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妹の家のサルスベリ滋賀県の息子が栃木県への出張の合間の土日に甲府の我が家に寄ってくれた。大雨で壊れた庭を直してくれたり、夜玄関に立つと照明してくれる装置を取り付けてくれたり、インターネットのモデムと其の配線でぐちゃぐちゃになっていたコーナーの配線を全部整理してくれてスッキリさせてくれたりして縦横無尽に働いてくれた。方や私の方は窓の外側の格子の数本が外れてガタガタするのを針金で固定するのに高い所は台に上らなければならなかったがそれが怖くて庭で作業していた息子に来てもらって固定してもらった。私が一つ仕事する間に息子は100仕事してくれた。私は力仕事は出来なくなったし高い所には危険なので登れなくなった。息子は庭の倒れたレンガの積み直しやモンステラの株分け作業など私がしたら10日もかかったであろうことをあっという間にやり遂げて妻を喜ばせてくれた。今更ながら世代交代の現実をまざまざと見せつけられ、頼もしい限りだが何もできなくなっている自分を哀れで惨めに思った。若い人に比べれば殆ど何もできなくなってしまった自分だが、残された人生、老人は老人なりに少しでも元気で何かができるように工夫して生きて行こうと思った。
2026.09.28
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十五夜の前日(9月24日)勤めから帰った時、駐車場から鮮やかに輝いていた月が見えた妹の家のケイトウ今日の新聞である教育者の言葉「何事であれ基礎のある人は強い、時の流れに朽ちることはない。時と共に向上し、不滅の輝きを放っていける」を拝読した。80歳過ぎた老人にとっては今更、基礎が大事だと言っても手遅れかなと思ったが、教育の基本として後輩たちに残していくべき言葉だと思った。スポーツや芸能、仕事全てに言えることだと思う。例えば医学では内視鏡検査や超音波検査、手術などの基本をしっかり学んでいる人は益々腕を磨いて世の中に尽くして行けると思う。経済学の基礎をしっかり学んでいる人は社会の経済学分野で大きく貢献できるだろうなと思った。所でアメリカのトランプ氏は資本主義社会でどのようにしたら自分が儲かり、人の上に立てるかを学び、儲かる方法の基礎を学んできたと思われる。現状はアメリカ大統領として、自国が儲かること、自国が得することだけを考えて行動している。冒頭の言葉「何事であれ基礎のある人は強い」は「何事であれ・・」に問題があるように思えてきた。利己主義者、傲慢不遜者達は儲けることの基礎、政治家として一歩抜け出すための基礎を学んできたのではないかと思った。「何事であれ」は何でもいいからではないと思う。世界の平和と、社会や人類すべてに貢献する仕事の基礎を身につけなさいと言うことが前提で、その信念を持った上で「何事であれ」基礎から勉強して修行して行きなさいと言うことだと思った。人類にとって教育は極めて重要である。教育がしっかり機能していれば戦争も起きないし、人々は互いに助け合いながら幸せな国土社会を建設して行けるのだと思う。教育とは生徒一人一人に、人生で最も大切なことは他人を思いやり、他人を大切にしていくことをしっかり教えていくことで、それが教育の基礎であり、基本中の基本と考える。トランプ氏やネタニヤフ氏、プーチン氏などは教育の基礎は何かじっくり考え、自らが受けてきた教育や今後のあるべき教育を考え、自分の現状について心から内省してもらいたいと思う。
2026.09.26
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下の半分咲きかけていたアメリカフヨウが花開いた半分咲きかけだったアメリカフヨウ リハビリ病院に勤務して6年が経過した。骨折や脳血管障害の患者さんが多いが殆どが90歳前後の高齢者である。生物学的には高齢になると認知症になるようになっているのかも知れないが、個人差があり、90歳以上の高齢でもしっかりしている人もおり、70歳代でも認知症の人もいる。認知症かそうでないかは長谷川博士が考案した長谷川式認知症テストがある。それは30問からなっていて、氏名、年齢、今いる場所、100-7などの簡単な質問に答えてもらい、20点以上ならほぼ正常、20点未満は要注意、10点以下は認知症と大まかな基準で判定している人もいる。今は情報化の時代なので心配な人は長谷川式認知症テストをプリントアウトして自己採点してみたらいいと思う。 今日の朝の回診で認知症と診断されている88歳の女性がいた。私の名札を見て正確に読んでくれたので「頭良いですね」と言ったら「そんなことないですよ」と嬉しそうに笑っていた。回診時はいつも握手を求めて手を出してくれるので握手すると中々離してくれないで左手も出して両手で拝むように握ってくれる。幸せそうな表情をしている。長谷川テストは10点以下だと思うが、そんな点数がなんだ、幸せであればいいのだと思った。 別の患者さんで、脳血管性認知症の75歳の女性がいた。話をしてこちらの言うことは分かってくれたのかと思うと「お父さん」の返事のみで、他の言葉は言えない。どんな場合でも「お父さん」しか言えなくてじれったく思っているかと思えば表情は穏やかで、それほど苦しんでいる様子はない。世の多くの人は認知症になることを恐れているが、なってしまえば余計な心配は消し飛んで、人生を楽しんでいるのではないかと思った。
