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【 アジア13日目 タイ・ピピ島 (7年前日記) 】 (昨日の日記の続き) 何度か船の中で目が覚める。(船の中では、綺麗な列になって、みんな寝ている。) 隣の“タイで初めて見る太った”子どもは、タイソウ寝相が悪くて、何度もぶつかってくる。 「ぶつかって起すのはいいが、おねしょは許さんぞ!」と日本語で諭す。(・・・軽く耳を引っ張りながら。耳元にそっと。) AM5時にスラタニに到着する予定が、4時に到着。 遅く出たのに、早く着く“時空を超えるタイ・マジック” ワシだんだん慣れてきた。 そしてやっぱり6時半のワラビ行き(バス)が、7時15分に出発するマジック! 12時ピピ到着。(なぜか時間通りに着くと、つまらない。) 宿探しの途中で、早くもダイビングの予約をする。 予約帳には、宿泊先の記入がある。 面倒なので、隣接しているゲストハウス(安宿)の名前を書く。 予約後、隣の宿に行くと、受付近くでI子ちゃん(タオ島で、たまたま一緒にダイビングした娘)に出会う。 この旅、2度目の運命を感じる。 そのままその宿の予約をして、昼ごはんを一緒に食べに行く。 昼ごはんを終え、I子ちゃんに島の案内をしてもらうと、偶然結婚式に遭遇する。 (きっとこの地で我ら2人は結婚をするのだろうと妄想は深まるばかりだ。) 午後6時に別れて、7時半に再会を誓う。 ********* で、7時半。 ・・・あれっ いない。 状況がイマイチわからない。 というよりわかりたくない! せっかくのピピ島なので、もう振り返らない!! 本日はピピ島で、年に一度のお祭らしく大騒ぎだ。 (灯篭のような物を流している。) 当然、1人だと淋しい…と思ったら、みんな酔っ払っているので、話かけ易い。 いろんな人に話しかける。 みな笑顔で、何かのキッツイお酒をくれる。 飲む⇒歩く⇒話しかける⇒笑顔⇒キッツイお酒くれる⇒飲む を8回程繰り返したら、ヘベレケになってきた。 午後10時に、おいとまする。 皆と飲みながら歩き続けたので、自分がどこにいるかまったくわからない。 宿の場所を酔った頭で必死に探し出し見つける。 物凄い安堵感。 自分の宿(?)って、お初のトコでも、サイコーな場だっ
2008.10.31
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【 アジア12日目 タイ・タオ島⇒ピピ島 (7年前日記) 】 今日はあまり覚えていない。 今、酔っているせいだろう。 結局、昼間に旅行会社に行って、次の行く先をピピ島にした。 【日本を経つ前に、映画『ザ・ビーチ』も観ておいた。例のビーチを見れるのだ!!注)現在は一切見れないそうだ。というか、この時も…。(ソノ理由)】 という事で、今は20時過ぎて、スラタニ行きの夜行船に乗ったところ。 いつ出発するのかは、タイなのでわからない。 そんな中、今日のことを思い出して見ると・・・。 ************* 朝9時にチェックアウト。 そして、いつもの食堂へ。 いつもサービスしてくれた店員の彼に、初の5円玉を手渡した。 食後、この島に一緒に来た、Gさんとネットショップで偶然会う。 さすがGさん、この島でチョイ悪~激悪な場所まで、もうすでに全部網羅していた(笑) 住所不定・無職・31歳の大人2人が、昼間っから、ビールを飲んで、ジャグリングしている。 (しかも真っ黒に日に焼けて。) 2人の7年後が楽しみである。 ************* というわけで、今20時25分。 続々と他の乗客が乗ってきた。 船の大きさから推定する人数の約2.3倍の人数を収容して、 船は“とひょ~ん”と出るのであった・・・。
2008.10.30
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【 アジア11日目 タイ・タオ島 (7年前日記) 】 今日はこれまでタイにいて(ってまだ11日だけど)、1番刺激的な人に会った。 真っ黒に日焼けしていて…というか、真っ赤になりながら脱皮している最中の方で、 浜辺でじっくり皮むき(?)をしているところ、ワシが発見した。 何か不思議なオーラを持っていたので、氣楽に声をかけると、 「君ならボクに声をかけられると思った。」と、預言者モード全開。(もしくはタダの上から目線爆裂。) 話を詳しく聞くと、「いつ、どの国の警察に捕まってもおかしくない危険な人」だった。 なので名前は何度聞いても、絶対に教えてくれなかった。 だけど、話がノリノリになり、パスポートの(微妙な)日付偽造を見せてくれた時に、チラッと“●●”という名前である事がわかった(笑) 【そこら辺、とても可愛らしい感じ】 でも、この人から聞いた、 「夜中の山がけ(山道を休まずに走り続ける事)は、恐怖と興奮でアドレナリンが出まくるので、まったく寒くもないし、怪我しても痛くもないゾ。」という話は、 自分の心に“ズコーん”ときて、この1年後ネパールで、山がけをするまで、強烈に残っていた。 【…まぁ3時間だけしか、かけってないんだけど(苦笑)】 この●●さんは、伊豆に住んでいる友人に、その(偽造?)パスポートを見せに行った帰り、ふと韓国に渡り、そのまま中国行きのチケットを買ったのだが、飲み過ぎて遅刻し中国に行けず、悔しいのでタイに来たそうだ。 イエメン・ブータン・ラサ・四川・雲南・パキスタン・トルコ… 伊勢神宮・熊野古道・屋久島・石垣・母島・阿寒湖… を“走破”する男。 「人生は暇つぶし。」 「金と暇は2つで1つ。」 「アフガンでの●●を、日本政府から頼まれた。」 「最初の2ヶ月はムードメーカー。その後の2ヶ月トラブルメーカー。」 など勢いで“話”続ける男。 ワシが午後から潜るので、酒は飲まないと言っているのに、 「ビールは1本までなら大丈夫。1本飲んでスキューバをやれば『あぁやっぱり飲むと危ないんだな!』って体でわかるから。」 と教え諭す男。 日本人にも、面白いおっさんがいるもんだ。 【 とにかく、7年後の今も、無茶苦茶新鮮に覚えているおっさんでだった。】 ※アルコールを飲んで、スキューバーをしては、絶対にイケマセン。
