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東京では桜の満開が伝えられましたが、関西は少し遅れているようで、満開にはあと数日かかる感じです。土曜日、桜がピークを迎えていたら、撮影しに行こうと思っていたのですが、今しばらく待つことにしました。しかし、天気が良いので、それなら南紀へ青い海を見にいこうということで、紀勢本線の撮影に行ってきました。関西から手軽に行ける観光名所である白浜は、近年、高速道路が延伸し、さらに便利になりました。以前は国道42号線だけだったため、途中、いたるところで渋滞し、行きは良い良い、帰りは恐いという状況でしたが、それも少しは緩和されたようです。紀勢本線では381系の「くろしお」と「スーパーくろしお」、283系の「オーシャンアロー」という3種類の特急が走っています。南国へのリゾートムードを盛り上げるため、鮮やかなブルーと白のオーシャンカラーに塗り分けられています。本日の「思い出の1枚」は、美しい海岸線を駆け抜ける特急「くろしお」です。
2008/03/31
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奈良線で撮影したのは椿井大塚山古墳のそばです。椿井大塚山古墳というのは、卑弥呼がもらったかもしれないという三角縁神獣鏡銅鏡が当時、最多の32面出土したことで有名な古墳です。これらの鏡は、邪馬台国畿内説の有力な証拠となるもので、椿井大塚山古墳は、いわば古代史の中心的な場所といえます。銅鏡は、奈良線を拡幅するときに発見されたそうで、古代史のロマンと鉄道が結びついた珍しい例かもしれません。列車が来るまでに史跡の解説板を見たりして、しばし、古代史のロマンに夢を馳せました。本日の「思い出の1枚」は、みやこ路快速として椿井大塚山古墳の横を駆け抜ける221系です。
2008/03/30
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JR西日本では、103系がまだまだ健在です。201系が増殖している大阪環状線や関西本線でも数は減ったものの、103系は元気に活躍しています。先日、妻と一緒に奈良市写真美術館(入江泰吉記念館)へ行った帰り、奈良線を訪ねてきました。奈良線では、うぐいす色の103系が普通として、221系がみやこ路快速として運用されています。この日は天気が悪かったのと、美術館のあと、新薬師寺などを巡っていたため、撮影ポイントに到着したときには幾分暗くなっていました。フィルムだとスローシャッターを切るか、増感しなければならないような状況ですが、デジタルならまだまだ対応が可能です。とはいうものの、やはり満足のいくものではありません。奈良線へは桜がらみでもう一度、訪れることができたら、と思っています。
2008/03/29
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日曜の午後、カメラを持ったおぢさん鉄が3人、ホームの端で待っています。相変わらず電車が到着するたびにコブクロの「さくら」メロディーが流れます。特にイベント列車が来るでもない休日の昼下がり、のんびりと普段どおりの様子を記録しようと過ごす時間は、ある意味、贅沢かもしれません。ふと物音に気がついて振り返ると、貨物が接近してきているところでした。EF65 108号機が牽く工臨貨物です。昔はあたり前に走っていたこの機関車も、最近はあまり見かけなくなりました。何でも普段から記録しておかなければ、と改めて思った瞬間でした。ところで、関西では桜が咲き始めました。桜の名所である夙川も、来週は多くの花見客でにぎわうことでしょう。例年、4月上旬は桜を追い求めて走り回るのが常ですが、今年も来週から忙しくなりそうです。
2008/03/28
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甲南山手駅からさくら夙川駅へ移動し、引き続き貨物列車の通過を待ちました。さくら夙川駅は、西宮駅と芦屋駅の間に新しく設けられた駅です。新駅だけあって、電車が到着するたびに、コブクロの「さくら」のメロディーが流れるようになっています。好きな曲なので、ついつい「桜の花びら散るたびに~♪」と口ずさんでしまいます。おかげで、お目当ての貨物が来るまで退屈しませんでした。「本日の思い出の1枚」は、さくら夙川駅を通過するEF66 41号機です。
