穫だよ どんどん調子を上げてほしいな及川投手 モレッタ投手 ともに不安この二人は復調したとまで言い切れない内容だったなあ 及川投手は先頭の村松選手にフォアボールを出し 一死からボスラー選手にライト前に運ばれてランナー1・3塁としちゃった ここでい石伊選手に犠牲フライを打たれて7点目を許したのよ そもそもフォアボールの少ない投手で 昨年はポンポンと2球で追い込む場面が多かったのに 今シーズンは球数が多いよ まだ修正が必要だわモレッタ投手は投球後に極端に身体が一塁側に流れてしまうのは治らないのかな 投球自体もリリース前に身体が開き気味でボールが見やすい気がする 今日は先頭にヒットを許してしまって最後ダブルプレーで終えたけど すべての球が高いのよ リリースポイントが早くなってるんじゃないかな?最終回に佐藤選手第9号ソロホームラン焼け石に水ではあるけど こどもの日のこの試合 球場に来た子供たちへのファンサービスだよ 3打席目までは冴えなかったけど最後に見せてくれました テル君にはウィングなんて関係ないね ライトスタンドの奥の方へ打ち込む第9号は森下君を振り払って単独トップ 試合の結果はともかくテル君にはこの状態を維持していってほしいね中日に連敗は痛い!明日の遥人投手に踏ん張ってもらおうここで躓くとは思わなかった ヤクルトも負けたから順位は変わらないけど セ・リーグ全体に差が詰まってきそうな感じだね 明日の遥人投手には頑張って連敗を止めてほしいよね 3週間後にはセパ交流戦が始まるから 首位で安定した状態で臨めるようにもう一度2勝1敗のペースを取り戻していくのが大事だよ!金丸夢斗投手について2代目は2024年9月27日のブログでタイガースのドラ1候補ナンバーワンとして金丸投手を紹介してるのね 実際当時から将来のエースとして惚れ込んでたのよ(2024年ドラフト候補選手01 金丸夢斗投手(関大) | 2代目タイガース非公式サイト - 楽天ブログ)そして10月24日のドラフト会議では1巡目に入札! 中日・DeNA・巨人と4球団での抽選の末ドラゴンズにとられちゃったのよねぇ・・・もちろん同じサウスポーの伊原陵人投手を獲得できたから満足だけどね 2代目が金丸投手を好きな理由は 今は貴重になったワインドアップで投げてることなのよね 「投手らしい投手」って感じがするからよ フォームもクセがなく流れるようで綺麗だし そこから150キロ台のボールがいきなり飛び出してくる敵チームではあるけど日本のプロ野球を盛り上げてくれる投手の一人として応援しています!ブログを応援してくださる方はこちらから❤
2026.05.05
コメント(0)

2026年5月4日(月)中日7-3阪神 7回戦 バンテリンドーム(阪神6勝1敗)2代目タイガース非公式サイトですみなさんこんばんは 門別投手やられましたね せっかく初回に3点の援護貰ったのに その裏すぐ逆転されちゃうのは最悪よ今年は2回ファームの試合で見てるんだけど どちらも無難に投げてて危なげない感じで 防御率も0点台だったのに 一軍にくると通用しない初回 前川選手が走者一掃の3ベース 初回 ヒット デッドボール フォアボールで二死満塁になって前川選手が打席に 監督から何度もチャンスをもらえているので どうにかしてレギュラーに定着できる結果を出したい場面です 中西投手の初球のフォークは落ち切らず外角ベルトの高さに来たのよ これを逃さず積極的に打ちに行ってセンターへのタイムリー3ベース! 岡田顧問が「前川は慎重になって打てるボールを見逃してしまう」と指摘してたんだけど 見事に初球の失投を捉えたわ これでいい方向に向かってほしいよ門別投手速攻で逆転許す!1回裏 3点のリードを背にマウンドに上がったのに 1番カリステ選手に真ん中高めの甘いストレートを打たれてフェンス直撃2ベース 2番福永選手にも初球が外れて2球目のストレートが真ん中やや外の甘い球でセンターへのタイムリーヒット たった3球で1点取られます3番村松選手に対しては変化球を多投するものの際どいコースがことごとく外れてフォアボール そして4番細川選手には2球続けて外れたあとの3球目がこれまた甘い球で右中間へ3ランを浴びてしまったよぉ 一死も取れないうちに4失点で3-4と逆転を許しちゃいました これは酷い ストライク取りに行く球がみんな甘く入るんだからどうしようのないよ 5回まで投げさせてもらえたけど石伊選手にソロホームランを浴びて3-5としてしまったよ これも外寄りで甘い高さのフォークすっぽ抜け ファームで観た時より悪いわ藤川監督が異例のマウンドで説教?