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3月31日(水)私の観葉植物が私より大きく育って、ついに花芽が出てきていま花が開き始めた、花の下には透き通った蜜みたいなものがついていて、昆虫をおびき寄せようとしているようだ。アリが来ませんようにと願っている。花の蕾が固まった根元に透明の水玉が付いている。最近は神経を集中しないと、なんでも忘却の彼方へ行ってしまう。写真も10枚ぐらいは溜っているかなあと、思ってパソコンに入れてみた所100枚近く入っていた。それだけ花が一杯咲いていて、記憶にも残らないほどあちこちでパチパチ写真を撮っているようだ。パソコンにずらりと並んだ写真を見つつ、それをどこで写したかはまだまだよく思い出せる。それさへこれ誰が撮ったなんて思うようになったら私もお終いだな。眼鏡橋付近の川の中も色とりどりの鯉があちこちにグルーだったり、二匹連れだったりして気持ちよさそうに泳いでいた。(3月30日撮影)そして、長く空き家になっていたお宅に若い?――そうでもないようなお二人が住みつかれてそのうちにお子さんができたようで、小さめのこいのぼりが一そろい揚げられていてうれしかった。お名前もお顔もまだはっきり知らなけど・・・。おめでとうございます。先日のお昼ご飯。桜飯とか言うのがコープにあって。炊き立ての白いご飯にただ混ぜるだけ。ほんのりと桜の葉の香そして梅紫蘇の香が混じっておいしかった。最近は名前のつけ難いものをかなり作るようになった。忘れたわけではなく残り物を再利用してオムレツ風にしたものと、赤タマネギと赤キャベツのマリネ風。これは保存食として作っておいたもの。この時期の「ジャスミン」の蕾もまたいいものだ。なんだか勇気がリンリンとわいてくるような。少し開き始めた花は白く蕾と白い花が競うようにして香りの花束となる。ジャスミンの蕾のとんがり赤々と我も我もと勢いのあり茉莉花の蕾燃え立ち空を突く二人の友人を想う俳句の先生はいかがなさっているのか、思われて仕方ない。「魑魅魍魎」最近はアップがない。淋しい限りである。しじみさん頑張れ!わが友も手術となるかジャスミン花匂うごとひたむきな心花と咲き島の狭庭にまた戻りこよ
March 31, 2021
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3月29日(月)シャクナゲツツジの仲間。ロドレンドロンとも呼ぶ。「赤い木の花」という意味のギリシャ語から来ているという。石楠花類は中国西南部からヒマラヤに数多く野生が見られる。ネパールの国花。セイヨウシャクナゲはヨーロッパアメリカで作り出された。花言葉は「威厳}ご近所の一人暮らしのお婆さんの家の階段下に出して道行く人を楽しませてくださる。私もバラやダリアやほかの花々もよくうつさせていただきここにアップしている。シャクナゲの鉢は歩道に降ろされて花咲く時を待ちて半月最近の読書事情。私が今読んでいる「心の音読」。原本著者はディール・カーネギー。あのカーネギーホールを作った実業家のカーネギーさんかと思っていたがそのカーネギーさんとは違っていた。そしてその中から引用して「心の音読」を編集なさったのは名文で味わう英語の美しさと副題して書かれたのが斎藤兆史さん。日本人のための英語学習教材として味わい深いお話をまとめられている。読解・聴解・翻訳学習、その他多様な学習の教材として、その効果的な使い方まで書かれていて、グローバルの学習の合間にぼちぼちと一話ずつこなしていこうと思う。いままだ2話までしか進んでいないが。それからカズオイシグロさんのノーベル賞後の初の小説「KLARA AND SUN」は両方を読み合わせつつ進んでいたが、30ページも行かないうちに、もうまどろこしくなって、翻訳文の方で最後まで読んでしまった。そして読書家でもある高校時代の友人に、回した。つまりカンニングしないためでもある。その後は英文原書を…でも読みだすと止まらないのだが、他の勉強もあるので急がないで読んでいっている。もう一度読んだあらすじだし時々辞書を引く程度でどんどん読み進められる。浅い川を流れる色づいた葉っぱ。何の葉っぱだろうか?水草の緑と流れゆく葉っぱの色合いが美しい。病葉と言えど美し 川に生ふ春水草の緑輝きDale Breckenridge Carnegle(デール・ブリッケンジ・カーネギー)アメリカの作家で今日しにして、自己開発、セールス、企業トレーニング、スピーチおよび対人スキルに関する各種コースの開発者。ミズリー州の貧しい農家に生まれ、今日でも支持の高いベストセラー「人を動かす」1936年、「道は開ける」1948年.の作家。デール・カーネギーは1888年ミズリー州にうまれ1910年まで生存。貧しい農家だったので、毎朝3時起きで牛の乳しぼりを手伝いながら州立教員養成大学で学び、大学卒業後最初に着いた仕事は、牧場主に通信教育を販売する仕事だった。その後ベーコン、石鹸ラードなどの販売で成功し、貯金が500ドルに達した1911年講演会の講師になるという長年の夢をかなえるため販売職を退職し、YMCAで教室を開き大成功して、名物教師、啓蒙書作家となった。
