風の吹くまま 気の向くまま

風の吹くまま 気の向くまま

2005.11.14
XML
カテゴリ: 本棚
いのちの大切さを話すというのは、本当に、説得力を持って話す自信はありません。

自分自身が「死」ということで、一番覚えているのは、祖父の死。中学生のとき。
ある日の朝に、祖父が亡くなったことを知らされ、横たわって死んでいる姿を見た経験。
なぜかよくわからないけど、お葬式の準備などをしていて、いろいろ手伝えと言われたのがとても悲しくて、密かに泣いていました。
その後、母方の祖父や元上司の死にも巡り会いました。
同級生が亡くなってしまったことも・・・

子どもたちには、自分のいのちも人のいのちも大事にする人間になってほしい、という希望はあるけれど、
だけれども、「生きること」や「死」についての授業をする、というのは、今の自分には難しいかもしれません。
道徳の研究をしていても、おいそれとは語れない課題です。


そして、その授業を受けた生徒たちが、確実にいのちということを感じ取り変化していったことを読みました。

その先生の立場は、
「死は教えるものではなく、教師と生徒が一緒に学ぶもの」
確かにそうなのだなあと思いました。
また、
「教師がいかに心を砕き、方向性を示しても、生徒の側にそれを受け止めようとする姿勢がなければ、どんな授業も成立しない。(略)その温度差をどう埋めていくのか」 という筆者の言葉にも、考えさせられました。

それでも、いのちについて、自分も何かしらの実践をしてみたいなあと思わずにはいられませんでした。

「死」を子どもに教える





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2005.11.14 19:20:20
コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

キーワードサーチ

▼キーワード検索


© Rakuten Group, Inc.
X

Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: