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今朝もだいぶ降っていたが、仕事に出掛ける。バス停にいる間も、雪がどんどん降ってきた。路面は雪が踏み固められて、滑りやすくなっている。 いつも乗るバスは滅多に遅れたことはないのに、何故か今日は来ない。その内に、別のところか始発のバスが5分ぐらい遅れてやって来た。 私を含めて数人の通勤客を乗せて発車する。途中のバス停でも、5,6人乗せて、ほぼ満員になった。 田舎の道路だが、国道である。脇道から車が出ようとしていた。運転手さんが、ビッビーとクラクションを鳴らす。 クラクションが、ビーッという、けたたましい音を立てたまま鳴り止まなくなった。 運転手さんは、「しもうた!(しまった)」と言って、やおら運転席の側にあった新聞紙を丸め始めた。さらにそれを捻り、ライターを持って車外に出た!車の前の部分の下に潜り込み、待つこと20秒余り。クラクションの音が止んだ。「***が凍みちょるから、こんな日は鳴らさんようにしちょったんじゃが、つい習慣で鳴らしてしもうた!」と、言った。***は聞き取れなかった。その運転手さんは、もう定年を過ぎて今は嘱託の身分だと聞いたことがある。流石にベテラン、新聞紙を燃やして凍った部分を溶かすとは! 凍みる(しみる)とは、山口県では普通に使う言葉だ。標準語では、凍る(こおる)という。 辞書を引いてみると、源氏物語などにも使われているらしい。この様に、各地の方言には、古語辞典に出てくるような言い回しをするものが残っている。 「ちょる」は、もう皆さんご存じと思うが、「~している」という意味だ。 因みに、今年開かれる山口国体のマスコットキャラクターは、この言葉から名付けられて「ちょるる」という。
2011.01.31
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今日一日、応援疲れでまったりと過ごす。丁度、ニーニャンの写真のように(^o^) 監督の采配というものは、凄いと思った。岩政選手を投入してから、チームの動きがガラリと変わった。 試合は、圧倒的にオーストラリアが優勢だった。度重なるシュート嵐を、川島選手の神懸かり的なプレーで防ぎ、延長の後半で李選手の鮮やかなボレーシュートで決めた。 ザッケローニ監督になって、日本チームは一皮むけて、新たな段階に進んでいくような気がする。
2011.01.30
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今夜から月曜日に掛けて、この冬4回目の寒波が来るそうだ。庭には、この前降った雪が残っているというのに(>_
2011.01.29
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このブログに登場して、早1週間が経った。初めての当直も無事こなし、今ではダイニングで寝ることにしている。 最初は怯えていたファンヒーターの音も、今では子守歌ぐらいに聞こえているらしい。ファンヒーターの前の椅子が、大のお気に入りである。 勿論、夜はファンヒーターを切って寝るが、朝、ダイニングに行くと、この椅子の上にドッカと座り込んでいる。 この椅子、脚に車が着いているので、飛び乗ったら勢いで動く。初めは恐る恐る乗っていたが、今では動くのを楽しんでいるぐらいだ。 もう何年も我が家にいるが如く、堂々としたものだ。 写真を撮っていると、それを寄越せと言わんばかりに、手を伸ばしてくる。
2011.01.28
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通勤の時、バスが旧市内に入った頃からノロノロ運転になった。何故だろう? 別に事故でもないらしい。 暫くして、本日、その先にあるS高校の入学試験が行われることが分かった。子供を試験会場まで送り届ける父兄の車などが、ごった返しているのだろうか? このS高校は、私が住んでいる市で唯一の私立高校だ。山口県の私立高校は、公立に入れなかった者が行くという意味合いが強い。 したがって、今日の試験は3月の本番であるところの公立高校入試の腕試し、滑り止めなどが目的で受けている子が多いだろう。 私は、公立一本にしぼっていたので受けなかった。小学校、中学校ともに同じメンバーでお互いに気心も知れていたが、高校は彼方此方の中学校から集まってくる。試験当日は、随分緊張した覚えがある。 子供にとっては、人生で最初の関門だ。これから先、至る所に競争がある。
2011.01.27
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アジアカップ、日本と韓国の試合は、ハラハラドキドキだった! 0時過ぎには決着がつだろうと思っていたが、90分では勝負がつかず延長戦へ。 私は寝ようかと思ったが、この試合の行方を見守りたくて、とうとう試合終了まで見てしまった。 2-1で日本がリードしたまま延長戦が終わるかと思っていたが、やはり韓国は土壇場で意地を見せた。 これは大変だ! 韓国チームには追いついた勢いがある。この試合、韓国のものになるかな、と厭なムードが流れた。 それを振り払ってくれたのが、ゴールキーパーの川島選手の守備だった。結局、韓国チームは、ゴールネットを揺らすことが出来なかった。 