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2007.05.20
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カテゴリ: I think
最近、でもない。金属バット殺人事件が起きたのが

単位のあり方が変わってしまったのだと思う。

自分の娘や息子を拳銃で打ち、元妻を人質に立てこもる
というあり得ないような事件を起こす50歳の男もいれば、
「殺すのはだれでもよかった」と言い、母親の手を
白く染めて植木鉢に差し込む17歳もいる。
スクーターのメット入れにいたいけな子どもを押し込めて
死なせ、山中に遺体を遺棄するバカ両親もいれば、

男もいる。

どうしてこうなったのか。しかも、今後さらに悲惨な
ことになると、確信に満ちた気持ちを抱くのはなぜなのか。
答えはすぐに出る。間もなく親になる年齢の若者に
全く期待が持てないからだ。
教育が悪過ぎる。

大人の「はしか」が大流行しているそうだ。
我々が子どもだったときは、皆が感染した病気だった。
以後、ワクチン接種が普及し、子どもがはしかに
苦しむことがなくなった。と、思った途端、副作用が問題に
なり、予防接種が「任意」になった。その世代がいまになって

病気である。今年の大流行以前にも、年間20~30人は
死者が出ていた。今年は大きく上回るかもしれない。

副作用が発現する確率と、大人になって罹患し、死者が
出る確率は同じかそれ以上なのだろうか。
よしんば、副作用が出る確率の方が低いなら、

大人になってはしかで死んだ我が子にどう詫びるのだろう。

人の生死にかかわることを、「任意」という役所の
責任逃れのやり方に従ってしまった親もまた、
間違った戦後教育の産物である。
個人の権利ばかりを主張し、利己主義に抵抗を感じず、
義務を果たさなくてもいいと教えてきた教育の悪しき
産物であり、信念や威厳をなくした親がつくり上げた
自分自身のコピー人間だ。

日本がこんなことになった原因は、“平和ボケ”そのものだが、
根本は、“食うに困らない”という状況だ。
食べることに困り、命の危険を感じ、親や周囲の大人が
自分を生かしてくれているということを子どものときに
実感していれば、家族はいつまでも家族でいられるし、
自分もまた、自分の子どもにそれを教えることが
できる。

生きることの難しさ、生きられることのありがたさ、
生きる意味、生まれてきたときから背負っている義務、
家族のあり方、家族としての生き方、そうしたものを
きちんと見詰められる教育をしてもらいたい。

今後60年、日本は荒れ狂うだろう。60年かけて
人間をダメにしてしまったのだ。浄化するまでに
60年はかかるだろう。

前頭前野の形成が終わっていない、12歳以下の子どもには
早急に正しい教育を施さなければならない。
……しかし、正しい教育ができる人材がいない……。
絶望的である。





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Last updated  2007.05.20 17:23:35
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