2008/03/27
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自宅から便利な位置にあるのは伊丹空港なのですが、今年から伊丹発着の那覇便は中途半端な時間帯になってしまいました。遠距離路線は伊丹から関空にシフトさせようとする意図がありありと伺え、おかげで時間はかかるわ、電車賃は高いわで、北摂住民としては不便をかこっております。というわけで、那覇からの帰りは神戸便をセレクトしました。神戸空港に着いたのがお昼前だったので、そのまま素直に帰るのもなあ……と思い、三宮から大阪へ移動する途中、貨物列車を撮影することにしました。場所は甲南山手駅。つい先日も「なは・つき」を撮影するために行ったところです。しばらく待っているとEF210が牽くコンテナ貨物がやって来ました。
2008/03/26
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ゆいレールの写真は、これまでにも何度かこのブログにアップしていますので、目新しさはないのですが、もう1日ご覧いただきます。ゆいレールが大阪モノレールや東京モノレールなどと違っているのは、車輌が1編成2輌に固定されていることです。大都市と異なりますので、長大編成を組む必要がないのかもしれませんが、その分、日中でも車内は結構混み合っています。2輌編成の電車は、丸いデザインと相まって、コンパクトでかわいらしいイメージを与えています。短編成で運行するという経営方針を決定したのは正解かもしれませんね。
2008/03/25
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私のもう1つの趣味であるスキューバダイビングを楽しむため、年に何度か沖縄へ出かけます。さすがに冬場は水温も下がるため、水の中へは入りませんが、代わりにホエールウォッチングを楽しんでいます。今年も3月上旬にザトウクジラを見るため、沖縄へ行ってきました。昔は沖縄にも鉄道があったそうですが、数年前にモノレールが開通するまで、沖縄は長らく鉄道とは縁のない県でした。現在は、ゆいレールが那覇空港駅から首里駅まで12.9kmを結んでおり、モノレールが開通してからは、那覇市の観光名所の1つである国際通りなども渋滞が大きく緩和されました。モノレール効果と言えるでしょう。「本日の思い出の1枚」は旭橋付近を走るゆいレールです。水鏡をねらったのですが、残念ながら水面が僅かにゆらいでしまいました。
2008/03/24
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終焉が近づいていることから、駅の周辺にはのぼりが多数立っていました。記念フェア実行委員会が実施しているもので、沿線の人たちが思い思いの言葉をのぼりに綴っています。採算面では苦しい状態が続いた鉄道でしたが、やはり、地元に愛された鉄道だったようです。のぼりとのぼりの間から三木鉄道の気動車がわずかに見えています。この景色も、残すところ10日ほどになりました。「ありがとう 三木鉄道」。そして「さようなら」。
2008/03/23
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三木鉄道の沿線にあるお寺の参道には石仏がきれいに並んでいます。久大本線の日田や山口線の仁保あたりでも線路際に石仏があったのを思い出しますが、日本情緒あふれるこうした光景には、思わずレンズを向けてしまいます。列車の編成美とは、また違う味わい。鉄道のある美しい日本の情景。私の好きなシーンです。
2008/03/22