日本チームは昨年のワールドカップで、パラグアイにPK戦で敗れた経験がある。あの繰り返しになるのだろうかと、日本中の人が思ったに違いない。 しかし、日本チームは進化していた。昨年、悔し涙を流した川島選手が、韓国のキックを防いだ。 この勝利は、パラグアイ戦で苦杯を舐めた、ゴールキーパーの川島選手や日本チームの成長の証だった。 この試合には、山口県出身の岩政選手が出場していて、随所で良いプレーを見せた。昨年のワールドカップでは、代表に選ばれたがついに出場の機会は回ってこなかった。 やはり選手に選ばれた以上、誰もがプレーをしたいに違いない。やっと回ってきたチャンス、彼は見事に期待に応えてくれた。 土曜日の深夜、オーストラリアとアジア・ナンバー1の座を争うこととなった。幾度も逆境をはね除けてきた日本チーム、きっと良い試合をしてくれるだろう。
2011.01.26
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と、望遠で撮るとそう思ってしまうこの構造物。 遠くから見ると、NTTの電波塔だった。只今改修工事の真っ最中だ。 普段、見慣れた赤と白に塗り分けられた姿で建っている時は、殆ど気にも留めない存在だが、こうやって青いネットで覆われていると、随分大きな構造物だと改めて思う。-------------------------------- 日本時間で昨日の夜に起こったモスクワの空港爆破事件、関係のない人達まで巻き込まれて死亡したり負傷したりで、決して許すことの出来ないテロ行為だ。 しかし、こういう事件が頻繁に起こるロシアという国、やはり社会に大きな歪みを抱えているのだろう。多くのロシア人の繁栄の陰に、少数民族の不満と怒りが渦巻いている。 これは中国にも言えることだ。現在は、共産党一党支配で強権的な政治が行われ、漢民族以外の少数民族は弾圧されている。広い中国大陸の内部で起こっていることは、殆ど世界には伝わらないが、これに類することが起こっていると思われる。 我々は、上海などの沿岸部の高層建築群に、つい目を奪われがちだが、この国も内部に大きな矛盾をはらんでいることを忘れてはならない。
2011.01.25
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昨日観た「いぬのえいが」で、中村獅童さん扮する山田賢太郎が少年時代を過ごした場所は、埼玉県秩父郡小鹿野町付近であることが分かった。 ネットでいろいろ調べたのと、映画のエンドクレジットにも書いてあった。 よく考えてみれば、それが自然だ。賢太郎は、救急車で何処かの病院に運ばれ、そこからまた東京の病院に移されたらしい。 何ヶ月か掛けて、ポチは賢太郎の後を追って、東京の病院まで辿り着いている。これから先は、映画を観ていただきたい。これ以上書くと、ネタをバラスことになる(*^_^*) 埼玉と東京は隣接しているので、犬の本能で行けるかも知れない。 では何故、私がその場所を山口県か!と思ったかというと、救急車に「阿武消防本部」と書いてあったからだ。 阿武郡阿武町は、山口県の日本海側にある。周りを、萩市に取り囲まれるようにして存在している。 消防署の関係を調べてみると、阿武郡阿武町は萩消防本部の管轄下に入っていた。したがって、阿武消防本部というのは実在していない。 しかし、あの田舎の風景は、山口県だと言われれば信じていただろう。日本の田舎は、何処も同じようだ。
2011.01.24
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映画を観て泣くと言うことは殆ど無い私だが、この映画の後半部分では、つい涙ぐんでしまった。 この作品は2004年の作品なので、出演している俳優さん達は、今よりちょっと若い。 一本丸ごとのストリーではなく、オムニバス形式だ。その中でも、中村獅童さんとポチの話と最後の宮崎あおいさんとマリモの話が心に染みる。 様々な話、映像もアニメが混ざっている。始まりはアニメだったので、どんな映画かと思っていると、渡辺えり子さんと佐野史郎さんが犬を散歩させながら歌っている。えっ、これってミュージカルなの? と、呆気にとられているうちに次の話が始まる。段々と引き込まれる。 中村獅童さんの子供時代の場面、救急車に書いてあった消防本部の名前、あれは山口県の田舎のような気がする。 犬や猫の一生は短い。人間にとっての数十分間も、彼らにとっては1時間にも2時間にも匹敵する。 猫は自分の時間を生きているが、犬は飼い主が全てなのだ。夕方、散歩で過ごす30分間が、犬にとっては唯一の生き甲斐なのだ。 我々は一生のうちに、何度か彼らを失って泣く。その度に、もう二度と犬や猫を飼うまいと思う。 しかし、我々は彼らの嘘のない生き様に魅了され、また飼おうと思う。 この映画は、犬の好きな人は勿論、犬というものをよく知らない人にも、是非見てもらいたい一本だ。
2011.01.23