門別君は1回に4点を取られたあと一死をとったもののボスラー選手に右翼フェンス直撃の二塁打を打たれたんだよね ここで珍しく藤川監督が直接マウンドに向かったわ門別君が試合後の談話で「『割り切って変化球を思い切り、腕振ってこい』といわれた」と言ってるので 不甲斐なさをシャキッとさせたかったんだろうなあ これは期待されてるってことだから もっと向かっていく投球をしていかないとファームへ戻されるかも もう一度はチャンスをもらえると思うから頑張ってほしいよ石黒投手 デッドボールに始まって2失点! う~ん 最近いい投球してたんだけどね 2点ビハインドの7回裏に痛い失点だったよ 2点差のままなら8回9回で何とかなりそうなのに4点差になったのは痛いなあ リードされた展開の中継ぎの重要性ってあるのよね今後要注意の中日ルーキー中西聖輝投手久しぶりの先発で初回の立ち上がりは少しボールが暴れていたけど 2回から7回まで0で逃げ切られプロ初勝利 さすがに好い投手だなとおもいました コントロールが安定してきたら簡単に攻略できない投手になりそう 今後も注目していきたいわかろうじて首位だけど・・・まあ今の時期はあまり順位は気にしないようにしようブログを応援してくださる方はこちらから❤
2026.05.04
コメント(0)

2026年5月3日(日)阪神3×-0巨人(7回降雨コールド) 8回戦 甲子園(阪神4勝4敗)2代目タイガース非公式サイトですみなさんこんばんは 雨も味方してくれたのかな? 結局ブルペン使わずに勝てちゃったよ 才木投手は立ち上がり不安定でちょっとイラついたけど3回以降は立ち直って7回4安打11奪三振で無失点 どうやら底は脱出したみたいね才木投手 復活の3勝目!7回を103球 最近ではこの球数だと5回だった コントロールも好かったし 巨人も天候が天候だけに早打ちだったのかもしれないけど でも内容的に3回以降の才木投手の出来は好かったから当然の結果ととらえて好いとおもう ヤバかったのは2回表だよね 先頭の大城さんにフォアボール与えて次の増田選手がライト前ヒットで1・2塁佐々木選手と浦田選手を連続三振に取ったあと井上投手の当たりはセカンド内野安打 でもランナーは帰れず満塁で吉川選手を三振に仕留め なんとか事なきを得たのよ ここを踏ん張れたのは大きくて3回以降の好投につながったわ先取点は4回裏 テル君の3ベース4回裏 中野選手がヒットで出塁し 森下君が倒れたあとが4番の佐藤選手 好調を持続してて右中間一番深いところへのタイムリー3ベースで1点先行です 3球目外角低めへのストレートのあと4球目は外角高めのカットボール 球速の違いに泳ぐこともなくしっかり体重を残して打ち返してる もう思いのままに振ってる感じで相手にしたら攻めどころがないでしょう 頼りになるわホント!6回裏 巨人のバッテリーミスで2点追加もう巨人側の集中力が切れていたかもしれない 先頭の中野選手がセンター前ヒットで出塁 森下選手もレフトへ2ベースで続き無死2・3塁です テル君は三振だったけど 一死となったので5番大山さんを迎えて巨人は申告敬遠で満塁策を取ってきたねここで小幡選手は4球目を空振りして三振するんだけどフォークがワンバウンドするワイルドピッチになり大城さんがはじいてしまうのよ これでサードランナーの中野選手が帰ります さらにセカンドランナーの森下君もホームへ突っ込む! 今度は慌てた大城さんがホームへ悪送球してセーフ 3点目が入っちゃいました タイガースツイてるね!7回裏 攻撃中に続行不能でコールド7回裏の攻撃では 才木投手も打席に立ってるから完投する気でいたんだろうね でも二死2・3塁で続行不可能となってコールドゲーム 3-0でタイガースが勝ちました この場合は才木投手に完投がつくんだよ 内容的にも次回に向けて好い感じなので安心したわ 3連戦の初戦を落としてどうなるかなとおもってたけど 第2戦~第3戦と勝つことができたのは大きいね しかも今日ヤクルトが負けたから1ゲーム差に広げることができました あと一つ勝てば貯金が二けたになるよ制服シリーズ まだしばらく続けるよ 2代目の制服に似てるんだよいまはデザイン変わっちゃってるけど 当時はこれに似た感じブログを応援してくださる方はこちらから❤
2026.05.03
コメント(0)

2026年5月2日(土)阪神7-5巨人 6回戦 甲子園(阪神3勝4敗)2代目タイガース非公式サイトですみなさんこんばんは 楽勝ムードだったのに最後はヒヤヒヤ このところモレッタ投手が通用しなくなってる感じがあるよね 研究されたのかな? フォアボールから始まってボコボコにされてるから本人の状態に何か異常があるのかもね佐藤選手また猛打賞 4割復帰すごいね 4月29日のヤクルト戦では4打席4三振だったのに 次の日からこれで3試合連続の猛打賞だよ ホームランもコンスタントに出るようになって打率は今日4割に戻って もう3冠王まっしぐらになってきたよ今日も初回 二死2塁のチャンスにレフトへタイムリー2ベース 5回にはシングル 7回はライトへ2ベース そして8回は先頭打者でライトスタンドへの第8号ソロホームラン! サイクルも行けそうな勢いだったこれで打撃3部門すべて単独トップ 掛布さんも次のように絶賛してるよ「現役時代にクリーンアップを組んだバースに近い無双状態だ。