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2007.03.06
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カテゴリ: フランス映画
PARFAIT AMOUR!
Catherine Breillat
(113min)

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寸評:邦題がひど過ぎる。ポルノまがいの映画ではない。原題は『完璧な愛!』。またビデオジャケットにあるコピー「フランス版愛のコリーダ」も見当違い。文化的に持たされた我々人間の性欲や愛とは何を問い、過激性描写は皆無。

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ブレイヤ監督が言っているのをどこかで読んだが、この映画は「殺人」の物語ではなく、「殺人に終わる愛」の物語。こんなネタバレ的なことを冒頭から書いてしまっているのは、映画自体が最初からネタバレで開始するからだ。つまり「どうなるか?」ではなく、「どうしてそうなったか?」を描いた映画だ。冒頭「1995年9月、ダンケルク市」とテロップが出る。ドキュメンタリータッチで、テレビ画面のようにも見える。現場検証が行われ、37歳の愛人女性フレデリック(イザベル・ルノー)を殺したクリストフ(フランシス・ルノー)28歳が、犯行現場の被害者宅台所で犯行を再現している。クリストフは台所壁際に置かれたテーブルの上にフレデリックをうつ伏せにし、ガウンの裾を捲って後ろからホウキの棒で彼女のアナルを犯した(仏語でsodomiserと言っているので単なるバックではなくアナルだと思う)。そして彼女に笑われ、テーブルの上にたまたまあった包丁で彼女の背中を何十回も刺して殺害した。次に娘エマニュエル16歳がテレビの番組で殺された母親について語る映像。「母は冷たい人で・・・他人に与えることは少なく、求めるばかりで・・・私も40歳の男性と付き合っているから偉そうには言えないけれど、母が若いクリストフと付き合い始めて失望しました・・・母は人生に望むすべてをクリストフに求めたのだと思います・・・彼の方はとっても多くを母に与えたと思います・・・母を殺したのだから憎むべきなんでしょうけれど、クリストフはむしろ犠牲者でした・・・恨んではいません・・・」等々。そしてこの間に眼科医だったフレデリックの診察風景などが挿入される。(主演俳優の姓はどちらもルノーだが、イザベルはrenauld 、フランシスはrenaudで無関係。ちなみに自動車メーカーはrenault、マドレーヌ・ルノーはフランシスと同じrenaud。またこの2人の役者、イザベルは1966年生まれ、フランシスは1967年生まれで実際には1歳弱しか違わない。上で37歳、28歳としたのは某映画解説にあったのを引用。)

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(以下ネタバレ)
そして時間は戻って2人の出会い。二人は友人の結婚パーティーで何年かぶりに再会し、恋に落ちる。最初の雰囲気は熱烈なラブロマンスのようだ。しかし2人が車で旅行に行くシーンでは車後部から2人の背中が写され、開けた山中で道端の空地に車を停めるのが俯瞰で小さく写る。カメラは夕日で逆光の山を写すが、雲がかかり始め、山の姿は雲の中に消えていく。バックには重苦しい雰囲気のベートーベンの歌曲が流れ、2人の前途を暗示するかのようだ。そして次のシーンはその夜で予定を早めて帰途にある2人なのだが、なぜに予定は早められたのだろう。クリストフがフレデリックに語ることによれば、両親間に愛はなく、無理矢理母親とセックスをしていた。クリストフは以前にも年上の女性と付き合っていた。クリストフは母親と暮らしてはいるがいがみ合う関係。フレデリックは「ホモの見分け方は簡単。年上女性を好み、母親と暮らしている。」と言うが、実際友人フィリップとのホモセクシュアルをにおわせる関係にある。フレデリックを愛し(?)ていながらも、クリストフはフィリップと付き合い、夜カフェやクラブで若い娘と遊ぶ。それがフレデリックを苦しめる。クリストフは女は汚い肉体だと言い、実際に女性には強く欲望を持たないと言う。二人の関係はフレデリックの拒否で一度絶たれるが、クリストフは彼女なしではいられない。映画の原題『完璧な愛!』とは彼にとってはきっとそういうことで、若い女や友人フィリップとの遊びを自由にさせてくれて、それでも愛してくれる女性、母親に近い存在との愛情関係なのだ。クリストフが部屋で飲むのがコカコーラばかりだというところに、彼の子供性が表現されているのかも知れない。