March 29, 2021
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3月26日(金)長崎名物・アイスクリン。眼鏡橋近く。3月23日に撮影した分。ワ~もう300円になっている!水曜日は朝からいつもバタバタ。朝食の後始末やら終わらぬうちに夫の身支度があり、私は台所を片づけたり、洗濯物を干したりすることに夢中になっていると、夫の身支度が遅くなってしまう。そしてやっと8時20分に家を出て坂を上り、30分に来るバスにのる。教室の近くのバス停には15分ほどで着き、教室の机椅子の準備をする。今はコロナのせいもあって、バスが間引きされ1時間に1本しかない。帰りのバスも11時台には間に合わないので12時15分頃来るバスに乗って家に帰り着く。夫はすでに半日のリハビリ運動を済ませて帰っている。急いで昼食を用意し、私はベッドへ倒れ込む。何しろ今朝起きてから12時間以上たっているのだから無理もない。でも30分で目が覚めコープがやってくる。玄関の荷物の山の始末を終え、ヤットほっとする。だから1週間の山場は先ず水曜日。そして最後の山は土曜日。その合間には買い物とブログの写真撮影。間に月に3回は夫の診察やら自分のやら。花架拳はコロナ休みの後最近疲れやすい自分の体力を考えて惜しかったがやめた。老化はじわじわとやってくるというより、がたんとまとめてくるとか・・・。おっそろしか~!それでも英語勉強はまだまだ続けたい。風そよぐ柳新芽のゆらゆらと中島川の春を踊るや木曜日はゆっくるする日で午前はブログやら読書。午後は友人から借りた「黄昏」を観た。ところが老人の英語と言っては失礼だが、その世代の英語はやはり違うのかとても聞き取りにくかったが若い人が出て来てからは耳もなれてきたのか、英語だけで観終わった。ほとんど分かったがちょっと込み入ったところはまだまだはっきり理解できないところがあった。Gift from the Sea海からの贈りもの第6章「アオイガイ」(タコガイ)の最終部より。Anne Morrow Lindberghアン・モロー・リンドバーク落合恵子訳(前回分も)断続性ーーーどうしても人間がまなぶことができない教訓。どうしたら人生が引き潮にある時に生きて行けるだろうか。波に乗れないときにどうしたらいいのだろうか。潮が引いて行く時間の海は美しい。それは、前回満ちたときの位置を示すかのようにもじゃもじゃに張り付いた黒ずんだ海藻のところまで到達しようとして、侵略者のような波が海紅打つつける満ち潮の時の海と同じりに美しいものだ。おそらくこれが、海辺の生活をおもいおこさせてくれる一番大事な琴だろうと思う。潮の満ち引き、寄せては返す波の動き、そして人間関係の波がすべて理に適っているということ。とすると、私の貝はどのような存在だろうか。かき集めてぽけっとに入れられる貝は、そこに収まったまま、ただ海が永遠に満ち引きを繰り返すことをおしえてくれるものなのだろう。In termittency--an impossible lesson for human beingsto learn. How can one learn to live through the ebb -tides of one's existence ? How can one learn to takethe trough of the wave?So beautiful is the still hour of the sea's withdrawal,as beautiful as the sea's return when the encroachingwaves pound up the beach, pressing to reach those dark rumpled chains of seaweed which mark the last high tide.Perhaps this is the most important thing for me totake back from beach-living: simply the memory thateach cycle of the tide is valid; each cycle of the wave is valid; each cycle of a relationship is valid. And myshells? I can sweep them all into my pocket. Theyare only there to remind me that the sea recedes andreturns eternally.感情や人間関係の「真実の生活」もまた断続的なものである。The "veritable life" of our emotions andour relationships also intermittent.
