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今回紹介するのはレアなローランドモルト、レディバーンです。レディバーン蒸留所は1966年に創業し、1975年に閉鎖されました。操業していた期間はわずか9年ほどで、前回紹介したキンクレイスよりさらに希少価値の高いシングルモルトです。ほんのりと甘い麦芽や軽やかなシトラスの風味が特徴的で、ローランド産らしいすっきりした飲み口に仕上がっていますね。現在はまだ入手可能ですが、大変高価でコレクターズアイテム的な要素が大きな商品となっています。レディバーン蒸留所は、ウィリアム・グラント&サンズ社によって、1963年にガーヴァン・グレーンウイスキー蒸留所の建造とともに、工場群の一角に建てられました。設備はステンレス製のウォッシュバックが6槽、ポットスティルは初留が2基、再留が2基の合計4基。なお再留釜のヘッド部分には、酒質を軽くするためにピュアリファイヤ(精留器)が取り付けられていました。仕込み水は、ペンワップル貯水池から引きました。このシングルモルトがレアなのは、蒸留所が短命だったこと以外にも、オフィシャルボトルがわずかしかリリースされなかったという理由もあります。グレーンウイスキー蒸留所と併設された他の蒸留所(キンクレイス with ストラスクライド、グレン・フラグラー with ガーンヒース、ベン・ウイヴィス with インヴァーゴードンなど)と同様、レディバーンももともとは自社のブレンデッドウイスキー「グランツ」の原酒として使用するためにつくられた蒸留所だったのです。グランツのグローバルアンバサダー(親善大使)であるルド・デュクロさんによれば、グランツ25年のようなプレミアムクラスのブレンデッドには今日でもレディバーンが使用されているそうです。2000年に、1973年ヴィンテージの27年ものオフィシャルボトルが突然リリースされ、モルトファンを驚かせました。またボトラーズものでは、少量ですがゴードン&マクファイルやシグナトリーなどから「エアシャー」のブランド名で発売されています。ちなみにガーヴァン・グレーンウイスキー蒸留所では、2007年にアイルサ・ベイという新しいモルトウイスキーの蒸留所が創業しました。ウィリアム・グラント&サンズ社の説明では、アイルサ・ベイはレディバーンの復活ではなく、まったく新しい蒸留所だとのことです。
2012年06月23日
今回はレアなローランドモルト、キンクレイスを紹介します。蒸留所は1975年に閉鎖され、モルト通には幻のシングルモルトとして知られるキンクレイスですが、まだ入手は可能です。ただ大変高価なため、コレクターズアイテムとしての要素が大きいのですが、美味しいローランドモルトであることは間違いありません。キンクレイスは熟したメロンやイチジク、梨のような魅惑的な風味を放ち、のど越しが大変滑らかなシングルンモルトです。ウイスキー評論家だった故マイケル・ジャクソン氏もキンクレイスの風味について、「まるでおろし生姜をかけた、メロンのようだ」と述べていました。蒸留所の創業は1958年。ブレンデッドウイスキーの「ロング・ジョン」で知られるロング・ジョン・ディスティラリーズ社によって、ストラスクライド・グレーンウイスキー蒸留所の工場群の一画に建造されました。キンクレイスのほとんどは「ロング・ジョン」などのブレンデッド原酒として使用され、オフィシャルボトルは一度も発売されたことがありません(なお現行のロング・ジョンには、残念ながらキンクレイスは入っていません)。しかし原酒の一部はインディペンデントボトラーズに流れたため、少量ですがシングルモルトは市場に出回りました。1975年、グレーンウイスキー部門が拡張される際に、キンクレイス蒸留所は閉鎖されました。1982年には建物も取り壊されています。キンクレイス蒸留所があったのは、スコットランド最大の都市グラスゴー。この都市の上水道が整備されたのは1859年のことで、キンクレイス蒸留所のオープンと同じタイミングでした。大変水質が優れていたため、仕込み水は上水道をそのまま利用しました。この水はグラスゴーの北方にあるカトリン湖から引いていたのですが、ここは周囲に丘陵と森林が広がる大変風光明媚な地として知られています。湖中のエレン島をはじめとする風景美は、スコットランドの作家ウォルター・スコットの叙事詩「湖上の美人」の舞台にもなりました。なおキンクレイスのシングルモルトは、これまでにケイデンヘッド、ゴードン&マクファイル、ダンカン・テイラー、そしてシグナトリーらのボトラーズ各社によってボトリングされています。オークションに出品されることも多く、特にケイデンヘッドとゴードン&マクファイルの古いボトルは高額で取り引きされていますね。
2012年06月06日
今回紹介するのはノックドゥ蒸留所のシングルモルト、アンノック(anCnoc, ゲール語で「小さな丘」の意味。実際の発音はアノックの方が近い)です。製品名が蒸留所の名でないシングルモルトはいくつかありますが、このアンノックもその一つ。かつては蒸留所名をそのままブランド名にしていましたが、似た名前のノッカンドオとの混同を避けるため、1993年からアンノックというブランド名で販売されるようになりました。なおわずかな量ですがボトラーズものも出回っていて、こちらはノックドゥと表示されていますね。アンノックはほんのりとした上品な甘さと、柑橘類を思わせる果実風味が持ち味です。やや線は細いですが、すっきりとしていて飲みやすく、長期熟成されたものは複雑で魅惑的な熟成香を放ちます。産地の区分では東ハイランドとスぺイサイドのほぼ境界線に位置するため、スペイサイドモルトとして扱われることもありますね。そのせいかキャラクター的には、繊細で華やかなスペイサイドの特徴が色濃く出ています。創業は1894年。ノックドゥはDCL(ディスティラーズ・カンパニー・リミテッド。ディアジオ社の前身)が自身で建造した最初の蒸留所でした。その敷地として選ばれたのがハントリーの北にあるノック村で、ノック丘の南側のふもとです。この場所が選ばれた経緯には、こんなエピソードが残されています。1892年、ジョン・モリソンという人物がノック丘と近辺の土地を購入しました。その一帯はもともと水が乏しい土地だったのですが、モリソン氏はノック丘の南麓に清らかな水の湧く泉を見つけたそうです。彼は水質を検査してもらうためサンプルをエディンバラにあるDCLの研究室に送りました。その結果は研究室が驚くほど素晴らしいもので、DCLがさっそくモリソン氏に土地権利の買い取りを申し出たところ、モリソン氏は即座に快諾したとのこと。ウイスキーにかかわらず、いい酒づくりにはいい水が必要不可欠です。DCLの歓喜した様子が目に浮かぶようですね。蒸留設備はスティルが初留1基、再留1基の計2基。発酵槽はかつてはオレゴン松製のものを使っていましたが、現在はステンレス製のものに切り替わっています。ノックドゥは過去に2度ほど操業停止に追い込まれた時期がありましたが、1989年にインバーハウス社(現在はタイ・ビバレッジ社傘下)がオーナーになって以来、精力的に運営が続けられています。
2012年05月27日
今回はライトボディで滑らかなテクスチャーが心地いいスペイサイドモルト、ノッカンドオを紹介しましょう。この名はゲール語で「小さな黒い丘」を意味しますが、ノッカンドゥと発音されることもあり、英語で「Knock and Do」といっているようでユーモラスですよね。風味はすっきりとしていてやや個性には乏しいですが、ほんのり甘い麦芽と軽やかな果実のフレーバーが心地いいハーモニーを奏でます。食前酒にはぴったりのシングルモルトで、ストレートでももちろん美味しいですがハイボールにしても楽しめます。ノッカンドオのウイスキーは、J&Bなどのブレンデッドスコッチのメイン原酒として使用されています。この蒸留所はもともとブレンデッドウイスキーの原酒供給を目的として建設されたという事情もあり、シングルモルトとしてボトリングされるのは全生産量のわずか5~8パーセントほどです。また創業は1898年ですが、シングルモルトが市場に出回るようになったのは1977年以降でした。なおボトラーズものは、一切出されていません。ブレンデッドスコッチとしては世界で第2位の売り上げを誇るJ&Bは、ジャステリーニ&ブルックス社のイニシャルがブランド名になったものです。同社の前身は1749年にロンドンで創業したワイン商で、創業者はジャコモ・ジャステリーニという名のイタリア人でしたが、彼にはちょっと興味深いエピソードがあります。ボローニャの出身のジャコモは同郷のオペラ歌手マルガリータ・ベリノに恋をし、彼女が出演するロンドンのロイヤルオペラハウスまで追いかけてきたそうです。ジャコモ青年の恋が成就したのかどうか、残念ながら記録に残っていません。しかしこの歌姫のはからいによって、ジャコモはロンドンのパルメル街にワイン店を開くことができました。なお1831年にアルフレッド・ブルックスという人物が彼の会社を買収し、そのとき社名がジャステリーニ&ブルックス社に改められています。かつてのノッカンドオは熟成年数がラベルに記されておらず、代わりに蒸留年とボトリング年のみが表示されていました。しかし現在のオフィシャルボトルは12年、15年、18年、21年など、熟成した年数を前面に出す商品構成に切り替えられ、どのボトルにも熟成年数と蒸留年が表示されています。すべてのボトルに蒸留年(ヴィンテージ)が表記されているシングルモルトは珍しく、他に例がありませんね。
2012年05月07日
今回はとてもレアなシングルモルト、キニンヴィを紹介しましょう。このキニンヴィは、記念ボトル以外では発売されたことのない幻のシングルモルトです。入手はとても困難ですが、モンキー・ショルダーというブレンデッドモルトのメイン原酒として使われていて、このウイスキーなら買えますし、おいてあるバーもあるでしょう。モンキー・ショルダーはキニンヴィのオーナーのウィリアム・グラント&サンズ社が販売するモルトウイスキーで、自社の所有する3つの蒸留所、グレンフィディック、バルヴェニー、キニンヴィの原酒だけから造られています。蒸留所の創業は1990年7月。グレンフィディックが1887年、バルヴェニーが1892年生まれなので、3兄弟の中ではかなり歳の離れた末っ子ということになりますね。敷地はバルヴェニーと隣接していて、仕込み水は同じコンバルヒルの湧き水を利用しています。またバルヴェニーのマッシュハウスのタンルームには2基のマッシュタンが設置されていますが、片方はキニンヴィ用です。そうなるとバルヴェニーとキニンヴィは製造ラインが違う1つの蒸留所のようにも思えますが、ポットスティルはバルヴェニーとはまったく別の場所に設置されているのです。またバルヴェニーがフロアモルティングで自家製麦を行っているのに対し、キニンヴィはモルトスター(製麦業者)から購入した麦芽を原料にしているという違いもありますね。キニンヴィのシングルモルトは、へーゼルウッドというブランド名で過去に2回リリースされています(へーゼルウッドはこれまでに3回ボトリングされましたが、1stボトルはシングルモルトではありませんでした)。キニンヴィの1stボトル(すなわちへーゼルウッドの2nd)は「へーゼルウッド105」の名で発売されましたが、ごく限られたマーケットにしか出されず、広告も一切打たれなかったためにほとんど知られていません。ウィリアム・グラント&サンズ社の創業者ウィリアム・グラントの孫娘である故ジャネットさんの105歳の誕生日を記念して、2006年にボトリングされました。ファーストフィルのシェリー樽で熟成された15年物でした。2ndボトルの「へーゼルウッド・リザーブ」は、ロンドン・ヒースロー空港の「ターミナル5」オープンを記念して2008年にリリースされています。これは17年物で、空港内の免税店でのみ販売されました。なおへーゼルウッドというのはジャネットさんがかつて暮らしていた屋敷の名称で、キニンヴィ蒸留所の近くにあります。彼女はスコットランドでもっとも長寿の女性として知られていましたが、今年老衰のため亡くなりました(享年110歳)。
2012年04月28日
今回は2005年にオープンしたばかりのアイラ島の新星、キルホーマンを紹介します。もちろんまだ若いシングルモルトしか販売されていませんが、熟成感は10年ものクラスの他のアイラモルトと比べても、遜色ありません。3年ものですでにニューポット臭はかなり抜けていて、果実香も感じられます。風味のクォリティも高く、将来がとても楽しみなシングルモルトです。キルホーマンができるまで、この島でもっとも新しい蒸留所は1881年に創業したブルイックラディでした。ですのでアイラでは124年ぶりに生まれた蒸留所なのです。島内ではもっとも規模が小さく、ワンバッチ(1回の仕込み量)の麦芽はわずか1トン、年間で10万リットルのウイスキーを生産しています。島でもっとも大きな規模のカル・イラと比べると、ワンバッチは13分の1、年間生産量はなんと40分の1であり、こういう小さな蒸留所はマイクロディスティラリーと呼ばれることもありますね。蒸留所があるロックサイド農場は、かつてアンガス・オグが宮殿を築いたことでも知られる場所です。彼はロバート・ザ・ブルース王(1314年にバノックバーンの戦いでイングランド軍を打ち破り、スコットランドの独立を勝ち取りました。在位1306~1329年)の右腕として活躍した人物で、初代の「ロード・オブ・ジ・アイルズ」だったジョンの父親でもあります。またキルホーマンの敷地が、アイラ島の他の蒸留所と大きく異なっている点は海に面していないこと。最寄り海岸からは1キロメートル程も離れていて、直接海水の影響を受けることはありません。2009年のアイラフェスティバルで、キルホーマン3年物の限定ボトルがオークションにかけられました。ナンバー1番の樽からボトリングされた最初の1本で、ノンチルフィルタリングでカスクストレングスのシングルモルトです。このキルホーマンは5,400ポンドで落札され、収益はすべてアイラ島の慈善団体に寄付されました。また2011年には、“100%アイラ”のシングルモルトウイスキーをリリースしました。100%アイラとは、すなわち原料の大麦栽培、製麦、蒸留、熟成、ボトリングのすべてをアイラ島で行ったということです。ブルイックラディ蒸留所も同じようなコンセプトでウイスキー造りを行っていますが、製麦だけは島外に委託しているため、いまだに“100%アイラ”は実現できていません。
2012年04月22日
