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今日南アルプス市から写した雪を被った富士山朝勤めに出て回診のために廊下に出ると看護師や看護助手、理学療法士などが如何にも軽やかに歩いている。わが身を見ると背中を曲げてやっとの思いで歩いている。歯医者さんに行ったがまだ噛むことが出来ない。顎関節が痛くて口を開けたり、噛んだりできないのである。右の膝も痛い。それでも回診をこなし、病棟からの上申を受けて、発熱やむくみに対する指示を出して何とか仕事はしている。学会発表の準備も順調に進んでおり、頭を使ってやる仕事はきちんとできている。しかし体の方は歩くのが結構大変になってきたし、階段の上り下りも辛くなってきた。頭を使ってやることは十分なことが出来ているが、それをする体の方はあちこちガタがきており、ぼちぼち考えなくてはいけないかなと思っている。ここしばらく雨も雪も降らず富士山にも殆ど雪はなかったが今日見たら真っ白だった。2~3日前久しぶりに平地でまとまった雨が降ったので高地の富士山では雪になったのだなと思った。全てが雪で覆われている富士山もいいものだなと思った。心と体のアンバランスで悩んでいたが、全身雪に覆われた不動の富士山を見て、心を強く持ってもう少しの間、体をリードしていかなくてはと思った。
2026.02.28
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黄梅 妻が何十年か前に今は亡き書道の先生のご主人から頂いたもの今年も3月15日に山梨総合医学会があるので演題を発表することにして、今その準備をしている。演題名は「ウェルニッケ脳症にリハビリ介入して歩けるようになった2症例」である。お二人ともお酒が好きでおかずは殆ど食べないでお酒ばかり飲んでいた結果ある日突然足が立たなくなり歩けなくなってしまった。1881年にドイツの医師ウエルニッケによってビタミンB1欠乏によって意識障害、眼球運動障害、歩行障害の3徴候を示すウエルニッケ脳症を報告した。この2症例は食事を食べないでお酒ばかり飲んでいたのでビタミンB1が不足して急に歩けなくなるこの病気ではないかと思い、ビタミンB1を大量に投与されたが症状の改善がなく、リハビリを依頼されて当院に転入院してきた。当院でリハビリした結果1人は3週間で歩けるようになりもう一人は歩けるようになるのに3年かかった。お酒を好きなのもいいが他のものも食べないと栄養が偏り、歩けなくなることがあるので、酒はちびちびにして野菜やたんぱく質その他色々なものをバランスよく食べるようにしてもらいたいものである。
2026.02.25
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ツバキも咲いてきた昨日、天皇誕生日休日で3連休になってしまい、その間回診がなかったので普段以上に心を込めて回診しようと思った。脳梗塞後の方、骨折後の方、発熱している方、意識のない方、等様々だ。最近自分の体調があちこち悪く、歯のかみ合わせもまだ悪くて食事も良く食べられない。そんな人が患者さんの所を回って「具合はいかがですか」などと聞いて歩くのはおこがましいかなとも思った。しかし患者さんも私も体調の悪い所を抱えながら一生懸命生きている。患者さんは私が体調が悪いことは知らない。廻って来てくれるのを楽しみにして最も頼りにされていることも良く分かっている。いつも以上に明るく笑顔で対応することが大事なのだと思い直した。医師になったからには、自分の体調には関係なく患者さんのために尽くすことが当然のことで、今朝はそれを再確認した。
2026.02.24