March 26, 2021
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3月24日(水)立山公園の桜満開春爛漫かすむ大気はわが心 野も山も覆う悲しき思い表紙としていた孔雀の写真、このブログを始めた4年まえからずっと厭かずににつかってきた。諏訪神社のミニ動物園に1匹いたものだった。その後まもなくそのクジャクは居なくなったが、その羽の模様の見事さにずっと愛しんできたのだが、その日の朝にきいた友からのあるお報せにショックを受けてどうしようもない悲しさとやるせない思いが湧いてそのクジャクさんに退陣願った。願いと祈りを込めてこの貝殻が私に語り掛けてくれるようにこの写真を表紙とした。最近物事は次にやってくることとなんだか結びついていることが多いと感じる。それはその時には気が付かないが、後になって私の心に深く語り掛けるものとなる。あのリンドバークの奥さんである、アン・モロー・リンドバークのエッセーが取り上げられた「心の音読」という本を一目見てすぐに買ったのだが、その中にあった文章が今私に切々と語りかけてくる。世の出来事、物事は決してずっと続くものではないのだよと。それでもっと深くこの文章に親しむために、わが心とするためにこの英文を和訳の力も借りつつしっかりと考えつつ読もうと思う。私はこのひとの文章をやけになんかとっつきが悪いと感じていたが今は読めば読むほどに冷静な判断と人の世の真実と、生きとし生けるものの悲しさがひしひしと私の胸を打つ。青空と桜満開それさへもわが心音は泣くばかりなり感情や人間関係の「真実の生活」もまた断続的なものである。誰かを愛したとしても、四六時中、まったく同じように愛しているわけではない。そんなことは無理な相談というものだ。愛していると思い込むのも嘘になる。それなのに、ほかならぬそのことを誰もが求めている。みんな人生、愛、人間関係にも満ち引きがあることを信じようとしない。潮が満ちる時はそれに飛びついておきながら、それが引きはしめると血相をかえて抵抗しようとする。引いた潮が二度と満ちてこないことを恐れている。永続、持続、継続にこだわるけれども、人生においても愛においても、継続性とは成長のなかに、流れの中にーーーそして、踊り手が、同一の形式のなかで組をしながら、お互いにはほとんど触れあうことなく自由に動き回っているというような意味での自由の中に、流れの中にーーー存在するものである。桜咲く下道赤きバイクにて背にしがみつき飛んでみたしよ唯一の真正な安定性は所有や要求、期待のなかには存在しない。人間関係の安定性は、なつかしい昔をふりかえても、期待と不安の入り交じった気持ちで未来を見つめても、そこに存在するものではない。それは現在の関係の中に、そしてそれをあるがままにうけいれたなかに存在するものである。The " veritable life " of our emotions and our relationships also is intermittent. When you love someone you do notlove them all the time, in exactly the same way, frommoment to moment. It is an imposibility. It is even a lieto pretend to. And yet this is exactly what most of demand.We have so little faith in the ebb and flow of life, of love, of relationships. We leap at the flow of the tide and resistin terror its ebb. We are afraid it will never return. Weinsist on permanency, on duration, on continuity; whenthe only continuity possible, in life as in love, is in growth,influidity---in freedom, in the sense that the dancers arefree, barely touching as they pass, but partners in the samepattern.桜木の下に人行く道あるか向かいの山にも桜満開The only real security is not in owning or possessing,not in demanding or expecting, not in hoping, even.Security in a relationship lise neither in looking back to what it was in nostalgia, not forward to what it mightbe in dread or anticipation,but living in the present rela-tionship and accepting it as it is now.満開の桜と木々の新芽とが春を歌えど覆う霞よ立山から写した南方面、龍馬像がある当たりの桜。金曜日も続きます。
