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【執着心をなくすと、心が軽くなる】 人の性格にはいろいろな傾向があります。 たまに、どんなことにもこだわるタイプの人がいます。 たとえば、美味しいお肉は、~の肉がよい、お魚は~、地方のものが絶対に おいしい、など自分の価値観を基準に考えることが多いのです。 このようにこだわりの心が強すぎることを、執着心といます。 仏教に、「四苦八苦」という言葉があるように、人生の苦しみを生む原因が 執着心です。 また、過去に執着する人、現在に執着する人、未来に執着する人、もいるよう です。 過去に執着する人は、昔のことを思い出しては、「昔はよかった、しかし今は なにをしてもうまくいかない」などと、後悔したり不満を言いたくなるもの です。 現在に執着する人は、冒頭にあるように「~でなければいけない」「~である べきだ」と考えては、物事や他人の欠点ばかりが目について、いつもイライラ してしまいがちです。 未来に執着する人は、「今がこのようなら将来は不安でしかたない」「今はいい けど、将来はどうなるかわからない」と、不安を抱いたり取り越し苦労をする ことが多くなります。 心配する必要がないのに、心配することを「杞憂」といいます。 この言葉は、中国から来ているもので、むかし杞という国に無用の心配をする 人がいたことから生まれたものです。 杞の国に住むある人が、もし天が崩れて落ちてきたらどうなるのか、と憂え 夜も眠れないほど心配したそうです。 友人が彼のもとに来て、天は空気だから落ちてこないと言ったら、なるほど そうかと思い安心したという話です。 心配すると、その心配事はどんどん大きく膨らんでいきます。 その心配する心が、自分を苦しめていくことになるのです。 もちろん心配することは、悪いことではありません。 不測の事態、想像できないことが起きる可能性がある以上、それを防ぐことは 必要ですが、無駄に振り回されてしまう必要もないのです。 不必要なことで心配をするより、今現在やるべきことをやり、充実した気持ち を味わうことが大切です。 そのような生き方をしていけば、しだいに物事にこだわるようなことも少なく なり軽やかな心で過ごせるようになるでしょう。 (by ハートリンクス)
2021年08月31日
【挑戦意欲は人生を面白くする】 自分がやりたいことがあるとき、厳しい環境が邪魔をすることがあります。 そんなときは、やはり自分の夢や願いをあきらめてしまいがちです。 しかし、できるなら一歩進んで、どうすればやりたいことが実現できるか、 というところから考えることが大切です。 このように考えることを挑戦意欲といいます。 そして、不思議なことにこの挑戦意欲があれば、周囲から支援者が現れたり、 情報が集まってくるのです。 キュリー夫人(マリー・キュリー)の名前は、よくご存知だと思います。 ノーベル賞を受賞した研究者です。 彼女の家は、裕福ではなく家庭教師をしながら兄妹への仕送りをするような 優しい女性でした。ポーランド生まれで、いつかはフランスに留学したいと いう夢を持っていました。 コツコツと貯めたお金で、フランス留学の夢を実現しますが、物理学に興味を 持っていて、その物理学を通してピエール・キュリーという物理学者と出会い 結婚することになりました。 当時、物理学の世界ではウランに注目が集まっていました。 そして、ある別の研究者が何もしていないのにウランが光を放っていることに 気づいたのです。 この話を耳にしたキュリー夫人は、 「面白そうだわ、新しい分野だから文献を読む手間もないから、私たち夫婦で 研究しましょう」と言いました。 夫はもちろん賛成し、それからウラン鉱石を手で砕いては純度の高いウランを 取り出す研究に集中しました。 そして、キュリー夫妻は放射能発見の功績により、ノーベル物理学賞を受賞し たのです。 しかしその後、夫のピエールが事故で亡くなりました。 その不幸も乗り越え、さらに放射能の研究を続けた結果、今度はキュリー夫人 は、ラジウムの分離に成功し、ノーベル化学賞を受賞することになったのです。 彼女が、ウラン鉱石が光を放つという現象に、「面白いから、研究しみよう」 という挑戦意欲を持ち、それを実行したことがノーベル賞の受賞につながった のです。 彼女の活躍のおかげで、当時の「女性は学問や研究はできない」という風潮は 変わっていくようになりました。 一人の挑戦が、新しい発見につながり、さらには時代の悪い習慣をなくすこと もあります。 挑戦する意欲、冒険してみようという意欲は生き方を変え、充実した人生を 過ごす原動力にもなるのです。 (by ハートリンクス)
2021年08月30日
【自信をなくしたときの回復法】 私たちは、他人が思っている以上に、自分を低く見てしまうことがあります。 本当は、周りの人からよく思われているのに、他人の目を気にしすぎて私は 大した人間じゃない、と勝手に思い込んでいることもあります。 謙遜である証拠だといえますが、見方によって自分を限定していることにも なるのです。 たしかに、自信過剰なのも困りますが、私たちはもっと自分を尊重する考えを しっかりと持っておいた方がよいのです。 自分を低く見てしまうタイプの人は、ささいなことが原因で落ち込むことが よくあります。 そんな人のために、参考にしてほしい話があります。 発明王エジソンの子ども時代のことです。 エジソンが学校に通いはじめたころ、ある日帰宅すると母の前で泣き出した のでした。先生から、「君は頭が悪い子だ」、と言われたのです。 母親は学校に行き担当の先生に抗議しますが、先生はこう言いました。 「はっきり申し上げますと、子どもさんは私の授業についてこれないのです。 覚えが悪いし、努力も足りません。また何を考えているかわからないところ があり、勉強することに興味がないように思われます」 学校に行きはじめて、3ヶ月目のことでした。 そこで、母親は自分がエジソンを教育することを決めました。 いろんなことを教えるとき、そのたびに母親は言いました。 「面白いでしょう。さあ、もっと先に進みましょう!」 こうして3年もたたないうちに、世界の歴史書を何冊も読めるまでに開花した のです。 それ以来、「なぜ火は熱いの?」「どうして空は青いの?」と質問をするように なり、いろんな実験を自分でするようになったといいます。 エジソンは、自分が実験することに興味を覚えて、同じ年齢の子どもよりも 優れた知識を持つまでになったのです。 これで、エジソンは自信がついたと語っています。 得意なこと、好きなことで他人との違いがわかり、少しでも自分が優っている ことに気づくと、自分の存在に喜びを感じるようになります。 どんなことであれ、わずかな自信でも自分への評価が高まっていきます。 きっかけは、身近な人の言葉であったり、励ましであったりしますがそれでも 自分の力で、自信を持つという経験をすることが重要です。 これは、子どもにも大人にも共通していえることです。 自信をなくして落ちこんだら、まず自分の得意なことがあなたを助けてくれる と思ってみてください。 きっと、いい結果が生まれるに違いありません。 (by ハートリンクス)
2021年08月29日
【義務としての仕事、喜びとしての仕事】 勉強も仕事も、「しなければならない義務」と考えてしまうと、どうしても 気持ちが重くなります。 そもそも、「~しなければならない」という表現は、人間のモチベーションを アップしてくれるものではありません。 「~しなければならない」、だけの世界があります。 それは、法律の世界です。 身近な法律では自治体の条例があり、道路交通法などは私たちの生活に関わり が強いものです。 その中には、「~しなければならない」「~してはいけない」の文字ばかりで、 読むだけで息が詰まりそうになります。 このように、義務感を感じているときは、冬の冷たい寒気にさらされて体が 硬直して、気持ちは暗くなり意欲も上がらないものです。 しかし、その義務感に押し流されない生き方ができる力を、私たちは持って いるのです。 たとえば、親は子どものために毎日、食事を作りますがこれも義務です。 しかし、義務はイヤだといって食事を作らずにいることはありません。 食事を毎日作ることは、大変な労力なのですがそれでも続けていけます。 それはなぜかというと、子どもに対する愛という土台があるから、お母さん (または、お父さん)は頑張れるのです。 つまり、義務であっても「子どものために」食事をつくることに、喜びを 感じることができます。 また、会社を経営する人は、社員に給料を与えるのが義務です。 経営者の中にも、しぶしぶ給料を払う人もいますが、喜んで払う人もいます。 アメリカの、自動車会社にフォードという企業があります。 創業者はヘンリー・フォードです。 彼は、自動車を大量生産するために従業員をたくさん雇いました。 そして、工場の生産工程を分けて、特定の作業に身体に障がいのある人たちを 7000人雇用しました。 しかも賃金は、他の健常者の人たちと同額にしました。もちろん7000人の 従業員の人たちはみんな喜び、一生懸命働きました。 その結果、世界一の自動車メーカーになることができたのです。 これは、企業責任者としての義務と同時に、従業員への愛という土台があった からできたことだといえるでしょう。 勉強も義務でやると、なかなか進みません。 とくに宿題はそう思います。 しかし、その宿題や勉強も、何年か先の自分のため、親に喜んでもらうため の愛という土台があることを、子どもに気づかせるのも必要です。 子どもが勉強で頑張っているとき、 「あなたが勉強している姿を見ると元気になるよ、ありがとう!」という 言葉をかけてあげるだけで変わってくれるかもしれません。 義務は喜びの素材となり、そこに気づいて成長できるのが人の本来の姿でも あり、誰にでもその能力はあるのです。 (by ハートリンクス)
