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本日も晴れて気温も高かった! 夕方、この機を逃すまいと散髪に行った。 これまでずっと寒い日が続いていたので、散髪の後、頭から風邪を引いてはいけないと思って延び延びになっていた。(この部分、掛詞) 1時間ばかり早く職場を出たのだが、向こうの山々が少し靄って見える。黄砂現象にしては早すぎる。 中国の大気汚染が、日本にも押し寄せている。今日は近畿地方が酷かったらしい。 かつて日本の大都市でも光化学スモッグがあったが、北京のように昼間でも車のライトを点けなければならないということは無かった。 困ったお隣さんだ! あの国は、政治体制は社会主義を掲げているくせに、一人一人のモラルは放任主義だ。元々、あの国の人達は利己主義の塊だから。
2013.01.31
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真冬の寒さに震え上がっていた先週とは打って変わって、今日は春のような陽気だった。明日も今日と同じぐらいの暖かさだそうだ。 その代わり、空気が乾燥しきっている。インフルエンザは、空気が乾燥していると罹りやすいという。 部屋の湿度を加湿器などで調節し、人混みに出掛ける時はマスクが必要だ。 このまま温かくなるのなら良いが、そうは問屋が卸さない! あと2、3回、寒波がやってくるだろう。 ところで、物事がそう容易くは進まないことを「そうは問屋が卸さない」というが、その語源は如何に!と、調べてみた。 この言葉が使われ出したのは、江戸時代からだそうだ。流通業界の主役は問屋であり、そこから材料を生産者に渡して物を作らせ、それを一旦集めてから小売業者に卸す。 したがって、小売業者は、問屋の言い値で取引をしなければならない。小売業者にとっては、問屋は逆らえなかったのだ。 それが転じて、こちらが幾ら腹積もりをしようとも、事は思うようにいかないことをそう言い出したらしい。
2013.01.30
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夕方、駅前をバス停に向かっていると、突然曲がり角から自転車が飛び出して来た! 思わず身を翻して避けた。近頃、足腰が衰えて、歩くのもやっとという状態だが、何故かこの時は体が反応した。 自転車が飛び出して来たのは歩道である。本来なら押して歩かなければならないのに、そんなことは知ったことか!という人が多い。 本来なら2mぐらいはあるそのコーナーも、夕方になると屋台が出て道の半分以上を塞ぐ形となる。その為、曲がり角は1mあるかないかである。 その通りには点字ブロックが敷かれているが、その上の屋台がデーンと店を広げている。 近くに交番があり、数人の警察官がいるのだが何の注意もしない。其所の屋台は昔からあり、点字ブロックが敷かれたのは近年だ。 その為、屋台の営業権か何かあり、それが点字ブロックに優先しているのかも知れない。警察が黙認している以上、他の人も何も言えないのだ。 夕方、駅の方を歩く視力障害者は困るだろうに、別にそういう話も聞かない。 -------------------------------- この22日に、アサヒ飲料から発売された「フォション ショコラティー」だ。珍しさも手伝って、飲んでみた! 口の中ではココアだが、喉を通る時に紅茶が香る。一度飲んでみる価値はあるが、また買うか?と聞かれたらやんわりと断るだろう(^o^)
2013.01.29
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この作品は、以前に見たNNNのドキュメンタリー「ママからの伝言―ゆりちかへ―」をドラマ化したものだ。 このドキュメンタリーを見た時、私は強い衝撃を受けた。人間は、我が子の為ならここまで強くなれるのかと思った。その時のことは、2009年5月13日の日記に書いている。 さて、どんなドラマに仕上がっているかと期待して見たのだが、緊張感に欠け、愛する我が子を残して死んでゆく母親の心の葛藤が描けていなかった。 ドラマとドキュメンタリーでは、当然迫力が違うのは分かるのだが、もっと母親の内面に切り込んで欲しかったと思う。 とは言うものの、テレビの力は凄いもので、楽天ブックスやアマゾンでは、この本がたちまちベストセラーになっているようだ。 私が買った時は単行本だったが、今回は文庫本になっているらしい。 この本を読んだ人の何人かは、ゆりあちゃんに手紙を書くことだろう。 でも、一時の感情にまかせて書いて欲しくない。書くのなら定期的に、ゆりあちゃんが成人するまで責任を持って書いて欲しいと思う。 それが晃子さんの、切なる願いでもあるからだ!