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昨夜は、ニーニャンにとって初めての宿直だった(^o^) 宿直の場所は、この前ネズミに正月の飾りのお餅が持ち去られたダイニングだ。 ニーニャンは、飼い始めた頃は、密室が苦手だった。閉所恐怖症というか、必ずドアを少し開けておいてやらなければ不安がった。 子猫の時からずっと一匹で生きてきたので、ちょっとした物音にも過剰に反応した。ファンヒーターの音も怖がっていた。 したがって、普段は台所の外の物置にいるようにした。物置といっても、屋根や壁もあるので戸外よりは暖かい。特に電気温水器の側は、寝心地が良いらしかった。 これまでは、食事の時ぐらいしか中に入れなかったが、だんだんダイニングの快適さが分かってきたようだ。中にいる時間も増えてきた。 また、普通の子猫のように、玩具に関心を示すということがなかったが、ここ2,3日は、ビニールを丸めたものなどで遊ぶようになってきた。 外に遊びに出ても、夕方には早く帰ってくるようになった。この前、帰りそびれて外の物置に泊まって、随分怖い思いをしたらしかった。朝、呼んでも怯えて来ないほどだった。 今日は、宿直を終えて、早速外に遊びに出た。夕方は早く帰ってきて、今夜の宿直に備えている。
2011.01.22
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私、この度、新しく家族の一員になりました。私の名前は、ニーニャンです! 以後、お見知りおきをm(_ _)m 思いがけず、また新しく猫を飼う羽目になってしまった。昨年の暮れから、子猫が物置の一角に住み着いた。 暫くは餌をやらずにいて、何処かに行くのを待ったが、ジッと息を潜めている。シロちゃんが食べ残した餌で、何とか生き延びているようだった。 今年になって、飼おうと言うことになった。シロちゃんは、もう1年以上も餌をやっているのに、1m以内に近付くとスタコラと逃げてしまう。もう、到底飼い猫になる気はないようだ。 さて、名前はどうしようと言うことになった。エルちゃんの2代目、エルノニ、エルニと、候補を挙げていたら、エルニーニョという言葉が浮かんだ。気象用語では、エルニーニョ現象というのもある。 エルニーニョって、どんな意味だろうと調べたら、スペイン語で「神の子」という意味らしい。 じゃあ、ニーニョと呼ぶことにしようと思った。しかし、ニーニョという言葉にインパクトがなく、語尾がはっきりしないので、ニーニャにした。 これがまた「ニャ」で止めるのが難しい。そこで語尾に「ン」を付けてみると、随分呼びやすくなった。 という訳で、ニーニャンに決定した。エルザ、エル、そして3代目がニーニャンだ! 飼おうかどうしようか、と思っていた頃のニーニャンだ。雪が降って寒そうだ。 今では馴れて、こんな茶目っ気を見せている。 ところでシロちゃんだが、相変わらずの風来坊で、今日も夕ご飯を食べて牛乳を飲んで、また何処かに消えた。 夕方、ニーニャンが家から出ると、「ナンデおまえがいるんだ! ここは俺様のシマだぞ!」と、言わんばかりに睨み付けるので、なるべく二匹が鉢合わせしないようにしている。
2011.01.21
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一年で最も寒いと言われている日だ。言葉の通り、気温がちっとも上がらない。今年は特に寒い日が続いている。 母が、寒の水は美味しくて体にとても良い、と言っていた。寒の水には雑菌も少ないので、井戸水を汲んでそのまま飲める。 近年、田舎でも上下水道が整備されてきたので、井戸水を汲んで直接飲むと言うことも殆ど無くなってしまった。 職場に行くと、同じ部屋の人が休んでいた。10時頃、その人がインフルエンザだったことが分かった。恐らく、朝から病院に行って検査したのだろう。 その人も、昨年の11月ぐらいに予防接種をしたと言っていた。予防接種をしても、罹るときには罹るのだ。 早速、部屋に空気清浄機を持ってきたが、移るものならとっくに移っているだろう。インフルエンザは、普通の風邪と違って、突然に症状が現れる。 まさに明日は我が身である。
2011.01.20
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今朝、職場で各自に印刷物が配布された。A4用紙が4、5枚、ホッチキスで留めてあった。 読んでみると、インフルエンザに罹った場合は、速やかに病院に行き、1週間は絶対に来ないようにすること、という連絡事項だった。 今、インフルエンザが大流行の兆しを見せ始めている。受験生やその家族は、気が気ではないだろう。 2枚目からは、厚生労働省のHPからダウンロードした、インフルエンザQ&Aだった。 我が家は、全員がワクチン接種を済ませてはいるが、それでも罹ることがあるので注意しよう。 思えば昨年の初冬、予防接種を受けたときが、この3日に飛行機事故で亡くなった先生に会った最後だった。人間の運命って、まさに一寸先は闇だ。 まだ病院は再開されていないので、今罹ったらどうしようか?と、不安が募る。-------------------------------- 今朝、コンビニで買った缶コーヒーには、金色のミニカーがオマケに付いていた。007のゴールドフィンガーではあるまいに?と思って、WONDAのHPを見てみた。 このゼロマックスのCMは、岸部一徳さんがやっていた。あっ、思い出した! 確か岸部一徳さんが、エジプトのファラオの衣装を着けているものだな(^^) それで金尽くめにしてあるんだ (^o^) 岸部一徳さんは個性の強い俳優さんだが、彼が昔、沢田研二さん達とグループサウンズのタイガースを結成していたことを知って意外だった。 私は、グループサウンズ全盛期は知らないが、岸部一徳さんの落ち着いた物腰からは、想像し難い。それだけ彼という人間は、奥深いのだろう。