今回はアラン島のシングルモルト、アイル・オブ・アランを紹介しましょう。このシングルモルトはアップルパイやシナモンティー、ショートブレッド、ドライフルーツなどの風味を放ち、ボディは中庸で気軽に飲めるウイスキーです。アイル・オブ・アランは、短期間別の樽で後熟(仕上げ熟成)を行うウッドフィニッシュに強いこだわりもつ蒸留所としても知られ、その種類の多彩さはアイランドウイスキーの中では随一でしょう。オロロソシェリーやポートはもちろんのこと、ペドロヒメネス・シェリー、カルバドス、コニャック、ラム、シャトー・マルゴー、マルサラ(デザートワイン)、グラン・クリュ・シャンパーニュなど、枚挙にいとまがありません。アラン島はスコットランド南西部にあるキンタイア半島の東に位置する、広さが430平方メートルほどの島です。蒸留所がある周囲の島々と比べますと、アイラ島の0.7倍、ジュラ島の1.2倍程度の大きさです。アラン島にはスコットランドの自然のあらゆるものが存在し、気候的・地理的な観点から「スコットランドの縮図」とも呼ばれています。蒸留所があるのはこの島の北岸ロッホランザ村のはずれで、敷地から北西500メートルほどのところには、村と同名の大変風光明媚な入り江が広がっています。アイル・オブ・アランはかつてシーバス・ブラザーズ社の取締役だったハロルド・カリー氏が、同社のマスターブレンダーだったジミー・ラング氏を引き連れて、1995にオープンしたまだ新しい蒸留所です。規模は比較的小さく、ポットスティルは初留・再留の計2基で年間生産量は750,000リットル。仕込み水はかつてはナ・デヴィ湖から引いていましたが、現在はイーソン・ビオラック川の水を利用しています。またアイル・オブ・アランではハウススタイルとしてピーテッド麦芽を使用しませんが、近年の世界的なアイラモルト人気を受け、2011年ころから全生産量の2~3%をピーティな原酒(約20ppm)に切り替えています。かつてこの島の南部にはラグという蒸留所(Lagg, 1825-1837)が操業していましたが、1837年に閉鎖されてしまい、それ以来アラン島には蒸留所がありませんでした。ですのでアイル・オブ・アランは、この島にとって約160年ぶりの蒸留所だということになります。なお非合法の蒸留所も含めれば、最盛期にはこの小さな島に50近い蒸留所がひしめいていたという記録もあり、地元のウイスキーは島民から「アラン・ウォーター」として親しまれていたそうです。
2012年02月14日
今回紹介するのは、アイランドモルトのアイル・オブ・ジュラです。ジュラ島唯一の蒸留所であるアイル・オブ・ジュラのシングルモルトは、蜂蜜のように甘くアーシーな風味が特徴的。隣のアイラ島のモルトのようなピーティさはなく、むしろハイランドモルトのような酒質をもっています。ボディは軽めですがとても濃厚なテクスチャーがあり、飲み応えがありますね。ジュラ島はアイラ島の北東に位置し、河のように潮流の早いアイラ海峡が両島を隔てています。隣どうしの島でありながら、アイラとジュラのウイスキーのキャラクターがまるで180度違うのは面白い現象ですが、これはアイラモルトとの差別化を図るためにアイル・オブ・ジュラ蒸留所が意図的にそうしているのだそうです。ただ、近年のアイラモルト人気にあやかり、年に1か月だけはへヴィリーピーテッドの麦芽で仕込みを行うようになりました。ジュラとは、「鹿の島」を意味するバイキングの言葉だというのが定説です。この島は人口がわずか200人であるのに対し、鹿はその30倍近い5,000~6,000頭が生息しているといわれています。鹿肉はもちろんこの島の特産で、アイル・オブ・ジュラを飲みながら鹿肉ハンバーガーをほおばるのもなかなか乙なものです。創業は1810年。当時はスモール・アイルズという名で呼ばれ、今のハウススタイルとは異なるピーティでヘビーなウイスキーをつくっていましたが、1901年に閉鎖され取り壊されてしまいました。1963年に新オーナーが蒸留所を再建し、名をアイル・オブ・ジュラと改め、このときから軽くてピート香のないウイスキーを造り始めたのです。1978年には拡張工事が行われ、ポットスティルは2基から4基になりました。この蒸留所のポットスティルは、スコットランドでも最大級の大きさで見る者を圧倒します。高さはスコットランドで最も背の高いグレンモーレンジのものより、わずか数センチ低いだけです。ジュラ島は、作家のジョージ・オーウェルゆかりの地としても知られていますね。彼の代表作のひとつ、小説「1984年」は2年間この島にこもり書き上げられたもの。オーウェルはジュラ島に渡る以前から結核を患っていて、「1984年」を書き上げた2年後に亡くなりました。なおこの小説に因み、1984年に蒸留したアイル・オブ・ジュラ「1984」が2003年に限定発売されています。
2012年02月06日
今回はとてもレアなローランドモルト、インヴァリーヴンを紹介しましょう。蒸留所は残念ながら1991年に閉鎖され、2005年には建物が取り壊されてしまいました。ここはもともとブレンデッドウイスキーのバランタインの原酒供給のために建てられた蒸留所で、オフィシャルボトルは一度も発売されたことがありません。ボトラーズものも出回っている量は極めて少なく、幻のシングルモルトとなりつつあります。アロマはソフトでデリケートですが、フレーバーはとてもドライでフルーティです。喉越しには心地いいビター感があり、ふくよかな余韻が長くあとを引きます。また長期熟成させたインヴァリーヴンには、うっとりするようなメロンや洋梨のアロマを放つものもありますね。創業は1938年。ハイラム・ウォーカー&サンズ社によって、ダンバートン・グレーンウイスキー工場と一緒に建造されました。そこはローモンド湖から流れ出すリーヴン川がクライド湾に流れ込む河口のほとりで、インヴァリーヴンという名前はまさに「リーヴン川の河口」という意味です。なお敷地はちょうどハイランドライン(ハイランドとローランドの境界線)をまたいでいるのですが、一般的にはローランドの蒸留所として分類されています。ハイラム・ウォーカー&サンズ社は、1900年代の半ばに新しいタイプの蒸留器を開発しました。ネックの部分には蒸気の還流率を調整する仕掛けが組み込まれていて、質の異なるさまざまなタイプのモルトを製造することができました。この新型蒸留器はローモンドスティルと名付けられ、1959年にインヴァリーヴン蒸留所にも試験的に導入されたのです。ローモンドスティルで造られたウイスキーは「ローモンド」と呼ばれ、インヴァリーヴンと並行して製造されましたが1970年代後半には生産が止められてしまいました。ローモンドはかつてボトラーズものがミニチュアボトルで一度だけリリースされたことがありますが、見つけるのは困難でインヴァリーヴンをしのぐ幻のウイスキーとなっています。インヴァリーヴン蒸留所にあったローモンドスティルは、現在ブルイックラディ蒸留所に移設されています。改良が加えられ、モルトではなくドライジンの製造に利用されています。ボタニストと名付けられたこのジンは、アンゼリカやヤチヤナギ、セイヨウカワラマツバ、メース、ホウキ花など、アイラ島に自生する植物だけで風味づけがされているアイラドライジンです。
2012年01月30日
今回紹介するのは、ブレンデッドウイスキーのベルのメイン原酒としても知られるインチガワーです。ベル以外にもホワイトホースやジョニーウォーカーの原酒としても使用されていて、シングルモルトとしてボトリングされるのは総生産量のわずか1パーセントだといわれています。かつては「花と動物」シリーズからオフィシャルボトルが出されていましたが、現在は残念ながら終売になっていますので、比較的レアなシングルモルトの一つだといえますね。ですがボトラーズものはちらほらと見かけますので、ぜひチェックしておきたいところです。風味はスペイサイドらしい華やかさと、ショートブレッドやヌガーのような濃厚な甘さ、そして海風を思わせる潮っぽさが絶妙なハーモニーを奏でています。テクスチャーは比較的さらっとしていますが、ボディが厚くふくよかな余韻が長く後を引きます。長期熟成されたものは、熟した果実やクローブ、シナモン、タンニンなどが重なり合った複雑なアロマを放ちますね。蒸留所があるのはバッキーという古い港町で、海岸から2キロメートルほど奥まったところ。蒸留所からはマレイ湾に面した漁港を見渡すことができます。2009年にエルギン北部にローザイル蒸留所ができるまでは、スペイサイドでは最も北に位置する蒸留所でした。「花と動物」シリーズのラベルにはミヤコドリのイラストが描かれていましたが、この鳥は英名でオイスターキャッチャーと呼ばれ、インチガワーと海との関連性を示唆しているのかもしれませんね。創業は1871年。蒸留設備は、もともと8キロメートルほど東にあったトヒニール(Tochineal, 1825-1867)という蒸留所のものを移設しました。蒸留所をわざわざ移転した理由ですが、一つは慢性的な水不足の問題を解決するためだったといわれています。バッキー近辺は良質な水が豊富にあり、インチガワーでは仕込み水にメンダフ丘の湧水を利用しています。また当初ポットスティルは初留1基、再留1基の計2基が設置されていましたが、1966年の拡張工事で2基が追加され現在は計4基になっています。13棟の巨大なウェアハウスには60,000樽が貯蔵でき、インチガワーばかりでなく近隣の他の蒸留所のウイスキーも寝かされています。なお今日でもトヒニール蒸留所の跡地には建物が残されていて、農家の作業小屋や家畜小屋として使われているようです。
2012年01月23日
今回はレアなスペイサイドモルト、インペリアルを紹介しましょう。このシングルモルトは軽やかな果実風味と、ドライですっきりとしたフレーバーが特徴的です。比較的ライトボディに仕上がっていますので、アペリティフにはぴったりですね。インペリアルはウイスキー専門家だった故マイケル・ジャクソン氏がひいきにしていたシングルモルトの一つで、彼によれば古いものはスモーキーで非常にコクがあったそうです。創業は1897年。ダルユーイン蒸留所(1852-)の第2工場として、スペイ川を挟んだ対岸に建造されました。折しもその年は、ヴィクトリア女王在位60年であるダイヤモンドジュビリーに当たっていて、インペリアルという名前はそれに因んでつけられました。スコッチウイスキーの蒸留所名は、地名や自然環境などに由来するケースがほとんどなのですが、インペリアルは数少ない例外の一つですね。かつてほとんどの蒸留所では、建物は石材と木材で造られていました。これは例えるならウイスキーという燃料が焚き木で包まれているようなもので、どこの蒸留所でもたいがい1度や2度の火災は経験しているともいわれています。そんな宿命ともいえる問題の解決に、初めて取り組んだのがインペリアル蒸留所でした。建築素材にアバディーン産の赤レンガと鉄筋という難燃性のものが使用され、蒸留所に火災はつきものだと考えられていた当時の常識を覆したのです。蒸留所があるのは、スペイ川中流域にあるカロンの地。川沿いの左岸にインペリアル、右岸にはダルユーインがあります。1989年にアライド・ディスティラーズ社がオーナーになり、それ以降バランタインなど同社のブレンデッドウイスキーの原酒としてして使用されてきました。2005年にペルノ・リカール社によって買収されますが、同年に操業は停止され現在でも再開のめどは立っていません。周辺ではすでに宅地開発が始まっていて、近い将来取り壊されてしまう可能性が高くなっています。インペリアルのウイスキーはそのほとんどがブレンデッドウイスキーの原酒として使用され、オフィシャルのシングルモルトはほとんど発売されたことがありません。そのため大変レアですが、ボトラーズものならまだ入手は可能です。飲めるうちにぜひ飲んでおきたいモルトの一つですね。
2012年01月08日
今回はスコットランドで最も北にある蒸留所、ハイランド・パークを紹介しましょう。「北の巨人」の異名をもつハイランド・パークは、芳醇なアロマとヘザーハニーのようなフレーバーが特徴的なシングルモルトです。ふくよかなボディがあり、フィニッシュでは暖かい余韻が長く残ります。また長期熟成されたものは濃厚なシェリー樽原酒がふんだんに使われていて、素晴らしい食後酒になりますね。スコットランド本島の北に浮かぶ、70もの島々からなるオークニー諸島。その中でもっとも大きいのがメインランド島ですが、ハイランド・パーク蒸留所はこの島の中心地カークウォールの町はずれにあります。このあたりの島々は、かつてはバイキングに支配されていたこともあり、今日でもその影響が風土に色濃く表れています。スコットランドと北欧が融合した豊かな民俗風習や方言はこの島々独自のもので、地元民は自らをスコットランド人ではなくオーカディアン(Orcadian、オークニー諸島人)と称しているほどです。蒸留所が立地しているのは町の南方にある高台で、北側に広がるカークウォールの町を見下ろすことができます。この高台がもともとはハイパークやパークヒルとも呼ばれていたことが、ハイランド・パークという蒸留所名の由来だそうです。仕込み等に使われる水は、かつては背後の丘から湧き出るカティ・マギーの泉から引いていましたが、現在は蒸留所敷地内に掘った井戸から汲み上げるクランティットの湧水を利用しています。ハイランド・パーク蒸留所が建てられているあたりは、かつて「伝説の密造者」と呼ばれたマグナス・ユウンソンが密造を行っていた場所でもあります。彼は日中は教会の長老という厳かな職務に勤しむかたわら、日が暮れてからは密造酒づくりに励むという、まるでジキルとハイドのような(?)2つの顔を持つ人物でした。マグナスは教会を隠れ蓑にし、あらゆる手を使い収税官の目から密造を隠し続けたといわれています。その手口があまりに巧妙であったため、地元住民や同業者たちは感嘆し、語り伝えるようになったとのこと。ハイランド・パークにはアイラモルトのような際だった特徴こそありませんが、ベーシックな部分の完成度は大変高いシングルモルトです。ウイスキー専門家だった故マイケル・ジャクソン氏も、「全モルトウイスキーの中で、もっともオールラウンダーで秀逸な食後酒」と評していますね。
2011年12月30日
今回紹介するのは、希少価値が高くモルト通からも根強い支持を得ている東ハイランドモルト、グレンユーリー・ロイヤルです。カタカナ表記は“グレンユーリー”が定着していますが、実際の発音は連音して“グレニューリー”のように聞こえますね。アロマはリッチで甘く、とても複雑。口に含むとプルーンやイチジク、ダークチェリー、クローブ、シナモンなどが次々に現れます。食後のデザートには、ぴったりなウイスキーです。しかし残念ながら、グレンユーリー・ロイヤルは1985年(一説に1987年)に閉鎖されてしまいました。1992年に蒸留ライセンスは取り消され、翌年に土地と建物は不動産業者に売却されました。その後建物や蒸留設備等は一切が解体撤去され、現在跡地には数棟の家屋が建ち並んでいます。蒸留所があったのはスコットランド東海岸の港町、ストーンヘヴンの北のはずれ。この町はリゾート客でにぎわう景勝地としても知られ、南方にあるダーノッタ城址は、メル・ギブソンが主演した映画「ハムレット」でロケ地として使用されました。創業は1825年。その地方の領主ロバート・バークレイによって建造されました。スコッチ業界の起業者は強烈な個性の持ち主が多いのですが、彼もそのひとりだといえるでしょう。バークレイは国会議員であるとともに、偉大な記録を残すほどのアスリートでもありました。また一説には、名うてのギャンブラーだったともいわれています。彼はウイスキー好きだった当時の国王ウィリアム4世とも親交があり、そのために蒸留所名に「ロイヤル」の称号を付けることを許されました。20世紀の半ばにキングウィリアム4世というブランドのブレンデッドスコッチが発売されたことがありましたが、これは当時グレンユーリー・ロイヤルを所有していたメーカーが出したものですね。蒸留の設備はモルティング・フロアが3面、キルンが2塔、ウォッシュバックが6槽、そしてスティルが2基。ワートの冷却には、水車を動力源とした冷却ファンを使用するといった、あまり一般的ではない方法がとられました。また仕込み等に用いる水は、敷地の南側を流れるコーウィ川から引きました。1966年には建物を改築し、スティルも2基増設され計4基になっています。グレンユーリー・ロイヤルはレアで人気もあるため多くの場合高価ですが、機会があればぜひ飲んでおきたいシングルモルトです。