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クリスマスローズ花の名前からクリスマスの頃咲く花かと思っていたら厳寒の2月に庭の片隅にひっそりと咲いていた。国によってはクリスマスの頃咲くところもあるのかもしれない。冬のオリンピックが終わった。日本選手の活躍はすさまじく歴代最高の24個のメダルを獲得した。スノーボードの大活躍からはじまり、ジャンプ、フィギアスケート、スピードスケート、大回転と選手はそれぞれのゲームで大活躍してハラハラドキドキで壮大なドラマを見ているようだった。中でもりくりゅうペアのフィギアペアではショートプログラム5位で一時はメダルに届かないかと思われたが、フリーで完璧な演技をして歴代最高得点を出し、大逆転で金メダルを獲得した。ペアでメダルを獲ったのは初めてでしかも金とは大したものである。ショートで失敗した木原龍一選手が泣き崩れて眠れないほど落ち込んでいたのを、三浦璃来(りく)選手が慰め、激励していたが、あれほど落ち込んでいた木原選手がフリーでよくパーフェクトの演技が出来たものだと感心した。普段の練習の賜物だと思うが、神が応援してくれたのかもしれないと思われた。他には惜しくもメダルに手の届かった選手もいたが、皆さんよく頑張ったと思う。また4年後を目指して経験者や新しい挑戦者達は技を磨いて大きな花を咲かせてもらいたいと思う。
2026.02.23
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シバザクラ庭を見たら枯葉の中にシバザクラが咲いていた。これから青い葉がでてそれから花が咲くのが順序だと思うが春を待ちわびた花が葉より先に咲き出したのだと思われる。幕末の頃には多くの有能な人物が出現して我が国の近代化に貢献してきたが、きょう午後4時過ぎにラジオを聴いていたら「歴史発見」の中で、近代化を目指す佐賀藩藩主鍋島直正に見出されて、近代化産業の基礎を築いた佐野常民について紹介していた。彼は医学を学んでいたが、藩の近代化産業の責任者に任じられ、産業革命を成し遂げた西洋を見習い、その技術を藩内で興して行くことを命じられた。。それには優秀な科学者や技術者を雇わなくてはならない。この人と目をつけた人には粘り強い交渉と思いやりの限りを尽くして自分の部署に招き入れて研究開発を行い、1865年には国産初の実用蒸汽船 凌風丸を建造している。彼の人柄の特徴は技術だけでなく、人を見る目の確かさと粘り強さがあり、けなされたり、反対されても、すごすごと引き下がらずに、誰に対しても公平で思いやりがあり、ことを成し遂げるためには自分の身命も投げ出してことに当たったとのことである。1867年にはパリ万博に佐賀藩代表として参加し、国際的な赤十字の理念に感銘を受け、1877年には敵味方を問わず救護する博愛社を設立して日本赤十字社の礎を築いた。明治政府では元老院議長、農商務大臣等を歴任して産業、医療、芸術分野で活躍したとのことである。当時は、骨のある根性の座った優秀な人材が次から次に出現していたが、佐野常民もそのうちの一人で、特にその人間性にひかれる所があり、尊敬できる日本人として顕彰していきたいと思った。
2026.02.22
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今日は土曜日だが出勤当番だったので午前中出勤して午後歯医者さんに行って来た。1週間前位から歯のかみ合わせが狂ってしまい顎が痛くなり、口が開けなくて固形物は食べられなくなってしまった。素人判断だが、以前低くなってしまった歯に対しその上にセメントみたいなものを貼り付けて高く調整してもらって普通に噛めていたがその盛り上げた部分がとれてしまって低くなり噛めなくなってしまったのではないかと推察した。今日も顎が痛くて朝も昼も殆ど食べられない状況だったので、今日歯医者さんに行っても顎の問題なので治らないかもしれないとも思っていた。受診の結果はやはり盛り上げた部分がはがれてかみ合わせ部分に大きな隙間が出ているとのことだった。「又盛り上げましょう」と言われたので、「こんんな辛い思いはあまりしたくないので貼り付けるのでなくその低い歯の型を取って新しい歯を作ってくれませんか」と言ったら、「型を取ったりして時間もかかるし大掛かりになるから今回も貼り付けて見ましょう」と言われて貼り付けてくれた。今度は高くなったので、噛めそうである。顎の問題だったが、噛んでみて顎も痛くなさそうだった。とりあえず今夜から物が食べられそうである。ものが食べられないのは辛いものである。今夜は食べられるかもしれないと思うと気分が明るくなった。一本の歯が高いか低いかでこれだけ体調が悪くなり精神的にも落ち込むものかと思った。