March 24, 2021
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3月22日(月)浦上川沿いの桜。市民の寄付によりいろんな種類の桜が植えられている。先日19日に撮影に行ったら、三分の一がもう葉桜になっていて、あと三分の一が今開花中、そして残りが蕾の状態。同じような大木がずらりとならぶ桜並木は、この長崎では原爆のせいで見ることはない。この川は原爆の後、沢山の人が水を求めて川に下りそして重なって流されていった。先日の英語クラスで、今は休み中の会員がこの冊子を届けてくださった。内容を伝えながら、浦上川沿いの桜を写した写真を添えてお伝えしたいと思う。振り袖の少女の物語大島史子ちゃんは城山小学校のちかくに住んでいました。父は三菱製鋼所の技術者。福留美奈子ちゃんは父の仕事の都合で兄と一緒におじさん夫婦に預けられ大切に育てられていました。二人の死8月9日11時2分、長崎に原子爆弾が投下され、史子ちゃんはその1週間後なくなり美奈子ちゃんは10歳の誕生日に頭のケガで9日あとになくなりました。美奈子ちゃんのおばさんはみなこちゃんに振り袖を着せ、その顔に薄くお化粧をして火葬することにしました。その時史子ちゃんも火葬されようとしていたので史子ちゃんの亡骸にも振り袖を着せ、二人一緒に火葬しました。像を造った中学生たちの物語母志なさんと美奈子ちゃんの絵との出会い松添さんたちの努力で、美奈子ちゃんの母親志なさんは京都の綾部市に住んでいることがわかり、娘の絵とも出会うことができました。綾部中学の生徒たちと志なさんとの出会い志なさんは娘の亡くなった長崎ではないけれど、同じ被爆地広島に修学旅行に行く綾部中学の生徒に、折り鶴を託すようになりました。像を建てよう綾部中学の生徒たちは、志なさんの娘美奈子ちゃんの話を知り、像を造ってあげようと、募金活動を始めようとしました。しかしこれは学校で禁止されました。また像を造るには100万円かかることもわかりました。この事を知った大人たちは学校の外に活動の場を作ろうと「長崎に振り袖の少女像を造る会」を結成し、志なさんと中学生たちの夢の実現に向かって走り出しました。募金の輪は広がり、街頭で説明を聞いた人たちは惜しまずに募金をしてくれました。さらにテレビでも取り上げられ全国にしられることになり資金はクリアできました。今朝読んで、英文でも読んで(ついていたんだけど)ブログには載せませんでした。長くなりますので。でも記事としてとても今年の原爆記念日までは待てないと思いすぐの其の午前中に作成しました。上記のとうり活水高校平和学習部の編集小冊子をもとに・・・。綾部中学の生徒の皆さんにも、活水高校の生徒の皆さんにも大変感謝申し上げます。この振り袖の少女画像はもう何度も見ては来ましたがそのいわれは全然知りませんでした。そしてその像のある事も。早速そこを、原爆祈念館を訪れたいと思います。この像のつくられる前、私が20代頃に一回行ったきりです。
March 22, 2021
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3月19日(金)せわし気な黄色の蝶の翅開きその一瞬に我が指動くモンシロチョウやこの黄蝶などは、一時も止まっていず、ひらひらひらひらと舞う。だから滅多に撮影に成功したことがないが、タイミングがあって、この翅を広げて飛んでいるところをキャッチできた。26聖人の築山で。これも自然に椿が落ちていてこの配色で撮影ができた。人の手のいらざるままに彩りも落花も麗し春の野辺かな西坂小学校の桜(15日)もう今日は半分は開いているだろう。咲いた花はもちろんいいが、この蕾の時の色も大好き。幹の色もなんだか艶めいて薄紅の桜蕾にそう緑春は悲しきほどに美し聖人の血の色をしてマンサクの叫ぶがごとく枝のばしをり(26聖人殉教の丘にて)春愁や子等の声さへ蕾さへ哀しく映る我が眼かな西坂小でこれほどの子供のたちの姿を見たのは初めてのような気がする。これから統合される小学生が集まっているのであろうか。街中にある銭座小学校へみな通うようになる。子等の声元気に響きゲームするすぐに校舎はからっぽとなる人の花先月に登場頂いた美容師さんがわざわざ立ち寄ってくださった。感謝感激。ここにも精一杯に生きる人の花が咲いている。帯の結び方もお太鼓ではなく・・・何だったか忘れた。帯結び撫でやかにして緩やかで春の気配を語る背なかな八かけも桜色の縁取り表面に見えぬところも色合わせ日本の美は無口なりけり草履の鼻緒にも花模様。隅の隅まで心遣いがある和服、最高!着物の地の色も何とも言えない。浅緑ウグイス色か苗葉色大和の色の繊細にしてブログ友たくちゃんから頂いた本の活用。似た色の名を探してみた。「365日にっぽんのいろ図鑑」本がくたくたになるほど開けてみますねー。ありがとう!!!
March 19, 2021