2008.10.29
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【 アジア10日目 タイ・タオ島 (7年前日記) 】 7時20分起床 おー腹がちょっとゆるいゾ。 やばいか? という日に限って、ディープダイビング(深いところまで潜っていいライセンスを取る日)だよ。 船内で潜る直前に2度目のウ●コ。 今度はゲリっぽい。 どーしても旅の日記はウン●ネタが多い。 これは『旅人はトイレに困る事が多い』という事である。(にしておく。) (オレだけなのであろうか? でも、猿岩石の有吉先輩もよく困っていたな・・・。) ************ ランドリーから戻ってきたTシャツ大変気持ちいい。 日本と違う洗剤なのか、不思議な匂い。でも気持ちいい。 昼、viewpointのメシ屋でカレーを食う。毎日食ってもあきない。 SINGHA(タイのビール)を頼んだら、取っ手付きの小瓶が出てきた。 「へぇ~ こんなビンがあるんだ(驚)」とビックリしていると、 ビンを冷やしすぎて、取っ手みたいに凍ってしまっていただけだった。 腹下しているのに、そんなに冷やさんでも… ************ ここのレストランで働いている子はミャンマー出身でタイソウ可愛い。 日本では、ニワトリの鳴き声は、「コケコッコー」と言うが、ミャンマーやタイでは何というかと聞いたら、 「アオオッオー」と言って、恥ずかしげに厨房に戻っていった。 暇があったら、結婚したいと思った。 ************ おー、タイの漁民(うおたみ)達が、舟を陸にあげている。 手伝わねば! ワシは水着に着替え、そして名乗りを上げたのだった。 ≪ つづく ≫
2008.10.27
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【 アジア9日目 タイ・タオ島 (7年前日記) 】 7時起床。 7時45分 ダイビング開始(アドバンス) ≪ 中略 ≫ イスラエルの人と夕日を見る。 そのまま一緒に食事。 ■ログブック 200B
2008.10.27
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【 アジア8日目 タイ・タオ島 (7年前日記) 】 (前日の日記より) 午後6時に、カオサンの端っこで集合。6時半出発。 午後9時、11時にバス休憩。 バスの中で、映画『ドリブン』を観ていたのだが、最初の休憩後、違う映画に変わる・・・。 恐るべしタイ人。 (でもそんなとこが好き) ******** 午前2時に、海(港)の近くの事務所の駐車場で、全員が降ろされる。 何事かと思っていると、オフィスの床にゴザが敷いてある。 どうやら、船が出るまでは、ここで仮眠しろという事らしい・・・。 何人かの西洋人女性が怒ってスタッフに文句言っている。 「だったら、もっと遅い時間に集合すればいいじゃない!」 ・・・もっともだ(笑) とにかく寝易い場所を探し、カバンをマクラに寝る。 なんかワシかっこいい!と感じる間もなく、あっけなくダウン…。 ******** 7時に起される。仮眠とは言わない時間帯だ。 7時40分、雨ザーザーの中、タオ島に出発。 ≪ 中略 ≫ 10時半、タオ島到着。 一緒に来たGさんと、宿に向かう。 Gさんは、その日お休み。 ワシは午後から早速、ダイビング。 いやーもうタオ島最高っ! ≪ 中略 ≫ そして、夜はGさんと2人でバックギャモン。 初めてバックギャモンをやったんだけど、タイではそこら中でやっていた。
2008.10.26
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【 アジア7日目 タイ・バンコク[カオサン] (7年前日記) 】 夜中に、ベッドのすぐ脇から、ネコか何かの小動物の断末魔と、 七転八倒している音が聞こえる。 ベッドの横と言っても、壁一枚ある部屋の外なのだが、壁が薄いのと、 とにかく近いので、ワシからも同じくらいの叫び声が出る。 その後、まったくの無音に・・・。 恐ろしくて、外見れない。 死体でもあったら・・・。 アー そういう時に限って、トイレに行きたい。 今日もペットボトルに・・・。あーそっか、捨てちゃったんだ、オレのトイレ。 よし、じゃあ目をふせてトイレに行こう。・・・暗過ぎて何も見えなかった。 それよか、さっきより隣の部屋のマリ●ァナの匂いがきつくなっているよ。 ・・・あれっ 部屋にカギ忘れた。入れネーよ。カギ開けに来てもらったら、 隣の部屋の人ばれちゃうし・・・弱ったな。カギ借りれるかな? ・・・何の確認もなく、あっけなく借りれた。 1日も早く、こんな素敵過ぎるところ出よう! ************ 朝7時に起床。ナンなんだ、この健康的な生活。 さぁホテル探しだ。 合言葉は“ホット・シャワー & エアコン”だ。 『Classic Inn.』 390バーツで Goodよ。 その帰り、ダイビング・ショップを見つける。 1番安いタオ島まで、600B。 そのダイビングショップにいた他のお客さん(日本人・同じ歳)と仲良くなる。 なので明日でなく、今晩一緒にタオ島に向かう事にする。 一緒にビールを飲みに行こうと盛り上がる。 彼は全身刺青だらけで、顔も強面だが、話易いナイスガイだった。 ワシが髪を切りに行くので、一旦別れると、アユタヤで一緒に過ごした、例の“怪しい青年”と再会する。 相変わらず、怪しげに写真を撮っていた(笑) ******** 午後6時に、カオサンの端っこで集合。6時半出発。 午後9時、11時にバス休憩。 バスの中で、映画『ドリブン』を観ていたのだが、最初の休憩後、違う映画に変わる・・・。 恐るべしタイ人。 (でもそんなとこが好き)