2021年08月28日
【情熱の継続が自分を強くする】 仕事に情熱を注いでいる人を見ると、人間的な強さを感じます。 ただ、そのような人も最初から情熱をもつことができたわけではないのです。 落ちこんだり、劣等感をもったり、病気になったりといろんな問題に直面して きたはずです。 その経験を通して、自分の考え方や心の持ち方に工夫をしてきています。 情熱を持つ前の段階では、~になりたい、~をしたいなどの願望を抱きます。 ただし、これは美味しいものを食べたいなどのような、肉体的な欲求とは違う ものです。 あくまでも、生き方に直結するようなのが願望です。 そして、世の中で成功者といわれる人は、願望のために肉体的な欲求を抑制 する能力があります。 もちろん、誰にでもこの能力はあるのですが、自分の欲求に負けてしまう人 が多いのも事実です。 しかし、いざとなったら人には正しい願望を持ち、情熱を傾ける人間になれ るものなのです。 病気や、困難を乗りこえることも情熱だといえるでしょう。 細菌学者のパスツールは、若い頃は病弱でしたが勉強の好きな人でした。 研究者になり、ワインやビールの腐敗を防ぐ殺菌法を開発しました。 ワクチンの予防接種という方法を開発したのもパスツールです。 狂犬病ワクチンなどの発明は有名です。 大学の教授として活躍していましたが、45歳の頃、脳溢血で倒れ半身不随に なってしまいました。 さらに、前後して娘さんを3人亡くしてしまいます。 それでも、病気を克服して58歳から狂犬病の研究に着手しワクチンを開発 しています。 情熱があれば、願望は達成されます。 その過程で人間的な力強さを身につけていくことになるのです。 このことは、よく考えてみると案外私たちもよく経験しているのです。 たとえば、好きな音楽家やミュージシャンのコンサートがあるときなど、 遠くても飛行機に乗ったりして会場まで行くことがあります。 好きな音楽を聞きたいという願望のために、人は困難なことでも情熱をもって 実現させているのです。 情熱を抱く対象があるなら、自分を鍛えるチャンスかもしれないと考えて みましょう。 結局は、それが人生に彩(いろどり)をつけていくことになるのです。 (by ハートリンクス)
2021年08月27日
【夢の実現に欠かせないもの】 夢の大きさに関係なく、実現させるために欠かせないものがあります。 もちろん、人によって必要なのは、いろんなものがあるでしょう。 精神論的な言葉なら情熱、あるいはやる気、あきらめない、などで表現する ことができます。 そして、共通して大切で必要なものは何でしょうか。 ここでは二つのことを述べたいと思います。 まず、一つは決心です。 「必ず、実現させる」と心に決めることです。 二つ目は、行動です。 夢を実現させるための具体的な行動目標を立て、それを実践することです。 この二つのことに取り組んで、自分の夢を実現した人物がいます。 アメリカで「ニンジャシリーズ」で有名になったショー・コスギさんです。 まず、「アメリカで映画スターになるまでは日本に戻らない」と決心します。 19歳のときでした。所持金は120ドル。(当時は1ドル、360円) 次に、生活資金を稼ぐ、大学に行き語学力をつける、俳優のオーデションを 受ける、映画に出演する、そしてスターになるという段階的な目標を立てた のです。 まず最低の生活を維持するための仕事を探しました。 とりあえず見つけたのが、日本人の経営するレストランで雑用の仕事で14 時間働き、これで月に30ドルでした。 それでは足りないので今度は、弁護士の家に住み込みで働きながら、夜は 他のアルバイトをして、ようやく600ドルの収入を得ました。 そこで、語学力をつけるために大学に行けるようになりました。 ところが、当時アメリカではブルース・リーの影響もあり、空手ブームが起 きたのです。 コスギさんは、少年の頃から空手を習っていたため、空手道場を開きます。 そして、月に1000ドルの収入になりました。 それから、アクション映画を足がかりに有名になろうと決めたのです。 そして、アメリカの空手の試合に1972年から7年間で、600以上の試合 に出て、優勝回数を重ねて「コスギ」の知名度は上がっていくのでした。 それでも、200本以上の映画のエキストラの役をこなしついに、東洋人で 500人を超すオーデションに参加して、とうとう主役に抜擢されました。 その後は、映画一本のギャラは100万ドルという現実を手にしています。 コスギさんは、自分の夢を実現させるために取り組んだのは、 1、決心 2、行動 この二つです。 もちろん、過程においては多くのトラブルや、障害、失敗もありましたが、 この二つを、着実にやり遂げていった結果、夢をかなえたのです。 夢を実現させる要素は、難しいものではありません。 やるべきことを、シンプルにして行動すれば、困難に対する力も強くなって いくと考えることができます。 どんな夢でも実現できるという心を、どんな人も持つことは可能です。 (by ハートリンクス)
2021年08月26日
【潜在意識に眠る宝物】 人間には、信念とやる気があれば、厳しい条件や環境の中にあっても叶える 力があります。 ここでいう信念とやる気とは、違う表現をすれば「科学的な祈り」というもの です。 さらにわかりやすくいえば、「想念」ともいえるでしょう。 よく、プラス思考といいますが、これは想念の中味が積極的で明るい内容で あるということです。 そして、いつも「私にはやればできる力があるんだ」という想念を持っている 人も、反対に「私は何をやってもだめな人間だ」と思う人も、表情や行動に 表れ、現実になっていくものなのです。 この想念のことを心理学では、顕在意識と呼んでいます。 顕在意識の奥にあるのが、潜在意識です。 人の意識の100の内、90%が潜在意識で残りの10%が顕在意識と言われた りしています。 その意味では、この潜在意識をうまく応用し、活用すれば私たちは今よりも 豊かな生き方ができるのです。 潜在意識の力を知るために、いちばんわかりやすいのがインスピレーション という現象です。 よく仕事や、何かの研究をしていると突然ひらめくことがありますが、これが インスピレーションというものです。 万有引力を発見したニュートンは、リンゴが木から落ちる光景を見て、その 法則を発見したという話は有名です。 これは代表的な、インスピレーションの働きです。 空気タイヤを発明したのは、ダンロップという人物です。 ダンロップは、本来は獣医です。彼が、あるとき公園を散歩していました。 すると、サーッカーボールが転がってきたので蹴り返したのです。 この瞬間、「自転車のタイヤに使える!」とひらめいたのです。 ここで大事なのは、 「潜在意識という、無意識の意識が顕在化するには、普段から自分の顕在意識 をよい状態にしておく」ということです。 何かを考えるにしても、「私には能力がない、何をやってもダメだ」という 方向に意識が向いていれば、よいインスピレーションは生まれないのです。 顕在意識のベクトルは、やはり積極的で明るい方に向けていくべきです。 もちろん、たまには落ち込んだり元気がなくなったりすることもありますが、 その状態も一時的なものとしてとらえて、最終的に失敗やミスから学ぶと いうようにするべきです。 ジョセフマーフィが唱えているように、成功し幸福になるには、潜在意識を 重要視していくことが大切です。 潜在意識の力を知り、よい人生を過ごしましょう。 (by ハートリンクス)
2021年08月25日