2026.09.25
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妹の家のヒャクニチソウ昨日お彼岸で車で約50分かかる南アルプス市にある両親のお墓参りをしてきた。同市に妹が住んでいるので墓参りの時は必ず妹の家に寄ってくる。妹は現在81歳、10年前に旦那さんを亡くして子供達は近くに住んでいるが一人で暮らしており、カラオケ、卓球、ボーリング、手芸教室などに参加していて結構活動的である。庭には色々な花が咲いていて、大きなカメにはメダカも飼っている。畑ももっていて野菜や花などを植えている。今回私達が行くのを待ち構えていてお墓参り用の花束を自分の畑から採ってきて準備してくれてあった。またいつものことで自分一人で栽培した野菜を段ボールに詰めて渡してくれた。その中にはカボチャ、落花生、ゴーヤ、ナス、ミニトマトなどが一杯詰まっていた。私たち夫婦は今は亡き義兄に教わって何とか二人で野菜を作っているが、妹は何でも一人で作っており、農協にも出荷して小遣い稼ぎもしているとのことだった。「妹さんは一人でよくこんなに上手に野菜を作っているね」と妻は感心していた。自宅に帰ってから、カボチャは硬くて包丁で切れないので電気ノコギリで半分に切って妻に渡したらその夜の夕食に出してくれた。私は10月で運転免許を返納することにしているので11月はもう運転できない。それで10月中に一度妹を誘ってカラオケに行こうと思っている。以前一緒した時は妹の方が上手だったが今度はどうかなと思っている。
2026.09.23
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妹の家のコルチカム(イヌサフラン)昨日は敬老の日だった。老を敬う日と言うことだが、老人がどんどん増えている。自分も老人であり自分を敬うことが出来るだろうかと思った。体力がなくなり、歩くのがやっとでヨタヨタしてちょっとしたことで転びそうになる。尿漏れはもうかなり前から続いているし、重いものは持てないし座ればお尻が痛い。朝は早く眼を覚ましてしまいそれでいて起きるのが辛い。敬えるようなものは何もない。でも年に一回でいいから敬うことにしようというのが敬老の日の主旨だと思う。体は衰え、思うように動かなくなってしまったが、今まで一生懸命生きてきたではないか。今はともかくそれまでの人生を称えてやろうと思った。人生の終焉を見据えながら最後の時間を大切にして生きて行こうと思う。
2026.09.22
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紫蘇の花高校卒業時に進学するのか就職するのか、進学する場合は何学部で専門は何にするのかなどはっきり決めている人もいるかもしれないが、多くははっきり決まっていない人が多いのではないかと思う。でもどこかに行かなければならないので、成り行きで就職したり大学に進学して何学部かを選んでいるケースも多いと思う。今朝ネットを見ていたら大学卒業生を追跡するシリーズで北大卒業生の石田雄大先生の紹介記事が載っていた。兵庫県の灘高校を卒業した時、自分の進みたい道、やりたいことが分からなかったのでとりあえずアメリカのカリフォルニア大学に進学した。3年生の頃、自分の進むべき道として医師になろうかと思ったとのことである。しかし、アメリカで医学進学過程に入ろうとするとかなりの学力と学費がかかるので日本の学士編入試験を受けようと決意した。学士編入試験というのは大学の教養課程2年間の必要単位を取得していれば誰でもその試験を受けられ、合格すれば3年生に編入できる制度である。医学部とか工学部とか経済学部等で募集しているが、石田さんは医学部で募集している10校以上に願書を出し、たまたま北大医学部に合格して3年次に編入して医師になり、日本の大学病院などで働いた後、今はアメリカの大学病院に留学しているとのことである。私が興味を持ったのは私も高校卒業時には進路について全く定見がなく、静岡大学理学部に合格して2年生の頃シュバイツアーの本を読んで医師になろうと思い、医学部編入試験を受けて北大に合格して医師になったので同じだなと思ったからである。医学部に入るには高校卒業時に医学部入学試験を受けて入学するか、この編入試験を受けて3年生に編入するかの方法がある。私でさえ受かったのだから一般入試より編入試験の方が少し易しいのではないかと思っている。年齢もまちまちで、大学卒業してから10年以上経ってから医学部を志して編入する人もいる。基本的には大学2年間の教養課程を修了している人なら中退でも卒業でもどちらでもよく、大学に2年間在籍した人なら殆どの人に受験資格があると思う。志のある人は是非とも挑戦してもらいたいと思う。