2013.01.28
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昼間、テレビで「大鹿村騒動記」を放送していたので観る。この映画、つい先日封切られたと思ったら、もうテレビで放送していた。 この映画は、俳優の原田芳雄さんの遺作となった。上映会の時、車椅子で駆けつけていたのをテレビで見た。 この映画は、長野県の大鹿村で300年の歴史を持つという村歌舞伎を中心にして、その村に暮らす人々の姿を描いていた。 監督は「亡国のイージス」などを手掛けた阪本順治氏、テーマ音楽は故 忌野清志郎 氏だった。 俳優陣も原田芳雄、大楠道代、岸部一徳、松たか子、佐藤浩市、三國連太郎、瑛太、でんでん、小野武彦などそうそうたるメンバーだった。他に大鹿村歌舞伎の人達も協力して、奥深い作品になっていた。 最初に画面を見た時、秋の信州の山々の色が目に飛び込んできた。そして、歌舞伎の衣装のカラフルなこと。この映画は、色彩だけでも一見の価値はある。 物語は、初老の男女が大鹿村のバス停に降り立つところから始まる。この二人、18年前に駆け落ちした風祭善(原田芳雄)の妻 貴子(大楠道代)と幼なじみの治(岸部一徳)だった。 話は痴呆症やリニア新幹線などが絡まり、大鹿村歌舞伎の本番へと続いていく。この村の人間関係を名優達の巧みな演技で描いていく。 いい日本映画を見た気がする。
2013.01.27
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「アテルイ伝」を見始めたのを切っ掛けに、蝦夷に関する様々な本を読んでみた。その中で、武士道というものは蝦夷の生き方が色濃く残っているという説に、なるほどと思った。 東国に暮らす人々は、都から蝦夷とか東夷と呼ばれて蔑まれてきたが、彼らの「嘘をつかない」、「敵に背を向けない」、「決して卑怯な振る舞いをしない」などの生き方は、その後「武士道」という日本人の精神的支柱になった、というものだ。 蝦夷は、全国に移住させられ、日本中にその血と生き方が広められていった。そうやって日本民族が出来上がった。 日本人は中国や朝鮮の人達よりも、全国的に髭の濃い男性が多いといわれている。これも蝦夷が全国に広がった証拠だと言われている。 それを読んで、私の長年の疑問が解けた様な気がする。長年の疑問とは、「古事記」などに記されている英雄達の行為が、武士道とはかけ離れているからだ。 例えば、日本武尊(ヤマトタケルノミコト)がクマソタケルを討つ時、女装して宴の席に忍び込んだという。これも作戦のうちだと言えばそうだが、英雄の振る舞いとしては疑問が残る。 また、須佐之男命(スサノオノミコト)が出雲国で八岐大蛇(ヤマタノオロチ)を退治する時、泥酔させて身動きが出来ない状態にしておいて斬った。 大蛇に一人で立ち向かったのだから、勇敢だったことは認めるが、酔わせておいて斬ったというところに、素直に英雄だと認めがたいものがある。 武士というものが形成されるのは、桓武天皇の曾孫である高望王が「平」の姓を宇多天皇より賜り臣籍降下して関東に赴き、その息子 平国香らが板東に根を張ってからだと言われている。当然、彼らの血統は東国の人達のものが濃くなっていった。 アテルイ達を滅ぼした桓武天皇の子孫が、東国に赴いて武士団の基礎を築いたという辺りが、歴史の皮肉というべきか! だから歴史は面白い。
2013.01.26
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今朝は寒くなると、昨夜の天気予報で言っていたが、部屋の温度は8度と高かった。しかし、外を見ると吹雪だった。 一日中気温は上がらなかった。この寒波は暫く続きそうだ。 今朝7時前、アルジェリアから政府専用機が羽田に帰ってきた。人質事件で犠牲になった10名のうち9名の遺体、そして生存者7名が帰ってきたのだ。 羽田空港は晴れ上がり、政府専用機が着陸する時、朝日が昇っていた。その美しさが、余計に無念さを感じさせる。まさに彼らは、日出ずる国日本に帰ってきたのだ。 夕方、駅前で号外を配っていた。センバツ高校野球大会に、岩国商業が選ばれたと書いてあった。 センバツのことなどすっかり忘れていたが、確実に春はやって来ているのだ。
2013.01.25
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菅官房長官が午前の会見で、アルジェリアで起きた人質事件の犠牲者の氏名を公表することを明言した。発表は、政府専用機が帰国してからになるという。 これまでの犠牲者の氏名を公表しないとした政府の見解に、日本中の人が何か釈然としないものを感じていた筈だ。 政府と日揮株式会社としては、突然の事件に巻き込まれて命を落とした方々の家族の心情を推察してのことだっただろう。 しかし、この事件は余りにも衝撃的で、世間の耳目を引いた。恐らく日本中の人々が、多かれ少なかれ心配していたのではないだろうか。 この期に及んで、氏名の公開は控えさせて下さいと言われても、名前がないと事件そのものの実態すら掴めない気がする。 この問題では、ネット上にも様々な意見があった。中には、税金で買った政府専用機を使うのだから、氏名ぐらいは公表してもらいたい、といった意見まであった。 今はネット社会だから、政府や日揮が内緒にしても、たちまち何処からか情報が漏れ出すだろう。 名前が公表されても、報道機関は事実だけを粛々と伝えるだけでいいと思う。報道という錦の御旗を振りかざして、悲しみに暮れている被害者家族の元に取材に行くのだけは止めて欲しい。