2026.02.21
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昨年11月7日に甲府で行われた認知症スキルアップ研修会で東京都立松沢病院の布村明彦先生が講演した内容が甲府市医師会報2月号に掲載されていた。2024年1月1日に施行された認知症基本法では、古い認知症観を新しい認知症観に変えるべきだと明記されていた。古い認知症観では、他人事で嫌なこと、厄介者で自分はならない。暗い、諦め、絶望的だが、新しい認知症観は、齢をとれば誰でもなることで、お互いさまで向き合っていく必要がある。その気で付き合ってみれば、明るく楽しく、希望が持てる状況とのことだ。嫌なもの、絶望的で排除すべきものと考えて付き合うのと、いつかは自分もそうなるのだと思って付き合うのとではかなり違ってくる。勿論、認知症の程度や種類によって症状は変ってくるので、一概に明るく楽しく希望が持てるとは言えないが、こちら側の理解が変ることによって、認知症患者とその介護者との関係がかなり変わってくると思われる。私は今リハビリ病院に勤めており、患者さんは殆ど90歳前後の高齢者だ。皆さん大なり小なり認知症の症状を有している。たまに大声で騒いだり、暴力的行為をする患者さんもいるが、殆どはおとなしくてかわいらしい。大半の患者さんはなついてくれて心の会話をしている。新しい認知症観が出来ていたことは知らなかったが、私は何年も前から新しい認知症観でお付き合いしてきたなと思った。
2026.02.19
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70歳代くらいまでは健康保険証を使うこともなく、病気らしい病気はほとんどしなくて多少無理をしても平気な状態だったが80歳を過ぎたら様々な症状で病院受診することが多くなり、逆さまつ毛で眼科、尿漏れで泌尿器科、臭いが分からなくなって耳鼻科、と言うようにいくつもの病院の受診カードが財布の中に入っているようになった。先日は胸痛で4日間入院してきた。そして今日は退院後の受診に行って来た。検査の結果かなり良くなっているとのことで少し安心したが今度は歯が欠けてかみ合わせが変って顎が痛くなり、物が噛めなくて食べられなくなった。まだ勤めているので土曜日まで歯医者さんに行けないので、流動物やおかゆでその日まで持たせようと思う。年とると次から次にどこかどうか悪くなり、大変だが、それは老人になれば避けられない事なので、それらと仲良く付き合っていこうと思っている。
2026.02.18
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今年も地域医療や住民の生活を支えている医師を表彰する赤ひげ大賞受賞者が発表された。例年高齢医師が選ばれることが多いが、今年は選ばれた5人の中に50歳の若い女性医師も含まれていた。その人は徳島県の循環器内科医師の前川裕子さんだ。15年前の東日本大震災の時には徳島県から岩手県宮古市に移住して被災地支援をしながら、24時間緊急対応可能な循環器診療の実現に尽力し、2023年には故郷の徳島県に戻り、県立病院に勤務しながら無医地区の診療所にも就き、地域住民への健康講和などにも力を注いだ。2024年の能登半島地震の際には被災地に駆けつけて住民の救済活動に当たってきた。平時にも災害時にも患者さんに寄り添う医療を実践してきたことが受賞対象になったとのことだが、素晴らしい女医さんがいたものだと思った。15年前と言えば前川さん35歳の時だが、災害が発生した時、いても立ってももいられなくなって被災地に駆けつけたのだと思うが、その同情心、使命感は凄いと思った。私はその時は既に70歳になっており、もう役立たないだろうと思って駆けつけなかったが、若くても行かなかったかもしれない。その時勤めていた病院を留守にすることになり、中々決心がつかなかっただろうと思うが、彼女は東日本の時だけでなく、能登半島の時も駆けつけており本当にすごい人だなと思った。
2026.02.16