2年連続3冠王の86年にマークした打率3割8分9厘はとてつもないプロ野球記録だが、佐藤は挑戦できるだけの打者に成長してきた。アクシデントさえなければ、2年連続の40本塁打、100打点は堅い。調子の波が小さくなったので、6年目で初の打率3割はもちろんで、3冠王の確率が高まってきた。」大竹さん流石の安定感で7回1失点いつもながら大きく崩れないよねえ 打たれたヒットは4本 そのうち3本を7回表に集中されて1点を失ったけど 88球で7回を終了 コントロールも好かったってことね これが2勝目なのが嘘みたい 4勝ぐらいしてても不思議じゃないわ でも9回はベンチでちょっと冷汗が出たんじゃないかな?9回モレッタ投手乱調!6点リードから2点差にモレッタ投手どうしちゃったのかな 先頭の中川選手になかなかストライクが入らずフォアボール 続くダルベック選手にはファウルで粘られた末に7球目をレフト間へに運ばれたわここで代打佐々木選手が送られ 1ボールからの2球目がほぼど真ん中のスライダー 見事に叩かれてライトポール際への3ランホームランを浴びます さらに6番岸田選手にはカウント2-1から高めのストレートを捉えられて 今度はレフトポール際へのソロホームラン!一死もとれないまま4失点では「何しに出てきたの?」って感じだよ あやうく試合がぶち壊れそうになったので ドリスさんがリリーフに出てきましたドリス投手3人でかたずけて100S達成準備できてたかどうか分かんないけど 9回表が始まった時点では出番はないと思ってたんじゃないかなあ でもさすがに百戦錬磨のドリスさん 予想外の出番にも落ち着いてて あっという間に3人で片づけました さあ 問題なのは明日の才木投手よね このところ要所で思うように三振が取れず コントロールも悪いわ お昼から雨予報だけど試合できるかなあ・・・この制服気に入ってもらえました?ブログを応援してくださる方はこちらから❤
2026.05.02
コメント(0)

2026年5月1日(金)阪神3-5巨人 6回戦 甲子園(阪神2勝4敗)2代目タイガース非公式サイトですみなさんこんばんは 月が替わって最初の試合は節目として勝ちたいよね でも残念な結果だった 相手がGだけにムカつくわ 村上投手の先発だから3点勝負くらいに予想してたのにがっかり初回の一死満塁のチャンスをものにできなかったところから どうも歯車が狂っちゃった気がするけど そこは振り返る気がしないのでパス村上投手が背信?!初回の立ち上がりは普通だったんだけどなあ・・・ 二回表に豹変だよ 先頭4番のダルベック選手をストレートの連投で追い込んで仕留めに行ったチェンジアップがワンバンになってしまったところから変な感じになりましたフォアボール フォアボール デッドボールで無死満塁って いったいどうなっちゃったの? このピンチで7番平山選手に前進守備の間を抜かれるセンター前ヒットで2者が帰り先制されてしまったわ 乱れ方が村上投手らしくなかった3回表には手痛い3ランを被弾2回の2点は悪夢として そこで止めておけばまだまだ試合は分かんなかったけど 3回には悪夢の続きが待ってた先頭2番吉川選手にライト前に 3番中山選手にはレフトへ持っていかれて無死1・2塁となり 4番ダルベック選手には2球目の真ん中高め甘々のカットボールをレフトスタンドにぶち込まれちゃったよぉ 0-5となって苦しい展開 先発投手がしてはならない失態でした 村上投手は開幕戦でもダルベック選手にホームラン打たれてます カモにされてちゃいけないよ 次回はきりきり舞いさせないと3回裏にタイガースが反撃今日2番に入った福島選手がレフト前に運んで無死1塁 ところが森下君がショートゴロゲッツーで二死無走者に あちゃ~っとなったところで佐藤選手がライト前ヒット 大山さんと小幡さんが連続フォアボールを選び満塁に続く坂本さんがレフト前に2点タイムリーを放って2-5と追い上げたのね6回裏に1点返すのがやっとタイガースは6回裏 二死満塁のチャンスを得て 1番岡城選手に代えて前川君を送り 押し出しフォアボールで1点返しましたなおも一死満塁 でも福島選手がセカンドゴロ併殺打でチェンジ! 今日は1打席2打席でヒットが出てたから期待したんだけど ちょっと力んだかなあ7~9回は巨人リリーフ陣に逃げ切り許すランナーは出るんだけどなかなか点が取れないのがこの試合 ジャイアンツの7安打に対してタイガースは二けたの10本打ったけど追いつけなかったね 最後ライデルさんが出てきてオワだった及川投手が一軍に合流!及川投手が戻ったのは好かった 前回は先月18日SGLで投げるのを見たけど好い感じだった 今日一軍に上がったってことだからちょっと時間がかかってる 万全の状態で戻ってきたってことかな? とにかく嬉しいよ!ムチムチ感が2代目っぽい(笑)ブログを応援してくださる方はこちらから❤
2026.05.01
コメント(0)
全36件 (36件中 1-36件目)
1