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3月は別れの季節。すでに「銀河」「なは・つき」は過去帳入りしましたが、兵庫県にある三木鉄道も3月末で営業を終了します。この鉄道へは、これまで春秋の季節の良いときに3回ほど足を運んでいます。厄神駅でJR加古川線と接しているものの、連絡があまり良くないことや、鉄道に並行して道路が走っているため、時代柄、車には太刀打ちできないことなどから、経営が思わしくないと伝えられていましたが、今年度末でついに終焉を迎えることになったのです。私自身は昨年秋に訪ねてから半年ぶりの三木鉄道でしたが、桜にはまだ早く、昨年春に咲いていた菜の花も、今年は見つかりません。ようやくある駅の近くで盛りを迎えている梅の花を見つけましたので、それを取り入れて画面を構成しました。これまで三木鉄道ではあまり乗客を見かけることがなく、これでは廃止になっても仕方ないな、と思っていたのですが、カウントダウンが始まったこともあり、かなりの乗客を見かけました。同時に沿線でもカメラ・三脚片手の「鉄人」が多数撮影ポイントを探していました。これまで多くて2、3人程度しか見かけることのなかった同業者が、かくもたくさん来ていることが、かえって終焉間近を実感させました。
2008/03/21
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最近、城東貨物線に行っていない。う~む……。「おおさか東線」の開通で、城東貨物線の南半分は大きく様変わりし、北半分も早晩、同じ状況になっていくだろうしなあ、ということで先日、城東貨物線を訪ねてきました。城東貨物線でDD51牽引の貨物がいつまで走るかは予断を許しません。淀川以北では、まだまだ沿線に樹木も多数残っており、大都市の貨物線とは思えない所が結構残っているのですが、すでに複線化に伴う法面の工事が始まっている場所もあり、のどかな景色は急速に消えていくことでしょう。日ごろから小まめに撮影すべし、と内なる自分が呼びかけることもあり、出かけることにしたのです。いつもの場所に行ってみると、築堤の斜面に植わっている梅の木が満開となっていました。馥郁たる香りも漂ってきます。もしかすると、ここで梅の花とDD51を撮影できるのは、今年が最後になるかも、と思いながらカメラを構えました。待つことしばし。本格的な春の到来を感じさせる穏やかな光線のもと、今日も原色のDD51がやって来ました。
2008/03/20
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惜別の過去帳写真3日目は、平成17年(2005)6月12日に神戸の須磨浦カーブで撮影した「彗星・あかつき」です。この約3ヵ月後に「彗星」が廃止され、「なは」と「あかつき」が統合、「なは・あかつき」となりました。考えてみると「なは・つき」はわずか2年半の寿命だったのですね。ブルートレインそのものが衰退の一途をたどっており、統合しても客足の回復は見込めませんでした。2年半の寿命であったことから、統廃合は抜本的な対策にならなかったことが、よくわかります。そしてつい先日、須磨浦のカーブで、いえ、それ以外のお立ち台でも、関西発の九州行きブルートレインは撮影できなくなってしまいました。寂しい限りです。
2008/03/19
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「なは」は「なは・あかつき」となる前は、単独のブルートレインでした。本日の「思い出の1枚」となるこの写真を撮影したのは平成16年(2004)12月12日です。このころの「なは」はEF65PFが牽引を担当していました。しかし、数えるほどですが、EF66が牽引を担当したことがあります。私も一度だけEF66が牽引する「なは」を撮影したことがあり、このブログにもアップさせてもらいました。このあと、「なは」は平成17年(2005)10月1日から「なは・あかつき」となり、EF66が牽引するようになりました。こうして改めてEF65PFの「なは」を見ると、「銀河」がヘッドマークをつけたらこんな感じになったのかな、という気もします。
2008/03/18
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過去帳入りした「銀河」の思い出カットを探してみました。本日の「思い出の1枚」は、昭和57年(1982 )7月1日に撮影した大阪駅に進入する急行「銀河」です。20系客車が懐かしいです。現在、大阪駅は全面的な改築が行われていますので、この写真を撮ったときと、最終を迎えたころとでは進入・停車位置も変わっています。
2008/03/17