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3月17日(水)カイドウ 美女の眠り蕾がほころびはじめたカイドウの木はとても華やかで、桜もいいけどでもこの桜の前に咲くカイドウの花をいつも私は心待ちにする。蕾の紅の濃さとそして花開いたときのこのピンクが何とも言えない。中国の絶世の美女、楊貴妃が朝眠りから覚めかけた時のほんのり紅をさした美しい顔を「海棠の眠りいまださめず」とたとえたとか。このことから睡花とも呼ぶ。このお宅の隣には猫たちが朝の日向ぼっこ。これは一家族?いいや隠れるようにして奥にいるのはよそのおこちゃま?上の海棠の花のお宅のおばあちゃんが、餌をやり、水もやりしていてでも外で育っている。「しまなび舎」県内外から五島市の県立奈留高校に進学する離島留学生をうけいれる学生寮。我が家族の故郷奈留島に個人病院の住居兼入院棟があったがそこが改造されておしゃれな離島留学生の学生寮が近くオープンすると地元の新聞に出ていた。全国の皆さんにも見てもらいたいと思った。島のわが家でもしじみさんがお世話して、一人の女の子が、希望の大学に合格したし、その英語特化1期生6人も全員大学進学が決まったという。なかなか引き受けるお宅も少なくなり、元役場に勤めておられた山口さんが会長となり「奈留しまなび協議会」を設立し、開設資金として1千万円余りのクラウドハンティングと寄付で改修工事をされたという。9部屋の個室と共有スペースなど。留学生の食事つくりや清掃係りなども島内で募集しているという。新年度に奈留高校への入学が決まっている留学生は12人。男子7名、女子5名で過去最多。寮には男子6名が入居予定。女の子は個人宅となるのだろう。ただ留学生の為だけでなく地元の子どもむけの学習塾や、高齢者や社会人を交えた交流拠点としての機能を持つ。ああ、私も島に暮らしているのなら、小学生たちに無料で英語を教えたいものだ。次回予告次回はあの美容師さんの和服姿。このブログを書いていたらピンポーンとなり彼女が笑顔で立っていた。すぐに写真を取り説明を受け金曜日19日に掲載予定。お楽しみに・・・。
March 17, 2021
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3月15日(月)グローバル英会話のクラスを終えてお昼過ぎに帰ってみると娘が在宅でこんなサンドイッチがテーブルに置いてあった。赤いのはトマト。夫はもうほとんど食べ終わっていて、私も手洗いやうがいを済ませて食卓に着いたが、これは全部は食べられなかった。昔なら食べたろうが今は少々胃袋がが小さくなっている。娘は最近はパン作りも初めて試作品を再々食べさせられる。粉が全粒粉なのか、なんだか小さなおならが出て・・・・困っている。娘自身は、夕方の1食だけ。健康に悪いよと言うけれど、もう聞く年ではないし、自分なりの理論を持ってやっているので私もそれ以上は口をダサいない。だから試食は私にまわってくるというわけ。この調子に載せられたら、私の体重が増えそうなので用心用心ご用心。今日は恐縮であるが娘の話題で…お許しください。コンセルジュの係りからある全国系列の病院に入って、その後勉強して医療事務の免許を取り、今は受付やお金を扱う仕事をしている。一度計算が合わなかったと遅くに帰ってきたり、また夜勤や土日出勤のことも再々。職場の皆さんとも仲良しになり職場環境はとても素晴らしいらしいが何と、今回初めてのコロナワクチン接種を病院内で一番に指名されたとか。このブログの記事が出る日にあるらしく何時までに電話がなければアナキラキシー症候群にはならなかったと思って、なんて言われてギョ!!「あんたが元気もんだから先ず試してみるんじゃないの?」1年間毎月受付の窓口に娘が勝手に書いた案内のイラストらしい。そんな大病院でそんなことしていいのかい?自分のデザインでよくマンガチックな物を書く。私はそんなものは描けない。これはコロナウイルスでなくインフルエンザのウイルスだというが???ウイルスがマスクをしてる―――。丸っこい文字で字も下手だが狸絵の先生からはその下手くそなところが気に入られて、手ぬぐいの絵に文字を書いたこともある。もうやめときなさいよ!これなら雨の日も楽しそう。子供さんが喜びそうな。この蟹はなんで?ああそうか天の川・・・だから?川にはカニがいるもんね。私にはその発想は浮かばない。1年の役目を終えたこのスケッチブックを持ち帰り盛んに自画自賛していた。結局母娘と言えども全然違った性格でありセンスであり、風貌である。
March 15, 2021
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3月12日(金)努力を重ねただけ結果は応えてくれるはず !NEWWORD 成功 達成LUCKY MOTIF 桜の花桜の花の傍には2つの小物入れ・そこには桜貝。(ブログ友から送られてきたヴァレンタインデーのチョコには上の言葉が添えてあったあった。何という心遣い)ベッド横の棚にはラッキーモチーフの桜の花の造花を飾り、読みかけのカズオ・イシグロさんの「クララとお日さま」の原書と和訳を置き午後は転覆病になって本を少しづつ読んでいる。そしてその横には時短・爆安 神レシピの本を置いて、一回に2個のづつのレシピを作って見ることにして、買い物メモに書き入れている。木曜は朝一で夫のMRI。その後行きそびれていた散髪をしにバスで連れてゆき、その間わたしは夕食の買い物をし100均で文房具を買いバス停に急ぐ。戻ったら、夫が理容店の方から歩いてきていた。そしてすぐにバスが来て乗り込んだ。今日は時間使いがぎりぎりセーフで満足だったが疲れ果てた。