ラッコの映画生活

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2007.05.31
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カテゴリ: ヨーロッパ映画
RECONSTRUCTION

92min

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寸評:文学の世界ではもう何十年も前から使われて(探究されて?)いたナレーションの実験or遊びを使った恋愛物語。主演女優マリア・ボネヴィーが魅力的かつ好演で、なかなか好きな作品。重層的にいくつかの物語(の可能性)が同時に描かれる。

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ある作家が仕事でコペンハーゲンに妻アイメとともにやってくる。一人街に出たアイメは写真家アレックスと出会い、一夜をともにする。朝アレックスはホテルの部屋を去るが、家に戻るとあるはずの自分の部屋はなく、近所の人も友人も、前夜一緒に食事をした父親や恋人シモーネも、誰も彼のことを知らない。それまでの自分の恋人や生活のすべてを捨てて運命的出会いのアイメを選ぶべきなのか?という究極の選択が主題であるかのように宣伝されていたが、必ずしもそういう物語ではないように思った。

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(以下ちょっとネタバレ)
登場人物でもある作家のアウグストのナレーションで主要登場人物の日常の物品が示される。そして彼はホテルの部屋に着いたとき妻アイメに「(小説の)出合いのシーンを思いついた」と語る。そして物語の中でアイメとアレックスの出合いが何度も描かれる。二人は彼女が夫と泊まるホテルの部屋で一夜を過ごす。このラブシーンは固定映像風のアップのモンタージュで、暖色系の映像と言い音楽と言い、露骨な性描写ではないが、ロマンティックで官能的。とても美しかった。アレックスは ル・ソムリエ 13:00というワインレストランでの再会のメモを残して部屋を去る。廊下でアウグストとすれ違いタバコの火を求められるが、メモと一緒にデュポンのライターは残してきていた。ところがアパートに帰って階段を昇ると自分の部屋がない。階段の最上階に彼が見たものは有ったはずのドアではなく、30cm位のミニチュアのドアだけだ。下の階の隣人は彼のことを知らず、これより上に部屋はないと言う。友人宅を訪れても彼のことは知らないと言われてしまう。家に入れなかった(家がなくなっていた)のでお金を借りに来たのだが、見ず知らずの者にお金を貸してくれるはずもない。やむなく彼は持っていたカメラを売ってお金を作る。ライカM6だから叩かれても10万円以上にはなったことだろう。そして約束の ル・ソムリエ に行く。既にアイメは来ているけれど、彼女はアレックスとの約束で来たわけでもなく、またそもそも彼を知らない。そこでまた新しく出会いが描かれるわけだ。公園でダンスをし、口づけを交わし、再会を約束し、その印に彼女は指輪をアレックスに預ける。

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(以下ほぼネタバレ)
前夜アイメと出会う前に恋人シモーネと3人一緒に食事をしていた父親に公園で出会うが彼はアレックスを知らない。シモーネにも出会っても彼女はアレックスを知らない。その晩アレックスが歩いてくるとその先にはアイメとシモーネが佇んでいた。究極の選択を迫られているのだろうか。 (完璧ネタバレですが)

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話的に一貫性もなければ非現実的。この物語は登場人物でもある作家アウグストによって語られている。最初に街にアレックスを登場させ、最後は同じモノトーンな映像の街をアレックスが去っていく。作家のナレーションは「作り話ではあっても心が痛む」というもの。つまり映画っていうのはそもそも作りごとなんですね。そして作家が小説を書く、ホテルで妻に言っていたように「出会い」を書く。しかしその作家アウグストにしても、どこからどこまでが現実とも言えない。大体が語る作家だって映画という作りごとの登場人物でしかない。そしてそれを象徴するかのように、最初と最後はタバコを宙に浮かせるマジックをする男という枠に更に収められている。そして最後はこのマジック男も煙とともに消えてしまう。じゃあ訳の分からない話かって言うとそんなことはない。アレックスとアイメの運命的出会いとそれに続く駆け落ち(?)の物語のいくつかの可能性。あるいはシモーネと改めて見知らぬ者同志として出会わせて2人の意味や相性を問いなおす。あるいはもしかしたらちょっとすれ違い気味になっている作家夫妻の心の物語。あるいは単にすべて作家アウグストの心の中の思いとして。そういう色々な物語、出会い、可能性を同時に重層的に描いているのはなかなか見事だった。こうしたことに伴う不安感をアレックスが誰からも認知されなくなるという焦燥感・不安感と重ねているのも巧みだ。でも最初に書いたように主演のマリア・ボネヴィーの魅力がこの映画を見る大きな楽しみかも知れない。映画の原題は「再構築」とか「再構成」を意味するけれど、物語の「再構築」とも考えられる他、作家アウグストと妻アイメの関係の「再構築」という意味もあるように思われた。

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ちょっと気付いたのは、当たってないかも知れないが、彼女の役名はAIMEEで、作中ではアイメと発音されていたようだがもともとフランス語のエメで、エメと言えばフランスの女優アヌーク・エメを連想する。似ているとまでは言えないかも知れないけれど、マリア・ボネヴィーはルルーシュの名作『男と女』のアヌーク・エメを連想させた。もう一つ、体格は違っているもののアレックスがフランスの俳優ドニ・ラヴァンになんとなく似ていて、名前もカラックスの映画の登場人物同様「アレックス」。どちらも暗示、オマージュのようなことを監督は意図していたのだろうか?。

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Last updated  2007.06.30 23:55:21
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