2008.10.25
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【 アジア6日目 タイ・バンコク[カオサン] (7年前日記) 】 [夜中に起床] ひぇ~ すげぇ雨だよ。 今、何時だ? まだAM2時だよ。 昨晩10時に寝たから、もう起きちまったのか? 外の熱気のせいか、自分が熱があるのか、部屋に誰か入ってくる夢を見た。 稀にみる予知夢でない事を祈ろう。 トイレに行こうと思ったら、トイレは共同で外にあったのを思い出した 「むゎじかよ~~!?」 こんなに体がだるくて、熱っぽいのに、用をたす為に [ドアに立てかけているカバンをどかす→内鍵開ける→部屋の鍵しめて出る→階段下りる→傘さしてトイレに行く→用を足す→手を洗う→ズボンで拭く→傘さして階段下へ行く→階段昇る→部屋の鍵開ける→「よく頑張った、俺」と言う→内鍵閉める→ドアにカバンを立てかける→ベットの端に寝る(まだ綺麗)→真ん中のくぼみに転がりフィットする] の工程を踏まないといけないのだ・・・。 「仕方ない。30歳は過ぎたけど、もう漏らそう・・・。」と決心した瞬間、素敵なモノ発見。 「Oh~, my ペットボトル」 ここで発見したペットボトルの大きさはイチイチ述べないが、とにかくアピール力(りょく) ガンガンのペットボトルを発見した。 「よーし・・・。 これに向かって・・・ お~ぉ・・・・・・・・・・・ 《中略》 朝、昨日よりはノドも痛くない。 薬を飲む為に、メシを食いに行こう。 通りの東端にあるカフェで、サンドイッチを食べていると、 前のテーブルに座っていた西洋人が、「チップはどうすればいい?」と聞いてくる。 そのまま、「これからどこに行くのか?」とか、「どこの宿は良い?」とかの話になる。 カンボジアに行くという事なので、「向こうで会えたら会おうぜ!」とアドレスを交換する。 できれば彼女とカンボジアで再会し、氣軽に結婚したいと思った。 AM 9時 薬が効いてきた。寝る。 AM11時 トイレ(ペットボトルじゃないよ。) PM 1時 起床 (とてもダルイ) PM 2時 昼食 (レックさんの食事処)→段々元気に! PM 3時 短パン買う→穿いたら即ボタンとれた。 帽子買う→今のところ異常なし。 《中略》 さぁもう寝よう。 このベッドは明日、俺より太っちょが寝たら、真っ二つに折れそうだ。 今、下から覗いたら、ほとんど折れているし・・・ [ そしてやっぱりこの後も、人生初の恐ろしい出来事があった ]
2008.10.24
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【 アジア5日目 タイ・アユタヤ⇒バンコク (7年前日記) 】 朝7時、自然と目が覚める。 昨晩は、トッケイ(ヤモリ)が部屋でお祭(大騒ぎ)していて、あまり眠れなかった。 あれっ・・・腰が痛いゾ。 掛け布団がなく冷えたのか、バイクの3人乗りのツケがたたったのか・・・。 あっ雨・・・。 珍しく(?)しとしと降っている。 早々と宿を出て、トゥクトゥクを捕まえたが、雨の中交渉するのも嫌になり、 ほとんど言い値で駅まで行ってもらう。 ノドが痛くなってきた。梅干・・・じゃなかったスッパイマンを食べる。 一粒食べて目がパッチリ! 二粒たべて頭スッキリ! 三粒食べて100点満点 !! と、オチで韻を踏まないスッパイマンのコピーライト…大好きです 物売りのおばさんが、雨に濡れない様に、ビニール袋を頭にかぶっている。 そのまま、「ソレが何か?」というような“シレー”っとした顔で、物を売っている。 そのウチ商品がひとつ売れる。 おもむろに頭からそのビニール袋を外し使用する。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・えっ?」 雨よけでなく、ビニール袋置き場だったようだ。 1時間以上電車は遅れているが、もちろん放送はない。(あってもタイ語は分からないが。) 《 中略 》 (車内)ワタシの隣には、ワイルド(爆発的)なパーマをかけたおばさんが座っている。 2時間近く垂直のイスによりかかって、ありえないほどの絶壁の髪型に仕上がっている。 しかもよーく見ると、ナナメに盛り上がり、何人たりとも近づけないように、そそり立っている。 この国のおば様達は、“笑いの天使”に見守られている。 バンコクに戻り、いよいよ“カオサン・ロード”に行く。 ワシも多くの旅人のように、沈没(居心地がよくなり、移動せず、そこに住み留まる事) してしまうのだろうか・・・。 《 中略 》 結局、なかなか宿が見つからず、“お勧めでない宿”に選ばれている宿に決める。 3畳位の部屋。エアコンなし。首の回らない扇風機あり。 そしてベッドは人型に真ん中が凹んでいる。 どこに寝ても転がって、真ん中に戻ってくるシステムらしい。 さらに≪バス・トイレ共同≫ で激安なのだが、この事で夜中に悲しい事件が起こるのでした。 おしまいチャンチャン!!