【幸せとは、自分の能力を発揮し続けること】 幸せであることの基準は、人によって違いがあるのでないでしょうか。 「健康であれば幸せ」、「家族が仲よく暮らせることが幸せ」、「お金に苦労しな いことが幸せ」、などの考えもあるでしょう。 これらの考えとは少し違う方もいました。 昭和12年、ヘレン・ケラー女史が来日し東京で講演をしたとき、舞台で会見 した女性がいます。 中村久子さんという人でした。 中村さんは、生まれてすぐ壊疽(えそ)という病気にかかり両手両足をなくし 不自由な生活を強いられました。 幼いころ、実の父親が亡くなり母親は体の不自由な中村さん連れて、再婚する ことになります。その家には、年上の子が二人いました。 お茶碗も持てない中村さんは、その子らからいじめられました。 それでも、裁縫ができるようになりました。 ところが10歳を過ぎたころ、目が見えなくなりとうとう母親は、中村さんを 背負って川に飛び込もうとしたこともあったそうです。 目の病気は、母親のおかげで治療を受け、また見えるように回復しました。 そして、一人で生きていくことを決め、当時の見世物小屋に行き、巡業生活を 送ることを決意しました。 そして、中村さんは40歳になり、昭和12年にヘレン・ケラーと会う機会 を得ました。 そのとき、中村さんはヘレン・ケラーに自分で縫い上げた人形をプレゼント しました。 ヘレン・ケラーは通訳から、中村さんの体の状態を聞きその体をなでて、 中村さんを抱擁します。 そして、ヘレン・ケラーは中村さんに、 「あなたこそ奇跡の人です」と言いました。中村さんはヘレン・ケラーの肩に 顔をうずめて涙を流したそうです。 その後、中村さんは、あるマスコミのインタビューを受けました。 「あなたは、あなたの人生をふり返ってどうでしたか」 すると、答えたのは次の言葉でした。 「私の人生をふり返って、大変満足であり、幸福でした」 この言葉には、とても深い意味があるといってよいでしょう。 「満足で、幸福でした」という意味は、自分の能力を最大限に引き出し続けた ことの充実感が幸せであった、ということです。 自分の可能性を引き出し続けること、その繰り返しを通して生きていることが 中村さんにとっての幸せだったのです。 幸せのあり方はそれぞれです。しかし、大切なのは、自分自身の可能性を追求 していく姿勢だといえるでしょう。 その姿勢から、まわりの人々が勇気をもらい、希望を持つことに広がっていく のかもしれません。 自己限定せずに、可能性を求めて自分を伸ばしてくことが、自分自身と周囲に もよい影響を与えることになるのです。 (by ハートリンクス)
2021年08月24日
【人としての徳を身につけよう】 “人徳”というものを、あまり重要視しないのが現代の特徴です。 学校教育でも「徳育」というものはありません。 ただ、美徳という言葉には、何となく理解できるのではないでしょうか。 精神性の問題になるためどうしても、抽象的な表現になっています。 中国の思想家、老子が説いたのは「道教」です。 昔から、この徳については長い時代にわたって論じられ、儒教から禅仏教でも 取り上げられてきましたが、現代ではあまり注目されることもありません。 その、老子が「徳」とは具体的にどんなものか、五つあげています。 現代の言葉で説明してみましょう。 1、虚飾の美しさを誇らない 2、口先だけはなく、行動する 3、知識を自慢しない 4、損得にこだわらない 5、争いを好まない 以上が、徳のある人、徳を身につけている人だと言います。 一つ一つを見ていくと、とても難しいように思えます。 ただ、この五つのことがらを深く考えていくと、すべてに共通していることが わかります。 それは、「我欲」というものです。 1、自分を現実以上に見せたいという欲 2、人ができないことも自分はできる、と人からよく思われたいという欲 3、知識があり、人より知っていることを自慢したいという欲 4、他人より少しでも多く得をしたい、損はしたくないという欲 5、人と争うのを好み、勝つことで自分の存在を示したいという欲 このように、すべて自分の欲です。 この自分の欲から、少しずつ離れていくように努力すれば、徳は自然に身に ついてくる、と老子は言います。 『少欲知足』という言葉があります。 人には、それなりの欲があり、生きていくためには必要であって当然です。 ただ、その欲を少なくしていけば、不自由せず足りていることに気づきます。 これが『少欲知足』の意味です。 たとえば、車は1台より2台欲しい、服もアクセサリーもたくさん欲しい、 広い家に住みたい、毎日おいしい料理を食べたい。 しかし、これらの欲を少なくしてみれば、けっこう満足できますよ、つまり 『少欲知足』になれる、と老子は言うのです。 必要以上に欲を求める生き方よりも、欲を少なくして身軽に生きること。 徳というものは、このような生き方を通して身についていくものです。 (by ハートリンクス)
2021年08月23日
【明るく振る舞う人は、まわりから好かれる】 年齢に関係なく、振る舞いに明るさのある人は人気があります。 今はコロナ禍で、人が集まる機会も大変少なくなりましたが、以前はサークル など5~6人で集まり、ワイワイおしゃべりする光景は当たり前でした。 そんな集まりにも、いつも明るい雰囲気でみんなを和ませる人が必ずいたもの です。 そのような人は、そのときだけのために演じているのではなく、自分の生活に おいても、明るい表情と所作で過ごしているのです。 仏教に「愛敬相」(あいぎょうそう)という言葉があります。 愛敬は愛嬌と同じ意味です。 つまり現代風に言いかえるなら、愛嬌のある表情、というのが「愛敬相」と いうことになります。 本来は、仏や菩薩のような、柔和で慈悲深い表情をしている様子を意味して います。 この愛嬌のある人は、幸福に一番近い人であるともいえます。 みんなが寄ってくというのは、幸せを引きつけているということです。 明るさのある表情での話し方には、人が集まり情報も集まります。 これは一つの法則です。 そして、これは個人的な世界だけでのことではなくビジネスの世界でもいえる ことです。 20年ほど前になりますが、シャネルの商品の売り上げが急に増えたことが あります。 理由は、当時の日本法人の責任者が、シャネルはブランドとしての価値が高い から、黙っていてもお客が集まるという考え方をやめ、別の方針に切り替えた ことによるといわれています。 つまり、シャネルの方からお客様にどんどん笑顔で、積極的にアプローチして いくようにしたのです。 たしかに、ビジネスとしてお客に明るく振る舞ったのですが、表面的なこと だけではなく、心を込めた接客の仕方を実践したといいます。 この方法が当たり、売り上げはグンと伸びていきました。 世の中も人の心も、動いていく法則は同じです。 こちらから、裏表のない明るい表情で近づけば、相手もそこをしっかりと見て 応えてくれるのです。 明るさは、よい人生を送るためにも、必要かつ大切な要素です。 (by ハートリンクス)
2021年08月22日
【悩みはあっても、楽しむことはできる】 どんな人にも、悩みの一つや二つはあるものです。 その悩みですが、大きく分ければ二種類あります。 一つは、自分が原因ではないもの。 たとえば、会社が倒産したなどの外的な要因からくる悩みです。 もう一つは、自分が原因となっている悩み。 勉強しなかったから、受験に失敗した。 不摂生が過ぎて病気になった、などです。 もちろん、二つとも自分に関わることですから悩みといえるでしょう。 ただ、それらについての悩みはあるにしても、悩まないことはできるかもしれ ません。 世の中には、なにか悩みがありながらも魅力的だ、という人がいます。 つまり、悩みがあっても、心に余裕を持っている人です。 人間の魅力は、心の余裕から生まれるといっても過言ではありません。 そして、そんな人のように、心の余裕を持つことは、誰でもできるのです。 そのためには、「生きることを楽しもう」という生き方に徹することです。 禅の言葉に「遊戯三昧」(ゆげざんまい)というものがあります。 臨済宗の僧の山田無文(むもん)老師はこの「遊戯三昧」の心境とはどんな ことかについてこう語ります。 「働くことがそのまま遊びなんです。 人のためにすることそのまま遊びなんです。 苦しい目にあうこともまたそのまま遊びなんです」。 これは、悩むこともそのまま遊びであるということです。 「人生は遊行(ゆぎょう)である」という禅語もあります。 生きていくとは、仕事や家庭のすべてがあり、その中でいいことが起きたり、 不幸に思えることもありますが、それらを楽しむことはできるのです。 楽しいとは、愉しいということになり、遊んでいるような気持ちでもあると いえます。 悩みはありながらも、生きることは楽しいものだと思ってみる。 悩みは悩み、楽しみは楽しみ、と区別してみる。 そんな気持ちになったとき、今まで見えなかった景色が見えてくるように なるかもしれません。 (by ハートリンクス)
2021年08月21日