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今、冬のオリンピックで日本選手が連日大活躍しているが選手の名前を見ると鍵山優真、佐藤駿、戸塚優斗、山田流聖、平野歩夢など優雅でスピードの出そうな名前が並んでおり、両親もオリンピックで活躍するような選手になってもらいたいと願ってつけたのではないかと思われ、実際にそのように育ててられた選手も紹介されていた。今回の衆議院選挙で中道勢力惨敗の要因が色々語られているが、私は最大の理由は、その「名称」にあったのではないかと思っている。「中道」という言葉は、仏教的には深い意味を持ち、極端に走らず調和を重んじる立場を示すものだが、一般の有権者にとっては、「中途半端」「どっちつかず」「当たり障りがない」といった印象を与えてしまったのではないかと思う。現代の政治においては、明確なメッセージや立場が求められており、少し過激な名称や主張の方が、メディアにも取り上げられやすく、有権者の記憶にも残りやすい傾向があるが、その点で「中道」は、どうしても印象が薄く、どうでもいい政党として、積極的に支持を集めるには至らなかったのではないかと思う。今後、中道勢力が再起を図るのであれば、以前の「立憲民主」と「公明」に一度分かれ、それぞれの立場や理念を明確にした上で、名称も含めて再検討する必要があると考える。今度徹底的な情報公開とゆるぎない民主主義、平和外交と現役世代の安心と未来世代の希望を政策に掲げている小川淳也氏が新しい代表になった。期待が持てる有能な人材と思われるが、現状の中道のままなら前途は厳しい。今の世は公然と戦争が行われ、地球温暖化にもそっぽを向いている指導者がいる世界である。世界平和を全面に掲げ、世界のリーダーシップを取っていくような気概で奮闘して頂きたいと願っている。
2026.02.15
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献杯の挨拶をと言われたので、「いつも野菜つくりの指導をしてもらっていてその作業終了後、お茶を飲みながら色々話をしてくれたが、奥さんが入院していた時担当してくれた看護師さんの名前とか工場で働いていた時の担当者の名前とか実によく覚えていて、私自身の記憶力はどんどん落ちているのに比べて素晴らしいと思ったことを話してその頭の良さにあやかりたいと思い献杯します」と挨拶した。80歳過ぎるといつ自分も告別式や法事をされる身になるか分からない状況になってきていることが感じられ、特に先日は心臓症状で数日間入院したので益々その感を深くしている。式で送る側と送られる側の区別が段々分からなくなりつつあるが、齢をとり段々その日が近づいている時の心境は教科書などにもあまり書いて無く、みなさんそれぞれどんな心境なのか分からない。でも確実に分かっていることがある。それは今どんな心境であろうともその日が来るまでは精一杯生きなければならないということである。老化により体のあちこちに故障が出てきた。耳も眼も悪くなってきた。今までできたことが段々でいなくなってきた。それは当たり前のことである。それでもわずかに残された能力を使って何とか生き抜かなければならないのである。身内や知り合いの告別式や法要に他人事のように参列するが、数日後には自分のことになるかも知れないのである。その日までの体力や精神を鍛えていかなければと思っている。
2026.02.14
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ジョン万次郎漂流記 (偕成社文庫) [ 井伏鱒二 ]価格:880円(税込、送料無料) (2026/2/12時点)楽天で購入日米文化の橋渡しをしたジョン万次郎は1827年1月1日に土佐清水市中浜で貧しい漁師の次男として生まれた。9歳の時父に死なれたあと家計を助けるために漁に出ていた。14歳の時遭難して無人島鳥島に漂着した。無人島生活143日後仲間と共にアメリカの捕鯨船、ジョン・ハウランド号に救出された。船長ホイットフィールドは万次郎を除く4人を安全と思われるハワイで降ろし、万次郎にはアメリカに一緒に行かないかと聞き、行ってもいですとなり、アメリカに渡りホイットフィールド船長の養子になり、学校に入れてもらって英語、数学、測量、航海術、造船技術などを学び、主席になるくらい優秀だった。