2026.09.21
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アメリカフヨウの開花前先日パソコンを開けたらインターネットに接続していませんと出た。無線ランやモデム関係の不具合と思いモデムやソフトバンクの発信機の電源を抜いて10秒ほどして再度差し込んだ。いつもは大体この処置でインターネットはつながるのだが、今回は駄目だった。配線を何度も確認したりプラグを何度も抜き差ししたが駄目だった。AIに聞こうにもネットに接続していないのでどうすることも出来なかった。専門の人に来て直してもらわないと駄目だと思いイオンに行く用事があったのでその中にソフトバンクのお店があったので事情を話したが主にスマホの販売をしており、通信ができなくなったのを自宅に行って修理するようなことはしていないとのことだった。それならヨドバシカメラの中のソフトバンクに行かなくては駄目なのかなと思って帰ってきた。そこで再度接続試験をしてみようとパソコンのスイッチをオンしたが何の反応もなかった。それで今回のことはパソコン側に原因があったのではないかと思い、動かなくなったパソコンの文字や数字を手当たり次第に押してみたがウンともスウとも言わなかった。遂に壊れてしまったのかと思い、ガックリした。勤めにあるパソコンはウィンドウズ11の新しいパソコンだが家にあるのはウィンドウズ10のかなり古いものだが結構よく使えていた。新しいのを買わなければダメかなと思ったが、今までも動かなくなった時裏蓋を開けて、小さな円盤電池を一回外して再度挿入で生き返ったことがあったので今回もそれをしてみたが駄目だった。文字や数字を色々押してみたが駄目だったので電源コードをさし込んでみたら充電中のランプがついた。唯一の機械反応だったが、本体が動く気配はなかった。諦めようと思っていたらNECのマークが画面に出て、また消えてしまったが、まだ脈があると思えてF2とかCTRとかAlt等のボタンを押してみた。それでも反応がなかったが30分位したら画面が出て生き返ったのである。パソコンが使えるようになり、インターネットとも繋がることが出来たのである。インターネットが使えなくなった時は、この世は地獄と思えたが、夜には使えるようになり、天国に変わった。
2026.09.20
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彼岸花(曼珠沙華)彼岸花が咲いた。昨年9月に咲いて何もなくなり11月頃から葉だけの彼岸花が生えてきて寒い冬の間唯一の緑として地表で頑張り、春になって他の草花たちが芽を出し花咲く4月頃には彼らにバトンを渡して自らは静かに姿を消していく。そして9月のお彼岸の頃になったら突然何もなかった地表から葉のない花芽だけの彼岸花が芽を出してあっという間に花を咲かせる。ここ数日雨ばかりだったので気が付かなかったが今朝有価物プラスチックを出しに行こうとしたら何もなかったところに真っ赤な花を咲かせていてびっくりした。今までに亡くなった人の霊がお彼岸さんの時には挨拶するために地上に現れると言われているが、本当かどうかは知らない。でもよく見たら中心から細いスジのような芯が周囲に多数広がっており、その一本一本が亡くなった人の霊かと思えてきた。現人界と霊人界の橋渡し役をしているのがヒガンバナなのかなと思った。
2026.09.19
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ベゴニア私は「少年よ大志を抱け」Boys, be ambitious !と言う言葉が好きで中学の時の弁論大会で喋った記憶がある。北大農学部の前身である札幌農学校の特任教師として赴任したクラーク先生が8か月の滞在期間を終えてアメリカに帰国する時生徒たちに残した言葉である。今のように情報伝達網が発達していなかったが生徒たちは短い期間だったが深い感銘を受け、日本中にその言葉は広がった。私は大学3年生への編入試験を受けて、東北大学と北海道大学の両大学に合格した。伝統や格式から言うと東北大学の方が上だったが、クラーク先生がBoys, be ambitious!と言い残した北大の方を選んで入学した。入学してからもその言葉を常に反芻しながら大きな目的に向かって学んできた。しかしその少年も今や老年になってしまった。老年にはBoys, be ambitious!はふさわしくない。しかし老年にだってスローガンはあっていいと思った。その年齢まで何とか生きてきたことを称えていいのではないかと思う。老年者はもう後は死を待つだけだと思っている人が多い。そこで私は「老年よ胸を張れ」と叫びたい。伊達や酔狂で80歳過ぎまで生きてきたのではない。その行程は誇ってあまりある。胸を張って生きましょうと呼びかけたい。英訳するとSeniors, stand tall !になる。皆さん胸を張りましょう!