2011年12月07日
今回はレアな東ハイランドモルト、グレヌーギーを紹介しましょう。アルファベットの綴りは「glenugie」ですので、英語的に発音するとグレンアギーもしくはグレナギーとなりますが、正確にはグレヌーギーと発音します。ただ日本ではすでにグレンアギーという呼び方が定着していますので、バーや酒屋さんなどではグレンアギーといわないと通じないかもしれません。グレヌーギーはドライフルーツのアプリコットやパイナップルを思わせる、魅惑的な風味が持ち味のシングルモルトです。クローブやシナモン、タンニンなども感じられ、アロマはとても複雑です。喉越しには樹液とミントの香りが鼻に抜け、ややクセのある個性的なキャラクターもグレヌーギーの持ち味ですね。またグレヌーギーはブレンデッドウイスキーのロングジョンの原酒としても使用されていましたが、現在のロングジョンにグレヌーギーは入っていません。創業は1831年。東ハイランドの港町ピーターヘッドの南のはずれ、海が見下ろせる高台にグレヌーギー蒸留所は建造されました。近くにはインヴァネッティという小さな村があり、そのためオープン当時はインヴァネッティ蒸留所と呼ばれていました。グレヌーギーと改名された時期の明確な記録はありませんが、創業後まもなくだったともいわれています。なおグレヌーギーという蒸留所名は町の北部を流れるアギー川に因んで命名されましたが、仕込み等に用いる水はこの川ではなく、蒸留所の西にあるウェリントンの泉(1956年以降)から引きました。この蒸留所の歴史は平坦ではなく、幾度となく操業停止に追い込まれ、何度もオーナーが変わりました。蒸留所がオープンしてすぐに、ウイスキーではなくビールを製造していた時期(1837-1875)があったりと、ちょっと変わった経歴もありますね。1956年にシェンリー社がオーナーになり、スティルの加熱方式を石炭から石油に変更してボイラーを導入するなど、設備に対し多額の投資を行いました。また2基あったスティルはどちらも新調し、ワームコイルの代わりに大きなコンデンサーを設置しました。ただ残念ながら、この蒸留所は1983年に閉鎖されてしまいました。土地と建物は閉鎖後間もなく北海油田のプラント会社に売却され、蒸留設備等は一切が解体撤去されていますので生産再開の見込みはありません。グレヌーギーのウイスキーは、まだ市場に出回っていますが大変レアです。どこかで見つけたら、ぜひ試しておきたいシングルモルトです。※残念ながら、楽天内のグレヌーギーはすべて売り切れています。
2011年11月05日
今回はスコットランド最古の蒸留所の一つ、グレンタレットのシングルモルトを紹介しましょう。ボトルのラベルや蒸留所の壁などには「SCOTLAND'S OLDEST DISTILLERY 1775」と、古い蒸留所であることが誇らしげに表記されていますね。オフィシャルな見解では創業は1775年ですが、1717年にはすでに近隣でウイスキーを作っていたという記録もあります。かつては、立地した地名にちなんでホッシュ蒸留所と呼ばれていましたが、19世紀の終わり頃現在の蒸留所名に改名されました。グレンタレットは香ばしいヘーゼルナッツと、甘い花の香りが特徴的なシングルモルトです。熟成年数の若いものはボディは軽めで酒質もさらっとしているので、アペリティフにはぴったりです。長期熟成されたものはマーマレードやシナモン、クローブなどのニュアンスが感じられ、ドライフルーツを思わせる複雑で魅力的な熟成香を放ち、こちらは食後に楽しみたいですね。特に1960年代に蒸留されたグレンタレットには、噛めるようなコクがあり素晴らしい風味に仕上がっているものが多く見受けられます。グレンタレットのウイスキーは、ブレンデッドウイスキーのフェイマスグラウスの原酒としても使用されています。2002年には2,500万ポンドの巨費を投じ、「フェイマスグラウス・エクスペリエンス」と名付けられたビジターセンターが、蒸留所の敷地内に建設されました。さまざまななハイテク技術が盛り込まれ、とても創造的で娯楽性に富んだ体験をすることができます。またここはグレンタレットのビジターセンターでもあるのですが、取り扱う商品のPRや販売のウェイトはほとんどがフェイマスグラウスに置かれていて、グレンタレット・ファンにはちょっと残念な状況になっています。かつては多くの蒸留所で、原料の大麦などの穀物を狙うネズミ対策として猫を飼っていました。グレンタレット蒸留所でもタウザーという名の雌猫が飼われていましたが、生涯に2万8899匹のネズミを捕まえギネス記録にもなったことは有名ですね。24歳という長寿をまっとうし1987年に亡くなりましたが、訃報は新聞などでも報じられ、多くの人々がその死を悼んだといわれています。なお今日では、衛生面で好ましくないため猫は飼わないようにという当局からの指導があり、ほとんどの蒸留所に猫はいなくなってしまいました。グレンタレットでは現在、実務は行わないブルックという名のマスコットキャットが飼われています。
2011年10月19日
アプリコットのドライフルーツのようなアロマと、ビターですっきりとしたしフレーバーが特徴的なスペイサイドモルト、グレントハースを今回は紹介しましょう。甘酸っぱい艶やかさとドライな素っ気なさが共存する、個性的なキャラもこのウイスキーの持ち味です。スペイサイドのキース地区で造られるウイスキーは熟した果実のような風味をもったものが多いですが、このグレントハースもその1つですね。蒸留所は1898年に、ジェームズ・ブキャナンによって建造されました。彼は後にブレンデッドウイスキーのブラック&ホワイトで大成功を収めますが、グレントハースはその足がかりとなった蒸留所です。このブラック&ホワイトはもともとはブキャナンズというシンプルなブランド名でしたが、ラベルに描かれた白黒2匹のテリア犬のイラストからブラック&ホワイトの愛称で親しまれるようになり、それが後にブランド名として採用されたというユニークな経緯のあるスコッチです。今日グレントハースはペルノ・リカール社によって運営され、シーバスリーガルなどの原酒としても使用されています。グレントハース蒸留所があるのは、キースの西のはずれにあるマルベン村。近辺にはオスロイスク蒸留所や、シーバスブラザース社の集中熟成庫などがあるところですね。仕込み水は大きな貯水池から流れ出る、ロザリー川から引いています。ウォッシュバックはカラ松製のものが6基。ポットスティルは初留3基、再留3基の計6基が備えられています。かつてこの蒸留所では、連続式蒸留器で試験的にモルトウイスキーを製造したことがありました。しかしその試みは結局失敗に終わり、再びポットスティルに置き換えられています。同じような実験を行った蒸留所は他にもありましたがそのほとんは閉鎖され、今日でも操業しているのはグレントハースだけです。1985年に閉鎖されコンヴァルモアでも、ジェームズ・ブキャナン社によって同様の実験が行われていますが、期待通りの結果は得られませんでした。オフィシャルボトルは長いこと発売されていませんでしたが、2000年に15年物が単発的にリリースされました。なお、ゴードン&マクファイル社が詰めたグレントハースがそこそこの量出回っているため希少感はあまり感じられないのですが、レアなシングルモルトのひとつといっていいでしょう。もしバーなどで見かけたら、ぜひ飲んでおきたいですね。
2011年09月24日
爽やかなシトラスと、すっきりしたハーブの香りが心地いいスペイサイドモルト、グレン・スペイを今回は紹介します。口当たりは比較的ドライですが、喉越しにはヘザーハニーのような甘みもあります。ライトボディでクセのない風味が持ち味で、食前酒や食中酒にはぴったりのシングルモルトです。個性の強いシングルモルトを飲みなれた鼻や舌にはちょっと物足りないキャラクターかもしれませんが、飲み飽きしないで気軽に飲めるウイスキーに仕上がっています。またグレン・スペイは、ブレンデッドウイスキーのJ&Bのメイン原酒として使用されていますが、J&Bの軽い風味はこのグレン・スペイの酒質によるところが大きいのでしょう。蒸留所があるのはローゼスの町のローゼス川のほとりで、蒸留液の冷却にはこのローゼス川の水を利用しています。かつてはほとんどの蒸留所が、冷却後の温排水をそのまま川に流していました。そのため蒸留所が川沿いに隣設している場合、下流にある蒸留所は冷却効果が弱まってしまうという問題があったのです。グレン・スペイも、すぐ上流にはグレンロセス蒸留所があり、以前はそのせいで充分な冷却効果が得られなかったそうです。そこでポットスティルのコンデンサーにアフタークーラーと呼ばれる補助冷却装置を取り付け、その問題を解決しました。なお、今日では環境に配慮した操業を行う蒸留所が増え、温排水をそのまま川に流すことは少なくなっています。創業は1878年。ともとはオートミール工場だった建物が改装され、蒸留所が造られました。そのためオープン当初は、ミル・オブ・ローゼス(ローゼスの製粉所)と」呼ばれていました。その後蒸留所名はオーナーがかわるたびに改められ、1884年にミルホウ、1887年にはグレン・スペイと改名されています。仕込み水は冷却に利用しているローゼス川ではなく、より水質のいいドゥーニー川から引きました。ポットスティルは計4基が設置され、ディアジオ社系列の蒸留所としては珍しく、再留釜2基に精留器が取り付けられています。あとディアジオ社の蒸留所で精留器があるのは、キースのストラスミルとエルギンのグレンロッシーだけです。オフィシャルボトルは、かつて8年物が出されていましたが、超入手困難な幻のモルトでした。その後「花と動物」シリーズがリリースされ、比較的容易に購入できるようになりました。現在はすでにボトリングされていませんが、まだ市場には出回っていますね。
2011年09月11日
今回は通好みなキャンベルタウンモルト、グレン・スコシアを紹介しましょう。グレン・スコシアはほのかな潮の香りと、オイリーで素朴な酒質が持ち味のシングルモルトです。風味は個性的でややクセがありますが、他のどの地域のウイスキーとも違ったその特徴には、キャンベルタウンの伝統的なスタイルがよく表われています。キャンベルタウンはキンタイア半島の先端にある、人口約5,000人ほどの町です。かつては30を超える蒸留所がひしめいていましたが、1930年代には3つにまで激減し、第二次世界大戦後まで生き残ったのは、スプリングバンクとグレン・スコシアの2つだけでした。この町のウイスキー産業が衰退した理由のひとつは、一大マーケットであったアメリカで禁酒法が施行されたことだといわれています。大きな市場を失ってしまったキャンベルタウンは、その難局を乗り切ることができなかったんですね。なお2004年の3月には、かつてのグレンガイル蒸留所(1925年に閉鎖)がJ&A・ミッチェル社によって復活し、現在は3つの蒸留所が操業しています。グレン・スコシア蒸留所があるのは町の北側です。入り江のキャンベルタウン・ロッホから200メートルほど離れた場所で、サドル通りがハイ通りに突き当たるT字路交差点の南東の一角。そこから約400メートル南西には、スプリングバンク蒸留所があります。仕込み水は町の背後の丘にあるクロスヒル湖と、敷地内の井戸から引いています。クロスヒル湖は、19世紀にアーガイル公キャンベルが、キャンベルタウンの蒸留所のために造った人工の貯水池です。スプリングバンクとグレンガイルの両蒸留所も、仕込み水はこの湖の水を使用しています。この蒸留所のユニークな点は、発酵槽(ウォッシュバック)の材質にコールテン鋼が使用されていることです。コールテン鋼は耐候性鋼とも呼ばれ、環境の変化の影響を比較的受けにくい金属として知られています。発生した錆が皮膜の役割を果たし、それ以上の錆の発生を防ぐのだそうです。発酵槽は松やダグラスファーといった木材や、金属ならステンレスで作られているのが一般的で、コールテン鋼製の発酵槽はかつてはグレンカダム蒸留所でも使われていましたが、現存するスコットランドの蒸留所では他に見当たりません。オフィシャルボトルは12年物を始め、アルコール度数45%でボトリングされたシングルカスクの「ディスティラリー・セレクト・レンジ」シリーズがリリースされています。
2011年09月04日
フルーツやスイーツを連想させる秀逸なスペイサイドモルト、グレンロセスを今回は紹介しましょう。オレンジやバニラ、洋梨、シナモンといった風味が次々に現れ、フィニッシュでは暖かく長い余韻が楽しめるシングルモルトです。熟成樽にはバーボン樽ばかりでなく、シェリー樽も使用するため、風味に複雑さと厚みが感じられます。特に、1970年代に蒸留されたグレンロセスには優れたものが多いですね。なおしばしばアロマの中に硫黄が感じられるものもありますが、全体のバランスを考えればむしろアクセントになっています。このウイスキーは昔から優れたスペイサイドモルトとして、多くのブレンダーから愛されてきました。今日でも自社(エドリントン系列、ベリー・ブロス&ラッド社)のブレンデッドウイスキー、カティサークはもちろんのこと、他社のデュワーズ(バカルディ社)やシーバスリーガル(ペルノ・リカール社)にも原酒を供給しています。そのため世界的にシングルモルトの人気が高まっているにもかかわらず、製造したウイスキーの95%がブレンデッドウイスキーの原酒として使用されているのです。ただグレンロセス蒸留所は、スコットランドでも最大級の年間560万リットルもの生産能力を備えていて、シングルモルトは比較的容易に入手できますね。蒸留所があるのは、古くからウイスキー産業で栄えるスペイサイドのローゼス。1878年に創業されました。仕込み水は敷地の裏の丘にある2つの泉、アードカニーとフェアリーズウェルから引いています。ポットスティルは初留が5基、再留が5基の計10基を備えています。グレンロセスのボトルには、一目でそれと分かる個性的なだるま型の形が採用されています。またラベルはブレンダーがテイスティングに使うサンプルボトルのものが、そのまま張られていてちょっとユニークです。ラベルには簡単なテイスティングノート、ヴィンテージ(蒸留年)、ボトリング年、そしてマスターブレンダーのサインと承認の日付が記されています(スタンダードのセレクトリザーブはノンヴィンテージ)。ですが熟成年数は、トラベル・リテイル向けの一部のボトル以外には表記されていません。それはグレンロセスの販売権を有するベリー・ブロス&ラッド社が、そもそもは老舗のワイン商であることと関係があると、同社は説明しています。ウイスキーに対しても、ワイン的な考え方を反映させている点はおもしろいですね。