【思いやりのある人は、なぜ運がよいか】 思いやりのある人は、気くばりができる人です。 気くばりと、気を使うのとは少し意味が違います。 気くばりとは、相手にいかに気分よくなってもらうか、快適な思いをしてもら えるか、ということに尽きると思います。 気を使うとは、相手に失礼にならないようにということが主になります。 もちろん、気くばりと同じように重なるところもありますが、気づかいという のは、どうしても社交辞令的な意味が強いものです。 ある有名な大学の教授が、「他人に配慮できる人は運がよい」という論文を 発表しました。 この論文には、ひとりの脳科学者が注目しています。 そして、教授の研究結果でわかったことは、 「自己中心的な傾向の人は、そうでない人よりも、主観的な幸福度が低い」 ということでした。 一般的な考えでは、自己中心的な人は自分のことを一番大事にするのだから、 幸福だと感じる度合いも強い、と思いがちです。 しかし、そうではないというのは興味のあるところです。 なぜこのようなことがおきるのでしょうか。 それは、自己中心的でなく思いやりのある人ほど、人との関係上の範囲が広い ため、その分、よい人間関係を持つ人の数が多いからです。 人の幸福度を計るものの一つは、人間関係です。 いい付き合い方をしている人が多いほど成功し、幸福になる確率はグンと アップするのです。 ところが、どちらかというと思いやりも少なく、自分を中心に物事を考える人 には、人はあまり近づこうとはしません。 さらに、思いやりのある人はどうして運がよくなるのか、といいますと心理学 に「類似性の法則」というのがあります。 これは、わかりやすい言い方をするなら、同じ考えを持つ人同士はつながりや すいということです。 ですから、運がいい人はどんどんよくなっていくということになるのです。 思いやりの心を持つことは、自分の人生を明るい方向に導くコツです。 仏教では「慈愛」ともいい、精神医学では「愛他的な精神」ともいいます。 小さな気くばりを実践することから始めてみましょう。 必ず運のいい人との出会いが待っていて、自分の運もよくなるはずです。 (by ハートリンクス)
2021年08月20日
【勝つとは何かを捨てること】 人生には、一度や二度は“ここ一番”に賭ける、という勝負のときがあります。 つまり、チャンスに賭けるときです。 しかし、そのようなときを迎えても、いざというときに力を発揮できるような 訓練をしておかなければよい結果は出せません。 とくに、指導的な立場にある人はそのような訓練を、部下や対象になる人に きちんと教えていく能力が必要です。 これは、子をもつ親の立場にある人にもいえることかもしれません。 こんな話があります。 ある野球の試合のときに、チャンスがきたのでその監督は次のバッターに 指示をしました。 「今日のピッチャーは直球が走っているぞ、それにカーブもよく曲がる。 そして、シュートもよく切れている。気をつけろ」 ところが、こんな指示ではバッターはいい結果は出せないのだそうです。 バッターが結果を出してくれるために、別の監督は次のように指示をします。 「直球は走っているから捨てろ! 変化球を狙っていけ!」 このように、具体的に捨てるものを明確にしてやることで勝負強さが発揮 できるということです。 これは、なにも野球の試合だけの話ではなく、違う場面でもいえることです。 つまり、ビジネスや勉強、その他の分野にも十分通用する考え方の一つです。 『勝つ』という言葉は、言いかえるなら成功すること、あるいは幸福になる ことと同じなのです。 ときに応じて、目標を達成したりやり遂げようというとき、何かを捨てること の経験をしておくのが大事なことなのです。 何かを捨てるというのは、選択する能力を鍛えるということかもしれません。 勝つためには、何をするべきかという要点をきちんと理解したうえで、無駄な もの、優先順位の低いものはどんどん捨てていく。 イザというとき、的確な判断ができるよう何かの機会に、何を捨てればうまく いくか、という問題意識を持っておくのもよいのではないでしょうか。 (by ハートリンクス)
2021年08月19日
【人との約束は、自分との約束】 よく、「あの人は義理堅い人」という言い方をします。 これは、人と約束したことはどんなことがあっても守り、実行するという人の ことです。 人との約束のためには、自分がしなければならないことより、約束したことを 優先に考えて行動する人です。 言いかえれば、人と約束をするのは、自分と約束をすることでもあるのです。 ところが、たまに平気で人と約束したことを守らない人もいます。 なぜ約束を守れないかというと、約束したこと自体を忘れたか、人と約束する ことを重要視できない性格なのかもしれません。 100歳まで現役で活躍された、日野原重明さんに次のようなエピソードがあり ます。 ある学校の講演会に講師として呼ばれていました。 ところが、当日インフルエンザにかかり39度の熱があったそうです。 今のようなコロナ禍であれば、講演は中止になってもおかしくはありません。 しかし、当時はそのような意識は今ほど強くなくインフルエンザに罹るのは 常識的な範囲の出来事でした。 しかし、日野原さんは「約束していることだから」といって、講演会に出かけ 時間まで話をされたそうです。 これは、約束を守るということの背景に、『使命感』を持っておられたからだ といえるでしょう。 さらに、使命感だけではなく『責任感』もあったに違いありません。 後日、日野原さんは、 「私の命は神様から与えられたものだから、与えられた仕事には全力疾走する ようにしている」 と語っています。 また、人と約束していなくても、自分が決めた計画や目標も自分との約束だと いえます。 人との約束はしっかり守っても、自分が決めた計画や目標をすぐのあきらめる のは考えものです。 自分との約束、自分との誓い、これをきちんと守ろうとする心がけが、責任感 を強くしてくれるのです。 『責任感』や『使命感』というのは、このような日常の心の持ち方で育って いくものです。 (by ハートリンクス)
2021年08月18日
【自己中心と自己犠牲】 自己中心の人のことを、よく“ジコチュー”と言ったりします。 ある程度は、自分中心の考えを持っておくのも必要です。 問題は、そのバランスがとれずに自分のことさえよければ、他の人のことは どうなっても自分は知らないーという考えです。 反対に、“自己犠牲”という言葉があります。 キリストの教えになじみのある方は、この言葉に違和感を覚えることはないと 思います。 ただ、過去には自己犠牲という考えが美しい、という時代もありましたが現代 では、あまり好まれる言葉ではないようです。 また、自己犠牲という感覚は自己効力感に近いものだといえます。 自分が何かの、あるいは誰かの犠牲になることで、自分の存在価値を感じる ことができるからです。 ある社会教育家の人が、二つの美容専門学校で講演をしました。 講演の主旨は、よいお客様をつくるには自己犠牲が求められることを知って ほしい、というものでした。 一つの学校の対象者は、ほとんどがサラリーマンの家庭の学生でした。 講演が終わり、学生たちからアンケートをとりました。 アンケート内容の多くは、 「自己犠牲を強いられるような生活はしたくない。 美容師は技術を磨けばそれでいい。将来、個人事業者になりたくはない」 というもので、講演者の提言に反発するものでした。 次の学校では、学生の多くは親が美容院を経営している家庭の子弟でした。 講演が終わり、同じようにアンケートをとりました。 内容は、 「親が日頃から言っているとおりで、よいお客をつくる厳しさを知ることが できてよかった」 「親の苦労がよく分かったので、今日の話を親にも伝えたい」 というものでした。 つまり、同じ職業でも立場や育った環境、将来への考え方などの違いにより、 受け止め方も変わるということがわかります。 よいお客様をつくるには、多少の自己犠牲の覚悟ができるという若者がいる ことには誇らしさを感じます。 それ以上に素晴らしいのは、仕事のためには自分を犠牲にすることで、よい お客とのつながりをつくり、それがよい人間関係を広げていくということに 気づいていることです。 本当の自己犠牲は、表面的には自分が損をして相手に得をさせても、いずれは 自分も得をする(成功する・幸せになる)ということです。 お釈迦様は、これを『利他の行』と教えています。 犠牲というより、尽くすというやわらかい意味でとらえるのが『利他の行』の 本質です。 自己犠牲はイヤだ、という一点張りで人生をとらえるなら、やがては自己中心 的な人生を送るようになるかもしれません。 自己中心から一歩すすんで、「利他」の考えで過ごしましょう。 (by ハートリンクス)
2021年08月17日
