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1901年、東京専門学校(のちの早大)に野球部ができました。 挑んだ初陣の相手は、当時の強豪・学習院。試合は学習院の優勢裡にすすみ、9回表まで3-6。当然の経過というべきだったが、9回裏、東京専門学校のラッキーな安打もあって逆転し、ついに7-6の奇跡的な勝利。 逆転勝ちを収めた選手は、大いに喜び、学校へ戻って掲示場に二畳大の大きな紙に書いた。「我が校野球部は学習院と戦い、これを粉砕せり」。 書いたのは、この試合に出場していなかった盛岡中出身の弓館芳夫(ゆだてよしお)。勝利の高揚か、それとも確信か。この「奇勝」が、やがて早稲田野球の原点になったと大和球士は記している。
2025.01.29
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前回の続き。 ボーク判定に揺れた慶明戦。慶應の打席にいたのは、後の高野連会長・牧野直隆でした。この試合、慶應が7x-6でサヨナラ勝ちすると、怒った明大応援団5,000人がグラウンドへなだれ込む大混乱! ところでこの牧野選手、2年後にあの「水原リンゴ事件」にも遭遇します。歴史はつながっていますね。
2025.01.27
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今春のセンバツ出場校が決まりました。大阪代表校ゼロは昭和2年以来98年ぶりの珍事!と云えるかも!ちなみに、その年の優勝校はエース小川正太郎(のち早大)擁する和歌山中。(写真)小川正太郎(『忘れじのヒーロー』ベースボール・マガジン社より)一方、準優勝の広陵中には八十川胖、田部武雄(明大)、小川年安(慶大)らが在籍。彼らは後に、伝説の「八十川ボーク事件」でも歴史に名を残すことになります。※八十川ボーク事件とは、昭和6年春、明治-慶應戦で八十川胖のボーク判定を巡り、明治大応援団が暴力事件を起こした伝説の騒動。「リンゴ事件」と並ぶ東京六大学野球不祥事として記録されている。
2025.01.25
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