2011年08月28日
今回紹介するグレン・オードは、フルーティな熟成感とバランスのいい甘さが持ち味のハイランドモルトです。ほんのりとしたバナナや蜂蜜、桃、メロン、シナモンなどの風味が、軽やかに香ります。かつてこのシングルモルトは、もっと骨太でドライなキャラクターでした。どうやら近年、ハウススタイルが変わってしまったようです。長熟のグレン・オードはアロマが複雑になり、さらにたくさんの果実やスパイスが現れます。蒸留所があるのは、スコットランドの北の玄関口インヴァネスから、西北西に15キロメートルほど離れたミュア・オブ・オード村。仕込み水は山に囲まれたナムユン湖とナムバック湖から流れる出る、ホワイト川から引いています。ナムユン湖は「鳥の湖」、ナムバック湖は「ピートの湖」を意味し、それぞれ雨水と湧泉の水からなる湖です。また、グレン・オードは現在でも蒸留所内でモルティングを行っている、数少ない蒸留所のひとつですね。原料の大麦は、地元のブラックアイルで収穫した大麦を使用しています。1838年の創業以来、蒸留所名とブランド名は何度かマイナーチェンジされてきました。蒸留所名は、ミュア・オブ・オードやグレン・オード、あるいは単にオードと呼ばれていたこともあります。またブランド名はグレンオーディ、オーディ、グレン・オード、そしてシングルトン・オブ・グレン・オードと変遷してきました。このように地味な改名を繰り返している蒸留所は、スコットランドでは他に例がありませんね。グレン・オードは入手しづらいことでも知られるウイスキーです。オフィシャルボトルが限定的に販売されている上に、ボトラーズものも数えるほどのメーカーからしか出されていません。90年代にはトール瓶の12年、2003年にヒドゥンモルト・シリーズがリリースされましたが、ごく限られた期間でしか販売されませんでした。2006年にはシングルトン・オブ・グレンオードがアジア・オセアニア市場向けに発売され、当初は日本市場にも出回っていましたが、現在日本向けのポートフォリオからは姿を消しています。あまり見かけないグレン・オードですが、まだまだ入手は可能です。今後シングルモルトとしてボトリングされなくなる可能性もないとはいえませんし、飲めるときに飲んでおきたいモルトのひとつですね。
2011年08月17日
クセのないすっきりとした麦芽の甘みと、ほんのりと甘酸っぱい果実香が心地いいスペイサイドモルト、グレン・マレイを今回は紹介します。グレン・マレイは軽やかなボディと、新鮮なブドウや白ワインを思わせる酸味があり、アペリティフにはぴったりのシングルモルトです。風味が偏っていないのでハイボールにも合いますし、ドランブイと混ぜれば美味しいラスティネールができあがりますね。また長熟のヴィンテージものには、バニラクリームやミルクキャラメル、オレンジケーキのようなアロマを放つものが多く、食後酒としても楽しめます。蒸留所があるのはエルギン市の西側。エルギン地区の蒸留所の中ではもっとも市の中心地に近く、車ならわずか3~4分の距離です。創業は1897年。ポットスティルは初留2基、再留2基の計4基で、仕込み水はロッシー川から引いています。蒸留所を訪れてまず目につくのが、18基もある巨大なモルトビン(麦芽貯蔵タンク)。かつてはサラディン式の製麦施設が蒸留所内にあり、大量の麦芽を必要としていたために設置されましたが、70年代後半に製麦部門は廃止されています。グレン・マレイは華やかで繊細な風味がハウススタイルですが、かつてはパッケージに勇ましいハイランド連隊の軍服を着た兵士のイラストが印刷されていました。ですが近年は、その“フェミニン”なハウススタイルを生かすイメージ戦略に方向転換しつつあるようです。それについてウイスキーライターだった故マイケル・ジャクソン氏は、「キルトの代わりにスカートを着用するようになった」と、彼らしいユーモアのある表現でコメントしています。なお現在でも16年物のパッケージ缶だけには、誇らしげな軍服姿のハイランダーが描かれています。この蒸留所は、かつてはマクドナルド&ミュア社(後のグレンモーレンジ社)によって運営されグレンモーレンジとは姉妹蒸留所でしたが、2008年に仏ラ・マルティニークィーズ社によって買収されました。またグレン・マレイはブレンデッドウイスキーのハイランドクイーンのメイン原酒ですが、このブランドも一緒に同社に移っています。グレンモーレンジ(Glenmorangie)とグレン・マレイ(Glen Moray)、この2蒸留所は名前がよく似ていますが、意図されたものではなくただの偶然なのだそうです。偶然といえばどちらの蒸留所も、以前はビール工場だったという共通点もあったりして面白いですね。
2011年08月07日
今回はスコットランドでもっとも売れているシングルモルト、グレンモーレンジを紹介しましょう。風味はバニラと果実がバランスよく絡み合い、厚みのあるボディと長いフィニッシュが特徴的です。アロマ、フレーバーともに大変豊かで、完成度においては他のハイランドモルトの追随を許しません。グレンモーレンジは古くから樽のパイオニアとして知られ、熟成にバーボン樽を使った最初の蒸留所です。またバーボン樽で熟成させた後、ポートやマデイラ、シェリーなどの樽に詰め替えて後熟を行う、ウッドフィニッシュという技法を初めて取り入れたのもグレンモーレンジでした。樽材のホワイトオークは米ミズーリ州産のものを自ら選定し、木材は2年間天日乾燥させます。通常は数か月程度しか行われませんが、天日乾燥期間が極端に少ない樽は熟成がうまくいかないことが知られています。その後遠赤外線でじっくりトーストし、仕上げは軽いチャー(強い熱で焦がす)。樽材に対しここまで徹底したこだわりをもっているのは、グレンモーレンジ蒸留所だけですね。蒸留所があるのは北ハイランドのドーノック湾南岸、テインの町のはずれ。仕込み水はターロギーの泉から引いています。スコッチ造りには軟水が適しているとよく言われますが、ターロギーの水は硬水です。硬度は約190もあり、一般的な軟水と比べてカルシウムの含有量は10倍近くもありますね。蒸留所の説明によれば、このカルシウムが発酵環境で酵母にプラスに働くのだそうです。なお最近は、ターロギーの泉と同じ水源のケルピーの泉も仕込み水に用いているとのこと。グレンモーレンジ蒸留所のポットスティルは高さが5.14メートルもあり、スコットランドでもっとも背が高いことでも知られています。首がキリンのように長く、スコッチ用のスティルとしてはかなり変則的な形です。というのも、このスティルがもともとはジン蒸留用の中古品だったためなんですね。創業当初、資金不足のためジンのスティルしか買えなかったのだそうです。その後スティルを新調する際も、まったく同じ形をコピーし今日に至っています。グレンモーレンジ蒸留所は、2005年よりモエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン社によって運営されています。2007年には海外市場をターゲットにした高級ブランドとしてリニューアルされ、ラベルやボトルのデザインが一新されました。また「ウッドフィニッシュ」のネーミングは撤廃され、「エクストラ・マチュアド・シリーズ」と改名されています。
2011年07月31日
軽やかな酒質と、焼きたてのクッキーのような風味が特徴的なハイランドモルト、グレン・モールを今回は紹介しましょう。ウイスキーライターだった故マイケル・ジャクソン氏は、このシングルモルトの風味をまるで菓子屋のようだと表現していました。確かに休日の昼下がりにスイーツをつまみながら飲むには、ぴったりのウイスキーです。ただボディが軽いので、食後のデザートにするには、ちょっと物足りないかもしれませんね。あるいは就寝前に、読書をしながら飲むのにも適しているでしょう。この蒸留所は残念ながら、1983年に閉鎖されてしまいました。その後すべての建物と設備は取り壊され、現在跡地には一大ショッピングセンターが建てられています。今日出回っている量はとても少なく、見かけたらぜひ飲んでおきたいシングルモルトの1つですね。スコットランドの北の玄関口とも呼ばれるインヴァネス市には、かつてたくさんの蒸留所がありました。しかし1745年以降この町のウイスキー産業は廃れ、20世紀にはとうとう3つにまで減ってしまいましたが、グレン・モールはその生き残った蒸留所うちのひとつです。他の2つの蒸留所、グレン・アルビンとミルバーンのシングルモルトもまだ流通していますが、入手は難しくなりつつあります。創業は1892年。元グレン・アルビン蒸留所のマネージャーであり、インヴァネス市の市長でもあったジョン・バーニーが、チャールズ・マッキンレー社と共同で建造しました。立地はカレドニアン運河流域のネス川のほとりで、グレン・アルビン蒸留所からわずか90メートルほど離れた場所です。1920年にはグレン・アルビンを買収し、2つは姉妹蒸留所として運営されてきました。なお蒸留所名のグレン・モールはゲール語で、「大きな谷」や「偉大な谷」といった意味です。「mhor」は本来ヴォアと発音し、現在でも地元ではそのように発音することもあります。「ハイランド・リバー」や「シルバー・ダーリン」などの著作で知られる、ハイランドの出身の作家ニール・ガン(1891-1973)。彼は文筆業に携わる前は、徴税官としてグレン・モール蒸留所で働いたことがありました。小説家や詩人でありながらウイスキーライターであったことでも知られ、「ウイスキー・アンド・スコットランド」というエッセイも書いています。彼はグレン・モールのシングルモルトを飲んで、ウイスキーの魅力に開眼したなんていうエピソードも残されていますね。
2011年07月26日
完熟の桃やアプリコットを思わせるフレーバーが何とも心地いいスペイサイドモルト、グレンロッシーを今回は紹介しましょう。このシングルモルトは、かつてはUD社(現ディアジオ)の「花と動物シリーズ」でリリースされていましたが、現在オフィシャルボトルは一切発売されていません。そのせいもあり知名度は低いのですが、ボトラーズものではしばしば大当たりも見受けられ、スペイサイドモルトファンならぜひ押さえておきたい銘柄です。同じ敷地内で隣接して建てられているマノックモアとは、姉妹蒸留所の関係にあります。グレンロッシーの創業は1876年。マノックモアがオープンしたのは1971年ですので、姉妹とはいってもおよそ1世紀近い歳の差があります。両蒸留所のウイスキーにもキャラクターの差異ははっきり表れていて、フルーティで芳醇なグレンロッシーに対し、マノックモアはすっきりとしてやわらかな風味に仕上がっています。そもそもマノックモアはグレンロッシーの第2蒸留所として建設されたはずなので、味に大きな違いがあるのは興味深いですね。蒸留所があるのはウイスキーの町エルギンの南西部で、町の中心地から6キロメートルほど離れた場所。広大な敷地には20万樽を貯蔵できる10棟ものウェアハウスが建ち並び、そのたたずまいはなかなか壮観です。700メートルほど西には、蒸留所名の由来となっているロッシー川が流れています。なお仕込み水はロッシー川ではなく、マノック丘の頂を水源とするバードン川から引いています。ポットスティルは初留が3基、再留が3基の計6基。ディアジオ社系列の蒸留所としては珍しく、再留釜は3基ともラインアームに精留器が取り付けられています。純度の低い蒸留液はこの精留器によってスティルに戻され、よりピュアなスピリッツを生産できる仕組みになっているのです。ちなみにディアジオ社の蒸留所で精留器があるのは、あとはキースにあるストラスミルとローゼスのグレン・スペイだけです。もちろん隣のマノックモアにも取り付けられていません。グレンロッシーはウイスキーライターの故マイケル・ジャクソン氏が、高く評価しなかったシングルモルトの1つです。確かに「花と動物シリーズ」は若干平凡な仕上がりですが、この蒸留所の本当の実力は決して低いものではありません。ボトラーズものは残念ながら少量しか出回っていませんが、機会があればぜひ飲んでおきたいスペイサイドモルトです。
2011年07月18日
今回紹介するグレンロッキーは、熟した果実と香ばしい麦芽の風味が心地いいハーモニーを奏でるシングルモルトです。シルクのようにやわらかなテクスチャーも、このウイスキーの特徴ですね。フレーバーは比較的ドライで、かすかなピート香を放ち、西ハイランド産のモルトであることを主張しています。長く寝かせたものはレーズンやプルーンのような甘酸っぱいアロマを放つことが多く、食後のデザートにぴったりです。ですが残念ながら、この蒸留所は1983年に閉鎖されてしまいました。蒸留設備はすでにすべて撤去されていて、操業再開の見込みはほぼありません。もし将来万が一この蒸留所が甦ることがあったとしても、それはかつてのグレンロッキーとは事実上全く別の蒸留所だということになりますね。なお閉鎖後、建物は国から保存が義務付けられている歴史的建造物に指定されました。現在建物内は改装され、ウイスキーとは関係のない企業のオフィスとして使われています。創業は1898年ですが、実際に生産を開始したのは1901年の4月からでした。創業の開始が遅れた理由は、当時景気の冷え込みによるウイスキー不況の真っただ中だったためだといわれています。操業が始まってもフル稼働はできず、本来持っている生産能力の一部しか使えませんでした。さらに何年ものあいだ操業停止に追い込まれたことも、グレンロッキーがレアである大きな原因なのでしょう。グレンロッキー蒸留所の跡地があるのはベン・ネヴィス山のふもと、西ハイランドの中心地であるフォート・ウィリアムの町のはずれです。蒸留所名はベン・ネヴィス山から流れてくるロッキー川に因んでいますが、仕込み水はロッキー川ではなくベン・ネヴィス蒸留所と同じくネヴィス川から引いていました。スティルは初留が1基、再留が1基の計2基。1960年から70年代にかけて何度か増改築が行われ近代化が図られましたが、閉鎖されるまで状況が好転することはありませんでした。操業中にはオフィシャルボトルは一切発売されませんでしたが、1995年にディアジオ社がレアモルト・シリーズとしてリリースしていますね。ボトラーズものもあまり見かけませんが、ときおり市場に出回ることもあります。まだストックがあるうちに、ぜひ飲んでおきたいシングルモルです。
2011年07月11日