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「日本海2号」「銀河」のあとは方向を変えて「なは・つき」を狙うという「朝練」お決まりのパターンも、いよいよ最終回です。上りの「なは・つき」をどこで撮るか。できれば一人静かに見送りたい。しかし、どこへ行ってもファンであふれかえっているラスト・ランの朝に、そんな贅沢な希望を満たせる場所など、あろうはずもありません。しかし、一ヵ所思い当たるところがありました。サイドから撮るので全部の編成は入らないし、光線も逆光気味になりますが、人に邪魔されず、心静かに最後の雄姿を見つめることのできる場所が……。そう、東淀川駅のすぐそばにある線路に沿った空き地です。吹田からだと距離もそれほど離れていないため、「銀河」のあと、時間を置かずにやって来る「なは・つき」にも何とか間に合います。というわけで、「銀河」を撮影したあと、すばやく機材を撤収して移動しました。予想どおり、撮影ポイントに予定していた場所には誰もいません。これで一人静かに「なは・つき」を見送ることができます。新大阪駅を発車したと思われる時刻から程なくして右手にEF66のライトが見えてきました。刻一刻と機関車の姿が大きくなってきます。そしてゆっくりと私の目の前を京都行き「なは・あかつき」は走り去っていきました。今朝の牽引機、すなわちラスト・ランの機関車は42号機でした。これで長い歴史を保ってきた関西発九州行きブルートレインはすべて過去帳入りし、この瞬間、「なは・あかつき」もまた、伝説の列車となりました。
2008/03/16
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今日は、先ほど撮影してきた、とれとれの写真をご覧いただこうと思います。ついに「銀河」「なは・つき」が最後の朝を迎えました。今朝の朝刊で報じられていましたが、昨夜の大阪駅は、最後の「銀河」を見送ろうと、推定2000人ものファンがホームに集まり、大変な騒ぎになったようです。私も、最後の下り「銀河」をどこで見送ろうか、と悩みました。あまり人が集まらない場所を、と思うと、駅撮りは避けた方が無難です。迷った挙句、吹田駅と東淀川駅の間で撮影することにしました。線路際にJRの社有地があり、広い空間となっているのですが、フェンスが巡らされているため、撮影するためには脚立が必要で、そうした理由からファンもあまりやって来ません。車に脚立を積んで6時過ぎに家を出ました。「銀河」最後の朝、大阪はきれいに晴れ上がりました。撮影ポイントへと向かう途中で、真っ赤な朝日が昇ってきました。「銀河」の夜から、黎明の「あかつき」へとバトンタッチする最後の朝にふさわしい日の出です。心の片隅には、最後の最後にヘッドマークがつかないかな、という想いがありました。しかし、午前7時10分過ぎ、私の目の前に現れた「銀河」は、これまでと変わらぬ姿でした。牽引機はEF65 1114号機。無冠の急行は、最後まで無冠のままでした。しかし、それはそれで、いかにも「銀河」らしい姿です。私にとっては、20系客車時代からのおつきあい。さわやかな朝日を浴びて走りすぎていった「銀河」に、心の中でそっとつぶやきました。さようなら、そして、ありがとう、「銀河」。長い間、お疲れさま。
2008/03/15
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新大阪駅そばの陸橋は、下り「なは・つき」のバルブポイントとして昔から有名なお立ち台ですが、私にとっては、今までその願いが果たせなかった場所です。いよいよ終焉が近づきましたので、昨夜は晩酌をがまんして出かけてきました(笑)。私が現場に到着したのは「なは・つき」が到着する約1時間前でしたが、すでに20人以上の「鉄人」が集結し、京都からの到着を今や遅しと待ち構えていました。最終的に、陸橋の上は30人ほどの「鉄人」が、ホーム端にも15人ほどのファンが最後の姿を一目見ようと集まりました。朝方の「なは・つき」は、これまでいろいろな場所で撮影してきたのですが、新大阪のバルブポイントは初見参でしたので、今一つ事情が飲み込めませんでした。この場所に何度も通っているベテランの人たちが「機関車はホーム端ギリギリに停車するので、ホーム撮りは厳しいものがある」だとか、「停まった直後はホームにいる人たちが一斉にストロボをたくので、バルブをするのなら、そうした喧騒が一段落してからが良い」などと話しているのを、横から「へえ~、そうなんや」と思いながら拝聴させていただきました。ファンの数は多かったものの、撮影は平穏なうちに行われ、下り「なは・つき」は定刻に発車していきました。今晩はいよいよラストです。いずこにあっても、静かに無事終焉が迎えられることを祈りたいと思います。
