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2006.12.19
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カテゴリ: フランス映画
『ミュリエル』 あるいは「ある回帰の時」
MURIEL OU LE TEMPS D'UN RETOUR
Alain Resnais

MURIEL00.jpgMURIEL000.jpg

この映画は「名作」という言葉は当てはまらないのかもしれませんが、紛れもない「傑作」で、非常に良く出来ています。ある方のレビューに「 時や場所と言った法則から外れた上に話にも一貫性がないため、何がしたいのか何を見てほしいのか全く伝わってこない。 」とありました。このレビューの前半「 時や場所と言った法則から外れた上に話にも一貫性がない 」というのは、そういう方法でしか表現できないことを表現しようとしたからです。映画に限ったことではなく、美術や文学や音楽で難解な表現を用いるのは同じです。次元はズレますが、たとえば「 吐き気がするほどあなたのことが好き 」というセリフは「 吐き気 」と「 好き 」が両立しない矛盾した変な表現で、小学生の子供には良く解らないかも知れませんが、単純に「 とってもあなたのことが好き 」という部分は、映画の見方の違いで、この作品が前提とするような見方をして映画を見ることに興味のない人がいても、それは好き嫌いであり、映画観の違いですから、仕様がないことです。そういう方には単純明快なアメリカ映画をお薦めします。

アラン・レネは初長編『二十四時間の情事』、続く『去年マリエンバードで』、この『ミュリエル』で、人の記憶や時間やアイデンティティーを扱っています。それぞれデュラス、ロブ・グリエ、ケロールという50年代末頃から出てきた広い意味でのヌーヴォー・ロマンという新しい文学の流れの作家たちに脚本を依頼しています。そこで探求されたのは、大雑把な言い方をすれば、世界(外界)および自己の認識の問題であり、またナレーション(語り)のあり方の問題です。

英仏海峡に臨むブローニュという港町で骨董屋を経営しているエレーヌ。死んだ夫の連れ子である義理の息子で、アルジェリア兵役から帰ったベルナールと暮らしています。彼女は24年前、大戦勃発直前に別れた恋人アルフォンスに手紙を書き、彼がブローニュに彼女を訪れます。姪と偽った若い愛人フランソワーズと一緒です。駅に迎えに行ったエレーヌが、アルフォンスとフランソワーズと夜の街を彼女の自宅へ向けて歩いています。そこにブローニュの駅やらカジノやらカフェやら、街の色々な風景のショットが1~2秒という短い写真風のショットで相次ぎます。それは3人の歩く道に見えるものではないし、夜のも昼のもあります。ここで描かれるのは、あるいは紹介されるのは、ブローニュの街なのですが、人がある街を思い浮かべる、あるいは認識するのは、夜の風景もあれば昼の風景もあり、夏もあれば冬もあり、街の離れた2地点の風景であることはないでしょうか。決して歩いている道順に沿った、ある連続した風景ではありません。つまりここで提起されているのは、人が記憶の中で認識する街なわけです。

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こんな場面もあります。エレーヌとアルフォンスが話をしていて、アルフォンスはエレーヌにすすめられた葉巻きに火を点けます。直後にショットは換わりますが、会話(も場面も)あたかも時間的に連続しているようになっているけれども、アルフォンスは最後まで吸って短くなった葉巻きを灰皿で消すのです。つまりは10分とかの時間が既に経過しているわけです。その間の10分の会話の時間の経過を象徴するためのモンタージュでは決してありません。こうしたことは、物語の解体を目指しているのではなく、人の主観や記憶による物語の再構築なのです。

ドイツはパリを爆撃はしませんでした。だから街並は時間的連続性を持っています。しかしブローニュは激しい空襲で破壊され、急ピッチに再建されました。と言っても新築の建物の近代建築です。戦前にエレーヌとアルフォンスに所縁のあった店は道路となり交差点になっています。過去と現在(急いでなされた再建)が重なり合っています。しかし過去は記憶にしか存在しませんし、その記憶は人間的記憶であしかありません。エレーヌの現在の愛人ドゥ・スモークはこの街の建設業者です。彼が崖の上に建てたあるアパートは、完成してみると滑りだし、やがて転落・破壊の運命にあることが語られます。戦争で破壊されて建物のなくなった土地(過去)に、急いで新しい建物を建てたけれど(現在)、不確かな現在は未来のための何の役にも立たずに、ただ巨大なゴミとなるだけです。破壊された過去の街と、再建された過去とは違った街、映画の舞台はこいうブローニュでなければならないわけです。

滑るアパートは主人公たち、特に3人の状態を象徴しています。エレーヌは過去に生きています。骨董屋という商売がそれを象徴しているでしょう。そしてカジノでの偶然に生きているだけで、過去の上に、未来につながる地に足のついた現在を構築しようとはしません。アルフォンスは嘘で固めた過去の上に現在を成り立たせようとしているだけです。過去を消化し切れていないので、過去を作り上げようとして二人は24年前のすれ違いを喚起します。しかしそれはどこまで主観的記憶なのか、嘘なのか。だからそんなことで、その過去の上に未来に繋がる現在を構築することはできません。

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一方ベルナールは、アルジェリアで尋問・拷問・殺人したミュリエルという女性に関する過去に捕われて正常な現在をまだ構築できていません。海辺で出会ったムール貝養殖の男が、自分の牝ヤギの相手の種ヤギをベルナールに頼みますが、請け合ったもののベルナールには実現できません。それはヤギの繁殖というのは未来の構築だからです。しかしベルナールは現在とつながる建設的な過去を追求しています。その上に未来を構築できるような過去をです。だから、ベルナールは非社交的な無礼な態度をレストランでの会食でしますが、現在に生きるフランソワーズは彼に好意的です。一方彼女はアルフォンスには「パリに戻ったらあなたと別れる。」と言います。ベルナールはある建物の壊れかけの2階の部屋を使っていますが、その階段をしばしば昇ります。上に昇る。上は過去を象徴しています。他の階段でも昇る上は過去であり、くだる下は現在・未来です。上で彼はアルジェリアの写真やシネフィルム等で何かをしようとしています。そして最後に確固とした過去を自分のものとしたとき室内を爆破し、現在を象徴する下に階段を降り、去っていきます。そのときエレーヌは階段の上に取り残されるだけで、その後は廃駅となった旧駅で列車のことを尋ねたりします。あくまで過去の世界に取り残されるのです。

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ややネタバレを含みながらも、ボクの捉えた『ミュリエル』を簡単に書いてみました。このブログは記事1件の字数が半角1万字なのでこの程度にしました。もっとしっかり書くと到底半角2万や3万字でも足りません。

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DVDは廃盤のようですが、レンタルショップにはまだある店もあるようですし、現時点で下記にもまだ新品が6枚残っているようです。興味を持たれたら是非見てみて下さい。





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Last updated  2006.12.20 00:11:37 コメント(3) | コメントを書く


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