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1月31日(金)暖冬に迷いつつ咲く白梅や家跡に梅1本が植えられてランタン祭りの取材に行こうと家を出る。するとまあ、大型の船が来ている…急に気持ちが萎えて街まで降りたころには、どうせ明日行くのだから(明日は花架拳の仲間たちの演舞がある。)今日はもういいやと思って駅の横のアミュプラザへと歩いていく。そして真っ直ぐ本屋さんへ直行。沈丁花塀の上よりのぞきをり春を待つ心なきまま沈丁花春を待つほどの寒さもなくもう梅の花も沈丁花も咲いてきた。気候異変来る春夏の恐れかな英語教室に行っていなかったころは、毎日のように本屋さんをチェックしていた。そして本を買ったり、背表紙を眺めたりして満足しそして食事の材料を買って帰っていた。今はあまり本屋さんをのぞく暇がない。冷やかす暇もない。だから今日は久しぶりに本屋さんの中を回って買いたい本を見つけ買った。そんな時間がとても懐かしかった。でもそれもわずかな時間なのだが・・・。今日は右側の本より英語対訳付き)世界の美しい言葉と出会いたいと思います。暮らしの中の幸せは、ささやかな瞬間が積み重なることで作られます。すぐに忘れてしまうような、ちょっとしたキスや微笑み、やさしい表情、心からの誉め言葉、そして、数えきれないほどの嬉しく心地よい、とても小さな気持ちの集まりです。The happiness of life is made up minute fractions-the little soon forgotten charities of a kiss or smile,a kind look, a heartfelt compliment, and the countlessinfinitesimals of pleasurable and genial feeling.イギリスの詩人、哲学者サミュエル・テイラーコールリッジOn a lark水曜日の早朝勉強でちょっと厭いたときに手が伸びて本棚からロジャー・パルバースさんの「英語で読む啄木」自己の幻想という本を取り出す。その中を読むうちにあの有名な短歌が出てきた。たわむれに母を背負いてそのあまり軽きに泣きて三歩あゆまずたわむれに(ON A LARK)I lifted my mother onto my back.She was so light I wept.Stopped dead after three steps.このように翻訳されていた。日本文学の深い研究者として有名でNHKでもずっと拝見していた大学の先生なので、もとより逆らうつもりはなくでも私流に翻訳をやってみたくなった。私の今の英語力でどう表現できるのか?Translation of mine.I carried my mother on my back.She was so small and light.I couldn't any walk with my sorrow.敢えて戯れることもせず三歩歩まずともいれなかったが・・・。勿論ダメとは分かっています、はい。On a lark , I try to translate Takuboku poem.My mother had died when I was three.I missed my mother suddenly.戯れに私は啄木の短歌を翻訳することをやってみた。私の母は私が3歳の時に亡くなったので何の記憶も残っていないが突然に母のことが思われ、そして今はもう母よりなん倍も生きている私は早く死なねばならなかった母の悲しみを思う心と母を愛しむ気持ちが突然に湧いた。という意味です。それをまた短歌に変換して下のように五七五七七に纏めてみました。戯れに母詠む歌の英訳をなして愛しむ遠きわが母
January 31, 2020
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1月29日(水)花の加工写真中華街周辺に行けば何か写真もとれるのだろうけど、二日ほど寝てばかりいたので体がまだ元気に動かない。朝はかかりつけの病院へ行き熱も収まっているしインフルエンザではなさそう。ああそういえば熱の後はお腹が痛くてうんうん唸っていましたというと軽い腸炎だったかもしれないおっしゃり、ああそうかもと私も思った。風邪の症状は何もなかったのだから。今日は新しく写した写真もないので使わないでいた最近の写真から万華鏡のソフトでいつもは使わないパターンを使ってやってみよう。私もマスクをつけ始めたが、なんだか自分の匂いが嫌。魚を山ほど食べてきたから魚の怨念が残っているのか、少し魚くさい。バスの中で小さな男の子がマスクを外そうとすると若いお母さんは無理矢理に着けさせる。二人の繰り返しを後ろの席から眺めていた。私も外したい。今年は中国の肺炎の影響で大型船もやってこないし我が家から見るだけでもやけに静かだ。(今の書き込み・・・その船にはたった一人の乗客だったという)何でも港の使用権を継続させるためとか。花のように見えて顔のようなブタのような・・・。しかし色合いが何と優しいのだろう。真冬にサルビアも咲いている。釣鐘草も畑の中に一株真っ白な花をつけていた。フランシスコ教皇の言葉日めくりより。地球の叫びに耳を傾ける人間の欲望に寄り、数えきれない傷を負いつつある地球の叫び声に耳を傾けましょう。世界を居心地の良い家として保ちましょう。Let us hear the cry of the earth,wounded in a thousand ways byhuman greed. Let us allow her toremain a welcoming home, inwhich no one feels excluded.相手を癒してあげるには癒しこそが必要とされています。慎ましく、そして粘り強く、やさしい言葉と眼差しで他の人を癒すことができるでしょう。We all need to be healed, andwe can all heal others if weare humble and meek, witha glance.こだわらない、振り返らないみためだけにこだわるのは、むなしいものです。それは一瞬燃え上がる炎と同じように、過ぎ去るものへの執着です。あとには灰しか残りません。The culture of appearance, which leads us to livefor passing things, is a great deception. Beauseit is like a flaring blaze: once it is over,only ashes remain.