2008.10.23
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【 アジア4日目 タイ・アユタヤ (7年前日記)】 昨晩「明日はホテル前に9時集合!」と声高らかに去っていったジャキッド様が 15分たっても来ない。 その間中、トゥクトゥク(タイの3輪Taxi)の親父が、「“絶対に”仲間は来ないから、俺の愛車に乗れよ! お前さんがたよ~!!」と、目をギラギラさせ、切実な顔して訴えかけてくる。 お前さん“がた”? ・・・そう、なぜかあの怪しい青年も、昨日1日中一緒にいて、ワタシのブラザーのようになっている。 そんな中、ジャキッド登場。 だけど、なぜかバイクで??? タイでは3人乗りでも、“バレなければ良い”らしい。(2001年当初はだよ。) “バレなければ良い”というのは、“日本も一緒だ!”という見解により、3人で出かける。 早速市場の食堂で、朝飯を食う。(写真1) 勧められた汁ソバに、テーブルの上に置いてある調味料(ナンプラー、砂糖、酢、唐辛子など)で自分好みの味に調整するよう指示される。 イザ食すと、それぞれの味が、独立・分離・平行線。 “甘い・辛い・酸っぱい”が三位一体とならず、それぞれが暴走し、それぞれの味を叩きのめす、チョー挑戦的な汁ソバが出来上がる。(ただ少しづつ入れ過ぎたのか?) 【 以後1年間ほど、氣をつける。】 *********** この日は、ずっとアユタヤの遺跡を観光する。(写真2) 《 中略 》 で、夕食にタイスキ(タイのすき焼き)の超有名店「MK」に3人で行く。 ・・・おーっ うまいよ! とっても。 そういえば、タイに来てからは屋台とか、買い食いばかりだったので、しっかり食べるのは久しぶりだ。 食後、皆でワシの部屋に行って、アイスを食いながら、ジャキッドから付き合っている彼女の話を聞く。ワイワイワイワイワイワイ聞く。(写真3) そうこうしていると、ジャキッドが帰る時間になった。(会社員なので、明日の月曜日からお仕事。) 「旅の最初の友が、ジャキッドで良かった。ありがとね!」と、感謝の意を述べると、 恥ずかしかったのか、テレながらも「明日は8時に来ます!!」と契約をして帰ったとさ。 めでたし、めでたし。
2008.10.22
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【 アジア3日目 タイ・バンコク⇒アユタヤ (7年前日記)】 日本で1度会った事のある、タイの青年と遊んだ日。 (ワシの勘違いルールとして、「1度会ったら友人・2度は親戚・3度は家族」というのがある。) 青年の名は“ジャキッド”さんと言い、元大リーガーの佐々木主浩投手にソックリである。 昨晩ホテルから「ワシ今バンコクにいるんだけど、明日とかって暇かしら?」と氣軽に電話すると、 「確か日本でお会いした時に、『私の地元のアユタヤを、是非案内させて下さい!』と、契約しましたよね?」とジャキッド様が仰られました。 「おっおぉ・・・ そのーぉ“契約”・・・と申しまするよりも、“お約束”・・・みたいなものでございましょうか・・・。」 さすが日本最大手の電気メーカー(タイ支店)にお勤めの彼。 素敵な日本語をご存知だ。 ******** で、午前中にジャキッド様の待つアユタヤへ向かう。 タイで初めて電車に乗る。早くも大興奮。 そしてその電車の中で、怪しい青年を見かける。 シートに普通に座っているのだが、突然カメラを構え、“サッ”と立ち上がり、“パシャ”と車内(にいる人々)の写真を撮って、“スッ”と普通に座る。 “サッ” “パシャ” “スッ” それを10分に1回位のペースでやり続ける。 (その後当然のように、“誰か”に“何か”を言われたようで、突然終りがくる。) ******** アユタヤに着くと、その怪しい青年も降りて来た。 なんとなく話しかける。どうやら卒業旅行でタイに来たようだ。 そしてその後もなぜか、俺のソバから離れない。 そんな中、ジャキッド様登場。 「あーそうでございますか! お2人でございますか!! 分かりました。 さぁ参りましょう!!!」 ワシ以上に話を聞かずに、ズンズン案内して下さるジャキッド様でございました。 ■朝飯 25B ■水 5B ■電車 ??? ■拝観料 10B ■お供え 25B ■アイスクリーム 20B ■マルボロ 55B ■夕飯 200B ■ホテル 200B(628円)
2008.10.21
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【 アジア2日目 タイ・バンコク (7年前日記)】 宿のそばにある、MBKというショッピングセンターに行く。 初バンコクだったので、まったく知らなかったのだが、結構有名なところらしく、若い人・家族が盛り沢山。 当たり前だがタイの人だらけ。笑顔だらけ。 なぜか超盛り上がるワタシ。 ちなみにMBKでの感想は・・・ 「お客さんの半分くらい、MBKの関係者がいるようだ。」 ※店員・警備員・清掃員・警官 「トイレ、紙流しちゃいけないんだ。」 「メガネの子少ないんだ。」 「女の子、購買意欲物凄いなぁ。」 「ラーメンは50バーツするのに、坦々麺が45バーツなんだ???」 「マックフライ・ポテト SMLそれぞれ、19B・30B・35B なんだ。」 ※2001.10.19当時のレート 1バーツ(B)=3.14円 その後、旅の友『ビーチサンダル(第1号)』を買い、気分良くバスに乗ってみる。 どこ行きかわからないけど、とりいそぎ乗ってみる。 (「なんかミステリーバスっぽくて、カッコいい!」とか恥ずかしげもなく思っちゃうボク。) どこに着いたかわからないまま、散歩して、食事をする。 が、旅慣れてないからなのか、鈍感だからかわからないが、意外と何もないところで降りたらしく、さっさとMBKに戻るバスを探す。 ようやく見つかり乗ってみるのだが、行きとはなぜか料金が違う。 考えるのが面倒なので、「数時間で値上がりをした!」という解釈にする。 ちなみにバスでの感想は・・・ 「バスの運ちゃんは、食いながら・タバコ吸いながら運転してるんだ!」 「女の子はアグラかいて座っているんだ。(全員じゃないけど)」 ********* 部屋に戻り、購入したサンダルを脱ぐと“足のウラ”が真っ黒になっている。 一体どんな人が、試しに履いていたんだ? イタズラか?? 考えるのが面倒なので、「ワシは元から黒かった!」という解釈に決定。 ■朝飯・水 45B(約 153円) ■昼飯・アイス 85B (約 267円) ■バス[行き] 10B [帰り] 3.5B ■黒くなるビーチサンダル 450B(約1417円) ■ビール 35B(約 110円) ■坦々麺/春巻85B (約 267円) ■インターネット 25B (約 79円) バーツに両替 8,000円→2,890B
2008.10.20