2013.01.24
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本州は大寒で震え上がっているが、もう沖縄では桜前線がスタートしたそうだ。石垣島から始まり、現在は沖縄本島でも咲いているという。 今シーズンの沖縄の桜の開花は、例年よりも21も早く、昨年の12月28日に観測されたそうだ。 咲いている桜は、ヒカンザクラ(緋寒桜)という種類で、ソメイヨシノに比べて、ピンクが強いというか赤に近い色合いだ。 確かオリオンビールの缶に、ヒカンザクラのイラストをあしらったものがあったな。 本州で桜が咲くのは3月の終わりだ。3月一杯で定年退職する教職員が多いが、今年度はちょっと違うらしい。 国家公務員の退職金を引き下げる法律が、昨年の11月に成立した。これを受けて、各都道府県も条例を改正する動きがある。 埼玉県では、来月1日から、退職金が約150万円引き下げられるというので、教職員だけでも110人が早期退職するそうだ。 卒業式や終業式を待たずに学校を去る教員達、彼らにとっての生徒とは何だったのだろうか。 彼らは己の仕事に、自ら泥を塗ったのだ。2月と3月分の月給を差し引くと、差額は100万に満たない。それだけの金銭の為に、40年近く勤め上げてきた職を途中で捨てるのだ。 こんな先生達なら、生徒から尊敬も信頼もされてはいないのだろう。幾ら先生も労働者だと言っても、やはり他の業種とは違って、人間を育てるという大きな使命を負っているのだ。
2013.01.23
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職場でも、インフルエンザで休んでいる人が出始めた。今日の新聞を見ると、インフルエンザの患者数が、昨年12月中旬に比べて10倍以上に跳ね上がっているそうだ。 その反面、ノロウイルスなどの感染性胃腸炎の患者数は減少傾向にあるという。 都道府県別では、群馬、茨城、千葉、栃木、福島、埼玉、佐賀、福岡の順になっているそうだ。 これを見ると、流行は東日本と九州から始まっているらしい。今シーズンもA香港型が主流だそうだ。 予防には、マスク、うがい、手洗いが最も重要だが、室内を適度な湿度に保つことと、バランスの取れた栄養と睡眠、なるべく人混みは避けるなどが挙げられる。 1918年から1919年に掛けて、スペイン風邪というものがヨーロッパを中心に世界中で流行し、感染者数6億人、死亡者数4000万人から5000万人という大きな被害が出たそうだ。このスペイン風邪も、A型インフルエンザウイルスだったという。 現在は医学が進歩して、これほどの被害は出ないはずだが、油断大敵、いつパンデミック(大流行)を引き起こすかも知れない。
2013.01.22
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朝から曇っていたが、午後から天気予報通りに雨になった。帰る時は、かなり強い雨になって足下が濡れた。まるで梅雨時の雨のようだった。 この時期は、上空の温度の僅かの差で、雪になるか雨になるかが決まってくる。 雨の場合は、降っている時は鬱陶しいが、上がれば後を引かない。しかし、雪だったら溶けてからも埃っぽくて困る。
2013.01.21
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日本政府は、総理大臣官邸に「在アルジェリア邦人拘束事件対策本部」を設置して対応に当たっているが、今なお邦人10名の安否が分かっていない。 我々は、今回のアルジェリア政府が取った軍事的手段を非難することは出来ない。アルジェリア政府には、国家の利益を守るという大義名分がある。 日本においても、現在のように生命を第一に考えるようになったのは、第2次大戦の後であり、それまでは体制維持の方が個人の生命に勝っていた。 我々は、石油や天然ガスを安定的に輸入する為に、沢山の日本人が危険を顧みずに世界中に赴いていることを改めて知った。 先の総選挙で原発反対を叫んでいた候補者の中に、石油や天然ガスを調達するための最前線で働く方々に思いを馳せた者が居ただろうか。 国家を維持していく為には、莫大なエネルギーが要る。エネルギーの転換には、長い年月と技術と費用を要する。一朝一夕にはいかないのだ。 現在の法律では、邦人避難の為の我が国の専用機すら出せないようになっている。紛争地域などからの邦人避難に、政府専用機や自衛隊機を派遣出来るように法整備を行わなければならない。 独立国としての当然のことが出来ないのが、現在の日本だ。これからは、益々世界中が不安定になっていくだろう。 我が国の存続に関わるようなことが起こっても、何も出来ないでは済まされない。そろそろ平和ボケから、目を覚まさなければならない。