2026.09.17
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玄関に置いてあるペンタス新聞を見ていたら「誇りを持とう」という記事があった。一般的には「誇りを持とう」という場合は日本人として誇りを持とうとか自分の会社は世界一だからその会社で働いていることに誇りを持とうなどに使われることがあるが、この記事では自分に誇りをもとうという記事だった。そういわれても失敗したりミスばかりしている自分に誇りをもてるだろうか?若い時は颯爽としていたが齢とってよぼよぼになり物忘れも多くなった自分に誇りが持てるだろうかと思った。確かに優れた技術や能力を持ち、人にやさしく思いやりがあり、背筋も真っすぐな人は誇りを持てるかもしれないが、技術や能力もなく、猫背でやっとこさ歩いている人は誇りを持ちなさいと言われてもピンとこないかもしれない。私もそれに準ずる状態である。それでも誇りを持ちなさいと言う。そしてよく考えてみた。誇りを持てば背筋も真っすぐになり行いも正しくミスも少なくなる傾向がある。自分は駄目だと言って全く誇りがないと乞食のようにヨタヨタとさ迷い歩くことになる傾向はある。誇りがあるかないかで人間が決まってくるように思えてきた。自分について言えば今の自分は外見的にも内容的にもとても誇れるような人間ではない。しかしだからと言って背中を丸めてヨタヨタあるいていたら益々みすぼらしい人間になって行く。例え背中や腰が曲がり髪の毛がなく皺だらけになっても心に誇りがあれば輝いていくかもしれないと思った。そうだ皆さん一人一人が誇りをもてば今より良くなるのは確実だと思えてきた。皆さん誇りを持ちましょう!!
2026.09.16
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サンパチェンス、妻が植床を作った所に私が植えたがこんなに鮮やかに咲いてくれるとは思っていなかった。毎月交代で医局医師が交代でスモールレクチャー(小さな講演)をすることになっていて今月は15日(火)の明日が私の当番でその準備で忙しくてブログも書けなかった。テーマは「便秘」に決めてその分類や治療法について纏める予定だったが中々時間が取れず先週の金曜日から取り掛かったが土曜日は医大医局の同窓会で昨日の日曜日は東京の巣鴨での医師部の会合で、どうなることかと思ったが今日仕事終わってから頑張って8枚のスライドを仕上げた。こんなにギリギリになって半分も出来ていなかったが本日午後7時には仕上げることが出来て我ながらよくやったと思った。ショートレクチャーは明日午後12時40分からなのでそれまでの時間仕事の合間に準備しなければいけないかなと思っていたが今晩7時には完成したので明日は何もしなくてよく余裕を持つことが出来た。よく私はピアノ発表会や学会発表や論文提出などで追い詰められて「ああどうしよう」とじたばたして平常心を失うことが多い。学生達が試験前にじたばたするのと同じである。それ前に準備しておけば取り乱さないで悠々と暮らせるのに、間近になってじたばたする。学生時代から少しも進歩していないと思う。そんなでも結局みんな間に合わせてきたので大したものだと褒めていいのか追い詰められる迄ボケッとしていたことを責めていいのか分からないが、人間それ程変われないものだなと思った。
2026.09.14
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まだ朝顔が咲いていた人間の営みはスーパー等での買い手と売り子、生産業でも納品の時には担当者と話をします。全て人は人と人のつながりの中で生活し、生きているのだと思います。私達の仕事についても患者さんと我々のふれあいの中で成り立っているのだと思います。さらに言えば職場内でも同じように人と人のふれあいで仕事が成されてているのだと思います。医師、看護師、検査技師、医療ソーシャルワーカー、事務職、病棟クラーク、外来受付、理学療法士、薬局、栄養科、放射線科、営繕、掃除してくれる方々、訪問診療に同行してくれる運転手など様々な役割の方々との共同作業が私達の仕事だと思っています。中には機嫌が悪そうな人もいます。家庭でトラブルがあったのかも知れないし、仕事上不条理を押し付けられて不満を感じているのかも知れません。私は全ての患者さん同様、全ての職員にも心からの敬意を持って接しています。その中で暗い顔をしている職員がいると気になりますが、原因が自宅なのか職場の上司なのか分かりませんので、原因を詮索するのではなく、常に敬意を持って明るく接するように心がけています。