【六然訓(りくぜんくん)と聖徳太子の教え】 以前、崔 後渠(さいこうきょ)という中国の明時代の人物が遺した、六つ の教えをご紹介しています。 これは、聖徳太子の十七条の憲法にある内容と非常に似ているような気がして います。 六然訓ですが、 自処超然(じしょちょうぜん) 自分のことだけを考えてはいけない 処人藹然(しょじんあいぜん) 人に接するときは優しくしなさい 有事斬然(ゆうじざんぜん) 問題が起きたら勇断を持ち行動しなさい 無事超然(ぶじちょうぜん) 何もないときは澄み切った心を持ちなさい 得意澹然(とくいたんぜん) 自慢したいときはあっさりしておきなさい 失意泰然(しついたいぜん) 失意のときは取り乱さず落ち着きなさい この六つのことをまとめると、 『何事も学ぶ気持ちを忘れずに、他人に思いやりの心を持つ。 問題や悩みがあっても、前向きな気持ちになり行動すること。 順調なときも、謙虚な心と感謝の心を持つこと』 ということになります。 さて、聖徳太子の十七条の憲法の中でも、とくに人の心の考え方や心の持ち方 に関係する項目が六つあります。 一条 和をもって尊しとしなさい。 ・他人を尊重し、争わないようにしなさい。人それぞれに考えは違うものだ。 上下の関係を超えて、誠実に話し合いをすれば物事の道理にかなうものだ。 二条 仏教の教えを篤く敬いなさい。 ・仏法はすべての国にとって究極の教えである。どんな時代も仏教の教えを 尊ぶことが大事である。曲がった心も仏教の教えで直すことができる。 五条 財物への欲望を捨てなさい。 ・とくに人の上に立つ者は清廉潔白でなければならない。 財物の誘惑に負けると、公明正大な社会にはならない。 十条 心の怒りを捨てなさい。 ・暴言を吐いてはいけない。人には心というものがあり、それぞれにこだわり があるのだから、意見が違って当然である。自分の意見だけでなく相手の 意見を聞き入れる協調性が大事だ。 十四条 嫉妬心を持ってはいけない。 ・自分が他人を嫉妬すれば、相手も自分を嫉妬するものだ。嫉妬という心の 患いには際限がない。嫉妬心を抑えることができければ永遠に人は賢者には なれない。 十五条 私心を捨てなさい。 ・自分中心の考え、自分だけよければいいという考えは、必ず他人からの怨恨 を生む。だからこそ、一条で和を大切にする精神を説いたのだ。 当時は、仏教や儒教が浸透しつつある時代でした。 その意味では、現代でいう憲法というよりも道徳的な目標という色合いが 強かったのだと思います。 聖徳太子の教えも、六然訓の教えも、今の時代に十分通用する内容です。 解釈の仕方はいろいろあるでしょう。 しかし、どちらも人間が生きていくためにも、社会のルールとしても必要な 教えとなるものです。 聖徳太子も、人の心がいかに大切なものであるかと考えていたのは間違い なく、私たちももう一度認識をあらたにするべきかもしれません。 (by ハートリンクス)
2021年08月16日
【逆境を乗り越えるには】 人によって逆境の定義は違うかもしれませんが、少なくとも順境と平凡とを 除いた出来事は、逆境ということになるのではないでしょうか。 とくに、病気やお金の苦労などは逆境そのものになるといえます。 さらに、病気と貧困が一度にやってくると、人によってはもう耐えられない ほどの苦しみにもなります。 しかし、病気と貧困を同時に経験して、家族とも離れたり死別するなどの 二重、三重の逆境を乗り越えてきた人もいるのです。 松下幸之助さんもその一人です。 ところが、はたから見ていて逆境でもご本人は、そのような自覚もなくただ ひたすら目の前のやるべきことを、やり遂げて順境に転じる人生を手にして います。 これはどんなことかといいますと、たしかに逆境ではあってもその過程では 小さな順境と呼べるような出来事が起きているのです。 また、逆境も順境も、感じ方は人によって違いがあります。 これは受けとめ方の問題ともいえるでしょう。 精神科医の斎藤茂太さんは、 「大きな逆境は、小さな順境で乗り越えよう」と語りました。 人生では、すべてが逆境であることはなく、すべてが順境であることもなく、 その波のくり返しだともいえます。 苦しいときでも、わずかな楽しみのようなものはあるのです。 生活苦と病気だったが、子どもが学校の試験で100点をとってきた。 これも、逆境の中の順境になります。 そのような大きな苦しみの中でも、ささやかな喜べる出来事を大きくとらえ ることが私たちにはできるのです。 このような経験を通して、生きていることのありがたさや、まわりにいる人々 からの励ましを受けながら、学んでいくことができます。 逆境だけに目を向けるのではなく、順境にもより多く目を向けるように自分の 心を持っていくことはできるのです。 逆境もよし、順境もよし、両方くり返しながら学び成長しながら人生を楽しむ ことが、最高の生き方です。 (by ハートリンクス)
2021年08月15日
【自分から先に与える心を持とう】 貧しい人を助けたいと思っても、お金がないから体を動かすことで人の役に 立ちたい、いう気持ちを持つ人はたくさんいらっしゃいます。 また、ボランティアというかたちで、純粋にその気持ちを行動に現す人も たくさん存在します。 そのような人たちの力、手の届かない場所を支えている力がある日本の社会に 誇りを感じたりします。 その心は、キリストの世界では愛と呼び、仏教の世界では慈愛や布施という 呼び方をします。 ユダヤの世界では、自分の収入の10分の1を献金するようなしきたりも あるそうです。 このように、自分以外のために何かを奉げて、力を貸し貢献している人たち は、とても充実した生き方をしているのが特徴です。 この生き方は、どんな仕事をしていても実践できないことではありません。 以前、東海大学の教授だった謝 世輝(しゃせいき)という人がいました。 台湾出身で、苦労して日本に来て歴史や物理学を教えていました。 また、ニューソート思想の分野での著書も多く残し、ジョセフ・マーフィー に関する本も出しました。 この謝教授の、大学での授業は学生たちの間でとても人気がありました。 理由は、授業が終わると学生たちに人生相談をおりまぜた話をするのです。 若者特有の悩みである恋愛や、人生をどんな考えでいきればいいか、など 話術もうまかったそうですが、学生には心の拠りどころになっていました。 それがきっかけになり、教授の出した本は何冊もベストセラーになりました。 教育の場であっても、相手が求めるものにプラス1割ぐらいのことを足して あげることはできるのです。 何もしてあげることがなくても、自分の失敗談や経験したことを話すぐらいは できるかもしれません。 物やお金でなくとも、周囲に喜んでもらえることは必ずあるものです。 職場での、笑顔・明るい挨拶もそのうちの一つといえるでしょう。 与楽の精神は、自分を豊かにする考え方です。 (by ハートリンクス)
2021年08月14日
【生活禅で人間関係をよくしよう】 禅はもはや、日本だけではなくアメリカでも広く知られるようになりました。 スティーブ・ジョブズのような有名な実業家が、禅の影響を受けていたことも 要因の一つでしょう。 また、マインドフルネスがアメリカ企業でも行われていることも事実です。 とくに、禅の教えはシンプルなものとして受け止められています。 「禅」という文字は、左は「示す」を、右は「単」を意味します。 つまり、単純であること、シンプルであることが禅の本質です。 この禅の世界で人気があるのは、道元禅師です。 相田みつをさんが、道元禅師の著書「正法眼蔵」(しょうぼうげんぞう)を、 ボロボロになるまで読んで勉強されたのは有名な話です。 人間関係で生じる問題の最大の共通点は、相手が自分の思い通りにならない、 というところにあります。 自分はこうしてほしいが、相手はしてくれない。このことが人間にとっては 最大のストレスになっています。これは国と国との間でもいえることです。 禅の教え(広い意味ではお釈迦様の教え)では、相手に何かを求める前に、 自分自身がどうあるべきか、を説いているのです。 もし、多くの人がこのことに目覚めれば社会はもっと住みやすいものになる でしょう。 さて、道元禅師は人間関係をよくするために、どんなことを教えているので しょうか。 道元禅師が、一般庶民に向けて説いている教えがあります。 簡単にいえば四つのことです。 それは、「布施・愛語・利行・同事」というものです。 まず、「布施」です。 これは何かを人に施す、さしあげるという意味に解釈しがちですが、本来は 欲を出し過ぎないで、余分なものはすすんで人に分け与えるということです。 次に、「愛語」です。 これは優しい言葉をかけるということはもちろん、人に暴言を吐かず、相手を 認めて肯定し、いたわりの心を持つということです。 さらに、「利行」(りぎょう)です。 これは自分と他人の利益(りやく)を超え、すべての人が利するような考えを 持ち行動するということです。 最後に、「同事」です。 これはどんな人にも同じ目線を持って接するということです。 子どもには子ども目線で、病気に苦しむ人にはその人の目線で、家族や職場の 人についてもその立場にある人の目線で、ということです。 昔の人は使う文字には、それぞれに深い意味を持たせていました。 文字を通して考えなさい、というメッセージがあったのです。 現代は、ただ伝わることを優先にしているため、文字や言葉の意味も軽く浅い ものにとらえがちです。 これら、四つのことを心がければ、人との関係で苦しい思いをすることは なくなるでしょう。 (by ハートリンクス)
2021年08月13日