2011.01.19
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冬至から約1ヶ月、日の暮れがだいぶ遅くなってきた。先日までは、家に帰る頃は、もう暗かった。 しかし、夜明けの方は、未だ未だだ。目覚めた時は真っ暗だ。出掛ける少し前頃になって、漸く外が白み始める。 節分を過ぎた頃から、春の息吹が自然の至る所に現れてくるのだろう。 同じ職場の人が、大河ドラマ「江」と山崎製パンがコラボレーションして作ったパンを持っていたので、早速撮らせてもらった。 ヤマザキは、いろいろなテレビドラマや映画とタイアップしてパンを発売しているが、NHKの番組は初めてだと思う。NHKも、随分砕けたものだと思う。 でも、使ってあるのは「江」の題字だけだ。調べてみたら、全部で3、4種類あったが、三姉妹が並んだ漫画風のイラストを配したものがあるだけで、この番組の写真を使ったものはなかった。 この前の、キムタクのヤマト実写版の時は、写真を使ったものがあったが、そこはお堅いNHKさんのことだから、踏み切れなかったのかな? というより、公共放送たるNHKが、こんな事をしても良いのだろうか?
2011.01.18
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昨日の夜から、今朝は大丈夫かな?と、思っていた。朝起きてみると、やはり道が歩き難くそうだった。今日は有給を取って休むことにした。 屋根には雪が20センチ以上積もっており、道路にも15センチぐらい積もって、それに車の轍の跡が付いており、バス停まで出るのが大変だ。 職場の方の雪は、もう溶けていることだろう。この時期、最も市街地との高度の差を感じる。 朝、ネットの新聞を読んでいたら、4月からJALのロゴマークの「鶴丸」が復活する、というニュースが載っていた。 以前の丹頂鶴の赤いマークはそのままで、JALの書体が少し変わるらしい。 これでJAL復活の旗印が出来た!という感じだ。 2002年の日本エアシステムとの合併で、鶴丸のマークが廃止されてから、急にJALは勢いを失ったような気がする。 厳密に言えば、経営の甘さが積み重なったのだろうが、再建をするには拠り所となるものがいる。 その拠り所が鶴丸なのかも知れない。日航の社員も鶴丸を見ると、誇りと勇気と自信が湧いてくることだろう。
2011.01.17
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昨年の6月に公開された映画「瞬(またたき)」のDVDが、この程発売されたので早速購入して観賞する。 原作は、昨年の7月に読んでいたので、ストーリーは分かっていたが、それを如何に映像化しているかを期待した。 主演は北川景子、恋人役を岡田将生が演じている。岡田将生の役所は、思い出の中のみに存在する。 原作での舞台は東京近郊だったが、映画では北海道になっていた。 5月から6月に掛けて咲く北海道の桜が、映画にまさに花を添えている。人生とは、桜の花のように儚いものなのかも知れない。 この映画の題名にもなっている「瞬」とは、瞬時に愛する人を守る決意が出来るか!という意味でもあり、生きていく上での一瞬一瞬を大切にしなければ、という意味でもある。 映画のラストに、主人公が出雲を訪れるシーンがある。彼女は、ここで再び生きてゆく勇気を得るのである。 DVDの付録に、出雲地方のパワースポットというものがあり、実に興味深く、日本に生まれて良かったと思わせる。 地味な映画だが、派手な立ち回りや爆破シーンのあるものは、ああ面白かった!で終わってしまうが、この作品はゆっくりと染みてゆき、やがて心の糧となる。
2011.01.16
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今朝、雪が降っていなかったので一安心したが、午後から猛烈に降り出した。テレビを見ていたら、大雪警報と注意報が出たとのニュース速報が出た。 気象庁のHPの地方予報区を見ると、山口県は九州北部地方になっており、中国地方ではない。中国地方も、細かく見れば、瀬戸内海に面している広島、岡山と日本海側の島根、鳥取では、また違うだろう。 録画してあった、TBSの「LADY~最後の犯罪プロファイル~」とフジテレビの「CONTROL~犯罪心理捜査~」を見た。 どちらも1月からの新番組である。両番組に共通しているのは、警察官ではない主人公達が犯罪捜査に拘わっていくと言うところだ。 核心に迫ろうとすると、警察官でない者が、と、釘を刺されてしまうのだが、最後は解決に導くという構図だ。 LADYの方は2回目、CONTROLは初回の放送だった。 まだ始まったばかりだし、好き好きもあるだろうが、私はCONTROLの方が、肩が凝らずに見られて気に入った。 LADYの方は、ちょっと作り過ぎているように感じられた。 刑事物も、手を替え品を替えしなければ、視聴者に飽きられてしまう。この2つの刑事ドラマは、心理分析という新しい分野を描いた作品として面白そうだ。
2011.01.15