今回は私のもっとも好きなスペイサイドモルトのひとつ、ザ・グレンリヴェットを紹介しましょう。このシングルモルトの持ち味は、とても華やかなアロマとでフルーティなフレーバーです。ボディは軽すぎず重すぎず、長く残る余韻が何とも心地よく感じられます。基本的には食前向きのウイスキーですが、熟した果実のような香りを放つ熟成年数の長いものは、食後に楽しみたいですね。ザ・グレンリヴェットは1824年に政府公認蒸留所の第一号として、スコッチウイスキーの密造時代に終止符を打った蒸留所です。オーナーのジョージ・スミスは、そのせいで密造業者たちから裏切り者扱いを受け、命まで狙われたそうです。彼が護身用に身につけていたピストルは、今でも蒸留所に飾られてあります。その後、政府公認を取り付ける蒸留所が続々と現れ、100年以上続いた密造酒の時代は終わりを告げました。ジョージ・スミスの造り出すウイスキーは瞬く間に有名になり、19世紀の半ばには「グレンリヴェット」がモルトウイスキーの代名詞になるほどでした。そのせいで、勝手にグレンリヴェットの名を名のる蒸留所が続出したそうです。困ったスミス家は訴訟を起こし、これに勝訴。以来グレンリヴェットの名称を単独で名のっていいのはスミスの蒸留所のみとなり、他と区別するために頭に定冠詞をつけるようになったのです。そのような輝かしい歴史を持つグレンリヴェット蒸留所ですが、前オーナーのシーグラム社が所有していた時期には、世のシングルモルトブームに乗り遅れた感があったこともまた事実です。順調に販売シェアを伸ばす他蒸留所の後塵を拝し、元気をなくしかけていたのですが、その活力を再び呼び起こしたのが現オーナーのペルノ・リカール社でした。同社は販売戦略を根本から見直し、今日では以前のような勢いを取り戻しています。オフィシャルボトルのラインナップには、12年、フレンチオークカスク熟成の15年、18年、21年、25年(XXV)があります。12年物は、スタンダードクラスながら魅惑的な果実香を放ち、コストパフォーマンスが高いですね。18年はより複雑なフローラル風味を楽しむことができます。また、ノンチルフィルターでボトリングされたナデューラは、フルーティで濃厚なコクが特徴。またセラーコレクションと名付けられたシリーズからは、本数限定の希少なヴィンテージボトルがリリースされています。
2011年07月02日
ローランド地方の広大な牧草地を思わせる草の香りと、すっきりとしてまろやかな麦芽の甘み。今回紹介するグレンキンチーは、そんなキャラクターをもったシングルモルトです。オフィシャルボトルはかつては10年物が出されていましたが、2007年から12年熟成に変更されました。以前の10年物には軽いピート香が感じられたのですが、12年ではピーティさはまったくなくなり、さらに甘さとまろやかさが際立つ風味になっています。飲み方はストレートでももちろん美味しいですが、食前酒としてハイボールや水割りでいただくのもいいですね。グレンキンチー蒸留所では年間170万リットルものウイスキーを生産していますが、シングルモルトとしてボトリングされるのはそのわずか10%ほどです。あとの90%は、ジョニーウォーカーやヘイグ、ディンプルなどのブレンデッドウイスキーの原酒として使われます。特にディンプルでは、グレンキンチーが中核をなすメイン原酒としてブレンドされています。ブレンデッドのメイン原酒はハイランドやスペイサイドモルトであることが多いので、ちょっと珍しいですよね。グレンキンチーのラベルには、「エディンバラ・モルト」と記されています。蒸留所があるのはスコットランドの首都エジンバラから、24キロメートルほど南東の大麦畑の広がる丘陵地です。エディンバラから自転車ならわずか30分ほどの距離ということもあり、年間10万もの人々が訪れているそうです。特に毎年8月に開催されるアートフェスティバルの期間中には、いつにも増して多数の人々で賑わう観光の名所としても知られています。また蒸留所には博物館が併設されていて、6分の1サイズの蒸留所の模型や貴重な資料が展示されていることも、観光客に人気がある理由なのでしょう。ローランド地方の蒸留所は、20世紀末にはオーヘントッシャンとこのグレンキンチーのわずか2か所にまで減ってしまいました。ですが2000年のブラドノック蒸留所復活を皮切りに、ローランドモルトの勢いが戻ってきているように感じられます。2003年にダフトミル、2007年にはアイルサ・ベイと新蒸留所が次々と建造されました(なおダフトミル蒸留所は農家の余技的な色彩が強く、ウイスキーは一般販売されていません)。また現在、1920年に閉鎖されたアナンデール蒸留所を復活させる計画が進行中ですし、ローランドモルトはこれから面白くなりそうです。
2011年06月18日
今回紹介するグレン・キースは、食後のデザートにもなる甘くフルーティなスペイサイドモルトです。ジンジャーブレッドやアップルパイを思わせる、魅惑的な風味を放ちます。スペイサイドのキース地区で造られるシングルモルトは、熟れた果実のようなアロマを放つものが多く、このグレン・キースもその一つですね。ディナーのあとの食後酒としてもいいですが、休日の昼下がりにスイーツをつまみながら飲むのにはぴったりなシングルモルトです。ですが残念なことに、この蒸留所は2000年に操業を停止してしまいました。操業再開の見込みは少ないといわれています。グレン・キースの創業は1957年。ストラスアイラの第2蒸留所として、アイラ川をはさんで対岸にある製粉所の跡地に建造されたました。一般的に第2蒸留所を建てる場合、まったく同じ環境で、そして同じ設備が導入され、まるでコピーしたかのように建てられたにもかかわらず、ウイスキーの味が変わってしまう例はよくあります。しかし、ストラスアイラとグレン・キースはキャラクターがよく似ていますね。この蒸留所が建造されたそもそもの目的は、シーバス社のブレンデッドウイスキーの原酒を生産することでした。そのため長い間オフィシャルのシングルモルトは発売されなかったのですが、1994年にようやくファーストオフィシャルボトルの10年物が発売されました。シーバス社のスタンダードボトルとしては珍しく、ラベルには「1983」というヴィンテージ(蒸留年)が表記されてあったのがとても印象的でしたね。ですがヴィンテージ表記はその後間もなく廃止され、代わりに熟成年数が表記されるようになってしまいました。グレン・キース蒸留所には、興味深い点がいくつかあります。その1つが、ハイランド(スペイサイドも含む)では珍しい3回蒸留を、1970年まで行っていたことです。酒質が軽くなる3回蒸留はローランドの伝統的な製法で、実際に生産ラインに乗せたという点では、ハイランドではグレン・キース以外に例がありません。また70年代には、一時的にへヴィピートの原酒を製造していた時期があり、そのウイスキーにはグレンアイラやクレイグダフという名が与えられていました(クレイグダフは、ストラスアイラ蒸留所で製造されていたという説もあります)。シーバス社は、グレン・キースをある意味試験的な蒸留所と位置付けていたのかもしれませんね。
2011年05月29日
今回紹介するのは、イタリアで人気ナンバーワンのシングルモルト、グレン・グラントです。面白い現象ですが、ヨーロッパの名だたるワインの生産国は、一方でウイスキーの大消費国であるケースが少なくありません。フランスはもちろんのこと、イタリア、スペインなどは、ウイスキーの輸入国ランキングで毎年上位に顔を出しますね。そしてイタリアでは、シングルモルトといえばグレン・グラントを指すほど、国民に親しまれたウイスキーなのです。その理由ですが、まだハイランド地方以外ではシングル・モルトの存在があまり知られていなかった頃、イタリアのバーで飲める唯一のシングルモルトだった時代があるのです。グレン・グラント蒸留所の創業者のひとり、ジェームズ・グラントは、もともと政治家でもありました。彼はスペイサイドからイングランド方面への鉄道を敷き、自社のウイスキーを大量に輸出したのです。グレン・グラント蒸留所は、かつてはぺルノ・リカール社が所有していました。シングルモルトばかりでなく、同社のブレンデッドウイスキーの重要な原酒の一つでもあったのです。ですが2006年に、イタリアのカンパリ社によって買収されました。おそらく、自国でのグレン・グラント人気を当て込んでという理由もあったのでしょうね。カンパリ社は他にスコッチの蒸留所をもっていませんし、このニュースは関係者やウイスキーファンの間でとても話題になりました。グレン・グラントの風味は軽やかで、ヘーゼルナッツ、草原、ハーブなどのニュアンスが感じられます。特に熟成年数の若いものは、アペリティフにはぴったりです。水割りやハイボールにするのもいいですし、カクテルのベースとしても使えます。一方熟成年数の長いグレン・グラントは、しばしばインディペンデントボトラーから出されます。シェリー樽で熟成させた濃厚な風味のものが多いので、こちらは食後酒としてストレートでじっくり楽しみたいところです。蒸留所があるのはスペイ川下流の町ローゼスです。この町ではかつて5つの蒸留所が操業していましたが、2003年にキャパドニックが閉鎖されたため、現在は4か所になってしまいました。キャパドニックは以前ここで紹介しましたが、グレン・グラントの弟分として建造された蒸留所です。グレン・グラントと同じ原料、同じ仕込み水を使っているのにもかかわらず、ウイスキーのキャラクターが違っているのはとても興味深いですね。
2011年05月15日
今回はハイランドの最南端で造られるシングルモルト、グレンゴインを紹介しましょう。甘くクリーミーな麦芽とバニラの風味、そしてシルクのようになめらかなテクスチャーがグレンゴインの持ち味です。また柔らかで嫌みのないシェリーのアクセントが、喉越しに心地よく感じられます。シェリー樽原酒の比率の高いグレンゴインでは、シナモンケーキやアップルパイのような濃厚なフレーバーも楽しめますね。古くからグレンゴイン蒸留所では、原料にノンピート麦芽のみが使用されていて、そのスタイルは今日でも変わっていません。ピート香がない分複雑さには欠けますが、まったりとボディが厚く、味わいに奥行きが感じられます。バランスのいいモルトにありがちな、平凡な印象を最初は受けるかもしれません。ですが安心感や喉越しの満足感、長く暖かい余韻はこのモルトのクォリティの高さを物語っていますね。また、ときどき硫黄臭をかすかに感じるものもあって、ボディの厚みがアップしています。グレンゴインは、ハイランドの中ではもっとも南に位置する蒸留所ですが、実はハイランドとローランドを分ける境界線は蒸留所の敷地内を横切っているのです。そういう意味では、産地は両区域の中間に区分されるということもできますね。ですが仕込み水をハイランドの区域から引いているため、昔からハイランドモルトとして扱われてきたという経緯があります。その境界線(道路によって分断されています)を隔てたローランド側の敷地には、ウエアハウスの一部とそこの樽詰め設備があります。ハイランド側で蒸留された原酒を道路を横断してローランド側の設備に運搬するには、それなりのリスクと手間がかかります。そこで運搬事故の防止と作業の合理化のために、地中に埋めたパイプで原酒を送る設備が導入されています。この蒸留所はかつて、業界最大手のひとつエドリントングループの傘下でしたが、2003年にイアン・マクロード社に買収されました。同社はボトラー兼ブレンダーのウイスキー会社で、シングルモルトをボトリングした「チーフタンズ・チョイス」シリーズが有名ですね。エドリントンが運営していたころはオフィシャルボトルは10年と17年しか出されていませんでしたが、現在はそれ以外に12年や21年、そして各種ヴィンテージものや様々な企画商品がリリースされるようになりました。グレンゴインは、私のとても好きなシングルモルトの一つです。
2011年05月08日
前回に引き続き、今回も東ハイランドの銘酒を紹介しましょう。甘さと塩辛さ、そして果実と潮の風味が複雑に絡み合っているウイスキー、グレングラッソです。カタカナ表記は、グレングラッサと綴られることもありますね。ボディは中庸のものが多いのですが総じてクォリティが高く、ボトラーズものでもはずれが少ないという印象があるシングルモルトです。また20年、30年と長く寝かせたものは、陶酔感あふれる魅惑的な熟成香を放ちます。グレングラッソ蒸留所は、1986年11月に一旦閉鎖されてしまいました。当時は操業再開の見込みはほとんどないとまでいわれ、グレングラッソ・ファンの私はずいぶんと落胆したものです。しかし2008年にオランダのスカント・グループ社に買い取られ、その年の11月には操業再開を果たすことができました。この蒸留所は操業は停止していたものの、実はエドリントン・グループ社によってメンテナンスは続けられていたのだそうです。蒸留所のスピーディな復活劇には、そんな舞台裏の事情もあったようですね。買収から復活までの陣頭指揮をとったのが、コンサルタント業を営んでいたスチュアート・ニッカーソン氏です。彼のもとにスカント・グループ社から蒸留所の運営を任せたいというオファーが届いたのが2007年のこと。買収先には、当初グレングラッソ以外にグレン・スコシアとブラドノックの2蒸留所が候補に挙がっていたそうですが、条件面で折り合いがつきませんでした。そこでニッカーソン氏は、最終的にグレングラッソに決めたと言われています。グレングラッソ蒸留所があるのは、マレー湾沿いのポートソイという漁村のはずれ。村の中心地から3キロメートルほど西に位置した場所に、蒸留所は建っています。仕込み水は、かつてはグラッソ川とグラッソの泉から引いていましたが、現在は1キロメートルほど離れたところにある2つの井戸を水源地にしています。オフィシャルボトルは26年、シングルカスクの36年と41年、そして未熟成のスピリッツドリンクが発売されています。アルコール度数は26年が46%、スピリッツドリンクが50%、36年と41年はカスクストレングス、すべてノーカラーリングでノンチルフィルタリングです。この中で新オーナーによって蒸留されたのはスピリッツドリンクだけですが、今後が楽しみなシングルモルトです。
2011年04月18日