2026.09.10
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千日紅 妹から種を分けてもらって育てたもの歳と共に様々な老化現象がある。早朝目を覚ましてしまいその後眠れなかったり、日中疲れやすいことも気になっていることである。それらを改善したいと思ってかなり高価な健康まくらを購入した。その結果は凄いいびきで家人は同室にいたたまれず別の部屋に移って寝たという。健康に良いと思って大金を払って購入した枕が家人を苦しめているとなると失敗したという気持ちで精神が落ち込んでしまった。枕の構造が私には合わなかったのだと思うが、ガッカリして、ショックで1日辛い気持ちできた。しかし生きている限り様々なことに遭遇するのが人生である。思わぬ事故に遭遇して手術や入院を余儀なくされる場合もあるし、自らの不摂生や不注意で病気や事故に遭遇して障害者になることもある。あんなことをしなければよかったと後悔していても始まらない。どんなことがあっても勇気を出して立ち上がり、前を向いて生きていくことが大切だと思い、気持ちを切り替えようと思う。
2026.09.09
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ひまわりが咲いた、随分背が高い所に咲いたので台に上って写した新聞で広島大学名誉教授の横藤田 誠(よこふじた まこと)さんの寄稿文を目にして深い感銘を受けたので紹介させて頂く。横藤田さんは生後7か月で小児麻痺(ポリオ)に罹り、両足と右腕に障害を受け、5歳から肢体不自由児施設や特別支援学校の寄宿舎で10年間を過ごした。施設では健常者のことを普通の人と呼び、自分達の生活は普通ではないと自覚していた。いつか普通の社会に出て行かなければならずとても怖くて強い劣等感を抱いていた。高校に進学して初めて周囲が健常者ばかりという環境に入り、友達は出来ず、松葉杖で街を歩けばジロジロ見られ、辛かった。そんな横藤田さんを変えたのは高校の授業で出会った「基本的人権」の理念だったとのことである。フランスの人権宣言の言葉「人は自由かつ権利において平等なものとして出生し、かつ生存する」、日本国憲法第13条「全て国民は個人として尊重される」が強く心に響き、希望と未来を手に入れたように感じた。そして法学を学ぼうと決意して広島大学に入り、人権を守る法学者として努力してきたとのことである。特に、精神障害者やホームレス、子ども、高齢者など社会的弱者の権利問題に長年取り組んできた人物として知られている先生である。自身の体験で、30年前選挙で投票に行った時、投票所が2階にあり、エレベーターがなく、階段は上がれず、投票を諦めなければならないことがあった。憲法上誰にも参政権が与えられているのにその権利を行使できない。投票所を準備した人たちの中に障害者が来るかもしれないと考えた人が一人もいなかったことを深く悲しんだとのことである。理念としては平等なのに現実には平等でない。誰もが生まれてきてよかったと実感できる社会にするためには社会や組織がそのように整えられていかなければならないが、私達自身の内にある差別意識を乗り越えることが必要だとも述べていた。令和8年版障害者白書によれば、身体障害者423万人、知的障害者126万人、精神障害者が603万人で合わせると1,152万人で日本の人口の1割近くに相当する。昔と違って今は街中で障害のある人を当たり前のように見かけるようになったのは大きな変化だが、まだ十分とは言えない。国や市町村で平等社会への施策と各個人の中の差別意識を克服してもらいたいと述べていた。自らが障害者で差別意識の中で育ってきたが、その自らの体験を土台に、差別亡き社会実現のために戦ってきた横藤田さんは立派だと思う。心からの声援を送りたい。