January 29, 2020
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1月27日(月)私といつも一緒のお気に入り。私は持ち物が多くかなり大きなショルダーに生活のすべての必需品を持ち歩いている。その中にこの小さなノートブック。これは娘が職場で配布されたものを私にくれたので、まあ仕方なくこの形になった。毎年今年はどれにしようとデザインや大きさを選んで購入していたのだが去年からその楽しみはなくなったのだが、2年目の同じ形に慣れてきていまは 毎日一緒にお出かけしている。1月も満杯の状態できるだけ英語で書き込むようにしている。Blogを書き込む日まで書いているけど毎日でなく週3日になってからは油断する日が多くなったからだ。予定やら、独り言やら、後で見て自分でも何かわからないことまで書き留めて・・。実はこのノートを紹介した理由は、グローバル英語スクールで、最近、書かれている物を暗記して言うのではなく、自分の持っている優しい言葉で、即席にお話をするようにと先生はおっしゃるようになった。その準備のために私はその教室がある早朝の勉強で試みてみた。まず”何について話そう”から始まった。そこで思いついたのがこのノートの紹介。100均のシールも気分転換にいい役目をはたしている。これは英検の長文読み取りの問題を書いた。興味のあるエッセイ、あるいは覚えなければならない単語などが多いその問題は書き留めておくと、バスを待っていてもノートを取り出して読み直すことができる。これは生物の多様性がどれ程我々の健康や長寿に密着しているかという長文である。これを読み始めた当初、まだちゃんと理解していないところも多かったので日本語まで書いている。お気に入りの歌の歌詞も。一切原稿を作らず、即席で思いつくままにやるというのもやはり単語力がいる。でも、考えても出てこない時は日本語で入れたりした。まさかその日の授業でそれをやるとは思わなかったのけれど。土曜日の授業の中でまた「これからは即席でスピーチをしてもらいます」と先生がおっしゃったので、私は勇気を出してトライしてみることにした。それがこのノートの紹介だった。白いすき間にはどこにでも書き込む。おぼえたいセンテンス、単語。漢字。何か所か仲間からの単語の応援を受けたり、先生のサポートを受けたりして終えることができた。きっと文法的にはめちゃくちゃだっただろう。でも先生は間違いを恐れずにとおっしゃるので、これからもまたチャレンジしようと思う。金曜日の夕暮れ。夫のデイサービスからの車を待っている時写す。ところがその夕方から私はすごい疲労感と頭痛が少しあって夕食を用意した後熱っぽいので計ってみると8度5分を越していた。それから今朝のこの時間まで必要な時だけ起き上がり後はずっと寝ていた。勉強も全然しなかった。きっと今になって知恵熱が出たのだろうか今朝はとってもすっきりと目覚めまた平常どうりやっていけそう。
January 27, 2020
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1月24日(金)貝殻とエアープランツ昨日ちょっとの間テレビで、貝殻を拾いアートにする番組があっていた。私のやりたいことの一つなんだが、最近はそんな遊びもしていない。これは以前にもアップしたものであるが、あの時とは少し違う。ドイツの焼きものの人形と貝殻とガラス細工と小さなきれいな石。私のお気に入り。サービスを受けるのも大変。昨日は、忙しい日だったが時間の使い方はゆとりがあった。隔週で花架拳の日であったが、急に市役所から、介護度の査定のために訪問したいと何日か前に連絡があって、仕方なく時間を調整して夕方4時半からの訪問を受け入れ花架拳は休もうと思ったが、顔を出して1時間ばかりはできないことはないという思いでかける。それも午前中に夫の昼食を用意して10時半には出た。帰ってくる前に夕食の買い物をするのだがそれをすると遅くなるので先ず用事の前に買い物、それからコミュニティーセンタにいって4月からの英語教室の使い方の制度が変わるのでそのための書類を書き上げ事務員さんにみてもらいながら完成させる。そして丁度12時、花架拳のメンバーがセンターにやってきて、合流し呼吸法の動きとあと少しやって、理由を言って抜け出し家に帰ってきた。それから家の中の簡単な片付けや掃除をやり、夕食の準備をして、市役所からの来訪を待つ。時間通り訪問。夫もきちんとさせて迎えいろんな質問や、動きなどをチェックされ5時には終わった。30分の昼寝も勿論しないと、1時2時頃には起きるので・・・。予定を先取り先取りしてやっていくと、なんだか時間の流れをうまく泳ぎ切ったような感覚を持った。歩く時はそれほどいたくない腰が家の中では、特に台所仕事がたまらなく痛い左腰である。老いの日々も超忙しい。ブログの準備もできないで今真夜中。もうすぐ丑三つ時に書いている。仏教の言葉・暦よりわが心よければ往生すべしと思うべからずYou should not think thatyou deserve to attain birthbucause you are good.ローマ教皇フランシスコの言葉たとえあなたが忘れてもあなたが神を求めず忘れても、神は常にあなたを求め愛します。仮にあなたが才能を無駄に消耗している気がして悩んでいても、神は必ずあなたのことを見てくれています。Gad searches for you, even if you don't search for Him.God loves you, even if you have forgotten Him.God looks for beauty in you, even if you think you haveuselessly squandered all your talents.