卒業後は捕鯨船に乗り、数年の航海の後日本に帰国することを決意した。帰国資金を得るためゴールドラッシュで沸いていたカリフォルニアに渡り、金鉱で得た資金を持って、ハワイに残された漂流仲間の所に行って一緒に日本に向かって出航した。10年後の1851年(24歳の時)沖縄に上陸し、色々取り調べや審査を受けて、2年後に土佐に帰ることが出来た。土佐藩主山内容堂によって「漂客淡奇」「漂撰紀略」等の出版を奨励され、幕末志士達も目にして文明開化への足掛かりになったとされている。その後幕府に招聘されて幕府直参になり、1860年日米修好通商条約の通訳として随行員になった。1870年(明治3年)ニューヨーク訪問時恩人であるホイットフィールド船長と再会を果たし、帰国後、病に倒れて明治31年に71歳で死亡した。死因は脳溢血と言われている。数奇な運命をたどり、日米交流の礎になった人の伝記を読み、感銘を受けたので紹介させて頂いた。
2026.02.12
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コロナ以前はよく飲み会があったものである。しかしそれ以後5年間は殆ど飲み会と言うものはなくなった。長く勤めてくれていた医局の秘書が辞めてしばらく空席になっていたが今度新しく秘書が来てくれてその人の歓迎会を兼ねて新年会をやろうという話が持ち上がり、本日その宴会が行われた。宴会参加は6年ぶりであった。ほとんどのメンバーが久しぶりだ、久しぶりだと言って医局員全員と病棟のクラークさん全員が参加した。久しぶりだったからか凄く楽しかった。昨日のブログに患者さんの病状が悪くなると自分迄心身ともに落ち込むと書き、それでは良い対応はできない。患者さんの病態が悪くなっても気持ちを切り替えて明るく振舞いたい趣旨のことを書いて自分の気持ちを奮い立たせていたが、今回の宴会は日頃の押しつぶされそうな気分から解放してもらうのに丁度よい機会だと思った。私達の席は個室でなく、アコーデオンカーテンみたいなもので仕切られた会場だったが、周囲に遠慮しながら「ああ上野駅」を歌った。古い先生は感銘を受けたと言ってくれた。周囲のことを気にして少し声が小さかったのでもっと思い切って大きな声で歌えば良かったなと思ったが、それでも皆さん喜んでくれて良かったと思う。これで気持ちを切り替えて明日からまた頑張って行こうと思う。
2026.02.10
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私達医療関係者の仕事で大変なのは、必ずだれかどうか予期しない誰かが発熱することである。まずコロナとインフルの検査をして陽性なら隔離し、陰性なら胸部レントゲン、血液と尿の検査をする。血液や尿の検査で細菌感染が疑われたら抗生物質を投与する。効いてくれれば良いが耐性菌なら効かない。そのようなケースでは打ちのめされストレスを蓄積していくことになる。毎日のように発熱者はおり、今朝も発熱者の対応をしながら他の熱のない一般患者さんの回診を行った。熱はなくても背中が痛いとか血圧が高いとか様々な訴えがある。ある85歳の女性患者さんの所に来たら「先生のやさしさ」にいつも励まされ幸せを感ずると言われたので私も「〇〇さんの上品さに心を洗われる感じにになりますよ」と答えた。しかし実際にはいつも心の中は発熱者のことで一杯でどんよりと曇っている。「心の持ちようが何時もこんな状態でいいのだろうか」と今日はふと思った。発熱者のことは気になるがそのことばかり気にしていたら医療者個人の身が持たない。打つべき手を打ったら、結果はその患者さんの生命力に任せて、もっと明るい気持ちにならなくてはいけないなと思った。
2026.02.09