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【 アジア1日目 タイ・バンコク (7年前日記)】 バンコク行きの飛行機は、最安値のビーマン・バングラディッシュ(BG)航空。 貧民ご用達で有名な航空会社。多くの伝説に彩られている不思議な話が沢山ある。 当然今回も・・・ まず搭乗口の故障で30分入り口は閉まったまま。その後もエコノミーは閉まったままだが、ビジネスが突然開いたので、全員そのままなだれ込む。(当然BGからの説明はなし。) そしてワシがいざ席に着こうとすると、通路を挟んだ隣に、もう無茶苦茶“ビン・ラディ●”にそっくりの方がいらっしゃる。(ただなんだか物凄く小柄の方である。) そしてライフジャケットは、何度か使用したのかと思えるほど汚い。いや、“使い込んでいる”位のレベルだ。 さらに、そのライフジャケットの使い方を説明しているキャビンアテンダントだが、 右通路で説明している方と左通路で説明している方の動作が、まったく違う。 (ピンクレディーの「ウォンテッド」の終わり方位、バラバラである。) そんな中、前方から“ビリっ”という物凄い音が聞こえる。 誰もが不安そうに見つめていると、その後更に、何かが燃えている匂いがする。 ・・・こんな状況の中、「だから何?」ってな雰囲気で、飛行機が動き出した。 ・・・・・・・・・・・・・・・・あれっ!? なんだこの安定感は? 電車より静かで振動もない。 逆になんだか不安になってきた。 その不安感のせいか急にもよおしてきたので、トイレに行くと、なぜかそのトイレは物置になっている。鍵をかけ忘れた人がいるよりも驚く。 食事になればなったで、キャビンアテンドの気持ちひとつで、「ビーフかチキン」が決められる。ワシはなぜかチキンを置かれる。 ビールを飲んで、とにかく寝て、何も感じないようにしよう! 「墜落するなら、寝ている間がいいなぁ」と安らかに思いながら・・・。 ********** タイに到着してからは、ソイカセムソン(国立競技場駅そば)の「A-ONE INN 」にチェックインする。 「長~い旅の最初の宿なので、“A”だし、“ONE"だし、いいかな・・・」というのは、今見つけた理由である。 「いきなりカオサン(バンコクで有名なバックパッカーの集まる撃沈区)に行って、疲れないように!」という、心配性の僕らしい配慮なのである。 (この配慮は、この後392日間なくなる・・・。) ■宿代 360バーツ(約1,080円)×2日分 ■夜飯 100バーツ(約 300円) ■タバコ・飲物 68B (約 210円) ■インターネット 80B (約 240円)
2008.10.19
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【 旅立ちは1時間後 (7年前日記 )】 今、10月19日 午前5時。 いよいよ家を出るまで1時間。 そんな中、夢中になっている事・・・ (というより、必死にやっている事?) なんと荷物を減らしているのだよ!今頃になって!! 入らんのだ、荷物が多くて(泣) 無理矢理入れると、今度はとてつもなく重いのだ(号泣) このままだと確実に成田までの旅で終る。 ワシのザックは karrimor(カリマー) クーガー 50-75 アンダオ・スペシャル である。1年分の旅なので多少デカイ(?)と思われる。 ・・・が、入らない。 バックパックは初めてなので、入れ方もヘタクソなのである。 しかも筋力・体力がないので、自室でヨロヨロする。 テストで仰向けになると、起き上がれない。 爽快感が漂うほどの、「荷物減らさなきゃ歩けない。」というアキラメ・・・。 何気に場所を取っているのが・・・ ■アジアの子ども達を驚愕させる手品セット (全てダイソーにて購入) ■カメラのポジフィルム12本(少し高級なので、日本で購入) ■キャンパーズ・コレクション 飯ごう 丸型 PR-02B 何氣に重たいのが・・・ ■世界的に珍しい穴のあいた硬貨(5円&50円玉)各10枚 ■一眼レフカメラ ■文庫本3冊 ■ガイドブックを切り取った資料集やノート ■栄養剤のビン(詳細は10月6日の日記) で結局、手品セットは半分に減らし、栄養剤は殆んど置いていく。 文庫本も1冊減らし、梅干・レトルト味噌も置いていく。50円硬貨も置いていく。 (飯ごうは意地でも置いて行かない。どの国でも袋メンを食べたいので!!) で、ギリギリ入る。 そして何とか歩ける。 もうこの重さをプラスに考え、筋力・体力を付けていく事にする。 来年の今ごろは、仰向けにされても、足の力のみで起き上がれるほどの筋力を手に入れる事を目標に変え、まずはタイ・バンコクに行って来ます!! (その前に、最寄駅・・・)
2008.10.18
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【 旅立ちは明後日 (7年前日記 )】 もうすぐ10月17日午前4時。 19日の午前6時の出発時刻まで、あと50時間。 会社に入った時、「いつか会社を辞めて独立しよう!」とは思っていたが、まさか退職後に1年ほどフラフラして、更にアジアを放浪するとは、まったく思ってなかった。 ホントに人生って、不思議で面白い アジアを1人で旅しようと決心したのは、退職後スグに行った中米(ホンジュラス&バハマ)で、ある2人に会ったからだ。 1人は、ホンジュラスのコテージに到着した時、たまたま受付で会ったケンタッキー州出身のアメリカ人のフィル(あと30kg位やせると、ケビン・コスナーになれたおやっさん)である。 「おめ 一体どっから来たズラ?」 (以下、方言なし) 「日本だよ!」 「ひとりでかい?」 「うん、そうだよ。」 「勇敢だね。(ユー アー ブレイブ)」 「えっ 俺が!? 何で??」 「だって日本だろ? 極東だろ。 一体ここからどれだけ離れてる? しかも1人で来たんだろ。 そりゃ、“勇敢”以外のナニモノでもないよ!!」 「でも、俺飛行機で来たよ。確かに3回乗り継いだけど・・・。」 「俺達アメリカ人はシンプルだ。どんなカタチであれ、遠くからひとりで来た人間を 『あなたは勇敢な人だ。』と尊敬する!!」 文章で書くと、タイソウ陳腐なんだけど、自分よりずっと年上の(バカでかい)人に、じっと眼を見て力強く・ゆっくりと「ユー アー ブレイブ」と言われると、なんだか涙が出そうなくらい嬉しくなった。 そして満たされた氣持ちでいっぱいになった。 アメリカ人と同じ位シンプルな僕は、「これからも“ひとり”で“遠く”に行こう! なぜなら僕は『ブレイブ・マン』だから・・・」と激しく思うのでした。 【一応僕の美化した思い出だと、映画『愛と青春の旅立ち』のように、2人で向き合い、敬礼し、その後お互いを指差し、「ユー アー ブレイブ」と言い合って、ハグして、握手して、お別れした事になっている。】 そして、もう1人は・・・明日!
