ラッコの映画生活

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2008.01.29
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カテゴリ: フランス映画
LA CEREMONIE

111min
(所有VHS)

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2万本以上の映画を見ている蓮實重彦氏になると、未知の作品を見ても監督(や撮影監督さえ)が誰であるかがおおよそ判ると言う。ヌーヴェル・ヴァーグの重要人物クロード・シャブロル、多作な人で60本以上の映画を作っているのではないだろうか。ボクは何故か『美しきセルジュ』『いとこ同志』『二重の鍵』の最初の3作を含めた5~6本しか見ていないと思う。しかしそれでもこの映画が始まって30秒~1分ほどで、「シャブロルの世界だな~!」と感じた。ごく日常的なシーンなのに、カメラの動きや役者の演技が、何か狂気を孕んでいる。シャブロル作品をあまり見ていないと書いた。それは日本で、ビデオやDVDでのみ発売されるのを含めて、彼の映画があまり見られないこともあるが、この狂気を孕んだ雰囲気、そしてその狂気が人間を実に深く洞察したものなので、その重苦しさを敬遠し勝ちなのだ。でも実際に見ると、実に実に良い作品であることが多いし、決して嫌いな世界でもない。この『沈黙の女 ロウフィールド館の惨劇』もそうだった。もちろん(?)後味はあまり良くはないが・・・。

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この映画の原題は『La Ceremonie』で「儀式」といった意味。日本題は『沈黙の女 ロウフィールド館の惨劇』。主人公の女性は言葉少なだから「沈黙の女」だろうか。英作家ルース・レンデルの原作小説の邦訳題が『ロウフィールド館の惨劇』なので、この副題が付されたのだろう。でも舞台はフランスに翻案されているので「ロウフィールド」なる固有名が出てくるはずもなく、やや不自然。原作小説(原題はA Judgement in Stone)を読んでいないのでその中心主題が何であるかは知らないが、この映画では「儀式」というタイトルが実に合っていた。出だしは何処だろう。物語の舞台はフランスのブルターニュ地方、大西洋英仏海峡岸の小都市サン・マロ郊外の大邸宅だから、内陸にある県都レンヌなのだろうか。ジャクリーン・ビセット演ずる館の奥様カトリーヌ・ルリエーヴルの待つカフェにソフィー(サンドリーヌ・ボネール)がやってくる。ソフィーがルリエーヴル家の女中になることになっての面接というか顔合わせだ。お屋敷で仕事を始めたソフィーは完璧で、家族からも喜ばれていた。家族と言うのはジョルジュとカトリーヌ・ルリエーヴルの夫妻、息子ジル、それとジョルジュの前の結婚の連れ子、つまりはジルと腹違いの姉メリンダ(ヴィルジニー・ルドワイヤン)。彼女は別居しているようだが、足しげくこの家にもやってきていた。混成家族だが上手くいっている。フランスではたしか14才になると無免許で原付バイクに乗れるはずだから、このジルはそれ以上の年令、メリンダは二十歳の誕生日を目前にしているという設定だ。

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屋敷に着いて部屋に案内されたソフィーは早速テレビをつけて見入るのだが、単なる娯楽番組を一心に見入る真剣さは無気味だ。テレビをつけた時も、どのスイッチを押して良いかがわからずに当てずっぽうに押していた。彼女は知恵遅れなのか?。しかし料理も掃除も、仕事は完璧だ。彼女が手をつけないのは書庫の整理だけだった。ある日ソフィーが誰もいないお屋敷に戻ると手書きのメモがあった。困惑するソフィー。自室に駆け昇ると、荷物の中から1冊の本を取り出した。写真入りの手話の本だった。メモの文字と同じ語を本の中に探してメモの内容を手話化することで理解しようとしている様子だ。目的を達することができずに途方に暮れるソフィー。その時ちょうどメリンダがやって来て、たまたま床に落ちたメモを拾って「白いワンピースにアイロンをかけておいて。」と声を出して読み上げ、「これはあなたへのメモだわ。」とソフィーに渡す。メリンダに読んでもらって偶然にも事なきを得た。また別の日にはスーパーに届けさす日用品の注文リストを渡され、「電話で注文しておいてね。」と奥様に言われてしまう。車の運転が出来ない彼女は歩いて離れた町に向かう。少し前に知り合って仲良くなり始めていた郵便局務めのジャンヌ(イザベル・ユペール)を訪れ、家の電話が故障したと言って、リストを渡して上手いことジャンヌに電話してもらう。そして品切れの商品を別の店で買い、その荷物を持って屋敷に徒歩で戻るのだが、ちょうど帰宅する奥様が車で通りがかり、拾ってもらう。そして「品切れの商品を買いにいってました。」と言うので、ソフィーの信用は増々上がる。