2008/03/14
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「銀河」通過後、早々に反対側ホーム端へ移動しました。それにしても、この場所で何回「なは・つき」を撮影したことでしょう。そして、岸辺駅で撮影する「なは・つき」は、おそらくこれが最後になるだろうと思いながらカメラを構えました。反対ホームで「銀河」を撮影していた人たちも、次々とこちらにやってきます。「なは・つき」は、ほぼ定時に通過していきました。「銀河」には逆光だった朝の光が、「なは・つき」にはきれいな順光線として降り注ぎます。単独の「なは」「あかつき」の時代から数えると、この列車とも長いつき合いです。EF65 500番台が牽引していた写真は、今も私のコレクションとして残っています。今週末にもう一度、この姿を見ることができるかどうか、現時点では微妙な状況ですが、今一度、この姿をながめたいものです。
2008/03/13
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「なは・つき」だけを見送るわけにはいきません。やはり「銀河」も、と思い、翌朝は大阪駅以東での撮影ポイントを考えました。といっても、最初に思い浮かんだのは、ホームグラウンドとしている岸辺駅。とりあえず岸辺駅へ行き、そこから近隣の駅へ移動しようというプランしか思いつきませんでした。う~む、我ながら安直だ(笑)。しかし、終末期のヒートアップは、そんな私の甘い考えなど、木っ端微塵に打ち砕いてしまいます。岸辺駅のホーム端はすでに立錐の余地もない状況。ここがこんな感じなら、よその駅はどうなっているのか分からない、と思うと、安易に移動もできません。仕方がないので、岸辺駅の上り線ホーム端から通り過ぎる「日本海2号」や「銀河」をおさえることにしました。というわけで、いつもの角度ではない「銀河」が本日の「思い出の1枚」です。そして、もしかするとこれが「銀河」の見納めカットとなるかもしれません。20系客車時代から、思いついたときに撮影してきた急行「銀河」。一時期、私が「休鉄」していたため、縁が切れたときもありましたが、復鉄後、その存在を容易に頭に浮かべることができたのは、やはり列車が持つ歴史の長さゆえだったのでしょう。いずれにせよ、「銀河」との関係は、つかず、離れずの状況で、いわば「友達以上、恋人未満」だったのかもしれませんが、ことさら肩に力を入れることなく自然体でつき合えた数少ない列車でした。
2008/03/12
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関西発の九州ブルトレとして最後の牙城を守ってきた「なは・つき」は、残すところ今週だけとなりました。大阪近辺では、遠征組も含め連日、各撮影ポイントで「鉄」の熱い視線が注がれています。基本的に、そうした喧騒のなかへ出かけていくのはあまり好きではないのですが、「なは・つき」や「銀河」は以前から記録に努めてきただけに、終焉が報じられてからも意識的して足を運んでいました。先週の土曜日は、前日から晴れの天気予報が出されていましたので、いつもより少し足をのばして西宮の夙川カーブへ行くことにしました。これまであまり同業者を見ることがなかったこの場所にも、すでに4人ほどの「鉄人」がスタンバイしており、最終的には10名くらいの人数になりました。予報どおり、真っ赤な太陽が昇っていきます。しかし、気温は低く、足元から深々と忍び寄る冷気のおかげで、手はかじかみ、足踏みをしながら「なは・つき」を待つことになりました。しかも、夜が明けるのが随分早くなったとはいえ、「なは・つき」が通過するのは、日が昇ってまだ間がない時間帯です。そのため、線路のそばにある建物の影が長く伸び、線路はまだらになっています。編成をきれいにまとめるのに加え、太陽のあたる瞬間にも配慮しなければなりません。夙川のカーブを回り、朝日を浴びる場所へ出てきた瞬間の「なは・つき」が本日の「思い出の1枚」です。
2008/03/11