老々介護はExhausted2時45分:サイレント梵鐘が鳴り響き、私もパソコン入力をやめて両手をあわせ、お祈りをした。併せて今年の災害も大きなものが起こりませんようにただただお祈りをした。10年たってもまだまだ心の中はその時のままだろうと思う。私も長崎に再び住んで間もなくだったあの頃。テレビを見つつ体が震えとても寒かった。怖くて悲しかった。津波後の人の涙は押し寄せしあの波よりも高く切なし遥かよりブログの友の心使い今また届く我が欲しきもの今、北海道札幌のブロガーたくちゃんからの贈物。たくちゃんの楽天ブログ「きょうを有意義に過ごそう」のライターである。そこには毎日、川柳や4文字漢字やら超難しい漢字などが載せられるが、そのなかで異色の連載が続いている。それはこの「365日にっぽんの色図鑑」とっても興味深く私もそのうちに買おうと思っていた。添えられた文章も素晴らしくこれは一生ものの本になると・・・。そしたらブログを書き終えようとした時この本が届いた。かわいい小物たちもお伴にして。ありがとうございます。ああお礼の言いようがない。私は何のお愛想もないのに・・・。ありがとう。私の英語勉強暗唱についてもうこの年で英文を暗記するなど逆立ちしてもできない事・・とわかっていた。でも私は是非憶えていつの日かするすると人に説明できるまでになりたいと書き写したものをトイレの壁にべたべた。トイレに入るたびに右を見左を見して一度だけ読む。単にそれだけ。でもそれは丸1年は続いていた。するとある日いつの間にか口が覚えてくれて、他の事をしながらも口をついて出るようになった。しかし記憶というのは使わないとまたすぐに消えていくので今のところ一日に一度はその暗唱した英文をお唱えする。ところが先生はそんな丸暗記はいかんとおしゃる。私はもちろん心の中では日本語を考えつついっているのだが、でも口が勝手に確かに動いている。だから今度は、一年も時間かけないで即席で言うにはどうすればいいかと考えた。それは、先ずは日本語の流れを頭に描いて英作文していく方法。これは最初とつとつとして言っている自分自身にイライラする。でもそれをちょっと何回か我慢するうちに頭の中の和文と英作文が合体して・・・という試みを進行中。上の写真に写っている英文の手書きの上半分は先生のプリント丸写し。そして半ばからは自分の桜の花についての思いを書き加えてみた。するとこれは3月の最初にもらったプリントだし、まだ2週間たっていないがもうゆっくりながら紙なしで言えるようになってきた。もう少しこの努力を続けてみよう。其のうちに思うことがいきなり合体しながら英語の言葉となってでてきたらどんなにうれしいだろう。最近は独り言をぶつぶつと英語で言っている。私の書き加えた後半部分はこんなこと。私の一番好きな風景は、満開の桜の花のトンネルである。短くも桜の花びらはシャワーの如く降り散りそして大地に溝に厚く積もる。そのピンクの花びらは何処に落ちてもピンクに輝き何と愛しいことか。今日バスで立山の桜並木を通ったら何本か開いていた。そして向の山にも山桜が白くぽつぽつと見えた。
March 12, 2021
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3月10日(水)私の写真にしては色気がないと思われそうだが(いつも色だけはカラフルに)を心がけているが、今日はこの石垣。お寺さんの道路側にこんな、上りやすそうな広い石垣があって、昔の子供ならきっと登って遊んだことだろう。この写真ではそうは見えないがとってもゆっくりなカーブで今の私でも登れそうといつも思う。一度登ってみたいものだと・・・思わないことも無い。それこそ認知症のお婆さんが石垣をよじ登ってま~すと通報されそう。昔この石垣の下は海だったという。火曜日は歯の点検へ。去年八月に一回目の点検お知らせが来ていて、そのころはまだコロナもつぎつぎでいやそれは言い訳。ほんとうは歯医者さんには行きたくないという心があるから、先延ばしにしているうちに新年になって、またハガキが来たのでやっと予約して行ってきた。1年前の点検と変わりないというのでほっとした。一日3回歯磨きはしているのだがどうしても取れない部分もあって、やはり行ってよかったと思った。ガリガリキーンと少しはされて、でもとっても気持ちがよくなった。今度は9月。絶対に先延ばしにしないようにしよう。英語の発音指導を受けたりするとやはり自分の歯の白さが気になる。それについても質問して、まあ、年の関係もあるし、自然の色だからと。でもこれくらいならいい方だと先生からも言われた。歯磨きにも白くすると書いてあるけど、それほどの効果は期待しない方がいいと。そして女優さんたちのような白さの歯は特別のやり方で、費用もかなり高額らしい。おっそろし!金魚は2,3日食べさせないでも大丈夫と聞いたので餌をやっていない。すると今日は転覆から平常に戻り、私が行くと3匹が寄ってきて体をくっつけてご飯ご飯と催促する。もちょっと我慢しましょう。そして今朝は金魚たちに英語で話しかけることにした。これは名案だ。最近はテレビニュースで英語のスピーチ画面では、シャドーイングができるようになった。勿論内容も理解できる。まあたまには???もあるけれど。頑張ろう頑張ろう。でもドラマなどの話し言葉はこれまた早く難解。今の努力を続ければまだ伸びるとは思っている。信じるものは救われる!