January 24, 2020
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1月22日(水)SuiRen(水蓮)竜馬が通ったという昔のままの道幅、仲通りにある。SuiRenという靴・雑貨・アクセサリーの店。長男のお嫁さんから先週電話がかかっていた。誕生日のお祝いに「私がこの前履いていた靴はどうかしら?」と。やっとスケジュールがあって昨日火曜日、眼科で右眼を洗ってもらった後市民会館前の花時計で待ち合わせした。うきうきと嫁さんと話しながら水ぬるむ中島川の石橋を渡った。私は彼女が我が家に来た時はいていた靴をおぼえていた、斜めにベルトが付いてつま先がちょっと上がった靴を一目見て「あらいいねー」とほめていた。歩きやすくて濡れても大丈夫、そしてすこしクッションもあってとっても歩きやすいと。彼女の靴は赤に近い臙脂色だった。私は最初同じ形の黒いのを買うことに決めて、もう紙袋に入れてもらっていたが、後で見た短いブーツがとってもよさそうに見え、試着してみた。店内を歩いてみると窮屈でもないのに足にフィットして歩きやすい。それにくしゃくしゃとした靴の前の表情もいい。黒い靴も欲しかったけど、今の季節に合うこの靴に代えた。オーナーの勧めで嫁さんは二足とも買ってあげそうな様子だったが、そこまでは甘えてはいけない。二足一度には履けないもの。でもいつか自分で買っちゃおうなんて思った。これに代えてもらった。ああうれしい。これを履いてまた元気よくグローバルイングリッシュスクールに通おう。昨日までの暗かった気持ちがすっきり晴れ上がり、まるで今日のお天気のよう。嫁さんは帰りにすぐ近くで「中華まんじゅう」をお父さんのお昼にと買ってくれた。間口1間の小さなお店。売り子さんは明らかに中国の人の日本語。とっても美人。写真に撮ってもいいということで喜んで写そうとしたら、電池切れだった。残念無念。水蓮のオーナー、素敵ないでたち。靴も自分のお店の品。そしてご主人は陶芸家。その作品も売り物として並べてあり中々個人経営のお店として魅力いっぱい。もうここのお店にはまりそう。よかったら主人の作品も写してくださいと・・・。このお皿には我が家の料理が似合いそう。ちょっと深みもあっていいなあ。わあ―これもいいなあ。紅いお花が何とも言えない。この棚にも私の好きな形の靴が・・・。みな一品一品が手作りで心がこもった靴の姿と色。履く人の心地よさまで計算されている。しかも雨もOKとは。丁度このお店のお得意さんが入ってきて、「先日バス旅行に参加したとき雨に会ってお友達は靴の中までずぶぬれと言っていたけど、私の靴はどうもなかった」と話されていた。それがこの短ブーツだった。そしてそして、私がバレーシューズみたいな嫁さんが履いている靴を買ってもらうなら私もスカートもはいてみようかなと言った。嫁さんはそれを、息子に告げたらしく「スカートも買ってあげて」と言ったという。私はその言葉だけで最高にうれしかった。夫婦で親孝行してくれる長男夫婦、心からありがたいと思う。お店でも二人の会話を聞きつつ、オーナの奥さんは「まあ姑さんとお嫁さんですか」仲がいいですねーと何度もほめてくださった。今度仲通り商店街探訪を企画しようかなあ。先日の眼鏡のお店もこの通りにある。小さくて味のあるお店が並んでいる。こんなお店にも中に入ってみてみたいものだ。帰り道の途中で、カレー姫(嫁さん)がバックからもう一つのプレゼント。まあまあ、なんとうれしい、ガーゼの襟巻。最近は首回りが寒い。ちょうど手頃のスカーフが無くて我慢していたが、色も長さも、大きさもちょうどいい。重ね重ねに心のこもったプレゼント、本当にありがとう。セロハンの袋から出したばかりで撮影したので皺が入っているけど。教室に行く時首に巻いて行こう。靴も新品で今朝の授業が楽しみでワクワク。でも水曜日雨だとちょっと下ろしたくないなあ。抱いて行こうかしら市民会館の前の大樹に沢山の鳥(ヒヨだろうか)が集まって騒いでいた。そのままであるが・・・雨の後晴れてさへづり大樹かな春節祭丸太の如き鯉の舞ふ春節の近づく川面の水澄みぬ中華万売り手は中国訛りなり枝だけのイチョウ大木色気なし春来たり靴に合わせてスカートをスカートも履いてみたやな春の道(ちなみに、決っしておねだりしているのではありませんよ。)