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すでに発売されて半月が経ちますが、ネコ・パブリッシング社から刊行された『お立ち台通信 vol.1』に私の写真と原稿が34点掲載されました。昨年から今年にかけて北海道や九州、四国へよく出かけたのですが、その際に撮影したものが今回掲載されました。もともと『お立ち台通信』を意識して撮影したわけではなく、むしろ、このブログに載せるネタとして撮ったものが多いのですが、日ごろから撮影を続けてきたものが、こうした形でまとまるのは、やはりうれしいものです。『お立ち台通信』は、撮影ポイントに関する情報が地図入りで簡潔にまとまっています。私自身、Web版のときから撮影に行く際の参考にさせてもらっていました。よろしかったら、書店で一度ご覧になってください(編集部の人ならば、ぜひ、お買い求めくださいとおっしゃるのでしょうが……。笑)。
2008/03/10
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明石大橋を入れて撮影できるポイントがほかにないか、もう少し探してみました。その結果、舞子駅から程近いところで、このように撮れる場所がありました。こちらも車体の一部しか写らず、しかもサイドからのみの構図となり、線路の下を道路が潜り抜けているため、低いガードが設けられていて足回りが隠れるのが難点ですが、橋が見える場所が限られるため、致し方ありません。なお、この方向からだと終日逆光となるのですが、夕方、会合が終わってもう一度この場所に行ったところ、真正面に夕陽が輝いている完全な逆光状態でした。昼間のうちに撮っておいてよかったと思いました。それにしても、明石大橋の大きさには驚かされます。列車の中からの目線だと、これに近い形で見えるのかもしれませんが、その存在感は圧倒的です。日本人の英知と技術の結集ということを改めて実感させられました。
2008/03/09
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昨日のカットを撮影した場所で、カメラを少し右に振ると明石大橋がきれいに見えます。橋を入れるためには縦位置の構図にしなければならず、そうすると列車の一部しか写らないのですが、もともと編成全体が入る場所ではありませんので、橋と一緒に写っていたらよいと割り切りました。明石海峡と大橋、そして松原と電車は、なかなかの取り合わせです。大阪から神戸へのショートトリップですが、良い記念となりました。
2008/03/08
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京都行きの翌日は神戸の舞子で用事がありました。会合のある場所が山陽本線沿いにありましたので、休憩時間中に、すぐそばを通る電車を撮影しました。線路際に行くと写真を撮らなければ、と思う「鉄」の悲しいさがです(笑)。逆光になるのですが、線路の向こうには明石の海が輝いています。これが普通電車でなく、たとえばキハ181系の「カニかにエクスプレス」や「はまかぜ」あたりであれば、さらによかったのですが、こんな機会でもなければ、この場所で鉄道写真を撮影することはできません。架線が少し目障りなのも、よしとしましょう。
2008/03/07
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この日は夕方から夜にかけて京都で用事があったため、一旦自宅に帰り、昼食をすませて一息ついたあと、再び出かけました。私は阪急沿線に住んでいるため、京都へ行くのは、もっぱら阪急を利用しますが、茨木か高槻であとから来た特急に乗り換える必要があります。後続列車を待っていると、梅田行きの特急がやって来ました。ホーム端まで行くことができませんでしたので、ここでも流し撮りを行いました。
2008/03/06
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USJカラーの103系を撮っているときは雨が降っていたのですが、大阪駅に戻ってきたときには晴れ間が広がり、帰宅するため、阪急梅田駅に行くと進入・発車する電車が順光で輝いていましたので、ここでも少しだけ撮影していくことにしました。阪急梅田駅といえば神戸線、宝塚線、京都線の列車が同時刻に発車していくことで有名です。しかし、3線にかなりの隔たりがあるのと、線路が大きくカーブしているため、イン側を走る神戸線とアウト側を走る京都線では同時刻に発車しても位置関係にずれが出ます。そのあたりの動きをおもしろいと思いながら眺めていました。本日の「思い出の1枚」は京都線の普通電車です。最近は屋根が白く塗られた編成も増えていますが、これは阪急の伝統的カラー、マルーン一色の車輌です。