2013.01.20
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今日と明日の2日間、全国707の会場で「大学入試センター試験」が実施される。 毎年思うことだが、何故に寒さの厳しい寒の時期に行われるのだろうか。 戦後の国立大学の入試は、一期校と二期校とに分かれていた。それが1979年から1989年の11年間、「共通一次試験」というものに変わった。1990年から「大学入試センター試験」となり、現在に至っている。 このように入試制度にかなりの変更を行ったのに、入試の時期には変更が行われていない。 せめて2ヶ月繰り上げて11月に実施すれば、雪による交通機関の乱れもなく、インフルエンザに怯えることもない。 11月に実施すれば、余裕を持って次の進路についても考えられると思う。 恐らく、2月末から3月に掛けて各大学で実施される2次試験から逆算してのことだと思われる。 この制度を検討した人達は、試験を受ける側の身になって考えていたのだろうかと疑問を感じる。
2013.01.19
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今朝、恐る恐る窓の外を見た。昨夕の雪の降り方だと、今朝は15センチぐらい積もっているだろうと思った。 しかし、予想に反して1センチ程度しか積もっていなかった。安心して、普段通りに出勤した。 今回は福岡地方の積雪が深刻だったようで、高速バスも停まるバス停には、「周南福岡ライナーは全面運休」という張り紙がしてあった。 今年の冬は、雪こそ少ないが寒さは異常だ。家の中でも、水道管が凍結したところもある。
2013.01.18
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朝から寒い日だった。夕方、家に帰る途中から雪になった。職場がある海岸部では、曇ってはいたが雪は降っていなかった。 高度が上がるにつれて、霙から牡丹雪になった。下の写真は、家に帰り着いて撮ったものだ。 実際は向こうが見えないぐらい降っていたのだが、写真だと大したことが無い様に写る
2013.01.17
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今朝8時25分頃、山口宇部から羽田に向かっていたボーイング787が、操縦室内に異臭が立ち籠めた為に、高松空港に緊急着陸した。137名の乗員乗客は、脱出用シューターを使って避難した。 このところ毎日のように、B787のトラブルのニュースが伝えられる。新鋭機には、実際に運航してみなければ分からない故障が起きるものだ。これを初期故障と呼ぶが、余りにも多いし、深刻な事態を招きかねないものまである。 新しい技術を詰め込むと、これまで予想しなかったようなトラブルが起きるものだ。B787は、従来の旅客機よりも電子化が進んでいるという。旅客機の技術が、これまでとは全く違う新しい段階に入ったのだろう。 かつてイギリスの旅客機コメットが、初めてのジェット旅客機として華々しく登場したが、就航後僅かの期間内に3機が空中爆発した。 事故調査の結果、機体の強度不足と分かった。従来のプロペラ機よりも高高度を飛行する為、空中では胴体に与圧をする、つまり機体が風船のように外側に押されることになる。それを何百回と繰り返すうちに機体に金属疲労が生じて、遂には破裂したのだ。 この度のB787の一連のトラブル、徹底的に調査して、早く安心して利用出来る空の足を取り戻して欲しい。
2013.01.16
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でも、苺は食べなかった。この時期は苺と言っても、ケーキやお菓子類に使ってあるものを食べるのが殆どだ。 大手コンビニのHPを見ていたら、「村田さんちのいちご」なるものがあった。 ネットで調べてみると、この「村田さんちのいちご」は、かなりのブランドらしい。 私は初めて知った次第だ。東日本では有名でも、西日本まではその名が響いてこないのか、それとも単に私が知らなかっただけなのか。 この苺を作っている村田農園は茨城県にある。この辺りは一昨年から去年に掛けて、風評被害で随分苦い思いをしたことだろう。 逆境を撥ね除けた「村田さんちのいちご」、これからどんどん伸びてゆくだろう。
2013.01.15