January 22, 2020
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1月20日(月)哀しい落ち椿艶やかな美しさの後は樹下に落ちて後は茶色になって腐っていくだけ。それでもつややかな日があったのならいいのだけど。もう落ちる寸前。冬の雨に濡れている。今日はすっかり勉強する気をなくした私はこの椿に己を重ね合わせている。どうしたのと猫が寄って来る。何でもないよ、心配しないで。私は起き上がりこぼしなんだから明日にはまた起き上がるでしょう。アホちゃいまんねん、パーでんねん。昔こんな言葉がはやったっけ。張りぼてでもいいからこんなに美しく翅を広げてみたいものだ。街はもうランタン祭りの用意がすっかり出来上がっている。フランシスコ教皇の日めくりより悩まなくなるコツはこれ自由は、つつましさの中にこそ宿ります。謙虚に自分の小ささを自覚すれば、余計なことで悩むことはなくなり、見栄を張ることから逃れられ、成功だけにこだわる必要もなくなります。Smallness is freedom. One who is small, in the Gospel sense,is unencombered and free from any urge toshow off, and from any claim to success.仏教の言葉も、キリスト教の言葉もよく理解できない私は救われることはないなあ~。
January 20, 2020
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1月17日(金)藪椿の思い出。これはご近所の庭先に植えてあるもの。五島にはたくさんの藪椿が自生していて、この花の種が硬い皮を破って弾けるころには、島の女性たちが山に入り、椿の木に登って、その実を採集し種から油を搾る専門の業者に送って椿油を受け取る。黄金色した美しい油である。私が生まれ育ったところでは、そんな油など知らなかったので、島に結婚してから、台所の隅に置いてあった一升瓶の油を贅沢に使って天ぷらを揚げた。ところがそれを聞いた義姉から「まあ、なんてことをもったいなか」と叱られた。もう後の祭りだった。そのてんぷらの味は憶えていない。「やぶつばき」という歌集。久賀島の暮らしの中で出会った三人が短歌を学び始め、別れる時歌集を作った。今我が家に暮らすしじみさんと私ともう一人小学校の先生の奥様と三人で毎週歌会をして歌を批評し合った。しじみさんは主導的役割だった。あの頃のことも懐かしく思い出される。私はその後の暮らしの中で色々とあり短歌をやめた。でもしじみさんはずっと続け、今では新聞の短歌欄の選者となっている。最近は随筆も何かの応募で2位の賞を受けたと言っていた。感性豊かでロマンがある。私の自慢の友達である。アクロバットの猫。毛づくろう猫の肉球に冬日差す冬の日を待ちかね猫は屋根の上猫はよく屋根を使う。冬の朝は真っ先に太陽が当たる場所を陣取りひなたぼっこをしながら毛づくろいをしている。坂の家並みだから屋根の上の猫でも同じ目線で写したりできるのだ。新幹線の線路高架とホームは出来上がりつつあり、新しくなる長崎駅のパネルなどもあちこちで見かけるようになったが、まだ、その線路幅が決まってはいない。一体どう決着がつくのだろう。たくちゃんのブログで見る札幌の駅舎と比べると・・・・安っぽいなあ~。まあ九州の端っこの終点駅だし仕方ないかー。もう少しましなものを、情緒あるものを期待してしていたのだが・・・。干し柿がぶら下がりそうな屋根についた物干し場みたい。仏教の言葉人間は死を抱いて生まれ死を抱えて成長するWe humann being are born with death,and grow up dying in ourselves.念仏とは自己を発見することである。The Nenbutsu enables us to discover ourselves.生のみが我らにあらず死もまた我らなりIt isn't life alone that makes up what we are.Death also is part of us.