麦芽の甘みと花のような芳しさを兼ね備えたハイランドモルト、グレン・ギリーを今回は紹介しましょう。グレン・ギリー蒸留所は、1785年に創業されました。現存するスコットランドの蒸留所の中では最も古いものの一つで、かつてはピートの利いたクラシックな風味がハウススタイルでした。ですが今日ではその傾向が薄れ、華やかで洗練されたウイスキーを造っています。ヒースの蜂蜜のようなニュアンスもこのウイスキーの特徴で、長く寝かせたグレン・ギリーにはレーズンやプルーンのようなフレーバーをもったものも見受けられます。グレン・ギリーという名はゲール語で「谷の荒れた土地」を意味し、「Glen Garioch」と綴ります。英語的な感覚では、ちょっとグレン・ギリーとは読めませんよね。なお実際には「グレン・ギャリ」のように発音されることもあり、それだと多少ですが違和感は緩和されて感じられます。ちなみにオフィシャルなカタカナ表記は、グレンギリーと1語で綴られています。蒸留所があるのは、東ハイランドのオールドメルドラムという、のどかで小さな村。この村は、スコットランド第3の都市アバディーンからバンフに向かう幹線道路を、30キロメートルほど北上したところにあります。その一帯は大麦の一大生産地としても知られ、かつては多くの蒸留所が操業していました。現在東ハイランド地区で操業している蒸留所はわずか4つになってしまいましたが、いずれも素晴らしいウイスキーを造り続けています。グレン・ギリー蒸留所にはユニークな特徴がいくつかありますが、その一つは北海油田から産出する天然ガスをポットスティルの熱源として利用していることです。天然ガスの利用は、グレン・ギリーが1983に実用化に成功して以来、他の多くの蒸留所がそれを試みていますね。また蒸留液の冷却に使用した水の廃液余熱を利用して、トマト等を温室栽培していたこともあります。このアイディアは妙案ではあったのですが、結局採算がとれず現在では廃止されてしまいました。1994年に当蒸留所は日本のサントリーによって買収され、それ以降オフィシャルボトルは意欲的にリリースされています。スタンダードボトルのファウンダーズリザーブや12年、限定ボトルではヴィンテージが表記されたカスクストレングスバージョンが発売されています。なお、すでに終売になった15年や21年も、まだ今なら見つけることができます。
2011年04月04日
フルーティですっきりしたアロマと、軽快なフレーバーと喉越しが持ち味のシングルモルト、それが今回紹介するグレンフィディックです。この秀逸なスペイサイドモルトは、酒質が軽いせいでしょうか、モルト通からは軽く見られがちですが素晴らしいアペリティフになります。40年熟成や50年熟成のグレンフィディックが発売されていますが、それはすなわちこのシングルモルトの質の高さを証明していることに他なりません。半世紀もの熟成に耐えうるウイスキーというのは、とても限られているのです。2006年には、1937年ヴィンテージの64年物がリリースされたこともニュースになりました。グレンフィディックは、世界でもっとも飲まれているシングルモルトとしても知られています。しかも30年以上、その座をキープしているのです。所有しているポットスティルも、スコットランドでは最多の28基を誇ります。また世界規模で見ても、スティルの数でグレンフィディックと肩を並べる蒸留所はありませんね。蒸留所があるのは、スペイサイド地方のウイスキーの町ダフタウン(実際には‘ダフタン’と発音されます)。近くには同じオーナーが経営する、バルヴェニーとキニンヴィの両蒸留所があります。また敷地に沿って、キース・ダフタウン保存鉄道が走っていて、週末限定で運行されています。オーナーのウィリアム・グラント&サンズ社は、現在4つのモルト蒸留所を所有しています。その中でもっとも歴史が古いのがこのグレンフィディックで、1887年に創業しました。その後にバルヴェニー、キニンヴィ、アイルサベイと続きます。またダフタウンでは、モートラックの次に古い蒸留所になりますね。グレンフィディックのシングルモルトが発売されたのは、ブレンデッドウイスキーが全盛だった1963年のこと。当時はまだ、シングルモルトというウイスキーは地元以外ではまったく知られていなかった時代で、グレンフィディックはまさにこのジャンルの草分けだといえるでしょう。オフィシャルボトルは、さまざまな種類が出されています。ラインナップにはスタンダードの12年を始め、アイラカスクフィニッシュの12年クーランリザーブ、15年、18年、21年、そして30年があります。また限定ボトルとして、ノンチルフィルタリングのスノーフェニックス、新樽フィニッシュのリッチオーク14年、40年、50年、ヴィンテージリザーブ1978、1977、1975等が出されています。【東北地方太平洋沖地震で被災された皆様へ】3月11日に宮城県三陸沖を震源として発生しました「東北地方太平洋沖地震」におきまして、被害にあわれた皆様、関係の皆様に、心よりお見舞い申し上げます。また亡くなられた方々には、謹んでご冥福をお祈りいたします。
2011年03月16日
今回はヘヴィタイプのスペイサイドモルト、グレンファークラスを紹介しましょう。このシングルモルトは、ドライで重厚なアロマと舌や喉にからむ濃厚な甘みが持ち味です。熟成はシェリー樽にこだわり、オフィシャルボトルはすべてシェリー樽原酒100%です。風味は多彩で、プルーンやダークチョコレート、オレンジマーマレード、硫黄、クローブ、レザーなどが感じられ、食後にはぴったりのウイスキーに仕上がっています。また熟成年数が長いものは、深く複雑な風味を楽しむことができますね。なおボトラーズものでは、バーボン樽で熟成させたものもしばしば見かけます。グレンファークラスは創業者一族が今でもファミリー経営を続けている、数少ない蒸留所のひとつです。そのせいでしょうか、よく引き合いに出される似たタイプのシングルモルトのマッカランと比べると、ラベルデザインや風味が素朴で今ひとつ洗練されてないようにも感じられます。にもかかわらずグレンファークラスには多くのファンに支持され、人気・実力ともにひけをとりません。またマッカランがスペイサイドで最も小さなポットスティルを使用しているのに対し、グレンファークラスのスティルは最大級の大きさです。一般的に大きなポットスティルでは、還流(沸騰と凝縮を繰り返すこと)が大きいために風味の軽い蒸留酒ができます。ですがウイスキーの場合は必ずしもそうでないことを、グレンファークラスは証明していますね。蒸留所があるのは、スペイ川沿いのバリンダロッホ村のはずれ。この村は、“北の真珠”の異名をもつバリンダロッホ城があることでも有名ですね。その城から北東に3キロメートルほど離れたのどかな田園地帯に、グレンファークラスは優雅なたたずまいを見せています。蒸留所の南東には秀峰ベンリネス山がそびえ、仕込み水はこの山の中腹から湧き出る水を利用しています。オフィシャルボトルは様々種類が出されていて、ラインナップはスタンダードの10年を始め、「105」、12年、15年、17年、21年、25年、そして30年があります。ちなみに105と言うネーミングは、アルコール度数60度をプルーフ表示(イギリスの古い度数表示)したもの。限定ボトルでは、40年スコティッシュクラシック、40年「105」、50年がリリースされています。また1953年以降の、カスクストレングス・ヴィンテージモルトのラインナップも見事です。
2011年03月08日
今回はレアなハイランドモルト、グレネスクを紹介しましょう。モルトファンでも、グレネスクという蒸留所名に馴染みのない方は多いと思います。もともとメジャーとはいい難い蒸留所でしたが、1992年に閉鎖されてしまい、今日ではますます入手が困難なシングルモルトになっています。かつては、ブレンデッドウイスキーのVAT69の核となる原酒でしたが、現在このブレンデッドにグレネスクは使用されていません。グレネスクはすっきりと甘い麦の香りを放ち、かすかにピーティで、アペリティフにはぴったりのキャラクターに仕上がっています。また70年代に蒸留されたものには、ボディのしっかりしたものも見受けられ、こちらは食後にも楽しめますね。この蒸留所には、ユニークな点が2つほどあります。その1つは、ある時期モルトウイスキーではなく、グレーンウイスキーを製造していたことです。モルトとグレーンとを並行して製造する蒸留所もそれほど多くはありませんが、蒸留器をそっくり入れ替えてしまったという例はさらに少なく、過去にも数えるほどしかありません。1938年にグレーンの製造を開始、1964年頃には廃止されました。その後は再度蒸留器を入れ替えて、モルトの生産を再開します。しかし1985年に操業を停止、蒸留設備のほとんどは撤去されてしまいました。同年に、精麦会社のポールズ・モルト社に売却されています。2つ目は、蒸留所名が何度も替わった点ですね。創業当時はハイランド・エスクという名前でしたが、その後ノース・エスク、グレネスク、モントローズ、ヒルサイドと改名を重ね、1980年には再度グレネスクに変更されました。ここまで次々と名前が替わった蒸留所は、他に例がありません。ちなみにモントローズという蒸留所名だったのは、グレーンウイスキーを造っていたときです。蒸留所だった場所は、東ハイランドのアンガス州ヒルサイド村。このあたりは世界的に有名な、アンガス牛の原産地としても知られていますね。そこから10キロメートルほど西には大聖堂で有名な古都ブレヒンがあり、厳かなたたずまいを見せています。また3キロ南に下ればリゾート地として有名なモントローズの町があり、2キロ東には北海の海岸があります。グレネスクは希少なシングルモルトですが、今ならまだ見つけることはできます。ストックが尽きれば永遠に飲めなくなりますので、今のうちにぜひ飲んでおきたいモルトのひとつですね。
2011年02月22日
今回はスペイサイド地方の佳酒、グレン・エルギンを紹介しましょう。このシングルモルトは、レンゲの蜂蜜のようなほんのりとした甘さと、甘酸っぱいオレンジの風味が特徴的です。喉越しがとてもなめらかで、軽やかな麦芽のニュアンスもあります。複雑さにはやや乏しいのですが、飲んでいて飽きのこないキャラクターには好感が持てますね。長期熟成されたグレン・エルギンには、洋梨のコンポートやマーマレードのようにリッチなフレーバーをもったものも、しばしば見受けられます。蒸留所があるのは、スペイサイド地方のエルギン地区。現在この地区では10か所の蒸留所が操業をしていますが、その中では最南端に位置しており、町の中心からもっとも離れているのがこのグレン・エルギンです。この場所は大変立地条件に恵まれていて、かつてはグレン川の豊富な水を動力源として、タービンを回していました。そのため、1950年までは電力を全く必要としなかったそうです。創業は1898年。当時世界中の資本主義諸国は、大恐慌の真っただ中でした。グレン・エルギンもその波をまともに被り、規模縮小等の建設計画の変更を余儀なくされます。結局蒸留所が完成したのは1900年になってからで、同年の5月にどうにか操業を開始することができました。なおグレン・エルギンは、スペイサイド地方で19世紀に建てられた最後の蒸留所としても知られています。その後1959年にトーモア蒸留所ができるまでの約60年間、スペイサイドでは一つも蒸留所は建設されていません。グレン・エルギンのウイスキーは、ブレンデッドのホワイトホースの核となる原酒です。ホワイトホース社の創業者はピーター・マッキーという、スコッチ史上の有名人を挙げるときには必ず上位に登場する人物です。次々と生み出す斬新なアイディアと、そのエネルギッシュな働きぶりで、彼の知名度は徐々に高まっていきました。彼はウイスキー産業に貢献した功績が称えられ、後にナイトの称号を授与されています。オフィシャルボトルは、以前はスモークドガラスのボトルに詰められた熟成年数表示のないものが出回っていましたが、現在は12年物がスタンダードボトルになっています。ウイスキー評論家だった故マイケル・ジャクソン氏が、「スペイサイドモルトの典型」だと評したグレン・エルギン。変なクセもなく飲みやすいので、ぜひ試してみてください。
2011年02月06日
今回は知る人ぞ知るスペイサイド地方の銘酒、グレンダランを紹介しましょう。このシングルモルトは、新鮮な青リンゴを思わせるフルーティな熟成香と、ぴりぴりしたトウガラシのような舌触りが特徴的です。ボディは軽めで、素晴らしいアペリティフになります。また長期熟成されたグレンダランは、ボディに深みが増し、レーズンやマーマレードのような魅惑的な風味を放ちます。蒸留所があるのはスペイサイドの中心で、ウイスキーの町としても知られるダフタウン。町の東部を流れるフィディック川の、西岸のほとりに建物があります。現在ダフタウンでは6つの蒸留所が操業していますが、その中ではもっとも東に位置していますね。なおグレンダランという蒸留所名はダラン川に由来するのですが、この川は実はフィディック川よりも離れたところを流れています。どちらもスペイ川の支流で、蒸留所から400メートルほど南に下ったあたりに支流の合流ポイントがあります。グレンダランはダフタウンの蒸留所の中では比較的知名度が低く、グレンフィディックやバルヴェニー、モートラックといった銘酒の陰に隠れがちですが、ウイスキーの質では決してひけをとりません。20世紀初頭にはときの国王エドワード7世に献上され、その後は王の愛飲するウイスキーになったというエピソードも、グレンダランのクォリティを物語るものでしょう。グレンダランのウイスキーはクラガンモアとともに、ブレンデッドスコッチのオールドパーの原酒としても使われています。配合比は、かつてはクラガンモアよりもグレンダランの方が高かったそうですが、現在は逆になっているとのこと。ちなみにこのオールドパーというウイスキーは、1873年に岩倉具視らが欧米視察の土産として持ち帰りましたが、それが日本に持ち込まれた最初のスコッチウイスキーだといわれていますね。以来130年以上に渡って、オールドパーは我が国で愛され続けています。ボトルのラベルに描かれているトーマス・パーという人物は、なんと152歳まで生きたといわれています。オフィシャルボトルは、かつては「花と動物」シリーズの12年物や、レアモルトシリーズから長熟ものが出されていました。現在はシングルトン・オブ・グレンダランの名で、12年物がアメリカ向けに生産されています。ボトラーズものは比較的レアですが、見かけたらぜひ試して欲しいスペイサイドモルトです。
2011年01月27日
多くのファンを持つ古典的なハイランドモルト、グレンドロナックを今回は紹介しましょう。グレンドロナックは、シェリー風味とほどよいボディ、そしてちょっと野暮ったく素朴なテクスチャーがあるシングルモルトです。同じシェリー系のシングルモルトといいますと、マッカランやグレンファークラスが有名ですが、それらと比べるとやや重厚さには欠けるのですが、それ故に親しみやすく根強い人気がありますね。またグレンドロナックの原酒は、ブレデッドウイスキーのティーチャーズにも使用されています。蒸留所があるのは東ハイランドの小さな町ハントリーから、北東に10キロメートル(道のりでは12キロ)ほど離れた場所。ここは大変のどかな田園地帯で、豊かな緑に囲まれた谷間に美しいたたずまいを見せています。3キロメートルほど北にはデヴェロン川が流れ、北岸の町バンフで海とつながっています。また15キロメートルほど南に下った地点には、同じティーチャーズの原酒としてかつては兄弟蒸留所だったアードモアがあります。グレンドロナックは、スペイサイドモルトとして扱われることがしばしばあります。かの偉大なウイスキー評論家である故マイケル・ジャクソン氏も、そのような分類方法を採用していました。ですが最近では、ハントリー以東は東ハイランドとして分類する方法が一般的になりつつあります。その理由ですが、ひとつはスペイサイド地域の蒸留所の数がとても多いので、地域を広めに設定すると偏りが更に増しバランスが悪くなるためです。グレンドロナックの創業は1826年、蒸留所はその地方の地主ジェームズ・アラディス(アラダイス)によって建造されました。その後次々とオーナーは変わり、2008年にベンリアック・ディスティラリー社がぺルノー・リカール社から買収し現在に至っています。なおグレンドロナックという蒸留所名は本来ワンワードなのですが、ベンリアック・ディスティラリー社は、「GlenDronach」をオフィシャルな表記として採用しています。同社のもうひとつシングルモルトのベンリアックも、同様に「BenRiach」と表記していますね。現在同社からは、12年・オリジナル、15年・リバイバル、18年・アラダイス、そして33年が販売されています。それ以外にもウッドフィニッシュシリーズや、ヴィンテージとカスクナンバーが表記された、シングルカスクの限定ボトルもリリースされています。