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昨夕から雨になっていた。今朝起きたら、地面がうっすらと白くなっていた。霙から雪に変わったらしく、地面は白いがベチョベチョだった。 昼のニュースで、東京の大雪を伝えていた。日本中が、爆弾低気圧の覆われたようだ。 雪の中を新成人達が、成人式の会場に向かっていた。特に女性は晴れ着姿が多い。この風景は、ここ数十年変わっていない。 現代は着物を着る機会は数えるほどしかないが、成人式だけはと親も思うのだろう。もしも成人式で着物を着なくなったら、日本の着物文化は消えてゆくだろう。 一着の訪問着の為に、幾人もの手が掛かっている。それらも一つの産業だ。こう考えると、決して無駄なことではないと思う。
2013.01.14
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録画しておいた深夜映画、「アデル/ファラオと復活の秘薬」を観た。フランスのコメディータッチの映画だった。 監督は、今のフランスを代表するリュック・ベッソンだった。話の展開が速く、奇想天外な世界が繰り広げられる。 フランス映画特有の世界だ。これをハリウッドが作れば、軽やかさがなく野暮ったい作品になったことだろう。 惨たらしい場面もサラッと流してしまって、次にどんどん移ってゆく。 あらすじは、探検家のヒロインが妹の怪我を治す為に、ファラオの侍医を蘇らそうと奮闘するというものだ。 娯楽作品というものは、理屈抜きで楽しめ!と、言われている感じがした。
2013.01.13
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昨日から、NHK BSプレミアムで始まった「火怨・北の英雄 アテルイ伝」の第1回の放送を見た。全4回の放送だ。 時代考証といっても殆ど記録が残っていないので、その時代の生活様式や武具の再現には苦心したことだろう。 朝廷軍の上級者の甲冑は、古墳などから出土したものを参考に作ったのだろうが、余りにも派手で光りすぎていたように思う。実際は、もっと地味で重厚ではなかったかと思う。 兵士の服装は、殆ど想像の域だっただろう。私のイメージとは異なっていた。 アテルイら蝦夷と呼ばれていた人達の弓は、和弓といわれている長いものではなかっただろうが、当番組に出てきたような短いものだったどうかは分からない。ただ、森の中で狩りを行うには、和弓のような長大なものは不向きだ。 形よりも、この時代の人達の心情を少しでも分かりたいが、ものの考え方も時代によって異なるということ頭に入れておかなければならない。 この大和朝廷の東北進出は、原始共同体と中央集権の戦いだったとも言える。 長い戦いの結果、双方が妥結の道を模索したのではないかと思う。恐らく、その妥結交渉の為に、アテルイとモレが都まで赴いたのではないか。 ところが、都で待っていたのはアテルイらの処刑だった。彼らもさぞ無念だっただろう。 アテルイに関する文献には、アテルイを阿弖流為、モレを母礼などと漢字で表記してあるが、これは朝廷方が字を当てたものだと思う。 この時代、まだ東北の民人達の間では、文字というものは無かっただろう。一事が万事この有様だから、我々は伝わっている歴史の裏側に隠れている真実を読み解かなければならない。 視聴者がこのドラマを見て、古代日本の歴史に関心を持つようになれば、この「アテルイ伝」も成功と言えるだろう。 世間の多くの人は、卑弥呼の邪馬台国や紫式部の源氏物語は知っていても、その間の日本の歴史につては関心が薄いように思う。
2013.01.12
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昨日、ソーシャルゲームのDeNAが、3月で廃部になるSB食品陸上部を引き継ぐことを発表した。 DeNAは、昨年、プロ野球のベイスターズを買収して「横浜DeNAベイスターズ」を発足させたばかりだ。 企業の営業成績が悪くなると、真っ先に存続を問われるのが、所属のスポーツクラブの活動だ。 走る広告塔と言っても、オリンピックなど世間の耳目が集中する選手を抱えなければ、企業としての費用対効果が疑問視される。 スポーツクラブを持つ企業が、製造業からコンピュータ関連に変わっていくのも時代の趨勢というものだろう。 思えばプロ野球も、戦後の長い間、鉄道会社が持つ球団が多かった。国鉄スワローズ、南海ホークス、阪急ブレーブス、近鉄バッファローズと名前が挙がる。 東映フライヤーズや松竹ロビンスといった、映画会社が持っていた球団もあった。それらも親会社の成績が傾くと、別の企業に移っていった。 現在のソフトバンクホークス、楽天イーグルス、横浜DeNAベイスターズといった会社は、パソコンや携帯電話がなかったら絶対に存在しなかった球団だ。 プロスポーツや企業所属のスポーツクラブというものは、どの産業が成長過程にあるかを映し出す鏡だとも言える。
2013.01.11