January 17, 2020
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1月15日(水)14日は誕生日だった。友人しじみさんが、お祝いを言ってくれたので「もう年が増えるのはあまりめでたくない」と言ったら「そんなことを言うものではないよ、あなたの命が始まった日なのだから」とお坊さんの資格を取った友が諭してくれた。 ああそうだなあと素直に納得した。この世に人として生まれ、そして幼い時に一度命の危機があり、そこで死なずに生きてきた78年め。今は亡き母に父に、祖母に叔母たちにおおいに感謝をしなければならない。今日は改めて古い写真を見ながら命をありがとうございました。懸命に生きてきました。もう少し、あと一回りは生きさせてくださいとお願いしようと思う。 ブログのお友達から誕生日の前夜花キューピットで盛花が届いた。全く思いもよらないプレゼントでびっくりして嬉しかった。「さらに素敵な1年にして下さい」とカードが添えてあった。心込めてこの年を一日一日を頑張り素敵な1年にしたい改めて思った。ああきれい。かわいい穏やかなピンク色でまとまった花かご大好き。(⋈◍>◡<◍)。✧♡こういうのを眺めているだけで心がうっとりするのは、私もまだ若いってことかな。これらの花色のように美しい女性になろう。この花を送ってくださった方は東京の人でしかも若い頃英語を話す男性が恋人だったこともあり、かなり英語にくわしく、お出来になる。そこで今朝は思い切って外国人になったつもりで、英語で朝の挨拶をして、喜びを伝えた。一気に言った。一瞬その方が話を遮らなかった。そしてあとで外国の人からかかってきたのかと思ったと言ってくださってうれしかった。このビンの中の薔薇は、もう何年前か、長男の嫁さんが花束を持ってきてくれてそのバラをドライにして、密封瓶を買ってシリカゲルを下に入れて、今日までまだ捨てられないでいる。可愛く小さな土鈴を11個並べている。ネズミは今年の主役だから仏壇に。後残りの11匹が前後になりながら並んでいる。これはいつか姪が送ってくれたもの。時折はチリチリ鳴らす小さき音 命はかくにはかなく哀しフランシスコ教皇の日めくりより。私はこのフランシスコ教皇さまの表情が大好き。お茶目でもあり、心からの笑顔そして優しい滋味あふれる瞳。生きることの儚さを感じて、愛の道を選びなさい。そうすれば真の喜びを見だすことでしょう。If we return to the Lord with our frailties,if we take the way of love, we will embrace the life never fades. And we will experience joy.
January 15, 2020
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1月13日(月)グローバル・イングリッシュ・スクール先日11日土曜日は今年初のグローバル英語の最初の日だった。この日は昨年から宿題となっていた「新年の決意」という題で自分で作った英文を基に自分の言葉で下書きを見ないで発表するようにと言われていた。私は暮れごろから日本語で考えつつ、英語で作文を始めた。読み返すほどに、修正する事ばかり。あまり長くなく短くもなくまとまりがあるようにとおもいつつ仕上げ、いよいよ、1月1日から読みと口慣らしを始めた。日本語ではこんな内容。最近私はますます英語の能力が落ちている感じがする。それは英文を記憶すること、そして自分の持っている言葉で即席に作文する事。だから毎朝私は基本に戻り中1からの英文法の問題集を紐解き頑張っているけれど、さっぱり効果はない。また一方グローバルの仲間のお友達は、ぐんぐんとその力を上げ、話すのも上達していかれる。私はそれを見てうれしくもあり、またうらやましさもおおいに感じている。でもとにかく私だってこのグローバルの最初からの生徒であるのだから、とにかく進歩がしたいと可能な限り勉強している。たとえ激しい雨が降り強い風が吹こうとも私はギブアップしまいと。でも、あまりの情けなさに一時的にダウンすることはあっても、すぐに起き上がる。丁度”起き上がり小法師”のように。どうか私も一緒に連れてって。高い山へ登りたい。その高い山とは、日本語英語ではなくネィティブスピーカーの70%ぐらいの発音やリエゾン、イントネーションで読んだり話したりできるようになること。最後に付け加えます。