2008.10.17
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【 旅立ちまで後5日 (7年前日記 )】旅に持っていったノートの最初に「ダライラマ14世」の映画でのセリフ(本人じゃなくて、台本だと思うけど(苦笑))とマザーテレサの言葉を書いていった。今、全文書こうとしたのだけど、とても長いので眠たくない時にお届けしようと、あっけなく思いました!! *********インドやネパールでは、チベットの方と知り合いになる事も結構多かったし、一時は一緒にお仕事もできた。(それと一体何度チベット仏教の寺院で、食事やお茶を頂いたかわからない。感謝という言葉だけでは言い尽くせない。)また数日ではあったけど、マザーテレサの施設でボランティアもさせてもらえた。(小児麻痺の子どもや障がいを持つ子ども達が生活している施設) *********もしノートの最初に、サイババ様の事を書いていたら、きっと自然とサイババ様にお会いして、同じような髪型となっていたに違いない。
2008.10.14
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【 旅立ちまで後6日 (7年前日記 )】 このところ、自分が行く予定の地域が舞台となっている映画ばかり観ている。「セブン・イヤーズ・イン・チベット」「リトルブッダ」「グッドモーニングベトナム」「三国志」「水滸伝」「キリングフィールド」「ガイアシンフォニー 第二章」「ガンジー」「ムトゥ 踊るマハラジャ」 等、等・・・。なぜか映画館で自分が観た映画しか借りていない。(というか、かなりの確率で映画館で観ているのにビックリ!!)そうそう、本に関しては「インドへ」 横尾忠則さん「河童が覗いたインド 」妹尾河童さんの「マザー・テレサ―あふれる愛 」 沖守弘さん「ガンジー」関連の書「ダライ・ラマ」関連の書という旅人推薦本を読んでいた。(殆んどインド系だね。)そして当然のように、沢木耕太郎さんの「深夜特急」も!!昔1度読んでいたのだけど、今回再度借りて全巻読んでみた。ホントに胸がワクワクする。とてつもなく面白い。「俺もこんな風にケンカしちゃうのだろうか?」「恋とかランデブーとかしちゃうのだろうか?」「インドで緑の薬を飲んでしまうのだろうか?」想像以上の妄想が広がる。そう、「妄想は爆発だ~っ!!」【 アジアを旅をしていると、沢木さんの本に書かれているコースの通りに移動している方(ファン?)もいて、ビックリした。】【 結局、ラオスとブータンに関しては、まったく知識もイメージもないまま、お邪魔させていただく事になったが、それはそれで物凄く新鮮だった!! 】
2008.10.13
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【 旅立ちまで後7日 (7年前日記 )】 1年ほどの旅ではあるが、1年というとそれぞれの国での普通(?)の生活もあるだろう。で、俺洋服どうする? (どの季節設定??)当然、寒い地域や野宿対応の洋服は必要だろう。いや、寝袋あるから、いいのか?でも、持って行く寝袋は、“春秋用”だし・・・。荷物は極力重くしたくないので、「寒い国に入ったら、その時に買うか、旅人に交換してもらい、出国する時に市場で売るか、誰かと交換する」事に決める。で、結局・・・・Tシャツ3枚・下着3枚・ロングインナーパンツ(いわゆる白タイツ)・長袖シャツ1着(社交界用)・薄手のズボン1着(メイン)・フリース1着(上)・短パン2着(おしゃれ着用と水着用)・靴下3足・ウィンドブレーカー(小さく折りたためるモノ)が選出される。冷静に見ると、ナンだか不思議な組み合わせだ。あえてこの用意した服から逆に、『どこへ行くのか?』と己に問うてみると・・・。「物凄い綺麗なビーチのある国。乾燥した優しい風、海の香り・・・。そしてビーチの近くのあるホテルで行われた社交界のパーティーにて、ワシは素敵な長袖のシャツを羽織っている。下はもちろんおしゃれ着の短パン。そしてその下には真っ白なタイツ・・・。」おおーっ 旅はとてつもない事になりそうだ!!