【人の願いに喜んで応えると運が向く】 世の中には、何かを頼みたい人がいるものです。 頼みたくなるような人は、ただ人がよさそうというだけでなく、お願いする人 がなにかインスピレーションに似た感じを持つのかもしれません。 日本の昔ばなしに、「わらしべ長者」というのがあります。 わらしべというのは、藁のくずのことです。 ある貧乏な男がいました。 男は、貧乏暮らしをどうにかしたいと思い、近くの観音様に手を合わせてお祈 りしました。 すると観音様から、「最初に触ったものを持って旅に出なさい」というお告げ がありました。 旅に出た男は、道を歩いているとつまずきその拍子に、わらしべが手に触れた のでした。男は、お告げのとおりにわらしべを手にして旅を続けました。 歩いていると一匹のアブが、男の顔のまわりを飛び回ります。 男はアブを、わらしべの先にくくりつけました。 それを見ていた男の子が、アブのついたわらしべを欲しがりました。 しかし、男は観音様のお告げを信じていたので、譲ろうとはしません。 すると、男の母親から「ミカンと交換してくれないか」と頼まれました。 仕方なく男は、3個のミカンと交換することにしたのでした。 しばらくすると、今度はのどが渇いて「水が飲みたい」と苦しんでいる女の人 がいたので、さっきのミカンを全部あげたのです。 すると、お礼にといって反物をもらいました。 今度は、馬を連れていた侍と出会いました。 侍から、「馬が弱っているので引き取ってくれないか」と頼まれました。 男は、馬を引き取り、かわりに反物を渡しました。 弱った馬が元気になるようにと、男は観音様に願うとしだいに馬は元気を 取り戻したのでした。 男は馬に乗りながら旅をつづけました。 すると、農家の人から「引っ越しをするので馬をくれないか」と頼まれ、馬を あげることにしました。 そして、かわりに家と田畑をもらうことになったのです。 こうして、その男は田畑を手にすることができ、裕福な生活を送ったという お話です。 貧乏な男が、いろいろな人と出会うたびにお願いされたり、依頼されたり しながら、それに応えていくうちにお金持ちになれたのです。 この話は、人の願いに応えていくことが結局は、自分の人生をよりよく生きる ことになるということを教えてくれています。 自分の力でどうにもならないことを引き受けるのは、無謀なことですが今の 自分にできることなら、精一杯応えていこうという姿勢は、美徳ともいえる ことです。 人としての徳を積むことが、周囲の人たちに喜びを与えることにもなります。 (by ハートリンクス)
2021年08月12日
【自分の感情に素直になろうー2】 自分の感情に素直になるために、もうひとつ大切なことがあります。 それは、起きてしまった感情を無理して抑えない、ということです。 ただ、誰かに対して怒りの気持ちが生まれてしまうことがあります。 こんなときは、たしかに一時的に抑えたほうがよいのです。 一時的にでも抑えれば、より早く冷静になれからです。 それを抑えないまま、自分の思いを相手にぶつけてしまっては問題が大きく なるだけです。 ここでいう、感情を無理して抑えるのがよくないという理由は、感情を抑え 続けることにつながりやすいからです。 感情を抑えれば、ストレスになります。 これは、人間以外の動物でも同じです。 とくに、日本人は我慢をすること、忍耐は美徳だという観念がどこかにあり、 つい我慢し続けることが多いのです。 問題は、マイナス感情が起きてしまったときです。 このときに、活躍してくれるのがプラス思考なのです。 なんでもかんでもプラス思考が優れているとはかぎりませんが、感情にふたを したことによって生じるストレスを和らげるには効果があります。 たとえば、自分の少しのミスで人からキツイ言葉で責められたとします。 たしかに、自分のミスとはいえそこまで厳しく言わなくても、という思いを した経験があると思います。 そんなときでも、「あの人もストレスがあるんだろうな」「自分のミスを指摘 してくれて助かった、次に活かそう」などと、前向きな気持ちになることは できます。 ところが、前向きな気持ちになれずにクヨクヨしたままだと、言われた言葉 は残ったままで、相手を攻めたり、自分をけなしたりして苦しい感情が消え なくなるのです。 これが、感情を抑え続けることの弊害です。 感情を無理して抑えないコツは、どこかで自分を肯定することです。 さきほどの「自分のミスを指摘してくれて助かった」というのも自己肯定感を アップしてくれる考え方です。 また、つい感情を抑えてしまいがちな自分の性格であっても、「私は、人の いうことを否定しない、いいところもあるんだ」という考えを持つことで 自己効力感も生まれます。 このように、自分を否定しないことはどんなときでも大切なことの一つだと いえるでしょう。 (by ハートリンクス)
2021年08月11日
【自分の感情に素直になろうー1】 自分の心を、いつも静かで冷静な状態に保つことはなかなか難しいことです。 とくに、ほとんどの人がSNSを利用している今の時代では、次から次に来る メッセージのおかげで、心の入り口でもある感情に刺激を与えています。 SNSの内容にもよりますが、相手をほめたり人のことをよく言ったりする やりとりなら、お互いがいい気分になれます。 ところが、現実はかなり違ったものではないでしょうか。 人間には、喜怒哀楽という4つの感情がありそれが心の軸になって、いろいろ なことを考え、言葉にします。 さらに、感情というものにはエネルギーがあります。 また、にエネルギーにも、よいもの悪いものがあります。 そして、感情エネルギーには、よいもの悪いものの両方が混在しています。 その感情エネルギーが、心の傾向になりそれがその人の考え方や価値観にも なっていくのです。 喜怒哀楽では、「喜・楽」はプラスのエネルギーで、「怒・哀」はマイナスの エネルギーです。 ただ、「哀」の感情は相手の気持ちを知るために重要なもので、一時的に持つ ことは問題ありません。 いちばんやっかいなのは、「怒」の感情です。 相手を傷つけ、自分も傷つき周囲を巻き込んでいくエネルギーがあるのです。 しかも、それはどんどん大きくなっていくときがあります。 その意味では、この「怒」の感情が起きたら、どうしてこんな気持ちになる のだろうと、素直な問いかけをするのはとても大事です。 この問いかけを、自分自身に行うだけで心の熱は冷めるものです。 「怒」の感情に流されて、暴言を吐いたりして損をするのは自分です。 できれば、「喜」と「楽」の感情を素直に受け止めて、言葉に出すような習慣 を持つのがベストな生き方です。 ある人が「喜楽(きらく)な人生を送ろう」と話していました。 ふつうは「気楽」(気持ちを楽にもつ)といいますが、喜びと楽しみのある 生き方に徹底すれば、人生にも喜びがあり楽しい人生になるはずです。 自分の中に生まれた感情に対して、素直になれば考え方も素直に修正される にちがいありません。 (by ハートリンクス)
2021年08月10日
【いつからでも、なりたい自分になれます】 これからの時代は、「生涯現役」の考えで生きていく人が増えてくるといわれ ています。 公的な年金にしても、支給されるだけの金額では生活できなくなり、仕事を して収入がなければ生きていけなくなるそうです。 この現実を不幸なことだと思うか、むしろ生きていく励みになりよかったと 思うか、人それぞれでしょう。 しかし、これから生きていくなら楽しい気持ちで過ごすことのほうが、損得 の立場からいえば、はるかに得をする生き方ではないでしょうか。 『60歳なんて怖くない』という本を書いた、鈴木かつ子さんという人がいま す。今、93歳ですが現役です。 アメリカに住み60歳までは主婦でした。 それから不動産会社に就職し、英語も満足に話せませんでしたが、資格をとり 仕事を続けています。 結婚、離婚、自殺未遂、再婚。 それから60歳で不動産会社に入社し、今でも仕事を楽しんでいます。 松下幸之助さんが好きな詩に、次のようなものがあります。 作者は、サミュエル・ウルマンという詩人です。 『年を重ねるだけでは、人は老いない。 理想を失うことによって、人は老いるのだ』 「青春」という題がついていますが、もともとこれはマッカーサー元帥が 日本を占領している時代に執務室に飾られていたもので、この詩が日本語に 翻訳されそれが、松下さんの目にとまったのだそうです。 どんな時代でも、人に理想や夢があれば生きるエネルギーや情熱が生まれる ものです。 しかし、理想や夢を持っていても、それを具体的に行動に移す人もいれば、 ただ、ぼんやりと願いのような気持ちでとどめている人もいます。 理想も夢も、現実のものにするには時間という流れにそって、自らが行動 することが必要です。 このことに年齢制限はなく、いつからでも始めることができるのです。 楽しく生きることができるのに、それをしないのは損をしていることと同じ だといえるでしょう。 (by ハートリンクス)
2021年08月09日