2008/03/05
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朝練のつもりで出かけてきたものの、すっかり朝の時間帯が過ぎてしまったため、それならもう少し撮影してから帰ろうという気になり、大阪環状線と桜島線の103系を撮ることにしました。大阪の観光名所の1つにユニバーサル・スタジオ・ジャパンがあります。ユニバーサル映画のテーマパークですが、桜島線のなかにあるユニバーサルシティ駅が最寄り駅になります。そのため、桜島線ではUSJのペイントを施した電車が走っています。大阪環状線のオレンジ(ごく一部にはブルー)の103系、201系に混じったUSJカラーの103系はひときわ異彩を放っています。
2008/03/04
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「銀河」の回送発車を流し撮りしたあと、神戸方面へ移動しました。塚口、さくら夙川など、ホーム端が撮影名所となっている駅には、必ずといってよいほどファンの姿を見かけます。終焉が間近に迫った列車のときにはいつも繰り広げられる馴染みの光景です。当初、50分遅れと聞いていましたが、結局のところ1時間30分遅れで「なは・つき」は通過していきました。「銀河」か「なは・つき」のいずれかしか撮影できないと思っていたので、両方とも撮影することができてラッキーでした。
2008/03/03
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朝の7時過ぎで、ラッシュが始まる前とはいえ、大阪駅ではめまぐるしく列車の発着が繰り広げられます。定刻に到着した「銀河」のまわりには、たくさんのファンが詰めかけ、残り期間が僅かとなった列車の記録に励んでいます。長距離を走ってきたとはいえ、あとに控える列車が目白押しですので、降車客が一段落すれば早々に回送列車となって立ち去っていきます。最後部のマークを撮影したのち、もう一度先頭のEF65 1100号機側から全体の編成写真を撮っておこうと前の方へ移動しかけたのですが、機関車の位置にたどり着く前に列車が動き始めました。仕方がないので、列車が真横を通過するあたりからタイミングを計って「エイ、ヤッ」とカメラをぶん回し。なんとか「銀河」のテールマークだけ止まってくれました。
2008/03/02
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3月になりました。ダイヤ改正まであと2週間ほどです。関西圏では、九州ブルトレの「なは・つき」、東京寝台「銀河」が消え去るとあって、すでにカウントダウンのお祭り騒ぎが始まっています。先日も大阪駅へ「銀河」と「なは・つき」の朝練に行ってきました。ホームの端にはすでに「鉄人」とおぼしき方々が何人も列車の到着を待ち構えています。「銀河」「なは・つき」の大阪駅到着時刻は、皮肉なことに全く同時刻です。到着ホームが離れているため、どちらかの駅進入を撮り、振り返って並びのカットを撮るということは不可能ですので、どちらかを選択しなければなりません。ところが、この日、切符を買う前に到着ホームを駅員さんに確認すると、「なは・つき」が50分遅れていることが分かりました。「銀河」の大阪駅進入撮影後、神戸方面へ転進すれば「なは・つき」の走行写真も撮影できますので、それにあわせて撮影プランを変更しました。現在、大阪駅は全面的な改築工事を行っている最中です。そのため、以前に比べて立ち入り禁止エリアが増えています。この朝、私は「銀河」が到着する隣のホーム端で進入の様子を撮影することにしました。夜が明けるのが早くなり、光の量も随分増えたのですが、この日はあいにくの曇り空。ヘッドマークをつけていないEF65 1100号機が静々と大阪駅に進入してきました。
2008/03/01
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