ローマ教皇フランシスコの言葉を。人は挑戦するものを持ち、その苦難の道を歩む時、人生において至上の幸せを持っているということです。ありがとうございます、グローバル英語教室のS先生。ありがとうございます、私の仲間たちお一人お一人。今年もまたどうぞよろしくお願いします。そしてそして約10日間、記憶する練習。今までと違ってその間に私は紙なしで初めて言えるようになった。ところがところが、みんなの前に立つつと、もう言葉に詰まり次の出だしが出てこない。家ではそれを何回もやれたのに。自分に約束した通り一番に手を挙げたけど、その成果は惨めだった。夫は日ごろほとんど口を開かない。でも私はときどき英語学習の進展を話して聞かせている。そんな時は黙って聞いているのだが、その日の朝には「落ち着いて頑張ってきなさい」といい、帰ってから結果の惨めさを告げたら黙り込んでいた。きっと私と一緒に悲しんでくれたのだろう。午前中の授業が終わり、生徒仲間で連れだって帰るうちに食事に誘われた。娘が家にいた日なのでもちろんOK.今春、イギリスのオックスフォード地域にある語学学校へ2月間の語学留学をするR子さんと、クラスの中では超若い、独身のM子さんとランチをした。二人とも素晴らしい個性的なキャラクターで、自分自分の英語勉強を頑張っておられる。とっても楽しい話が弾み、2時間。もう授業のことは忘れ去っていた。本当に私は”self-righting dharma doll "起き上がり小法師
January 13, 2020
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1月10日(金)アメジストセージ観光客教会儀式の参列者行き交う大浦天主堂前ここの坂はいつ来ても上る人と下る人の混雑がある。天主堂の世界遺産、グラバー住宅の世界産業遺産と相次いで登録されてからはなおさらに人通りが絶えない。道脇の商店には、試食のカステラとか、中華菓子なども置かれ人々は語りながら食べながら歩いている。食べながら語りながらの坂道の脇にセージの紫匂う諏訪神社のミニ動物園。私のブログの表紙はもう一番最初にブログを開いた日からそのままにしている。それはこの孔雀はもういないからである。ここでの撮影だった。あれから一度新しい孔雀が入ったが、今はまたからっぽになっていた。ミーアキャット目を合わすミーアキャットの笑顔かなミーアキャットのコーナには土と岩で巣穴があって、そして暖房といっても赤い少し大きな電球がともっていてその下にきて体を置いてあたたまっている。上の穴には小さな子供も3匹ほど見得たり隠れたり。でもここには誰も見に来てはいない。毛の色が赤っぽく見えるのは大きな電球の色が反映している。幾たびも遠きふるさと探すようミ―ヤキャットは背伸びするかな中心の檻、お猿さんが10匹ぐらいいるところでは、子供たちの歓声が上がっていた。餌をお小遣いで買った子供たちが長い何かそのお菓子が届く棒があってそれをお目当てのサルが取ってくれると大喜び。1月6日は仕事始め。私はそのことをすっかり忘れていて、もうそろそろ神社は参拝客が少ないだろうと思って行ったところ、まだまだ。仕事始めでスーツ姿の人たちが集団でお祓いなどの順番を待っていた。そして続々と下からも階段を上がってくる行列。保育園の子供さんたちも。大晦日から正月三が日までは広い境内も人が埋め尽くし階段もいっぱいになる。長崎にもこんなに人がたくさんいるのかと驚くほどだ。冬になるとこの花が咲き私は特別の思いを待って写真を撮る。私に似ていると言ってくれた人がいたから。そう私はシャクヤクボタンなどではなくこの小さな花。球根で増え、昔は島の我が家の庭にプランター10個以上を並べていた。近所の人は私の名前をつけて00子花と呼んでくれていた。小さな椿の花県立図書館の入り口にある白い山茶花。しかも八重。その隣には記念碑がある。日本の西の端、長崎にもたくさんの有名な人たちがやってきている。ヘレンケラーさんもこの人も、そしてどこかで読んだ、ガリバー旅行記のガリバーもやってきたということを書いてある本もあった。クリスマスにはもちろん似合う花だが、お正月にも紅白で美しいペアー。寄せ植えが素晴らしい。仏教の言葉人も草木も虫も同じものは一つもない。同じでなくてみな光る。While people and plants and insects all differ,the Buddha's innner light shines forth in all.