2026.09.07
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春咲くシバザクラが今の時期にも咲いていた今NHK大河ドラマで「豊臣兄弟」を放映しており、百姓出身の秀吉が本能寺の変の後、当に天下人になる場面が描かれているが、秀吉が死ぬまでの豊臣時代は16年に過ぎなかったことを知った。世界史的な権力者ナポレオンや始皇帝もそれぞれ16年、11年と短く、権力者が治めた時代は意外と短かったのだなと思った。彼らは国を治めるという大変な仕事を16年とか11年かけて行ってきたが、自分の16年とか11年はあっという間に過ぎ去ってきた。時代が違うし、社会に対する関与の仕方が全く違うが、彼らの16年とか11年間の生き方で世界史や日本史が変って来たのかと思うと、自分達の10年、20年の生き方も凄く大事だったのだなと思った。漫然とあっという間に今の年齢まで生きてきたが、歴史上の人物は我々よりずっと短い期間なのに、激戦を勝ち抜き、国を治めてきたので、自分も時間的には一旗上げようと思えば上げられたのだなとも思った。秀吉:16年(1582〜1598)ナポレオン:16年(1799〜1815)始皇帝:11年(前221〜前210)
2026.09.06
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ツルバキア、春先に一度咲いたが今二度目の花を咲かせている。我が家は2年以上前に看護師さんから孵化したばかりの3mmくらいのメダカの赤ちゃん5匹を頂いた。次々に死んでしまい一匹だけ生き残ってくれて餌をやったり水を替えたりして育ててきた。一般のメダカは3-4センチ位に成長するが生き残った一匹は2センチくらいで小さかったが餌を与えると泳ぎながらパクパク食べて水を替えてやろうとすると、すばしっこく逃げまわって凄く可愛かった。私の生きがいにもなっていた。通常は水曜、土曜と家にいるので水、土曜に餌をやったり水を替えたりしていたが、論文のことで水曜日忙しくて餌をやれず、随分汚れていたのに水も替えてやれなかったので、木曜日の朝餌をやろうとしたら死んでいた。ショックで打ちひしがれてしまった。いつも餌をやっていた水曜日に餌をやらず、汚れた水を替えてやらなかったからだと自責の念にかられた。病院でメダカの稚魚を下さった看護師さんにメダカが死んでしまったことを涙ながらに報告した。看護師さんは「2年半も経つのですから寿命、寿命ですよ」と慰めてくれた。自分が死なせてしまったのではないかと苦しんでいたが、少し心が軽くなった。何十年と病院に勤めていると何人もの患者さんの死に遭遇してきた。中には私のおかげで死を早めたり、苦しめてしまったのではないかと思える症例もある。寿命なら諦めもつくが、そう思えない症例ではずっと覚えていて「すみませんでした」とお詫びしている。メダカの死も寿命なのかどうか分からない。私の手抜きが原因だったのかも知れない。また忘れられない事例が一つ増えてしまった。
2026.09.04
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今も咲きつづいている松葉牡丹先に提出した医学論文の査読が終了して赤ペン入りの原稿が返送されてきて、それに沿って3日掛かりで直して、その修正原稿を提出した後で、表3に大事なことが抜けていて一行追加して差し替えてもらおうと思った。ところがその追加法が分からず表全部を書き換えなければいけないと思い、時間がかかることは覚悟していた。でももしかしたらと思ってAIに聞いてみた。AIは挿入したい部にカーソルを当てて右クリックすれば挿入のボタンが出てくるのでそれをクリックすれば簡単に一行追加できると教えてくれた。その通りにしたら簡単に一行追加することが出来て、十分の一の労力で済ますことができて助かった。何でも困った時にはAIに助けてもらっているが、凄い時代になったものだと思っている。
2026.09.02
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