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この郵便局務めのジャンヌ。奥様と同じくらいの年令という設定で、若くても四十前ぐらいだろう。年令の割に落ち着きがなく、常識がないようで、どちらかと言えばきっと周囲からは敬遠されていた。そんなジャンヌといつしかソフィーは仲良くなっていくのだが、2人には似たような過去があった。ジャンヌの幼い娘もソフィーの父親も事故か他殺かはっきりしない事件で死亡していて、2人とも娘殺し・父殺しの容疑で告発され、証拠不十分で無罪となったという過去があり、それも2人を結びつけていた。実際がどうであったかは(この2人の人物を謎にすることでサスペンス性を盛り上げているのだと思うが)最後まで明かされない。しかしお屋敷のご主人ジョルジュは「あの女は娘を殺したんだ。」とジャンヌを毛嫌いしていた。そんなジャンヌと親しくし、屋敷にも出入りさせていることを知って、ジョルジュはソフィーを嫌い始めていた。忘れた書類を差し向ける運転手に渡してくれという電話を無視されたという恨みもジョルジュにはあった。もちろんソフィーは文字が読めないから逃げただけなのだけれど。

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ジャンヌは教会のボランティア活動に参加していたが、ソフィーをも誘っていた。しかしソフィーが誘われた日曜日は、ちょうどメリンダの誕生パーティーの日だった。最初は良い顔をして「日曜まで仕事はさせない」の、「私たちでなんとかする」のと言っていたカトリーヌ奥様だったが、当日になると結局はソフィーを外出させようとはしなかった。この映画の解説を読むと「何の罪もない家族に恨みを募らせ・・・」とあるのだが、それではこの映画の主旨を全く見れてないことになる。本当は「知らず知らずのうちに罪を犯している家族」なのである。まずは直接はこの家族の責任ではないことではあるが、金持ちは最初から金持ちで、決して損はしない(そんなセリフがジャンヌの口で語られている)。そして貧乏人(ソフィー)の人間性を無視して、自分達の我がままでどんどん虐げていて、でも眼が悪いならメガネを作ってあげるの、車の運転も習わせてやるの等々と、善行を施しているように自分達では思っているのだ。これと相似的に描かれているのだが、教会のボランティア活動でジャンヌとソフィーが寄付の品々を集めにいった家の夫婦は、汚れたり、破れたりで使えない衣服や、消費期限切れの缶詰めを寄付する。ジャンヌはそれに怒りを爆発させて教会に戻るが、教会の神父は神父で「教会の信用を落とすようなことをしてもらっては困る。」と2人を追い出す。すべてが欺瞞と欺瞞の社会なのだ。(ちなみにジャンヌのセリフに「みんな私達を ゴミ ゴミ 箱だと思っているのよ。」が正しい。)

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物静かで、でも自分の失読症で深いコンプレックスを持ったソフィーが、どのようにこの一家に恨みを募らせていくかの物語なのだけれど、実はどのようにこの家族がソフィーの恨みを買っていくのか、その家族の責任の問題として見るべき物語だ。「丁寧語(vous)ではなくタメ口(tu)で話して」と言うちょっと好感の持てるメリンダのようではあるけれど、ソフィーが失読症だと気付いてソフィーに語りかける優し気な言葉は、結局のところ「安全な場所にいての、上からの同情(憐れみ)」であって、「対等の心遣いや優しさ」では決してない独り善がりであることがわかってくる。だからこそその言葉に対してソフィーはメリンダの秘密をばらすと脅すような行動に出るわけだ。2人の心は通っていない。家族の行動、言動、その裏にある優越感が、ラストの衝動的行為へと彼女を動かす素地を作っている。最後のソフィーの行為はソフィーの積極的能動ではなく、ルリエーヴル一家が招いた必然と見るべきであって、この作品もフランス映画らしく「犯罪者の心理の必然」を描いた名作だ。(ちなみに映画の中でカトリーヌとジルの親子がテレビで見ているミッシェル・ピコリの出ている映画は、シャブロル自身の映画『血の婚礼』だ。)

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(註)ソフィーは識字教育を受けなかったがゆえの「文盲」ではなく「失読症」。失読症(ディアレクシア)というのは、先天的(また後天的)脳障害によるもので、会話などは普通にできるが、文字を認識することが出来ない。読みだけ、または読み書き両方など程度の強弱も色々だが、知能そのものとは無関係で、エジソン、ジョン・F・ケネディ、レオナルド・ダ・ヴィンチ、グラハム・ベル、マーロン・ブランド、キアヌ・リーブス、ジョン・レノン、タランティーノ等々、著名人で失読症の人も少なくないという。(cf:ウィキペディア「ディアレクシア」の項)

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Last updated  2012.04.19 10:03:17
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