January 10, 2020
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1月8日(水)7日の夜中一息寝て11時から書き始めた記事が1時間で終了しいざ、アップしようとしたら「ネットに接続されていません」と真っ白いページに変わってあれこれしても元の記事は出てこなかった。こんな時どうすればいいの?もう一度やるしかないのか。写真を頼りにもう一度・・・・。ああ忍耐忍耐。コミュニティーセンター館長の製作作品水の世界水の中の世界はどうしてこんなに美しいのだろう。小学生の頃故郷の海で泳いでいて海底を初めて見た時、何という美しさと感動した思い出がある。銭座コミュニティーセンタの館長さんが作られたアクアリュウムの世界。前回は赤い目高に真っ白のメダカがいたが今回は黒メダカ?水の世界の植栽も置かれた古木も美しく味がある。こんな風景を作るのはどんなに楽しい事だろう。幾十年メダカ育てる館長の瞳優しく大きな眼昨日片淵町を歩いていたら、大きなコンテナに金魚が飼われていた。これもきっと優しい男の仕業だなあと感じた。この金魚は7,8センチはある。我が英語教室のムッシュ坂本も館長からこの前飾られていた鉢をメダカと共にもらわれて育てておられる。もうメダカの赤ちゃんまで増えているそうだ。先日メガネを作ってもらったメガネ屋さんもいくつもメダカの水槽が置かれていて見事だった。長崎の男たちはこんなに優しいのに、世界の頂きの男たちは核戦争を匂わせている。西洋館の中の部屋。グラバー園にて。暖かき日差し差し込むその昔ここに異国の家族すむなり今昔の時は流れて変わりなく太陽のぬくさ部屋に満ちをり日本の近代化ここに生まれけむグラバー邸の応接間小さく(消える前の作品が出てこない。あの短歌の方がよかった・・・)オルト邸慶応元年(1865年)ごろに建てられた石造りの洋館。施工は大浦天主堂や旧グラバー住宅を手掛けた小山秀。天草の砂岩を基礎に使い、ベランダにはタスカン様式の列柱が並ぶ。かってこのベランダでイギリス領事官のパーティーが開催されたこともあった。この住宅はオルトが大阪へ移住した後リンガー家が暮らした時期があった。現在室内では旧オルト住宅で暮らしたリンガー一族の遺品を展示している。リンガー家の子供たちが遊んだドールハウス・人形。丘の上のにはきっと日本人の家はなく子供たちは友達もいなかったことだろう。人形は日本人形だ。私の想像では日本の器用な職人たちによってつくられ、寂しい子供たちにプレゼントされたのではないかと・・・。ピアノやオルガンがどの洋館にもある。フランシスコ教皇の言葉この世を美しくするもの女性はこの世界を美しくします。世界を守り、生き生きと保ちます。新生の恵みとすべてを包みこむ力、そして自らを捧げる勇気をもたらします。Women make the world beautiful, they protect itand keep it alive. They bring the grace of renewwal,the embrace of inclusion, and the courage to give of onself.
January 8, 2020
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1月6日(月)部屋の物が写り込んでよくわからない画像になっているがステレオワイヤレスヘッドフォーン線があるためにいくつも壊してきた夫のテレビ用ヘッドホーン。今回は次男から線に繋がっていないヘッドフォーンが次男とお嫁さんからのお正月プレゼントとして送ってきた。音もよく使いやすいそうだ。時代劇を見るためだけならモッタイナイかも・・・ありがとう。5日目のおせちはだんだん入れ物を小さくしてチンしたり詰め直したりの変身で食卓に。グラバー園を撮影に。土曜日4日は公民館へ2月分のグローバルの教室使用のお願いに行って支払いを済ませ、それからグラバー邸に久しぶりに行ってみた。春うららみたいないいお天気に誘われて。急こう配の歩く歩道・エスカレーターでは、写真もとらず、しっかりとつかまっていた。あの時は足は上へ持っていかれ体を壁にくっつけていたものだから、必然的に体が左下方へ倒れたのだった。痛い目にあうとその場所はトラウマになるようだ。あの時のショックを思い出した。そして電車とそれからバスに乗り我かえ家へたどり着いたのだった。痛みが増してきたので今度はタクシーで病院へ行った。あ~あ。あれはいつだったか。グラバー邸は工事中。もうそろそろ終わるかと思って遠くから見ていたがまだまだこれは秋までかかるかそれ以上かな。先ずは途中の童話館へと。ここで買った原書を翻訳して載せた「ラピネスさん」のお話が今もまだ売ってあった。今年から節約を心がけようと思っているので、買わなかった。とってもお高い。図書館にはまだ読んでいない童話の原書がいっぱいあるからそれを読もう。もうそろそろ、市立図書館2階の大人向けの洋書も読んでみたい。そう言えば一緒に英検2級を受けたお友達はそのころ赤ちゃんが生まれて負んぶしていたけど今年の年賀状では、母子が姉妹のように見える写真だった。その人は今年こそ「多読を頑張るつもりだ」と書いてあった。動く歩道を下りてから写す東側の風景。水色の屋根は海星高校だろう。グラバー邸撮影はもうこれで3回目だと思うので、できるだけ違った画面にしようと思ったけど、狭いところだしそれほど違いはないかもしれない。次回に写真を載せる予定。あれは何?私には初めて見る貴重な風景を撮影した。丘の上からのズームなので、何枚か写したがピントがよく合っていなかった。白くさざ波があるところに何か小魚の集団がいてそこにカモメたちがダイビングしていた。横でもう一人見ていたおじさんがこれは何か大きい魚から追われて(ブリか)水の中でもその魚たちから捕食されているだろうと話されたいた。集団の小さき魚は白き波立たせて跳ねる生死の際をイワシだろうか。上にはねても下にもぐっても・・・・。もっと花いっぱいにできないものだろうか。これくらいなら個人のお庭だって咲いている。冬薔薇海の生き死に見つめ居りやはり東側・赤い屋根は活水大学。手前の塔と長い屋根は世界遺産の大浦天主堂。園から見る水辺の森。旭大橋。補修工事中のグラバー邸。港を見下ろすホテルと急坂に建つ小さな家々。造船の陰りドックに船もなく寂しき令和新春の午後