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大雪の中、本日衆議院選挙が行われている。新聞の世論調査結果などを見ると既にほぼ大勢が決まっているとのことだが、この選挙によって日本の方向性が決まるだけに今後を注視していきたい。国士館大学の八幡和郎先生が右派、左派、中道について興味深い記事を書いていたので紹介したいと思う。右派、左派と言うのはフランス革命後の議会において右に王党派、左に共和派が座ったことに由来するとのことだ。第一次世界大戦後は社会主義か否かが左右の対立軸になっていた。産業革命を経た19世紀末、ヨーロッパでは貧富の差が拡大する中で自由な経済的競争によって利益を追求する資本主義と、市場経済の弊害に反対し、平等な社会を目指す社会主義が対立していた。1891年ローマ教皇レオ13世は「新しきもの」という回勅を全カトリック信者に通達した。行き過ぎた資本主義の弊害を批判すると同時に過激な社会主義が唱える階級闘争や暴力革命を否定するものだった。資本家に搾取されていた労働者の権利と尊厳を訴え、労働者を救う道を示した。このようにキリスト教民主主義は中道主義を基調とし、ヨーロッパ政治を安定化させ、欧州の統合や連帯の推進に寄与してきた。しかし現在欧米では極右、極左政党が台頭し、極端な主張を繰り返す政治家が支持を集めるようになっている。現在の選挙制度では、極端な主張ほど反映されやすく、中道的意見を持つ層は排除されがちになってきた。日本でも極右発言の多い、高市政権は予想外の支持を集めており、自民単独過半数に届くかもしれない。戦争に向かうようなことになってはならない。極右、極左政権は危険な方向に国民を向かわせる可能性をはらんでいる。国民はきちんと注視ていく必要がある。
2026.02.08
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二十一世紀への対話: 対談 (中) (聖教ワイド文庫 9)価格:869円(税込、送料無料) (2026/2/5時点)楽天で購入今衆議院選挙の真っ最中だが殆どの政党が重点政策として物価高対策、特に食料品の消費税減税もしくはゼロにすると喧伝している。それも必要かもしれないが国会議員の目標にしてはあまりに小さいと思う。最も重要な日本の方向性、進むべき道について明確に示している政党も候補者もいないと思った。「21世紀への対話」(中)の中で池田氏とトインビー氏が「日本が世界に貢献する道」について対談していたので紹介したいと思う。トインビー「日本人は西洋人以外の中では西洋の問題処理に対して最も成功しているのではないかと思います。ロシア民族に比べても、中国、インド、イスラム圏の諸民族よりはるかに成功しています。日本人は第2次世界大戦での軍事的敗北を今度は非軍事面で西洋を打ち負かすことによって、今日センセーショナルな成功を収めています。しかし技術は人間事象のほんの一部にすぎませんし、その最重要部門でもありません。私は物質的要素よりも精神的要素の方が重要だと信じています。」池田「今後の世界に日本が何をもって貢献できるかといえば、一つは日本民族独自の創造性で、第2点は他文化との融和的精神において諸民族の手本になりうるという点だと思います。」トインビー「日本民族は西洋の近代技術を自家薬籠中のものとしつつも、それによって固有の宗教的伝統を失うことはありませんでした。この伝統こそ、自然を汚染し、人間生活を非人間化している近代技術に対して適正な精神的解毒剤となるものです。この日本的伝統は人間の尊厳性と共に、人間以外の尊厳性をも擁護しているのです。」等と日本の役割について対談した後、世界を一つにまとめる思想、宗教についての対談もあった。池田「キリスト教もイスラム教も儒教も道教もすでに力を失い、凋落してしまっている現在、世界人類の統合に力を与える新しい宗教は何かと言うことが問題になります。現在人の開発された理性は非科学的、非合理的な教義に対しては強い反発を感ずると思います。大多数の人々を惹きつける新しい宗教の必要性とその宗教の備えるべき条件について博士のご意見を伺いたいと思います」トインビー「人間は人生の目的や意義、運命と言った疑問への回答を宗教に求めます。伝統的な諸宗教はこれらに独断的な回答を与えていますが、現代人はこの見せかけの回答が誤りだらけだったことに気づき、宗教そのものへの不信を感ずるようになっています。私は独善的宗教はもう2度と受け入れられないだろうと思っています。宗教は宇宙の構図を示すと共に、人間の行動に指針を与えるものだと思います。宗教の説く最重要の教義は自己超克こそ人間の第一の課題であると信じています。テクノロジーの進歩の結果、人間が自然環境と自分との関係を逆転させてしまっている現在、貪欲と慢心を克服しなければなりません。自己克服こそ宗教の真髄で、これを説く宗教こそ未来において人類の帰属心を勝ち取る宗教だと思います」本書の発行は50年前だが現代にも通ずることが多く、今でも私は時に応じて読み返している。