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枝野官房長官以外は、よくぞ此処まで高齢者を集めたな、というのが第一印象だ。 46歳という若い官房長官を補佐するのが、78歳という高齢でしかも大臣経験者の藤井氏というのも驚く。 法務大臣は、やはり法曹関係者でないと務まらないだろうから、江田氏は適任かと思うが、参議院議長まで務めた人が、何故また!という感を禁じ得ない。 与謝野氏の起用が、吉と出るか凶と出るかだ。与謝野氏も、これが最後と思って尽力するだろうが、孤軍奮闘にならなければよいが。 いずれにしても、菅内閣は既にダッチロールの一歩手前だ。この時期に、副操縦士の官房長官を若手に替えても、下がり始めた機体を立て直すことは出来ないだろう。無理に操縦桿を引けば、たちまち失速してしまう。 この度も、脱小沢、反小沢が徹底しているが、一つの政党すら纏められない人が、この日本という国の舵取りが出来るわけがない。 リーダー不在の政治を、少しばかり延命させるだけだ。-------------------------------- 缶コーヒーに、バイクの模型がオマケに付いてきた。細かい部分も、良く再現されている。
2011.01.14
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今週は低温が続いているが、明日の午後から更に冷え込むという。丁度その時、大学のセンター試験が行われる。 私の最大の疑問の一つに、何故、インフルエンザが流行し、雪で交通機関も乱れがちなこの時期に、高校入試や大学入試が行われるのだろうか、ということがある。 日本列島は縦に細長いので、地域によってかなり条件が異なる。私立の一貫教育や推薦入学以外の多くの者は、学力だけではなく、これらの悪条件を潜り抜けなければ、麗らかな春を迎えられない。 授業時間を増やすことや小学校から英語を教えることも重要だが、1月、2月、3月の気象や体調で差が付く恐れのある時期を、何故見直そうとしないのだろうか? 卒業式や入学式は今のままでよいが、入試は10月ぐらいの気候が穏やかな時期に実施する方が望ましいと思う。 3ヶ月ぐらい試験を早めたからといって、結果が違うというものでもないはずだ。 10月の試験で不合格となった者は、更に勉強して3月頃に行う2次募集に再チャレンジすればいい。 兎に角、この悪条件下で一斉に選抜試験を行うのは、そろそろ止めた方がいいと思う。 あらゆることが見直されているのに、入試の時期だけが昔と変わらないという方が変だ。
2011.01.13
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昨年の暮れから始まった、タイガーマスクの伊達直人を名乗る人達による贈り物。今年になって一気に広がり、既に47都道府県で確認されたそうだ。 名も告げずに、そっとランドセルを置いていくなんて、出来るようでなかなか出来ないことだ。ランドセルって、かなり値が張るものだ。 ランドセルから始まって、学用品、野菜、お米とバラエティに富んでいる。差出人も、伊達直人から矢吹 丈、桃太郎、肝っ玉母さん、山下 清など様々だ。 今朝、福岡県の警察署の前に10万円入りの封筒が置いてあり、中に「県内の児童養護施設に、色鉛筆やノートを買ってあげてください」との手紙が添えてあったそうだ。 しかし、警察としてはこのお金を遺失物として扱い、3ヶ月経って名乗り出る人がいなければ、県の財産となり、たぶん児童養護施設には行かないだろうとのこと。 これが施設の前に置いてあれば、3ヶ月経てば発見者の施設側のものになるのだろうが、それでも今直ぐに使うということは出来ないのではないか! それと、物品の場合でも、必要かどうかを的確に判断できないまま贈ると、だぶついてしまう恐れもある。 このタイガーマスク運動、やや疲れ気味の日本全体に、爽やかな風を吹かせてくれたようだ。 これからは、物でもお金でもいいから役所や児童相談所に、名前は非公開にすると言う約束の下に届けてもらった方が、効率よく不足している人達のところに届くのではないかと思う。 今度は役所の方が、これらの善意をしっかりと受け止めて、動く番ではないだろうか!
2011.01.12
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今朝、11日の今日は鏡開きだ、と思いながらキッチンにいくと、無い!? 大きい鏡餅は応接間にあるが、ダイニング・キッチンにも可愛いお飾りを置いていたのだ。 上に載せてあったミカンは撥ね除けられて、2段重ねの上の方の小さいお餅が、忽然と消えていた。 さては、ネズミが復活したな! 昨年の10月か11月頃に、ネズミを捕るためにゴキブリ*イホイを置いておいたら、2匹が捕まった。 1匹は既に憤死していたが、もう1匹は生きていたので山に放逐した。 次の日だったか? またしてもゴキブリ*イホイに引っ掛かっていたが、あったのは大量の毛のみだった。毛が抜けても、何とか窮地を脱したのだろう。かなりの大きさだったと思われる。 それからは、もう出なくなったと思っていた。しかし、毛が生え揃い傷も癒えたと見えて、また暴れ出したのだ。 選りに選って、鏡開きの日に持っていくなんて、人間様に対する挑戦か(@_@) ネズミが大きい物を引っ張っていくときは、尻尾に絡めていくという。きっと、長い尻尾で引いていったのだろう。 夕ご飯の時、冷蔵庫の後ろの方から、ゴトンゴトンとお餅を転がしている音が聞こえてきた。 ネズミにとっては、1週間か10日間ぐらいの食料になるのかな?