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年が明けてからずっとだが、今週は特に寒い。今夜は放射冷却で、明日の朝は今日にもまして冷え込むそうだ。 冬至の前から夕暮れは遅くなっていたが、日の出は1月になってもまだ遅い。朝の支度をする時は、外はまだ真っ暗だ。 1月の中旬頃から、日の出も少しずつ早くなり、漸く春の予兆を感じるようになる。 ネットの新聞を見ていたら「ななつ星in九州」の話題が載っていた。 「ななつ星in九州」というのは、今年の10月15日から、JR九州が開業を予定している観光だけを目的とした列車だ。ゆっくりと電車で九州を巡る旅だ。 3泊4日コースと1泊2日コースがあり、それぞれ週1便の運行になっている。 列車の豪華さに驚き、次は運賃にも驚く、まさに驚愕の列車だ。まるでホテルが線路の上を走っているようだ。 3泊4日で一番豪華な「DXスイートA」、1人で利用した場合は95万円となる。2人で利用すれば55万円となる。 一番安いスイートでも、1人で利用すれば60万円、二人では38万円だ。 暇とお金を持て余して方達には好評なようで、もう来年の1月に運行する便の予約を受け付けている。 昨年の10月、今年の10月から12月の出発便の予約を行ったところ、約7倍の競争率だったそうだ。
2013.01.10
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昨日、山口県はインフルエンザのシーズンに入ったと、県下全域に注意を呼びかけた。 また、今日は「風邪の日」でもある。江戸時代の寛政7年(1795)に、横綱 谷風梶之助(2代目)が流行性感冒(インフルエンザ)で死亡したことから、この日を「風邪の日」と定めた。 谷風の命を奪った流感と谷風の「風」を掛けて、この日を「風邪の日」呼ぶようになったとも言われている。 谷風は、江戸本場所で63連勝を記録するという無類の強さを誇っていたが、こんな頑強な男でもインフルエンザには勝てなかったのだ。 1月の後半から2月に掛けて、寒さも本格化する。私の祖母が、冬休みが終わって学校が始まる頃になると寒くなる、と嘆いていたそうだが、言い得て妙である。 大学入試の第一弾、センター試験が1月19、20日にあり、私立大学の入学試験も2月に集中している。高校入試も控えている。 今年はインフルエンザに加えて、ノロウイルスの心配もある。受験生の居る家庭は、家族全員の健康管理が重要になってくる。 麗らかな春を迎える前に、大きな試練が待っている。学力だけでなく、体力と運も将来を決める要素になってくる。 しかし、大人になってつくづく思うことは、良い学校を出たから成功するというものでもない。重要なのは、常に勉強を怠らない姿勢だ。
2013.01.09
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昨日は閑散としていたバスや駅前も、今日はいつもの賑わいを取り戻した。 以前、バスの運転士さんが話していたが、昔は休日になると電車が到着する度に、沢山の人が駅から街中に溢れるように出ていったそうだ。 ところが近年では、土日に高校生が居ない為、街中を閑古鳥が鳴くようになった。 12月で、最後の一館となっていた映画館が閉じたし、2月末でただ一つの老舗百貨店も閉店する。朝晩の人通りも学校在ってのものであり、土日は昔と比べようがないほど人が居ない。 かつて駅ビルが賑わっていた頃は、2階に書店、薬屋、呉服屋などの店舗が並び、3階が食堂街だった。 現在は、2階も3階も商業活動をしていない。空恐ろしくなるような寂れ様だ。
2013.01.08
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夕ご飯に七草粥を食べた。粥と言っても、粘っこいおじやに近いものだった。我が家のお粥は、例年これぐらいの固さだ。 この七草粥は、お正月にご馳走を食べ過ぎて、弱っている胃腸を労るという意味があるという。 今日は一週間ぶりの出勤だったが、休みボケもなく、すんなりと仕事に取り掛かれた。 これで良しとするべきだろうが、あーあ結局休みと言っても遊ばなかったなぁと思うと、ちょっと寂しい気もする。もう遊ぶ歳でもないか。 昨日、15分遅れで「山本五十六」を観た。話の筋は目新しいところはなかったが、コンピュータ・グラフィックスが素晴らしく、あたかも本物の戦艦、空母、戦闘機が画面上を動き回っているかのようだった。 昔の三船敏郎主演の「山本五十六」では、一式陸攻が明らかに針金のガイドに着けてあったのが分かったものだ。 この役所広司主演の「山本五十六」でも、山本長官は機上で戦死したことになっていた。三船敏郎の時もそうだった。その他、昔、テレビで観た映画でも機上戦死をとっていた。 昔読んだ本に、「山本五十六検死ノート」というものがあった。 この本を読むと、長官機の捜索に赴いた陸軍少尉の証言が載っていた。それによると、山本長官は不時着した機から這い出して、同機に搭乗していた別の将校と僅かの時間話をしていたらしいという。体を引き摺った跡が残っていたそうだ。 しかし、捜索隊が到着した時点では、山本長官以下全員が死亡していたそうだ。 何故、この様な証言があるにもかかわらず、山本五十六長官は機上で戦死したという説をとるのか分からない。