2026.02.07
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カランコエ 廊下で咲いていたものを摘んでボールのように丸くして机の上に飾ってあったので綺麗だなと思って載せました。今首の骨の手術後のリハビリで入院している81歳の男性がいる。首の手術後リハビリすれば元通り歩けるようになると思っていたが、実際には歩行は無理で車椅子生活を余儀なくされた現実に対して、今まで森林管理関係のボランティア活動ができなくなるのではないかと失望落胆していた。「ボランティアが生きがいだったので今のボランティアが出来なくなるくらいなら死んだ方がましだ」と言っていた。「車いすでもできるボランティアはあると思うし、今のボランティアだって仲間の協力や了解が得られれば車いすでも奉仕活動は出来ると思いますよ」と慰めたが辛そうだった。高齢になると正規の仕事は無くなりボランティアに生きがいを見出している人もいるが、それが出来なくなったら死と同じだというのは少し極端だなと思った。生き甲斐はその人その人で様々だと思う。趣味の世界に生きがいを見出している人もいれば、ボランティアで子供の通学路に立って交通整理する人もいる。孫の成長が楽しみで生き甲斐だという人もいる。でもその生き甲斐が出来なくなってしまうような時にはどうしたらいいのだろうか。生きがいとは一生かかって見つけるものと思っている人もおり、それが無くなったら別の生きがいを見つければよいと言ってもそう簡単に見つけられるものではない。病気の配偶者を介護するのが生きがいだったのにその病人が亡くなってしまった後の喪失感を埋めるのは大変なことだと思う。それに比べれば、今まで出来ていたボランティアが出来なくなるくらいなら、死んだ方がましだ、というのは少し贅沢すぎるかもしれない。生きがいについてその患者さんともう一度話し合ってみようと思う。
2026.02.06
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妻が室内に入れていた胡蝶蘭に一輪の花が咲いた今日は世界対がんデーである。現在人の寿命が急激に伸びているのはがんで死ぬ人が少なくなっていることも関係ある。昔は胃がんや大腸がん、肺がん、子宮がん、乳がんなどで死ぬ人が多く、身内の人をがんで亡くしたという人も多いと思う。しかし最近ではあの人は7年前に肺がんの手術をしたが今も元気でなんともないとか、10年前に胃がんの手術をしたが今は何ともないと言う人がかなりいる。それは早期発見システムと治療技術の進歩によるものだと思う。昔はがんと言うと死ぬ病気と思われていたが今では治る病気と認識されつつある。それには早期発見、早期治療のために検診とか人間ドックをきちんと受ける必要がある。またがんにかからないような食生活や生活法の指導もあり、平均寿命延長の一因になっていると思われる。しかしすい臓がんは未だに治る病気ではない。有名人が亡くなる時その病名がすい臓がんのことが多い。すい臓がんは早期発見が難しく、早期発見されても命が助かるとは限らない。他のがんと同様にそのがんに罹ったけれど今は全く健康ですという時代に早くなって欲しいと思う。すい臓がん担当医や研究者のより一層の研究を心より願っている。日本においてはすい臓がん以外の死亡率はかなり減少している。でも世界中ではまだがんで死ぬ人は多い。日本のノウハウを世界に広げて世界中でがんで死ぬ人が少なくなるように援助や教育を行っていく必要があると考える。
2026.02.04