2011.01.11
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11時からNHK総合で、「北斎 幻の海~パリで発見!伝説の傑作“千絵の海”完全復刻~」を観た! 去る2日に放送されたものの再放送らしかったが、私としては初めて見る番組で、とても興味深かった。 葛飾北斎が、「富嶽三十六景」を発表した後の70代になった時の作品だそうだが、相変わらずの大胆な構図と鮮やかな色遣いに息をのんだ。 この「千絵の海」は、関東地方の各種の漁の模様を描き取ったものだが、長い間、一般には流通せずに、試し刷りの段階で終わったものとされていた。 ところが、パリのフランス国立図書館で10枚全てが揃って発見された。日本の浮世絵は、海外では美術品として高い評価を受けていたのだ。特にフランスでは、印象派に強い影響を与えたとされる。 10枚が本のように綴じられていたために、散逸が防げたらしい。ページを捲ると、鮮やかな色彩が目に飛び込んでくる。100年以上も日に当たっていないため、色褪せることもなかった。 女優の壇れいさんが司会進行役で、パリの取材から日本での復元までを50分間のドキュメンタリー形式に纏められていた。 パリで発見された10枚と日本に部分的に残っていたものとで、10枚全ての作品の復元作業が行われた。 現在も浮世絵木版画の技術を伝承している方々がいることに、ちょっと感動した。何でもコンピュータで済ませられる現在でも、版木を何枚も摺り合わせる技法を守っているのだ。 版木の色を変えても、ピッタリと合うように「見当」と呼ばれている部分を合わすのだ。見当という言葉は、ここから出ているらしい。 刷っていく工程を見ていくと、浮世絵というものはその作品を描いた者の名前だけしか残らないが、一枚が仕上がるまで沢山の人の手が掛かっていることが分かる。みんな名人級の腕なのだ。 浮世絵とは、個人の作品ではなく、何十人という技術者の協同作品なのだ。
2011.01.10
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DVD-RのCMに、タレントの土田晃之が出ていた。只出演していると言うより、何というか「この商品を推薦します」といた感じだった。 いろいろ調べてみると、「家電芸人」という言葉も生まれているらしい。 品川祐、関根勤、宮迫博之など、人数も多いようだ。家電メーカーの方も、彼らを起用することによって売り上げを伸ばしているという。 俳優の細川茂樹も、大手電器量販店のイメージキャラクターになっている。彼も学生時代から、家電に関して詳しいらしい。 一般人でも、家電に関する蘊蓄が深い人も多いが、芸能人がテレビに出て語ると、たちまち全国に広まってしまう。 彼らによって、新しい宣伝の形が生まれているようだ。
2011.01.09
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今年は、まだ8日しか経っていないが、災害や事故が頻発している。 特に、雪による山陰地方の災害は深刻だ。雪で停電した地区は電線が直れば、また普段の生活に戻れるが、何百隻もの漁船が沈んでしまった漁村は深刻だ。 今度の雪は、重さが通常の雪の3倍もある春先の雪だったそうだ。それが短時間にうちに大量に降ったために、漁船が大量に転覆してしまった。 船体は引き上げて修理すれば使えるが、エンジンは新しいものと交換しなければならない。 イカ釣り漁船は、電線を張り巡らしてあるのが全部損なわれているだろうから、1隻辺り数千万円掛かるらしい。 また、今年に入って既に火災で50名が亡くなっているという。これは昨日までの統計なので、今日現在はまだ増えているだろう。 政治の方も今年は大きな変化があるだろうが、日本国内がモタモタしている間に、世界情勢は目まぐるしく動いている。 現在の日本は、科学技術や企業が努力しているのが、無能な政治家達によって台無しにされている。無能な政治家を選んできたのは我々でもある。 政治家の質が目に見えて劣化してきたのは、小選挙区制の導入からのような気がする。再び中選挙区制にしないと、目先のことしか考えられないスケールの小さな政治屋ばかりになってしまう。 今年が、ウサギのようにジャンプ出来るかどうか、早くも不安になるような与党内の動きがある。 政治家は、もっと先のことを考えろ!と言いたいが、殆どの者が次の選挙のことしか考えていない。
