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2008.02.11
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カテゴリ: フランス映画
A MA SOEUR !

86min
(DISCASにてレンタル)

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このブレイヤ監督の『A MA SOEUR !』は見たいと思っていた作品なんですが、まさか『処女』なんて題だとは思わず、見落としていました。 はる*37さんのブログ で知って早速DISCASで借りました。この監督の作品は好き嫌いが別れるタイプなんでしょう。ボクは「好き」とまでは言えないけれど、見るといつも「なかなかの出来」と、無視できない感じ。性描写は必ずしも過激ではなく、だからこの映画でも15歳の少女の初めてのシーンも寝ている妹の肩越しに遠く鏡に映って小さく見える程度で、エロチック/ポルノチックに描かれることはないけれど、でもシーン自体は長いですね(このシーンは姉の初めての経験ではなく、それを見ている妹を描いている)。全体が90分もない作品なのに。そういう意味で性の持つ意味を真面目に考察している映画だと思います。

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15歳のエレナ、彼女はフランス語で「悪魔の美貌」と表現されるような、スタイルも良い美貌の少女。2歳年少のアナイスは、映画の中ではホルモンの異常のせいと言っていたけれど、太っている。似ても似つかないような姉妹。2人は夏のバカンスで両親と大西洋岸のリゾート別荘に来ている。英語のタイトルは『FAT GIRL』だし、エンドロールのクレジットでもこのアナイス役の名前がいちばん上に出てくるし、この映画の中心人物はこの太っていて、普通には魅力もないような妹アナイスですね。このアナイスは監督の分身的存在で、冷静に自分や家族や社会を見て考察している。顔もなんとなくブレイヤ監督に似ている。こんなデ●&●ス(註:以下●は「ブ」と読んで下さい)の少女に似ていると言ったからってブレイヤ監督も怒りはしないと思います。

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 (左:ブレイヤ監督、右:アナイス)

監督の考えでは「性の行為」は決して「快楽(性欲)」そのものではなくって、「性的な妄想」の実現行為でもあるわけで、更にこの妄想は社会的・文化的産物でもあるわけです。そういう意味でブレイヤ監督は固定的男女観の再すり込みであるポルノにはいつも反対してます。姉エレナが求めるものは王子様の出現と永遠の愛というあり得ない幻想。だから性の行為はむしろ恐れなんですね。一方妹のアナイスはもっと現実的で、賢くもあり、自分の中の性欲を、はっきりと幻想から独立させて、意識している。この妹を単なるデ●の●スとしか見られない観客にはこの映画の持っている意味を見ることも出来ないかも知れません。デ●の子供体型に丸い童顔ではあるけれど、実は妖艶でもある女の性の宿った、類稀なるロリータと言っても良いと思います。

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ラストは唐突なようだけれど、そこに至る前に既に何かが起こりそうだという不安は観客に提示されている。その始まりは母親が妹アナイスにくらわす平手打ち。ここで既に母親は壁か大形トラックに激突するべき方向に走り始めてしまった。実際には事故にはならずその前に母親は休息するわけですが、「もう運転を続けられない」というのは「このままの生き方には先がない」ということの比喩でもあり、結局現実ではない幻想の世界に安住している母と姉は、幻想ではない現実の男にああされるけれど、姉を観察などして自分や男の現実を直視していた妹アナイスの知はああいう形で彼女を救うんですね。母の眠る運転席のドアをロックし、姉にも助手席のドアロックを促すのはアナイスですね。母も姉もそんな現実は気にもとめていないわけです。アナイスの最後のセリフは辛辣です。相手は既成の価値観の象徴とも言える警官で、「私の言うことを信じたくなければ信じなくていいわよ。」というもの。信じ込みの既成の価値観は何の役にもたたなくって、自分は自分の価値観に沿ってすべてを消化するしかない、と言っているようです。映画だから一種の結論をつけねばならず、そして映画ゆえに複数のテーマを同じ作品の中にアマルガムする側面があって、ラストはああなっていますが、あのラストは象徴として捉えることもできる。原題の「soeur」は英語の「sister」と同じで姉だか妹だか明示しない語なわけですが、「To My Sister !」という意味の原題は、「結局こういうことなのよ!、お姉さん」というアナイスのエレナへの(あるいはブレイヤの観客への)言葉なのでしょう。(←ネタバレしないように曖昧な表現を使いました。)

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(付記:禁止ワードでエラーとなりアップできないので、所々不本意な表現を使っています。)

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(付記:禁止ワードでエラーとなりアップできないので、所々妙な表現を使っています。)

追記:上に書き忘れたので指輪の一件の解釈に関して補足します。イタリア青年(フェルナンドでしたか)はエレナに迫るんですが彼女は容易には承諾しない。そこでフェルナンドは祖母の形見とか言って高価な指輪を彼女に贈ります。宝石のことに詳しくはないけれど、たぶん何十万円そこいらの物ではないでしょうね。もう一桁上かも。こうして婚約指輪として贈ることでエレナを陥落させるわけです。白馬に乗った王子様を演ずるんですね。でもこの指輪は存命の母親のものを失敬したもの。バレて母親が乗り込んでくるわけですが、実は知らないうちにこの母親も、結果エレナの母親もフェルナンドの共犯をさせられている。目的を達してしまえばフェルナンドにとってエレナに特別の関心はない。むしろ今後付きまとわれるのが面倒なわけで、事実を知れば自分の母親が何をし、その結果エレナの母親もバカンスを切り上げて娘2人を連れてパリ(郊外)の自宅へ戻るだろうこともフェルナンドはお見通しなわけです。

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Last updated  2008.02.13 23:45:15
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