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病気にも色々あるが、心臓病だと全身に血液を送っているエンジンなのでそれがエンストしてしまったら命の終わりとなるので特別心配する人が多い。今は人生100年時代などと言われているが、認知症になってもならなくても100歳まで生きるには心臓が一分一秒も休むことなく100年間働き続けてくれなければダメである。。車や船、飛行機などのエンジンにも耐用年数があり、数十年の寿命と思われるが、途中で何度か故障して新しいエンジンと取り換えられている。人間のエンジンも技術的には交換できるが丁度その時亡くなって心臓を提供してくれる人がいなければ無理なので車などのエンジン交換とは状況が異なり、交換できないものとして一生大事に使っていくことになる。心臓病を指摘される前には殆どの人は自分の心臓について気に掛けることなく、水泳したり、野球したり、土方仕事などをしている。その途中でエンジンが急に止まってしまう場合が、心臓麻痺で急死である。心筋梗塞でも心臓の筋肉の中を走っている血管が詰まって血液がそこから先に進まなくなると同部の心筋が働かなくなり、心停止してしまうことがある。このような時、心肺蘇生法で心筋が動いてくれて生き返ることがあるが、その割合は少ない。普段から心臓の血管の動脈硬化を予防するために野菜や果物を多く食べ、血管壁にコレステロールを蓄積させないように動物性脂肪の摂取を控えることが大切である。心臓の病気の多くは心筋内の血管の動脈硬化に由来することが多い。そのためには先に述べた食事に気をつけることが大切だ。心臓病にはその他に一定のリズムで収縮するリズムが狂う不整脈と言う病気がある。それによって血栓ができやすくなり脳血栓や脳梗塞、脳出血などの重大な病気を引き起こすことがある。不整脈の中で最も多いのが心房細動でこれを放置しておくと脳梗塞を起こす可能性が高まるので血液を固まりにくくする血液をサラサラにする薬を服用する必要があり、現在この薬を服用している高齢者は相当数いる。エンジンが故障してしまったら一巻の終わりなので常日頃から心臓を守るような生活習慣を身に着ける必要がある。心臓は止まらないがその働きが落ちてポンプ力が減少して体内に水分が貯まるうっ血性心不全と言う病気がある。1日で4kgも体重が増えてしまうこともある。それは利尿剤を服用することによってその水分は尿として出てくれてやはり1日で4kg減って元の体重に戻ることもあるが、医師と相談しながら慎重に水分調整してもらいたい。体内に水が溜まっている時は歩いたり階段をのぼるとかなり息切れするものである。高血圧の方などは心不全や脳出血、脳梗塞を起こしやすいのでかかりつけ医に定期的に診察を受けるようにするのが良いと思う。
2026.02.02
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現代語訳 法華経 [ 創価学会教学部 ]価格:2,999円(税込、送料無料) (2026/2/1時点)楽天で購入法華経は紀元100年ころに成立した大乗仏教の代表的な経典である。釈迦の言葉を記した書と言われているが、釈迦が入滅(亡くなる)したのは紀元前6世紀くらいなので500~600年ものひらきがあり、「死後500年もたってから直伝の書ができるなんておかしいじゃないか!」と思われる方もいると思われるが、ここでいう釈迦の言葉とは、弟子や修行者たちが瞑想にはいって釈迦の声を聴き、書物にまとめたものである。その教えの根幹は日蓮大聖人が「一代の肝心は法華経、法華経の修行の肝心は不軽品にて候なり、不軽菩薩の人を敬いしは如何なることぞ、教主釈尊の出生の本懐は人の振る舞いにて候けるぞ」とおっしゃっており、法華経の極説中の極説は万人を敬い、礼拝した不軽菩薩の実践にあるとご指南して下さっている。一人一人の人間生命には仏性という成仏の種がある。正しき道を歩めば必ずその種子が発芽して開花し実を結ぶとの信念に基づいて、不軽菩薩はあらゆる人を礼拝して歩いたといううこと等が本書には書かれているとのことなので、焦点を絞って読んでみようと思っている。
2026.02.01
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