2008.10.12
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【 7年前日記 旅立ちまで後9日 】 どーも持っていこうとする物は、性格的なモノか勘違いからか“野宿グッズ”というか、“災害グッズ”を用意しがちだ。1年間のバックパックの旅とはいえ、そんなに何度も野宿はしないだろうが・・・。(海外だし、犬やヘビ怖いし。)これは前の日記でも書いたけど、“不安症”である自分と、“面倒臭い病”の自分が、とてもバランスをとって(?)混在しているからである。【何があるかわからないので・・・と準備する不安症の自分 準備したから何があっても大丈夫・・・と急遽楽観的になる自分 】で、結局残していく事になった荷物は・・・■携帯用ストロー浄水器■防水マッチケース■災害ブック(『お米をアルミホイルで炊く方法』や『簡易トイレの作り方』など記載。)■サバイバル・ブック(『食べれる草・昆虫』など記載←日本の草・昆虫だった(泣))■防犯ブザー(「野宿する時に自分の体とバックを結んで、バックを取られたら、ブザーが鳴るようにしよう・・・。」と考えて購入したが、普通にキツク結べば良いだけだった・・・。)■大人用おむつ(インドで漏らす人が多いと聞いたので・・・。)ワタシはどうも、しっかり考える事ができない性分らしい・・・。
2008.10.10
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【 7年前日記 旅立ちまで後10日 】 ここ数日は、持って行くモノを選択したり、各国の情報を集めたりと忙しい。あと10日後に旅に出るかと思うと、とてつもなくワクワクする!そんな明るい気分になったのは、ある方と電話で話す機会があり、その旅への意気込みというか、その後の人生観が変わるような助言(予言?)を頂いたからである。 “山田耕榮さん”という方なのですが、会社員時代の先輩に紹介をしてもらい、いろいろ不思議な体験をさせて頂きました。(出版も何冊かされてます。講演会もよくやられてます。)旅に出る事を決めた時の精神状態は、結構ひどいモンでした(笑) 【詳細】そんな僕が、「旅に出るのに、何か氣をつけたら良い事ってありますか?」と電話で伺うと・・・「何かを探そうと旅に出ると、何も見つからないよ。とにかく目の前の事を楽しんでいると、おのずと見つかるよ!!」「絶対に無事で、笑顔で帰ってくるから大丈夫だよ。」 *********人生において“探し物”をしやすい僕は、“目の前に集中”する事を忘れ易い。“目の前の事を楽しむ事”“死ぬまでは無事” ↑ ↑ それ以後ワタシの人生観になりました!!耕榮さん ありがとうございました^^
2008.10.09
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【 7年前日記 番外編 】 ワシは飛行機運が目茶苦茶いい! ネタになるような驚くような飛行機に当たる。 1:アメリカからの飛行機が宙返りする(ちょっとウソ) 2:ホンジュラス→バハマ行きの飛行機が、途中で故障して、なぜか逆サイドの“エルサルバドル”に不時着 3:映画の様に、「お客様の中に、お医者様いらっしゃいませんか?」と尋ねられる。 4:乗客の9割が初老の先輩方で埋まっている飛行機に乗る。 5:トイレが物置になっている飛行機に乗る。(ビーマン・B航空)6:背もたれに寄りかかれない座席に当たる。(ビーマン・B航空) ********* 1:大学時代に、親に内緒でアメリカ(ロス&ベガス)に行った時、帰りの飛行機は物凄く揺れた。 余りにも機内が揺れるので、2度目の食事がでなかった。 キャビンアテンダントさんが(2度目の)食事を出している途中に、トレーの上がひっくり返る事が多く、「ほしたらな、落ち着いたら出すでぇ~!」のアナウンスが流れ、食事を出すのを止めた。 結局最後まで落ち着かなかったので、最後の最後にパンのみまわってきた。 機内は不安爆発直前だったので、何度も機長の「大丈夫だよ~ん! 揺れているだけだから~!!」のアナウンスが流れた。 数人の人は、隠れるようにノートとペンを取り出し、もしも用の“遺書(って言わないのか?)”を書いていた。 ・・・ように思うんだよね! なぜなら僕は書いたから!! 特に、親に内緒で来ているので、『まさか落ちた飛行機にバカ息子が乗っている』とも当然思ってないだろうし、航空会社から連絡があっても、信じないと思ったので、遺書というより説明文というか、今更の言い訳を切々と書く。。。 飛行機は最終的には無事到着したけれど、着陸直後は“大歓声&大拍手”で、大騒ぎだった。 そして皆がワタクシのように、8倍位話を誇張させて、空港から我先に電話した。 「今乗ってきた飛行機だけど、やばかったンだよ。途中で宙返りしてさ・・・。」
2008.10.08
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【 7年前日記 番外編 】 いきなりで申し訳ないのだが、旅の日記には「ウ●コ」ネタがどうしてもつきまといます。 これは仕方のないことです。本当にどうしようもないことなのです。 書かずにはいられない、“とんでもない出来事”が起こりやすいから・・・。 真面目に考察している事もあれば、 怒りに震えて書かれている時もあるの。 奇跡的なトイレを描いている時もあれば、 5・7・5に乗せ優雅に表現している時もあるの。 そう、「ウ●コ」ネタは、“明暗”“軽重”“悲喜”取り揃え、多数日記に書かれているのです。 なぜ、唐突に「ウン●」ネタを書いたかというと、8年前に中米に旅をした日記を発見して、そこでは「ゲ●」と「●ンコ」のネタがオンパレードだったからです。 「ウンコ●」ネタが嫌いな人は、是非ご連絡下さい。 これからも多数出てくるけど、 少しは素敵に上品に書きますから…
2008.10.07
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【 7年前日記 旅立ちまで後13日 】 いよいよ海外保険に入る。 1年間の保険。(たしか飛行機代より高かった。)基本的にワシは氣も弱いし、不安症でもあるので、しっかり準備をしようとする。(なので保険もしっかり入る!)しかし、それ以上に“メンドクサガリ”なので、「不安からの準備」を途中で止め、「産むが易し」に切り替えるパターンがほとんでである。例えば、『海外旅行 この地域は危険!』というような本をしっかり購入して旅に出ていたのに、帰国して読んだら、そんな地域ばかりに行っていた。」とか昨日の日記の栄養剤やらバックに付けるデカイ鍵やら窓ストッパーとかの危険防止グッズを沢山買ったのに、重いので持って行かない。」とか・・・。そして「まぁまぁ俺、ツイてるから大丈夫! はい、次のシンパ~イ!!」ってな感じで、目をキラッキラさせ、ドラマチックでネガティブな妄想を膨らませて、次の心配に取り掛かるのでありました・・・。 ********今AIUのHPを調べると、「目的が観光・その他の場合、保険期間6ヶ月まで(延長分を含む)のご加入となります。」と書いてあるが、昔は良かったのだろうか?『例外』を頼み込むのは、ワシの得意分野でもあるので、この時もそうしたのだろうか???「ルール変更をお願いする時は、『例外』を申し込んでみるもんだ!」という信念(勘違い)は、意外と物事を好転してくれるような氣がする。(←これも勘違いか?)・・・あれっ!? ワシこの後、何書こうとしたんだっけ??『 面白エピソード・1 』がここに入ります。(きっと、いつの日か)