January 6, 2020
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1月3日(金)元日まではとっても忙しかったが2日はゆっくりとお正月をした。午前中は箱根駅伝を見て過ごし、おせちの残りを片づけつつ日がな一日家の中で寝たり起きたりして過ごした。そして第1回の英語教室ですることになっている「今年の抱負」を英文で考えた。あまり長くなく、何も見ないで美しい発音でいえるように、やさしい単語を使い思いを込めた文ができた。本当は考えだけをまとめて、その場で即席に言おうと思ったがやはり書いてしまった。まあ自分の文章だから観光案内などと違っていいやすくはある。今年からペーパーなしの意見発表などますます要求されると思うので、しり込みせず頑張ってみようと思っている。どんなに恥をかこうがやるしかない。黄檗文化お正月特集で地元の新聞に黄檗文化の特集が組まれていた。その黄檗文化が中国の僧侶が建てた日本最古の唐寺が興福寺である。創建から400年。そのころ江戸幕府の統治が始まって間もない頃。長崎には中国から多くの商人らが来航し、数代の間に定住して唐通詞などになり重要な役人となったものもいた。そしてここ長崎で「黄檗文化」が花開いたのである。ピーターをご案内したあの寺、興福寺。11月末教皇様がいらっしゃった日、英語の先生から紹介されて、しばらく話したのち興福寺へ行きたいとおっしゃるので、雨激しく降る中だったのでタクシーでご案内したあのお寺だ。この案内板だけでのご紹介だったので、今回改めてご紹介しようと思った。中国から高僧の隠元禅師が招かれ日本で臨済宗の一派「黄檗宗」を開いた。仏教の教えと共に中国の最新文化を伝え、長崎から全国に普及。やがて黄檗文化として花開く。余り皆さんにはなじみがないと思うが、長崎ではよく聞く。長崎卓袱料理はこの宗派の普茶料理から発展したものらしく丸テーブルも上下の関係なくみんなが仲良く食事するという意図があるらしい。この他に木魚も黄檗僧侶がもたらし、他の宗派にも広まった。原稿用紙も今はそれほど使われないだろうが写経用のフォーマットで基本形式が起源。明朝体ー中国印刷用の字体。普茶料理(中国風の精進料理)そしてあのインゲン豆。胡麻豆腐、煎茶、などなど。今年の9月からバレンティナーさんが勤める歴史博物館で唐寺などに残る黄檗の書画などの展示があるそうだから是非見に行きたいと思う。黄檗僧らがもたらした文化は、江戸時代に繁栄する長崎の芸術文化が生まれる出発点であった。現在の住職松尾法道1950年、長崎市の興福寺庫裏で生まれ、16歳で米国留学。花園大学文学部仏教学科卒。黄檗宗台本山万福寺の修行道場に入道し25歳で興福寺第32代住職に就任。長崎市仏教連合会長。
January 3, 2020
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令和2年1月1日(水)明けましておめでとうございます。 お1人の方も多いブログのお友達ですが、でもそれぞれにお祝いの御膳を前に新しい年の始まりを寿いでいらっしゃることと思います。穏やかな新春を心よりお喜び申し上げます。お互いに元気で年を越えて新し年へと歩みだしましたね。昨年中は心温まるコメントもたくさんいただき励まされたり慰められたりしました。誠にありがとうございました。拙いブログでなかなかパソコン技術の進歩がない「老いてこそ勉強」ですが今年からは「老いない勉強」と改題しようかとも思っています。「勉強するほどに若返る」などもいいでしょうか。本年もどうぞよろしくお付き合いいただきますようお願い申し上げます。昨年は脊柱管の手術やらで年の半ばから少々弱りましたが年の終わりにかけて元気になって体重も元に戻ろうとしています。主治医からは体重を増やさないようにと強く注意を受けています。30日にはお嫁さんカレー姫の実家からこんな海の幸・お母さん手作りの超美味しいかまぼこなどのお福分けをいただき感謝で一杯。お嫁さんは魚はそれほど好きでではなく私にたくさん持ってきてくれるので。感謝感激。昨夜は年に一度の刺身腹いっぱいを試みましたが、もうそれほどは食べられなくなっていて、少々さみしさを感じた次第です。年の晩は長男夫婦がやってきて家族5人で祝宴です。31日がお正月。今年はおせち注文はしないでどうにかこんな風に。これ以外に娘の料理、鶏のから揚げやら筑前煮、お刺身などが付き、サラダをアレンジしてくれます。この盛り付けもやってくれました。50歳にもなると私は何でもできると鼻息が荒いです。
January 1, 2020
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