March 10, 2021
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3月8日(月)大変転覆病!いいえ、私ではありません。夫でもありません。我が家の金魚のアカです。もう1月ぐらいからお腹を上に向けてパクパクやってます。そして今日は尻尾の先っちょが黒の金魚までまで・・。去年の暮ぐらいから、なんだか浮力に逆らえない感じで、でもがんばって向きを変えもぐったりしていたのだが、最近は朝の朝食の時ぐらいは起き上がって餌を食べるけど、またその後はこうやって浮かんでいる。時々金がやってきて体を押したりすると、また泳ぎだしたり。すると今日は少し様子がおかしかったクロまでもそうなった。この2匹は体型が達磨さんタイプでお腹が布袋さん以上に大きくなっていた。餌を控えているとまた普通になったり。もう一匹の金はもともと背が長くスマートだったのでいまのところ転覆はしていない。ああ三匹ともそうなってしまったらどうしよう。最近本を読んだり、英文を読んだりするとき私も転覆病。ベッドにあおむけになり、中に電気毛布があるので暖かく快適。姿はそのまま金魚そっくり!メダカの先生の話では、そうなったらなかなか治らないらしい。メダカはその点心配もなく去年頂いた赤いメダカ2匹とも元気だし、エビの2匹の打ち1匹は死んだけど、もう一匹は一人で頑張っている。春になったら新大工の野菜屋さんで売っている仲間を入れてやろうと思っている。スミレ色々。最近街のビルの横の少しの土にスミレが花をつけている。先日は道路の脇で今まで見たことがないスミレも見つけた。ほんの一株取ってきて(他に同じ種類もたくさん目を出していたので)夫の部屋の前のプランタに植えてやった。介護士さんから何を仕事にしているかと、聞かれるが一切何もしていない。だから目の前の鉢に近くのハゼランが飛んできてそれに水をやっていたので、これを唯一の仕事としてあげようと他の野生の花も植えこんであげた。野生として街中に生きるスミレも一株取ってきて植えてあげた。ヒヤシンスは去年の名残。お墓の細い通り道にも石の間からスミレが咲くがさすがお墓のものは遠慮した。右端にまだちゃんと根づいていない最初の薄紫のスミレも植えこんでいる。これは通り道のお宅のスミレ。見事だ。毎年拝見している。
March 8, 2021
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3月5日(金)最近は食糧のところだけをさささと回り、必要な食品を買いこんでまたさささとバス停まで行って人の少ないところで待ち、バスに乗り込んで帰って行く。そんな生活をしていたが、今日は書店へ登った。先日この本の事は新聞に載っていたが、長崎はいつ並ぶのだろうと思いながらもう忘れていた。すると入り口の一番の場所に、カズオ・イシグロさんのコーナーができていて、和訳本と原書が並べて置いてあった。私はどちらもページを開いてみたり、お値段を見てみたり、両方買うには5千円以上。また今度にしようと中に入っていきあれこれ見て、するとまた途中にもそんなコーナが作らていて、「早く買わんねえー」と催促されているようで、また手に取ったりした。その時、その大型店内で使えるサービス券がたまっていたことをおもいだした。500円券が5枚!、これで買おう。半額で買ったと思えば、両方買える。急に嬉しくなってすぐに2冊持ってレジへ行った。家に帰って夫に昼食を用意して、私はすぐに自分の部屋で読み始めた。和訳の方から。するとAIのロボットたちが何人も出てきて、ええ?どれがどれ?これが映像付きならそれはそれは面白かろうと思いつつ、読み進める。其のうちに今朝も1時起きだったので眠くなって寝てしまった。そして起きて、こんどは英文の方を読み進めた。難しい単語もなく普通の情景描写やAIたちの心の動きなどが書かれているが、イメージとしてどのロボットの言葉なのか、何人いるのか…ああ映像が欲しいと思った。まあこれからぼちぼちと勉強の後でご褒美として読んでいこうと思っている。文章は英検準一級の長文(科学的なことなど書かれたもの)よりよほど理解しやすい。わからない時は和訳があるのだから、いけると思う…ああうれしい。コロナが収まったら石黒さんも長崎を訪問したいといっておられるし、きっとサイン会などあるかなあー?なんてこと思いながらコロナが収まるころまでには読み終えたいと思っている。AIロボットと体の弱い少女との心の交流なんて、何かぞくぞくするお話だ。それにAIの名前はクララ。どんな心の交流が始まるのか・・・・。正連寺の掲示板・俳句仏教の教えの言葉もいいけれど、私はここの自由な俳句を読むのが楽しみ。群れでやって来るヒヨは本当に暴力的。キンカンなどもたちまちなくなってしまうのだから。ましてや花などはなおさら。しかも面白がって花を散らすように食いちぎって落とす。砲弾と言われて・・・そんあーと言っているかもしれない。春の歌人け無き畑に小花春の歌菜の花や歓喜の歌の大合唱春なのに連翹の花ひねくれて県警のモンサンミシェルに見えて春変化されキンギョソウ咲くうつむきて