2013.01.07
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昨年の「平清盛」は、貴族社会から武家社会への移行期の混乱を描いていたが、今回の「八重の桜」は、武家社会から近代社会へ生まれ変わる苦しみを描く。時代の変革期には、多くの人の血が流されるものだ。 当時の会津藩主 松平容保公は、養子であった。養子であるが故に、より会津人らしく振る舞わなければと思ったのかも知れないし、その殿様の意向と会津の純朴な人達とが相乗効果を成して、あのような悲劇的な最後になったのではないかと思う。 この「よりらしく」という言葉は、時として厄介なものになる。会津藩と行動を共にした新撰組は、局長の近藤勇も副局長の土方歳三も、共に武士では無かった。郷士の身分だった。 したがって、武士に憧れ武士道というものを追求しようとした。その結果として、新撰組内で、「武士にあるまじき行い」という理由で切腹させられた者の数が、取り締まりなどで命を落とした者よりも多い。 会津藩に話を戻そう。長州藩も薩摩藩も、最初から勤王倒幕一色だった訳では無い。長州藩の中も、二派に分かれての血の抗争があった。薩摩藩も然りだ。 そういう内部対立を乗り越えて、高杉晋作や桂小五郎らが現れ、薩摩においても西郷隆盛や大久保利通らが表舞台に立った。彼らは、いずれも下級武士だった。 会津藩の不幸は、新しい考えを持った若者達が現れなかったことだと思う。殿様の考えが、ほぼ罷り通った。それに反対したのは、家老の西郷頼母だけだった。 藩の考え方の根幹を成す「ならぬことはならぬのです」という言葉、それは武士としての心構えを説いたものだが、これが広い意味に使われて、新しいものの考え方を阻んでいたのではないかと、私は思う。 この大河ドラマ、只漠然と観るのではなく、設定を現代社会に置き換えて、いろいろと思いを巡らすと興味深い作品になるだろう。
2013.01.06
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最近、お笑いの人達を「芸人」と呼ぶようになった。その人達自身も、自分らのことを「芸人」と呼んで憚らない。 以前は、お笑いの人達も俳優もテレビタレントも、全て「芸能人」と言われていたように思う。 芸人という呼び方は「旅芸人」などというふうに使われて、テレビや映画に出る「芸能人」とは違う存在に感じられたものだ。 本来は、芸人も芸能人も同じ意味なのだろうが、最近ではお笑いを専門に行う人に限って「芸人」と呼ぶようになった。 言葉とは不思議なものだ。誰かが最初に、お笑いは芸人だ!と言ったのかも知れない。その呼び名をテレビやラジオが一斉に使えば、その言葉は定着する。 では、何をもって芸人と俳優、落語家、漫才師を区別するのだろうか?という疑問に突き当たる。 芸人と呼ばれる人でも、俳優としてテレビや映画に出演している人もいる。本来は落語家でも、お笑い番組に登場している人もいる。 俳優、落語家、漫才師、テレビタレントの境が曖昧だ。何とか一門、何々座、何映画会社所属とか言えば、落語家や俳優となるのだろうが、近年は大きなプロダクションに所属している場合が殆どだ。 また何年かすれば、芸人という言葉も廃れて、芸能人に戻るのかも知れない。
2013.01.05
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正月三ヶ日が終わって、今日から日本列島全体が始動した。 テレビも、ローカル放送はもう通常番組みなったのだが、キー局は相変わらずお正月特番だ。通常番組が始まるのは、来週を待たねばならないようだ。 地元でも、海上保安庁の訓練始めやコンビナートからの初荷式があった。 出光興産徳山製油所は、2014年3月をもって操業を停止する。停止した後も、初荷の出荷式は継続するそうだが、精製工場が無くなったのに式だけはするというのも、ちょっと変な気がする。 操業を止める理由は、自動車がハイブリッドや低燃費になったので、ガソリンの消費量が減った為だといわれている。 技術が進むと、廃れるものと新たに始まるものがある。これも時代の流れというものだろう。
2013.01.04
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7時間近くの大作、全体的には良く纏まっていたように思う。 しかし、松平容保公と姉 照姫との余りにも親密なる演出には、些か驚いた。あの世の容保公と照姫様も、苦笑いされていたことだろう。 この二人、どちらも先代の松平容敬公の養子と養女なので全くの他人だが、照姫は会津藩の奥向きを全部取り仕切っておられたという。 容保公が安心して、表向きのことに専心出来たのも、この照姫の存在があったからだが、当番組では互いに思い合い始終一緒にいて、お酒の相手や着替えを手伝ったりしていた。 これでは下級武士の生活と変わりないではないか? 