2011.01.08
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夕ご飯の時に、七草粥を食べた。職場の人の中には、朝食べてきた!という人もいた。 本来は、朝食に頂くのが良いのかも知れないが、生憎、私の朝はパンとコーヒーに決めている。 多くの家庭と同じく、我が家でも七草粥のセットになったのを買っている。 春の七草といわれている、セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズシロを、家庭で揃えるには無理がある。 太陰暦の江戸時代以前と、明治以降の太陽暦を採用した日本とでは、季節感がまるで違う。 よく年賀状には「初春」などと書いてあるが、寒さの本番は1月の下旬から2月の上旬だ。 旧正月が来る頃が、まさに初春なのだ。旧暦の7日頃には、野に出れば春の七草も自然の中にあるはずだ。-------------------------------- さて、4月の東京都知事選の立候補者の調整が、裏では真っ盛りのようだ。今日の閣議後の記者会見で蓮舫行政刷新大臣は、現段階ではオファーはないが、あれば検討すると、意味深長な言い回しをした。 ここでちょっと、知事や国のトップについて考えてみたい。 帰化した知事といえば、この前までカリフォルニア州知事を務めたシュワルツェネッガー氏が思い浮かぶ。彼は、かつてオーストリア籍だった。 しかし、彼が首長として昇れるのは州知事までだ。大統領には、帰化した一世では立候補すら出来ないようになっている。現在のオバマ大統領は、二世だから問題ない。 日本の場合はどうだろう。将来、蓮舫議員がある政党の代表になり、その党が第一党になれば、総理大臣の椅子も現実のものになる。 蓮舫議員は帰化したのではなく、18歳の時に多重国籍の中から日本国籍だけを残して、もう一つの国籍は捨てた訳だが、普通に考えれば帰化した一世と同じだ。 普通に暮らしている日本人にとって、かつては外国籍を持っていた人間が総理大臣になるなんて、はっきりいって信じられないことだ。 これから益々国際化の時代がやってくるからこそ、アメリカのように自由な国であっても、トップには絶対になれないという聖域を設けておかなければ、日本が日本でなくなる日が来る恐れがある。
2011.01.07
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全国のニュースを見ていたら、北海道北見市の2箇所の宝くじ売り場で、合計6億円の当選が出たそうだ。 北見市は人口が12万人余りと、決して大きい市ではない。2つの売り場は、約2キロしか離れていないそうだ。 1等2億円が1本、前後賞の5千万円が2本、2等1億円が2本で、合わせて5億円が出た。約2キロ離れた別の売り場からは、2等の1億円が1本出たという。 合計5億円が出た売り場は、歳末ジャンボが発売される直前の昨年11月に、壁の色を黄色に塗り替えたそうだ。 夕方、ローカルニュースを見ていたら、山口県宇部市の宝くじ売り場で、1等前後賞3億円が出たといっていた。 しかもこの売り場、一昨年も1等前後賞3億円が出て話題になったそうだ。そのことがあって、昨年は前年の2倍以上の売れ行きだったという。 1等が出る確率は1000万分の1だそうで、2年続けて同じ売り場とは! やはり確率論では解けない何かがあるのかも知れない。ということは、2度あることは3度かも(^^) その売り場も、屋根の方が黄色く塗られている!? と、思ったらロト6などのイメージカラーが、黄色なのかな? いずれにしても、風水で言うところの黄色は、幸運、金運を招く色というのも頷ける。何百年何千年と伝わって来ているということは、それなりの理があるに違いない。 この話題が出た後、ダルビッシュ有投手が、年俸5億円で契約を更改したというニュースがあった。 やはり運に任せて3億円よりも、己の腕だけで5億円か! しかし、抜群の運動神経と強靱な肉体を持たない一般庶民にとっては、1億円だって、やはり夢なのだ!