2008.10.06
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【 7年前日記 旅立ちまで後14日 】海外に持って行く栄養剤を吟味ある治療家に相談すると・・・「・・・プロポリス(1万円前後)は持っていってください。弱い抗生物質のような働きしますから。 オリヒロあたりの安い青汁(980円)とビタミンC(500円)も。」「プロポリスは私はピンクの箱の奴を横浜西口、岡田屋モア-ズの7階で買います。7200円。 ちなみに、原液は非常災害の怪我の消毒にもつかえます。 そこで、ビール酵母のエビオス錠を1000円くらいで売ってるので、整腸剤としてどうぞ。(●●病院おすすめ) アミノバイタルは疲れ取れますし、持ち運び便利。」という事で、素直な私は岡田屋モアーズ7階へ!!そして旅立ち2週間前なのに、なぜかここの販売員さんにひと目惚れをしてしまうワ・タ・シ
2008.10.05
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7年前の今頃は、ヒッポファミリークラブ(多言語倶楽部)に入っていて、毎日のようにどこかの教室(って言い方じゃなくて、ナンだっけ?)に行っていた。ホントにここのクラブの皆々様には、タイソウ良くしてもらって、言葉を教えてもらうだけでなく、僕が行く国の友人を紹介してくれたり、現地の素敵な穴場を教えてくれたりしましたそんなヒッポでできた友人と、この日は台湾料理屋さんに食事に行っている。「“光春”の杏仁豆腐はべらぼうに美味しかった。どこの国に行っても、これ以上の杏仁豆腐は絶対にないだろう!!全ての国の中華街で、“杏仁豆腐”の調査をしてくるぞっ!! あぁ早くまた食べたい。日本に戻ってきたら真っ先にここで杏仁を食べよう!! この味、2度と忘れない・・・。」そんなとてつもなく力強い文章で書かれていたのだが、旅先では2度と杏仁豆腐を思い出す事はなかった・・・。ワタシの大袈裟力(おおげさりょく)は、昔から測りしれない。【出発まで、後15日!】
2008.10.04
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実は7年前の10月というと、前の月に「9.11」のテロがあった為、多くの人が飛行機をキャンセルしてました。僕自身も9月末の出発で、ネパールからインド、そしてパキスタン(かチベット)へ渡る予定だったけど、先行きがまったくわからなかったので、出発を10月中旬に延ばして、タイのバンコクからカンボジアに抜けるルートに変更した。(東南アジアを4ヶ月:インド辺りを8ヶ月とアバウトに決めていた。パキスタンの“フンザ”は結構な危険地域だけど、どうしても行きたくて、いろいろ情報を集めていた・・・。)出発を遅くした事で間に合った事…それは、予防接種!!僕が旅する予定のアジアの多くの地域では、「予防接種をしていかんといけん!」と言われておりました。で、5種7本の注射を慌てて接種… で、自由診療なので結構高い… で、この週は注射三昧…そうそう、それとこの週は写経三昧!!話はブっ飛ぶが、以前ワシは三重の青山高原という所で、修験者と2人で山小屋を作りながら暮らしていた。【 会社員時代、1人で奈良の天河神社に参ったら、たまたま年に一度の祭にぶち当たり、この不思議な方に会って、その時からお慕い申しておったのだよ。そんなあの方から「一緒に暮らそう!山小屋を作りながら!!」と、田中邦衛氏でも言わなそうな言葉で口説かれて、ついつい…。 作っている部屋に泊まっているもんだから、早く作り終えないと、寒さで死にそうだった。なので来る日も来る日も真剣に大工仕事!! (そしてなぜかこの方は、元大工さん兼・元組長さんというゴージャスな前職をお持ちであった。さらになぜかワタシの旅というか人生には、元マフィア・元や●ざの方・霊能者の方が、到る所に出てきます。とっても不思議 )今日ある人の言葉から、「人は出会いで作られている!」と思ったのだが、今の“ワタシ”の大部分を構成しているのは、この修験者のお陰だと強く思うのであるよ。】そうそう、それで話を戻すと、写経はこの修験者のお弟子さんから、超・超薦められて、「先生の書かれている写経と一緒に、是非海外で燃やして下さい!」とお願いされました。で、人のいい素直なワタシは、瀬戸内寂聴さんのCD付の写経のご本を買って、『磨(す)って書き、書いては磨り』の毎日を送っていたのでした。そう7年前の今週は、『写経、注射 ときどきパキスタン』 だったのです!!
2008.10.03
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もう、一体ナンなんだ? この萌え盛るような感覚は! …間違えた。この燃え盛るような感覚は!?7年以上前に、パラオにスキューバーダイビングに行ったんだけど、その時に知り合った小池君は、(神戸とパレスティナでは、)結構知られた変態的な天才画家である。その彼から、 「僕は最近、徒歩日本縦断を10年ぶりに始め、鹿児島から歩き出し、ようやく東京まで辿り着きましたが、ここまで3ヶ月もかかってしました、、、北海道に着く頃は、相当寒そうですねぇ、、、、、」とメールが来た。…はあっ ???小池君と俺、パラオで出会って意気投合→俺彼の住む神戸に遊びに行く→お互いの適当な夢(『俺…チベットに渡る。』『小池君…中国を隅々旅する。』)を適度に語る→その1年後、お互い適当な夢で語った国と違う国を好きになり、その国で暮らす。(ちなみに小池君は、見た目も態度も“越前谷俵汰さん”のようにタイソウふざけているので、根っからふざけた人のように見えるけど、神戸の震災の際は、即座にボランティア組織を作り、その後JRからも駅校舎の一角を借りて、市民の為の活動をずっとやり続けた男で、真のリーダーである。)で、俺は1年ちょっとで帰ってきたのに、彼は日本に戻ってきたのは数ヶ月前らしく、6年位(?)海外を放浪というか、何かしていたのである!!あんな変態男…じゃなかった真のリーダーが、6年間も海外で遊んで…いや、何か をしていたなんて…。そしてふと、自分の旅の1年間を思い出そうとしたら、土地の名前は出てこないは、人の名前も思い出せないはで、忘却のかなたの事になり始めていたのに氣付いた訳ですよ。という事で“どげんとせんとイヤン” と、萌え盛った訳です。なので恐る恐る唐突に“7年前日記”を書きます。 (2年前の“5年前日記”を参考にしながら…。)2001年10月19日に出国して、2002年11月16日の帰国までの393日間の事を…。
2008.10.02
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