【壁にぶつかったとき、人生が開かれる】 どんな人も、仕事やプライベートで壁にぶつかることがあります。 とくに、仕事では壁にぶつかることの連続かもしれません。 これはスポーツでも同じことです。 いまから40年前ぐらいのことですが、大相撲にハワイ出身の高見山という 力士がいました。 当時の相撲界は、今のようにモンゴル出身の力士ではなくハワイの人が数人 程度という感じでした。 高見山は日本人と違って、上半身の力はありますが、足腰はあまり強くなく 稽古でも苦労したといいます。 一人前の力士になるまでには、壁にぶつかってばかりで何度も廃業しようと 悩んでいました。 あるとき、力士としての将来に自信がなくなり、どこに行くにもあてがなく 山手線の電車に乗って、何時間もグルグル回ったこともあったそうです。 それでも、番付を少しでも上げようという、目先の目標を立て成し遂げていく ことを繰り返すうちに関脇にまでなることができました。 性格的にも明るく、ファンも多く小さな子どもからも人気がありました。 クリスマスでは、国技館に700人もの子どもを招待して、サンタクロースに 変装して、みんなにプレゼントを贈ったりしています。 引退後は親方になり、相撲協会にも貢献しています。 横綱になった曙をスカウトしたのも高見山です。 彼は、壁にぶつかるたびに落ち込みますが、そのたびに自分に目標を課して 達成する、その結果、番付を上げることに自信をつけていったそうです。 人生で、壁にぶつかるのはそこに何かの、新しい展開が待っているという兆し だといえます。 新しい展開とは、自分に自信をつけるチャンスがまわってきたということでも あるのです。 そのチャンスの中の一つでも生かすことが、自信になっていきます。 このサイクルがつかめてくると、少々の厚い壁でも乗り越えることができる ようになるかもしれません。 壁にぶつかったら、人生が開けていく兆しだと考えましょう。 (by ハートリンクス)
2021年08月08日
【疲れた心を癒すコツ】 心が疲れる理由は、一言でいえば「心の柔らかさ」がなくなるからです。 つまり、心が固くなっているために、固いところに負担がかかりすぎている 状態です。 たとえば、同じ姿勢でいると体の筋肉の一部に、支えようとする力が過剰に なり痛くなるのと同じです。 内面的な心は、気にしないようにしていても奥の方では、気にしていることが 多いのです。 この、心の柔らかさがなくなっている状態を、精神科医の斎藤茂太さんが、 具体的に示しているのが次の3つです。 まず、考え方に融通がきかないということです。 性格の特徴には、真面目ひとすじでこだわりやすく、頑固になりやすい。 頑固さと、自信の強さはつながっています。 自信があるから、自分の考えを貫きたくなります。 次に、几帳面なことです。 几帳面さは、完璧さを求めたくなります。 完璧、潔癖でありたいという気持ちが強ければ強いほど、自分に厳しさを求め 強要します。 そして最後に、失敗したとき悲観的になってしまうことです。 自分自身を信じる気持ちが強いため、失敗したらその反動で自分を否定する 気持ちになることで、バランスをとります。 この傾向は、年齢を重ねていくほど強くなりやすいといえます。 理由は、年齢を重ねてきたことで得た経験が、プライドというものに変質して しまうからです。 本当は、年齢を重ねるにつれ、心がやわらかくなるべきなのですが、それが できなくなるのです。 (だからこそ、歳を重ねるほど心の訓練が必要です) できれば、最初から疲れない心になるのが一番いい方法です。 松下幸之助さんの言葉をご紹介しましょう。 「疲れないコツ」 『苦しかったらやめればいい、無理をしてはならない。 無理をしないといけないのはレベルが低い証拠。 真剣に生きる人ほど無理はしない。 無理をしないというのは、消極的な意味ではない。 願いはするが無理はしない。 努力はしても天命に従う。 これが、疲れないコツである』 (by ハートリンクス)
2021年08月07日
【挫折の中に隠れている幸せの鍵】 私たちの人生には、いいときもあれば悪いときもあります。 いいときには、すべてのことが楽しく感じられ、生きていて幸せだという気分 になります。 この気持ちをいつも感じることができるなら、どんなに楽しいことでしょう。 そして、そんなことは普通はあり得ないことだと、私たちは考えがちです。 しかし、世の中には環境がどうであっても、自分は幸せになれる力があると信 じる人や、いま現在その思いで生きている人はたくさん存在するのです。 成功哲学の祖とも呼ばれる、ナポレオン・ヒルという人がいます。 1883年、ナポレオン・ヒルはアメリカに生まれました。 彼が雑誌記者の仕事をしていた当時、アンドリュー・カーネギーという鉄鋼 の生産を手がけている有名な人物の取材をすることになりました。 これをきっかけに、その後、約500人の各界の著名人がどのような考え方や 行動をして成功したのか、その成功へのプロセスと秘訣を、独自で体系化し、 プログラム化したのです。 これが縁になり、ルーズベルト大統領の顧問官を務めるほどになったのです。 ナポレオン・ヒルには、男の子がいましたが生まれつき、耳がないという障害 をもっていました。 医師からは、一生聞こえることはないだろう、と宣告されていました。 ただ、彼は息子の可能性を信じていたそうです。 「自分の息子は聞いたり、話したりする能力を持っている。 耳はないかもしれないが、音を脳に伝達する方法が必ずあるはずだ」 信じました。 ある日、ナポレオン・ヒルは息子の頭蓋骨の斜め下のところの、少しとがった 骨に唇を当ててしゃべると聞こえるようになることを発見しました。 そして、息子が20歳になる頃には、耳に相当する部分に補聴器を当てると音 が聞こえるようになったのです。 さらに、息子自身も補聴器の改良点を提案するなど、メーカーからの収入を 得ることにもなりました。 ナポレオン・ヒルの著書が、世界的なベストセラーになっているのは、自分の 体験に裏づけられた自信があったからでしょう。 挫折・逆境というものの中にも、幸福への鍵が隠れているという考えを忘れな ければ、希望は生まれるものなのです。 (by ハートリンクス)
2021年08月06日
【逆境でも幸せを感じる少女の話】 メアリーという5歳の少女がいます。彼女は脳腫瘍という病気です。 しかも最近、父親を亡くし、まもなく母親までも亡くしました。 そのメアリーを、MRI(磁気共鳴装置)で頭の検査をする必要がありました。 MRIでの検査は、装置の中では最低5分は静止状態が必要で、もちろん頭が 動いたら検査できません。 医療スタッフは、メアリーが検査を嫌がるのでは、と心配です。 画像を撮りはじめましたがすぐに、メアリーの口が動いているのがモニターに 映りました。何かモゴモゴとしゃべっているのも聞こえました。 スタッフは検査を中断して、メアリーにやさしく注意しました。 「メアリー、いい子だから、おしゃべりはやめましょうね」 メアリーは微笑み、二度とおしゃべりはしない、と約束してくれました。 スタッフが、再び装置を動かします。 ところが、また顔が動いていて、かすかに声が聞こえるのです。 さすがに、スタッフはイライラしてきました。 MRIで診断する患者も待っているため、時間も限られているからです。 スタッフは、再び検査室に入り、メアリーを装置から出しました。 本人は、悪びれた様子はなくニコニコしています。 スタッフの一人が、少し不機嫌な口調で言いました。 「メアリー、またおしゃべりしていたね。おしゃべりすると画像がブレてしま うんだ」 すると、メアリーは笑顔のまま答えました。 「おしゃべりなんかしていないわ。 歌ってたの。おしゃべりしちゃダメっていうから」 スタッフたちはあっけにとられ、「それ、どういうこと?」と聞きました。 メアリーは言いました。 「“主、われを愛す” 幸せなときはいつもこの歌を歌うの」 スタッフの誰もが言葉を失いました。 幸せ? まさか? どうして、この幼い少女が幸せなんて言うのだろう。 そこにいたスタッフは思わず涙ぐみ、涙を見せないように部屋を出ました。 このことがあって以来、スタッフのみんなは落ち込んだりするたびに、 メアリーのことを思い出すそうです。 メアリーのことを思えば、勇気が湧いてきて、謙虚になれるからです。 つらいとき、幸せを感じるわずかな時間があるだけで、そのつらさも軽くなり ます。 自分の生活の中に、このような時間を持つことがストレスコントロールの習慣 となるに違いありません。 (by ハートリンクス)
2021年08月05日