2011.01.06
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午前中、周南市美術博物館に「凜-徳山毛利家」を観に行ってきた。今年で、徳山開府360年になるのを記念して開かれている。会期は、昨年の11月26日から今年の1月16日までだ。 生憎の曇り空で、今にも雨が落ちてきそうな天気だった。 長州藩といっても一つの本藩と3つの支藩からなっていた。萩の本藩、徳山、岩国、長府の各支藩だ。 展示品は、藩主達の肖像画、甲冑、美術品、調度品、各書状、巻物などである。 城下の地図もあり、家臣団の住居まで詳しく載っていた。第2次世界大戦末期の徳山空襲で焼け野原になったために、現在の街並みとはかなり違うが、市内を流れる川などで推測してみるのも面白かった。 巻物の中に、鎧の着け方のマニュアルまであった。これは泰平が続いたために、実際に鎧を着ける機会がないため、この様な図入りで下着から兜を被るまでが絵になっている。 豊臣政権時の五大老の署名入り文書もあった。お馴染みの家康の署名と花押は、何故か最後にあった。 (小早川)隆景、(毛利)輝元、(前田)利家、(宇喜多)秀家、(徳川)家康の順だった。 私の推測だが、これは写しであり、五大老の順序は各大名家によって違うのだろう。 短い時間だったが、歴史を振り返ってみるのもいいものだ。
2011.01.05
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昨日の夕方、熊本空港を飛び立った小型機が消息を絶った。操縦していたのは周南市の医師で、妻も同乗していた。 九州で小型機が消息を絶ったというニュースは、午後7時ぐらいには知っていたと思う。 夜遅くになって操縦していたのが、掛かり付けの医院の院長であることを知り、衝撃が走った。 恐らく、周南市の北部の人達全員が同じ気持ちだったはずだ。何とか助かってくれという思いだった。 今日の午後3時過ぎ、熊本県の山中で大破している機体が発見された。やがて2人の遺体も発見された。 その医師は、南極越冬隊に参加した経験があり、外科医でありながら内科など全てに通じ、高齢化が進んでいる地域医療には欠かせない人だった。 彼の存在が大きかっただけに、今後の地域医療を如何にして継続させていくかが大きな問題となってくる。 本人と奥さんも、突然に道半ばで前途を絶たれ、さぞ無念だっただろう。
2011.01.04
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今朝は普通に目が覚めたが、折角の休みだからと思い、再び眠りに就いた。 南米の方の地底深く入っていくと、そこには巨大な地底湖があり、見上げると空まであり、鉄道も走っていた。 これは新発見だと思い、幾多の困難をかいくぐって何とか我が家に戻り、旅行記を書こうとした。何処の空港から出発したのかを思い出そうとするが、分からないのだ。 パスポートを調べてみると、出国の事実はなかった。あれは夢だったのかと思い、些かがっかりした。 そのうちに本当に目が覚めた。夢の中で夢を見るという、不思議な体験をした。 これが昨日なら初夢だっただろうが、3日の朝方見たのでは只の夢に過ぎない。 昨夜も何か見た覚えはあるのだが、朝起きたらすっかり忘れていた。起きてから迄覚えている夢なんて、何百に一つぐらいの割合しかないような気がする。 それで良いのだろう。一々覚えていたら、現実と夢の区別がつかなくなりそうだ。
2011.01.03
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午後4時前に外に出てみると、積もった雪の上に白い小さな玉の様なものが、めり込んでいた。サバイバルゲームで使うBB弾のような感じだった。 先程大きな音がしていたのは、この霰(あられ)が降ったのだ。これが、もっと大きいと雹(ひょう)と呼ぶらしい。調べてみると、直径が5ミリ以上あるものを雹というのだそうだ。 この冬は雨、霙、雪、霰と、いろいろなものが降ってくる。大気が不安定なのだろう。 夕方、テレビを見ていたら、「とろなまドーナツ」というものを紹介していた。今、全国で流行っているのだという。 私は全然知らなかった(*^_^*) スイーツだから、興味を持たなかったのだろう。 これを販売している店が、どこそこに出来ましたといっていた。 今は、その気になれば、ネットで簡単に取り寄せることが出来る。便利になったのだけれど、遙々探し求めるという楽しみがなくなってしまった様な感じもする。
2011.01.02
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今年も宜しくお願いいたします。 今年は、深い雪の中でのお正月となった。こんなに雪が降ったのは、何年振りだろうか! 私の記憶では、30年近く前にあって以来のことだ。 山陰の雪はもっと凄いらしく、車が600台も立ち往生し、列車も動かないらしい。 午前中から午後まで、ずっとニューイヤー駅伝を見ていた。群馬県の方は、雪が全然ないのが不思議な感じだった。 レースは、日清食品、富士通、トヨタ自動車の3人が最後まで縺れた。富士通と日清食品のデッドヒートかと思いきや、ラスト400mの直線で、それまでずっと3番手につけていたトヨタ自動車の熊本選手が、渾身の力でスパートした。 富士通の福井選手も必死に追いすがったが、僅か1秒差で敗れてしまった。全区間100キロのレースでも、終わってみれば1秒差で勝負が付いたわけである。 駅伝がこれだけ盛り上がれば、男子のマラソンも復活の兆しがありそうだ。 トラック競技にリレーがあるのに、何故オリンピックに駅伝を採用しないのかと思っている。恐らく、外国では長距離の選手層が日本に比べて薄いため、駅伝のチームを編成するのが難しいからだと思う。 下の写真は、親戚から送ってきた「ふぐの刺身とフグ鍋のセット」だ。山口県はフグの本場だが、高級魚なので滅多に食べられない。この前食べたのは、いつだっただろうか? と、考え込むほどだ。 昨夜は、お刺身を頂いた。あの弾力のある身が、歯ごたえがあって美味しかった。思わず、伊藤博文様、有り難うございましたという感じだ。 フグは毒を持っていることから、ずっと食べることを禁じられていた。 1888年に伊藤博文公が下関の春帆楼を訪れたとき、時化で鮮魚が手に入らなかった。手元には、公には食べることを禁じられているフグしかなかった。 そこでフグを調理して出したところ、これは美味い! その魚の名前を聞くとフグだという。 正しく調理すれば、中毒など起こさないことなどを話すと、こんな美味い魚を禁じることはないといって、山口県下では解禁となったといわれている。 現在では、宮家にも献上されている。
2011.01.01
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