March 5, 2021
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3月3日(水)トキワマンサク火曜日は眼科へ行く日で、このお宅の前を通る。このマンサクの木はまん丸くこの色に覆われてしまうほど咲くのだが去年強剪定されて、中心の大きな幹だけが残っていた。今年の春は咲くのだろうかといつも見てきたが、ほんの少し花をつけてくれた。今年は強剪定の年なんだろうか?近くの五社公園の大きな木々も夏には葉が生い茂り枝という枝に蝉がいて、耳をふさぐほどの大合唱だった。でもこの冬、ばさりと太い部分だけ残されて全部剪定されていた。今年の夏は小枝も何もないからセミたちは困ることだろう。バス通りの並木も強剪定。先日写した26聖人公園の大木もそうだったし、新大工の並木も。10年に一度ぐらいはこんな剪定がなされるのだろうか。ここはブログ友遼馬さんの懐かしいお饅頭やさん・・ですね。ついでに中島川の上流になるところを写した。ここで遼馬さんはメダカやフなと水遊びされたところだろう。最近10年私はここを写真に撮ってきたが、一度も子供たちがここで川遊びをしているところは見たことも無い。昔ならいい遊び場だったのだろうけど。水が汚いわけではない。下水はながされていないのだから、きれいな水が流れている。私は川遊びをよくしたので、こんな川があると必ず覗き込んでしばしたたづむ。新大工の商店街も最近は人通りが少ないが、やはりここは安い。花だって魚だって中心街や大きな商業施設で買い物するより、よっぽど安いし、ものが新鮮だ。私も最近なかなかここまで歩かなっくなったが、これから気候も良くなることだしここまで写真撮りつつ歩いてきて、新大工町で買い物をし帰りはバスで登ればいい。最近大きなマンションが、昔の高級料亭が取り壊された後にできた。それに商店街に面したところにも大きなマンションが建ったので、ここの商店街もまた少しは賑やかになる事だろう。この日は自宅から東へ歩き、長崎中学校を右手に見て西山寄りの道を下って、済生会病院のところへ出た。こんな風景を写した。川沿いにあった片淵中学が丘をけづった所に建てられ、昔のお城みたいな建築で。昔姉の家があった鳴滝へ登る時はここが左手上に見える。ピンク色のヘリポートがある病院は済生会。昔はこの辺が中学校だったはず。
March 3, 2021
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3月1日(月)貴重な時間が、この写真がだせないで30分以上過ぎ去った。そしてそれは再登録の催促の為。セキュリティをきつくしてくださるのだろうけどパソコンに弱い私は苦労する。でもどうにか再登録して書けるようになった。先日嫁さんからもらった花をドライにしていた。それをこんな風にデコして見た。いよいよ自粛が解けてセンターでの英語教室も始まる。私はこの2ヶ月の間を結構楽しんだ。それはYouTubeで勉強するというか遊ぶというか。何人かの英語指導も見てきたが、今はドクターDの指導に真剣に取り組んでいる。喉を開くことそしてもちろん腹式呼吸で息に乗せて喉を詰めないで力を入れないで英文を云う。なかなか難しいけど何度も見直して真似してやっている。この5歳くらいの女の子が歌う。他に妹が赤ちゃんも入れて二人。それからこれは遊びの部類に入ると思うが、その家族の素晴らしい親子愛。その中で交わされる英語の言葉。英語をあんなに早口できれいに発音し歌も大人並みの表現力で歌う姿には参ってしまう。そしてそして、日本でいう腹話術をする13,4さいぐらいの女の子。その人形たち歌う歌声はもう本物ですごい。何人もの人形を登場させ、それぞれに個性のある声を使い、オペラの歌い方まで。本人の演技力もすごい。アメリカでゴッドタレントで優勝して、いまや大スター。嫌みがなくかわいらしい。またトンチも良くて受け答えも並の成人以上。これらは見始めたら止まらない。2か月間を本当に楽しませてもらった。でも之ばかりに夢中になっていたわけではない。ブログでの勉強仲間に刺激されて私はまた記録簿を作った。やったことだけ書いていく。未明からの6時までと昼間の寝転んでタブレットを見る時間も入れると英語勉強は5,6時間にはなったと思う。墓じまいしたその場所に毎年この美しいラッパ水仙が咲く。春の訪れを待つかこの花が高く積まれた刈草の間から葉っぱを伸ばしてこんな美しい黄色の花を咲かせる。この日はあいにく雨が降っていたけどまけないで開き始めていた。
March 1, 2021
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