2010年12月19日
今回は、「大麦のクリーム」の異名をもつハイランドモルト、グレンカダムを紹介しましょう。グレンカダムは熟した果実のような風味が特徴的で、さらっとしたなめらかなテクスチャーは、クリーミーというよりもむしろシルキーと形容した方が適当かもしれません。特に長期熟成させたものは、洋梨やマーマレードのような魅惑的なアロマを放ちますね。蒸留所があるのは、東ハイランドのブレヒンという古い歴史のある町。ブレヒンにはかつてノース・ポートという蒸留所もありましたが、そちらは残念ながら1983に閉鎖されてしまい現存しません。グレンカダム蒸留所も2000年に一旦は閉鎖に追い込まれたのですが、2003年に創業50年の歴史を持つアンガス・ダンディ社がアライド・ドメック社から買収し、蒸留所を復活させました。仕込み水は、かつては50キロメートルほども離れたリー湖から引いていましたが、現在は14キロメートル離れたムーランズの泉から引いています。また冷却用水は、近くのバリー川の水を利用しています。グレンカダム蒸留所のスティルは、初留が1基、再留が1基の計2基が設置されています。この蒸留所のユニークな点は、ラインアーム(スティルとコンデンサーとをつなぐパイプ)の角度が15度ほど上方に傾いていることです。通常は水平かむしろ下方に傾いているのですが、上方に傾けることによってよりまろやかな蒸留液を得られるのだとグレンカダム蒸留所は説明していますね。また、初留釜はエクスターナルヒーティング(加熱を単式蒸留器の外で行った後で中へ戻す特殊な方式)という珍しい加熱方法が採用されていて、前回紹介したグレンバーギ蒸留所やミルトンダフ蒸留所でも同じ方式が取り入れられています。なお蒸留所は現在、まったく休まずに操業しています。2005年以降は24時間365日の、文字通りのフル操業体制で運営されています。グレンカダムはかつてはオフィシャルボトルが出されていなかったため、入手しづらいシングルモルトの1つでした。しかし、新オーナーのアンガス・ダンディ社はシングルモルトの販売に力を入れていて、現在同社からはスタンダードの10年を始め、ポートウッドフィニッシュ12年、オロロソカスクフィニッシュ14年、15年、21年、そしてシングルカスクの32年が販売されています。しかもシングルカスク以外の加水タイプは、アルコール度数が46%と高めに設定されていて、強いこだわりが感じられますね。
2010年12月12日
今回は、スペイサイドモルトのグレンバーギを紹介しましょう。グレンバーギは花のような香しいアロマと、喉に絡む蜂蜜のようなフレーバーとテクスチャーが持ち味のシングルモルトです。若いグレンバーギは比較的素朴な印象がありますが、長期熟成物はフルーティで芳醇に仕上がっていることも多いですね。また、原酒のほとんどがブレンデッドに回されているため、比較的入手しづらいシングルモルトです。蒸留所があるのはスペイサイド地方最西端のフォレス地区で、フォレスの町から8キロメートルほど東に位置するアルヴス村です。フォレス地区では、かつてはダラス・ドゥという蒸留所も操業していましたが、1983年に閉鎖され現在は博物館として一般公開されています。ですのでグレンバーギは、最も西で造られるスペイサイドモルトだということになりますね。グレンバーギ蒸留所の歴史は、1810年まで遡ることができます。1829年には現在の場所に蒸留所を建て替え、設備を移設しました。また政府の認可を受け、公認の蒸留所となったのもこの年です。当時、この蒸留所はキルンフラットと呼ばれていましたが、1878年にグレンバーギと改められました。この蒸留所の特筆すべき点は、一時期ローモンドスティルが使われていたことです。ローモンドスティルというのは、20世紀半ばにハイラム・ウォーカー社が開発した蒸留器で、円筒形のネックの中には蒸気の還流率を調整する装置がつけられています。またスワンネックとコンデンサーをつなぐラインアームも、通常はできない角度調節ができました。1958年に導入され、短期間でしたがグレンバーギとは別にグレンクレイグ(Glencraig)という名のモルトウイスキーが生産されていたのです。グレンクレイグはとても魅惑的なキャラクターのシングルモルトで、グレンバーギよりも酒質が軽く、エキゾチックでフルーティなアロマを放ちます。グレンクレイグは大変希少価値が高く、ほとんど見かけることはありません。グレンバーギは以前はアライド・ドメーク社が所有していた蒸留所で、ブレンデッドウイスキーのバランタインの主要な原酒でした。しかし2005年にペルノ・リカール社に売却され、同年に建て替え工事が行われ操業を一時ストップしてしまいます。2007年には、全面新築となった新生グレンバーギが操業を再開しました。なおグレンバーギは、長年水不足で悩む蒸留所の一つでしたが、新たな水源確保に成功し生産量もアップしています。
2010年11月07日
今回紹介するグレン・アルビンは、クラシカルで複雑な風味を持った北ハイランド産のシングルモルトです。酒質のレンジがとても広く、軽くて華やかな風味をもつグレン・アルビンもあれば、ヘビーでオイリーなキャラクターのものもあります。60年代に蒸留されたグレン・アルビンは魅惑的なアロマを放つことが多く、バーベキューソースのよう濃厚な風味を持ったものもしばしば見受けられますね。グレン・アルビンは140年もの歴史をもつ素晴らしい蒸留所でしたが、残念ながら1983年に閉鎖されてしまいました。それから四半世紀以上の年月が経っていますが、ウイスキーはまだ市場に残っています。もともとオフィシャルボトルは、ほとんど出されていなかったので希少感は高いのですが、今ならまだ見つけることは可能です。蒸留所があったのは、スコットランドの北の玄関口とも呼ばれるインヴァネス市のカレドニアン運河流域。1846年、当時のインヴァネス市長だったジェームズ・サザーランドが、廃虚となっていたビール工場を改築し蒸留所はオープンしました。建物を設計したのは、当代随一といわれた建築家、チャールズ・ドイグです。仕込み等に用いる水は、怪獣ネッシーで有名になったネス湖から引いていました。グレン・アルビンは、革新的な技術を積極的に取り入れた蒸留所だったことでも知られています。冷却用のワームタブには、管の断面が丸ではなく底が平らになっている形状を採用し、蒸留液と管の接触面積を広くして熱交換の効率を向上させました。また、蒸留所と1.6キロメートルほど離れた場所にある事務所との間には、当時としてはまだ珍しい電話が引かれたのです。サラディン式モルティング(タムドゥ蒸留所が有名)を、グレン・モールと共に最初に採用した蒸留所もグレン・アルビンでした。かつて、インヴァネスではたくさんの蒸留所が操業していましたが、1745年以降この町のウイスキー産業は廃れ、最後に残ったグレン・アルビン、グレン・モール、ミルバーンも80年代半ばにはすべて閉鎖されてしまいました。なお現在、グレン・アルビン蒸留所の跡地には、巨大なショッピングセンターが建てられています。ストックがなくなれば永遠に飲めなくなってしまうグレン・アルビンは、機会があればぜひ試しておきたいシングルモルトです。
2010年10月23日
今回はスペイサイドモルトのグレンアラヒーを紹介しましょう。グレンアラヒーのシングルモルトはオフィシャルボトルが発売されていないこともあり、ほとんど市場に出回っていません。ですがスペイサイド産らしい、軽やかな風味が特徴的なウイスキーです。ほんのりとした麦芽と心地いい花の香り、そしてすっきりとしたフレーバーも持ち味ですね。なお12年物のオフィシャルボトルがリリースされていた時期もかつてありましたが、とてもレアで現在では見つけることが困難です。蒸留所があるのは秀峰ベンリネス山の北麓、スペイサイド地方のちょうど真ん中あたりに位置するアベラワー村です。仕込み水はベンリネス山の麓から湧き出る清らかな水が使われています。もしかしたらこの水質が、グレンアラヒーの軽やかな風味に関係しているのかもしれませんね。なおこの蒸留所の1.2キロメートルほど北には、同じオーナーによって運営されているアベラワー蒸留所があります。グレンアラヒーは1967年に創業された、比較的新しい蒸留所です。歴史の古い蒸留所では、樽の貯蔵は土の上に木製のレールを敷いて積み重ねるダンネージ式にこだわることも多いのですが、グレンアラヒーでは近代的なラック式(鉄製の巨大な棚に貯蔵)とパラタイズ式(ラック式の棚に縦置きする)を採用しています。モルトウイスキーの樽をパラタイズ式で熟成させる蒸留所は珍しく、グレンアラヒーはある意味革新的な蒸留所だということもできます。また、当時最新の技術だったプレヒーティングシステム(エネルギーの効率化を図る熱交換器)をいち早く導入したのも、この蒸留所でした。グレンアラヒーは、もともとブレンデッドウイスキーのマッキンレーの原酒確保が目的で建造された蒸留所でした。これまでオフィシャルボトルがほとんど発売されなかったのには、そんな理由があるからなのです。現在ではオーナーが代わりペルノ・リカール社によって運営されていますが、クランキャンベル等、同社のブレンデッドウイスキーに原酒を供給し続けています。建物の設計は当代随一の設計技師であり、チャールズ・ドイグと並び称されるウィリ アム・デルム・エヴァンスが手掛けました。デザインより機能美が優先されたため若干趣を欠く点は残念ですが、白を基調とした外観はシンプルで落ち着いた雰囲気をかもしています。なお彼の設計した蒸留所は、他にはアイル・オブ・ジュラとタリバーディンの2つしかありません。軽いウイスキーがお好きな方には、ぜひ試して欲しいシングルモルトです。
2010年10月12日
今回紹介するのは東ハイランド産のシングルモルト、フェッターケアンです。フェッターケアンは麦芽の甘い香りを放ち、ナッツのような風味とテクスチャーを持っています。キャラクターは素朴ですが、トラディショナルで正統派といった印象がありますね。20世紀以降、東ハイランドでは7つほどの蒸留所が操業していましたが次々と倒産に追い込まれ、フェッターケアンは東ハイランドで操業を続けている唯一の蒸留所だった時期もありました。しかし現在では、グレンカダム蒸留所も操業を再開しましたので2か所になっています。フェッターケアンは北ハイランドのダルモアとともに、ブレンデッドウイスキーのホワイト&マッカイの原酒として使われています。フェッターケアンは、ともすれば個性の強いダルモアの陰に隠れがちなのですが、実はしっかりと自己主張をする美味しいシングルモルトです。特に長期熟成させたフェッターケアンには、濃厚で魅惑的な風味を放つものもあります。スコットランド北東部にある都市アバディーンは、エディンバラ、グラスゴーに次ぐスコットランド第3の都市。蒸留所があるのは、そのアバディーンから南西に40キロメートルほど下ったところにある、蒸留所と同名の村です。19世紀の終わり頃、フェッターケアン蒸留所の地主はサー・ジョン・グラッドストンという人物でしたが、彼は4度も英国の首相を務めた著名な政治家ウィリアム・グラッドストンの父だったことでも知られています。ウィリアムも幼少時は、フェッターケアン村で過ごしたことがあるそうです。蒸留所は現在もグラッドストーン家の敷地にあります。蒸留所の歴史は古く、政府の認可を受けたのは新税制が導入された翌年の1824年のことです。それは、ザ・グレンリヴェットに次いで2番目の早さでした。その後、次第に認可を申請する蒸留所が増えていきました。フェッターケアン蒸留所のスティルは、初留が2基、再留が2基の計4基が設置されています。注目すべきは再留釜のネックの部分に、この蒸留所オリジナルの冷却器がとりつけられている点。冷水をシャワーのように吹きかける、興味深い構造になっています。また仕込み水は、グランピアン山脈の一部であるケアンゴルム産地の湧水を使用しています。この蒸留所のシングルモルトは、長い間「オールド・フェッターケアン」として親しまれてきましたが、2002年に「フェッターケアン1824」とブランド名を一新しています。熟成年数も10年物が主力商品でしたが、12年熟成に改められました。
2010年10月03日
今回は南ハイランドのシングルモルト、エドラダワーを紹介しましょう。エドラダワーは、とても個性的な風味を持ったシングルモルトです。まるで乳酸菌飲料に石鹸と香水、そして硫黄を加えたようなアロマを放ちます。フレーバーはねっとりと甘いのですが、テクスチャーはぴりぴりしています。フィニッシュではナッティ(アーモンド?)な風味が喉越しに残り、暖かい余韻が後を引きます。エドラダワー蒸留所があるのは、南ハイランドのリゾート地として知られるピトロホリーから3キロメートルほど東に行ったところ。北には標高841メートルのベン・ブラッキー山を臨み、仕込み水にはこの山の湧水を使用しています。この蒸留所は、かつてはスコットランドで最も小さな蒸留所として知られていました。年間の生産量は90,000リットルほどで、この数値は平均的なスコットランドの蒸留所のわずか30分の1(およそ1週間分)に過ぎません。ちなみにポットスティルの容量は、密造を防ぐために下限が2,000リットルと法律で定められていて、エドラダワーのポットスティルの容量はまさに2,000リットルなのです。ですが現在は北ハイランドのロッホ・ユー蒸留所が「地方経済の振興につながるのであれば」という条件付きで特例として許可が下り、114リットルのポットスティルで操業をしています。また、2005年にオープンしたアイラ島のキルホーマン蒸留所でも、エドラダワーと同程度の規模で蒸留を行っていますね。エドラダワー蒸留所のユニークな点は、100年以上昔の古い型の麦汁冷却装置を現在でも使用していることです。この冷却装置はモートン式ワーツクーラーと呼ばれ、なんと1934年に製造されたもの。現在のワーツクーラーは水冷式が一般的になっていますが、このモートン式は外気で冷却する空冷式であるのが特徴です。スコットランドで、今日でもモートン式ワーツクーラーを使用している蒸留所はエドラダワーだけです。エドラダワーは、2002年にボトラーズのシグナトリー社がペルノ・リカール社から買収しました。それとともにボトルやラベルは一新されましたが、スタンダードボトルはペルノ・リカール社の頃と同じ熟成年数の10年物がリリースされています。また2003年からバーレヒンという名のスモーキーバージョン(フェノール値はなんと50ppm)のモルトも生産しています。こちらは硫黄臭もあまり感じられず、正統派のスモーキーモルトに仕上がっています。
