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前回書いたように、カレーニョ・ブスタは対錦織戦第5セットのスーパー・タイブレークで自滅した。審判の判定に納得がいかずその怒りと無念さに囚われてしまったからだろうと思う。カレーニョ・ブスタに限らず多くのスポーツ選手が陥る感情の罠だ。感情が昂揚すれば火事場の馬鹿力のような普段は出ないような力も出ることは確かだが、怒りや失望などの負の感情に囚われれば、歯車が狂って技術的な精度が落ちるといった、スポーツ選手にとっては敗戦の要因になることが多い。大坂なおみが全豪オープンの決勝で優勝した後の記者会見で、21歳とは思えないことを語っていた。「(21歳という年齢でグランドスラムを2度続けて獲ったことに触れて)あなたは自分が年齢よりも大人だと思いますか?」と訊ねられた時だ。大坂は、「時にそう思います。大人であるというより、自分を感情から切り離すことができる(being able to disassociate my feelings)ことだ」と言っていた。その例として、第2セットの失望について触れた。このセットで大坂はマッチポイントを3連続で逃し、その上自分のサーブをブレークされ5-5のタイになり、その後2ゲームを続けて失い、第2セットを落とした。大坂のフラストレーションと失望は誰の目にも明らかだった。この時大坂の対応は、自分の力を無駄にしないためにすべての感情を遮断することだった、と語った。確かに、続く第3セットでの大坂はまるでアンドロイドのようだった、落胆も喜びもほとんど見せず、淡々とプレイを続けた。21歳でこれだけの洞察力を持っているというのは末恐ろしい。自分のことを振り返ると、僕がこれに近いことを意識したのは、まったく成長が遅くて恥ずかしい話だが、恐らく40代半ばだろう。それもスポーツの場ではなく、人生で幾たびか起きる失望や無念さから自分を守るために已むを得ずに喜怒哀楽というものを意識的に抑制しようという戦略だった。場面は違うものの、大坂や僕の取るこういった戦略は、果たして人間としての幸せに通じるんだろうか?他のグランドスラムの優勝者に比べて、勝利の瞬間に大坂があまり感動していないように見えるのが、僕には気にかかる。敗者に対する思いやりからなのか、ほとんど喜びを爆発させない。感情を切り離した結果、人間としての喜びの溢れまでも失くしたのでなければいいが。
2019.01.27
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パブロ・カレーニョ・ブスタは真面目で穏やかな人柄を持ち、マッケンローやズベレフとは違う品格の人である。その彼が試合後主審と握手もせずに自分のテニスバッグを2メートルほど投げ飛ばしテニスコートを怒涛のごとく立ち去ったのは、それなりの理由があった。準々決勝進出をかけた対錦織戦、第23シードのパブロは格上相手に押し気味で試合を進めた、2セットを先取、第3セットのタイブレークを惜しくも落とし、第4セットでもブレークを許し落とした。しかし第5セットのスーパー・タイブレークは8-5とリードしていた。スーパー・タイブレークとは、今年のオーストラリアン・オープン(全豪オープン)で取り入れられた最終セット専用のタイブレークだ。昨年までは、USオープンを除いてグランド・スラム(四大大会)では最終セットのゲームカウントが6-6になった場合は、2ゲーム差になるまで永遠に続けることになっていた。だから、ゲームカウントが70-68というような、バスケットボールの試合かと思わせるような異常事態が、2010年のウィンブルドンで起きた。スーパー・タイブレークは先に10ポイント取った方が勝ちになる(通常のタイブレークは7ポイント)、ただし2ポイント差がつかなくてはいけない。パブロ・カレーニョ・ブスタの8-5のリードは、100パーセントではないものの、十中八九勝利を手にしたと言える。しかし、テニスは最後のポイントを取るまで何が起きるかわからない。次のラリーでパブロの放ったショットがコートの(錦織から見て)左側のネット上部に当たり、錦織のコートのライン際に落ちた。駆け寄った錦織はバックハンドでダウン・ザ・ラインにパッシングショットを撃つ、一方パブロはクロス・コートをカバーするため反対方向に走っていた。錦織がショット撃った1/10秒ほど前に、線審が「アウト」と叫んだ。パブロはここでチャレンジ(ビデオ・レビューを要求すること)した。彼としてはそれしかないだろう、彼のショットは線審によってアウトとされたのだから、頼みの綱はhawk-eyeのレビューしかない。ビデオで見るとパブロのネットボールはラインにかかっていた、つまり判定は覆り、このポイントはやり直しになるはずだ。ところが審判は、パブロにとっては驚愕の判定を下した、錦織の次のショットがダウン・ザ・ラインに決まっており、反対方向に走っていたパブロには取ることは不可能であった、ゆえに錦織のポイントである、と。つまり、パブロのジレンマとでも呼ぼうか、チャレンジしなくても負け、チャレンジして覆っても負け、その上チャレンジしたことでチャレンジ権を一つ失う、という最悪の結果になったのだ。壊滅的な心理ショックを受けたパブロ・カレーニョ・ブスタは、このポイントの後1ポイントも奪うことなく、最後は錦織のエースの行方を見届けることもせずコートを去った。(試合後のツイッターで、パブロはコートを去った時の自らの行動を謝罪した。)
2019.01.22
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