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一方フレデリックは1回目の結婚での娘エマニュエル16歳、2回目の結婚での小学生の息子ヴァンサンがいる。「同じ男性と2人目の子供を持てるような女ではないのよ」と彼女は言う。彼女はクリストフに「私の心は14歳なの」と言い、また「そういう男とも付き合ったが肉体だけを求める男ではなく、セックスが目的ではない精神的愛情関係が欲しい」とも言う。しかしここがブレイヤの描く世界なのだけれど、女性の性欲の存在を肯定する。つまり14歳の少女が抱くような純愛を希求し、かつ肉体的にも満たされたという欲求があるのだ。冒頭の娘の語りにあるように「母が望む人生のすべてをクリストフに求めた」のであり、それが彼女にとっての『完璧な愛!』だった。しかしクリストフはそういう相手では結局なかった。第一そんなのは幻想の世界だとでも言っているようだ。そしてその両立にはもちろん失敗する。それに女性を強く欲望しないクリストフだから、肉体的にも彼女のことを本当に満足はさせられなかった。そして最後のシーンで「あんたみたいのじゃなくって、本当の男が欲しいのよ」となじられたクリストフはフレデリックをテーブルにうつ伏せにし、固いホウキの棒で彼女のアナルを犯す。しかし振り向いてそれに気付いた彼女はそんなクリストフをあざ笑った。そしてたまたまテーブルに包丁があったために、彼はそれでフレデリックを数十回メッタ刺しにした(画面では41回)。女に対する憎しみやコンプレックスのすべてが込められたように。

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この映画の半ばにフレデリックがテレビを見ているシーンがある。ボクは日本版ビデオで見たのだけれど、このシーンのテレビの音声の字幕は出ない。でもここが実は重要だ。それはフランスで有名な女性ジャーナリストでテレビの番組も持つミレイユ・デュマの番組で、フランス人ならきっとすぐそれと解るだろう。(日本でなら筑紫哲也が出てきたようなものだろう。)討論番組のようなのだが、年齢差のある愛情関係がテーマで、出演者が議論している。年配の相手と付き合って犯罪に至った若者の話がされているようだ。そして時間的には不可能ではあるが、冒頭で娘エマニュエルがテレビ画面で母のことを語っている映像は、このデュマの討論番組に挿入された証言フィルムのようにも見えてくる。またこの映画は冒頭が現場検証で始まり、日付けのテロップが出るが、そして話の内容は違っているにしても実際にあった同様な事件をヒントにこの映画が作られたことを考え合わせると、こう感じる。ヒントになった実際の事件でも、またこの映画の2人の物語も、常識的に「別れを告げられた男が愛人女性を惨殺」という見出しの記事で十把一からげにされるけれども、それぞれの物語にはそれぞれに固有の事情があり、同じ愛情関係など存在しないと。またミレイユ・デュマに代表されるマスコミの見方とは違った視点をブレイヤ監督は示したかったのではないかと。そしてそれは、一つは我々の男女観やセックス観が、肉体的欲情や官能の感じ方までがいかに既成の文化の産物であるかということであり、また愛の盲目的存続には共同幻想の共有が必要だが、それは女性の性欲の肯定などをも含めて考えるとき、実際的には不可能であるということだ。ブレイヤ監督はポルノに反対なようだが、それが男性支配的「ある性のあり方」を男性にも女性にも擦り込むからではないだろうか。最後近くの2人のやりとりも、クリストフは「オスは多くのメスに種を蒔くのが自然で自分が悪いんじゃない」と言い、フレデリックがクリストフをなじるのは「この売女!、俺のでかいモノを感じるかい。お前はこれが好きなんだろ!、って言われて増々感じるのよ」という言葉で、それは多分に文化的に植え付けられた男性支配の発想や性欲だ。そしてこの映画で「心は14歳」というのは、現実的人の性欲などを無視した不可能な幻想だと言っているように聞こえた。

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フレデリックを演じたイザベル・ルノー、これまで他の映画で見た記憶はありません。ちょっとロミー・シュナイダーとシモーヌ・シニョレを思わせるところがありますが、弱さと強さ、奔放と理性、それぞれ同時に持った感じで、いい女優さんですね。彼女あってこそこの映画は成功しているのではないでしょう(彼女はこの役で翌1997年のミッシェル・シモン賞を受賞)。ちょっと出演作を追いかけてみたくなりました。ちなみに最初にも書きましたが、ブレイヤ監督というと過激な性描写を連想しますが、この映画の中では最近の普通のラブロマンスにさえあるような程度濃厚な性描写もなければ、最後の惨殺シーンもスプラッタ趣味が目的ではないのでほとんど写りません。人によって評価の分かれる作品のようですが、なかなか良い映画でした。(1996年カンヌ映画祭正式出品作品、『カイエ・デュ・シネマ』誌で1996年ベスト9)



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Last updated  2007.03.16 00:50:18
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