2010年09月23日
今回紹介するのはスペイサイド産のシングルモルト、ダフタウンです。スペルがDuftownなので、カタカナではダフタウンという表記が定着していますが、現地では最初の「ダ」にアクセントをおいて、ダフトンもしくはダフタンと発音されます。バタークッキーやキャラメルを連想させる甘い風味が特徴的で、休日の昼下がりに飲みたくなるようなウイスキーです。ただボディが軽く余韻もすっきりとしているため、デザート代わりの食後酒としてはやや物足りないかもしれません。ダフタウンの原酒は、その98パーセントがブレンデッドウイスキー用に回されています。オーナーのディアジオ社は、自社の蒸留所の位置づけを、ウイスキーの使用用途に合わせて明確に区別していますので、ダフタウンは基本的にブレンデッド用の原酒を造る蒸留所だということになりますね。ですが、およそ2パーセントの原酒はシングルモルトとしてリリースされていて、かつては「花と動物」シリーズの15年物やレアモルトセレクションが市場に出されていました。現在はシリーズが一新され、「シングルトン」という新たなシリーズ名でダフタウンの12年と15年熟成のシングルモルトが免税店向けに出荷されています。ダフタウン蒸留所は、1896年にリバプールの実業家らによって創業されました。ただ建物は新たに建造せずに、以前工場だった建物を蒸留所に改装して使用しました。この点は、前回紹介したディーンストン蒸留所と同じですね。1933年に蒸留所はアーサー・ベル&サンズ社に買収され、以降ブレンデッドウイスキーのベルの重要な原酒となっています。ダフタウンという名は、この蒸留所がある町の名前でもあります。ダフタウンの町には現在6つの蒸留所が操業をしていて、創業の古い順に列挙しますと、モートラック(1823年)、グレンフィディック(1887年)、バルヴェニー(1892年)、ダフタウン(1896年)、グレンダラン(1898年)、キニンヴィ(1990年)となります。コンヴァルモアやピティヴェアックも、ダフタウンの町で造られていたウイスキーで現在でもボトルは出回っていますが、蒸留所はすでに閉鎖されています。オフィシャルボトルの現行品は「シングルトン」シリーズだけですが、限定品ではマネージャーズチョイスボトルが発売されています。またボトラーズものは、ちらほらとですが見かけます。ダフタウンの楽しみ方のひとつとして、ブレンデッドのベルと飲み比べるのもいいですね。
2010年09月05日
今回は南ハイランドモルトの、ディーンストンを紹介しましょう。ディーンストンのアロマは甘くドライで、穀物の香りが核にあります。フレーバーはピュアで、ほんのりと甘いレンゲの蜂蜜のような風味が持ち味です。ミディアムボディでフィニッシュはすっきりとしていますので、どちらかといえば食前向きのウイスキーだといえるでしょう。南ハイランド産のウイスキーは、例えばタリバーディンやグレンゴインのようにまるでローランドモルトのような柔らかな風味が特徴です。それはきっと、南ハイランド地方がローランド地方と接していることと無関係ではないのでしょう。ディーンストン蒸留所のある場所も、ハイランドとローランドの境界線からわずか数キロメートルしか離れていません。もしディーンストンをブラインドで飲んだら、ローランドモルトと間違えてしまうことがあるかもしれませんね。ディーンストン蒸留所は、紡績工場の建物が改装され1965年にオープンしました。最初にシングルモルトがリリースされたのは1971年でしたが、そのときは「オールド・バノックバーン」というブランド名で発売されています。1970年代になり、ブランド名は「ディーンストン・ミル」と改められました。ミル(mill)とは工場という意味ですが、もともとが紡績工場だったのでそのようなブランド名になったのかもしれませんね。その後ディーンストンと改名され、現在に至っています。ディーンストンの特筆すべき点は、化学肥料や農薬を使わないで栽培された有機栽培大麦のみを原料として造られていることです。最近ではベンローマックやブルイックラディなど、有機栽培大麦を使用する蒸留所もぽつぽつと現れましたが、オーガニックウイスキーを造る蒸留所としてディーンストンはまさに先駆けなのです。またこの蒸留所は、電力を自給自足する唯一のスコットランドの蒸留所としても知られています。近くを流れるティス川の水は、仕込み水として使われるばかりでなく、タービンを回転させて発電にも利用されているのです。発電量は蒸留所が使うものしては充分すぎるほどの量で、余った電気は公共の送電線網に流して電力会社に買い取ってもらっています。有機栽培大麦にせよ、電力の自給自足にせよ、ディーンストンはとてもエコな蒸留所だということができますよね。ディーンストンのボトラーズものは、あまり多くはリリースされていません。オフィシャルボトルのラインナップには、12年と17年、そして限定版の1967年ヴィンテージの35年があります。
2010年08月28日
軽やかな麦芽の風味と滑らかなテクスチャーをもったハイランドモルト、ダルウィニーを今回は紹介しましょう。ダルウィニーは、ディアジオ社のクラシックモルトシリーズのオリジナルの6本の中の1本で、強豪のひしめくハイランドの代表として選ばれたシングルモルトです。自己主張は決して強くないのですが、長期熟成されたものはフルーティで華やかなアロマを放ちます。蒸留所のオープンは1897年。創業当時はダルウィニーではなく、ストラススペイという名で呼ばれていました。1898年にオーナーが代わり、そのときにダルウィニーと改名されました。なお改名されたのは、1905年だという説もあります。蒸留所があるのは、かつてハイランドの首都だったインバネスから60キロメートルほど(道のりだと80キロメートル)南に下った、蒸留所と同名の村。ここはとても標高の高いところで、1973年にブレイヴァル蒸留所ができるまでは、スコットランドで最も高い場所にある蒸留所でした。またこの蒸留所のユニークな点は、気象観測所の設備があること。もちろんちゃんと気象観測も行っていて、そんな蒸留所はスコットランドでは他にありません。このあたりの年間平均気温は6℃で、人が生活している場所としてはスコットランドでもっとも寒い場所なのだそうです。それゆえエンジェルズシェア(天使の分け前:熟成中に樽から減った分のウイスキーのこと)は、他の蒸留所と比べて極端に少ないのだとか。蒸留所の近辺には、スペイ川の上流が流れています。ですが産地の区分ではスペイサイドの地域からは大きくはずれていて、ダルウィニーはハイランド産(北ハイランド)として区分されます。同じようにスペイ川流域にありながら、スペイサイドの蒸留所として見なされないケースとしてはスペイサイド蒸留所がありますね。ダルウィニーとは、ゲール語で「落ち合う場所」もしくは「中継地点」という意味です。その昔、北ハイランドや西ハイランドからローランドの市場に家畜を連れて行く際、牛の群れをここに集めたのだといわれています。ボトラーズもののダルウィニーは、残念ながらほとんど見かけることがありません。ですがオフィシャルボトルでは、20年、29年、36年といった長期熟成ものが過去にリリースされていて、まだ若干量ですが市場に出回っています。なお15年ものが。オフィシャルのスタンダードボトルとなっています。
2010年08月15日
今回は、北ハイランドモルトのダルモアを紹介しましょう。ダルモアはオレンジマーマレードのようなアロマと、ドライでスパイシーなフレーバーが持ち味のシングルモルトです。またふくよかな風味は、シガーとのマリアージュにも向いています。特にシガーとの相性がよくなるように原酒が配合(シェリー樽60%、バーボン樽40%)されたダルモアが、「シガーモルト」という名で商品化されている点はユニークですね。なおこの「シガーモルト」ですが、現在では「グランレゼルバ」と名前が変わっています。ダルモアはブレンデッドウイスキーのホワイト&マッカイの原酒としても知られています。蒸留所2代目オーナーのマッケンジー氏が、ホワイト&マッカイ社の創業者と親交があったことから、同社に対する原酒供給が開始されました。ホワイト&マッカイ社(UBグループ系列)は現在4つのモルトウイスキー蒸留所(他はアイル・オブ・ジュラ、フェッターケアン、タムナヴーリン)を所有していますが、その中でもっとも生産量が多いのがこのダルモアです。年間で420万リットルを誇り、同社のブレンデッドウイスキーのまさに中核をなしています。そのマッケンジー氏ですが、彼はハイランド氏族の名門として誉れ高い、かのマッケンジー家の子孫でした。マッケンジー家は、ハンティング中に雄ジカの角で負傷した当時のスコットランド国王アレキサンダー3世を助けた功績で、1263年に「雄鹿の紋章」が下賜されています。ダルモアのラベルに誇らしげに描かれている鹿の頭のイラストは、この「雄鹿の紋章」なのです。ホワイト&マッカイ社といえば、同社マスターブレンダーのリチャード・パターソンさんが有名ですね。グラスのウイスキーを空中に飛ばしたり、「ハロー、ハワユー」とウイスキーに語りかけながらノージングしたり、「んっ、んっ」とウイスキーを噛みながら味をみる独特のパフォーマンスは、セミナー等でご覧になった方もいらっしゃるでしょう。2002年の12月4日、英国グラスゴーで開かれたマクティアーズのオークションに、ダルモアの62年物が出品されたのです。そしてウイスキーの競売価格としては当時の世界最高記録となる25,877.50ポンド(当時のレートで約490万円)で落札され話題になりました。このダルモア62年は、たった12本しかボトリングされていない超レアなボトルです。今日では値段は更に跳ね上がり、なんと10万ポンドは下らないそうです。
2010年07月04日
芳醇なアロマとドライでビターなフレーバーが持ち味のスペイサイドモルト、ダラス・ドゥーを今回は紹介しましょう。カタカナですとダラス・デューと表記されることも多いですが、実際の発音はダラス・ドゥーの方が近いようです。ボディも厚く、もともとブレンダーからの評価が高かったシングルモルトなのですが、残念ながら1983年に閉鎖されてしまいました。美味しいダラス・ドゥーは確かに多いのですが、仕上がりには比較的ムラが見られ、そのことも蒸留所の閉鎖と無関係ではないのかもしれません。ダラス・ドゥーはすでに蒸留所として稼働はしていませんが、現在は「スコットランド歴史的建造物および記念碑保存委員会 (通称、ヒストリック・スコットランド)」によって、モデル蒸留所・博物館として一般公開されています。なお最近では、「ヒストリック・スコットランド」がボトリングしたダラス・ドゥーも発売されていて、閉鎖された蒸留所の中では、比較的ストックが多く残っているシングルモルトだともいわれています。蒸留所は1898年に、スペイサイド地方のフォレス地区で創業されました。設立当時、この蒸留所はダラスモア(Dallasmore)もしくはダラス・モア(Dallas Mhor)という名で呼ばれていました。蒸留所名がダラス・ドゥーと改められた後、オフィシャルのシングルモルトがダラス・モアというブランド名で販売されたことがありましたが、それは旧名に因んだ命名だったわけですね。またベン・モアという名のブレンデッドやブレンデッドモルトが出されていたこともありますが、今日ではいずれもがオークション等でなければ見つけるのは困難なボトルですね。なおダラス・ドゥーは Dallas Dhu と綴りますが、語源はゲール語の“Dalais Dubh (黒い水の流れる谷)”だといわれています。また、蒸留所から南に8キロメートルほど下ったところにはダラスという小さな村があり、これも蒸留所名の由来に関係しているのでしょう。ちなみにダラスといえば米国テキサス州の都市が有名ですね。アメリカやカナダ、オセアニアといったいわゆる新世界には、スコットランドからも多く移民が移り住んでいます。そのせいでスコットランドと関係のある地名は、とてもたくさんありますね。なお、テキサス州のダラスは第11代副大統領ジョージ・ダラスに因んで付けられた地名ですが、彼もスコットランド移民の子孫だったそうです。
2010年06月27日
知名度は低いのですが、実力ではビッグネームにも引けを取らないスペイサイドモルト、ダルユーインを今回は紹介しましょう。ダルユーインはフルーティで濃厚なアロマと、ふくよかで力強いフレーバーが特徴的なシングルモルトです。ボディが厚く、長く暖かい余韻が楽しめるので、秀逸な食後酒になりますね。また酒質の骨格がしっかりしているので、シェリー樽との相性がいい点もダルユーインの持ち味の一つです。ダルユーインのモルトは、ブレンデッドウイスキー・ジョニーウォーカーのメイン原酒のひとつとしてしても知られています。特にジョニ黒では、タリスカーとともに重要なキーモルトになっていますね。ジョニーウォーカー黒ラベルの芳醇でふくよかな風味は、ダルユーインのキャラクターに因るところが大きいのです。Dailuaine(ダルユーイン)は、ゲール語で「緑の谷」という意味です。蒸留所があるキャロン村はベンリネス山とスペイ川とに挟まれた場所に位置しますが、そこはまさに蒸留所名どおりの森林に囲まれた窪地になっています。蒸留所は1852年に創業され、その後順調に生産を伸ばしていきました。ダルユーインの運営がうまく軌道に乗ったのは、スペイ川の対岸に開通したストラススペイ鉄道の存在が大きかったといわれています。川に架かる橋を通じて敷地内に引込線を引き、自前の蒸気機関車でウイスキーや原料の輸送を行っていました。1967年に廃線となってしまいましたが、線路跡はスペイサイド・ウェイという名の遊歩道として現在利用されています。また当時の機関車は、アバフェルディ蒸留所で大事に保存されています。ダルユーイン蒸留所の生産量は、年間279万リットルを誇ります。オーナーのディアジオ社は、現在スコットランドで29もの蒸留所を運営していますが、その中でダルユーインよりも生産量の多い蒸留所は、ローズアイル、ダフタウン、グレンダラン、カル・イラ、クラインリシュ、そしてグレン・オードの6つしかありません。にもかかわらずダルユーインの知名度が低いのは、ディアジオ社がこの蒸留所のシングルモルトの販売に力を入れていないからなのです。オフィシャルのスタンダードボトルは、かつては「花と動物」シリーズの16年ががリリースされていましたが、現在は残念ながらスタンダードボトルは製造されていません。ですが16年物はまだ市場に出回っていますので、購入することは可能です。
2010年06月13日
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