28万石(実際は40万石程度あったと言われる)の大大名が、こんな生活を送っていた訳がない。 親密さを出そうとしての演出だったのだろうが、余りにも事実と違いすぎる。照姫との関係は、あくまでも姉と弟だった。 照姫が籠城戦の先頭に立って、負傷兵らの手当てをしたというのは事実だ。この作品では、その凜とした照姫像が十分描かれていなかったのが残念だ。 なお、容保公がずっと着用していた緋色の陣羽織は、孝明天皇から下賜されたものである。最後まで自分たちの方が官軍だったのだと、訴え続けていたのだ。 また、容保公には子息が無く、やっと身籠もった女性を西郷頼母が脱出させるという筋だったが、これも事実と余りにも異なる。 松平容保公には沢山の子息がおり、その六男の松平恒雄氏の長女 勢津子様が昭和天皇の弟君 秩父宮殿下に嫁がれた。この時をもって、会津松平家の逆臣の汚名が返上されたという。 蛇足になるが、長州藩(山口県)との蟠りは深い。先日も東日本大震災に際して、山口県の方から送った義援金や救援物資に対してのお礼に、遙々会津若松市長が萩市を訪問した。 その時も、戊辰戦争の恩讐を超えてなどと、盛んに言われたものだ。そういう言葉が出てくること自体、まだ何やら残っているのだろう。 表面上は和解したように見えるが、完全に過去の歴史の一ページとなるには、もっと時間が掛かるかも知れない。
2013.01.03
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久々に面白い推理小説を読んだ。高田崇史 著「カンナ 奥州の覇者」だ。ネットでアテルイに関する本を探している時、偶然見つけたのだ。 左目の視力が極端に落ちて以来、文庫本が苦手になった。字が小さい上に、ページを捲るのが一苦労なのだ。 其所に登場したのが電子ブックだ。以前、Koboを紹介したが、2ヶ月ぐらい前に予約しておいた「Kindle fire HD」が先月届いた。 この「Kindle fire HD」は、電子ブック以外にネット、音楽、ビデオも楽しめる優れものだ。カラー画面は、iPadよりも綺麗だという。 難点をいえば、ちょっと重い。本体だけで395gあり、別売りのカバーを合わせれば400gを超えるから、片手で長時間持つということは出来ない。 しかし、机の上に置いたり、カバーを逆Vの字にして立たせたりして見ることも出来る。これからの私の読書の強い味方になってくれそうだ。 勿論、Koboも寝っ転がって読むのには最適なので、これまで通りに使う。 さて、「カンナ 奥州の覇者」は推理小説仕立てになっているが、坂上田村麻呂やアテルイの遺跡なども出てきて興味深い。 茨城県の「茨城」という地名は、そこに住んでいた土蜘蛛族の住居に茨の木を投げ込んで焼き殺したことに由来するという。念のために私もいろいろと調べてみたが、やはりそうだった。 岩手県の「岩手」は、同県内の三ツ石神社にある岩の鬼の手形に由来するという。鬼に、もうここには二度と来ませんという誓約に、手形を押させたという。 しかし、ここでいう鬼とは、元からその地に住んでいた人達だろうということだ。盛岡の「さんさ踊り」は、「鬼が去った、鬼が去った」と言うのが起源だ。 著者は、古代の文献や古代史に関する考察を多数読んだ上で、この小説を書き上げている。 我々は、北海道だけを現地人から奪ったかに思っているが、実は東日本の各地をも侵略していったことが分かる。 こう言う歴史は、日本だけでなく、アメリカ、オーストラリア、中国、ヨーロッパなど各地にある。 重要なのは、その敗者側の歴史も後世まで残すことだが、得てして勝者に有利に書き換えられたものだけが残りがちだ。
2013.01.02
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今年のお正月は、喪中なので静かなものだ。朝から全日本実業団対抗駅伝を見たり本を読んだりして、のんびりと過ごす。 年賀状も来ないだろうと思っていたら、何通か来ていた。こういう場合は、寒中見舞いを書いて、その中で年始の挨拶を失礼した理由をさりげなく書けば良い。 喪中葉書を出したのに、それでも来たのもあった。うっかりミスか、それとも事務的に書いているのか、こういう人は無視しても差し支えないだろう。 退職や高齢を理由に、年賀状の遣り取りを止める人がいるが、その気持ちも分かるような気がする。 歳を取ると、静かにお正月を迎えたくなる人も多いのではないだろうか。 年に一度の挨拶だから大切にと思うか、その程度の付き合いなら止めた方がいいと思うかは、本人の心一つだが。 この年賀状というもの、明治になり郵便制度が始まってからのものだろう。 それまでも飛脚で年賀状の遣り取りをしていた人達もいるだろうが、それはごく親しい間柄でのことだろう。 郵便以外の電話やメールといった通信手段が発達した現代では、年賀葉書の発行枚数が年々減ってゆくのも当然のことだと思う。
2013.01.01
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