【運がいい、悪いは受けとめ方しだい】 よく、運がよかった、運が悪かったという話を聞くことがあります。 人の運命を「よい」「悪い」という区別をしたくなるのも、人間らしい一面 でもあるようです。 また、普通は「いいこともあれば、悪いこともある、これが人生」と考えたり します。 運がいい、悪いという区別をするのは、自分の責任をどこか他のところに求め たい、という心理のはたらきともいえます。 書道家の武田双雲さんに次のようなエピソードがあります。 ご両親の出会いがとても素敵なものだったそうです。 ご両親は、もともとは高校時代の同級生というだけの関係でした。 卒業して二年がすぎていました。 当時、お父さんは、パチンコに負けてイライラしながら店から出てきました。 そして当時のお母さんは、その頃つき合っていた彼氏とケンカして、プリプリ しながら歩いていました。 そして、二人はそのパチンコ店の前でぶつかってしまいました。 「どこを見て歩いてるんだ!」「そっちこそ!」と険悪な雰囲気になりました。 すると、「あれ?」「武田君……?」 この出会いが、双雲先生のご両親の出会いの物語です。 ですから、パチンコに負けた、彼氏とケンカしたという一見、よからぬ出来事 が人生を変えることさえある、これが世の中というものです。 中国のことわざに『人間万事塞翁が馬』(にんげんばんじさいおうがうま)と いうのがあります。 ある老人の話です。 昔、中国の地方にある塞(とりで)の近くに、占いの上手な老人(塞翁)が いました。 しかし、その老人がもっていた馬が逃げてしまいました。 近所の人たちは気の毒がりましたが、老人は「そのうちに福が来る」と言い ました。 ところが、しばらくすると、逃げた馬が別の駿馬を連れて戻ってきたのです。 人々は、よかった、よかったと祝いますが老人は、今度は「これが不幸のもと になる」と言いました。 あるとき、その駿馬に乗っていた老人の息子が、落馬して足を骨折してしまい ました。 人々は見舞いますが、老人は今度は「これが幸福のもとになるだろう」と言う のでした。 そして、老人に住む村では争いが起きてしまいます。 しばらくすると、他国の軍が攻め込んで戦争となり若者たちの多くは戦死する という悲しい出来事が起きたのです。 ただ、不幸中の幸いで、老人の息子は足を骨折していたので、兵役を免除され ており、戦争に行かなくて済み命が助かったという話です。 世の中も、人生も状況は変転するものです。 そして、人間にはいろいろな受けとめ方ができる能力があります。 これは生きる知恵ともいえ、心の強さや、変化に対応する力ともいえます。 運がよい、悪いと区別色分けするよりも、どんな運でも受けとめていこうと いう考えを持つことはできます。 そして、どんな受けとめ方をするかは自分しだいです。 (by ハートリンクス)
2021年08月04日
【一度の失敗も、一歩の前進になる】 失敗してクヨクヨする人がいれば、クヨクヨしても仕方がないといって気に しない人もいます。 このような人は、気持ちを切り替えることに時間をかけないようです。 つまり、クヨクヨしないわけではなく失敗したことには、ショックを受けたり 落ちこんだりはしているのです。 ただ、落ち込んでいる時間があっても、気持ちを切り替えるのが早いという ことでしょう。 つまり、失敗はしても失望はしていないのです。 エジソンや福沢諭吉もいろんな失敗をしていますが、失望はしなかったと 述べています。 また、失敗したとしても次の挑戦に導くエネルギーを持っていることが、 クヨクヨしない人の特徴でもあるのです。 バスケットの神様・マイケル・ジョーダンも、選手時代の失敗について語って います。 「9000本以上のシュートを外した。 約300試合に負けた。 試合を決めるウィニングショットを任され、26回外した。 人生でも何度も何度も失敗を重ねてきた。 だから私は成功したんだ」 マイケル・ジョーダンが出た試合の数は、約1300で得点も38000を超える 結果ですが、それでも9000回はシュートを外しています。 失敗するのは怖いことだと考えがちですが、別に恐れる必要はないと考えると 気持ちもラクになります。 恐れる理由は、失敗したときの恥ずかしいとか、みっともない、みじめになる という感情を先に感じ取ってしまうからなのです。 失敗は結果であって、それは変えることはできないものですが、結果をどんな ふうに受け取るかはその人の自由なのです。 失敗したことから、何かを学ぼうと考えてみましょう。 最初は、失敗したマイナス感情に引きずられるかもしれませんが、「失敗して も大丈夫だ、少しでも学ぶことがあるか探してみよう」、という気持ちを繰り 返しているうちに、失敗に対する恐怖感は消えていくでしょう。 一度の失敗でも、長い目でみれば一歩前進しているのです。 マイケル・ジョーダンの言葉にもこのメッセージが含まれていると思います。 (by ハートリンクス)
2021年08月03日
【破天荒な考えが時代を変える】 常識とは思えないような発想が、新しい時代や文化をつくることがあります。 日本にマクドナルドのハンバーガーを持ち込んだのは藤田田さんです。 アメリカではハンバーガーは、人気のある食べ物です。 マクドナルドの創業者から、権利を得て藤田さんは「日本マクドナルド」を 創業しました。 当時、評論家などからは、 「日本人は米と魚を食べる民族だ。パンと肉のハンバーガーなんて誰も食べ るはずはない」 と言われていました。 つまり、ハンバーガーという食べ物が受け入れられるはずがない、という常識 があったのです。 もう一つは、当時はレストランや、食堂、料理店、など食事を出す店の形態は これらのものが一般的、つまり常識だったのです。 さらに、この種の店でお客が来る時間帯は、昼と夜です。 しかし、藤田さんはこの常識を覆しました。 一つは、「いつでも、誰でも」という発想です。 そして、味はなるべく日本人の好むものに、という発想です。 この発想で、日本全国の小さな街にも、「ハンバーガーショップ」が展開され たのです。お客の層も、子どもから年配者までの幅広い人たちです。 常識というのは、長い年月をかけて定着した考え方や、文化ともいえます。 しかし、この常識も破天荒な発想・考えによって時代を変えていきます。 “破天荒”という言葉は、昔の中国の故事に由来するものです。 未開拓の地のことを「天荒」と呼んでいたそうです。 宋の時代、ある地域では官僚になるための難しい試験に合格する者がなかなか 出てこない時期が100年ほど続きました。 ところが、ある人物がその試験に合格したことで「天荒を破った」というので 「破天荒」と賞されたのです。 つまり、誰もできなかったことを成し遂げる、という意味なのです。 藤田さんの成功で、日本にファーストフード文化が生まれました。 この藤田さんの発想は、ユニクロの柳井さんや、ソフトバンクの孫さんにも 大きな影響を与えたといわれています。 これからも、いずれはまた違う破天荒な考えを持った人が、出現するかもしれ ません。 常識を大切にする文化も必要であるように、常識にとらわれない考え方も持つ のも大事なことです。 (by ハートリンクス)
2021年08月02日
【苦労している現状は不幸ではない】 私たちは、自分が何かに悩んでいたり、何かに苦しめられているときに、 「何て自分は不幸な人間なんだ」と思うことがあります。 たしかに、そう思うのは当たり前のことかもしれません。 そして、一時的にそう思うだけなら、自分を慰めることにもなりますから 全部が悪いことだとはいえないでしょう。 しかし、「何て自分は不幸なんだ」という意識を、いつまでも持ち続けている のはいいことではないのです。 カレーチェーン「CoCo壱番屋」の創業者、宗次徳二(むねつぐとくじ)さん は、「苦労している最中に自分は不幸だと思ってはいけない」、と言います。 宗次さんは、生まれてすぐ養護施設に預けられ、2歳のときに養父母に引き取 られました。実の親の前も顔も知りません。 養父母の家は、裕福だったそうですが引き取られてすぐの戦後のときに、競輪 が始まり、養父はその競輪に夢中になり財産をなくしました。 養父は、日雇い労働で1日300円の給料をもらってきても、毎日仕事がある わけではなく、さらに稼いだお金をまた競輪で使うというものでした。 銭湯代もないので行水だけ、食べる物がないときは野草を口にしたそうです。 そんな生活が15歳まで続き、その後はアルバイトで稼ぐようになりました。 それでも養父母を恨むことはなかったといいます。 15歳までは自分の力で生きていくことができず、その環境を受け入れるしか ない、と考えていたのです。 この経験を通して、宗次さんは次のことを学びました。 孤児であること、貧乏であることは恥ずかしいことではない。 状況を嘆くより、目標を持つ。 一年ぐらいで実現できる目標を持って、そのために一日一日を一生懸命全力で 生きる。 このような精神で社会に出て仕事をし、今の会社をつくりあげてきました。 松下幸之助さんも、生家は裕福でしたが家の事業が失敗して家族離散となり、 松下さんは丁稚奉公に出され、学校もまともにいけない境遇でした。 それでも、松下さんは自分の境遇を恨んだりはしていません。 人はいろんな苦労や困難にあいますが、そのこと自体は不幸なことではありま せん。 不幸だと思うと不幸がついてきますが、先を見て実現可能な目標に向かって どんな気持ちで生きようか、と思えば人生は拓けていくはずです。 (by ハートリンクス)
2021年08月01日
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